== 魔法少女リリカルなのは A's ~ちょっとだけ、やさぐれフェイトさん~ ==
ヴィータが、やさぐれフェイトに話し掛ける。
「お、お前……。
だ、大丈夫なのか?」
「これが大丈夫に見えるのか……?
放って置けば、失血死に決まってる……。」
「失血死……。」
ヴィータは、主の人生を守るために立てた『人殺しはしない』という誓いが果たせそうにないと知ると、その場にペタンと尻餅を付いた。
第2話 やさぐれた戦いの結末……
正直なところ、フェイトからやさぐれフェイトに切り替わったことで、死ぬという事態は起きない。
そもそも、何故、フェイトがやさぐれたのか?
それは、『プロジェクトF.A.T.E』の先駆者の悪戯とも言える設定のためである。
やさぐれフェイトは、脳にダメージを受けた時に脳を修復する間だけ、フェイトを守る擬似人格でしかない。
しかし、切り替わった時、以下の状態になる。
1.自分の周り半径5mにAMF:アンチ・マギリンク・フィールドを展開させて魔力結合をさせない。
2.自身にはAMFC:アンチ・マギリンク・フィールド・キャンセラーを展開して、魔力を肉体強化に変換する。
3.肉体の活性化。生命危機を脱するため、異常な回復能力が備わる。
4.上記三点のせいで、魔導師ランクがゴミクラスまで下がる。
そういう訳で、破壊された左側頭部は、フェイトのために傷が残らないように時間を掛けて回復中。
それでも、派手に血を撒き散らして、スプラッター状態継続中に見える姿は、誰もが息を飲む。
そんな中で、やさぐれフェイトがヴィータに声を掛ける。
「オイ……。」
「あ…あ……。」
ヴィータは、完全に混乱している。
やさぐれフェイトの呼び掛けにも答えられない。
(そういえば、さっき面白いことを言ってた……。
はやての人生を血で汚さないとかどうとか……。
ひょっとして、誓約があるんじゃ……。)
やさぐれフェイトは、予想通りかを確かめるため、なのはを使って確証を得ることにした。
振り返り、なのはに話し掛ける。
「なのは……。
あたしは、あと少しで死ぬかもしれない……。」
「う…そ……?」
「本当……。
今、話せているだけでも奇跡に近い……。
フェイトと最後の別れの挨拶をさせてあげたかった……。」
なのはの目に、再び涙が溜まり始める。
「いや……。
そんなのヤダよ……。」
なのはは地面に蹲り、大粒の涙を流して泣き始めた。
やさぐれフェイトは、なのはがしっかり泣いているのを確認するとヴィータを見る。
ヴィータは、両手で頭を押さえ、『はやてが……』と何度も繰り返している。
(どうも、はやてという人が関係しているみたい……。
そして、それ故に殺しは出来ないと見た……。)
やさぐれフェイトは、ヴィータとシグナムに見えないように邪悪な笑みを浮かべる。
そして、再び、なのはに話し掛ける。
「なのは……。
少し考えたけど、失血死さえ回避出来れば助からないかな……?」
「……え?」
「言葉は、しっかりしてるし……。
体も動く……。
脳自体は、損傷が少ないと思う……。」
「じゃあ……。」
「うん……。
血を止めた後で、精密検査を受けられれば……。」
「……あ。」
なのはは目を擦り、涙を拭うと立ち上がる。
「でも、あの人達が邪魔してるから……。」
やさぐれフェイトの指し示す、あの人達……。
ヴィータとシグナムは、やさぐれフェイトの言葉が耳に入り、少し希望を見たような顔になっていた。
ヴィータが、やさぐれフェイトに叫ぶ。
「お前!
本当に助かるのか!」
「知らない……。」
「でも、私らが結界解けば、助かるかもしれないんだろ!」
「そうだね……。」
「だったら、直ぐに結界を解くから病院に行けよ!」
「ヤダ……。」
「「「え?」」」
敵と味方の声が重なった。
「な、何でだよ!」
「そうだよ!
やさぐれちゃん!」
「敵の思い通りにはならない……。
このまま死ぬ……。」
「何でだよ!
おかしいだろ!」
「助かるかどうかも分からないなら、
あたしは、一矢報いる方を取ると、今、決めた……。」
「ど、どういうことだよ?」
やさぐれフェイトは、ヴィータとシグナムを指差す。
「お前達は、本当は、あたし達を殺しちゃいけなかった……。
さっき、うろたえたのは、そういうことだろう……?」
「コイツ……!」
「っ!」
ヴィータとシグナムが、やさぐれフェイトを睨む。
「さっさと失せろ……。
そして、人を殺して汚してしまった人生を悔いるがいい……。
死ぬのは悔しいが、それで満足してやる……。」
「やさぐれちゃん!
ダメだよ!
助かるかもしれないなら努力しないと!」
「なのは……。
これは、プライドの問題……。
あたしは、怒っている……。
・
・
フェイトに対しても、なのはに対しても……。
コイツらは、しちゃいけないことをした……。
いきなり襲って傷つけた……。
・
・
あたしの命に代えても……。
プライドに代えても……。
コイツらは、後悔させる必要がある……!」
「やさぐれちゃん……。
でも…でも……。」
やさぐれフェイトは、なのはから離れてヴィータとシグナムを睨みつける。
ヴィータとシグナムは、奥歯を噛み締めて睨み返した。
そして、その時、なのはの胸から腕が突き出した。
…
なのはは、混乱気味にその現象を見ていた。
自分の胸から腕が生えている。
「……え?
なに…これ……?」
やさぐれフェイトは、なのはに気付くと地面を蹴った。
変換した魔力が脚力に変わり、地面にしっかりと足跡を残す。
一瞬、消えるような動作の後で、その腕を掴んだ。
「コイツら……。
まだ……!」
「やさぐれちゃん?」
一方のシグナムは、心の中で舌打ちしていた。
(タイミングの悪い……。
主のためにアイツを病院に行かせねばならぬというのに……。
これでは交渉も出来ない。
更なる不信感を与えてしまった。)
シグナムの表情を読み取り、ヴィータが念話を飛ばす。
『シグナム……。
拙いんじゃないのか?』
『ああ、最悪だ。
状況を知らないシャマルが行動に出てしまった。
このままでは、アイツが失血死して主の人生に致命的な汚点がつく……。』
『そんなのダメだ!
私らはいいけど、そのせいで、はやての人生を汚すのはダメだ!』
『分かっている!』
しかし、この状況を打破するいい案は思いつかなかった。
…
別の場所では、肩までの金髪の緑の魔導師が困惑していた。
彼女は、自分のデバイスを使用し、別空間から、なのはのリンカーコアを狙って自分の手だけを空間転移させていた。
そして、繋がっているはずの空間からリンカーコアを掴み損ね、抜き通ろうとした矢先……。
「あれ? 抜けない?
どうして!?
どうして抜けないの!?」
理由は、簡単だった。
やさぐれフェイトのAMFが作用していたからだった。
…
なのはの胸から生える手。
なのはが少し苦しそうにしているだけで、他に問題はなさそうだった。
やさぐれフェイトは、ちらりとヴィータとシグナムを見る。
(これも、アイツらの仲間の手に違いない……。)
やさぐれフェイトは、不快感を強くする。
そして、一方で別の気持ちも膨れ上がる。
一瞬、邪悪な笑みを浮かべる。
「死ぬ前にいいものを見せてやる……。
この腕……。
お前らの仲間のだよね……?」
やさぐれフェイトの問い掛けを聞いて、ヴィータがシグナムに話し掛ける。
「何で、シャマルは、掴まれたまま逃げないんだ?」
「分からん……。
だが、状況がますます悪くなった……。
敵に病院へ連れて行かなければいけない者が居て、
シャマルの腕が人質になってしまった……。」
「シャマルは、どうなってんだ?」
…
シャマルは、焦っていた。
「どうして!?
どうして抜けないの!?」
腕は、ビクともしない。
押しても引いても動かない。
別の空間の先で、AMFが効いているとは知る由もなかった。
…
やさぐれフェイトが邪悪な笑みを強くする。
「返事がないなら、体に聞くしかない……。
・
・
なのは、少しの我慢……。」
「へ?」
「今から、最後の力でこの腕を切断する……。」
「せ……。」
「血が噴き出しても吃驚しないで……。」
「吃驚するよ!
やめてよ!」
…
シグナムが複雑な顔をしている。
「何か向こうが揉め出したな……。」
「っつーか、何て恐ろしいことを考えてるんだ!」
…
なのはが本気で泣き出した。
自分の胸の前で、腕が切断されて血が噴き出すなど、九歳の少女には耐えられない。
「仕方ない……。
じゃあ、指を一本ずつ捻り切るだけで許す……。」
「やさぐれちゃん……。
もう、やめて……。
やめてよぅ……。
・
・
うっ…うう……。
ひぐ……ひっく…うぁぁぁ!」
…
ヴィータとシグナムは、本当に困っていた。
「どうすればいいんだよ?
もう一人の方が粘ってないと、シャマルの腕が持っていかれるぞ?」
「切られてもシャマルの治療魔法で生えてくれば……。」
「生えねーよ!
っつーか!
家に帰ってシャマルの腕が片方なくなってたら、
はやてがショック死するって!」
「そうだな……。」
…
シャマルも涙目になっていた……。
「何か掴んでます!
私の腕!
どうなってるの!?
・
・
ザフィーラ!
ザフィーラ!
助けてください!」
…
やさぐれフェイトが、なのはに優しく微笑む。
「なのは……。
人生辛いことも沢山あるんだよ……。
ただ目の前で知らない人の腕がもげるだけ……。」
「いや~~~!
そんなの怖いよ!
・
・
やめてよ!
やめてよぅ……。
うっ…ううっ……。」
「大丈夫……。
泣かないで……。
ちょっと、バリアジャケットが血に染まるだけ……。」
「やだ~~~!
やだやだやだやだ~~~!」
なのはの泣き方が絶叫に変わって来た。
…
シグナムが観念する。
「何か……。
もう、見ていられない……。
降伏して負けを認めよう……。」
「シグナム!」
「どの道、アイツが死ねば我々の負けだ。
シャマルの腕が切られても負けだ。」
「っ! でも!
・
・
仕方ねぇか……。
そもそも、私がミスしたから……。」
「全ては、主のためだ……。
そして、我々は、失敗したのだ……。」
シグナムの言葉にヴィータは、悔しそうに俯いた。
そして、先に歩き出したシグナムに続いた。
…
なのはは、泣きながら必死に胸の腕を庇っていた。
やさぐれフェイトには渡せない。
この誰か分からない人の腕を傷つけさせない。
いつしか本来の目的を忘れていた。
もう、言葉はない。
ただ泣きじゃくる。
…
シャマルは、沈んでいた。
ザフィーラが来ない……。
「一体、何が……。
それにこの腕の感触……。」
何かに守られているような温かい感覚……。
さっきから腕を叩いている温かいものは涙だと分かった。
「何だろう……。
この相手にもの凄く悪いことをした気がする……。
・
・
罪悪感が胸に広がっていく……。」
…
やさぐれフェイトの前で、なのはが動かなくなった。
腕を守って蹲っている。
涙を流して震えているだけになってしまった。
(やり過ぎた……。)
やさぐれフェイトは、頭をガシガシと掻くとクセ毛を作る。
「いいか?」
やさぐれフェイトは、視線を移す。
一方のなのは、やさぐれフェイト以外の声に、過剰に反応した。
「助けてください!
やさぐれちゃんが、この腕を切断するって聞かないんです!」
「…………。」
((どういった状況だ……。))
ヴィータとシグナムは、激しく項垂れた。
なのはを無視して、やさぐれフェイトが話し掛ける。
「何の用……?」
「我々の負けだ。
お前に死なれるのも困るし、
その腕を切られるのも困るのだ。」
「はやてという人に関係あるんだね……?」
「その通りだ。」
やさぐれフェイトは、邪悪な笑みを浮かべた。
「え? え?」
なのはは、混乱していて訳が分からなかった。
やさぐれフェイトは、なのはをまた無視する。
「じゃあ、降伏の証を見せて……。」
「股の下でも潜ればいいのか?」
やさぐれフェイトは、首を振る。
そして、シグナムとヴィータのデバイスを指差す。
「それを待機状態にして渡して……。」
「おま……!
ふざけんな!」
シグナムがヴィータを制する。
「従おう。」
「シグナム!」
「いい子だ……。
少し分かってないから、付け足しといてあげる……。
逆らったら、次の標的になるのは『はやて』っていう子だ……。
そっちの人は、理解しているみたいだよ……。
死ぬかもしれない人間の凶行ってヤツを……。」
ヴィータは、シグナムを見た後、やさぐれフェイトを見て舌打ちする。
そして、自分のデバイスを待機状態のアクセサリーにすると、やさぐれフェイトに投げた。
同様にシグナムもデバイスを待機状態に戻すと、やさぐれフェイトに手渡す。
やさぐれフェイトは、にやりと笑うと、シグナムとヴィータのデバイスをバリアジャケットの胸の隙間に入れた。
「約束だ。
直ぐに病院に行って貰う。」
「分かった……。
腕も解放する……。
あたしから離れて仲間に連絡して……。」
シグナムとヴィータが、やさぐれフェイトとなのはから離れてシャマルに連絡を入れる。
そして、念話が終わるのを確認すると、やさぐれフェイトも、なのはから離れてAMFの効果をなくす。
やさぐれフェイトが離れると、なのはの胸から腕が消えた。
やさぐれフェイトがあらためて、なのはに近づく。
「大丈夫……?」
「うん……。
でも、やさぐれちゃんに酷いことされないって、
安心感の方が上だよぅ……。」
「よかったね……。」
「全然よくないよ!」
「冗談なのに……。」
「……冗談?
どういうこと?」
シグナムが割って入る。
「早く病院に行け。」
「冗談なのに……。」
「……冗談?
どういうことだ?」
「「「ん?」」」
その場に居るやさぐれフェイト以外が首を傾げた。
やさぐれフェイトは、出血部分をガシガシと掻く。
すると、固形化して黒くなった血が粉のように舞った。
「…………。」
やさぐれフェイトが両手をあげる。
「怪我なんて、とっくに治ってる……。」
「じゃあ……。」
「死ぬのも嘘……。」
「う…そ……?」
やさぐれフェイトは、口に人差し指を突っ込み、唾液をつける。
そして、固形化した頭の血をちょんと付けて、ヴィータの腕を取る。
「これ、あたしの携帯の番号……。」
ヴィータの腕に携帯電話の番号が書かれる。
携帯電話の番号は、傍から見るとダイイングメッセージのようにも見えた。
そして、やさぐれフェイトは、なのはの手を掴むと歩き出す。
「じゃあね……。
明日、事情を聞いてあげる……。」
なのはは混乱したまま、やさぐれフェイトに引かれるままオロオロして付いて行った。
そして、シグナムとヴィータがポツンと残された。
「ふざけんな!
あのバカヤローが!」
ヴィータは大声で叫び、シグナムは訳が分からずにがっくりと地面に手を着いた。
そして、別の場所で、シャマルがザフィーラに怖かったと泣きついていた。