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第九話「地獄に堕ちろ、この野郎」
やっほーこの入り方も久しぶりだね。見た目は大人、頭脳はチート、その名も俺!
で、今何やってるかって言うと、
「―――と言う事で今年も花月荘に……」
「くかー……」
寝てます。因みに周りは現在職員会議中。ずらっと並んだ女、女、元女、女。あと末席に轡木さん。
でも大丈夫、僕チート頭脳持ってますから。寝ながら聞くとか楽勝です。最初に気付いた時はビックリしたけど。
「―――では以上です。解散」
「ん、んぅ……あー良く寝た」
ぐぐっと背筋を伸ばすとボキボキと背骨が鳴って心地良い。周囲の先生方は呆れたように苦笑して会議室から出て行った。
「佐倉先生、よろしいですか?」
「んぇ? 何すか、教頭」
俺の前に典型的な『ザマス』が現れる。指導部の長、鬼婆こと教頭だった。
「全く、毎回毎回貴方は会議の度に寝て……今回の会議の内容は把握していますか?」
「毎度の各国の情勢とIS稼働状況の報告、あと今度の臨海学校についてですよね。
ああ、今日は一年の副担が居ないから技術系は可能なら授業を手伝うように、でしたっけ」
「……解っているなら良いですが、貴方も一応教員です。生徒達の見本になるよう行動して下さい。良いですね?」
ウッセーオニババー。教頭は言うだけ言ってさっさと会議室を後にする。俺アイツ苦手。相手すんのマジ面倒。
「全くお前は……よくそれで会議の内容を把握できるな」
「常人とは脳の作りが違うんだよ、俺と束は」
「あながち否定できないのが怖いな……」
教頭と入れ替わりに千冬がやって来た。俺が歩き始めたのに合わせて隣を歩く。
「そーいや今日やまや居ないんだっけ?」
「ああ。臨海学校の下見に行っている」
「そっかそっか。んじゃ一時間目だしお前のクラスにお邪魔するかね」
「……良いだろう。ただし、下手な真似をしたらどうなるか、解っているな?」
こわーい。何だよ教員免許持って無いくせに。俺もだけど。
「そんじゃ先行っててくれ、トイレ寄ってく」
「……お前と言い一夏と言い、少しはデリカシーという物を覚えろ」
「月火水木キン肉マン?」
「……それはデリカットだ」
良く解ったな。いや、このネタ高校の時にやったな、確か。
「さて、と……」
週の平均使用人数五人以下の男子トイレで思索に耽る。体は用を足す為に動いているが。
千冬は先に教室に行ってるだろうし、物を考えるには丁度いい時間だ。
「まさかもうあそこまで行ってるとはな……」
俺だって好きで居眠りをしていた訳じゃない。こちとら寝る間も惜しめと世界中に言われる立場だ。
昨日はパーツを揃えるのと、先のトーナメントで発生した六花の「ある能力」について考えていた。
―――『弾道支配領域予測機能』。これは元々六花に搭載してるシステムの一つであり、十全の力を発揮するのに必要な能力の一つだ。
名前の通り、弾丸や弾頭が支配する領域……つまり弾が突っ込んでくる場所を計算して予測する機能である。
視覚的には菱形の断面を持つ柱が迫ってくる、と言った感じか。具体的に言うとYF-21のアレだ。
……俺の予想では六花は千春との意思疎通にかなりのリソースを使っており、このシステムを起動させる余裕など『まだ』無かった筈だ。
別種のシステムが起動可能な程に意思疎通に割り振るリソースが減る……つまり、二人の意思疎通のレベルが俺の予想を上回っているという事になる。
俺の予想ではこのシステムの起動は福音戦だった。これだけあればアレには勝てるからな。
「けどそうなると……『アレ』が福音で出て来る事になるか。参ったな……あれはあんま束に見せたくないんだけど」
そして恐らく、『あのシステム』がゴーレムⅢ時に発動する。いや、もしかするともっと早いかもしれない。
別に弾道支配領域予測機能については公表してしまっても構わない技術だ。ただ必要な処理能力が半端じゃないので使い物にならないだろうが。
だが、『あのシステム』は完全な第五世代技術の一歩手前の物である。それが今の状況で発動すれば何が起こるかは俺にも解らない。
「はぁ……まあ、難しく考えても仕方が無いか。幸い、もう暫く余裕はあるしな」
ぶるるっとシバリングを起こして竿を仕舞う。そう言えばもうすぐ束に会えるよね、よし、出番だぞマイサン!
「……まあ、無理なんだろうが」
あーやだやだ。自分の瀬戸際のヘタレっぷりも意外と臆病な束も嫌になる。束に涙は似合わんのだよ。
こういう時はアレだな、世界をひっくり返すのが一番だ。という事でコイツの出番。
「簡易重力操作機~!」
ててててっててーん、とダミ声でポケットから箱を取り出す。
確かデフォルトだと足元だったな。よし、ワールドワイドNINJAで行こう。
「ぽちっとな」
キュイイ、と箱が音を立てて作動した事を知らせる。俺はそれを確認すると『両足』を壁につけた。
「うん。外部重力遮断も重力発生も問題なし、Gは0.75で固定済みっと」
いつもより四分の一ほど軽い体のまま壁を歩いて登り、天井に足をつける。おー、何か新鮮。
因みに重力が足元に働いてるから髪の毛が逆立ったりしないのがポイントだ。無論、今日着てる『疾風』Tシャツもね。
「っとと、いけねぇいけねぇ。一時間目は一組だったな」
階段で少し戸惑いながらも一年一組の教室を目指す。丁度入り口に来た時に始業のチャイムが鳴った。
「おいーっす」
「「「ぶふぅっ!?」」」
パシュ、と軽く空気の抜ける音と共に教室のドアが開く。その数秒後に教室の至る所から噴き出す声。よし、大成功。
えーっと今日の大賞は……鈴だな。ツボに入ったか。あ、千冬がギリギリ堪えてやがる。ちくしょー。
「佐倉先生、それは一体……」
「なに、偏向重力技術のちょっとした応用だ。お前らだってIS使う時は反重力制御やるだろ?」
「そういう問題じゃないんじゃ……」
あ、シャルロットになってる。そーいやこないだから毎回時間無くてこいつらの授業見てやれなかったからなー。
「そんじゃあ早速授業を始め……よっこいしょっと」
ドアと天井の間の壁をまたいで越える。おお、驚いてる驚いてる。
因みにこっちから見ると机が天井から鈴生りになっているように見える。超シュール。
「佐倉先生、降りてください」
「まあこのまんまだと授業し辛いしね、っと」
「全く……」
千冬に言われて降りる事にする。降り方は設定を手に変更し、外部重力遮断を解除してから電源を切るという手順を踏む。
ぶらーん、と天井から片手でぶら下がる形に一回なり、その後ゆっくりと降りる。まあ別に壁歩いて降りても良かったんだけどね。
◇
「そうそう、整備科の授業は毎日八時間だぞ?」
「「「えぇ~!?」」」
「何驚いてんだっつーの。こうでもしねーと時間足りねーんだよ」
授業の合間に雑談を挟んでいると、ケータイが唸りを上げる。流石に授業中はマナーモードにしてあるぞ。
「……また珍しい奴から来たな。よし、ちょいと授業中断。社会勉強だ」
「……おい」
「まーまー、そう悪い話じゃない筈だから」
空間投射ディスプレイを表示し、ちょっとだけ設定を弄ってケータイのテレビ電話モードとリンクさせる。
「はいなー。どったのヴァン」
『……済まんな、こんな時間に』
「っ!?」
ビクリ、とシャルロットの肩が震える。そりゃそうだろう、世界で一番恐れる人間が電話の向こうに居るんだから。
皺も深く頭頂部が前見た時よりもさらに寂しいフランス人、ヴァンサン・デュノアことクズ野郎である。
『……ん? そっちの画面が表示されないんだが……故障か?』
「いや、ちょっと設定弄った。こっち学校だからさ」
『ああ、それもそうか……と言うか、授業は良いのか?』
「ん、いーのいーの。っつーかそっちこそ真夜中だろ? さっさと寝ろよ社長さんよ」
『静かに』と人差し指を唇の前に持ってくる。状況を察したのか、全員一言も喋らずに居てくれた。
ありがたい。特に激昂しやすい連中が多いからな、このクラスは……その筆頭が担任ってのもどうかと思うが。
『……今度、そちらで装備の試験があるだろう。それに関してな』
「おめーん所のやつならとっくに来てるっつーの。と言うか、そんな事プライベートな電話で話すなよ」
『……それもそうだな。済まん』
「やれやれ……しかしお前、随分と禿げ散かしたな? 頭頂部がかなり寂しい事になってるぞ?」
と言うかやつれている。顔の皺も増えたし、これでまだ三十代だと言うから驚きだ。五十過ぎにしか見えん。
『……言うな』
「んー、でもさ。そろそろいい加減気になってるんだよな。お前、『どうして其処に居る』んだ?」
『……済まん、質問の意図が解らん』
「漠然とし過ぎてたか。んじゃまず一つ……お前さ、愛人なんて作れるような性格だったっけ?」
思わず椅子を蹴って立ち上がりそうになった一夏の前に手を翳す。解ってるよ、お前がそういう奴だって事は。だが今は黙ってろ。
『……どこでその話を?』
「有名な噂だよ。人の口に戸は立てられぬ、って日本語教えたろ? そーゆー事だ」
『……そうだな。俺自身、愛人を作ったなどと思った事は一度も無い』
「けどついでにこれも教えたよな? 火の無い所に煙は立たない……いい機会だ、説明してもらうぜ?」
おー、怖い怖い。教室中から鋭い視線が俺達に集まってるよ。
あと千冬さん、ちびりそうだから殺気出すのやめて下さい。
『……俺が田舎の生まれだと言うのは、知っているか?』
「大まかな経歴は知ってるけど」
『……なら、俺がどうやってこの地位に居るのかも知っている筈だ』
ほう、それを俺に言わせるか。中々のヘタレっぷりだな、お前も。
「元々やり手の人間だったけど、社長令嬢と結婚して一気に社長まで駆け上ったって聞いた事があるな。婿養子だったか?」
『……ああ、その通りだ。だからこそ俺は、社長として求められる姿を演じなければいけない』
「やれやれ、企業人ってのは大変だぁねぇ……で、どーしてそこで生まれ故郷の話が出てくるんだ?」
『……俺には、幼馴染が居た』
おおっとぉ!? 割と予想できてたパターンだけどコレまずくね!?
教室の二箇所から高熱源反応だと!? 流石に両端同時に止めるのは無理だぞ!?
「そ、それで?」
『デュノア社に就職して数年の間、俺は実家から通勤していた……デジレと出会うまでは』
「……あー、端折れる所は飛ばそう。な?」
『そうだな……その後、俺はデジレと結婚する事になり、俺は実家から離れる事になった』
危ねー。ヴァンが自分語りモード入ってて助かったわ……流石に長話もできんし、色々と反応する連中が多すぎる。
『……その時までに、『アイツ』との関係を清算していなかった俺が悪いんだろう。引っ越す日の朝に、な』
「あー……つまり……ヤっちまった、と。しかも大当たり」
『……目が覚めたら全て終わっていた』
なにそれこわい。
『昔の友人から、アイツに子が居ると聞いて……理由も無く解ったよ。俺の子だ、と』
「フム。だがお前は既に所帯持ち、と」
『連絡を取ろうとすると避けられ、会おうとしても時間も無い。無理矢理送った金は送り返された』
「一途と言うか何と言うか……男には到底真似できんな。お前に迷惑をかけたくなかったんだろうよ」
俺だって束と言う世界で最も愛しい幼馴染が居る。一歩間違うとコイツのようになりかねない。
『そして……アイツが死んだ、と連絡が来た。あの子は俺が引き取りはしたが……このザマだ』
「成程、ねぇ……それで、お前さん的にはどうしたいのさ」
『どうもこうもあるか……! 今更何を言えばいい! 俺の不徳の致すところだ、とでも言えと!?』
「言えば良いじゃん、そのまんま」
『言える訳が無いだろう! ヒラであった頃ならいざ知らず、今の俺はこの会社の社長だ! そう軽々と頭は下げられん!』
ドンドン出てくる心の叫び。こんだけ溜まってりゃ禿げ散らかしもするわな。
「地位を失うのが怖いか? 尊敬を失うのが怖いか?」
『地位なぞ要らん! だが、会社を纏める立場である以上は一定の信頼を得なければやっていけん!』
「お前が働いた中で得てきた信頼と言うのはその程度か?」
『ああそうだとも! たった一つの事で全てが崩れ去る、その程度の物しか築けなかった俺の責任だ!』
周りが冷静に見えてるヘタレって酷いなオイ。
「だがそれでもお前は親だ。多少の重圧には耐えなければいけないだろ?」
『お前には解らない事だ! 普通に接しようとしただけで重役が退職を迫ってくるあの気持ちが解るか!?』
「解りたくも無いな。だがどうしてそこまでその立場に固執する? いっそ辞めてしまえばどうだ」
『俺が辞めたらあの子の生活費は誰が面倒を見る! 会社側からは一切の金は出さないとまで言われたんだぞ!?』
……冗談だろ? 給料とか出てたんじゃねーの?
「まさかここまで重い話だとはな……ああ、一つ言うことがあった」
『……何だ』
「男装、バレたぞ?」
『……そうか』
やっぱバレる事は織り込み済みだったか。って事はあっちの方も予想通りか?
「でもさ、すぐにバレると解っている男装までさせて……どうしてこっちに寄越した?」
『……機体と生体データを入手するためだ』
「ダウト。幾ら第三世代関連で時間が無いと言っても、織斑一夏の情報はいずれ公開される物だ。条約があるからな。
量産機シェアで得た地力があれば乗り切るのは決して難しくないし、国からの援助打ち切りだって年単位の話の筈だ」
ここで一度話を打ち切り、既に諦めモードに入りかけているヴァンに王手をかける。
「そんでもってさっきの話を統合すると、社の上層部はアイツを疎ましく思っていたと推測される。スキャンダルの種だしな。
……お前、アイツをこっちに逃がしたかったんじゃないのか?」
『……ハァ。探偵ごっこは気が済んだか?』
「疑問は大体消えたし満足かな。まあ、その選択は割と正しいと思うぞ。ここは名目上不可侵だからな」
『……貴様、何を企んでいる? どうして俺にここまで喋らせた』
何って、まあ。
「こういう事かな」
パチン、と指を一つ鳴らしてこっちの映像を送り始める。おぉ、顔から一気に血の気が引いたぞ。
はっはっは。今までの会話全部筒抜けですよ? 今更そんな表情したって無駄だっつーの。
『源蔵、貴様……!』
「時間考えずに連絡してくるお前が悪い。お気楽学生共に社会の暗い部分を教えるのも教師の仕事なんでな」
『糞がっ……!』
糞で結構コケコッコー。とシャルロットの前にディスプレイを持ってくる。さぁて、どんな反応をするかね?
「………。」
『………。』
だんまりかよ。何だつまらん。
っつーか俺を睨むなお前ら。
「……今の話は、本当……ですか?」
『……嘘を言う理由がどこにある』
「どうして……言ってくれなかったんですか?」
『言い聞かせて納得できる話でもないだろう……不必要に接触しないように、と言われていたしな』
わー、ヴァン君のヘタレー。
「それでも……それでもっ!」
『……源蔵、外には聞こえていないな?』
「リアルタイムでこんな会話盗聴する馬鹿なんざいねーだろ」
『……そうか』
と、モニターの中のヴァンがいきなり立ち上がる。バストアップで映してたから画面から外れてしまった。
俺は慌ててコンソールを操作し、巨大な机の前に回り込んで来たヴァンの姿を再び映した。
『……今更許しを乞おうとは思わんし、一生恨んでくれたままで構わない。父親面するつもりも無い。だが、一言だけ言わせてくれ』
ぱん、と手で膝を払って床に付ける。こ、この体勢はまさか!?
『済まなかった……!』
DO☆GE☆ZA! ……そーいや前に飲んだ時に教えてたな。
「………。」
『………。』
「……顔を、上げてください」
謝罪大国日本人に負けず劣らずの見事な土下座をかましてくれたヴァンがゆっくりと顔を上げる。
すげぇ、今のでまた十歳は老けたぞ。もうジジイじゃねーか。
「……今はまだ、『私』は貴方を許せる気がしません」
『………。』
「けど、こっちに来れた事で感謝している部分もあります……今の話を聞いて、ようやくそう思えるようになりました」
『………。』
一人称を戻したのはわざとなのか自然となのか、俺には判別がつかない。そこに相応の理由があるのは解るが。
「……誰にでも『仕方がない』理由はあるんですよね」
『……だからと言って、私がした事は許される事でも無い』
「……それなら、一つ聞かせて下さい」
『……何だ?』
改めて考えるとヴァンがヘタレだったから起こったんだよな、この事態は。
原作だと完全に『社長』のせいになってるが、実際の所はどーなんだか。
「貴方は……私のお母さんを愛していましたか?」
『……ああ』
今の嫁を選んだ理由が自分の意志なのか会社側からの圧力なのかは知らんが、ヴァンもそれは誰にも教えるつもりはないだろう。
「……今はそれで充分です。『お父さん』」
『……ありがとう』
あ、泣いた。
教室には暫くの間、ヴァンの嗚咽がひっそりと響く。
鈴辺りは思う所もあるだろうが、全員何も言わずにそれに耳を澄ませる。
……そろそろ泣き止まんかな。オッサンの鳴き声聞く趣味は無いぞ、俺は。
『……源蔵』
「んー?」
『ありがとう。それと地獄に堕ちろ、この野郎』
「束と一緒なら地獄巡りも悪くないさね」
『ハッ』
憑きものが落ちた表情でヴァンが笑う。お、二十歳若返った。何だ割とイケメンじゃないかお前。死ね。
『……ああ、そうか。お前が言っていたのが彼か』
「何だ、今更気づいたのか?」
『となると……シャルロット』
「は、はいっ!?」
恐らく今まで一度も言われた事の無い柔らかな口調で、ヴァンがシャルロットに声をかける。
何だ、すっかり父親できてんじゃねーか。
『話を聞く限りではかなりの難敵だ。周りの勢力もさるものながら、本丸は更なる強敵だろう。
……だから、勝ちたいのならば攻めの一手だ。押して押して押しまくれ!』
ポカン、と口が開けっ放しになるシャルロット。まあこのギャップはなぁ、オッサンのギャップ萌えとか気持ち悪いんですが。
クラスの連中はヴァンの言いたい事に気がついたのか、それぞれの反応をしている。千冬含めて。
で、一夏は当然ながら何を言ってるのか解らないという表情。予定調和ですねわかります。
俺? 腹抱えて笑ってましたけど何か?
◆
……何だコレ?
「なあ、これって……」
「……聞くな。私には関係ない」
「嘘は駄目だよ、箒」
「ウサミミ……?」
現在俺達は臨海学校に来ている。俺と箒、千春と簪は着替えるために旅館を移動している所だった。
で、旅館の庭にはブスッと刺さったウサギの耳らしき物体。まあ間違いなく束さんだよな。
……そう言えば、シャルロットと親父さんが和解したのは良いけど、話する時間とか取らなくて良いのか?
シャルロットはずっと俺の所に入り浸ってるし、それに合わせてラウラも放課後は夜まで俺の部屋に居る。
「……源蔵さんを呼べば良いだろう。私は行くぞ」
「源ちゃんはまだ着てない筈だよ、海から来るらしいから……ってホントに行っちゃった」
「相変わらずだな箒も……で、何で海からなんだ?」
「装備持ってくる係なんだって……昨日、授業の時に愚痴ってた……」
そう言えば揚陸艇でドーンと運ぶんだっけか。ああ、そりゃ源兄ぃの仕事だな。
「それじゃソレ、一夏に任せるわね。行こ、簪」
「な、何でだよ。千春がやれば良いだろ?」
「生憎と女の子の着替えには時間がかかるの。そこを考えると余計な時間が使えるのはアンタしかいないのよ」
「……解ったよ」
千春は簪とさっさと着替えに行ってしまう。間違いなく面倒に巻き込まれたく無いからだろう。
「まあ、やるしかないか……ふんっ! と、わぁっ!?」
てっきりウサミミをつけた束さんが埋まっていると思って全力で引っこ抜くが、あまりの重量の無さに後ろに転んでしまう。
「い、一夏さん……? 何ですのそれは……?」
「(もぞっ)」
「あ、ああ、セシリアか。いや、束さんが……もぞ?」
何か掴んでるウサミミが動いてる。いや、正確には俺が掴んでるウサミミの下にくっついてる物が、だ。
何だろう、これ……黄色くて丸くて……網目?
「っ!(バッ)」
「うわぁっ!? な、何だコレ!?」
「あ、アルマジロ……?」
と、一向にアクションを起こさない俺に業を煮やしたのか、黄色い物体が元の姿になって俺に顔を向けた。
細長くてどこか愛嬌を憶える顔、うん、間違いない。本物は初めて見たけど、間違いなくアルマジロだ。
「(じー)」
「何でこんな所にアルマジロが……?」
「さぁ、まああの人のやる事だし……ん?」
と、ここまで喋って何やら地面が揺れている事に気がつく。地震……じゃないな、何だ?
「(ぴくっ)」
「一夏さん、何か揺れてませんか?」
「ああ、セシリアも感じるのか? 十中八九あの人なんだろうわぁっ!?」
ドゴーン! と地面を切り裂いて現れる巨大な何か。あ、危ねー! あとちょっとずれてたら直撃してたぞ!?
まるでドリル兵器のような登場だが、その正体は巨大な人参でした。うん、何これ。
「に、人参……?」
「ああ、間違いなくあの人だ……」
『おお、さすがいっくん! よくぞ見破ったね!』
ぶしゅー! と煙を出して巨大人参がパカッと割れる。文面だけ見ると訳が解らない状況だ。
因みに今の束さんの格好は……一人不思議の国のアリス、と言った感じだ。ウサギとアリスしか入ってないけど。
「じゃっじゃーん! ビックリした? いっくん。ぶいぶい!」
「お、お久しぶりです。束さん……」
「うんうん、おひさだねー。本っ当に久しいねー! でも質問にはちゃんと答えようねー」
ぴょん、と大地を突き破った人参から束さんが出てくる。俺は思わず束さんにアルマジロごとウサミミを渡していた。
「ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな?」
「え、えっと……」
「まあ、私が開発したこの箒ちゃん探知機ですぐに見つかるよ」
そう言うと束さんはアルマジロからウサミミを外し、自分の手に持った。
で、このアルマジロ結局何なんですか? ナチュラルに小脇に抱えてますけど。
「ああ、これ? ちょっとベネズエラの方に行った時にね。ラ・グラン・サバナとか言う所の近くで拾ったんだ」
「は、はぁ……」
「まあ邪魔だし、そろそろ自然に帰そうかな。そーれっ」
ぽーん、と『蹴られる』アルマジロ。って、えぇっ!? そ、そんな事していいのか!?
蹴られたアルマジロはそのまま綺麗な放物線を描いて森の中へと消えていった。結構飛距離あったぞ今の……。
「それじゃあ私は箒ちゃん探しに行くから。じゃーねーいっくん、また後でね」
「は、はい……」
たたたーっと物凄いスピードで束さんが走り去っていく。
一体何がしたかったんだろうか、あの人は……セシリアとか呆気に取られて声も出ないみたいだし。
◇
俺達がビーチバレーを楽しんでいると、遠くからなにか唸るような音が聞こえてきた。またこのパターンか……。
「ねぇ……アレ、何だろ?」
「ん? あれは……船?」
皆一旦手を止めて沖の方を見ると、確かに小さな船の影が見える。でも何かこっちに一直線に向かってきてるぞ?
「あ、源ちゃんじゃない? 船で来るって言ってたし」
「そっか、源兄ぃか。結構時間かかったな」
「……あれ? 何か……大きくない?」
そう言いながら審判をやっていた千春と簪がこっちに来る。確かに源兄ぃは遅れてくるとか言ってたな。
因みに千春の水着は上が実用性重視のタンクトップ型スイムスーツ、下がスパッツ型の海パンみたいなやつだ。
六花がまんまサングラスみたいな形状である事もあり、サーファーとかスポーティーな印象を受ける。
一方、簪は眼鏡を外している。元々視力は良いんだし、塗らして壊す訳にはいかないからな。
水着は薄桃色のワンピースだ。その上から水色のパーカーを羽織っている。
「幾らなんでも海パンは無いでしょ、海パンは」
「じ、ジロジロ見る男子……きらい……」
「あ、わ、悪い……その水着、似合ってて可愛いなって思って……」
「っ!?」
ぼん、とどこかから変な音が聞こえた気がする。あと千春は何でそんな目で俺を見るんだ。
「別に……って、アレ? 確かに何かあの船……デカいわよ?」
「それにあれ、少し浮いてないか? 見間違いかな……?」
「……大きくて、揚陸艇で……っ!? 簪! 逃げるわよ!」
「ほぇっ!?」
千春に手を取られて簪が海から離れ始める。おいおい、幾ら源兄ぃでもそんな……。
「ハーレムキングに制裁をぉぉぉぉっ!」
「ってホントに来たぁぁぁぁっ!?」
顔を再び海に向けた瞬間、俺は自分が見た物が見間違いでなかったと悟る。いや、普通見間違いだと思うって。
そこにあったのは超巨大なホバークラフト――俗にLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇と呼ばれる物――であった。
船体を浮かすための強風が暴れ狂い、さっきまでラウラをシュバルツバルトみたいにしていたバスタオルが宙を舞う。
「俺、参上っ! 待たせたなガキ共!」
「げ、源兄ぃ……それ、何?」
「揚陸艇。おめーらが明日使う装備が満載されております、って事で『シャカシャカ歩く君』全機起動!」
パチン、と源兄ぃが指を鳴らすと船体正面のハッチが開き、学校で見慣れたコンテナが目に入る。
が、問題はそれがひとりでに船から外に出てくる事だ。しかも沢山。
「な、き、キモッ!」
「まあ歩行パターンは虫を参考にしたからな。生理的嫌悪が来るのは仕方が無いか」
七月のサマーデビルさんが思わず声を上げていたが、確かにこれは気持ち悪い。
特に一列になって岩場へ歩いてく光景とか。それに虫って言うか、この速度はむしろゴキ……。
「よぉーし、本日の俺のお仕事終わりぃー! ヒャッハー!」
海に来てテンションが上がってるのか、コンテナが全部移動し終えると源兄ぃは奇声をあげて早々に引き上げていく。
所要時間実に五分ちょい。見事なまでの電撃作戦だった。
◆
「ふぃー……極楽極楽」
船を規定の場所に停めて陸路で生徒達が居る浜まで戻り、ハンモックを木の間に掛け終わったのがついさっき。
現在俺は潮風に揺られて穏やかな昼を過ごしている。だから誰もこっちくんなよ? いいな、絶対に来るなよ!?
「ああ、ここに居たのか。手間を掛けさせるな、馬鹿者が」
「……何の御用ですか、織斑先生」
「束だ。一夏が遭遇したらしい、見かけたらすぐに連絡するように」
黒のビキニを着こなした千冬がプライベートのように話しかけてくる。まあ大して変わんないけどさコイツは。
しかし、まるで野犬か熊のような対処法だな。お前それでも幼馴染か?
「で、今回の格好は? 顔だけで探すの疲れるんだけど」
「ウサギの耳をつけた一人不思議の国のアリス、だそうだ。相変わらず訳が解らんな、アイツは」
「そうか……ならば俺はジャバウォックにでもならんといかんか。いや、バンダースナッチの方が良いか?」
「ならんで良い」
さいですか。
「とは言え俺はこれから不足気味の睡眠時間を補充せねばならん。見つけられるとは限らんぞ?」
「私に見つかれば怒られるのは解っているだろうからな。来るとしたらお前の方だ」
「あいつが怒られるのを怖がるようなタマか? 向こうから来るってんなら俺としては大歓迎だが」
「それもそうか……まあ、どの道明日になれば現れるだろう」
確かに、明日は各種装備の試験日だ。千冬も紅椿の件は感付いているだろうし、その予想も当たっている。
「そんじゃー俺は寝る。下手な事で起こすなよ?」
「ああ、寝ろ寝ろ。装備の件はお疲れ様と言っておこうか」
「んー」
こちとらこの一週間で十四時間寝てるかどうか怪しいんだ、明日に備えて寝させろ。
◇
日が暮れ目が覚め旅館に戻り、服を脱いだら露天風呂。今は男子の時間帯だ。
夕飯が始まるのと同時と言う何とも微妙な時間だが、調整の関係でそうなったのだから仕方無い。
「お、一夏。早いな」
「いやー、やっぱ温泉だって思うとワクワクしちゃってさ」
俺は男の教員って事で一番に入っているが、一夏も俺が入っている間にやってきた。
しかしどうして一夏はこうも嗜好が爺臭いのか……アレか、その辺がフラグ絡みの能力と関係があるのか。
「そうそう、そっちの方だと海が見れて良い感じだぞ」
「そうなのか? ありがとう、行ってみるよ」
「どういたしまして。俺はもう上がるが、のぼせないようにな」
―――そして勿論、俺がこんな面白いイベントの仕込みをしない訳が無い。
脱衣所から一夏が予想通りの場所に居る事を確認し、服のポケットに入れておいたスイッチをポチっと押す。
「「「………。」」」
「……へ?」
ぱたん、と倒れる風呂場の柵。その先に居る女性陣。当然ながら一夏は裸。その後の展開は火を見るよりも以下云々。
うむ、六花から千春経由で覗きポイントの情報を流しておいて良かったな。アイツなら上手く使ってくれると信じていた。
「やぁ」
「……どうしてナチュラルに俺の部屋に居るんだよお前は」
一仕事終えて部屋に戻った俺の目の前には巨乳兎、もとい束。廊下が騒がしいのはきっと気のせい。
ちなみに立場とか性別的な事情から俺は一人部屋である。勿論一夏は千冬と相部屋だ。
「おやおやー? わざわざ訪ねに来たのにその反応はどーかな、ゲンゾー」
「いや滅茶苦茶嬉しいけどさ。何ならこのまんま布団に押し倒すけど、良いか?」
「駄目ー」
そう言いながら束は何故か敷かれている二組の布団の片方に自分から寝転がる。やっぱ誘ってんのかテメー。
っつーか昼寝してる時に俺に悪戯しただろお前。起きていきなり『巻きボイン』って何だよ。っつーかよく起きなかったな俺。
「んー、箒ちゃん専用機ができたから急いで来たんだけど、よく考えたら今日寝る場所無いんだよね。だから泊めて」
「全く……ホント頭良いくせにどっか抜けてるよな、お前。夕飯は食ったのか?」
「食べたよー」
ふむ。まだだったら一緒に座敷で食おうかと思ったが、終わってるなら無理に誘う事も無いか。
それと束さん、浴衣の合わせ目からコンニチワしてるその谷間に入って良いかな。駄目かな。
「解った。んじゃ俺は飯食ってくるから」
「お土産よろしくー」
「ふざけんな馬鹿」
いっそ肉棒でもプレゼントしてやろうか、と思うがその前に飯だ。確かメインはカワハギだったか。
◇
妙に顔が赤い一夏グループを横目に夕飯を平らげて部屋に戻る。いやー、青春だねぇ。
「ただいま……ん?」
「くー……」
寝てるよコイツ。まだ九時にもなってねーぞ?
「やれやれ……ホントに襲われるって考えは無いのか、お前は」
「すー……」
もう俺も寝てしまおう、と荷物から歯ブラシその他を持って部屋の洗面所へ向かう。
歯ブラシを口に突っ込んだ俺は、ボーっと鏡を見ながら今連想できる事柄を考え始めた。
篠ノ之束は眠らない……もとい、束は眠っている間でも脳を酷使する人間だ。正直、あと五年で寿命だとか言われても納得できてしまう自分が居る。
何をしているのか、と言えば起きている間に考えられた事の試行をしているんだとか。ぶっちゃけありえねーと思ったが、試してみたら俺もできた。
ただ、束の場合はフルオートでそれが発生してしまうらしい。それは最早苦行か精神病の類だと思うぞ、俺。
しかし、小学校上がってすぐ位の時に二人で泊り込みで色々と作ったんだが、その次の朝に『夢を見なかった』と驚いていた。
その後何度か一緒に寝た事があったが、どうも俺が近くに居る状態で眠ると夢を見ないらしい。更に何故か頭がスッキリしているとも言っていた。
……恐らく、俺がスイッチングが可能である事と何らかの関係があるんだろう。もしくは俺から何か電波でも出てるんだろうか?
「そんな訳で、一緒に寝る事自体は何回かやってるが……この年でその解釈ってのはどーよ。と小一時間問い詰めたい」
「ん、んぅ……」
考え事をしている間に三分経っていたのでうがいをして部屋に戻る。
そこには巨大な饅頭二つ……もとい、束の巨大な乳が天を向いていた。
よく見ると、体が横向きから仰向けになっている。恐らく寝返りで上を向いたんだろう。
「……お前は本当に俺に犯されたいのか? あと風邪引くから布団入れ」
ただ、束が眠っているのは掛け布団の上。ここからちゃんと寝かせるってなると、テーブルクロス引きの名人に頼むしかない。
「やれやれ、っと」
「……っ」
脇と膝の下に手を入れ、ひょいと俺の膝の上に乗せる。
眠っているので頭を揺らさないように俺の肩に預けさせた。
俺はその間に素早く掛け布団を跳ね除け、キッチリ枕に合わせて寝かせてやる。
「これでオッケー。あとはもう大丈夫だな」
「………。」
何かどこかから不機嫌なオーラを感じるが、まあ気にしない方が良いだろう。
「やれやれ……明日は明日で色々引っ掻き回してくれんだろうな、オメーは」
「すぅ……」
「けど、俺はそんなお前が大好きだ。愛してる」
「……っ」
そっと束の前髪に触れながら、いつも言っているのより幾分落ち着いたトーンで愛を囁く。
……まあ、何分か経つとあまりの似合わなさ&恥ずかしさに静かにのた打ち回るんですがね。
「何こっ恥ずかしい事言ってんだ俺は……あーもー寝よ寝よ、はいおやすみーっと」
◆
さあ束さんのターンだ! ここから束さんの出番がガンガン増えるぞやったねタエちゃん!
ヴァンは「やりきれない悪役」を目指してみました。重役達もまた「悪人」ではなく「悪役」です。
っつーかそんなやりとり衆目の前でやんなっつー。
揚陸艇のシーンはエガちゃんのテーマでお楽しみ下さい。テンション任せとも言う。
とりあえずちょこちょこ修正しときました。
因みに前の話で意図的にネタを仕込んで指摘されなかったのはこんな感じです。
鏡音の双子の乗り物、オールドキング、ゲンハ様、ビッグオー、無敵看板娘、ジェノザウラー、ブロント語、光子力研究所、ガイル、買う権利をやろう。
仕込んだネタを解ってもらえると非常にうれしいです。あ、今回は少なめですよ。
◆
……草木も眠る丑三つ時、源蔵の手によってウサミミを枕元に置かれた影――つまり篠ノ之束――は少しだけ瞼を開く。
今までのは全て狸寝入りであり、源蔵の発言は全て束に聞こえていた。僅かに頬が朱に染まっているのは気のせいだろうか?
「………。」
結局源蔵は束を犯す事など無く、布団に寝かせるためとは言えお姫様抱っこまでしてみせた。今は安らかな顔で眠っている。
ある意味で期待外れではあるし、また別の意味では予想通りの行動である。そんな彼に向かって束は一言だけ口にした。
「……馬鹿」
◆