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第十二話「ブルー・ハワイ」
「あぢぃ……」
現在、夏コミの次の週末。教員も全員盆休みなので俺も実家に戻っている。ついでに今日は篠ノ之神社の夏祭りがあったり。
んで、俺はと言えばビニールプールに水を張ってその中でぐったりしている。だってやる事ねーし。
「……何やってんの? ゲンゾー」
「見ての通り涼んでんだよ。ぬるいが」
そして毎度のごとく現れる束。ホントお前どうやって移動してんの? こないだだって大騒ぎなってたし。
「全く、学園に居ないと思ったらこっちに居るし……」
「んー、まあ知り合い泊めてたしな。交通の便はこっちの方良いし」
「……へぇ?」
はておかしい。何か急に温度が下がったよ?
「……所でゲンゾー、あの女は?」
「え、えーっとだ、だだ誰だ? ちょちょちょっとさむさむ寒くて頭がまわらららんなぁっばばばばぁばば」
「……眼帯軍服女」
あれなんかホント物理的に寒い痛い痛い痛い痛い!
「く、クラリスなら仕事あるっつって帰ったよ! ってマジ痛い痛いやめやめやめぇっ!」
「……ふぅーん」
パチン、と何かのスイッチが切れる音がして温度が急激に戻ってくる。あーヤベ痛いマジ痛い。
これ以上水に浸かってたら凍傷なるから上がる。うー、さびさび。ついでだしもう甚平着とくか。
「……ねぇ、ゲンゾー」
「何だ? ったく、テメー今度は何作ったんだよ……」
「あの女……どういう関係?」
「どうって……ドイツに居た頃の知り合いだよ」
それ以上でもそれ以下でもない、って言ったら何故か束がため息をついていた。何なんだ一体。
「にしても早いな。まだ六時前だぞ? てっきり神楽舞が終わってから来るもんだと思ってたが」
「だって……」
「だって?」
「な、何でもないよっ!」
何なんだお前は。まあ非常に愛らしいのでよしとする。
「んじゃそろそろ俺も着替えるかな。束、着付け手伝ってやろうか?」
「こ、これあるから大丈夫だもん!」
そう言って束が量子展開したのは昔作った『スーパー着付けマシーンデストロイエディション』だった。懐かしいなオイ。
あと今更過ぎるが名前おかしいよね。何で着付けマシーンなのにデストロイなんだよ。アレか、浴衣ビリビリーってなんのか?
◇
「さぁて、と。んじゃ何から行きますかね」
「端から全部ー」
「できるかボケー」
このやりとりも割と毎年の事だったりする。ようやく調子が戻ってきたな。
俺はシンプルな紺地の甚平……に六花の機体が描かれている痛甚平だ。でも線画のみと筆字のお陰でどこか格好良く見える不思議。
一方束はネタ要素の少ない薄桃色の浴衣である。ワンポイントとして兎が描かれているのが束らしい。何だかんだで兎好きだよな、お前。
「とりあえず定番から攻めるか」
「じゃあ、まずはどじょうすくいから!」
「なんでやねん。っつーか何であんだよ」
一回五十円とか中途半端だし。ストップ!女装少年のアレか?
「じゃあ、ゲンゾー! ほら、あれ!」
「あれって……お面? まあ、あれな、ら―――」
……いや、その、銀の福音のとかはまだ良いさ。『興』とか『干』も百歩譲ってよしとしよう。
けど、何で某勇者ライクの鎧兜のようなV字のアンテナのロボ顔があんの? 思わず買っちまったじゃねーか。
「あ、こっちのたこ焼きはロシアンルーレットだって!」
「それを堂々と宣伝する度胸が凄いな」
むしろ売りにしているんだろうか。営業努力間違えてるぞあんちゃん。
「お、チョコバナナか。よし、買ってやろう」
「すけべー」
ここんとこやってなかったから忘れがちだが、俺の基本理念はセクハラだぞ? モレスター・ノヴァかますぞ?
「アメリカンドックの衣を先に食べてですね」
「やっぱりすけべー」
などとアホな事をやりながら歩いていると、いつの間にか射的屋の前まで来ていた。何故かおっちゃんの目つきが怖い。
だがまあ、こっちも二十年通っている常連である。ここ数年はこの日の勝負の為にこの祭りに来ていると言っても過言ではない。
「来たな坊主。今年は負けんぞぉっ!」
「良いだろう。重りを仕込んで倒れなくしてるってんなら……まずはその常識をぶち殺す!」
「ふっ、今年は大型液晶テレビだが……この鉄板を倒せるかな!?」
あ、この鉄板って原作で蘭ちゃんが倒してたやつか。ならそろそろ……。
「あ……」
「あれ? 源兄ぃ、それに束さんも。来てたんだ」
「よっ。宿題やってっかオメーら?」
ワンサマー、もとい一夏と箒と蘭ちゃんのトリオが現れた。両手に花ですなぁ。
あと篠ノ之姉妹がお互い認識した途端に視線同時に下げた。やっぱそっくりだよなお前ら。
「前のハイテンションはどこ行ったんだか……おっちゃん、五回分な」
「お、何だ、おごってやんのか? オメーも一丁前に生意気になりやがって……」
「あーはいはいそんな所だから緩くなった涙腺披露しなくて良いから。さっさと出せ」
蘭ちゃんが射的をやりたがってる、と見事な勘違いをかました一夏がこっちに歩いてくる。
まあでも学園入るつもりなら射撃の感覚を知っておくべきだと思うぞ、俺は。そしてファッション感覚で動かして事故って死ね。
「来てたんですね……お久しぶり、です」
「う、うん……あ、紅椿の調子はどう? いっつも私が見れるって訳じゃ無いから、何かあったらゲンゾーに言ってね」
「はい。源蔵さんにはいつもお世話になっています」
そして話題が無いからと地雷原に自分から突っ込む束。いつでも見れるようにしたいならいい加減戻って来い。もしくは俺の嫁に来い。
「ほらよ。ま、お手並み拝見だ」
「そんじゃま遠慮なく。サブアーム展開×4、射撃モード!」
「んなぁっ!?」
五丁のコルク銃が店先に並べられ、俺はそれを左手と展開したサブアームで全部構える。はっはっは、五人分払ってんだから別に良いだろうが。
そしてタッパ任せに片手でも絶対に外さない距離に構える。標的との距離は十センチも無い。そして一斉に発射される五発のコルク弾。
「はい液晶テレビ貰い、っと」
「ぬ、ぬがー! ずるいぞこのクソガキ!」
「まあ僕ァ優しいからこれは一回だけで許してやんよ。あ、お前ら残りの弾使うか?」
怒り狂うおっちゃんを余所に一人ずつ銃を渡していく。これで恐らく原作通りの流れになってくれるだろう。蘭ちゃん以外は。
で、その蘭ちゃんはと言うと、
「ぴ、PSX……?」
「なんでそんなもん……」
「大損だ……」
むしろ原作より凄いもんを取っていた。っつーか何であんだよおっちゃん。
俺は俺で残った一丁でPGディープストライカーをゲット。できるかこんなもん。
「そして一夏はフルアーマーだがユニコーン、と。まあ予定調和だな」
「何がだよ。箒は……それ、何だ?」
「何だろうな……黄色くて羽と手が生えているが……よく解らないな。えっと、姉さんは?」
「これラスト一発……っと!」
「ぬわー! ……ダルマですね。毎度どうも」
おっちゃんが白く燃え尽きてた。そして原作では箒が欲しがってただるまを何故か束がゲット。
「ふむ、これは……おい、束」
「あ……うん。箒ちゃん、これあげるっ」
「あ、ありがとうございます……その、代わりと言ってはなんですが……」
ぽん、とだるまが箒の手に、たまにマッスルボディになりそうでぶるぁとか言いそうな黄色い球体が束の手に渡る。
つっこまんぞ、絶対に突っ込まんぞ!?
「うん、ありがとっ!」
「とは言え液晶テレビも含めて荷物になるな……まあ量子化すれば良い話か」
「……改めて考えるとかなり出鱈目だよな、源兄ぃも」
今更何を言っているのかコヤツは。そしてこのままだと蘭ちゃんが花火についてきそうなので手を打っておく。
「あ、弾か? オレオレ詐欺だが」
『……何の用っすか、源蔵さん』
「いや、君の妹が一夏の毒牙にかかりそうなんだがどうするって話」
『いぃぃぃぃちかぁぁぁぁぁっ! ぶっ殺したらぁぁぁぁぁっ!』
所要時間実に十八秒。何だかんだでシスコンだよね、弾も。
「そんじゃ俺らはそろそろ行くな」
「え? 何でさ。皆で回れば良いじゃん」
「全くお前は……姉さん、源蔵さん、一夏は私に任せて行って下さい」
そして隙を見て二人きりになるつもりですね解ります。だがまあ好意はありがたく受け取っておこう。
「それじゃー箒ちゃん、いっくん、あと何か変な物体。じゃーねー」
「へ、変な物体って……」
誰の事かは言うまでもないな。
◇
時刻は七時五十五分、もうすぐ名物の百連発花火開始時刻である。場所は勿論、森の中の花火スポットだ。
あの後は二人でラムネ一気飲み競争したりチクチク屋をこの左手で荒らしたり輪投げをこの左手で荒らしたりしてた。
「いやー遊んだ遊んだ。明日からまた仕事だっての忘れたいくらい遊んだな」
「仕事、かぁ……ね、ゲンゾー」
んー? どーしたこの社会不適合者。お前は俺にだけ適合してりゃ良いんだよ。
「やっぱりゲンゾーとしては……私のこと、つかまえておきたい?」
「……まあ、そーすりゃ余計な心配はしなくて済むだろうな」
「じゃあさ……その……今、一緒にいてくれって言ってくれたら……私……」
……そりゃ随分と魅力的な提案だな。だがご生憎様。
「こちとらテメーの尻追っかけんのが生き甲斐なんでね。まだちょっとばかし物足りねーな」
「―――そっか。じゃあ、頑張って逃げなきゃね」
「ああ。だがまあ、今までの動乱その他を引き起こした罰として―――」
ん。
「終身刑だ」
顔が熱いのが解る。果たして、より赤くなってるのは俺なのか束なのか……って殴んなコラ。
「……も、もうっ! 恥ずかしい台詞禁止ー!」
「はっはっは、たまにゃ良いだろ? それとお前ら、デバガメはどうかと思うぞ」
「え……?」
ぽかぽかと殴ってくる束の手が止まり、ギギギと俺達が来た方向を向く。
この場所を知っており、今ここに来るのは……まあ、アイツらしか居ないよな。
「あ、えっと……あはは……」
「………。」
「にゃ、にゃー!? げ、ゲンゾー! 解っててやったでしょ!」
愛想笑いで誤魔化そうとする一夏。ぷしゅー、と頭から煙を出す箒。キャラが崩壊し始める束。
なにこのカオス、とか言ってみる。フヒヒサーセン。
「まあとりあえず座れ。花火の間ずっと立ってるのも疲れるだろ」
「もー! もー!」
「はいはいブヒィィィィィ」
指を一つ鳴らしてレジャーシートその他一式を量子展開する。ビールに柿ピーは花火見る時のデフォだよな。
ド―――(゚д゚)―――ン!
「お、始まった始まった。たーまやー」
◆
「ん、うぅ……ん―――、ふぅ」
大きく伸びをして体を目覚めさせる。最後に首を左右に振り、コキコキと鳴らして締める。んー、良い音。
「……んぁ? あー、そっか。帰ってたんだっけ」
『おはようございます、マスター。本日は快晴、湿気も低く快適に過ごせるでしょう』
「そっか。おはよう、六花」
視界に映るのは学園寮の部屋ではなく私の自室。そうだった、今日は一夏と一緒に帰って来てたんだった。
「とりあえず顔洗おにゃ!?」
「むきゅ……ぅ」
ベッドから降りた所で何か柔らかい物を踏ん付けてしまう。バランスを崩した私はベッドに尻餅をつくと、踏ん付けた相手の事を思い出した。
「あー、そーだった……ごめーん、簪ー。怪我ないー?」
「らいじょむ……おはょ……」
お姉さん絡みで家に居辛いらしい簪は夏休みでもずーっと寮に居た。私も特に部屋を空ける事が無かったので、私達は夏休みだろうが関係なく寮に居続けた事になる。
そんで今日は久々に家の掃除やら何やらを泊り込みでやろう、という話になり、それなら私も手伝うと簪がくっついてきたのだった。当然ながら各種イベント付きで。
いやー、一夏のラッキースケベ運は尋常じゃないと思ってたけど、まさか一日でハットトリックかますとはね……私にかましたのはノーカン。ノーカンよ。
本当は簪が泊まるのは無理だったんだけど、源ちゃんがちょっとした仕事を回してくれる事で可能になりました。まあ無理矢理取ってつけたような理由なんだけどね。
でも夏も仕事しまくってるよねー、源ちゃん。夏コミはともかくとして、こないだも世界中の衛星放送対応してるアンテナとか設置してたし。
「とりあえず顔洗お。簪、起きれる?」
「らいじょぶらぉ……」
呂律全然回ってないよね。そりゃ三時前後までアニメ見てればそうもなるか。普段は寝起き良いのにねー。
因みに私と簪は眼鏡型ディスプレイなので、それを使ってるのを傍から見ると非常に怖いらしい。
あ、簪が床で寝てたのはそっちの方が涼しいからよ? そうじゃなかったら客人にベッドぐらい貸すってーの。
「ああ、おはよう。二人とも」
「おはよ、一夏」
「おぁょぅ……おぃうぁぅん……」
仕方なく簪の手を取って一階の洗面所まで連れて行く事にする。と、一夏が現れた。
「だ、大丈夫か? 簪」
「ぁぃょぅ……」
「大丈夫よ、ただの寝不足だから。ほらほら、こっちよー?」
寝惚けた簪を誘導し、階段で二人池田屋事件になりそうだったが無事に洗面所で顔を洗う事に成功する。
「……あれ?」
「やっとお目覚めね。おはよ、簪」
「う、うん……っ!」
かぁ、と簪の顔が一気に赤くなる。そりゃ寝起きでボーッとしてる所見られたら恥ずかしいよね。
因みに現在八時過ぎ。こりゃまた随分お寝坊さんだこと。
「千春ー、ちょっと良いかー?」
「きゃーっ!」
「ふべっ!?」
そしてテレパシーもといデリカシーの無い一夏。洗面所に顔を出して簪に石鹸ぶつけられてます。ナイスピッチ。
……いや、むしろテレパシーでこういう場面に遭遇してるのかな? その場合、戦犯どころじゃない大罪人になるけど。
「で、何? 洗剤足りないから買ってくるとかそんな話?」
「そ、そうだけど腹の上に立つなっ! 朝飯出てくる!」
「ち、千春……駄目だってば……!」
ギャーギャーワーワーと朝ごはんも食べてないのに騒ぐ私達。近所迷惑ですね解ります。
「いてて……んじゃそういう事だから、ちょっとホームセンターまで行ってくるな」
「はいなー。それじゃ簪、朝ごはん食べたら昨日の続きしよっか」
「あ、うん……えと、織斑君」
「ん? どうした?」
騒ぎも一段落し、私は一夏が作った朝ごはんをテーブルに並べていく。簪ー、手伝ってー。
「あの……お、おはようっ! そ、それと、さっきはごめんなさいっ!」
「あ、ああ。おはよう。それに気にしてないよ。覗いた俺が悪いんだし」
「え、えと、でも……」
「おーい、イチャついてないで手伝ってー」
全く、砂糖吐くようなやりとりは源ちゃんと束さんだけで充分だっての。あー、私も彼氏欲しいなー。
◇
「ただいまー」
「お、おじゃまします……」
はて? と窓を拭いていた私達は手を止める。
「お客さん……?」
「みたいね。それにあの声、もしかして……」
どうせまた一夏が女の子引っ掛けてきたんでしょ、と思ったら大正解。エロい子、もといシャルロットだった。
「何かウチの前でバッタリ会っちゃってな。用事も無いらしいし、掃除は明日もあるしな」
「え、えっと、千春が居るのは解るけど、何で簪が……?」
「泊まったから。暇だったから泊り込みで大掃除してたのよ」
「と、泊まっ!?」
トマトマン? まあ一夏の言う通り、お客さんが居るのに掃除ってのもアレだしね。
どうせ「来ちゃった(はぁと)」とかやりたかったんだろうけど。かっこはぁと、まで読むのが源ちゃん流だ。
「そうだよね、千春の支援が一番受けられるのは簪なんだもんね……見落としてた僕が馬鹿だった……」
「?」
「まあ、とりあえず座ったら? 麦茶でも持ってくるわ。一夏、シャルロットと簪の相手お願い」
「ああ、解った」
私は簪から雑巾を受け取り、バケツへと放り込む。少し早いけど休憩にしよう。
「あれ? 一夏ー、麦茶新しくしたの?」
「ああ。今朝作ったばっかりだからまだ薄いかもしれないけど」
「充分濃いわよ。ちぇー、味水になってからが美味しいのに」
パックで言うと水を足して三回目以降。1パックにつき最低五回は水足しで飲むのが私のお気に入りだったりする。
後半はもう色水とか「水!」ってレベルだけど。あとそれ飲んでると簪に異様な物を見る目で見られる。何よー。
「千春のは薄過ぎると思う……」
「だよなぁ。前はそういうのがあったら千冬姉が問答無用で捨ててたんだけど」
「その度に喧嘩になって何故か最終的に源ちゃんが殴られて終わる、と」
「何で?」
さぁ? 私も何で毎回源ちゃんが巻き込まれるのかが知りたいんだけど。これもある種のフラグ能力?
「で、どうしてシャルはウチに? 本当に予定とか無かったのか?」
「え、えっと、それは……」
「一夏、女の子にはふと友達の家に行きたくなる事があるのよ。ね、シャルロット」
そんでもって見るからに墓穴を掘りそうな話題であっても飛び込みたくなる穴もあるのよ。今みたいに。
「そ、そうそう! ご、ごめんね一夏。連絡もしないで……」
「いや、俺は別に良いけどさ。予定が無いから掃除してただけだし」
「私はそれの付き添い……」
お、簪の語尾にハートマークが見えるわ。理由も無く来るよりはずっと良いもんね。
狡猾。流石簪狡猾。まあ私プロデュースだからなんだけど。
なんてやってたらインターホンが鳴る。また誰か来たみたいだけど、嫌な予感がするわー。ビンビンするわー。
「はいがちゃりんこー」
「あ、ご、ごきげんよ、ぅ……」
「おお、ちょろいちょろい」
えろいさん、もといちょろいさんだった。とりあえず入ったら?
「千客万来ー。セシリアだよ」
「ん、よう。セシリアも来たのか」
「も、って……」
「あ、あはは……」
「……おはよう」
ガクリと膝を折るセシリア。私はその手からお土産らしき箱を奪い、何とか床に叩きつけられるのを防いでいた。
それにしてもアレね、人数増えると地の文が入れ辛いわね。いや何のことだかサッパリだけどさ。
「ねーセシリア、これお土産?」
「え、ええ……リップ・トリックのケーキですわ……」
「へぇ、じゃあアイスティーの方が良いかな。あ、座って座って」
「あ、俺も手伝うぞ」
「良いからアンタは座ってなさい」
パタパタとスリッパを鳴らして台所に戻る。どーせ一夏目当てなんだしアンタが離れてどーすんのよ。
それにこのパターンだとあと三人ほど来るだろうしねー。もうボトルコーヒーで良いかな? 面倒なんだけど。
「はいお待ちー」
「あ、千春。これお前の分な」
「別に残りで良い……って四つしかないのか」
まあセシリアは二人で食べるつもりだったみたいだしねー。しょうがないっちゃしょうがないか。
「気遣いはありがたいけど私は良いわ。朝食べるの遅かったし、まあ一口くれれば良いから」
「そうか、じゃあホラ。あーん」
「あむ……ん、美味しい」
美味しい。確かに美味しいわ。でもさ、こうジロジロ見られるのはちょっと嫌なんだけど。
「ずるいですわ……」
「そっか、その手が……」
「むー……」
そして気にせず食べ始める一夏。まあ、間接キスだの何だのと騒がれなかったから良しとしますか。
正直な所、血の繋がった姉弟で間接キスとか気にしな……あ、ゴメン。姉さんと一夏は割と気にしてるわね。
とりあえず私は暇になったので、寮から必死こいて持ってきたダンボールを居間に持ってくる。
「ん? 千春、それ何?」
「ちょっと源ちゃんに頼まれてね……っと。あ、そーだ。後で皆もやる?」
「遊ぶ物か何かですの?」
「まーそんな所。えーっとコードコードっと……」
今日、簪がウチに居る名目がこれだ。コイツのテスト要員としてテレビ出力が正常に行われているかどうかのチェックである。
まあそんなのは当然ながらでっちあげたようなもんだし、いざとなれば投射ディスプレイ使えば良いんだけどさ。
「よしできた、っと。あ、丁度食べ終わったわね。そんじゃ先に食器洗っとくわ」
「千春……私も……」
「ん、ありがと。あと一夏、興味津々なのは解るけど下手に弄ると源ちゃんに怒られるわよ?」
「わ、わかってるよ!」
じゃっこじゃっこと食器を洗って居間に戻ると、今度はシャルロットとセシリアまで興味津々のようだった。
「なあ、これって何なんだ? 源兄ぃが作ったんだよな?」
「えっと……IS/VSってゲーム、知ってる……?」
「そりゃ、まあ。源兄ぃの監修モデルなら持ってるしな」
「ざっくり言えばそれの新しいの。でも信じらんないわよねー、ハードのスペック足りないから自作しちゃいましたって」
元々あのゲームには幾つか不満もあったみたいだしね。でもこれはやりすぎでしょ。
「あ、相変わらず滅茶苦茶ですわね……」
「その名もIS/VSツインドライブ(仮)、だってさ」
「でも、このままじゃ一般流通は無理って言ってたよね……」
「ん? どうしてだ?」
その疑問にお答えしましょー、と六花のフレームに手をかけた所で三度鳴るインターホン。はい次だーれだ?
「邪魔するぞ」
「おっ邪魔ー」
「一夏、布団を敷こう。な?」
一人おかしいのが居るけどスルーで。
「ああ、やっぱり来たんだ……」
「ええ、薄々そうではないかと思いましたが……」
「私は別に……昨日から一緒だったし……」
さあここで簪一歩リード! でもクラスが違うせいで普段から遅れ気味だったりする。
「そんじゃまボチボチ説明続けよっか。コレはどっちかって言うとゲームよりもISシミュレーターって言った方が良いのよね」
「いきなり何の話だ」
「これからコイツをやらないか、って話。まあやってみれば解るわね。簪」
「ん……オッケー」
私と簪はハードを挟んで向かい合って座り、ハードの電源を入れる。と、ビデオ入力にしていたテレビにも変化が現れた。
『プレゼンテェェェット、バイッ! 俺っ!』
「……どうしてこういう所にばっか力入れるのかしら、源ちゃんって」
「さぁ……? あ、でも……基本的には変わってないみたいだよ?」
それじゃあ始めますか。と私は六花のフレームを、簪は右手の指輪を指で軽く二回叩く。
予め登録しておいた動作を確認し、六花と打鉄弐式はハイパーセンサーだけを起動させた。
「お、オイ! いくらセンサーだけでもこんな街中で起動させたらまずいって!」
「大丈夫よ。これはあくまでこのハードに連動させて起動しただけ……で、そういう場合の起動方法に関しての条約も校則も存在しないのよね、実は」
「……また源蔵さんお得意の屁理屈か」
「そーゆーこと。テレビ入力も上手くいってるみたいだし、特に問題は無いみたいね」
テレビの画面に表示されているのは私達にとっては見慣れた感のあるメニュー。と言ってもまだ対戦モードとオプションしか無いんだけど。
「設定……どうする?」
「そーね、まあ初回だしサクッと終わらせましょ。エネルギー、シールド共に600。タイムリミット一分、フィールドは第三アリーナ」
「了解。カスタムデータで良い?」
「当然。武器のバージョンアップは……へー、結構増えてるわね」
簪はいつものスフィアキーボードを、私はゲームパッド型の投射デバイスを起動させる。
「これって、まさか……」
「そ、IS連動型のIS/VSよ。対戦しかできないけどね……それじゃあ一試合、いってみますか!」
ハイパーセンサーの透過率が0%に切り替わり、私達の視界は完全に仮想空間の第三アリーナへと切り替わる。
そこに『Get Ready』と表示され、エネルギーが満タンになった瞬間に操作が可能になった。
「この……っ!」
「六花、インストレーションシステムコール! レインダンサー!」
『了解。展開……完了しました』
簪が開幕早々山嵐を撃ちまくってきたので、六花がレインダンサーで弾幕を張る。その間に私は簪との距離を瞬時加速で詰めた。
こないだマルチロックシステムが完成しちゃったせいで、メテオストライクだと対応しきれなくなっちゃったんだよねー。
「くっ……!」
「うらららららぁーっ!」
簪は新型の二銃口型ヴェスバーを乱射して牽制してくるが、私はそれをバレルロールでかわしながら更に距離を詰める。
更に追尾してくる山嵐の掃討を終えた六花の弾幕が加わり、あっという間に打鉄弐式のシールドエネルギーが0に近付く。
「それなら……!」
「ハン、吶喊!? 六花、フォートレス! あとGAU-ISをガンナーズ・ブルームに!」
『了解。フォートレス展開……完了しました。ガンナーズ・ブルーム展開……完了しました』
私は歪な六角形――ガンダムのシールドを想像すると解りやすい――をしているフォートレスの細い方を前方へ向ける。
夢現を振りかぶりながら突っ込んでくる簪に対し、私は巡航スタイルのまま簪めがけて突っ込んだ。
「「行けぇぇぇぇぇっ!」」
◇
「ずぞぞ……不覚だわ。まさか一夏に負けるなんて」
「ずず……相変わらず鈴はコントローラーつかう物になると弱いよねー」
「ず……でも後半はちゃんと出来てたではありませんか」
皆で一通りやったらいつの間にかお昼になっていたので全員で素麺をすする。
「千春、あれって装備とか色々と試せるのか?」
「ええ。でも源ちゃん、今日の事予測してたのかな? まさか全員分の機体が登録されてるなんて……」
「確かにな。いつの間にパスワードなど仕込んでいたのか……ずず」
やりたいと言った皆がハイパーセンサーを連動起動させると、そこには『パスワードを入力してください』の文字が。
そんなん解るかー、と言いそうになった瞬間、『コアからの入力』で無事にリンクをする事が可能になった。
ただ、そのパスワードが酷かった。色々と。
一夏は『TOUHENBOKU』、まあコレは良い。一夏以外は満場一致ね。
セシリアは『CHYOROI』、これも本人以外は納得したわ。だってちょろいし
シャルロットは『EROIKO』、これは一夏が赤くなってたから一悶着あったわね。
ラウラは『CHYUUNIBYOU』、この内容は本人には絶対に伝えないようにしよう。
箒は『YANDERE』、言われてみれば若干そんな感じもするわよね。
鈴は『NIKUMIDAKARAINAI』、これはもう訳が解らないわよ。
「でも、千春達は凄く慣れてたみたいだけど……どうして?」
「佐倉先生に……テスト、頼まれてたから……」
「アリーナ使えない時とかはアレ使って練習してたしね」
これを渡されたのも六花に始まり、様々なネタ装備のテストをさせられる繋がりなんだろう。
そのお陰でこの面子のランキングではラウラと同率一位だったりする。六花の性能もあるんだけどさ。
「まあ、今日のはテレビ出力のテストだったけど、ホントは空間投射ディスプレイ付けるって話だし」
「それ、やる意味ありましたの……?」
「まあシミュレーターとしてはこの路線だろうけど、ゲーム化するならテレビ出力は欲しいでしょ?」
たまーにゲーム用の投射ディスプレイ機器とかあるけど、あれ一個買うだけで最新ハード丸々買えたりするしね。
「シミュレーターか……やはりあの事を気にしていたのだな……」
「あの事?」
「VTシステムの事だ。あれは元々ドクトルが作った物でな、本来は単なる演習用プログラムだったのだ」
へぇ。それをああも改造するとは……とっくに束さんに塵にされてそうね。
「それにしちゃ随分と趣味に走ってるわよね……コントローラーの種類とか」
「でもそれは良いのではないか? モーションコントローラーでなければまた負けていたぞ?」
「ん、まあそれはそうだけど……」
私のゲームパッド型、簪のスフィアキーボード型の他にも入力用の投射デバイスは用意されている。
一夏は本格的なスティックコントローラーだし、鈴は動きを感知するモーションコントローラー。
シャルロットはノーマルのキーボード型で、セシリアがスティックも付いたタイプのゲームパッド型。
箒はヌンチャクコントローラーだし、ラウラに至ってはツインスティックだったりする。
因みに箒と鈴の近くに居るのは危険だったりする。だってブンブン振り回すんだもんこの子達。
「で、午後はどうしよっか?」
「んー、一応テーブルゲームとかは持って来たけど?」
「どれどれ?」
お昼ごはんも終わって一息つくと、早速次に何をするかが気になってくる。
一夏が鈴から紙袋を受け取り、居間のテーブルにそれを並べ始める。
「あ、バルバロッサだ」
「ほう? 我が国のゲームだな」
「懐かしいなー。俺達がやってる後ろで源兄ぃが八分の一束さんフィギュアとか作ってたな」
本当に何をやってるんだろうかあの人は。今でもその時の写真残ってるし。
「まあ、あれに飽きたらにしようぜ。今度こそ千春に勝ってやる」
「へぇ……良いわよ? それなら全力でお相手してあげるわ。ね、六花」
『はい。仮想空間内ならば虚像実影を使う事が可能です』
実は私達の単一仕様能力『虚像実影』は今のままでは使えない。いや、使っちゃいけない技だ。
五体分のパーツを量子展開するのは容量制限を簡単にオーバーしてしまい、下手をすると無断制限開放の罪で捕まる事だって考えられる。
源ちゃんが言うには一体だけ呼び出す事ができるようになるらしいけど……今の所、そんな気配は無い。
でも仮想空間ならそういう事を気にしないで戦えるモードがある。それを使って一体だけ出せるように練習もしてるしね。
「あ、何なら一対六でも良いわよ? 丁度人数も集まってる事だしね」
◇
「オイ千春っ! 卑怯だぞ六体一斉にかかってくるとかウボァー」
「ハッハァー! 誰がタイマン×6でやるって言ったのよ!」
◇
まあそんなこんなで時間も流れて現在四時過ぎ。一夏と箒のガス欠コンビを鈴とラウラのフラットコンビが圧倒した所で誰かが家に入ってくる。
このドアの開閉の仕方、それに無言で入ってきたって時点でもう誰かは解ってるんだけどね。
「おかえり、千冬姉」「おかえり、姉さん」
「ああ、ただいま……随分と大所帯だな」
「「「「「「!」」」」」」
随分とエロい格好で姉さんが帰ってきた。それと同時に固まる六人。
え、何で固まって……あ、そう言えば臨海学校の時に変な事言ってたっけ。姉さん。
あと今の一夏に尻尾つけたら千切れそうなくらい振るでしょうね。飼い犬とご主人……ゴクリ。
「……それは何だ?」
「源ちゃんの新作。ハイパーセンサー出してるのも一応許可は取ってあるから、詳しくは源ちゃんに聞いて」
「はぁ……解った」
私達がハイパーセンサーだけとは言えISを展開しているのに気が付いたのか、それはもう恐ろしい目でこっちに重圧をかけてくる。
でも昔みたいに一発殴ってから話をする、ってパターンじゃなくなっただけマシよね。殆ど源ちゃんの担当だったけど。
そんでもって重圧をかけたお詫びか何かなのか、姉さんはちゃっちゃと着替えてまた出かけていく。
姉さんも姉さんで不器用と言うか優しすぎると言うか……あと何で一夏はコーヒーゼリー六つも作ってるの?
「二人分足りないな……まあ俺と千春は簪のカップケーキで良いか」
「そうね。私コーヒーゼリーそんな好きじゃないし、昨日のが残ってて良かったわ」
「い、一夏ぁっ! 晩ご飯は私達が作るわよ、良いわね!?」
え、何この子。もしかしてコーヒーゼリーが予想以上に美味しかったから逆ギレ? まさかね。
「別に良いけど……流石にあの台所に六人は難しいわよ?」
「じゃあ、私……良いや」
「そう? じゃあゆっくり待ちましょ」
まあ一夏に振舞うのが目的なら昨日やったしね。あとは……セシリアの料理をどう回避するか、かな。
◆
「らからなぁ? わらしろしれは、いひかは目がはにゃせりゃいろ言うか……」
「千春は良いのか?」
「ひはるは良いんら。あいつはしっかりしれるからにゃ?」
何コイツ。いきなり人の実家に呼び出してツインドライブの件で一通り怒ったと思ったら勝手に酒飲んで勝手に悪酔いしてんだけど。
おっかしぃなぁ……コイツこんな酒弱かったっけ? っつーか酒癖悪いなお前。絡み酒かよ。
「らいいひ、おみゃーがもー少したばにぇを止めれいはら、こんにゃころには……にゃらんかったんらぞ?」
「俺の役割はストッパーじゃないんでね。そりゃオメーの役割だ」
「にゃーに言ってんにゃおめぇーは。げんじょーしゅきしゅきらいしゅきー、ってにゃんろたばにぇに聞かしゃれらこりょか」
そりゃー嬉しいけどよー。あとさっきから束がたばにぇになってる。
「わらしろしれも、しゃっしゃろおみゃーらにはくっちゅいれ欲しーんらよ。こう、むぎゅーっと! ぶちゅーっと!」
「キャラ変わりすぎだろお前。むしろ崩壊してんぞ」
「やらまひぃっ! よーい園のこりょからずぅーーーーーーっろおみゃーらを見れ来らけろな? にゃんろくっちゅけろ思っらこりょか!」
しかしまあ、ある意味絡み酒で良かったのかもな。暴れられたらISでも持って来ないと手が付けられん。
「らいいひ、べんろーを好きれもらいおろこにちゅくるか!? ちゅくらんらろ!? しゃっしゃろ手篭みぇにしゅれあ良かっらんらよ」
「それ一夏にも言ってやれ。第一俺は束の好意には気付いてたぞ」
「らから! にゃんれしょこれしゃいごにょ一歩を踏み出さにゃいんら! にゃ? しゃいしょの一歩かりゃ?」
知るか。
「おみゃーもおみゃーら! わらひにふよーいにちかぢゅきしゅぎら! にゃんどたばにぇに睨まれらこりょか……あいちゅは怒るろしちゅこいんら」
「お前は酔うとしつこいがな。っつーかさっきから呂律回ってないせいで聞き取り辛いわ」
「やらまひぃっ! あいちゅなじょいひじき、本気れ媚薬をちゅくろーろしれらんらぞ? ……惚れ薬らっらから?」
何してんのアイツ。
「まーへっひょく自分れ試しれとょんでもにゃーころになっらんらけろら。げんじょー、げんじょーっれ言いにゃがらじゅーっとおにゃにーしれらぞ?」
「何それ見たい」
「ほりぇ! たひか……ちゅーににょ秋ごりょにまっきゃになっれ引っ叩かれらころがあっらろ? あの時らりょ」
あー、あん時か。そうか……これは良い情報を貰ってしまったな。
「らから、わらひろしれは、おみゃーらにょ保護者ろしれ、見守りゅ義務がありゅんら。れもいひかは目がはにゃせりゃいろ言うか……」
「おーい、話ループしてんぞー」
「ひはるはしっかりしれるにょに……まあ、しゅえっ子らからにゃ」
あーもうウゼェ。俺は左腕からある物を取り出して床に置き、背後から千冬の腰に腕を回して抱きすくめた。
「ら、らんりゃ!? ブリーカーか!? しょんにゃこりょされたら夕飯じぇんぶれるじょ!?」
「ご生憎様。死ねぇじゃねーんだよ、っと!」
「うぉぁぁぁっ!?」
これぞ必殺!
「トンファー置きっ放しブレーンバスター!」
「しょれはじゃーまんしゅーぷれっくしゅりゃー!」
ズゥン、と音を立てて千冬がマット……ではなく床に沈み込む。おお、肉体面でコイツを圧倒する日が来ようとは……。
「全く……とりあえず布団かけてツインドライブ受け取りに行くか。今日は俺もここで寝よ」
どうして明日も仕事なのにわざわざ実家に泊まらねばならんのか。コイツは……ああ、休暇ずらしてたんだっけ。
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ま た 声 優 ネ タ か
あ、タイトルの事ですよ。あと夏祭り編のラスト。あれがやりたかった。
あとタイトルは真夏の夜の淫夢と迷ったのは秘密。オッスオッス。
っつーか酔っ払った千冬パートが長い長い。おっかしいなぁ……数行で終わらせるつもりだったのに。
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「……あほうが」
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