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第十五話「かいちょーおねがいします!」
風吹きすさぶ平原は、その荒涼たる光景に二つの影を迎えていた。その影は白と紅、共に鎧武者を彷彿とさせるシルエットであった。
「篠ノ之箒は30億女性全てと勝負し屈服させ、その事実を持って神座へ到ろう!
天下布武! 阻めるものなら阻むがいい!」
その瞳に宿るは狂気。全身で狂喜を示し、纏う凶器を天に翳す。
「箒! お前はどうしても、その妄念を捨てられないのか!?」
その原因が自らにあると知っても、それでも彼はこうする事しかできなかった。その背に数多の涙を背負ってでも。
「捨てられぬ! 如何にも妄念、如何にも愚念。されどこの一念が、私の命脈!」
「そうか……ならば箒、此処で―――死ね」
全てを捨て去る一言。それを望んでいたのは、果たして紅か白か。
「ふ、ふふ……良くぞ言ったり! ならば一夏、力尽くで私を止めてみせよ!」
「是非も無い……篠ノ之流剣術、織斑一夏……参る! 行くぞ、白式!」
『諒解!』
聞こえる筈のない声。それを聴き、彼は呪われた祝詞を口にする。
「雌に逢うては惚れ込ませ」
『女に逢うては誑し込む』
「『ラノベの理、此処に在り!』」
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―――意識が飛んだ時、一瞬だけそんな光景が見えた。何だ今の。
「ぐ、ふっ……!」
「ザクとは違ぇんだよ、ザクとは」
俺の前には、八本のサブアームを持つ異形のIS。アラクネとか言う機体の前に、俺は成す術が無かった。
数こそ少ないけど、サブアームとの相手なら六花で慣れている。速度もパワーも正確性も向こうの方が上だ。
……だが、それもISがあればの話だけどな。
今、俺は剥離剤とか言う機械に捕らえられている。この機械はISを強制解除する機能があるらしいけど……どうせ源兄ぃが暇潰しで作ったんだろうな。
兎に角、この妙な機械のせいで白式が奪われちまった。そして目の前のオータムとか言う奴は見事な力加減で俺をぶん殴った。
ISを装備した状態で生身の人間を殴った場合、臓器が破裂する事だって十分有り得る。が、コイツは一秒でも長く俺をいたぶるために絶妙な力加減で攻撃してきたのだ。
「まあ、それが失敗なんだけどね」
「っ!? 誰だ!」
カツン、とローファーがリノリウムを踏む軽い音が響く。それが二つ。
「何だかんだと聞かれたら」
「こ……答えてあげるが世の情けっ!」
……誰も「何だ」とは聞いてない。
「世界の破壊を防ぐ為」
「世界の平和を……守る為」
「愛と真実で敵を貫く」
「ら、ラブリーチャーミーな御庭番……やっぱり無理があるよ、ここ……」
ボソボソと簪がツッコミを入れるが姉は一切気にしない。これぞ姉クォリティ。
……え、何? 名乗りの前に名前出すなって? スンマセン。
「楯無!」
「か、簪……」
何だかんだで簪も照れつつ、ビシッとポーズを決めているのは気にしない方向で。
「銀河を駆ける更識家の二人には」
「ホワイトホール、白い明日が……待ってるよ?」
「「………。」」
……ここは最後のアレを言っておくべきだったんだろうか。
「さて、と……大丈夫? 織斑君」
「あ、はい。何とか……あ! でも白式が!」
「大丈夫……呼んであげて、白式を」
いや、呼ぶって……と言うか、簪の言葉の後に『アレみたいに』ってくっついてる気がする。
「え、いや、だから……」
「呼んで」
ア レ み た い に 。
「……あの、簪さん……?」
「(じー)」
「……あのー」
「(じー)」
「……わかったよ」
今って一応非常時だよな……? 簪の目が凄く輝いて……って言うか笑ってないで止めて下さいよ楯無さん。
俺はため息をつき、大きく息を吸い込む。きっと全力で言わないと簪は納得しないだろう。
「白式ぃぃぃぃぃぃぃっ! カァムヒァァァァァァァァッ!」
待ってました! と言わんばかりに白式のコアが輝き、俺の周囲に再展開される。あー、そうだよな。源兄ぃの影響だよな間違いなく。
「何っ!?」
「よし、白式奪還成功、と。じゃあ……教育してあげましょうか」
貴女が何処に喧嘩を売ったのかを。
◇
―――凄い。
ただそうとしか表現できなかった。元々簪が強いのは知ってたけど、楯無さんはそれ以上の強さだった。
ミステリアス・レイディは装甲の何割かをナノマシン入りの水にしているせいか、ISとしては軽量級だ。
そしてアラクネとか言う敵のISはどう見ても重量級。何百キロ重量差があるのかは見当もつかない。
だが、それをものともしない技術とスピードでその差を完全に無視している。出力の差は大して無さそうだし、完全に操縦者の技量の差だ。
「くっ!」
「機体特性の都合上、この子は近接から中距離メインなんだけど……これぐらい狭かったら何も問題ないわね」
アームを水で絡め取っていなし、空いたボディーに水の球を叩きつける。その一連の動作は止まらず、流れる川の動きを連想させた。
だが、その腕の数は伊達じゃないのか、水球は簡単にガードされてしまった。
「ダラダラツユ溢しやがって……下品な野郎だ」
「下品なのは貴女もでしょう? それに野郎じゃなくて女郎よ」
「やかましぃっ!」
アームの先端から機関銃が現れ、銃弾が会長に迫る。が、その悉くは水のヴェールに阻まれて会長に届く事は無かった。
「手数が足りないわね……簪ちゃん、準備良い?」
「うん……山嵐、発射……!」
お、おいおい! こんな狭い所でミサイルなんて撃ったら巻き込まれるって!
「自爆する気か!?」
「そんな訳無いでしょ……これぞ姉妹の合体攻撃、水と火薬の大狂乱!」
「その名も……蒼流弾!」
ミサイルの爆発と共に大量の水蒸気が撒き散らされる。どうやら弾頭を水で覆っていたようだ。
確かにこれなら威力は格段に落ちるが、今はその方が都合がいい。水が爆発の熱量で蒸発し、水蒸気が煙幕のようになっている。
「ハッ、こんなもんハイパーセンサーで……」
「それでも、一瞬動きは止まるわよね? 合体攻撃第二弾、行くわよ?」
「夢現、最大出力……蒼流斬!」
超振動薙刀に水を纏った一撃がアラクネに迫る。一瞬ガードしようとしたようだが、即座に回避に切り替えていた。
どうして回避したのかは避けきった直後に解った。強化合金でできている更衣室の壁や床が何の抵抗もなく切断されたのだ。
「あら残念。超々高振動攻撃の威力、味わって欲しかったのに。こう、ずんばらりって感じで」
「……首、置いてけ……」
「んな代物とまともにやってられるか! っつーか目が怖えーんだよお前!」
うん、それは俺も解る。何か簪が妙にうっとりしている……上気して瞳も潤んだ簪は妙に色っぽいが、こんな状況でする表情じゃない。
「あの、簪さん……?」
「織斑君……首、置いてってくれるの……?」
「いやいやいやいやどうしてそういう方向にって言うかそれ持ってこっち来るなオイやめろって!」
「はいはいそこまで」
ゆらりと夢遊病患者のように(見た事無いけど)簪がこっちに歩いてくる。
が、パン、という軽い音と共に水の刃が消えると、まるで目が覚めたかのように辺りを見渡した。
「あ、あれ……? 私……」
「まさかこんな一面があったとは……でもそういうのもお姉ちゃん大好き! ……っと、そのまえにまずはこっちね」
「チッ!」
相変わらず軽いノリではしゃぐ会長だが、油断なくアラクネの様子を観察していたらしい。ゆっくり位置を変えていたアラクネに向き合った。
「ねぇ……この部屋、暑くない?」
とびきりの表情を観察するために……随分と悪趣味である。
◆
「あれが、亡国機業……?」
『肯定。彼女はともかく、ISを回収する為に人員が送られる可能性が高いです。注意して下さい』
「……IS装備で?」
『肯定』
はぁ、と上空で溜息をつく。眼下ではラウラとセシリアがケバい女を追い詰めていた。
あとラウラ、左手に赤い羽根でも生やした? AICってそういう事も出来るらしいけど……。
「しっかし、昔の私はあんなのに怯えてたのね……ホントにアイツなの? 何か拍子抜けなんだけど」
『白式の会話ログから彼女が亡国機業の一員である事は高確率で確定しています。ただし年齢から考えると彼女が当時の実行犯である可能性は低いかと』
「ふぅん……情報管理が甘いとか言ってたけど何で?」
『少数のみの実行部隊を持つ組織の利点は情報の秘匿性です。しかし、彼女の言動からは過去の情報を知る事が容易であると推測されます。
この事から彼女は当時の事件の関係者か、組織内に対する情報統制はかなり低レベルか―――警告! 空域内に未確認のIS反応有り!』
予想通り来たわね。六花の警告は二人にも行くようにしてるし、ここらで一網打尽にしますか!
『未確認機より高熱源反応有り! 敵性ISと判断、迎撃許可を!』
「許可するわ! コラプシルガン出して!」
『ついでにジェノサイドガンも出しておきますか? インコム全機起動、射出します!』
「両手武器出してる時に手持ち武器なんか出すな!」
『これは失礼』
熱源反応はレーザーだったらしく、コラプシルガンを盾モードにする事で簡単に防御できた。が、後ろの二人には当たってしまったらしい。
特にラウラはレールガンに直撃したらしく、機体が大爆発していた。あんだけデカい砲積んでりゃそうなるわよね……。
「チッ! 六花、カバー行くわよ!」
『了解。秒速500mのレーザー兵器……敵機体予測、完了しました』
「でかしたわ! どこのドイツよ!?」
『イギリス製です。ティアーズタイプ試作二号機、サイレント・ゼフィルス……強奪されている機体ですね』
そりゃこんな所に来るくらいだしね。イギリス政府は外交問題ねー、これは。暫くセシリアも大変だわ。外出したらアナウンサー山盛りね。
って、あれ? いつの間にか捕まえてた奴いなくなってるし。逃げられた?
「まあ、その前にアイツの相手か……」
『ロックオン警報。対ブルー・ティアーズ用タクティクスプログラム、起動します』
「ついでに情報収集よろしく……って、セシリア!?」
闖入者の隙を窺っていると、セシリアがブルー・ティアーズを展開しながら突っ込んで……あ、落ちた。
もうちょろいって言うか、その……弱いって言うか……うん、私はまだ友達続けるからね、ドリリア。
『ドリリアさん、追うんですよ! ですか』
「ぶふぅっ! ちょ、六花、やめ……っと!」
「チッ!」
はっひふっへほー、と言わんばかりの声を出した六花にウケていると、いきなりゼフィルスが撃ってきた。
「なっ、何すんのよアンタ!」
「……黙れ」
『……? この反応は……』
何か知らないけどゼフィルスの操縦者は私に個人的な恨みでもあるらしい。めっちゃ睨まれてる。
誘拐ミスって処分された人の身内か何かかな? 正直、亡国機業絡みだとそれ位しか心当たりないんだけど。
「貴様さえ居なければ……!」
「な、何よこの電波女……」
『ふむ、これは……成程』
「何か解ったの? っとぁ!?」
危ない危ない。また撃たれると思って警戒してて正解だったわ。
「貴様がね―――」
『我が主の御前で口を開くな、マガイモノ風情が』
「ッ―――!」
うわわわわっ!? ちょ、な、何か攻撃激しくなったんですけどっ!?
「ちょっと六花、何言ってんのよ!?」
『いえ、カマをかけたのですが大正解だったようで。どうやら自分の存在にコンプレックスを持っているようです』
「何やってんのアンタはー!」
ぎょわんぎょわんと迫るレーザーとビットをかわし、インコムとコラプシルガンで迎撃する。
っつーかマジで鬼気迫る表情なんですが。お互いのバイザー越しなのに目力を感じるくらいだし。
「貴様さえ、貴様さえ居なければ……!」
「うっさいわね! 顔もロクに見せないくせにゴチャゴチャ抜かしてんじゃないわよ!」
「黙れぇぇぇぇぇっ!」
ナイフを抜き放ち、激昂したままの敵が突っ込んでくる。流石ティアーズタイプ、早いわね……でも!
「六花っ! アレ試すわよ!」
『了解。近接用複合兵装システム『ゼルクレイダー』展開。起動します』
量子化していた新武装を身に纏う。こんなもんばっか作ってるから忙しくなるのよ源ちゃんは。
この装備は単純明快、全身各所に付与される装甲の内側にISのメインスラスターに使われるレベルのブースターを搭載している装備だ。
「影は日輪の輝きで!」
『その姿を霧散させるものなり―――飛んでください、マスター!』
「っ!?」
私が新しい武装を展開した事に気がついたのか、奴は慌てて起動を変える。けど残念でした、今攻撃すれば勝てたかもしれなかったのに。
……って言うか、これって見た目は殆どあの『ボクサー』よね。腕は四本にならないけど。
「オール・ナンバー・クローズドッ!」
『交代ですね。ダート・ブレイダー』
「がっ!」
全身のブースターを起動させ、姿勢を立て直した直後の敵めがけて全速でぶつかる。あ、駄目ねこれ。速過ぎて予定通りの攻撃できないわ。
ただ、強靭な装甲の塊が高速でぶつかってきた事でゼフィルスはダメージを負って宙を転がる。ぶつかるだけでもとんでもない威力ね。
「まあオッケー! 闇を駆ける一迅の閃光っ!」
『ブルズアイ・ダート』
「っぐ!」
私自身を弾丸じみた速度でぶつけたまま、左腕ブースターを全力で吹かしてぶん殴る。さぁて、仕上げよ!
「『未来』は見えてるかしら!?」
『『信念』は揺るぎませんか?』
『「『愛』は胸に燃えているか!?」』
台詞と共に全速で右腕、左脚、右脚のブースターを吹かして攻撃する。足のパーツには保護用のブレードが付いてるからそれだけでかなりのダメージになっている。
「貴、様ぁっ……!」
「まだ終わりじゃないわよ?」
『レイダーキック、全力で飛ばします』
両腕のブースターが背中に、両脚のパーツが変形して巨大な一本の足へと変形する。ホント、手が込んでるわ。
「はぁぁぁぁぁっ!」
『笑いなさい、凡念』
「クソがぁぁぁっ!」
大技をトドメに使ったのが悪かったのか、それともやっこさんの腕がよかったのか、ギリギリの所でかわわされてしまった。
ただ技自体は当たっており、フロートユニットの半分を大破させていた。ボディーにぶち当てれば気絶させれたのに……。
「まさかあの技をよけられるとは……隙、大きすぎた?」
『否定。自身の装甲ごと貫く角度でビットによる全力攻撃を行った模様。反動でかわされたようです』
「殺してやる……貴様は、必ずこの手で……!」
パーツが元の位置に戻るまでの時間を使ってさっきの行動を簡単に振り返る。向こうは向こうでダメージが多すぎて逃走以外の選択肢が取れないようだった。
『マスターも意外と敵が多いのですね。追撃しますか?』
「別に良いわよ……って言うか、明らかにアンタのせいでしょうが!」
『……はて』
うっわ何コイツムカつく!
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―――数日後、北アメリカ北西部第十六国防戦略拠点。通称『地図にない基地』。そこに一人の侵入者の姿があった。
「やれやれ、面倒だが仕方ない……奴に、姉さんに勝つには今は期を待たないと……」
自らを狙って飛び交う銃火を無視し、悠然と一人の少女が地下への最短ルートを歩いていく。
「フリーズ! クレイジーガール!」
「貴様らに恨みはないが、これも仕事なんでな……この基地にある銀の福音のコア、頂いて行くぞ」
「がはっ!」
止まれだの何だの言っている気もするが、自分には関係ないと侵入者―――知る者にエムと呼ばれる少女はISを展開して先へと進んでいく。
途中で「このロベルト・カーロン……」とか「このジョルジュ・ブラストマイア……」とか聞こえた気がしたが無視した。
「……ん?」
そうして暫く進んだ後、ホールの中心に誰かがポツンと立っていた。ハイパーセンサーからの情報だと未確認の火器を持っているものの、ISの反応は無い。
ならば少し遊んでやろう、とバイザーに隠された瞳が細くなる。口角も持ち上がり、それは徐々にサディスティックな笑みへと変わっていった。
「このナターシャ・ファイルス、逃げも隠れもしないわよ!」
「っ!?」
突如ハイパーセンサーに表示される『危険度・中』の文字。これはISに対して有効な攻撃が可能である武装の存在を示している。
馬鹿な、個人携行可能な武装でそこまでの威力を持つ物は―――と思考の海に落ちかけた瞬間、何かがサイレント・ゼフィルスに接触した。
「フォックス1! もう一丁行くわよ!」
「なっ―――」
瞬間、衝撃。回転してその余波を消すと、ハイパーセンサーに先程の攻撃の正体が表示された。第三世代技術【形成エネルギー崩壊】による攻撃。
これは銀の福音の装備である『銀の鐘』に使われている技術だ。だが、どうして今この状況で? その答えは次の攻撃と共にもたらされた。
「はぁっ!」
「試作兵器だとっ!?」
驚愕と共にエムは放たれた『矢』を回避する。IS用の兵器を生身の人間が扱っている事は驚きだが、それよりも攻撃によるダメージを恐れていた。
先のIS学園襲撃より大して時間が経っていないため、メカニックの乏しい亡国機業では完全に直しきれてはいなかったのだ。
そしてナターシャが持っているのは試作品とは言え正式採用されたタイプの物よりも出力が高い。その分だけ自らにかかる反動も大きいが、今のエムにとっては十二分な脅威であった。
「だがっ!」
「きゃぁっ!」
一発一発の威力は驚異であるが、それ以外は生身の女である。ISを装備したエムにナターシャが勝てる道理は無い。
そしてエムは今までの鬱憤を晴らすかのように、ナターシャの頭と銀の鐘を装備した左腕を掴んだ。その顔にはサディスティックな笑みが再び張り付いている。
「終わりにしよう……そう時間はかけてられんが、自らの肉が引き千切れて行く音を聞きながら死んでいくといい」
「この……!」
「威勢が良いな……だが、助けは来ないぞ?」
くつくつと笑いながら、エムは両腕に力を入れる。それが自らにとって最悪のフラグであるとも知らずに。
「居るさ! ここに一人な!」
ヒューッ! とどこからともなく聞こえてくる。それを耳にした者を支配下に置く、最強最悪の音が響く。
「だ、誰だっ!」
「テンプレ通りの反応ありがとう、そしてありがとう! ……何、ただの学者だよ」
コツ、コツ、とホールに革靴の音が響く。そうして陰から現れたのは、長身痩躯の男。濃いグレーのダブルスーツを着た眼鏡の男は、世界で最も有名と思われる男だった。
「佐倉源蔵……何故ここに!?」
「まあ、ちょっとしたお届け物だよ。そうそう、君が欲しているものだよ」
「何っ!?」
言いながら源蔵はポケットからソレを取り出す。白銀の輝きを持った正四面体―――この基地に封印されている筈のISコアである事は一目瞭然だった。
「ば、馬鹿な! 何故それを貴様が持っている!」
「何でって、まぁ……この基地に封印されてんのは偽物だから、かな?」
「何ですって……まさか!?」
エムから開放されたナターシャは何かに思い至ったのか、驚愕の表情を深める。彼女が思い出していたのは臨海学校終了間際に彼とぶつかった事であり、その瞬間にすり替えられて居たのだと気がついていた。
「ISは俺と束の娘も同然なんでね。娘を凍らされて黙ってられるほど人間できちゃ居ないんだよ」
「成程……まあ、こちらにとっても好都合だ。それを渡してもらおうか!」
「ナターシャ、パス」
源蔵はエムを無視してナターシャに正四面体を投げ渡す。エムも手を伸ばしたが、生身であってもナターシャの方が素早かった。
それを分けたのは信念。また『二人』で空を飛ぶと言う、確固たる想いの結晶だった。
「くっ!」
「行くわよ……ゴスペル!」
ナターシャは顔の前に四面体を翳す。それに呼応するかのように四面体は輝き―――、
『ゴ・ス・ペ! ゴスペ、ゴ・ス・ペ!』
バッチリと源蔵に改造されていた。
「歌は気にするな」
「いや無理―――って、あれ?」
「ああそうそう、ついでに第四世代機に改造しといたぞ。その名も【白銀の福音<プラチナム・ゴスペル>】だ……ハッピーバースディ!」
源蔵の言葉通り、福音は以前とはその姿を変えていた。二枚一組だったウイングスラスターは小型化しながらも八枚四組となり、その姿を更に天使然とさせている。
頭、肩、背中、腰に搭載されたウイングスラスターは装甲を展開すると、第四世代機の特徴であるエネルギー場を出現させる。
更にナターシャが持っていた銀の鐘も取り込み、中心から分割して両手首に接続されていた。兵装一覧には【白銀の鐘】と表示されている。
「……お帰り、ゴスペル」
「コアネットワークに復帰された……糞っ!」
「ねえ、ドク」
「応、どーした?」
ナターシャはエムに対して警戒しつつ、いつの間にか自分の後ろへと来ていた源蔵に声をかける。
「―――アメリカ国民と言う立場から言わせてもらえば、貴方は最低の屑ね」
「ひでぇなオイ! 折角改造してやったのに!」
随分な言われようであるが、一歩間違えば国際問題になりかねない事である。ある意味当然だ。
と、ホールの壁の一箇所が轟音と共に吹き飛ぶ。そこにはストライプカラーのISが拳を突き出した状態で停止していた。
「アップルジャックだな! グッドラックモードの相手には丁度良いな!」
「遅いわよ! とっくに第一種警戒態勢、って言うかドク、まさかファング・クエイクにも何かしたの!?」
「当然だろう? まあ見た目が派手になるだけだが」
実用性無いのかよ! とISを展開している三人の心が一瞬だけ一つになる。が、流石に大勢が悪いとエムは即座に踵を返す。
因みに他にも、特にブースター系に手を加えているが今ここで言う必要は無いと源蔵は判断していた。
「ナターシャ、その展開装甲は射撃特化だ。まあ使い方は前のと殆ど変わらん筈だから、追いかけるなら気を付けろよ」
「はい! 行くわよイーリ!」
「ああ! それじゃドク、終わったら飲もうぜ!」
展開装甲の出鱈目な出力に慣れていないナターシャと、安定性は上がったがリミッターがかかっている【個別連続瞬時加速】じゃ追いつけないだろうなー、と源蔵は考えていたが何も言わなかった。
流石にこれ以上やったら色々と言われそうだからである。因みに今更過ぎると言うのは禁句である。
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バトル三本立てのお話でした。因みに束さんは学祭の後にゲンゾーの家で飲んだら酔い潰れ、二人で一緒に寝たそうです。
え、嫌だなあ千冬さんとですよ? ゲンゾーも同じ部屋の床で寝てたようですが。
次はキャノンボール編ですね。長さが中途半端になりそうだわぁ……。
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