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第十九話「虚無」
欲しかったのは、コンナモノじゃない。
だけど、確かに望んだ事は事実で、それはきっと、こういう事なんだと思う。
皆はきっと事故だって言う。けど、これを望んだのは確かに「私」なんだ。
―――転生系最低オリ主話、始まります。
……こんな感じで良いの?
◆
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
接触の直前にドスのように握っていたナイフを手に、ゴーレムの一体を足場にして背筋を使って引っこ抜く。ついでにその辺の壁に蹴り飛ばしてやった。
『マスター!』
「オッケー!」
左手を押さえていた六花がGAU-ISの銃剣でゴーレムの胴体を突き刺し、私も同様にしてからトリガーを引く。どうも六花の見立てだと防御機構があるらしいけど、この距離ならそんなもん関係ない。
お互いに一丁ずつGAU-ISが残弾ゼロになるまで撃ち続け、それでも動いているゴーレムにトドメの鉄拳をお見舞いしてやる。
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉねぇつ!」
『バリバリバルカンパンチです!』
「そっち!?」
割り込みのネタ振りに驚きつつ、肘打ちと裏拳を決めてからラッシュ。最後に二人のアッパーでボディをぶち抜いた。
しまった、ぶち抜いたら烈風正拳突きっぽい!
『マスター、ダブルブリザードを使うべきでしたね』
「微妙に解り辛い!? ええい、愚痴は後で聞くわ! 次、来るわよ!」
『把握しています! 距離残り900!』
ご丁寧にも一機ずつかかって来るつもりなのか、先頭からズラッと縦に並んでいる。まあそっちの方が有り難いんだけどさ!
「六花、どうする!? ユダシステムでも使う!?」
『ありません』
「ネタ振ってるんだから乗りなさいよ! ああもう、ミニ八卦炉!」
『マスパですか……ハッ』
「鼻で笑われた!?」
何かコイツどんどん憎たらしくなってくるんだけ……どっ!
反動をPICで消しながら大型粒子砲を撃つが、例の防御機構とやらに阻まれてしまう。あーもうムカつく!
『防がれましたね。遠距離攻撃は牽制にしかなりません』
「って、アンタも出してんじゃん……ドーバーガン?」
『いいえ、D・B・G!です。カードリッジ式ですから牽制には丁度良いでしょう』
「……はいはい。簪にノリスセットでも借りてくれば良かったわ」
インコムの銃口をゴーレムⅢに向け、射出設定無しで撃てるようにセットする。二門合わせればD・B・G!とやらと同等の威力になる筈。
ただそれでも牽制以上にはならず、どうしても接近戦をする羽目になる。ただそうなると怖い機能付いてんのよねー、コレ。
『アンチバリアーフィールド、ABFとでも名付けましょうか? 普段から防御をバリアー任せにしているとかなりの脅威ですね』
「それは私が下手糞って言ってんのかしら!?」
『肯定』
「せめて否定しなさい!」
『ドクターに嘘をつくとブザーが鳴るようにしてもらいましょうか』
「ポンコツ!?」
そう言えばあの二人なら重力素子とか作れそうねー、とか考えながらゴーレムの攻撃をかわす。この程度なら私にだって避けられる。
そりゃ普段から色々と六花に頼りっきりだけど、私は私で上達してるんだから! これでもブリュンヒルデの妹よ!
『何を勝手に熱くなってるんですか貴女は』
「うっさい! 決めるわよ!」
『了解……あ』
「何!?」
肘に装着する謎の大鋏でゴーレムの腕を押さえると、六花が何かに気付いたように声を上げる。まさかまた増援!?
『いえ、エーストゥと言うのを忘れていただけです』
「それ死亡フラグ! 今の状況とかソックリだし!」
『ではそろそろ決めましょうか』
「流すなー!」
そのまんまの流れだと私食べられるから! ガツガツムシャムシャもしくは性的な意味で! 今の束さんならやりかねないから!
右に左にゴーレムの攻撃をかわし、そう言えば似たような武器があったとリストの中から展開する。
「えっと、赤薔薇!」
『黄薔薇。前後から串刺しですか、随分と良い趣味をお持ちで』
「語弊のある言い方すんなー!」
私と六花は二本の槍で守りをブチ抜き、二体目のゴーレムを完全に停止させる。残り四体、行けるかしら……?
『マスター、移動しましょう。これ以上学校施設を壊すのも後始末が面倒ですし、丁度すぐ近くに第四アリーナがあります』
「バッサリ言うわね……確かあそこ、一夏達だったかしら? 丁度良いわね」
『三体目来ます、距離1600!』
「了解! エスコートしてあげましょうか!」
私はスラスターに火を入れ、第四アリーナへと高度を上げる。が、その瞬間に一番聞きたくない報告が六花から上がってきた。
『敵、確認最高速より更に加速! 意図的に機能を限定していたものと推測!』
「手、抜いてたって事ね……最悪だわ……!」
『警告! 敵機最高速が自機最高速を凌駕しています! 更に瞬時加速の使用を確認、接触まであと三十六秒!』
「こっちはあとどれくらい残ってる!?」
『一分十七秒、確実に間に合いません!』
いつものノリで漫才をしていたのがまずかったのか、どうも残りは一夏達に任せる事になりそうだった。けど今はそれよりも生き残る事を考えないと!
「この一体だけは合流までに倒しとくわよ! 掛けれる時間は!?」
『五十二秒! それ以上は合流に差し支えます!』
「充分よ!」
私は進行方向に向けていた体を回転させ、後ろ向きに飛びながらGAU-ISを撃ち続ける。要は倒した時にアリーナ近くに居れば良いんだから、移動しながら倒せば良い話でしょうが!
『相変わらず無茶な事を……だからこそ、我がマスターに相応しいのですが』
「気取ってないでさっさと撃ちなさい! 何の為に容量減らしてまでスタンダード着せたと思ってんの!?」
『これは失礼。第四アリーナ外縁に到着、残り四十七秒です』
「撃って撃って撃ちまくりなさいっ!」
了承の代わりに放たれる砲弾銃弾レーザー弾。その殆どは防御機構に防がれるが、たった二機から放たれるとは思えない量の弾幕は少しずつゴーレムのボディに傷を作っていく。
私もGAU-ISだけでなくインコムのトリガーをマニュアルにし、更にダンディライオンを全弾オートロックで発射する。GAU-ISが弾切れしたのを確認した後、私はアンカーガンでゴーレムをロックした。
「せぇのぉ……でっ!」
『スタンダード全基、弾切れを確認。格闘戦へ移行します』
私がアンカーガンを操作してアリーナのシールドへゴーレムを叩きつけ、駄目押しとばかりに六花がナイフを突き立てる。
だが、それでもまだ機能停止には一歩足りない。それなら一歩進む、それだけよ!
「魔法剣、エーテルちゃぶ台返し!」
『……ウソ。で良いですか、マスター?』
「完璧!」
もう一体の六花と重なるようにナイフをゴーレムの下半身に突き立て、全力でアリーナのシールドへと押し込む。何秒何十秒経ったのかは解らないけど、ある瞬間にフッと抵抗が消える。
その次の瞬間にアリーナのシールドがやっぱりパリンと割れ、私達は全力で押し込んだ推力のままに地面へと激突した。更にそのまま内壁まで全力でヘッドスライディングをかます。
「いっつぅ……何、どーなったの?」
『シールド無効化がアリーナシールドに対し誤作動したと推測されます』
「成程……お、ちゃんと倒せたわね」
『千春っ! 大丈夫か!?』
クッション代わりにしたゴーレムを足蹴にして停止確認していると愚弟から通信が入る。あら、結構ボロボロね。
「何よアンタ、まさかまだ倒してないの? 私これで三体目よ?」
『ハァ!? な、どうやって……うわっ!?』
「あー、通信は倒してからにしなさいな。こっちも手が離せなさそうだし……」
『残り三体、アリーナ内に到着しました。そして時間切れです』
チハル&リッカ、オーバー&アウト。とやたら流暢な英語でアナウンスが流れ、もう一体の六花がエネルギーを使い果たして量子化される。
さぁて、参ったわね。ここのグループならとっくに倒してると思ってたんだけど……。
『機能制限は速力だけでは無かったようですね』
「そうね……まずったわ」
『ッ、ゴーレム全機の集結を確認。全機こちらをロックしています』
「……最悪」
ズズン、とアリーナを鳴らして五体のゴーレムがこちらを見る。一夏達と戦っていたゴーレムと合流したらしい。
同時に一夏、簪、箒、会長が私の近くに来るけど、何か少し距離を感じる。私が狙われてるからですかそーですか。
「千春、今まで何体倒したんだ?」
「私の下に居るので三体目。でも、どーもリミッターかかってたっぽいのよね……」
「……あと一体、行ける?」
「手負いのなら何とか。もう殆ど弾切れなのよ」
一夏は見た目からしてボロボロだし、シールドにガトリングが付いていた筈のノリスセットを持っている簪も今はヒートソードを手にしている。
箒はこういう場合は当てになりそうにないし、会長に至っては何故か一夏以上にボロボロで立っているのが精一杯っぽい。何してんですか最強さん。
「手詰まり……ねぇ……っぐ!」
「お姉ちゃん!」
「―――ッシ! 回復っ! 全部お姉ちゃんに任せなさい!」
何と言うシスコンパゥワー。ミステリアス・レイディのエネルギーも若干回復してる辺りが本物ね。
『とりあえず我々がロックされているようですし、囮になりましょうか』
「なっ!? おい六花!」
「勘弁して欲しいけど、それしか無さそうね……」
「千春!」
ごちゃごちゃ言わないの。それ以上に勝率の高い手は無いんだから仕方ないじゃない。じゃあ、そろそろ―――ッ!?
「ガハッ!」
「千春っ!?」
体を衝撃が突き抜ける。まさか、今の一瞬であの距離を飛んできたの!? 100メートル以上あったのに!?
『まさか、もう一段階……!?』
「っぐぁ! あばっ!」
「やめろぉぉぉぉっ!」
ドゴン、ゴカン、と断続的にすぐ近くから硬質な音が響く。まさか私、殴られてる……?
でも切られないだけマシかな、なんて思考の直後、私の後頭部を巨大な拳が撃ち抜いた。
◆
――――。
◆
ピタリ、とゴーレムの動きが止まる。その女性的なフォルムに似合わない暴虐が止まり、ただセンサーを六花へと向けている。ただじっと、何かを探すかのように。
チャンスではあったが一夏は殴り飛ばされ、簪と箒は牽制の熱線を防ぐので精一杯。楯無に至っては空元気が底をついたのか何もしていないのに倒れている。
――――。
誰も動かない。何も動かない。動こうとする者は動けず、動けるものは動かない。ただ静寂と、ISのアイドリングが起こす振動だけが周囲を支配している。
何故誰も動かないのか。傍目から見れば場を支配している筈のゴーレム達でさえ、周囲の空間を支配する見えない何かに捕らわれている。
――――。
ピクリ、と何かが動く。それに周囲の全員が一瞬だけ身を動かすが、それだけ。ただそれだけの動作しか許されなかった。許しはしなかった。
ソレはまるでビデオの逆再生を見るかのようにゆっくりと不自然な体勢で体を起こし、ずるりと聞こえるような気持ち悪さでソレを装甲の隙間から立ち昇らせる。
「千、春……?」
それを呟いたのは果たして弟か、それとも友か。しかし間違いなくその呟きが鍵となり、最後の楔が解き放たれた。
『搭乗者の意識の喪失を確認。周辺状況危険度を最大に設定』
その声は紛れもなく六花のモノであったが、その無機質さは普段とは比べ物にならない。普段はどこか愛嬌を感じさせる六花の無機質さが、今は逆に恐怖と得体の知れなさを演出していた。
『機体状況確認。再起動可能、再起動開始。搭乗者保護を最優先、全基本原則の一時凍結完了』
カリカリと安物のレンズが磁気ディスクを読み込む際に聞こえるような音を立てつつ、砕けたパーツをナニカが補っていく。黒いような白いような、何とも形容し難いナニカがその体を覆う。
『コア稼動状況、第一64%、第二94%。合計100%オーバーを確認、こレヨリ自律シスtm作どuしmmmmmmmmm、』
ブツン、と気味の悪い音を立てて六花の動きが止まる。それと同時にナニカの動きが活発化し、破損していないパーツをも飲み込み始めた。
『――――。』
その震えは誰の物か。ソレを見た者の強弱を問わず、仲の良し悪しを問わず、有機無機すらも問わない。だが、それでも彼らは一歩も動けないで居る。
コレこそがこの場の絶対的な支配者であると理解しているから。
『―――システム再構築完了。ドライブダブルオーバー……DW-Oシステム、起動』
破損から生まれ出たナニカはようやく『黒』と言う色、『影』と言う形を得る。それが六花と千春の全身を覆い、遂に全身が黒々とした何かに包まれた。
唯一つ、爛々と緑に光る同心円の瞳を除いて。
『■■■■―――ーッ!』
それは、産声。イノチではないナニカとしてこの世に生を受けた、全ての始まり。
その声はビリビリと壁の内外を問わずに震えさせ、脆い構造物を手当たり次第に粉砕していく。
ドン
その音を周囲の者が聞いたのは、全てが終わった後だった。
「な―――」
気が付けば六花だったナニカはアリーナの反対側に着地した瞬間だった。だらりと両腕を垂らし、首が据わっていないのか微妙に傾いでいる。
そして、六花を取り囲んでいた筈のゴーレムが一体減っていた。
「何が……」
ヒトである彼らは困惑する。それもそうだろう、一対多であろうと自分達を凌駕し続けたゴーレムが瞬きもしない間に破壊されたなどと、誰が信じるものか。
だが現に包囲されていた筈の六花は遠く離れた場所に居り、その周囲には解り辛いがゴーレムの残骸と思しきパーツや部品が散乱している。
……今のは、純粋な突進であった。確かに目の色と同じ緑色の光が全身を包んでいたり、慣性を完全に無視した軌道であったが、確かに突進である。
だから六花が移動しているのは当然の帰結であり、空中に打ち上げる際に数十回も最高速で激突したからゴーレムのパーツは散乱しているのである。
『■■■■――――ッ!』
鳴く、啼く、泣く。己のすべき事、己の意思を確認する。目標は目標の排除を最上とするするするルるルルる。
鳴いたままの状態から刹那の間に最高速へ加速。未だ動けずに居たゴーレムの一体を掴み、押す。
ガリガリジャリジャリゴリゴリと地面を削り、砂煙を舞い上げながら移動する。
『ッ!』
この段階でようやくゴーレムは反抗する事に気が付いたのか、その身に備わった武器を繰り出そうと身動ぎをする。しかし、そうして動かした筈の体は微動だにしない。
何故なら、抑えられているから。スペック上のパワーなら自らが勝っている筈の同種の腕によって。なのに何故か動かない。何故か動けない。
『■■■■――――ッ!』
ぐり、と六花の動きが変わる。それは転。それは円。それは螺旋。自身を軸にぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐると回る。回る。回る。
やがて遠心力に耐えられなくなり、ゴーレムの足が地面から離れる。PICにより慣性を制御できる筈のISが、純粋な力に負けている。
『■■■■――――ッ!』
何百回、いや何千回と回った頃、六花はその手を上へ向けて離す。ゴーレムはその力に逆らう事なく宙へと木っ端のように舞っていく。
それに見向きもせず、六花は腰溜めに右手を握る。先程までの回転がその右手に集まるかのように―――否、実際に集まっている。可視の光が、その腕に。
『――――。』
その光は零落白夜にも、展開装甲にも、絢爛舞踏にも似ていた。淡いながらも絶対的な存在感を持つ、紛う事無き力の奔流。莫大な量のそれが六花の右腕に集まっていく。
やがてそれは螺旋の円錐を形作り、その回転だけで周囲の物質を削り取り始める。真っ先に削り取られた地面は砂と化し、巻き起こる螺旋の風に乗ってゴーレムの後を追う。
『■■■■――――ッ!』
六花が吼えた。そう周囲の者が認識した次の瞬間には、上空のゴーレムに巨大な孔が開いていた。まるでISが丸ごと通ったかのような、胴体をほぼ全て消し去る巨大な孔が。
それを行ったのはやはり六花。投げ飛ばしたゴーレムよりも更に上空で、右腕を突き出した状態のまま滞空している。間違いなく右腕のエネルギードリルでゴーレムをぶち抜いた状態だった。
『ッ!』
ここでようやく残りのゴーレムが動き始める。一定の距離を取ったからか、または有り得ない仲間意識からか……絶対の恐怖からか。
残った三体のゴーレムの内、一体は近接戦闘を、一体は射撃戦闘を、一体は観測を試みる。効率化されたデータ取りの方法であった。
しかし、それも今の状態の六花には通用しない。
『――――。』
先程着地した直後のように、六花の全身から力が抜ける。それと同時に右手のエネルギードリルが解け、代わりに背中からナニカが現れた。
刺々しく、荒々しく、それでいて滑らかな、美しいフォルム。それは羽。それは翼。それをヒトが見れば、百人中三万人はこう言うだろう。
悪魔、と。
『ッ!』
右手のブレードで戦闘を挑むゴーレムにもそれは観測されていた。だがしかし、所詮は機械。連想こそすれ、感情に行動は左右される事は無い。
―――つい先程、その例外が現れていた事に気付かないまま、ゴーレムは目の前の六花へと切りかかる。
『――――。』
すり抜けた。ゴーレムのAIはそう判断する。有り得ない、と状況判断用のプログラムが異議を申し立てる。しかし、記録媒体には何も残されていない。否、既に確認する術が無い。
何故ならば、既にそのゴーレムは『細切れ』と言う単語が相応しいほどに切り刻まれていたから。六花が手に持つエネルギー質の斧によって。
『――――。』
すれ違い様に振った、と言うのは理解できる。しかし、その速度は尋常ではない。相対速度が音速を遥かに超える中、あのように細切れに出来るほど攻撃をした。それだけで既に普通ではない。
しかし、現にそうとしか思えない方法で六花はゴーレムを下し、その同心円の双眸を次のゴーレムへと向けている。その手には既に斧は無く、腹部の中心へとそのエネルギーが集まっている。
『ッ!』
ゴーレムが左腕を向ける。その動作はまるで焦った人間そのものである。もしゴーレムに表情があれば、生粋の精神異常者をこれ以上無いほど勃起させるような恐怖に歪んでいたに違いない。
そしてゴーレムの動きに合わせ、六花も構えを取る。エネルギーの奔流が集まった腹部の前で両手を交差させ、背を丸めて力を籠めるような動作をする。
『■■■■――――ッ!』
ゴーレムの左腕が攻撃の予兆である光を放った瞬間、その周辺一帯が全て『溶けた』。その正体は考えるまでも無く六花である。既にまともに動ける者が他に居ない以上、選択肢はそれしかない。
丸めていた背を仰け反らせながら全身で大の字を宙に描きながら放たれた光は、射撃をしていたゴーレムはおろか、アリーナの一部を融解させ、学園の地下へと一直線に進んでいった。
『――――。』
既に誰も言葉を発さない。発する事など出来ない。それどころか状況が殆ど理解できていない。今ゴーレムが最大の障害と認識しているのが『何』なのかが解らない。
しかし、その中で尚ゴーレムの生き残りは行動を開始する。目的遂行の障害からの離脱を図り、一も二も無く背を向けて飛び立とうとする。
常時のAIであれば、この行動はしなかったであろう。何故ならば、相手の移動速度は自分よりも遥かに速く、一撃も食らわずに離脱する事など不可能であると判断するからだ。そして一撃食らえば間違いなく破壊される、とも。
『――――ッ』
そしてそれを見逃す六花ではない。超特大のビームを放ったままの体勢から、今度は左の腰溜めに手を引き絞る。右手はその上に空間を置いて被せている。
一瞬か、一秒か、一分か。流れた時間も解らないまま、その手の間の空間にナニカが現れる。小さく、それでいて絶対的な存在感を持ったナニカが。
『■■……』
低い唸りと共にそれは大きさを増し、やがて光を放ち始める。放電は無く、振動も伝わる事は無い。しかし、それを補って余りある光量がその存在を世界へと知らしめる。
やがてナニカは球となり、1センチ程度の大きさになる。既に直視可能な光量ではない。それは正に極小の恒星。見る者全ての眼を眩ませる、原初の光。
『………。』
気が付けばゴーレムはアリーナの外縁へと足を進めていた。つまり、それだけの時間しか経過していないと言うこと。時間にすれば三秒も無かっただろう。
そしてそれにはゴーレムも気付いており、既に無駄であると結論を出しながらも行動を停止させない。その理由を人間らしく言えばこうなるだろう。
嫌な予感がする、と。
『■■■■■■■■■■――――――――――ッ!』
咆え、放たれる。その珠は輝きながら、一直線にゴーレムへと跳ぶ。遮る物は無く、あったとしても止める事は出来る筈も無い。
そしてゴーレムは最後の足掻きか、地表へと一直線に飛ぶ。無駄であると知りつつ、背後から迫る絶対の死を受け入れる事ができなかったから。
静寂。
否、音はある。ただ、全員がその光景に目を奪われ、聴覚からの情報を無意識に遮断していた。
眼前に広がるモノは、何も無い。そう、『何も無い』のだ。
ほんの小さな球が解き放たれ、その全てを飲み込んだ。その光景がコレである。
丹念に整備された歩道、最新技術を駆使して作られた案内や掲示板、その中で美しさを保つ木々。それら全てが消え去っている。
ゴーレムが居た一角はおろか、その地下十メートル以上が消滅している。更にその抉れた地面には、恐ろしい事実が刻まれていた。
抉れた地面は、浅く広いのである。
これが示すのは『空中で球が開放された』と言う事実であり、効果半径は更に広いと言う事――後の調査で、この攻撃は200メートルの直径を持つアリーナを中心から全て飲み込めると計算された――である。
……この攻撃が地表で行われた場合、学生達が非難しているシェルターはおろか地下50メートルの区画まで何の問題も無く全て飲み込み、IS学園の主要施設は全て無へ還るだろう。
「千春……」
呟きが風に乗り、薄れて消えていく。その視線の先には、まただらりと四肢を延ばした状態の六花。未だ黒いナニカは消えていないが、爛々と輝いていた双眸は光を失い、黒の中で更に黒く窪んでいた。
しかし、数分も経った頃か、果ては次の瞬間だったか。その黒いナニカは風に溶けるように消える。その全てが消えた瞬間、滞空していた六花はガクンと力を失い、重力の井戸へと落ち始めた。
「千春っ!」
地面に激突する寸前、一夏がその体を受け止める。瞬時にバイタルを確認するが、どこにも異常は無い。ただ気を失って―――いや、眠っているだけだった。
「良かった……」
推力の関係で出遅れた簪がほっとため息をつく。しかし、その脳裏には解らない事だらけであると困惑がこびり付いていた。
「一体、何が……」
―――その呟きに答えるものは、誰も居ない。
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YA☆RI☆SU☆GI☆TA!
っつー事でゴーレムⅢ編千春sideでした。ドライブダブルオーバー、略してドワォシステムです。うん、虚無ってます(違)
いや、最初は真ゲっぽくするだけだったんですが、気が付いたら初号機っぽくもなり……福音なんか目じゃないくらいの危険兵器になってました。
虚像実影が第一コアの単一仕様能力ならDW-Oは第二コアの単一仕様能力です。ただし操縦者の意識が有ると使えません。自律行動システムのバグなんで。
ホントは最後のストナーでアリーナ半分ぶっ飛ばして「着替えがー!」とかやるつもりだったんですが、アリーナって半径100メートルとかあるんですよね。
で、地下区画って最深っぽい機密区画が50メートル。球状に吹っ飛ばしたらまず間違いなく一緒に吹っ飛ぶんですよ。あの島かなりデカそうだから大丈夫とは思いますが。設定資料集が欲しい。
ホントは偏向射撃みたいに衝撃砲とAICにも第二段階用意するつもりだったのに……シャル? シールド無効化弾でも渡しときます。
バグった理由とか束さん大興奮は次回。でもこれ書いてるのって七月の頭なんですよね。つまり八巻がまだ影も形も……くーちゃんって誰やー! 束ー! 俺だー! 結婚してくれー!
とりあえずここまで来たんで本編は一旦お休みです。他の二次いい加減完結させたりとか、要望のあったネタ辞典とか、もしもシリーズの番外編(もしも二人がちょっとだけ素直だったら他)とか、オリジナルとか、色々やってると思います。では。
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