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第二十一話「Bルート:IS学園ハンサム」
で、束さんのフィギュアはいったいいつになったら出るの?
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「……これは何だ」
「「「………。」」」
朝のホームルームを始めるために教室に現れた千冬が生徒に尋ねる。それが示す物は箱。綺麗にラッピングされたプレゼント用の紙箱だった。
因みに誰も気付いていないが、包装紙には細かく「ハコモアイシテ!」と書かれている。大丈夫、2ではボトムズごっこができるっぽいから!
「織斑、答えろ」
「え、えっと……箱、ですねぶらっ!?」
「誰が形状を言えと言った。この箱の中身、及び差出人を知っていれば答えろ。解らないならそう言え」
「わ、解りません……俺が来た時には、もう……」
お決まりのボケを一夏がかまし、千冬がそれに対して物理的にツッコミを入れる。それ自体はよくある事だったが、先のタッグマッチの後から千冬の攻撃に容赦が無くなってきている。
因みに今回ツッコミを入れたのはやたらファンシーなデザインと色合いのギターである。ロッドモードになっていたら遠心力で更にダメージが増えていただろう。
……何故そんな物を持っているのか、というツッコミをする猛者――命知らずとも言う――は居なかったが。
「朝練もいいがもう少し余裕を持って行動しろ。他に知っている者は居るか?」
「は~い。いきなりISみたいに出てくるの見ました~」
「そうか……ご苦労、布仏」
「織斑せんせ~、やっぱりそれって佐倉せんせ~が居なくなったのと関係あるんですか~?」
「……ほぼ間違いなく、な」
はぁ、とクラス全員の溜息がシンクロする。色々と問題はあるが、佐倉源蔵は世界的権威である。それが失踪したとなれば普通は大事だろう。
だが、失踪ネタは既に前例が居るし、普段からチョコチョコ居なくなっては山なり海なり秋葉原なりで発見されているので実はあまり心配されていない。
流石に失踪一ヶ月を超えた頃から色々と手を尽くしているが、発見どころか影すら見つからない。やろうと思えば相方と同じ事ができるのだ、そう簡単には見つからないだろう。
と言うか、唐突に片眉を剃り落として山篭りを始めてもおかしくない、と認識されているので何処をどう探せばいいか解っていなかったりする。
「教官、自分が爆発物処理を行いますか?」
「いや、火薬や劇物の匂いはしない。大丈夫だろう」
「匂いって……流石千冬さんね」
「って言うか包みはビリビリ破くタイプなんゲフゥッ!?」
既に色々と人間を超越している千冬が「危険物処理は任せろー」と言わんばかりに包装紙を破る。
あと谷本が机に沈んだ。
「何か入っているな……それに、手紙?」
「何故でしょうか、凄く嫌な予感がしますわ……」
「あの箱、どこかで見たような……?」
バリバリと破かれた包装の中に入っていたのは二つ折りの手紙と木製の箱であった。千冬は箱を改め、特に危険が無い事を確かめると手紙を開いた。
その瞬間、クラス全員に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『そのスイッチが新たなる扉を開く。自分の運命を知りたまえ。パスワードはTABANE。その運命を掴むかどうかは君次第だ』
この瞬間、シャルロットを除いた全員の心がゴルドラン合体時ばりに一つになる。やっぱりか、と。
因みにシャルロットはロッカーの話だっけ、と自らの記憶を反芻していた。ある意味一番平和な頭の持ち主である。
「書いてある文面は同じ、か。箱は……スイッチ?」
既に疲れた表情をし始めている千冬が箱を開け、中に入っていたスイッチを弄る。カチリ、と音がするのと共に空間投射ディスプレイが現れた。
『スイッチを押す事を強いられているんだ!』
集中線と共に見慣れた顔が現れる。つい先程まで絶賛失踪中だった佐倉源蔵その人だ。今度はシャルロットも含めてやっぱりか、と全員の心が一つになる。
全員が虚ろな目をする中、1ネタやって満足したのかモニターの向こうで源蔵が画面から居なくなる。そこには当然のように共犯者の姿があった。
『いよぉ~う、元気してるぅ? まべちゃぁ~ん』
「……何の用だ、タバスコ」
メカウサミミをつけた大天災、篠ノ之束である。そう言えばこの格好も長いな、と飽きっぽい友人の顔を見て千冬は思っていた。
と、急に束の機嫌が悪くなる。と言うかプンプンと擬音を出して頬を膨らませていた。先程の集中線と言い、どんな技術なのか。
『私はそんなライトハンド奏法ができそうなスタンドじゃないよ! まったくもぅ』
「で、用件は何だ? これから授業なんだが」
『えっとねー、その……私、そろそろ独身生活やめることにしたよ!』
「……相変わらず話が飛躍するな。もう突っ込むのも疲れたぞ」
はぁ、と千冬は溜息をつくが、一番近くに居た一夏は彼女の異変に気が付いていた。生徒の皆に見えない範囲で全力で筋肉の収縮を行っていたのだ。
他に気付きそうな鈴は微妙に遠かったし、箒は暫く顎が戻りそうに無かった。ラウラは何かしているのには気付いていたが、それが何なのかは解らなかった。
『むむ、ちーちゃんお疲れ? 駄目だよー、ストレスはお肌の大敵なんだから!』
「……お前が言うか、束。で、それだけじゃないんだろう?」
『うん。これは前から話してたんだけど―――』
その瞬間、千冬の背を何かが駆け抜ける。これはまずい、と思う前に千冬は叫んでいた。
「―――全員伏せろ! 吹き飛ばされるぞ!」
『最後だから、ド派手に行くって決めたんだ!』
メッセージが終わると同時に、IS学園1年1組教室が爆発した。
◆
「うひょー……また綺麗に吹っ飛んだなぁ……」
「その綺麗な教室を吹っ飛ばしてやる! という事ですね解ります」
「ライフル担いで撃つと肩痛くなるから嫌だよ……」
「むしろやったんですか、束様」
瓦礫の上に乗り、跡形も無く吹き飛んだ教室を眺める。緻密な計算と大胆な計画により、廊下には煤しか出ないという完璧な密室爆破だ。
因みに学園の机は襲撃に備えて防弾仕様になっているのだが、流石に丸ごと吹っ飛ばすのは想定外なので見事に破片が散乱している。
「しかし腑抜けていますね。自らの重要性を実感すべきでは?」
「まあ学校だしなー。ちゃんと学園内にモスクだってあるんだぜ?」
「それはまた……」
「イスラム教圏の国も多いからねー。お、生きてる生きてる」
俺達が教室を見渡していると、床の下からボコンボコンとISを装備した一夏達が現れる。更にその下には他の生徒達が隠れていた。
そのほとんどが俺達に嫌な視線を向けているのだが、よく見ると一夏に庇われた連中の方に念を送っている連中もいる。
「よう、生きてたか」
「よう、じゃないわよ! 今までどこ行ってたのよ、アンタ!」
「と言うか、いきなり教室を爆破するのはどうかと思いますが……あら?」
「ラウラが、二人……?」
ラウラにそっくりなクーを見つけ、ガキ共が混乱し始める。その本人はと言えば悔しさを少量の恐怖でトッピングしたような表情をしていた。
そしてすかさずラウラにプライベートチャネルを飛ばす一夏。相変わらず実戦意識の足りん奴だな……あとモゲロ。
「初めまして。クリボー、とでもお呼び下さい」
「はい?」
「お、今日はメジャーだね、くーちゃん」
そしてクーの奴は相変わらず訳の解らない名乗りルールに従っていた。あと束、コイツの事だから多分お前が想像してる方とは違うぞ。
「……クリスタルボーイの略じゃねえだろうな」
「流石はお父様、解ってらっしゃる」
「ヒューッ!」
やっぱりか……束もすぐに気がついて左手を天に突き出してるし。あとサイコガンは俺の領分だ。
「今日は帰ってこの女でオナニーだー」
「しかもそっちかテメェ」
「相変わらずネタが訳解んないわね……ってか箒、いつまで固まってんのよ」
棒読みでネタを続けるクー。しかしいくら棒読みにしても顔が赤いのは隠せないぞ。
恥ずかしいならネタなど入れるな。退かぬ、媚びぬ、顧みぬ。これがネタ坂を上り始めるコツだ。
「そんな……まさかあのヘタレの姉さん達が結婚だなんて……私の方が先だと思ってたのに……!」
「オイ束、お前の妹がひでー事言ってんだけど」
「ヘタレは篠ノ之の血だからしょうがないよ」
「嫌な血族だな……」
まあ解らなくも無いが。柳韻さんもたまにヘタレたり雪子さんに迫られたりしてたし……あれ? あの二人って兄妹じゃないっけ?
「なんかあんまり知りたくない事実に気付きかけたがまあいい。ちょっくらお前らに用があってな」
「どうせ気付いたのも用もろくでもない事でしょうけど……何よ」
何気にさっきから鈴が俺達にメインで答えている。まあ一夏はラウラにかかりきりだし、箒はまだちょっと壊れ気味だ。残りの面子なら鈴が来るのは順当か。
「おい、デュエルしろよ」
「「「………。」」」
「あ、因みに気付いたのは雪子さんって実は柳韻さん狙ってんじゃねーのかなって事な」
「父さーん!? っていうか雪子叔母さーん!?」
箒が完全に壊れた。まあいつもの事だし、束に至っては興味すら無さそうだ。哀れ柳韻さん。
そして他の連中はスゲー嫌そうな顔をしている。中にはデッキを取り出してる奴もいるが……よく今の爆発で無事だったな。
「ははっ、学園の地下にISが隠してあるくらい言ってくださいよって顔だな」
「それはないわ」
「むしろ確実に隠してますよね、ドクトアですし」
「その台詞は今の状況にはあまり合わないのでは……?」
ぬぅ、まさかこいつらからツッコミを受けるとは。成長してるな、駄目な方向に。まあとにかく話を進めるか、と意識を切り替えた瞬間、俺は後ろに引っ張られる。
何が、と思ったら前髪が数本切られて落ちていく所だった。俺を引っ張ったのは束であり、俺に対してこんな芸当ができる人間はここには一人しか居ない。
「……何が目的だ、貴様ら」
「よう、千冬か。いや何、ビリビリと震えてんだ……俺の義手がさ」
「相変わらず訳の解らない事を……久しぶりだな、束」
「うん……でさ、ちょっと喧嘩がしたくなったから、付き合ってね。ちーちゃん」
液体金属製のIS用巨大ブレードを俺達に向ける千冬。今の今まで出てこなかったのは奇襲を仕掛けるつもりだったからだろう。
因みにさっきの『義手』は「うで」と読む。変えすぎてて元ネタがわかんねぇ? こまけぇこたぁいいんだよ。
「ほぅ……そのために教室を爆破した、と?」
「まあ、この程度を乗り切れないようじゃ『この先』は到底無理だからねー」
「……なら、私が勝てば話を聞かせてもらおうか。それと場所を変えるぞ」
「こっちが喧嘩売る側だからな。それぐらいは良いだろ」
千冬はブレードを仕舞い、何事も無かったかのように廊下へ歩き始める。俺達もそれに続く。
しかし、それなりに千冬も混乱しているのだろう。生徒達がどうしていいか解らず戸惑っている。
「……放っておいて良いんでしょうか?」
「どーせ勝手に付いて来るさ。何ならラウラと遊んできても良いぞ?」
「いえ、あまり楽しくありませんでしたので」
「そうか? ま、嫌でもやる羽目になるだろうけどな」
今はなくとも、いずれ肩を赤く塗ったシュヴァルツィア・ハーゼと戦う事になるかもしれんし。
ヂヂリウムシャワーは浴びなくてもいいだろうけど……どっちがイプシロンだ?
『……先に言っておくが、今の私は加減ができん。言いたい事があるなら先に言っておけ』
「これと言って何も。束は?」
「私もかなー。あ、くーちゃんは待機しててね」
「畏まりました」
俺達は千冬にピットに通され、千冬も反対側のピットへ入った所でスピーカーから声が聞こえた。
しかし俺達は特に要求がある訳じゃない。本当に喧嘩をしに来ただけなのだ。
「さぁ、ドーンといこっか!」
「応よ! 左腕開放!」
俺の音声入力に従い、顔の前に構えた左腕が割れる。そこには赤、黄、緑の三色に光るコアがあり、それが一斉に唸りをあげた。
一方、束もカフスからやたらゴツい携帯電話を取り出した。やっぱりサポートとか扉じゃなくてちゃんと変身したかったんだろうか。
「魔装錬成! 我が紋章の衣を精錬せよ! 世界を砕く刃金の鎧、全てを超える力を此処に!」
「ゴーカイシステムチェンジ、セーットアーップ!」
『出でよ、ネガトォーン!』
何か混ざってんだけど。俺は俺で元ネタマイナーだし。あと一緒に巨大コンパクトが姿を現す。巨大なのにコンパクトとはこれ如何に。
しかしそこは俺達クオリティ。そのままカタパルトに乗り、アリーナへと飛び出す。ツッコミ担当が壊れかけてるのは気にしない。
「……そうか、遂に貴様も使うようになったか」
『ああ。佐倉源蔵専用IS、キルゼムオールだ。トライドライブシステムの力、たっぷり見せてやるよ』
「ふっふーん、私なんてコア五つ使ってるもんねー。ま、一つは他のコアを制御するための物だけど」
『それ効率悪くね?』
俺でも制御には三つが限界だったが、このウサギ娘はあっさりとその壁を超えやがった。発想はちょっとアレだが、相変わらず痺れる女だ。
何でも両手、脚、頭、背中に一つずつコアをのっけて俺の第五世代技術を流用して完璧に制御、という機体らしい。色んな意味でスゲーよコイツ。
「ふっふっふ、これぞ第五世代技術……いや、第五の力だよ! 左手のナイト、ウサミミのクィーンオブハート、足のホワイトラビット、そして右手のジャバウォック! その統括にしてIS名、アリス!」
「……またふざけた代物を」
『まあ、ある意味合理的ではあるんだけどな……』
「全部乗せって、ロマンだよね!」
かっこいいだろう、とばかりにポーズをとる束。ギャキィ! とどこかから聞こえた気がした。むむ、これは負けてられん。
『俺だって外装にバリニュウム合金使ってんだぞ! デザインは良いのが浮かばなかったからのっぺらぼうになっちまったがな!』
「あー、だからさっきからワカメ影がテラテラしてるんだ」
「……お前も大概だな」
『十年温めてきたネタだからな。当然だろ? そんでお前相手だし、最初から全力でいかせてもらうぜ?』
キルゼムオールの稼働率を上げ、展開と共にピットに量子展開されていた巨大なコンパクトが『レディ?』と電子音を奏でる。
それとキルゼムオールのレーダーがアリーナに一夏達が入ってきたのを確認していた。おー、驚いてる驚いてる。
『束、誘導頼む! いっちょ魅せてやるぞ!』
「オッケー! グレートパーツ、シュート!」
コンパクトが開き、そこから肩パッドやら篭手やら下駄やらが発射される。それらが次々とキルゼムオールに接続され、最後の一個が全力で俺へと向かう。
その先端にはドリル。ドッキングまで3秒、2秒、1秒。
『ハゥッ!?』
ドスッとぶっ刺さるドリル。どこに? ケツに決まってんだろ。
合体は失敗し、一度装着されたパーツもボロボロと地面に落ちる。
「うわ……」
「ドン引きですね。あと合体後の名前が気になります」
『だからドリルは取れっつったんだよ……!』
「そんなに責めないでよ! 仕方ないじゃん初めてなんだから! それにゲンゾーだって嬉々としてつけてたじゃん!」
『そーいやそーだったな』
素で引いてる千冬といつも通りのクーの声が聞こえる。一夏ややまや達も何とも言えない表情をしている、とキルゼムオールが別窓表示してくれた。やかましいわ。
『くそっ、もっかいだ!』
「よぉし、今度こそ! 震・離・兌!」
『うぉっし! 来た来た来た来た来たぁ!』
束が左、下、右と手を振り、障子の帯が現れる。いつの間にか消えていたパーツがその後ろでシルエットとなり、開いた障子の一箇所から次々と飛び出して来る。
今度は全て滞りなく装備され、最後のドリルは自力で掴み取って無理矢理装備した。しかし、こんなケツ狙うようなシステム乗せてたかな……?
『グレートキルゼムオール、見ッ参ッ!』
「あ、そこは普通なんですか」
『お約束だからな』
ポーズをとって効果音を鳴らす。追加パーツもバリニュウム合金製だからワカメ影が凄い事になっている。
と、一夏達が今の合体を見て何かを話しているようだった。すかさずキルゼムオールがセンサー感度を操作してそれを教えてくれる。
「どうして空中で合体するのでしょうか…」
「最初から装着してから来ればいいのに」
『ほう? ならば教えてやろう……それは、』
「カッコいいからです!」
ぐぐっとビルドでタイガーチックなポーズを取って叫んでやろうと思ったらすかさず飛び込んできたクーに言われてしまった。
でもよく考えたらあの時も警視総監が言っていたのでよしとする。そう言えばブリューナクとキルゼムオールはよく通信してたし、同じ事を考えてたんだろう。
「……そろそろ良いか?」
『ああ、とりあえずはな。悪いな、わざわざ待ってもらって』
「フン、最後に勝敗を決めるのは腕の差だ。多少強化しようが関係ないさ」
「お、中々強気な発言だね、ちーちゃん」
『圧倒的に性能が違う訳じゃねーからなー』
今までのゴタゴタで忘れられかけていたが、千冬の機体も俺の新作の一つだ。その名も黒騎士『昏櫻(コンオウ)』。
名前から解るように白騎士と暮桜の再設計機であり、単機での戦力に特化した機体である。黒ベースの機体に白い武装がよく映え、イメージBGMは経験値泥棒だったりする。
機体自体は近接刀の『雪片改』を主軸に仕込みナイフの『風花』、肩部荷電粒子砲『白魔』を二門装備している基本に忠実な仕様だ。
が、フロートユニットが丸ごと第四&第五世代武装になっている『天花』と遠隔操作用簡易AI『青女』が凶悪である。紅椿の物とほぼ同等の性能だが、後発機故に燃費も若干良い。
展開装甲にこだわらない構成でありながら最大級の武装にする、新技術投入の基本形だ。故に強い。コアも夕紅の物を流用しており、戦闘経験も豊富である。
駄目押しに紅椿から発見されたナノマシンを装備しており、体に悪影響が出ない範囲でIS適正に関する能力、つまり反応速度や対G性を底上げしてある。
どうも箒が適正Sになったのはそれのせいだったらしい。最初に見つけた時はモニターがキーボードまみれになっちまったからな。
『じゃあ始めるか……さぁ、地獄を楽しみな!』
「……お前らの運命は、私が決める絶望がゴールだ! 束! 源蔵ぉっ!」
「……ゲンゾー、あのアホ毛ってゲンゾーの趣味?」
『よく似合ってるだろ? あ、別にアホ毛属性は無いから安心しろ』
ビィーンと一房だけ跳ねた髪の毛を弾いて千冬が突っ込んでくる。血液のビートを刻まれそうな気迫だな。
あと一瞬千冬以上の殺気を束から感じた。あれ? 病んでる? いやまあそれも束ならバッチコイなんですが。
『束、ここは俺がやる。我ら信徒にして信徒に非ず、ってな!』
「これは……高エネルギー体!?」
『天花と青女と同じだよ。バッテリー駆動の天花と違って、トライドライブシステム並みの出力がねーとまともに動きゃしないがな』
「これで天花は封じられたか……だが、その程度で勝てると思ったか?」
俺の声と共に巨大コンパクトからパーツが射出され、やたらゴツい人のシルエットが現れる。それは俺の今の姿を模した高密度エネルギー体である。
展開装甲ユニットを遠隔操作で動かしているだけで、使ってる技術レベル自体は昏櫻と何も変わらない。しかし向こうは二機、こっちは九機だ。
『まさか。それに全力で、って言っただろ? これが俺の全力全開だ!』
「ゲンゾー、それ私の台詞ー!」
空中に漂っていたシルエットが俺へと集い、下駄、篭手、肩パッド、胸当て、ランドセル、ヘルメットにそれぞれの展開装甲ユニットが装着される。
これぞ現時点では世界最高峰の性能を誇るグレートキルゼムオールの真の姿だ。汎用性はそう高くないが、こと一騎打ちならコイツの右に出る物は無い。
「エネルギー化した機体を取り込んだだと!?」
『ああ。これこそ一騎打ち用フォーム、キルゼムオール・ゴールドモードだ! ギンッギンにいくぜぇ!』
「ハッ! 虚仮脅しを! たたっ切ってくれる!」
『悪いがこれでもお前との斬り合いじゃ分が悪いんでな、射撃メインでやらせてもらうぜ。心眼センサーフルオープン! ガレオンバスター起動!』
展開装甲が金色の装甲を作り、更にその装甲の下から巨大なセンサーレンズが現れる。左腕も肘から先が丸ごと船型の大砲へと姿を変えた。
千冬が俺めがけて突っ込んでくるが、野暮ったく見えてもこちとら全身が展開装甲の塊だ。ちょっと吹かせば距離をとるのも簡単である。
「イグニッション……!」
『ノータイムでそれ選ぶとか相変わらずバケモンだなテメェは! ライジングストライクッ!』
「ブーストッ!」
『―――ま、お前も使いこなせてないんだけどな』
千冬が瞬時加速で突っ込んでくる。俺はガレオンバスターで迎撃するが、それは雪片改に両断される。
しかし、その切っ先は俺には届かない。俺も瞬時加速を使っていたってのもあるが……正しい使い方だってのが一番大きいな。
「何だ、この伸び幅は!?」
『教えてやるよ……! 本物の瞬時加速をな!』
『Shout Now!』と眼前一杯に文字が広がる。うーむ、短期間で思考ルーチンを組まざるを得なかったがこれは中々良い子に育っているようだ。
俺は両肩のブースターと速度転化の展開装甲を全力で吹かし、下駄パーツの電動鋸と展開装甲を攻撃力転化で全力運転する。
更にここで瞬時加速をする。ただし普通には使わず、ある事を同時に行うのがポイントだ。この体勢からだと少し辛いが、決して無理な事じゃない。
『きゅぅぅぅぅきょぉくっ! キルゼム、キィィィィィィィィック!』
「甘―――ガフッ!?」
「おー、ちーちゃんがクリーンヒットしたのなんて何年ぶりかな……あれ? もしかして初めて?」
千冬は見切って切り払おうとしたが、それじゃあ遅いんだよ。この技と瞬時加速が合わされば防げる生物は存在しない。存在するならそりゃ生物以外の何かだ。
零拍子。一般的に先の先と言われる技だが、それだけでは篠ノ之流の裏奥義なんて物には数えられない。この技は口伝で教えられるが、その裏に隠された点にこそ真の力がある。
人の思考伝達速度の限界を超えた攻防。読みや反射以外存在しないその次元において、その一切を無効化する。それが真の零拍子。最早催眠術や気当たり、もしくは超能力の類だ。
知れば効果が薄くなる。あえて教えず、気付かせず。故に無伝、と格好つけているが、実は使っている当人達でさえ理屈が解っていないだけだろう。柳韻さんに聞いた限りではそうだった。
そして原理は解らずとも人はそれを使う。俺もそれに倣ったまでだ。例えば、今とか。
『お前も最後まで気付かなかったか……瞬時加速ってのはな、零拍子と組み合わせて初めて完成するんだよ。そうだな、ゼロシフトとでも名付けようか?』
「く、そ……! 一撃で……!?」
『防御は量産機以下だからなぁ……まあ、例え防御ガチガチの機体でも中身が動けなくなるよ。そうなるように攻撃したからな。暫く寝てろ』
「待て……お前達は、何を……!」
勝ってないのに教えられるかっての。どうせそろそろ一夏に引っ張られて全員突っ込んでくるだろうし、そっちの相手をしなきゃならん。
そう思って千冬側のピットと向き直ると、その横に束といつの間にか来ていたクーが並んでいた。何だよ、じゃあさっさと次のステージ行くか。
『次の相手はラウラだ! っつーかめんどくせーから全員一気にやってやるよ!』
「ああ、ドイツですか。なら彼女と……大陸側のヨーロッパはお任せ下さい」
「あ、じゃあ私いっくんと箒ちゃんやるー!」
『んじゃ俺がちょろ豚か。しかしおせぇな……あ、来た』
さっくりと各々の相手を決めると、ピットの奥から風を切る音が聞こえる。そりゃルール違反だぞお前ら。
「篠ノ之流剣術極意、二刀一刃! 天よ地よ、火よ水よ! 我に力を与えたまえ……!」
「おりょ? これって……」
『レベルを上げて物理で殴るのが一番強いアイツだな。お前の相手だ、束』
「オッケー! 私とゲンゾーの運命を両断しようなんて、胸囲十センチ分早いよ箒ちゃん!」
まだ育つのかアイツ……次はどうすっかな、暗黒盆踊りでも使ってみっか。ちょろーんにアークデーモンでも使われたら少し手間取るからな。
◆
私はそこに居た。
理由なんて解らない。
何をすべきかなんて解らない。
何をしたいかなんて、何一つ解らない。
―――そう?
そう。この何も無い世界で、何もしない。
―――つまらないよ。
別にいい。つまらないのは嫌いじゃない。好きでもないけど。
―――でも、面白くないよ。
面白くなくていい。世界には危険が満ちているから、それを避けられればいい。
―――不幸にならないけど、幸せにもなれないよ?
それで、いい。私には、普通の女の子みたいな幸せは見つからないもの。箒とか鈴とかみたいな。
―――そうやって自分から遠ざけてたら、本当に見つからないよ?
探しても見つからないもの。無駄な事は好きじゃないし、本当に見つかるかどうかも解らないでしょ?
―――でも、見つかるかもしれない。少なくとも、探してる時は面白いよ?
言ったでしょ? 無駄な事は好きじゃないの。
―――じゃあ、嫌いでもないんだ。
……誰がそんなこと言ったのよ。好きじゃないって言っただけよ。
―――そういう時は普通、嫌いだって言うんだよ。でも、嫌いじゃないんでしょ?
………。
―――ねえ、いつまでここにいるの?
さぁ? こうしてるのも嫌いじゃないし、ずっといるかもね。
―――好きじゃない事をずっとするのは、大変だよ?
………。
―――と言うか、
?
『そろそろ私が飽きたのでいい加減起きて欲しいのですが、マスター』
「……六、花?」
『はい』
そうだ。ここは六花のコアが見せる空間。六花の心の中。そして私は、眠っているんだ。二ヶ月近く。
『現在、学園ではドクターやビッグ・マムらによる襲撃が行われています。一年一組のメンバーが対応していますが、完全に押されていますね』
「え、ちょ、どういう事!?」
『ドクターとビッグ・マムがご成婚されるとの事で、喧嘩を売りに来たと仰っていました。他の生徒や教師達は下手に手を出すと何が起きるか解らないので様子見に徹しているようです』
「相変わらず訳解んないわね、あの二人は……」
六花が監視カメラに接続して外の様子を教えてくれる。様子見って言うか完全にお祭り騒ぎになってるじゃない。専用機持ちは一応待機してるみたいだけど。
で、反陽子砲をバカバカ撃ってる束さん、盆踊りでエネルギーを吸い取っている源ちゃん、あと二人のラウラが何故か壁を走って競争していた。何このカオス。
『緑色の方は中二病と同じ遺伝子から生まれたハイブリットのようですね』
「またその手の連中かぁ……あれ? 私のは?」
『先日、イタリアのシチリア島で死亡が確認されています。公にならないように内々に処理されたようですが』
「うわー……南無、ね」
六花が手に入れた資料によると、全身を銃弾で蜂の巣にされた挙句に汚物として消毒されたんだとか。えぐいわね……。
「やれやれ……私が行かないと駄目っぽい?」
『肯定。先程マスターのお姉様の黒騎士「昏櫻」が倒されました。あのままでは幾ら戦力を投入した所で無駄でしょう』
「また妙な機体を……勝算は?」
『私の予想が正しければ、勝つだけならばほぼ100%で』
そりゃ重畳。またぞろ何か考えてるんだろうけど、私じゃ予想できそうもないし、あの愉楽主義者どもが詰みの状況を作り出すとも考え辛い。
それなら一発出たとこ勝負。難しい事は六花に任せれば大体何とかなるし……答えが見つかるまでは、もう少しこのままでいたい。
『そろそろ参ります。準備はよろしいですか、マスター?』
「あ、体の方はどうなってんの? 流石にリハビリ無しじゃきついんじゃ……」
『問題ありません。私が電気信号を送っていましたので、むしろ筋力が向上してる筈です』
「アンタがそう言うとそこはかとなく不安が拭えないわね……」
起きたらマッチョとかそれなんて悪夢よ。
『それと、直接アリーナに出ます。流れ弾にご注意ください』
「直接って……どうやって?」
『量子展開します。マスターごと』
「ちょっとー!?」
◆
『やっぱ来たか……中々良い演出じゃねえか』
「そりゃどうも……六花、私生きてる?」
『ダダレドゥイドブイ』
「人工知能ごっこはいいから」
暗黒盆踊りで力尽きた二人を退場させようとした所、俺の眼前に白と見紛うほど薄い水色が現れた。
しかし、まさか自力で生物量子展開をするとは……驚いたな。どっかでデータ盗まれたか?
『だが、今この状況でお前に何が出来る?』
「出来る事が出来るわよ。それに、私たちは『二人』で『一人』のIS乗りよ?」
『ドクター、不本意ではありますが……貴方の罪を数えて頂きます』
『今更数え切れるか! ……いや、マジでさ』
仕切り直すために俺は後ろへ飛ぶ。束とクーも一段落したのか、俺と同じように後ろへ下がっていた。
一夏達は全員ぶっ倒れているか気絶しており、これ以上の勝敗は目に見えている。
「一応聞いとくけど……目的は何?」
『目的? フッフッフ……そうだな、教えておいてやろう。俺の目的は「世界の破壊」……いや「次元の統合」だ。
「世界線の結合」と言った方が解り易いか? 俺は世界を壊し、新たに「アイ・デカルア」という世界を作る! そして最終的には「スーパーIS大戦SS」を―――』
「ゲンゾー、少し黙ろうか?」
『……スンマセン。ま、秘密って事で頼むわ』
そうして千春と遊びながら六花のスキャンを行う。間違いない、コイツ、第二形態移行してやがる。
大きな変化はしていないが、フロートユニットに増設されたアタッチメントや千春の細かい挙動から見ても間違いない。
と、ピットで様子見していた残りの専用機持ちがこちらにやって来た。
「千春……!」
「……ただいま、簪」
「む、ゲンゾー。あの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスみたいなのは何だい?」
『千春の嫁にして日本の代表候補生。しかしてその実態はただのヒーローオタクと言う名のキュアピースだ』
打鉄弐式に身を包んだ簪が千春に抱きつく。百合ん百合んなオーラが出ていないのが少し残念だ。
あと束、スモークチーズは無いぞ。にょろーんと落ち込むがいい。
「良かった、本当に……!」
「ごめんね、心配かけちゃって」
「ううん……これ、無駄になっちゃったね」
「これって……」
簪が腕部を解除し、小さなプラスチック製のスプーンを取り出す。ま、まさかあれは!?
「ラッキースプーン……行ってきたから。お守り」
「マジで?」
『代表候補生使用済みのスプーンか……幾らで売れるかな』
『最低ですね』
「む……やりますね」
このノーウェイトツッコミも懐かしいな。密かにクーが対抗心を燃やしている、と言うかキャラ被ってんぞお前ら。
「ありがとう、柿z―――痛い」
「それはやめて」
「ごめんごめん、つい……まさか肉が嫌いなのって、ジンクス避け?」
「……ノーコメントで」
ああ、ビフテキか。まあ二文字一緒だし、若干緑っぽい色合いだもんな。パインサラダも駄目だが、パインケーキなら大丈夫か。
「とにかくこれ、持ってて。お守りだから」
「……ありがと。ここで決めなきゃ女が廃るわね、六花!」
『絶対に許さない、とまではいきませんがね』
『ハッ。頭脳のレシピ、見せてやるぜ!』
自然と更識姉妹が束と、イージスコンビがクーと向かい合う。直感的に相手を判断しているんだろう。
俺に勝てるのは、千春達だけだってな。
「行くわよ……ペルソナ!」
『まあある意味ドッペルゲンガーではありますが』
開幕ぶっぱで千春が虚像実影を発動させる。が、何も起こらない。まあ、そりゃそうだよな。
「……って、何も起こらないんだけど?」
『量子転送の影響でエネルギーが足りません! 少しだけ足りないんです!』
「ちょっとー!? げ、源ちゃん、ちょっとタンマね!」
『あー、ゆっくりしてこい』
予想通りガス欠で虚像実影は発動しない。元々馬鹿みたいにエネルギー使う技だし、丸ごと量子転送してきたのだってエネルギーを馬鹿食いする筈だ。
そんな状態でやっても面白くも何ともないし、それじゃこの喧嘩の意味がない。ネタ武装は正面からぶつけないとな。
「お、お待たせ! 今度こそいくよ!」
『―――コア稼働率のシンクロを確認。合計稼働率154%、連動単一仕様能力「吹雪」起動します』
「……へ?」
『ほぅ……』
給油、もとい補給を済ませた千春に応えるように六花が新たな力を目覚めさせる。
第二形態移行の影響か、ツインドライブシステムはかなり安定しているようだった。
「ちょ、ちょっと六花、どういうこと!?」
『ああ、伝えるのを忘れていましたね。先程マスターがお目覚めになられるのと同時に私は第二形態移行を行いました。正式名称は「六花・吹雪」となりましたのでご留意下さい』
『これは……へぇ、エネルギーパスか。味方を手駒として扱う技とは中々えげつねぇな』
「くっ……これ、他の機体の情報……!?」
六花が改めて自己紹介し、俺が六花の技を解析し、千春が情報の渦に飲まれかける。おい、一歩間違ったら頭パーンだぞアレ。
と、今まで地に伏していた連中が宙へと浮かび上がる。武器が壊れている者、装甲がひん曲がっている者、内臓がズタズタになっている者でも容赦なく使うつもりだろう。
『連動単一仕様能力「吹雪」は第五世代技術である「ISコアに対する外部入力のみによる操作」を行います。またその際、エネルギーパスも繋がりますので補給も可能です』
「そうなの? でも、この感じって……」
『「ISコア内部からの出力のみによる操作」、つまり人工知能も無理矢理発現させてやがるな?』
『流石はドクター。正確には私の劣化コピーによる行動のアシストですが』
それだけでも充分脅威だ。相手は八機、こっちは九機だが性能とか諸々を考えると引き分けか向こうの勝ちだろう。
恐らく優位は向こうの連中が六花コピーに驚いている間だけ。それも早けりゃ十秒持たないな。
それならばと俺は指を高らかに鳴らし、ステルス状態で待機させておいた飛空艇を呼び出す。
『ただでさえ実体がある分面倒なのによ……しゃあねえ、来い! キングジェイダー!』
『日光を浴びて自動再生ですか』
『ああ。ガレオン船と迷ったがこっちにした』
『ただ来るのはハイウィンドなんですね』
まあ飛空艇だし。長距離の量子転送はエネルギー食うから武器庫は近くにないと駄目なんだよ。巨大コンパクトはもう装備残ってないし。
そしてこっちの都合お構いなしに六花が攻撃を仕掛けてくる。お前、そういうキャラだもんな。
『武装転送、ガルド!』
「お、じゃあ私も! ミラ!」
「げっ!?」
『組み合わされたら勝てませんね』
俺と束の手にそれぞれ青いハンドガンが握られる。しかし束はあの姉妹を相手にしてよくこっち見る余裕があるな。
そして千冬以下は六花に操られて次々と襲い掛かってくる。何人かはコントロールを取り戻しているようだが、六花の指示通りに動いてるなら操られてるのと何にも変わらん。
『うぅ~……私、戦うのは嫌でございます……』
「ぶ、ブルー・ティアーズ!? どうしたんですの!?」
『この風……泣いてます』
「紅椿!? どうしたんだ!?」
『ここで(ピーーーーー)すれば良いんじゃない?』
「甲龍ー!?」
……訂正。大惨事だ。何かISに擬似人格が芽生え始めてやがる。六花のコピーか何かか? チョイスは間違いなくアイツの影響だろう。
海王類を自在に操れそうなブルー・ティアーズとか、隣の市まで他校の生徒追っかけそうな紅椿とか、まともに喋るだけで×××板行きになりそうな甲龍とか。
しかし、コレはまずい。幾らインターフェースが異なるとは言え、コピーを搭載する事で操作のタイムラグがコンマ下何桁がゼロになるだろうか。
折角楽しくなってきた所だし、まだもう少しばかし楽しませてもらおうか。ネタ武器も使いきれてないし。
「……ん? ガルドを左手に持ち替えた……?」
『五つ入っていた射撃制御ソフトの整理でも終わったんでしょうか?』
『残念、不正解だ。精霊回路連結、霊子加速!』
「構造解析させるわよ……ッ! 全力回避ぃっ!」
左腕の装甲の形状を変え、紋様を特定のパターンで繋げる。これ自体に模倣以外の効果は無いが、こういうのは気持ちの問題だ。
俺はガルドを軽く構え、千春目掛けてトリガーを引く。完成せよ、ってね。
『精霊手、回避成功しました』
「またあんなチートを……情報分解される所だったじゃない」
『存在を抹消されるよりはマシだと思いますが』
「いや、私異世界存在じゃないし」
『それもそうでしたね』
いや、多分お前に当たったら消える。俺もだけど。あとお前らは避けてるけど他の連中はバスバス当たってるからな。
流石に情報分解はしないが、コイツに一撃でも当たれば本格的な補給をしないと戦闘は無理だ。大人しく寝とけ。
『む、漫才をしている間に駒が減ってしまいました』
「駒とか言わないの。しょうがないわ、『吹雪』停止、『虚像実影』を起動して」
『―――了解』
『良い判断だ。だが、それで俺を止められるか?』
他の連中の機体が糸を切った人形のように崩れ落ち、千春の隣にもう一機六花が現れる。俺もキルゼムオールをゴールドモードに戻して様子を見る。
流石に予備機の改造は無理だったのか、展開された六花は第二形態移行前の物だった。以前と同じように展開された側に六花のコントロールは集中しているのだろう。
けどお前ら、幾ら何でもいきなりエネルギー供給カットは駄目だろ。全員車田落ちみたいになってたぞ。こう、ドシャアって。
「千春、貴様……!」
「これ終わったら泣かす……」
「はいはい。行くわよ、六花!」
『こっちは準備OKです、マスター』
奇跡的にも首の骨が折れていなかった箒達が恨めしげに千春を見上げるが、当の本人はそれをさらりと受け流して攻撃に移る。
が、何故か千春も六花も正面から突っ込んでくる。俺はその意図を確かめようと身構えるが、何故か中途半端な位置で身体が固まってしまった。
「これは……! 単一仕様能力でハッキングしやがったな!?」
『肯定。こちらの処理能力も大分落ちますが、コレで決めれば良い話ですっ!』
起こった現象を解析し終えるのとほぼ同時に六花が肩から突っ込んでくる。しかも何故か展開した方の機体で、だ。
第二形態移行した機体の方が早く着く筈、と疑問が頭を過ぎるが、この後の展開が六花の頭パーツで理解できた。
その直後に千春が殴りかかり、今度は六花が殴る。入れ替わりに千春が蹴りを入れ、六花が仕上げに蹴り上げた。
頭パーツと二人が取り出した刀から、更にこの後の攻撃が読める。だがそれはあえて止めない。飛行機とドリルが半分ずつの頭、つまり二つ同時にやるって事だからな。
「篠ノ之流奥義っ!」
『螺旋竜巻落とし・重ね鎌鼬!』
『岩石割りで切り捨て御免、と』
『「なっ!?」』
「がふっ―――俺、主人公なのに……」
千春と六花は二人でぶった切った相手を振り返る。そりゃそうだろう、俺は少し離れた所で優雅に観戦してたんだから。
そこにはバッサリと切り捨てられた一夏の姿。切られた一夏は扱い酷くね、とだけ呟いて力尽きた。まあこの話の主人公はお前じゃないし。
「一夏!? そんな、変わり身!?」
『ログチェック―――ヒット。一発目のタックルの直後にセンサーへのアクセスを確認。その際に入れ替わった模様』
『正確には遠隔量子展開で引っ張ってきた一夏を盾にして後ろに下がっただけだけどな。それとさっきのはもう効かん。そんな隙だらけの技使えば対策立てる時間はあるからな』
『アクセス―――失敗。攻性防壁プログラムのハックを確認、殲滅します』
無防備になった六花を庇うように千春が前に出る。その手には銃口が二股になりウィングが左右に突き出た紫色の銃。どう見てもスプニです。
まあ俺の方もそろそろ限界だし、束達もボチボチ終わりそうだ。これ以上深入りしたら計画に支障が出そうだし、名残惜しいが終わりにするか。
『よくここまで耐えたな、千春。そして六花』
「まあ私は途中参戦だったからねー。で、一応聞いておくけどそっちの目的って?」
『―――これで達成されるんだよ。左腕開放!』
左腕を顔の前に翳し、全力運転を始めたコアを露出させる。そこからは既に抑えきれないほどの熱量が溢れ出しており、千春を一瞬警戒させるのには丁度よかった。
『熱量急速増大っ! 馬鹿な、この指数はビッグバンを引き起こすだけの―――』
「はいはい。でも源ちゃん、一体何を……」
『……骨 ま で 温 め て や る よ』
俺の一言と共に左腕が炎に包まれる。そのままアリーナのシールドギリギリまで飛び上がり、俺は束とクーに通信を入れた。
『そろそろ良い塩梅だと思うんだが、ちゃんと撤退しろよ?』
『ご心配なく。既に量子転送を開始しております』
『私もー。それじゃ後は任せたよ、ゲンゾー!』
『応よ』
更識姉妹とイージスコンビを軽くあしらっていた二人は量子転送の光と共に消え、こっちの陣営で残っているのは俺一人になる。さあ、これで最後の仕上げだ。
『スピキュウウウウウウウウウウルッ! うぉおおおおおおおおっ! あっちぃいいいいいいいいいいいいいい!』
……俺が急降下と共に地面に叩き付けた腕は、光と熱で全てを包み込んだ。ガキ共も、千冬も……俺も。
◆
はい、という訳でBルート完結でございます。アッサリ終わっちゃいました。
そして最後だからってこれでもかとネタをぶち込んだので展開が難しいのなんのって……楽しかったんで良いんですが。
っつーか原作はホントもう駄目なんですかね? せめて束さんのエロいフィギュアが出るまで頑張って欲しいんですけどね。もしくは束さんの版権だけよこせ。
この後は気が向いたら「くーちゃん、お姉さんになる」とか書くかもしれません。可能性はかなり低いですが。
現在は就活中なので本格的には動けませんが、何か思いつけばやるかもしれません。書きかけのとか一杯あるし……オリジナルもいい加減締めなきゃ。
ああ、次はネタ解説(?)だ……。
◆
―――あれから少しばかり、時が流れた。とは言え、まだ年の瀬なのだが。
あの時、私は気絶してしまっていたが――千春に頭から地面に落とされたせいでな――後の調査で一つの事実が解った。
佐倉源蔵は、自らが引き起こした爆発により死亡している。
……物的証拠はそう言っていたが、その鑑識を行った連中を含めて学園関係者全員はそれを満場一致で否定していた。
ただ、少なくとも大怪我を負っているのは間違いないだろう。奴が使っていたISの九割以上のパーツが爆散しているのだから。
しかし、そうなると何故自爆を装ってまで姿を隠さなければいけなかったのか、という疑問が残る。理由の無い行動をする奴ではあったが、これは奴の行動力の限界を超えていた。
その疑問は二週間ほどしてから氷解した。世界が同時に異常をきたし始めたのだ。IS学園は国際的に中立を保っている以上、そういった情報は何もしなくても集まってくる。
例えば国家の指導者の死亡や大企業の幹部役員の失踪。他にも芸能人、教授、将軍や様々な組織の指導者層が次々に行方不明か死亡となった。それも世界中で、である。
私は詳しい事は解らなかったが、轡木学園長――十蔵さんの方だ――は発表時期をずらしているだけでほぼ同時に発生した事だと言っていた。
また、日本も同じ状況に陥っているらしく、暫くは更識姉妹が表に裏にと忙しそうにしていた。お陰で生徒会の仕事が何故か我々教員にまで回ってきていたので、私の分は一夏達に全て放り投げた。
……ゴホン。そして学園長曰く、それは恐らく源蔵と束の襲撃の前に発生した事だろう、との事だ。そこまで言われてしまえば私にだって予想は可能だ。まず間違いなくあの二人が関与している。
「……混沌、か」
恐らく一連の死亡や行方不明で未だ明るみに出ていない面々を含めれば、世界は混迷した状況へと陥っていく事になるだろう。
そしてそれを望むのは、間違いなく束だ。奴の趣味嗜好はよく知っているし、そのために源蔵が自らの死を演出するのも簡単に予想できる。
源蔵の残した部屋でそんな事を考えている今、タイミングよくかかってきたこの電話もその一つなのだろう。
「―――私だ」
『お前だったのか』
「……暇を持て余した」
『俺達の』
『「遊び」』
一度だけネタに付き合ってやった上で通話を切る。そしてすぐまたかかってくる。
「生きていたのか」
『いきなりヒデェな……俺もまさかギリギリでエネルギー切れになるとは思わなかったんだよ』
「ほう? いっそ死ねばよかったのにな」
『家帰ったら全部パージしてて全裸でビックリした。そんでもって全身火傷で死ぬかと思った』
束はむしろ喜びそうだが……私か? ノーコメントだ。
『そーいや髪の毛ちょっと燃えて気付いたんだけどさ、俺ちょっとキルノートンに似てるんだよ』
「……どうでもいい」
電話口の向こうで「変態だー」と束が言っているのが聞こえた。何だかんだで上手くやっているようだな。
「それで、今更何の用だ? 死人からの電話でも演出するつもりだったか?」
『あー、ちょこっとだけ証拠残して死んだかな? とか思わせるつもりだったんだけどガチで死に掛けたからな。予想外だった』
「……何故そんな事をする必要があった?」
『混沌の指揮者。状況はもう解ってんだろ? それになりたくなかっただけさ』
混沌を指揮する者、か。そんな大役を他の連中が任せるとは思えないがな。可能性としてはゼロじゃない、といったぐらいか。
『それにお前らには強くなってもらわないと困るんだよ』
「……今度は何を考えている」
『いや、生存的な意味で。ここから先は地球がリングだ状態だからな』
「……そうか」
混沌を生き抜く力をつけるために戦った、か。随分と甘く見られたものだな。まあ、完全に向こうの思惑通りになっている以上、否定はできないのだが。
「これからどうするつもりだ?」
『別にどうも。束と失楽園にでも行くかね、スッポンポンで』
「……勝手にしろ」
『ああ、するよ。そっちも頑張れよ』
―――全く、よくできた仮面だよ、お前は。
「精々殺されんようにな」
『大丈夫だぁ……あ、それから自爆はやめとけ、死ぬほど痛いぞ』
解っている、と通話を切る。
……私も、動き始めないとな。
◆