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第三話「私の名前は、織斑千春」
はぁ、とため息をつく。昔からため息をつくと幸せが逃げるなんて言われているが、生憎と今この状況で俺に幸せが残っているとは思い難い。
がたいと言えば今ここの生徒で一番ガタイが良いのは俺なんじゃなかろうか、といつものウィットに富んだジョークも不発気味だ。
「皆さん、私がこのクラスの副担任の山田麻耶です。山田先生、って呼んでください。
―――決して、断じて、絶対に! 『やまや』なんて呼ばないで下さい、良いですね?」
そう言う服のサイズが合っていない先生は俺の目の前、つまり俺は最前列のど真ん中だ。もしこのクラスが苗字順なのだとしたら、このクラスには相当な数のあ行がいる筈だ。
「……くん? 織斑くん? 聞こえてますかー?」
「え、あ、はいっ!?」
っといけねぇ。いつの間にか自己紹介が始まっていたらしい。先生に促され、慌てて教室の中心を向いて立ち上がった俺は一瞬フリーズする。
「うっ……」
教室中から集まる視線、視線、視線……普通の高校生活でも最初はこうだろうが、こと俺の場合は事情が違う。だって俺以外全員女子だからな。
―――特殊国立高等学校、通称IS学園。
ありとあらゆる兵器を凌駕する『何故か女性しか使えない』最強の鎧、インフィニット・ストラトス。略して『IS』の操縦者を育成する世界唯一の機関。それがここだ。
細かい所は省くが、ISは女性にしか使えない。つまりそれを教えるこの学園も当然ながら女子校な訳だが、俺は生物学的にも社会的にも男、MAN、MALEである。
つまり現在俺は『1学年約120人中1人だけ男子』という双子の姉がよく読む小説のようなシチュエーションに陥っているのだ。けどな、千春。これ、ちょっとした拷問だぞ?
「えっと、織斑一夏……です」
やめろ! そんな期待するような目を向けるんじゃない! 俺は源兄ぃとは違うんだよ! 千春も千春でどの挨拶がインパクトがあるか、とか考えなくて良いから!
助けてくれ、と言わんばかりに窓際で一番前の席に目を向ける。ゆっくりと目を逸らされました。ひでぇよ。
ならお前だ、と言わんばかりに『廊下側の前から三番目』の席を見る。今度は顔引き攣らせながらだよ。ブルータスお前もか。
畜生、こうなったら男は度胸! 何も浮かばない時はこうしろってばっちゃが言ってたって源兄ぃから教わった!
「以上です!」
「もう少しまともな事は言えんのかお前は」
スパーン! と俺の頭から快音が鳴り響く。こ、この角度、速度、そして回転角はっ!
「り、呂布なりーっ!」
「それは本人が言う台詞の一部だ馬鹿者」
パコーン! と更にもう一発。でも源兄ぃに聞いたぞ、世界最強だって。ついでに陳宮が束さんで高順が源兄ぃだって言ってた。
「で、何で千冬姉がここに? 源兄ぃが居るからもしかしたらとは思ったけど……」
「織斑先生と佐倉先生、だ。公私の区別をつけろ戯けが」
メコッ、と今度はグーがっ! グーが脳天にっ!
「おごぉぉぉ……」
「席に着け―――さて、諸君。私が織斑千冬だ。私の仕事は貴様らを泣いたり笑ったり出来なくする事だ、覚悟しておけ」
一瞬の静寂の後、黄色い大歓声が響き渡る。嬉しいのか? けどちょっと待てお前ら、今千冬姉凄い事言ったぞ!?
「冗談だったのだがな……まあ良い。自己紹介を続けろ」
千冬姉も大分源兄ぃに毒されてるなぁ、と思いながらクラスメート達の自己紹介を聞いていく。ん? 代表候補生って何だっけ? えーっとガイドブックガイドブック、っと。
◇
「やっと休み時間か……」
ふぅ、ともう一度ため息をつく。授業自体は予習範囲に収まっていたから問題は無かったな、特に『解らない所は無かった』し。
「少しいいか?」「ちょっといい?」
「へ?」
下ろしていた視線を上げると、そこには見慣れた二つの顔。いや、この組み合わせで見るのは初めてか。
そして何故いきなり睨み合ってんだお前らは。俺に用があるんじゃないのか?
「私はこいつに話がある、下がってもらえるか」
「ご生憎様、私もコイツに話があんのよ」
何このギスギス空間。
「えーっと、箒? 鈴? どうしたんだ一体」
「一夏、誰だコイツは!」「コイツ誰よ一夏っ!」
「え、えっと、こっちが篠ノ之箒でコイツが凰鈴音、お互い話したことあるだろ?」
それぞれ呼んでない方を向いて喋る。小学一年からのファースト幼馴染と小学五年からのセカンド幼馴染だ。
直接の面識はない筈だが鈴の事は箒への手紙に書いた事あるし、鈴には手紙書いてる所見られた事あるしな。名前だけはお互い知ってるはずだ。
「そうか、お前が……私が一夏の『最初の』幼馴染、篠ノ之箒だ」
「そっか、アンタがねぇ……私が『つい最近まで居た』幼馴染、凰鈴音よ」
何この空気。何でこんな剣呑としてんだよ、まるで鍋やってる時の千冬姉と源兄ぃじゃんか。
「あ、箒」
「ん、な、何だ?」
「………。」
箒が視線をこっちに戻すと少し驚いたように表情を崩す。あと鈴がこっち睨んでくる。何なんだよお前。
「手紙にも書いたけど、中総体優勝おめでとう。ホントは応援行きたかったんだけど千冬姉が許してくれなくてさ」
「あ、当たり前だ馬鹿者、平日なのだから学業に励むべきだ……願をかけた甲斐があったな」
「………。」
ん? 何か最後の方が良く聞こえなかったな。そしてドンドン鈴の表情が怖くなっていく。だから何なんだよお前。
「そういうそっちはどうなのだ? 鍛錬は続けているか?」
「あー、まあボチボチって所かな。源兄ぃに言われてなかったら途中で辞めてたかもな」
「そ、それは駄目だ! 全く、幾らアルバイトをするとは言え三年間帰宅部で過ごすのはどうかと……」
「ン、ンンッ!」
箒と話してるといきなり鈴が咳払いをする。何だ、喉風邪か? 季節の変わり目は風邪ひきやすいからなぁ。
「あ、そう言えば鈴って代表候補生なんだな。こっちに居た頃はISの勉強してる感じじゃなかったし、一年でなったって事だろ? 凄いな」
「ま、まあね! それにしてもこっちに来る準備してたらビックリしたわよ、アンタがIS動かせるなんてさ」
「俺も驚いたよ。源兄ぃが居なかったらさっき千冬姉が来た時もパニックになってたかもな」
「………。」
今度は鈴と話していると箒の視線がドンドン冷たくなっていく。ホント何なんだよお前ら。
「わかんない所とかあったら任せなさい。どーせアンタの事だから教本間違って捨てたりするんじゃない?」
「し、しねえってそんな事! それに源兄ぃに解説本貰ったからな、特に解らないって部分は無いぜ」
「ああ、パーフェクトガイドブックってやつ? あれって後で見直すとかなり良い出来なのよね、あのまんま教本にしても良いってぐらい」
一回電話帳と間違えて捨てそうになったのは内緒だ。あのタイミングで解説本届かなかったら間違いなく捨ててたぞ。
「い、一夏っ、私も貰っているぞ。それに……姉さんからもな。だからどうしてもと言うなら私が教えてやろう」
「ああ、やっぱり束さんからも来てたんだ。後でそれ見せてくれよ」
「う、うむ! ならば昼休みにでも―――」
「さっさと席に着け馬鹿者共が」
バババーン! と出席簿アタックが鈴、箒、俺の順にヒットする。え、何で俺まで?
「もう始業のチャイムは鳴っているぞ。今度はグラウンド十周してきたいか?」
「い、いえっ!」
「すいませんでしたっ!」
周りを見ると確かに全員座っている。いつの間にチャイム鳴ったのかは気になるけど千冬姉、ここグラウンド五キロあるらしいじゃん。フルマラソン超えてるじゃん。
「それでは授業を始める。山田先生、お願いします」
「はい、解りました」
あと後ろの方で誰かが立ったり座ったりしてた気がするけど気のせいかな?
◇
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
入学初日からいきなり授業があるというスパルタな校風に気疲れを起こしていると、後ろから声をかけられる。
そっちを向くと、見事な『お嬢様』といった感じの外国人がこっちを見下ろしている。あ、タレ目だ。好きなサイヤ人はターレスなんだろうか。
「まぁ! 何ですのそのお返事は! 私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度と言う物があるのではないのかしら?」
「悪いな。えーっと……オルコット、だっけ?」
「ええ。イギリス代表候補生、入試主席のセシリア・オルコットですわ。以後お忘れなきよう」
へぇ、ここって入試の順位まで出すんだ。競争意識を高めるため、とかそんな感じなのか?
「そうか、よろしく。で、何の用だ?」
「これだから下々の者は……ですが、貴族とは寛大さも求められる者、その態度については大目に見て差し上げましょう」
何だコイツ。生きてる貴族って初めて見たけど何かムカつくな。どことなく演技臭いし。
「そーか、そりゃ大変だな」
「……馬鹿にしていますの? 唯一男でISを操縦できると聞いていましたけれど、期待外れですわね」
「俺に何かを期待されても困るんだが……」
IS関係だと精々源兄ぃのコネを頼れるぐらいだ。千冬姉はそういうの嫌いだし、束さんは論外。
「まあでも、私は優秀ですから。貴方のような人間にも優しくして差し上げますわよ。解らない事がありましたら、泣いて頼まれれば教えて差し上げても良くってよ?」
……はて? 何やら教室の両脇から不穏な気配がするんだが。
「何せ私、入試で教官を倒した二人の内の一人ですから。そう、エリート中のエリートなのですわよ」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「はぁ!? あの場に居合わせた者の中にしか居なかった筈ですわよ!?」
「呼んだ? イギリスの代表候補生さん」
あ、鈴だ。そう言えば鈴は中国の代表候補生なんだよな。って事は、もう一人ってのは鈴の事か?
そして何故箒は俺の隣に来てるんだ? あと何かオーラが出てる気がするが気のせいだろう。うん。
「あら、もう一人と言うのは貴女でしたの。中国の代表候補生さん」
「そ。それで一夏も教官倒したって本当?」
いきなり話の矛先をこっちに変えるなよ。何かオルコットが凄いこっち睨んでんだけど。
「倒したっていうか、いきなり突っ込んできたのを刀で受け止めたら動かなくなったんだけどな」
「ふ、二人だけと聞きましたが……」
「女子ではってオチじゃないの? ってゆーかそれって私達の入試終わってすぐ言われた数字じゃん。あの時まだ一般の試験始まってなかった筈よ?」
「代表候補生でもない者に教官が倒せる筈ありませんわ!」
「ま、それもそうね。ってゆーか落ち着きなさいよアンタ」
そうだ、確か源兄ぃが代表候補生がどうとか言ってたっけ。って事はあの前は鈴達がやってたのか。何だよ、教えてくれたらもう少し早く会えてたのに。
「これが落ち着いていられ―――」
「授業を始める、早く席に着け」
チャイムが鳴り終わる前に千冬姉が教室に入ってくる。それまで思い思いの場所に居たクラスメート達は慌てて自分の席へ戻っていった。そりゃ殴られたくないもんな。
「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明だが……その前に再来週行われるクラス対抗戦にでる代表者を決めないといけないな」
対抗戦? 何か面倒そうな行事だな、まあ俺以外なら誰でも良いけど。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。会議や委員会への出席も行ってもらう、クラス委員長と言えば解りやすいか。
クラス対抗戦は各クラスの実力推移を測る物であり、競争による実力の向上を促す物だ。一年間変更はしないのでそのつもりで」
うわー、そりゃ面倒そうだ。なる人はご愁傷様。
「さて、自薦他薦は問わんぞ?」
「織斑君が良いと思いますっ!」「右に同じっ!」「以下同文っ!」「前略中略後略!」
……そう言えば源兄ぃが言ってたっけ、お前は客寄せパンダだって。
「マジかよ……」
「織斑、辞退は認めんからな。さて、他に立候補は? いないならこのまま―――」
「待って下さい! 納得いきませんわ!」
机を叩く音に反応してそっちを見ると、オルコットが勢いよく立ち上がっていた。その証拠に髪の毛ドリルが揺れている。
「そのような選出、認められませんわ! 大体、男がクラス代表など良い恥さらしではありませんか!
まさかこのセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰いますの!?」
なにこのひと。
「実力から行けば代表候補生である私がクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で勝手に決定されては困りますわ!
第一、私はわざわざ極東の島国までIS技術の修練に来ているのですわ。見世物のようなサーカスをする気は毛頭ございません!」
な に こ の ひ と 。
トリップ入ってて若干怖いんだけど。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で―――」
何だとコラ、そっちだって大したお国自慢もないだろ。
と立ち上がろうとする所に声が被さる。
「ったく、黙って聞いてれば散々言ってくれるじゃないの。それと知ってる? 誘導ミサイルが当たらないようにバレルロールを繰り返す機動を『サーカス』って言うのよ」
その声の主はもう一人の代表候補生である鈴だった。
お前、それはためになる知識だけど今のは俺が言う所だろうが! 中途半端に腰浮かしちまったじゃねーか!
「そ、それに何が文化後進国だよ。イギリスなんか世界一料理がまずい国で何年覇者だっての」
「なっ……! 貴方、私の祖国を侮辱しますの!?」
「先に言ったのはアンタでしょ。あ、織斑先生。私立候補します」
そうだよな、代表候補生だからクラス代表ってんなら鈴もそうだよな。
なんて意識を鈴に向けていたらオルコットの怒りのボルテージが更に上がっていた。
「貴方! 話を聞きなさい! ああもう解りましたわ! 決闘です!」
「おう、良いぜ。四の五の言うより解りやすい」
「ふむ、ならばその意気込みは試合で見せてみろ。一週間後の月曜の放課後、第三アリーナで凰を含めた三人で総当たり戦を行う。各員はそれぞれ用意を―――」
怒気をぶつけ合う話し合いが終わり授業が始まると教室内の全員が思った時、プシュッと空気が抜ける音がして教室のドアが開く。
「おいーっす、ちょいと失礼ー……っと、何だ? ねるとんゲームか?」
二ヶ月ぐらい早いか、と言いながら入ってきたのはIS開発の世界的権威だった。
◆
一夏と鈴とオルコット君が立っている。時間から見ても代表決めの真っ最中だろう。
フッフッフ、同じクラスに捻じ込んだ甲斐があったな。これでもう鈴は2組なのでいないなんて言わせないぜ! グーグル先生にもな!
唯一気になるのは酢豚の約束と対抗戦だが、まあそこは何とかなるだろう。暫く忙しいぜ、一夏君よ。
「……何かありましたか、佐倉先生」
「いえ、専用機持ちに必要な書類を渡しに。ついさっき用意できたそうで、あと四組にも持ってく所です」
視線が怖いぞ千冬さんよ。防音しっかりしてるから中で何話してたか聞けないんだって、ここ。
「そうでしたか、では授業を始めるので手早くお願いします。ああ、良い機会なので自己紹介でもどうぞ」
「んじゃ遠慮なく。技術部長の佐倉源蔵だ。二年以降の整備科、三年の開発科と研究科は俺の下につくことになる。一年は整備実習の時に俺が見る事になるな」
以後お見知りおきを、と締める。俺だって真面目な挨拶くらいできんだよ、束じゃあるまいし。
「そんじゃあ凰君、オルコット君、こっちに」
「あ、はい」
「はい」
二人が席を離れるのと同時に一夏が腰を下ろした。こういう空気は読めるんだけどなぁ、コイツ……。
「必要な書類に記入して今週末までに学生課の窓口に自分で提出するように。提出するまでは自主練習だけじゃなく授業でも展開は禁止だからな、面倒な事になりたくなかったらさっさと出してくれ」
「解りました」
「解りましたわ」
二人とも代表候補生だしこういうのは慣れてるんだろう。が、セシリアの様子が若干おかしい。
「……オルコット君」
「な、何でしょうか?」
「お前また変な事言って喧嘩売ったろ」
「う゛っ」
ビンゴ。初めて会った時と何も変わってないぞコイツ。もうセ尻アッー!・掘るコックと呼んでやろうか。最低だな。
あと鈴は何事もなかったかのように席に戻って書類の確認をしている。早いなお前。
「自尊心を持つなとは言わんが、もう少し冷静に判断できるようになれ。それでもガンナーか?」
「申し訳ありませんわ……」
「それとインターセプターも使え。稼動ログ見たがありゃ酷すぎる。副兵装も使いこなせない奴は三流以下だぞ」
「うぅ……」
「返事はどうした返事は。それとティアーズの稼働率だが……」
「っ!」
流石にいじめすぎたか。もう完全に俯いちまってる。でもギリギリ三割ってこれホント酷いぞ?
「男なんぞにここまでボロクソに言われたくなかったら腕を磨け。そして俺を見返してみろ」
「……はいっ!」
やれやれ、SEKKYOUなんて柄じゃないんだがな。あと涙声やめて。クラス中からの非難の目線が痛いの。
「あー、それと織斑君。君には専用機が用意される事になった、受領の際は君にも彼女達と同じ書類を書いてもらうのでそのつもりで」
「あ、はい。解りました……って、専用機!?」
こっちが仕事用の口調なので自然と一夏の口調も事務的な物になる。そういう切り替えは大事だよね。ラストは駄目だけど。
「貸与機の空きがなくてね、それならいっそ専用機を持たせた方がデータ取得も楽だろうって事。週末には届くらしいが……」
「……えと、ありがとうございます、で良いんですかね?」
「んー、むしろ一人謝らないといけない可能性があるが、まあその辺は君次第だ」
逆恨みだしね。全く、どっちか最初から俺に預けろっての。そーすりゃ今頃どっちかは完成してたのに。
ちなみに貸与機ってのは学園側が成績優秀な生徒に在学中だけ預ける学園所属のISだ。卒業時にコアは返却する必要があるが、稼動データは職場へ送られるので色々と役立つのだ。
「はぁ……」
「それじゃあ俺はこれで。何か知りたい事があれば大抵は第一多目的工作室に居るから聞きに来るといい」
「はい、解りました」
……やれやれ、また薄い本描かれそうだな。けど、これでも一応兄貴分なんでね。
ぽん、と無造作に一夏の頭に手を置く。この十五年、ある状況下で何度もやって来た行動だ。
「女所帯の中に男一人って辛さはお前より知ってるつもりだ、愚痴ぐらいは聞いてやるさ」
「……ありがとう、源兄ぃ」
ホント公私の区別ができねー奴だな、と考えながら乗せた手を離してデコピンをかましてやる。ここで左手使ったらKYだよね。あー使いたい。
「佐倉先生、だ。そんじゃあ励めよ少年少女。目指せISの星、ってな」
◆
その人は不思議な人だった。会って半日も経ってないけど解る。私の隣に居るこの人は変な人だ。そう確信している私の顔が彼女の眼鏡に映っている。
「ん? どしたの簪。そっちの番だよ?」
「ううん……何でも……えと、『雑草などと言う草はない』」
「『今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?』」
「か、か……『カッコイイからだ』」
「えーっと『ダリウス大帝こそが正義だ』」
「それ、違う……ズール皇帝……それにスパロボだよ、それ……」
「あれ? そうだっけ? じゃあねー『騙して悪いが仕事なんでな』」
「……『泣きたい時は泣けばいいんだよ』」
「『避けろナッパ!』」
「それも……違う……前後逆……」
「あちゃー、それじゃ私の負けで」
……どうして私は名言しりとりなんかやってるんだろう。
「にしても先生遅いね。どーしたんだろ」
「さっきの、時間……お腹痛そう……だった」
「ああ、それじゃトイレか。なら仕方ないね」
私と同じ位の長さの黒髪がふわりと揺れる。少し癖の入った髪は頭を揺らす度にそれに合わせてよく動く。
織斑千春。それがこの子の名前。織斑なんて苗字はそうある訳じゃない。それはつまり、
「……出来の良い姉を持つと大変だよねー」
「ッ!?」
バレた!? でもどうして!?
「よくいるんだよね、『気になるから聞いてみたいけどコンプレックスに思ってたらどうしよう』って悩んでる子。同じ顔してたもん」
「あ……その、ごめん……」
「良いの良いの、私は気にして無いから。でも、差し支えなければでいいんだけど……簪もなんかあるの?」
―――ッ。
「その顔は肯定、って事で良いのかな。詳しくは聞かないけど……出来の良い姉を持つと大変だよねー」
「……うん」
会話が途切れる。けど、それはどこか心地良い沈黙で、
「うーっす、お邪魔ー」
先生の代わりに白衣を着た男の人が入ってきた。誰?
「……あれ? アクニャ先生は?」
「さっきから戻ってきませーん」
「多分トイレだと思いまーす」
「何やってんだあの人は……まあ解った、隣のクラスの邪魔にならないようにな」
クラスの皆が答える。だからこの人は誰なんだろう。
「ああ、俺は佐倉源蔵。ここの教師だ。整備系の授業は全部俺の受け持ちだからな、基礎ちゃんとやっとかないと後で泣くぞ?」
「佐倉先生、それで何かあったんですか?」
「ああ、織斑君か。えっと、更識簪って子は?」
え? 私? それにこの二人、面識があるのかな……?
「私……です……」
「ああ、君か。これ、専用機持ちの子に配ってる書類だ。今週中に必要事項を全部書いて学生課の窓口まで持ってきてくれ、それ書かないと使用はおろか整備もできないからな」
「っ……はい。わかり……ました……」
封筒を受け取る時、左手でそっと右手の中指に嵌められた指輪に触れる。
「ああ、それと『千春』。お前に後でプレゼントがある、期待しておけ」
「……まさか」
「そのまさか、だろうな。何、お前にしか出来ん事だ。えこひいきも多分にあるが素直に受け取っておけ」
「はぁ……束さんと言い源ちゃんと言い……」
「なぁに、簡単な話だ。俺にえこひいきされたかったら俺に気に入られるようになれ、ってな」
「相変わらず最低ですね」
はっはっはっはっは、と佐倉先生が笑う……それは全然似ていないのに、あの人の笑顔を連想させられた。
その後ろで教室のドアが開き、どこかスッキリした様子の先生が帰ってきた。
「何してるんですか、佐倉先生」
「ああ、アクニャ先生。いえ、ちょっと書類を渡しに」
「……ああ、専用機の。と言うか佐倉先生は授業、無いんですか?」
「指示だけ出してきました。時間が必要な作業でしたし、この書類は他人に任せられない類の物なんで」
……そうだ、佐倉先生ってあの人に似てるんだ。掴み所が無いって言うか……。
「そんじゃま励めよ少女達。コンダラ引けとは言わんがな」
「佐倉先生、今時そんなネタ解る女子高生なんか居ませんって」
「でもお前解ってんじゃん、って俺が教えてんだもんな。んっじゃなー」
佐倉先生はひらひらと手を振って教室を出て行く。それを尻目にアクニャ先生が授業を始めようとしていた。
でも、私はその前に聞いておきたい事があった。
「……ねぇ、今の人……知り合い?」
「うん。大天災に惚れた大天才、あとブリュンヒルデの幼馴染……やれやれ、出来の良い身内を持つと大変だよね」
「……うん」
大変だって言ってるけど、その表情はとても静かな笑顔で……私も、そう在りたいと思った。
だから、私はこう言った。
「千春……もう一回、自己紹介していい?」
「……私の名前は、織斑千春。改めて、これからよろしく」
「……うん。私は、更識簪。よろしく」
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気がついたら一日で出来たでゴザル。休日パねぇ。
しかし千春殆ど動いてねぇ。詳細は専用機持ちになってからかな……。
あと簪のキャラ解んねぇ。六巻の途中で止まってんだよなぁ……今週中に把握しとかねば。ミスあったらその時に修正します。
◆