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第六話「こんな事もあろうかと」
「おはこんばんちわー」
「お、おは……?」
六花を千春に渡してから数日。何か呼ばれたので一夏達がたむろしてる第二整備室へと足を運ぶ。
そこには一夏達は居らず、簪が弐式の設計図と睨めっこしていた。
「あれ? あいつらどーした?」
「えと……操縦の練習に……」
「煮詰まったから気分転換?」
コクン、と力を失ったように簪が首を縦に振る。んー、割と重症っぽいねー。
「そんで何ができねーんだ?」
「あ……か、荷電粒子砲の……出力調整が……」
「あー、ハイハイ。あれムズいんだよなー」
参考にできるデータがあると大分違うんだが、生憎と手元に無いんだよな。取るのもちょっと時間がかかる。
「それと……マルチロックオンの、システムも……」
「まだ出来てないんかい。そんな完成度で大丈夫か? 対抗戦、来月の頭だぞ?」
「うぅ……」
大丈夫だ、問題ない。と返して欲しかったがそんな余裕もない、と。参ったなこりゃ。
「因みにB案とかって作ってるか?」
「……B案、ですか?」
「そ。現状の案が何らかの都合で通らなかった場合の策だ。今の場合だと荷電粒子砲以外の武装とか、マルチロックオン以外の方法とか」
ふるふると首を横に振る。んー、まあ学生だし仕方ないか。これから覚えておこうな。
「オーケー。なら俺が考えてた案はどうだ? これなら今日中に最終調整まで行けるが」
「え……?」
「こう見えても先生だからな。生徒が困ってるのを黙って見てられるほど薄情じゃねえんだよ」
指を一つ鳴らしてディスプレイを表示する。そこには現在の形と少しだけ違う弐式の姿があった。
そう言えば簪の眼鏡ってディスプレイなんだよな。懐かしいモン使ってんなー。
「荷電粒子砲の代わりにパック換装用のパーツを装備するんだ。六花と共通の規格だから汎用性は高いぜ」
「六花と……」
「とりあえず六花に使えるパックは全部使えるし、火力が欲しいなら……そうだな、プラズマ砲かマイクロウェーブ砲とかどうだ?」
……あれ? マイクロウェーブ砲って条約禁止武器だったっけ? まあいいや。
「でも……ロックオンシステムは……?」
「ああ、簡単な話だ。IFF積んで味方以外の全目標を一斉にロックオンすればいい。簡易的にだがマルチロックオンできるぞ」
「あ……!」
どうしてこんな簡単な事に気付かないのか。少なくともコアネットワーク使って擬似IFFとか再現できるだろうに。
「あの……じゃあ、それで……お願い、できますか?」
「ああ。ただ俺も忙しいんでな、ずっと見てられるって訳でもない。そこは勘弁な」
「いえ……ありがとう、ございます……」
◆
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「何……これ……!」
無事に簪の打鉄弐式も完成し、万全の状態で望んだクラス対抗戦。
第一試合の対戦カードは俺対簪の専用機持ち同士の戦いだった。そこまでは良い。
「避けろっ!」
「く……ぅ!」
だが、その試合の最中に謎の全身装甲のISがシールドを突き破って現れた。
コイツはまずい。よく解らないが白式がそう言っている……気がする。
「お前は一体、何なんだぁっ!」
◆
……あれ? これってまさか俺のせいですか?
レッドランプに包まれた観客席で食いかけのポップコーンを処理していると電話が鳴る。千冬だった。
『佐倉先生!』
「解ってる。えーっと投射型モニターはまだ掌握されてないか。んじゃ緊急避難要綱1の2。
『敵性と思われるISの学園への単機襲撃』っと。はいスタート」
教員権限を使い生徒の避難を開始する。が、その流れもすぐに止まってしまった。
理由は簡単。避難経路が塞がれたから。と言うか俺もアリーナから出れませんがな。
「チッ、悪いがアリーナ内の見取り図くれ。あとリアルタイムの一夏達の状況も」
『解った。山田君がそちらの端末へ送っている筈だ』
「お、来た来た。オッケー、そんじゃ一旦電話切るぞ」
『ああ、こちらでも何とかしてみよう』
さてと、シールドレベルが4だから余程の状況じゃなきゃこっちには流れ弾は来ない。はいOK。
んじゃ次は一夏達か。通信繋がるかな?
「一夏ー、簪ー、聞こえるかー?」
『源兄ぃ! 聞こえるぜ!』
『こちら更識……聞こえます……っ!』
よーし通信は掌握されてないな? なら問題ない。
「これから俺が技術部長権限でお前達の競技用機能制限を開放する。お前らもうエネルギーヤバいだろ?」
『え!? た、確かにヤバいけど……そんな事出来るのか!?』
「俺を誰だと思ってやがる。それにな、技術屋にはこういう時伝統の台詞があるんだ」
『伝統……ですか?』
ああ。耳かっぽじってよく聞きな。
「こんな事もあろうかとぉ! お前らの機体調整した時に機能制限外せるようにしといたのさぁ!」
暗証番号認証、指紋認証、静脈認証、音声認証、全開放承認。
『すげぇっ! エネルギーゲージが二倍になりやがった!』
『凄い……こんなに……!』
「ただ気をつけろよ。その分のエネルギーはお前達を保護する最後の砦だ。それが無くなったら本当にお終いだぞ」
『『了解っ!』』
一夏の左手が開閉を繰り返している。この状況で浮かれるとかアホかアイツは……。
「それと簪、IFF弄って一夏をロックオンしないように注意しろよ」
『はい……!』
よし、これでコイツらはオッケーっと。そんじゃ次はこっちの生徒か。
確か千冬達と一緒に居たよな、箒ちゃん達。ならあの子らに頼むか。
「あー、こちら佐倉。凰君、オルコット君、聞こえるかい?」
『こちら凰! 聞こえてるけど何も出来ないわよ!』
『こちらオルコット。悔しいですが凰さんと同じですわ……』
ありゃりゃ。既に千冬にお叱りを受けた後か。でもな、そうも言ってられんぞ。
―――ゲートロックへの強制介入を開始。現在データを書き換えています。
「悪いが凰君、観客席の六番ゲートまで来てくれるか? それとオルコット君は千春と一緒にピットに出といてくれ」
『観客席? この非常時に何考えてんのよ源さん!』
『そうですわ! それにピットに出た所でゲートが閉鎖されていますわ!』
「黙れ。俺はお前達個人と話しているんじゃない、代表候補生と話しているんだ。返事は?」
代表候補生ともなれば半分軍人みたいなもんだ、この言葉の意味に気付けない事は無いだろう。
―――ゲートロックへの強制介入失敗。データがコンマ一秒単位で書き換えられています。
『りょ、了解!』
『了解しましたわ!』
二人との通信を切り、ついでに一応試みていたロックの解除をやめる。やっぱ物理的にやるしかないな。
「よーしお前らそこどけ離れろー。今からドアぶっ壊すから」
「先生! 助けてください!」
「お願い源ちゃん!」
「解った解った。とりあえず限界まで離れてろ、危ないからな」
ドアに群がっていた生徒達を引き剥がし、俺は白衣の袖を捲る。
やれやれ、あんまりこれやりたくないんだよな。危ないし。
「……俺のこの手が光って唸る! このドア壊せと輝き叫ぶっ!」
最初の一言を音声入力し、左の義手が限界を超えて運転し始めた事を確認する。既に若干熱いが気にしたら負けだ。
装甲の一部が開き、その隙間から何かちょっと人体に悪い感じの光が溢れ出る。決してコジマなアレではない。
「ひぃっさぁつっ! シャァァァイニングッ! アァァァァァッム!」
誰も殺してないがな、と心の中でツッコミながら思い切り左手をドアに叩きつける!
「ぶち抜けぇぇぇぇぇっ!」
左腕の全装甲が展開し中に仕込んであった緊急用ブースターが露出。そのままブースターに点火する。
左腕の残った部分まで吹っ飛びそうな衝撃に耐えつつ、少しずつ歪み始めたドアに力を込め続ける。
「フィニィィィィィィィッシュ!」
指先が入るくらいまで歪んだドアに小指から捻じ込み、全身からひねるように左腕を突っ込ませる。よし入った!
手首と肘の中間ぐらいまでがドアを抜いた事を確認し、俺は肘のロックを解除する。このままだと巻き込まれるからな。
何に? 当然アレにだよ。
「爆破ッ!」
頭を抱えて身を丸め、爆風に飛ばされるように観客席を転がっていく。あ、コレ痛い! 凄い痛い!
「ふぅ……よし、穴は開いたな」
頭を軽く振り、人の肩幅程度の穴が開いた事を確認する。やっぱり自爆装置はロマンだが危な過ぎるな。別のにしとこう。
「ちょ、ちょっと何よこれ! 源さんでしょやったの!」
「ご明察。悪いがIS展開してこの穴広げてくれるか? 責任は俺が取るから」
「……まあ、緊急回避って事よね。もう深く考えるのやめるわ」
それが一番だな。と駆けつけた鈴と二人で納得する。あ、でも火器使うなよ? 俺ら吹っ飛ぶから。
◇
めっこめっこと微妙な擬音を出しながらドアをぶっ壊して避難経路を作る。力仕事に使われる甲龍が泣いてる気がした。
本当なら観客席全てを開放しておきたい所だが、生憎と時間がない。俺の移動経路確保って事で勘弁してもらおう。
「お、来てるな。じゃあ予備の腕付けてる間にIS展開しとけ」
「……まさかまたぶち抜く気じゃないでしょうね?」
「さーて何のことやら」
ピットの工具入れの裏に置いてある予備の腕を装着し、動きを確認する。よし、問題ないな。
……自分でやっといて何だけどさ、至る所に腕が隠してある学校って嫌だよね。
「どうして工具入れに義手が入ってますの……?」
「こんな事もあろうかと、ってやつさ。それと技術部長権限で競技用機能制限を開放する、六花はレーザービームへの換装を」
『よろしいですか、マスター』
「うん、お願い」
『了解しました』
どうやら六花は順調に育ってるみたいだな。今回の戦利品と合わせて……まあ、臨海学校には形になるかな。
「それじゃあ各員最大火力でここのシャッターぶっ壊してみようか。機能制限開放した今なら簡単にぶち抜けるぜ」
「やっぱり……」
「責任は源ちゃんが取ってくださいよ」
「……まあ、ストレス解消には良さそうですわね」
何か一人台詞がおかしかった気がするがまあ良いか。どかーんとやっちゃえ。
「龍咆、最大出力!」
「スターライトmkⅢ、ブルー・ティアーズ……デッド・エンド・シュート!」
「六花! レーザービーム、フルバースト!」
『思いだけでも、力だけでも。ですね』
後半になるにつれておかしい気がしたが無視する事にしたぜ!
三人分の火力は如何にIS用ゲートと言えどもオーバーキルだったらしく、爆炎と共にその殆どが吹き飛ぶ。爽快な光景だ。
「よし、それじゃ行って来い!」
「「「『はいっ!』」」」
俺が声をかけると三人はスラスターを吹かせてアリーナへと飛んでいく。俺に出来るのはここまで、かな?
「っ!」
はい違いましたー! って言うかちょっと箒ちゃん! お前生身でどこ行く気だよオイ!
『一夏ぁっ!』
と言うかいつの間にマイク盗んでますか君は。これ始末書もんだぞコラ!
『男なら……男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』
ビシッと決めたつもりか? けどゴーレムの不揃いのセンサーアイがこっち向いてますよね箒ちゃんよぉ!
「啖呵は良いけどその後の事考えろ馬鹿娘っ!」
「きゃあっ!?」
箒ちゃんの腰を抱えて全力でピット内へと走って戻る。って撃ってきた! 原作になかったよなこの攻撃っ!
「どっこいしょぉぉぉぉっ!」
「っく! 源蔵さん、何を!?」
「馬鹿野郎! そりゃこっちの台詞だこの掃除用具! 生身でISの前に出るとか死にたいのかお前は!」
ピットの隅へ転がるように退避し、箒に説教をかます。SEKKYOUとか言ってられる状況じゃないぞ今のは!
「いいか、俺にとって『篠ノ之箒』って個人は『篠ノ之束の妹』でしかねぇ。解るか? 惚れた女の妹に怪我なんざさせたらアイツに会わせる顔がねぇんだよ!」
「―――っ、す、すみません……」
「……まあ、解ればいいさ。悪いな、こっちこそ怒鳴り散らしちまった」
そもそもこの状況が束のせいだってのは一旦置いておこう。いつか身体で返してもらうから。
『佐倉先生! 織斑君が!』
と、ピットの上にある管制室からやまやの声がする。スピーカーの制御取り戻したのか?
「何だ、まさか敵のビームの中突っ込んだとか言うなよ!?」
『そ、そのまさかですぅ!』
「……勘弁してくれ」
何のために過剰なくらいの増援送ったと思ってんだよ、あの馬鹿。
……まあ良い。とりあえず残骸の回収だな。
◇
IS学園名物地下50メートル研究所。まあ名物と言うか「なぜ作ったし」レベルの代物なんだが。
そこに今回の襲撃者が横たわっていた。流石に過剰戦力との戦いでボロッボロだがコアは無事だ。ならば良しとす。
と、この部屋唯一の扉が開いた。機密保持の都合上仕方ないんだろうが、これって機材出し辛くてしょうがないんだよね。
「源蔵、居るか?」
「んあー? ああ、千冬か。解析結果聞くか?」
「ああ、頼む」
来たのは千冬だった。って事はそろそろ一夏が目ぇ覚ました頃か。解りやすくていいな、このブラコンとシスコンは。
一夏も何か知らんが完全に簪フラグ立ててたし、原作より面白い事になってそうだ。が、悲しいけど今って勤務時間中なのよね。
「メインフレームボロボロ、駆動系ズタズタ、胴体部分に至っては穴だらけだ。コアが無事なのが不思議なくらいだな」
「……それで?」
「ビーム関連は南アフリカ製のパーツ、足回りはメキシコ、基礎フレームは中東のかな。あくまで勘だけど」
勘なので当然ながら報告書には書けない。が、それを当てにして動けるのが人間だ。
「全く……こんな物が作れるのはやはりアイツだけだな」
「だろーね。センサーはオーストリアとイスラエルの両方の特徴があったし、何よりそん中に詰まってる物が異質すぎる」
「……と言うか、この状況の物を見てよく判別がつくな、お前は」
台座に並べられているゴーレムのパーツ群を眺めて千冬がため息をつく。確かに素人目には何も解らないだろう。
ビームの熱で変形した物、柳葉刀で真っ二つにされた物、ガトリングガンで蜂の巣になった物etc…。
「まあ、熱で変形したとしても特徴ってのは残るもんだからな。見せる奴に見せれば解るさ」
「そういうものなのか?」
「そういうもんだ。あ、コアは技術部預かりにして良いか? 時間かければ解るかも知れん」
「本当か?」
すんません嘘です。このコア使いたいだけです。
「……まあ、一介の教師が何を言っても無駄か。それでは頼みます、『佐倉博士』」
「ええ、頼まれました。『ブリュンヒルデ』」
さぁて六花。待ってろよぉ!
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ゴーレムさん出番殆どないでゴザルの巻。と言うか前線に出ないせいかサクサク進む。
とりあえずここで一巻相当分終了。打鉄弐式が原作と比べて若干火力不足です。でもその分燃費その他は良い。
次は遂にあの二人が登場します。戦闘描写は二巻分だと……千春視点で一回ですね。マジ少ねぇ。まあ良いや。
どうせパックのお披露目回だし。何気にラウラの天敵だったりします、お楽しみに。
……源蔵に他のSSの機体解説モドキとかやらせてみたい今日この頃。
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