◆
第七話「カッコイイからだ!」
「……最近、学園側の俺に対する扱いが酷いと思うんだよ」
「は、はぁ……」
気温も上がってきた六月。俺は最寄の国際空港まで足を運んでいた。理由は簡単、二人の転校生の受け入れである。
……あのさぁ。何で技術部長って肩書き持ってる人間がパシられなきゃいけないわけ? しかも何でわざわざ転校生迎えに行かなきゃ行けないわけ?
それに最近何故か俺ばっかアリーナの整備やってる気がするし。重機動かすのってケツに来るんだよ?
で、俺の隣には明日からの転校生。シャルロッ……シャルル・デュノア君が旅行用のキャリーバッグを持って立っている。
大人気ないとは解っているが、こちとら愚痴ってないとやってられないのである。ラウラ来るまで時間あるし。あ、座れば?
「で、どうだ? 最近そっちは」
「そうですね……大きな事は何も。リヴァイブは少しずつ手を加えてますけど」
「何だ、まさか黒の棘尾外したとか言うなよ?」
黒の棘尾<ブラック・テイル>、全ての第二世代武器中で最高の火力を誇るパイルバンカーである。装弾数一発。
まあ要するに原作で使っていた【灰色の鱗殻】と同種の武器なのだが、やっぱり中途半端に何発かあるよりはロマンがある。
どうせ原作通りの仕様になってるんだろうが……そう言えば何で機体名英語なんだろ。ラファール・ラニメ・クチュン・ドゥ、とかじゃねーの?
「そのまさかです。流石に一発きりじゃ使い勝手が悪すぎるので灰色の鱗殻って武器に変えときました」
「何だよぉー、そこにロマンがあるんじゃねーかよぉー」
「ロマンにこだわって負けたら元も子もないじゃないですか」
馬鹿野郎! ロマンのない勝利など米のないカレーライスだ! それただのカレーだ! ナンでも食ってろ!
「全く、これだから『女の子』はロマンが解らんと言われるんだ」
「―――ドクトア。『僕』は『男の子』ですよ」
……全く。ヴァンの野郎、ここまで徹底的にやらんでも良いだろうに。どうせすぐバレるんだし。
「そりゃ学園行ってからの話だろうが。それに俺は知ってるんだし別に良いだろ」
「……そう、ですかね?」
「ああ。もし辛くなったら俺ん所に来い。人目気にしないで済むぞ」
「……ありがとうございます」
と言うか身体測定とかあるの思いつかなかったのか? 俺が担当になってなけりゃ一発でアウトだったぞ?
「それにしても日本語上手いな。前会った時よりずっと綺麗な発音だ」
「ありがとうございます。それなら学園でもやっていけそうですね」
「まあ問題ないだろ。むしろもう一人の方が……あ、来たな」
国際線の到着を知らせるアナウンスが鳴り、俺と『シャルル』はベンチに下ろしていた腰を上げる。
「もう一人ともお知り合いなんですか?」
「ああ。お前に会う少し前にドイツに居てな、その頃に」
「そう言えばそうでしたね。ドクトアってやっぱり凄い人なんですね」
はっはっは、褒めろ褒めろ。あと無自覚なハニートラップを仕掛けようとするな、それは一夏にやれ。
「お、居た居た。おーい、ラウニャー」
「……私の名前はラウラ・ボーデヴィッヒだと何度言ったら」
「って事でコイツがもう一人の転校生。仲良くしてやってくれ」
「は、はい」
「………。」
おいおい、そんなに睨むなよ。照れるじゃないか。
「それじゃあラウラ、荷物はそれだけか?」
「はい。必要な装備は別途で本国に申請しますので」
「そうか。じゃあ行きますか」
踵を返して駐車場へ。そう言えば最近、護衛のグラサンスーツが居ないんだけど何で? 政府さん、僕要らない子?
「でもなー、最近は色々と頑張ってんだけどなー。コア無しで動くアシストスーツとか」
「何なんですかいきなり」
「………。」
IS学園の校章をボンネットにデカデカとペイントしたランチア・ストラトス、通称『ISカー』で高速をひた走る。
因みに二人乗りの車なので助手席にシャルルとラウラの二人を乗せている。二人とも小柄なのでギリギリ乗れているが料金所が怖い。
「いやさ、とある国の政府とか色んな所からの要望でね。流石にIS以上とは言わんがデッドコピーとかは作れないか、って」
「できてるんですか?」
「試作品はね。コアの謎動力は再現できないからシールド系はほぼ全滅だけど」
何気にエネルギー系大火力砲の次にエネルギー使ってるんだよね、シールドって。特にエネルギーシールドとか。
「シールドが無いって……空気抵抗とか大丈夫なんですか?」
「まあモロに受けるわな。あとPICと武装量子化も全面カットだな、コストが割に合わん」
「確かにその辺ってISの中でも金食い虫ですからね……」
お、流石に自分の家がどこで資金使ってるかとかは知ってるんだ。まあテストパイロットだしな。
「だからいっそ飛ばさないでレスキューとかに使うって方向性になると思う。あとは機械化歩兵か」
「……分隊支援火器の個人使用等ですか?」
「ああ。他にも使い道は色々とあるが……例えばコレだな」
俺はフロントガラスに指を一つ鳴らす。と、車の内装が全て消えて外の景色を映し出し始めた。
正確には内装に合わせてモニターが起動し、車に搭載されたセンサーから入手した映像を映してるだけなんだが。
「わっ!?」
「これは……」
「こーやって運転用の視界確保、とかな。ハイパーセンサーと空間投射ディスプレイのちょっとした応用だ」
シートやハンドルがいきなり空中に浮いているのは中々に恐怖心を煽るが、慣れてしまえば全方向が見れてむしろ安全だ。
当然ながらこの改造は日本政府には秘密だったりする。8ナンバーの車検料は魅力的だが果たしてこれで取れるかどうか。
「本当なら腕生やしたいんだが時間がなくてな。変形機構入れると車としての耐久性が怖くてさー」
「「………。」」
「なぜそこで黙る。あとはエアバッグ代わりにカードリッジ式のエネルギー積んだバリアーかな」
多分一個で車一台買える値段になるけど。誰が買うんだそんなモン。
「他にもPICとスラスターをバイクに乗せて空飛ばしたりとか、色々やってんだよ」
「はぁ……」
「………。」
何だろう、この『凄いんだか凄くないんだかよく解らない人』を見る目は。
あとラウラそっぽ向くな。お兄ちゃん悲しい。
「あ、そうそう。デュノア君の寮の部屋だが、織斑一夏と同じ部屋になるらしいぞ」
「っ!」
「……はい。解りました」
お、ようやくラウラも反応したな。お前さ、軍事と織斑家以外ホント興味ないよな。
「ある一部が壊滅的に鈍感な事を除けば基本的には気の良い奴だ。仲良くしてやってくれ」
「……その一部が凄く気になるんですけど」
「はっはっは、生徒の個人情報をそう軽々と教えられる訳がないだろう?」
「どの口が言いますか!?」
この口。どーせ一日で解るような事だし別に良いじゃんよ。
◆
今日から本格的に実機での授業が始まるらしいんだけど……あれって山田先生か?
って、こっちに落ちてくる!? まずい!
「ひゃぁぁぁ~! どいて下さぁ~い!」
「うおぁっ!?」
ドゴーン、と結構前に俺がやったようにグラウンドにクレーターが出来上がる。
俺はギリギリで白式を展開したが、結局衝撃を殺しきれずに山田先生ごと転がってしまった。
「あいたたたた……先生、大丈夫ですか?」
「は、はい……あの、織斑君……その、手が……」
「へ?」
手? 左手は頭を抑えてる。じゃあ右は? 何か柔らかい物を掴んでいる。もとい握っている。
……胸部装甲だ。そうだ、これは胸部装甲なんだ、衝撃吸収素材の。だから俺は悪くない!
「っ!?」
「ふふふ……次は当てますわよ?」
立とうと身体を起こした直後に二筋の閃光が俺の前を横切る。この色はセシリアのビームだ。
そ、そりゃそうか。事故とは言え先生の胸を思い切り揉―――って何だ今のガシーンって!
「一夏ァッ!」
「ちょ、お前それ洒落にならねぇっ!」
「問答―――無用ぉっ!」
鈴の甲龍が持つ柳葉刀――青竜刀って言うと源兄ぃに怒られる――、双天牙月が連結されてこっちに投擲される。
真正面から投げられたそれを間一髪で回避するが、確かあれって戻って来るんだよな!?
「って、アレ?」
「……戻って来ない?」
「あったしはぁ~荒野のぉ~はっこび屋さぁ~」
見失わないようにハイパーセンサーを使いながら目で追うと、何故かいつもと違って直進を続ける双天牙月。
そしてその先にはコンテナを満載した牽引車を運転する源兄ぃの姿が。暢気に歌なんぞ歌ってます。
「ってそんな場合じゃねぇー! 源兄ぃ! 逃げてぇー!」
「でありま……ってうおぉ!?」
「駄目ですわ! この角度では!」
セシリアがライフルを構えて撃ち落とそうとするが、角度が悪いのか撃てていない。
俺も瞬時加速を使って双天牙月を追いかけるが、当然ながら間に合わない。
「舐めんなオラァッ!」
……けど、源兄ぃはやっぱり俺の想像の上を行っていた。
牽引車から飛び降りて、自分から双天牙月めがけて走り出した!?
「キャアァァァーッ!」
クラスの誰かがこの後の惨劇を予想して悲鳴を上げる。だが、俺にはハッキリと見えていた。
まるでスローモーションになったような世界で、双天牙月の刃が目の前を通り過ぎた瞬間に源兄ぃの左手が伸びる。
そのまま柄に指を添えて身体を捻りながら手首を返し、竹とんぼのように回る双天牙月の下へと潜り込んでいく。
そして指先の力だけで双天牙月の軌道を調整し、自分の頭上へと持ってくる。その慣性を殺さないように手首、腕への動きが大きくなる。
……気がついた時には源兄ぃ自身が何度か双天牙月を回し、ゆっくりと回転速度を下げている所だった。
「この凶暴チャイナが……何しやがるんだ、よっ!」
いや、それだけじゃない。速度を落としつつも源兄ぃは双天牙月を振りかぶり、こちらへ投げ返してくる。
ただ流石に腕力が足りなかったのか、それは何メートルか飛んだ後に地面へ深々と突き刺さっていた。
「ふぅー……っとに危ねぇな。おいやまやテメー、ラファール展開しといて何ボーっとしてんだよ」
「わ、私だって撃ち落とそうとしてました! ただ射線上に佐倉先生が居たから撃てなかっただけです!」
「まあ良いか。オイ鈴! テメー後で始末書と反省文と本国への報告書だぞ! 解ったな!」
鈴を指差してから停車していた牽引車に源兄ぃが乗り込む。その迫力に俺達は何も言えなくなっていた。
「……凰、オルコット。お前達の相手は山田先生だ。良いな?」
「は、はい……」
「源さんの相手させられるよりはずっと楽だわ……」
俺も同感だよ。と鈴の呟きに頷いていると、牽引車を操作して源兄ぃが千冬姉の後ろに移動してきた。
牽引車には六つのコンテナが連結されており、前の三つに『打鉄』、後の三つに『疾風』と達筆で書かれていた。
「へい訓練機お待ち。打鉄三機とラファール三機」
「どうも。大丈夫でしたか、佐倉先生」
「織斑先生の鉄拳に比べりゃ、尖ってるだけの鉄板なんざ布切れと大して変わりませんよ」
そして源兄ぃはどうしてこういう余計な事を言うんだろうか。千冬姉に攻撃されるの解ってるだろうに。
あ、源兄ぃのTシャツにも『打鉄』って書いてある。見た感じだとコンテナのと全く同じだし、プリントの柄なのかな。
「げほっ、ごほ……まあ回転角と突入角度さえ解れば簡単ですよ。物理の勉強です」
「……相変わらずですね、佐倉先生は」
「人間そう簡単に変われるもんじゃないって。あ、そろそろ終わるな」
源兄ぃが空を仰ぎながら言うと、丁度鈴とセシリアが山田先生にグレネードでまとめて吹き飛ばされた所だった。結局模擬戦見てなかったな。
◇
シャルルの班のメンバーが千冬姉にまとめて頭を叩かれているのを横目に眺めていると、源兄ぃが俺の班へやってきた。
「うっす。どうだ調子は」
「まあまあかな。やっぱり皆飲み込みが早いよ」
「まあ物珍しさだけで入学できてるお前とは違うからなー」
うっ……確かに言われてみれば俺以外、全員が全国クラスのエリートなんだよな。千春だってそうだし。双子なのに……。
「そう言えば打鉄の設計したのって源兄ぃなんだよな?」
「ああ。第二世代機の国内コンペがあった時に正体隠して応募したらブッチギリで採用された」
「何やってんだよアンタは……」
俺達の班が打鉄を使っていたので、ふと源兄ぃが関わってた事を思い出して尋ねたらしょうもない答えが返ってきた。
「ちなみにラファールも色々あって最終的に俺がやった。元々はデュノア君の機体に近い設計だったんだが、安定性を高めるために今の形に変えたんだ」
「へぇ……じゃあシャルルのやつの方が元々の形なんだ。ラファールのカスタム機って聞いたけど」
「ああ、あれもあれで俺がちょっとばかし手を加えてるがな。純粋な主機出力だとカスタムの方が高いぜ」
そうか、じゃあ世界で使われてるISの殆どは源兄ぃ製って事なのか? あ、でも専用機は流石に違うか。
「そう言えば源兄ぃ、ISって装着する時にガニ股になるのは直せないのか? 俺はともかく女子がそのせいで歩き辛そうなんだけど」
「って言われても、元々歩く為に作った脚部じゃないからなー。足なんて飾りですって言った阿呆も居るくらいだ」
当然ながらそんな輩は粛清しておきました、と笑う源兄ぃ。だから何やってんだよ……。
確かに宇宙開発用のスーツに脚はあまり要らないだろうけど、今は地上で動く事もあるんだし少しは考慮して欲しいかな。
「あ、源兄ぃ。そう言えば一つ聞いておきたかったんだけどさ」
「ああ、何だ?」
「何でISってこんなゴテゴテしてるんだ?」
あ、何か今押しちゃいけないスイッチ押した気がする。
だって源兄ぃの目が光ってるもん。こういう反応の時は大抵しょうもない理由の時だ。
「それは……カッコイイからだっ!」
……やっぱり。
◆
「と、言う事が昨日ありましてですね」
タッパー丸ごと酢豚の昼飯とかその午後の俺の受け持ちの授業とかもありましてですね。
因みに今日は3と4組の授業の日でしてね。あとここは原作同様1学年は4クラスでしてね。じゃないと俺が死ぬ。過労で。
「はぁ……」
「昨日一夏が言ってたのはそれだったのね……」
今日は早めに準備して待っていると千春と簪が一足先に出てきた。自前のスーツ持ちって早いんだよな。
簪は原作通りの黒地にオレンジのノーマルな物だが、千春は少しばかし形が特殊だ。
紺地に白とカラーリングは一夏と同じだが、首元が開いており肩周りが大きく露出している。
―――要するに競スク型だ。無論俺の趣味だが、決して無意味と言う訳でもない。
六花は肩にパックのジョイントがあり、それを支える可動型の装甲が肩に装着されるので露出していようが問題ないのだ。
「因みに俺は千冬みたいに甘くないぞ? 騒いだら島一周させるからな」
「何キロあるのよ……」
それは秘密だ。
「でもさー、あの子らも大変だよねー。政府の意向だか何だか知らんがあんな激戦区に放り込まれてさ」
「確かに一組は専用機持ちばかりだけど……激戦区?」
「鞘当的な意味で。訓練機の圧迫が無いから転入自体は楽なんだけどさ、条約絡みで国との交渉がまた大変なんだよ……どこも一枚岩じゃないし」
「いや、いきなり政治的な話を出されても困るんですが……」
「だって事実だしなー」
軍部が転入良いよって言ってるのに外務省が駄目だとか言い出したりするしね。お前ら仲良くせいっちゅーねん。
「その点日本は気楽だよな。一番動かしやすい代表候補生を同じクラスにしないし」
「……? 私……ですか?」
「タカくくってんだよな、他の国に行く訳無いって。ここの生徒会長の事忘れてんのかね」
「ゴメン源ちゃん、話が見えない」
「だから、ハニートラップ要員だよ。和名だと色仕掛け」
「い……っ!」
ぼんっ、と簪の顔が赤くなる。自分が一夏にそうしてるシーンを想像したんだろうか、エロい奴め。
あと千春さん、怖いんで睨まないで下さい。そうしてると千冬にそっくりなんだよオメー。
「って言うか源ちゃん、仕事は? 他のクラスの授業とかあるんじゃないの?」
「生憎と今は三年の開発科と研究科の時間でな。元々あの連中は頭良いからほっといても勝手にやってんだよ」
『それは大丈夫と言って良いんでしょうか?』
六花よ、暫く見ない内に随分とツッコミが上手くなったな。あと急に喋るな、ビビるから。
ん? ああそうか。簪がまだ帰ってきてないのか……って、まさかお前らこの状況に慣れてるのか?
「あとこっちの組は専用機持ちが少ないからな、俺も操縦を教える側に回るんだよ」
「え? 源ちゃん操縦できたっけ?」
「別に操縦できなかろうがイメージを伝える事はできるんだよ。それに、俺を誰だと思ってやがる」
『変態ですね。技術を持った』
変態に技術を持たせた結果がこれだよ! ってやかましいわ。
「何をやってるんですか、佐倉先生……」
「ん、ああ。アクニャ先生。おはようございます」
「……おはようございます。織斑さん、更識さん、済みませんが一つ模擬戦を頼まれてくれませんか?」
朝っぱらから憔悴した様子のアクニャ先生が現れる。ストレスはお肌の大敵ですよ。
しかしこの二人の模擬戦か、良いね。面白そうだ。
「解りました。簪ー、そろそろ戻ってきてー」
「で、でも私……おっきく、ないし……え、だがそれが良い……? ―――ハッ、な、何?」
「模擬戦だって。操縦の前にどういう物かを見せたいんだって」
「あ……うん、わかった……」
一体簪の中で一夏はどんな奴になってるんだろうか。すげぇ知りたい。
あと千春のスルースキルが異常なまでに鍛えられている件について。
「それで、まさかアクニャ先生がお相手を?」
「まさか。二人にやらせますよ」
「なーんだ。久々に『闘牛アクニャ』の暴れっぷりが見れると思ったのに」
「む、昔の話ですよ。昔の。あははははは」
嘘つけ。榊原先生と酒飲み行って『組』一つ壊滅させたって聞いたぞ、元スペイン代表。
「あ、そう言えば佐倉先生」
「ん? どうした織斑君」
簪と準備運動をしていた千春がこっちを向く。まだ始業時間ではないが、他の先生の目があるのでちゃんと切り替えをしているのが偉いな。
「どうしてISのインターフェースってイメージ操作なんですか?」
「開発時のテストパイロットが誰だったか考えてみな。ホラ、あいつ結構機械に弱いじゃん。お前ん家にDVDデッキ置いたらその前で三時間唸ってただろ」
「……聞かなきゃよかった」
今頃一組の教室では担任がくしゃみをしているだろう。
◆
やれやれ、聞くんじゃなかった。しょーもなさすぎるわね。
「千春……そろそろ……」
「オッケー、それじゃ六花。行くわよ」
『諒解』
ああ、今日はそれなのね。解った、付き合ったげるわ。
「鬼に逢うては鬼を斬り」
『仏に逢うては仏を斬る』
「ツルギの理、ここに在り!」
一度左手で顔を隠し、握りながら思い切り前に突き出す。その手を開いた瞬間、私は光に飲み込まれた。
『六花・グラップラー、展開完了』
それは簪にも見せた事の無い、新たな力。だって昨日完成したばっかりだしね。
肩、背中、腰のジョイントから1メートル以上の鉄の塊が生えたような姿。それが今の六花の姿だった。
「あれ……? それ……」
「新しいパック。楽しもう、簪」
「……うん。それじゃあ……先、行ってるね……」
既にガードパックの『フォートレス』を見せた事があるせいか、簪は一言で納得してくれた。
「へぇ、早速そいつ使うのか。相性はあんま良くねぇぞ」
「大丈夫です。って言うか、弐式は全体的に隙が無いから相性もへったくれも無いですよ」
「それもそうか」
始業のチャイムが鳴るのと同時に空へと飛び上がり、20メートルほどの距離をとって打鉄弐式と向かい合う。
簪の背面装備は大出力の可変速ビームランチャー【V.S.B.R.】か……遠距離に持ち込まれたら駄目ね。
『制限時間は十分、外に出ないようにね』
「はい!」
「はい……!」
『それじゃあ、試合開始!』
アクニャ先生の合図と共に私は前へ出る。それと同時に六花側の制御で手の中にGAU-ISが収まる。ナイスタイミング!
「ダダダダダダダダァーッ!」
「当たらない……!」
『もーうまーんたーい、です』
反動を抑えるためにGAU-ISを腰溜めに撃つ。本来ならそれでも集弾率は悪いけど、生憎と私は一人じゃない。
そう、六花がパワーアシストに回すエネルギーをリアルタイムで調節してくれている。特に今回は接近するまで六花の出番は無いしね。
「この……! コンテナ1、展開……発射!」
「げっ!」
『熱源8、接近中。ミサイルです』
「まだ……ヴェスバー、高速モード……!」
本来ならマルチロックシステムにより『敵の迎撃を回避しながら追尾する』ミサイルだが、簡易マルチロックシステムで稼動している現在は純粋な追尾弾だ。
簪はマニュアル入力によりそれと同等の攻撃が可能だが、現在装備している背面パックの都合によりそれをするのは多少手間がかかる。
が、別に牽制として使うならわざわざ難しい制御を行う必要は無い。第一、八発程度のミサイルが直撃してもシールドエネルギーは大して削れないのだ。
「六花! ミサイルは私が迎撃するからビーム射撃警戒!」
『了解。V.S.B.R.内に高熱源確認、射撃可能まであと約3秒』
「早いっての! ……よし、迎撃完了!」
「遅い……!」
両手の装甲を量子化して外し、マニュアルでヴェスバーを高速モードへ切り替えて射角調整まで行う。直後、空に二筋の光が走った。
粒子ビームを高速で放ち、貫通力を持たせるタイプの射撃。パーツの破壊ではなく絶対防御の発動を狙った攻撃である。
「次弾発射まであと何秒!?」
『二十秒と推測―――警告、熱源16接近中。ミサイルです』
「ああもう埒が明かない! 突っ込むわよ!」
『了解。エネルギー調整をパワーアシストからスラスターへ変更します』
接近戦を警戒しているのか、簪はアウトレンジからの攻撃しかしてこない。
が、今の装備でそれを選択していると言う事は、両手をその制御に使っていると言う事だ。
それなら一度接近してしまえばこちらの勝ちは間違いない。ならば突っ込む。どうせ大した威力じゃないし。
「来た……!」
『警告、近接用装備を確認。作戦が読まれています』
「問題なし! 六花、メガアーム展開!」
『了解。以降アーム制御へリソースを割り振ります』
弐式が対複合装甲用超振動薙刀【夢現】を持っているのが見える。確かに簪は接近戦でも強いけど、それはお互いに腕が二本だったらの話。
六花が肩、背中、腰のロックを外し、『グラップラー』の真の姿を見せる。バシャ、という音と共に折り畳まれていた『六本の腕』が開放された。
近接重量型ISの主腕出力並みのパワーを持つサブアームによる格闘戦、それがアームズパックの真骨頂だ。
「マシンアーム……!?」
「行っけぇぇぇぇっ!」
簪が気づくがもう遅い。弐式の機動性は高いけど、グラップラーパックはそんなに重くない。だからこの距離なら逃げられない!
「しまった……!」
「六花!」
『一番、二番、敵IS主腕拘束完了。三番、四番、五番、六番、攻撃開始』
四本爪のアームがガッチリと弐式の腕を掴み、機体を密着させて夢現の間合いよりも内側に入る。この距離なら薙刀は逆に使い辛い筈だ。
私もGAU-ISが使い辛くなったので量子化し、左腕に格納してある特殊複合ナイフを展開。超至近距離で簪めがけて振るって絶対防御を発動させる。
その間も目まぐるしく背中と腰のアームが弐式のアーマーを殴り続け、あっという間にシールドエネルギーがゼロになった。
『バトルオールオーバー、バトルオール痛っ!』
『なにやってんですか佐倉先生! ……試合終了。勝者、織斑千春。二人ともご苦労様、降りてきて』
◆
千春が簪に接近戦を仕掛け、運良く捕まえる事ができたので勝負は千春の勝ちになった。
まあ試合の運びとしては遠距離で戦う簪と近距離戦に持ち込もうとする千春の組み合わせになったし、タイプが噛み合わない場合の試合としては良い感じだったろう。
で、今は何をやってるかっつーと、
「通常兵器でISを倒す事は実は不可能じゃないぞ。まあ、一個師団で足りるかどうかは解らんが」
何故か戦術講義みたいな事になっている。アルェー?
俺は首をかしげながらも次の生徒にラファールに乗るように指示する。まだ授業中なんだぜ。
「でも佐倉せんせー、ISにはシールドバリアーがあるじゃないですかー。攻撃は当たりませんよー?」
「当たりはしないがエネルギーは減る。ゼロになれば動けなくなるからそれでアウトだよ」
「でも機動性を高くすれば当たらないんじゃないですか? そうすればエネルギーも減りませんし」
んー、まあ中学出た直後じゃこんなもんか。
「飽和爆撃って知ってっか? 絶え間なくミサイルやら何やらをぶち込み続けるんだ。そうだな……ざっと48時間ぐらいか」
「えー、きっと大丈夫ですよー」
「そりゃ機体はな。だが中身が持たん。丸二日爆音と衝撃に包まれてみ、まずアウトだ」
若干想像し辛いが、爆発音や振動というのは割りと精神に来るモノだ。
そりゃ想像できる経験なんざ無い方が良いが……この学園の生徒である以上はそういう事も考えなきゃならん。
「でも先生、そもそもそんな攻撃受け続けるとかならないんじゃないですか?」
「ネックはそこなんだよなー。逃げられたらお終いだし、そもそも一体だけとも限らんし。三体以上一緒に居るとさっきの作戦効かないし」
「ふーん」
あ、興味ないのね君達。先生ちょっとショック。
とか黄昏てたらさっき送り出した子が戻ってくる。はい次ー。
「それよりセンセー、聞いて下さいよー。こないだ私、町でイケメン見つけたんですよー」
「……またその手の話題か。で、連絡先の一つでも聞いてきたのか?」
部活か何かで上級生から『アレ』を聞いたのだろう、確かこの子は一度もその手の相談はしてこなかった筈だ。
「えーまー。それでセンセー、こういう事の相談に乗ってくれるって先輩に聞きましたけどー」
全部ビンゴかよバッキャロウ。別に乗りたくて乗ってる訳じゃねーんだよ。ファッキン。
……ここIS学園には、俺を含めて常時居る男が片手で足りるくらいしか居ない。
更に気楽に相談ができる相手、となると更に減る。この時点で一夏はただのパンダだからアウトだ。
そこで轡木さんか俺かになる訳だが、そこは花の女子高生。悩みなんて色恋沙汰と体重の事が八割である。
で、年齢の関係上、色恋沙汰が俺へと回ってくるのだ。彼氏持ちはむしろ既婚者の轡木さんの方へ行くが。
「……そんで聞きたいのは何だ? 細かい所は俺にも解らんぞ」
「んー、男の人ってどういうのが好きなんですかー?」
知るかボケ。
「むしろ『絶対に許せないのは何か』を本人にそれとなく聞くのが一番だぞ」
「えー、何ですかそれー」
「個人の嗜好ってのはそれこそ千差万別でな。そいつ自身の事を知らん事にはどうしようもない」
「おっかしいなー……センセーに聞けば大丈夫って聞いたのにー……」
だから知るかボケ。
……こちとら最初期からISに携わってるせいか色々な異名を持っている。左手がサイボーグだから『神の手』とかな。
そしてその中に『整備の神様』というのがある。俺が弄った機体は他の連中が弄るのより遙かに性能が上がるから、だそうだ。
そりゃIS技術広めたの俺達だからな、俺達が作業しやすいように規格作ってんだよ。それもある意味当然だ。
そしてここからが問題なんだが、当然ながらそんな異名も学園内に広まっている。そりゃそうだ、IS絡みの話なんだから。
けどどこがどうなったのか『整備の神様』のご利益が『恋愛成就』になっている。どうしてこうなった。
まあ、理由はおおよそ察しはつくが。
「男ってのは単純なもんでな、余程の事がなけりゃ女の事は嫌わない……いや、嫌えないようにできてるんだ」
「そうなんですかー?」
「そうなんですよ。だから多少小奇麗にしてれば嫌いはしないさ。あ、でも高慢な奴は大抵嫌われるぞ」
「んー、わかりましたー。あとでそれとなく聞いてみますー」
この学園の生徒ってこのレベルのアドバイスで十分なんだよな。顔は全員良い方だし、ここの生徒ってだけでかなりのステータスだし。
だから最低限の事を言ってやるだけで上手くいく。そしてアドバイスに乗ってやった結果が『恋愛成就』な訳だ。どうしてこうなった。
「そう言えば先生。先生って好きな人とか居るんですか?」
「ん? まあ居るけど」
「え!? 誰!? 誰ですか!?」
「やっぱり同僚の先生!? それともまさか禁断の愛ですか!?」
「轡木さんですねわかります」
「アッー!」
うん、後半黙れ。
「違うってーの。まあ、名前だけならお前らも知ってる奴だぞ」
「え? 名前だけなら……誰?」
「んー……有名人ですか?」
「そりゃあなあ。世界的な有名人だし」
うーんうーんと悩む俺の担当の女子達。やはりこういう話題の食いつきは半端じゃないな。
「束だよ、篠ノ之束。幼馴染なんだ」
「あぁー。確かに有名人だわ」
「ちょっと腑に落ちないけど……でも失踪してるって聞きましたけど」
「まあ何処にいるかは解らんがな。連絡つけるだけならできるし」
と言うかケータイが繋がるって事は電波が何とかなる所に居るって事か?
あ、でも基地局ハッキングすりゃいいのか。犯罪だがそれくらいサラッとやってそうだ。俺だってできる。
「そう言えば先生って篠ノ之博士と一緒にIS作ってたんですよね。もしかしてその頃から?」
「もっと前からだな。小学校上がる前くらいか」
「早っ」
「性格はその頃から全然変わってねーよ。身内にゃトコトン甘いがそれ以外の人間にはトコトン冷たい」
まあ俺も人の事は言えんがね。この学園に居るのも全世界に干渉しやすくする為だし。
肩書き使った正攻法って強いからね。ぶっちゃけ他人の評価とかどーでもいーっす。
「……ん?」
はて、何か忘れてる……いや、この微妙な違和感は違うな……。
……あれ? 俺こないだ箒に何て言った? あれ? えっと……。
「うわっちゃぁ……」
そーだよ、アレ禁句じゃん……ったくメンドクセーなあの掃除用具は。
◆
そして唐突に終わる。今回試験的に戦闘描写を入れてみました。んー、あんまり長くならん。
源蔵はある意味では束以上の狂人です。狂ってる事に周りが気付かない事が最大の問題。
ただ転生チートなので転生前の人格をベースにまともな仮面を作ってます。作れちゃってます。
あと今回、原作で束さんが殆ど運動してないのに動けてるように源蔵も人間離れした事してます。
物理の勉強したってあんな事できないよ! 出来る訳無いよ! と物理はほぼ毎回赤点だった人間が言ってみます。
次は七巻絡みの設定を修正した後、源蔵視点メインで弐式開発記になると思います。なのでこの先は少々お待ち下さい。では。
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