「早くサーヴァントを召喚し令呪を開け。もっとも、聖杯戦争に参加を辞退するのならば話は別だ。命が惜しいのなら早々に教会に駆け込むがいい」
兄弟子の嫌味ったらしく勘に触る忠告を聞き流しながら私――遠坂凛は儀式の準備を進める。
別にサボっていたわけではない。ついに迎えた聖杯戦争を勝ち抜くために最強のサーヴァントを手に入れるために今日までこつこつ準備しておいたのだ。
狙いは最良のサーヴァント、セイバー。
ただ、残念ながら強力なサーヴァントを引き当てるための触媒が私の手元にはない。仕方なく私は魔力にものを言わせて召喚というぶっつけ本番の荒業に出ることになった。
でもしかたがない。強力なサーヴァントを呼び出すにはリスクのでかい賭けであるものの、触媒を探している間に座が埋まってしまっては本末転倒。
そして、私は召喚を試みて……
「やっちゃった……」
見事に失敗した。爆発が起き、めちゃくちゃになった儀式の道具の数々。その中心にサーヴァントはいなかった。
ふっふっふ、なんでこんな時に遠坂家に代々受け継がれる『ここぞ、という時に発動する遠坂の呪い』によってドジを踏んでしまうのよ……
私は自分自身に絶望しかけ……上で爆発音が響いた。
「な、なに?!」
ま、まさか!!
私は慌てて部屋を飛び出した。
先ほどの轟音が聞こえた部屋、居間の扉を開けようとして、壊れてるのか開かないそれを蹴りとばし、なんとかこじ開ける。
めちゃくちゃになった部屋の中心にその子はいた。
まるで、アニメで出てきそうなふりふりの服に、ピンク色の髪をリボンで纏めた女の子。
「あの、その……部屋を滅茶苦茶にしてごめんなさい!!」
私を見たとたんに頭を下げるその少女こそが、私のサーヴァントだった。
「で、あんたが私のサーヴァントでいいの?」
ラインはつながってるからほぼ百パーセントそうであるだろうが、念のために尋ねる。
「は、はい!!」
私は頭を抱える。はっきり言おう。目の前の少女は戦闘ができるようには見えない。
いや、聖杯に呼ばれたのだから、れっきとした英雄なのだろうが、その服装も交じって聖杯にバグでも発生したのかと問いかけたくなった。
「で、あんたのクラスは?」
「はい、私はアーチャーです! 真名はありませんけど、私の名前は鹿目 まどかです!」
アーチャーねえ? とてもじゃないが目の前の少女が弓兵として名を馳せたような人物には見えない。それに、『鹿目 まどか』なんて名の英雄なんて私は知らな……ん?
「あんた、今、真名がないって言った?」
「あ、はい。私ここでは無名のサーヴァントみたいです」
聖杯戦争において、知名度は重要な要素である。
誰もが知っているような有名な英雄ならば、能力値に補正が加わる。逆に無名ならそういった補正は皆無になる。
まあ、有名であれば逆に弱点も知られやすいという欠点もあるからどっちもどっちね。
だが、無名か。もしかして……やっちゃった? やっぱりちゃんと触媒探しておくべきだった?
ま、まあ、無名でも、座にたどり着き、聖杯戦争に呼ばれるほどなのだ。私なんかじゃ想像できないような偉業をなしたはずであろう。
「む、無名ね。ま、まあいいわ。アーチャー、なら宝具はなんなの?」
とりあえず、セイバーじゃないのは残念であるものの、アーチャーも悪いクラスではない。そこは妥協点といえる。
「はい、これです!」
そういってアーチャーが出したのは、宝石と弓だった。
弓が宝具っていうのはアーチャーとしてわかりやすいわね。宝石のほうは……よくわからない。
「じゃあ、アーチャー、最初の仕事」
「は、はい!」
私は箒とちりとりを渡す。
「この部屋の掃除をお願い」
正直、ものすごく疲れた。サーヴァント召喚のためにほとんどの魔力を消耗してしまったあとのこのドタバタなのだから。
「はい! 頑張ります!」
と箒を受け取ったアーチャーは背を向けて掃除を始めた。
本当に、英霊なのかしら? ただの女の子しか見えない。
その背に私はそんなことを考えながら、部屋を出た。
――夢を見た。
――世界が壊れ、その中心に人形状の上半身と歯車状の下半身を備え、背中には虹色の魔方陣が光る巨大な化け物の姿。
――倒れ伏す友。白い生き物。
――何度立ち向かっても敵わない悔しさ、自身の行いが結局はかえって自分を苦しめていることに絶望する友。
――黒く染まっていく魔法の宝石。
――決意の眼差しで、目の前の敵をにらむ。祈りが絶望に終わり果てた、あまりに哀れな存在を。
――ごめんね。私、魔法少女になる――
――私、やっとわかったの。叶えたい願い事を見つけたの。だから、そのためにこの命使うね――
――今まで守ってくれていた、自分のことを大事にしてくれていた友達に伝える。
――泣きながら自分に訴える友を抱きしめ、白い生き物に向き合う。
――数多の世界の運命を束ね因果の特異点になった君ならどんな途方もない望みだろうと叶えられるだろう――
――その魂を対価にして君は何を願う――
――そして、その願いを口にした。
――希望を抱くのは間違いだという言葉を否定するために、すべての祈りを絶望で終わらせないために、絶望を否定するために。
――世界の理すら否定する、因果にすら反逆する祈りを。
――全ての……
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勢いです。
なんとなくまどかのあれが、アーチャーの世界との契約にダブって見えたのでつい。
とりあえず、型月の世界観に詳しい友人が、「真名はあくまで『その英霊が周りからそう認識されている名前』であり、厳密に言えば、未来のサーヴァントのエミヤも無名の英霊だから平行世界のまどかも無名が正しいんじゃないか」と指摘してくれたため、修正しました。