翌日、私は気怠さと寝苦しさに目を覚ます。窓を見れば……すでに夕暮れ。おそらく学校は終わってるだろう。
一応時計を確認すれば、針がすでに四時を指している。
まったく、欠席の連絡もせず学校をさぼってしまうとは、しかも、病気でもなんでもない、ただの寝坊。
正直、優雅であることを信条とする私としては、少し腹立たしい。
でも、それよりも、
「夢……」
内容はよくわからなかったが、たぶん、アーチャーの生前の夢であろう。
パスが繋がっている証拠とも言えるけど、人の記憶を覗き見しているようで気分はよくない。
でも、ふと思った。あの町は近代的なビル街だった。そして、アーチャーの姿からすると割と最近の存在だと思われる。
だけど、あんな事件があればニュースに……いや、協会が感知しないわけがない。
どういうことなのかしらね?
考えるが、少ない情報に、そうやすやすと答えは出ない。
「あー、やめやめ! これからが始まりなんだから、先のことを考えないと!」
寝起きの陰鬱な空気を振り払って寝巻のまま居間に向かう。
にしても起きたのがお昼って、我ながら少々呆れてしまう。
なんということか、これだけ眠ったのに魔力が三割かそこら。召喚の際にかなりの魔力を持って行かれたみたいで、もしかしたら私が思ってるよりも大物だったのかもしれない。
それと、昨夜はアーチャーにめちゃくちゃになった部屋の掃除を任せたけど、大丈夫かしら?
と、居間に入れば、元通りとは言えないものの、それなりに片付いた部屋の整頓振りが飛び込んできた。
「あら、すごいじゃない」
と、関心する。女の子だし、割と掃除は得意なのかしらね?
「あ、マスターおはようございます」
そう私に声をかけてきたのは、昨日とは違う、どこかの制服らしきものを着たアーチャーだった。
まあ、あっちの服装は悪い意味でも目立ちそうだし、こういう格好のほうが助かるわね。
「おはよう」
挨拶を返すと、アーチャーが準備しておいたのか、お茶を淹れて私に出してくれる。
「マミさんみたいにうまく淹れられないんですけど、どうぞ」
気が利く子ね。ありがたく紅茶を受け取る。
「ありがとう。って、マミって?」
たぶん、アーチャーの知り合いのことなんでしょうけど。
あ、とアーチャーが口を押える。
「生前の私の先輩です。強くて、綺麗でかっこよくて、私の背中を押してくれました」
ふーん、生前ね……先輩で強いってことは戦いの先輩とも取れるけど、この子からは、学校の先輩みたいな感じがするわね。
そして、お茶を飲んでいて、じっとアーチャーが私の顔を見ていたのに気づいた。
「なに? 私の顔に何かついてるの?」
私が問いかけると、アーチャーは、
「あの、そういえば、まだマスターの名前を聞いてないんですけど……」
名前? ああ、そういえば、言ってなかったわね。正直、別に知らなくてもいいだろうとも思ってすらいた。
だいたいマスターとサーヴァントとは令呪に縛られた主従関係、さらに突き詰めれば聖杯を手に入れるという利害が一致しただけの協力関係。
主にふさわしくなければ裏切るサーヴァントもいると聞くし、マスターの名前をサーヴァントが知るというのはさほど意味がない。ただ……
じっと私を見つめるアーチャー。
その姿に、たぶんこの子はそんな子じゃない。ただ純粋に私の名前を知りたがっていると思える。
会ってからそれほど時間が経ってないのにこの子の雰囲気は容易く人を信用させるようね。
「私の名前は遠坂凛よ。貴女の好きなように呼んで頂戴」
すると、アーチャーは笑顔を浮かべて頷く。
「はい、凛さん!」
う……
その笑顔があまりにかわいくてちょっと顔をそむける。いや、別に私はそっちの気はないけどね。
「さてと、行くわよアーチャー」
お茶を飲み終え、私が立ち上がるとアーチャーは首を捻った。
「行くって、どこにですか? お買いものですか?」
がくっと私は脱力する。
「町を案内するのよ! いざという時に地理に詳しくなかったらしょうがないでしょう!!」
あ! と納得するアーチャー。
まったく、本当になんなのこのサーヴァントは? 自分が聖杯戦争というたった七組のマスターとサーヴァントで行われる殺し合いに参加しているということを理解しているの?
「じゃあ、よろしくお願いします凛さん」
でも、アーチャーの笑顔を見るとまあいいかと思ってしまえる。
サーヴァント相手に、まるで妹かなんかができたみたいね。そんな自分の心境に苦笑するものの、悪い気はしなかった。
町を案内する私の説明に、うんうんと頷いて頭に入れようとするアーチャー。
そして、今は私が通う学校に来ていた。
まあ、学校なんて不特定多数の人間が出入りし、不意打ちされやすい場所ともいえるけど、一般人がほとんどのここなら魔術の秘匿を基本とする魔術師なら、下手なことはしてこないはず。
それに、一応この学校の関係者で魔術に関わる人間は把握しているものの、そのうちの一人は魔術師見習い、もう一人はかつては名家だったが、すでに家が落ちぶれていてマスターになれているとは思わない。
というわけで、私は昼はここにいるつもりではある。
すでに夕暮れ時を回ったこの時間、それに最近物騒な事件もいくつかあるから、学校には人っ子一人いない。
なんていうか、やっぱり夜は昼間とは違った印象を受けるわね。人がいて賑やかな学校を知っているだけに余計にそう感じてしまう。怪談のネタにぴったりっていうのもわかる気がする。
と、考えていたら、
「よお、こんな夜更けに女だけとは危ねえなあ」
かけられた声に私たちは振り向く。
そこに、青いボディスーツのような戦闘服を纏い、血のように紅い、燃え滾るような魔力を纏った槍をもった男。いや、サーヴァント!!
槍ということはランサーかしら?
「お嬢ちゃんがサーヴァントだろ? にしても、英霊に見えねえなあ」
と、アーチャーを見て笑みを浮かべるランサー。その点には激しく同意ね。アーチャーも少し申し訳なさそうに縮こまる。
「まあいい……得物をだしな。聖杯戦争は始まってねえが前哨戦と行こうぜ?」
そういってランサー槍を構える。途端に吹き出すは魔力を纏った尋常じゃない殺気。
得物を出せ、ね。正々堂々と戦うことを信条にしてるのか、はたまた、単に戦いが好きな戦闘狂か……まあどちらでも構わない。
正直、サーヴァントを前にして身体が震えそうになるけど、なんとかそれを押さえつけランサーを睨む。
遠坂の人間たるもの、常に優雅に勝利を掴むもの! 弱みなんて見せるわけにいかないわ!!
「アーチャーあなたの力、見せてもらうわよ」
私がアーチャーに呼びかけるとびくっとアーチャーが震えた。
「は、はい!」
……本当にこの子はサーヴァントなのよね?
アーチャーがどこからか宝石を取り出す。そして、それが光ると一瞬で彼女は昨日見た桃色と白の優しい色合いのふわりとしたスカートと服へと変わる。
その手に大きな花弁のついた木の枝のようなものを携えていて、その枝の先の花弁が広がり、枝が伸びた。そして、その花弁と枝の先端に桃色の光の弦が張られ、弓を形作る。
「へえ? 嬢ちゃんはアーチャーか」
「あ、はい。私はアーチャーです。で、できたら戦いたくはないんですけど……呼ばれた以上は頑張ります」
そのセリフに私はついに涙を零したくなった。サーヴァントのくせに戦いたくないって……
「はっはっは! 面白い嬢ちゃんだ!!」
一瞬ランサーも呆けた顔をしたが、すぐに額に手を当てて笑い出した。そこに邪気なんか感じない、爽やかさすら感じられるほど澄んだ笑いだ。
「だが、サーヴァントは戦うための存在だ。さあ、始めるか!!」
そして、改めて槍を構えなおし獰猛な笑みを浮かべ、ランサーが飛び出した。
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続いちゃいました。
まあ、キャスター戦まではやりたいなあとは思ってます。