そして、士郎たちと慎二たちが戦う冬木の山に向かう途中で、桜は少しだけ事情を話してくれた。
間桐の家に引き取られてから、間桐の魔術に適合できる訓練を受けさせられたという。
その内容について桜は多くを語ろうとしない。まあ、当然だろう。
そもそも間桐とは属性の違う桜を調整するという事は、空を自由に飛ぶ鳥を無理矢理泳げるようにすることにも等しい愚行。本当にそんなことをしていたとしたら、ただの訓練なんかなはずがない。
想像したくもない仕打ちをあの家は桜に行ったのだろう。
――本当に反吐が出そう。
そして、今度の聖杯戦争では桜が召喚したライダーを令呪を使って、マスターの権利を慎二に譲渡。偽臣の書を使いライダーを使役しているのだという。
なるほどね。そういう方法で慎二は魔術師でもないクセに聖杯戦争に参加しているのか。
「最初の頃は、兄さんは兄さんなりに兄妹になろうと努力してくれていました。でも、ある日おじいさまが私に間桐の魔術を継がせようとしてたのを知ったみたいで……」
それから兄妹仲は最悪の状態だとか。
あの慎二のことだ。義妹なら自分の下とかそういうことを思っていたのだろう。だが、実際は桜が自身に無いものを全て持っていたことを知った時、桜に対して強い劣等感でも抱いたんでしょうね。
そうして慎二は歪んでいったのか。生来のプライドの高さが災いして、いつか魔術師になるという妄執に囚われながら。
静かにまどかは聞いていた。そして、
「あの……兄さんを救うって、どうするんですか?」
と、話し終えた桜が先を行くまどかに問いかける。
確かに、この子はどうするつもりなのだろう?
「慎二さんには……一度転んでもらいます」
転ぶ?
「自分が正しいって意固地になったら、どんどん幸せって遠ざかっていくんです。だから、一度間違えて、転んで、そこから考えればいいんです。なんで間違えたのかって」
私たちに背中を向けたまままどかは語る。
その後ろ姿はどこか悲しくて、優しい。
まるで母親に悟らされているような気持ちになる。
「で、間違って、転んだ慎二さんに士郎さんと桜さんが手を伸ばして上げてほしいんです」
手を伸ばす……
「慎二さん、きっと味方がいないって思い込んでるんです。誰にも頼れない、誰も助けてくれないって。だから、それは違うって教えてあげないといけないんです」
まどかは振り向いて桜に微笑む。
「でも、今更兄さんに……」
桜は視線を逸らす。
「それに、これは士郎さんにも必要なんです」
そこで、まどかは士郎の名を出した。
士郎に?
「先輩に?」
どういう意味だろうか。
「士郎さんには『誰かを助けられた』って実感が必要なんです。それから、転んだ慎二さんを見て考えてもらいたいんです。いつか、自分が間違った時のために」
じっと目を見て、まどかはそう桜に伝える。
「でも……」
「桜さん、私、前に言いましたよね? 衛宮さんを支えてあげてくださいって」
まどかの問いにこくっと頷く。
「士郎さんには止めてくれる人が必要なんです。それは、桜さんにしかできないって思うんです。だから、桜さんも、助けられるだけじゃない、一歩踏み出して士郎さんを助けてあげてほしいんです」
桜は少しの間、黙って、
「……わかりました。私になにができるかわかりませんが、できる限り頑張ります」
強い目でまどかの言葉に答えた。
にしてもこの子、ずいぶんと士郎という人間を理解してるわね。友達に重なるって言ってたから、士郎の行く末が気になるのかも。
なんだか……それが悔しい。
マスターの私よりも士郎の方がまどかに近い気がして。
そして、私たちは士郎と慎二が戦う冬木の山に着いた。そこで、
「約束された――」
「騎兵の――」
眩いばかりの光が支配する世界。そう、今が二柱の英霊の決着がつく瞬間だった!
「勝利の剣!!!」
「手綱!!!」
二つの宝具がぶつかり合う。セイバーの輝く剣の一撃が、ライダーの操る何かの魔力を纏った一撃が!!
轟く轟音、乱舞する光と魔力。
そして……光が収まると、そこにライダーの姿はなかった。
慎二が膝を付く。その手の偽臣の書が燃える。
つまり、完全にライダーは敗北したということだ。
士郎が慎二に歩み寄る。
「慎二、これで終わりだ。俺の手を取れ」
すっと士郎が慎二に手を差し出す。
だが、慎二は敵意の籠った目で士郎を睨み返す。
「ふざけるなよ衛宮、僕が、僕が……」
そう言って震える慎二。
「兄さん!」
そんな慎二に桜は駆け寄る。
『桜?!』
突然の桜の乱入に、士郎と慎二の驚きの声が重なる。
「兄さん、もう、いいでしょ? 負けちゃったんです。もう……」
顔を伏せながらも慎二を説き伏せようとする桜だが、
「うるさい! 桜のクセに僕に指図するな!!」
そう狂ったように叫びながら慎二は手を挙げて、
「見苦しいわね。いい加減、負け犬は退場しちゃえばいいのよ」
あまりに場違いな幼い声。だが、それは私に忘れられない恐怖を思い出させるには十分な声だった。
慎二が振り向く。
そこに、いつの間にか、バーサーカーを連れたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが立っていた。
「殺しちゃえバーサーカー!!」
「■■■■■■――――――!!!!」
バーサーカーがその斧剣を振りかぶる。
慎二が桜を押す。まるで少しでもその猛威から離すために。
士郎が、セイバーが慎二に向かう。
まどかが弓を取り出し、私は宝石を取り出そうとする。
しかし、どれもすでに遅く、誰も間に合わない。慎二の死は絶対の運命だと。
だが、一陣の風が吹いた。
一瞬でその猛威の範囲から慎二と桜が消える。そして、私とまどかのそばに現れた。
今にも消えそうなライダーに抱えられて。
「ライダーお前?!」
慎二が驚きの声を上げる。
「まさか、そんな死にぞこないが邪魔するなんて思いもしなかったわ」
本当に驚いたようにイリヤはライダーを見る。
その一言に、イリヤを睨む慎二。
「まあいいわ。もう邪魔は入らないからバーサーカー」
イリヤが命令を下そうとして、士郎がその前に立ちはだかった。
「お兄ちゃん、なんで邪魔するの?」
「俺の命に代えても、お前に慎二は殺させない」
そう宣言し、まっすぐにあのバーサーカーと対峙する士郎。その膝は少し震えてた。
イリヤは少しの間、慎二と士郎を見てから、
「ならいいわ。帰るわよバーサーカー」
興が削がれたような表情を浮かべ、イリヤはバーサーカーを連れて去って行った。
それに安心したのか、士郎は肩の力を抜いてから慎二に向き直る。
「慎二、大丈夫か?」
慎二は答えない。
今にも消えそうなライダーのそばでへたり込んでる。
「ライダー、お前、なんで……」
ライダーは、その見惚れるほどの美貌を持つ素顔で優しく微笑む。
「慎二、これからは……もう少し、周りを見て、話を聞くべきです。せっかく心配してくれる、友人がいるのだから……」
「お、お前までなに言ってるんだよライダー!!」
ライダーが慎二に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、慎二は聞きたくないと言わんばかりに声を張り上げる。
そんなライダーに一歩まどかが近づく。
「メデューサさん……」
まどかに気づき、ライダーはまどかに顔を向ける。
「気にしないでください」
「でも!」
今にも涙を零しそうな顔で、まどかはぎゅっと弓を握る。
「あなたに浄化されては、この結末はない……ならこれでいいんです。これで……」
浄化? なんのこと?
まどかははっとしてライダーを見る。
「メデューサさん、私のこと……」
ええ、と頷く。それだけで、まどかは察したらしい。ついに涙を零してしまった。
そして、再びライダーは桜と慎二に向き合い、
「慎二、妹を、桜を大切に」
「ライダーーーーー!!!」
ライダーは慎二へと最後の言葉と笑顔を贈って光となって消えた。
しばらく、慎二は黙ってライダーのいなくなった場所を見ていた。私たちは声をかけられない。
「兄さん、さっきは……なんで」
そして、桜が問いかけると、視線は動かさずに、
「あ、兄が妹を助けるのは……当然だろう」
肩を震わせながら、慎二は答える。
そして、その答えに、桜は微笑みを浮かべる。
「ありがとう、兄さん」
途端に嗚咽を漏らしながら慎二は泣き出した。
肩を震わせて泣く慎二を、士郎も桜も、ただ見守っていた。
しばらくして収まった慎二は一言も発しないまま桜に支えられて歩く。
そして、間桐邸と衛宮邸の分かれ道で、
「その、すまなかったな衛宮……」
唐突に、視線を合わせず、ぶっきらぼうに慎二は士郎に謝った。
「いや、俺もお前の気持ちも知らずに説教じみたこと言って悪かったな」
と、士郎もバツが悪そうに謝る。
「ふん、そうだな。衛宮が僕を説教しようなんて一億年早いんだよ!!」
そんな慎二に士郎と桜が笑う。
私は少し呆れ気味にため息をつく。まどかは嬉しそうに三人のやり取りを見ている。
そして、
「じゃあ……またな衛宮」
「ああ、またな慎二」
慎二と桜と別れ、私たちは衛宮邸へと帰る。
そして、玄関を潜った途端にセイバーが倒れた。
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ライダー編終了です。
前回、自分の勉強不足が露呈……数年前だから桜の周囲はうろ覚えの記憶頼りだったため、間違えてしまいました。申し訳ないです。
気を付けますが、間違えていたら、どうかご指摘お願いいたします。