玄関で倒れたセイバー、その原因は宝具を使用した結果の魔力の枯渇。どうも、士郎とセイバー間のラインになんらかの不調があり、魔力を補充できないようだ。
そのため、セイバーは少しでも魔力の消費を抑え、僅かな回復も取りこぼさないための手段として眠り続けている。
一応、解決策を私は知っている。
――――魂喰い。聖杯戦争とは無関係の一般人の魂を喰らって糧とする事。
だけど、あの二人がうんと言うとは思わない。一応言ってみたが、士郎は拒否した。まあ、仕方ない。慎二のやり口を否定した以上、それは当然と言える。
だけど、そうしなければセイバーが消える、その板挟みに苦しんでいた。
方法はもう一つあるけど、それは本当に最後の手段。それをすれば、士郎の魔術師としての人生が終わるから。
そして、私達は二人を衛宮邸に残し街の見回りに出た。
士郎に考える時間を与えるのもあるけど、まだ新都の魂喰いの正体もわからないし、ライダーが倒されたことで、他の連中に動きがないかの調査だったんだけど……少し後悔した。
蒼い装束を纏い、血のように紅い槍を持ったサーヴァントが私たちを待ち構えていた。
「ランサーさん」
まどかが呼びかけられて、こっちに顔を向けるランサー。
「よう、嬢ちゃん方また会ったな」
気さくに笑うランサー。だが、次の瞬間には得物を捉えた肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。
「この前預けた勝負を着けさせて貰おうか」
場所を冬木中央公園に移してまどかとランサーの戦いは始まった。だけど、
「そらそらそら! それで全力かい嬢ちゃん!」
怒涛の突きを繰り出すランサー。それをひたすら躱し、流すまどか。
「きゃっ! ひゃ!」
以前は目にも止まらぬ速さだったランサーの槍。だが、今は目にも写らぬ速さ。
前回は手を抜いてたわねこいつ!
必死に避け続けるまどかは弓を射って反撃することもままならない。
しかも、クリーンヒットはなくとも、確実にランサーの槍はまどかの体を切り裂いている。そのピンクの服を、肌を切り裂かれ、まどかはあちこちから血を流している。
なんていう速度、とてもじゃないが、私が宝石魔術で援護する隙なんかない。
このままじゃ!
「はは、らあ!」
凄まじい速度で突き出される槍をあの子は必死にいなしていたが、ランサーは突き出した槍を器用に操って、横薙ぎに振るいまどかを無理矢理弾き飛ばす。
さすがはランサー、あんなに長い槍をまるで自分の手足のように……って、感心している場合じゃない!
「きゃあ!」
体が軽いからか、かなりの距離まで弾き跳ばされるまどか。
だが、その状態でもまどかは体勢を整えつつ、矢をつがえる。
追撃するランサーがそれを笑う。
「前に飛び道具は意味ねえっていっただろう嬢ちゃん!」
そうだ、ランサーには矢避けの加護がある。だが、次の瞬間、まどかは私達には理解できない行動を取った。
空に向かってその光の矢を放ったのだ。
なんで?
だが、すぐに答えが出た。
天から幾万の光の矢がランサーに向かって降り注いだのだ。
「ちっ!」
追撃の足を止めて降り注ぐ矢の雨を迎え撃つランサー。
その卓越した身のこなしで降り注ぐ矢を避け、時にはその手の槍で弾く。
なんて奴。矢除けの加護があるとはいえ、あれだけの物量を相手に一歩も引かないなんて。
対し、まどかはあの光の翼を広げる。
なにをするかと思ったら、まどかは矢をつがえると、翼を羽ばたかせて一気にランサーに迫った。
「なに?!」
まさか、矢除けの加護で離れて当たらないから零距離射撃?!
「やあああああ!!」
天からの矢に手を塞がれていたランサーの懐に入って、まどかは矢を放つ。だが、
「舐めるなあ!」
「えっ?!」
いかなる魔技か、天からの矢を弾いていた槍を強引に動かし、烈拍の気合いを込めてまどかの矢を薙ぐランサー。
あれだけ長い槍で?!
弾ける閃光に視界を焼かれ、とっさに私は手で目をかばう。
二人はどうなったの!
そして、視界が回復した私の目に写ったのは、数メートル離れて対峙する二人だった。
ランサーの全身に無数の傷、特に槍を持っていた腕に最も深い傷が刻まれていた。
対して、まどかは片膝をついてランサーに視線を向けている。
ランサーにも相応のダメージを与えたが、まどかの方がダメージが深い。それに、遠目にもソウルジェムにだいぶ穢れがたまってるのがわかる。
「は、流石だぜ嬢ちゃん。目をつけたかいがある」
本当に楽しそうに笑うランサー。こいつ完全に戦闘狂ね。
「が、そろそろ決着つけっか」
ランサーは笑ってから槍を構える。
「はい、ランサーさん。でも、その前に一つ聞いてもいいですか?」
と、まどかが切り出す。
「んっ? なんだ?」
「ランサーさんは、なんのためにこの戦いに参加したんですか?」
光の矢をつがえながらランサーに尋ねるまどか。
「変なことを聞くな嬢ちゃん。まあいいか、付き合ってくれた礼だ。俺は聖杯なんかに、二度目の生なんてのに興味はねえ。ただ、全力で戦いてえ。それだけだ」
まどか以外にも聖杯に拘らない奴がいたのね。
ランサーの答えにまどかは微笑む。
「そうですか……なら、私は出来る限りの力でランサーさんの全力を受け止めます!」
まどかのその宣言に呼応するように、より輝きを増す光の矢。
対して、ランサーは一瞬呆けてから、
「あははは! 本当におもしれえ嬢ちゃんだ! そんなこと言ってくれるたあ、俺は嬉しいぜ!!」
まどかの言葉に心の底から嬉しそうに笑った。
「んじゃあ、いくぜ。その心臓貰いうける」
ランサーの槍に膨大な魔力が集まる。宝具だ。
まどかはランサーに矢を向ける。
あの、士郎というイレギュラーのせいで中断された戦いの続きが今始まる。
まどかが矢を放ち、ランサーが消えた。
いや違う。私には見えないほどの速度で一瞬でランサーが距離を積めていたのだ。すでにランサーはまどかの目前にいる!!
「刺し穿つ――」
ランサーが上段に槍を構え、その切っ先をまどかの足元に向けつつ、下段に向かい槍を放つ。
明らかにおかしな行動。あれでは、槍はまどかに当たらないと思ってしまう。
だが、私達は知っている。あの槍が放たれれば必ず心臓を穿つ呪いの魔槍であることを。
そして、まどかが再び矢をつがえようとして、
「死棘の槍!!」
真名が解放された。
その深紅の魔槍が因果逆転の呪いの力であり得ない軌跡を描いてまどかの心臓へ迫る。
そして、魔槍がまどかの心臓を貫いた。
「うそ……」
全てがスローモーションに見える。ゆっくりと、まどかが膝をつき、弓の先端が地面に突き刺さる。
サーヴァントも実体化すれば人間と同じ体構造。心臓を貫かれたのなら、死ぬしかない。
あ、あんた、それに対策があるって言っていたじゃない!!
「わりいな嬢ちゃん。だが、楽しかったぜ」
ランサーがまどかの胸から槍を引き抜こうとして、突然伸びたまどかの左手がランサーの手を掴んだ。
『なっ!?』
そして、手を掴まれ動けないランサーをまどかの矢が射抜いた。
弓を地面に刺したまま放し、槍を胸から引き抜いたまどかがランサーのそばに歩み寄る。
そうか、弓は地面に固定するために突き刺したのね。
「はは、俺の敗けか。でも、悔いはねえ。嬢ちゃんのお陰で楽しめたからな」
清々しい顔でランサーは笑う。私もランサーの元に駆け寄る。
敵ではあるものの、正々堂々、清々しい戦いをした英雄の最期を看取るために。
「だが、今度は俺から一つ聞かせてくれ。確かに俺の槍は嬢ちゃんの心臓を貫いたはずだ。それなのに、なんで嬢ちゃんは平気なんだ?」
体が消え行くなか、ランサーは問いかける。
そうよ、私もまさか、対策っていうのがああいう方法なんて思いもしなかった。
「それは、私の体が脱け殻だからです」
脱け殻?
まどかはソウルジェムをランサーに見せる。
「契約により私の魂はこの宝石へと加工されています。肉体はただの器に過ぎないんです」
た、魂を宝石に?!
それはすでに魔法の領域だ。
「この宝石、ソウルジェムが有る限り私は死ぬことはできないんです」
悲しげな微笑みを浮かべるまどか。
ランサーは話を聞き終えるとはっと笑った。
「そういうことか」
「すいません。ズルいですよね」
申し訳なさそうにランサーに謝るまどか。
「気にすんな。それより、嬉しかったぜ。全力を受け止めるって言ってくれたのはさ」
いよいよ輪郭もぼやけてきた。ランサーはもうすぐ消滅する。
だけど、ランサーはあー、くそと毒づく。
「ほんと、いい女だよ。後数年歳食っていたら」
口説いてたんだけどなあ。その言葉にまどかが真っ赤になる。
それを彼が見れたのかわからないし、私の気のせいかもしれない。だが、きっとそうだろう。
悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべてランサーは消えた。
まどかはしばらくの間、ランサーがいなくなった場所を見つめ、それから、空を見上げる。
「そうですね、ランサーさんみたいな人ならきっと素敵ですね」
そう、穏やかな微笑みを浮かべてランサーの言葉に返事を返した。
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ランサーの兄貴戦です。
ちょっとあっさりしすぎたかと思いますが、その、できれば望みの通り本気の戦いをしていただきたかったので。
まどかは少々奇策気味の戦法ですが。
それでは、コメントお待ちしております。