士郎が黄金の剣を振るう。
とてもじゃないが、実戦に使えるように見えないその剣は振り抜くと同時に砕けてしまった。
しかし、それでも、その役目は全うしていた。
「■■■■■■――――?!」
バーサーカーの腕がずれる。士郎が振り抜いた軌跡を境に。そして、重力に引かれて落ちるバーサーカーの腕とまどか。
「けほ、こほ!」
やっとバーサーカーの束縛から逃れたまどかが、久し振りに吸い込む酸素に咳き込む。
「まどか!」
ほむらが駆け寄り、まどかをこっちまで引きずってくる。
「大丈夫まどか?!」
「は、い。でも、士郎さんが」
私の問いに息も切れ切れに答えながら士郎に視線を向ける。
「投影開始(トレース・オン)!!」
赤い外套を纏った士郎が、今度は二振りの剣を造り出す。
それを構え、バーサーカーに立ち向かう士郎。
なんでいきなり……と考えて、一つの可能性が浮かび上がった。
ばっと後ろを見れば、そこにキュゥべえ。
「てめえ、あいつと契約したのか?!」
杏子がキュゥべえに槍を突きつける。
「まさか。僕に何のメリットもないんだからするわけないよ」
と、杏子の恫喝に動せずキュゥべえは答えた。
確かに、よく考えればキュゥべえの目的は魔法少女が絶望することで発生するエネルギーの回収。
たとえ契約したとしても、まどかが宝具を解除すればキュゥべえはこの世界に干渉できなくなる。つまり、エネルギーの回収はできない。
自分にとってなんのメリットが生まれないから、契約をする必要すらないと言いたいのだ。
ならなぜ?
士郎の剣はバーサーカーの斧剣を巧みに流したが、砕け散ってしまう。
と同時に士郎が距離を離す。
その時、その背に確かに見えた。髪を纏め、士郎と似た姿をした銀色の髪の少女。
「イリヤ?」
「イリヤちゃん?」
私とまどかの呟きに『イリヤ』が笑った気がした。
士郎side
どうすればいい? どうすればあの子を助けられる?
考えるけど、答えは出ない。なにか手はないのか? その時だった。
「もう、お兄ちゃんらしくないなあ。お兄ちゃんは考えるよりも行動でしょ?」
え? あり得るはずのない位置からのその声に振り向く。
そこにいたのは、
「イリ、ヤ?」
ふりふりの衣装を着こみ、魔法少女風のステッキを持ったイリヤだった。
「うん、魔法少女プリズマイリヤ、ただいま参上!」
なんてイリヤがポーズを決める。
「あ、いや、な、なんでイリヤが二人いるんだよ?!」
見ればバーサーカーのそばにやっぱりイリヤが立っている。
なんで? どうして? まさか、イリヤが作り出した幻影?
「細かいお兄さんですねえ。まあ、このイリヤさんはあのイリヤさんとは別人……とは語弊がありますね。簡単に言えば、世界の違う同一人物とでも言いましょうか」
「いや、それでも分かり辛いから」
ついステッキにつっこんでしまった。
「ややこしくなるから、ルビーは黙ってて。で、いいのお兄ちゃん。このまま何もしないの?」
そうルビーと呼んだステッキを嗜めてからまっすぐに俺を見るイリヤ。
「そりゃあ、助けたいさ。でも、俺には力がない」
戦う術だった魔術を失った。そんな俺があの場にはいけない。
そうだ、あの子が言っていた。命を懸けるのと命を捨てるのは違う。
なんの策もなくバーサーカーに立ち向かうのは勇気ではなく無謀。それは命を懸けるなんて言うのもおこがましい。
「なら、私が手伝うよ」
イリヤはポケットから一枚のカードを取り出して、そのカードを俺に差し出してくる。
えっと、『Archer』?
「この力の根元はお兄ちゃんと『同じだったもの』だから、お兄ちゃんも使えるよ」
俺と同じだったもの?
イリヤの言っていることも、この状況もとても理解できないけど、ここはこのイリヤを信じるしかない。
カードを受け取って……俺の中に膨大なイメージが流れ込んできた。
それは『あいつ』の背中。正義の味方になるために戦い続け、何の見返りも求めないまま戦い続けて……最後には、助けた人々に裏切られて死んだ英雄の生き様。
それともう一つ。
イリヤや切嗣、アイリ母さんにリズやセラと暮らす俺。
遠坂やルビアたちも加わって、ハチャメチャでデタラメででも楽しい日常。
……こんな世界もあったんだ。
切嗣はもういない。アイリ母さんも。でも、
イリヤを見る。今からでも俺たちは――――
「なれるよお兄ちゃん。だから、お願い。本当は寂しがり屋の私を助けて上げて」
ああ、イリヤ。
「夢幻召喚(インストール)」
カードが輝きを放つ。
そして、俺が纏ったのは『あいつ』の赤い外套。
お前は俺が嫌いかもしれない。でも、今は力を貸してくれ『アーチャー』!!
『投影開始(トレース・オン)!!』
弓を造り出して射る。
ブランクはあったが、それでも狙いたがわず、バーサーカーに突き刺さる。だが、それが効いた様子はない。
「ふん、なにをしたのか知らないけど、潰しちゃってバーサーカー!!」
イリヤがバーサーカーに苛立つように指示を出す。
「イリヤ!」
そんなイリヤに俺ができるのは、
「俺がいるぞ!」
こんなことしかない。
武器を投影し、バーサーカーの攻撃を防ぐ。
重いなんて言葉すら生易しい重厚な一撃。『あいつ』はこんな化け物を六回も殺した。改めて尊敬するよ。
でも、俺の相手はお前じゃない。
「切嗣は、じいさんはもういない。でも、俺がいてやる!」
バーサーカーの攻撃に剣がまた砕ける。すぐに投影。
その剣で再びバーサーカーの猛撃を凌ぐ。
「なによいきなり、さっき断ったくせに虫がいいわね!」
俺の言葉にイリヤが怒気を露わにする。だが、
「違う! イリヤのものになるとか、そんなんじゃない……兄妹として、家族として一緒にいてやりたいんだ!!」
じいさんだって、イリヤを捨てたんじゃない。なにか理由があったはずだ。
なら、俺がじいさんの代わりにイリヤの家族になる!
「投影開始(トレース・オン)!!」
イメージしろ。常に思い描くは最強の自分。そう、俺の敵はバーサーカーじゃない。常に自分だ。自分の心だ。
疑うな。己も、世界すらも騙しえる完全無欠なるイメージを作り上げろ。
創造理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し、あらゆる工程を凌駕し尽くし、ここに幻想を結び剣となす。
そうして幻想から編み上げたのは夢で見たセイバーの剣。王者が持つに相応しい眩いばかりの黄金の剣。
できた。最初とは違う。今度こそ完璧に。
それを構えて、俺は焦った。駄目だ、この剣は俺の手には余る。バーサーカーに勝てる剣を作り出したというのに、肝心の担い手が足らない!
「シロウ、その剣を私に! 私なら使える……私の剣です!!」
セイバー!
いつの間にか横にいたセイバーが剣を取る。剣を握る手に、暖かな温もりが添えられる。それに、言いようのない昂揚を覚える。
目の前にバーサーカーが迫るが、どうでもいい。こうして彼女と肩を並べられる喜びの方が俺にとっては重要だ!
「剣よ! 主に答えよ! 汝の名前は……勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!!」
剣がバーサーカーに吸い込まれるように突き出され、黄金の輝きが世界を覆った。
凛side
光が収まると世界は静かだった。まるで今までの死闘が幻だったかのように誰も動かず、言葉を発する事も無い。
ただ、士郎が作り出した黄金の剣が、セイバーと士郎の手の中でガラスが砕けるような音を起てて消え、世界は音を取り戻した。
「――――よもや、我が十二の命を乗り越える者達が現れるとはな。見事だ、剣の英霊と弓の英霊。そしてその仲間とマスター達」
と、今まで一度も言葉を使わなかったバーサーカーが口を開いた。そう、狂化し、理性を失っている筈のバーサーカーが、だ。
先の狂戦士然とした姿からは想像できない、あまりに穏やかな声と瞳。
その身はゆっくりと光となって消えていく。
「バーサーカー! 消えちゃやだよぉ……!」
そんなバーサーカーの足元でイリヤスフィールは涙目で訴える。
その姿は先ほどまで私たちを容赦なく殺そうとした姿とは全く違う、年相応の少女だった。
バーサーカーはその大きな手で慈しむようにイリヤスフィールの頭を撫でてから士郎を見る。
「少年、先の言葉に偽りはないか?」
バーサーカーの言葉に士郎が頷くと、バーサーカーは笑った。
「ならば、この子を頼む……」
そう言い残し、バーサーカーは完全に消えた。
その膝を屈する事無く英雄に相応しい姿で消えて行った。
「バーサーカーが負けちゃったか。すごいね、シロウ、リン。私には……もう何も無くなっちゃったよ……」
振り向いたイリヤが寂しそうに笑う。
「いや、イリヤ、それは違う。俺がいる」
え? と、イリヤが驚く。
「だってさ、イリヤが切嗣の娘なら俺と兄妹だろ? なら、俺がいてやるよ」
……は? こいつらそういう関係だったの?
ま、まあ戦闘中に何か言ってはいたけど、そうか。あれはそう言うことだったのか。
なら、イリヤスフィールが士郎に執心してたのもそれが理由?
「ほ、本当に?」
「お兄ちゃんは嘘をつかないよ」
士郎の姿が元に戻ると同時に、士郎の横に、『イリヤ』が現れた。
その手には……なんであんたがいるのよ? ルビーを睨みつけると、どこかそっぽを向くようにステッキが動いた。
「え? あなたは……」
「イリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。別の世界のあなただよ私」
『イリヤ』が笑う。こっちイリヤスフィールと比べて随分と明るい雰囲気だ。
って、まさか、士郎はあの『イリヤ』と合体してたってこと?
憑依とか、そういうレベルじゃないわよね。いったいどうなってるのか……それに、
「まどか、あの子も召喚したの?」
「い、いえ、私は……たぶんイリヤちゃんと士郎さんとの『縁』で勝手に私の中から出てきちゃったんだと思います」
まあそれくらいしか説明できないわね。
「えっと、うちもパパは滅多に帰ってこなかったけど、私たち家族を守るってすっごく大切な理由があったから」
「そうなの?」
「そうなの! 違う世界だけど、きっとあなたのパパも私のパパと同じであなたのことを大切に思ってくれてたから!」
『イリヤ』がイリヤを説得している。なんていうか、すっごい光景ね。同一人物が同一人物を説得するなんて。
「そっか、切嗣は私のこと大切に思ってたんだ」
「そうそう!」
「そうさイリヤ!」
と、『イリヤ』と士郎が同時に肯定する。
……なんか間抜けな光景にも見えてきた。ほむらとさやかは半分呆れ気味。マミはきらきらとした目で三人のやり取りを見て、杏子は黙って見守っている。
そして、
「うん、ありがとうシロウ。今からでも私の」
そう、イリヤが笑って、
「天の鎖よ」
突然伸びてきた鎖がイリヤを絡め捕る。
「きゃあ!」
「イリヤ!!」
士郎が叫び手を伸ばすが、届かない。
そして、イリヤは突然現れた全身を金色の鎧で包んだ男に奪われた。
なに? いったい誰?!
「おお、久しいなセイバー! 以前会った時から十年、我のことを覚えているか?」
「まさか、そんな……貴方は死んだはずだ……アーチャー!!!」
セイバーが声を荒げる。
ア、アーチャー? それに以前あった時から十年って……まさか、前回の聖杯戦争に参加していたサーヴァントの一騎?!
それは同時にセイバーもそうなのだということなのだろうが、今は置いておく。
だけど、どういうことだ? 再び聖杯戦争に召喚されたとか? いや、もう今回の聖杯戦争で七騎のサーヴァントは召喚された。
いや待て。今キャスターの座は埋まっている。ならそこに……いや、それでもおかしい。まどかは確かに『アーチャー』のまま。ならどうなっている?
「てめえ、イリヤを放せ!!」
士郎が怒声を浴びせるが、『アーチャー』は動じた様子もない。いや、そもそもセイバー以外眼中にないと言うべきか。
「てめえ、その子を放せ!」
杏子とさやかにマミが躍りかかるが、
「雑種が、我とセイバーの間に割って入るな!!」
『アーチャー』の一喝とともにその背後の空間が歪み……何本もの剣や槍等の武器の類いが放たれる。
「きゃあ!」
「うわ!!」
直撃はしなかったものの杏子たちが容易く吹き飛ばされる。
な、なによあれ?! 一つ一つがまるで宝具のような存在感を放っている!!
「ふむ……十年、積もる話はあるのだが、今日はこの人形を取りに来ただけなのでな。今回はここまでだ」
と、杏子たちを無視してセイバーとの話を進める『アーチャー』
「待て! アーチャー!」
「我の物になる覚悟があるのなら、柳洞寺に来るがいいセイバー!」
そう言い残してアーチャーは消えた。
バーサーカーが消滅してたったの数分の悪夢だった。
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バサカさん消滅。そして、金ぴか王参戦。
とりあえず、士郎は契約しませんでした。『魔法少女となったイリヤ』の協力の結果です。ちょっと強引かもしれませんが、プリズマイリヤも混ぜたかったのでご了承を。