戦いが始まった。
迫るランサーに対し、アーチャーが弦を引き絞ると、桃色の光が凝固した矢が生まれ、それを射る。
離れている私も追うことのできないほどの速度で駆ける矢がランサーに迫るが、それをなんなく回避するランサー。さらにアーチャーが数射するものの、ことごとくランサーに回避される。
お返しとばかりに突き出される槍をアーチャーはなんとか寸前で避ける。
正直、それなりに武術を噛んだ私から見てもお世辞にもアーチャーの動きは訓練されたものとは言えない。多分にその動きは我流であろう。
だが、距離を離した私ですら、やっと線で終えるほどの速度のそれを、紅い残像を描きながら繰り出される魔槍をアーチャーはぎりぎりで避け続ける。
それだけでなく、回避しながらも、アーチャーは距離を離し、再び弓を射るものの、またも避けられる。
しかし、避けられているとはいえ、あの矢も私が全力で出せるほどの魔力が一射一射に籠められている。たとえサーヴァントと言えども、高い抗魔力を持たなければただでは済まないだろう。
桃と赤、似ているようで似ていない二つの色が交差する戦場は不覚にも見惚れるくらい美しく、ランサーと互角に渡り合うアーチャーの姿は私の想像以上の実力だった。
はっきり言おう。私はアーチャーの力を見誤っていた。
そう、彼女も聖杯に英霊として選ばれた英雄の一人であるのだ。
「はは! やるな嬢ちゃん! 相当場数を踏んでるとみた!!」
「あ、ありがとうございます!」
でも、会話の内容は……ううう。
少しだけアーチャーに対して抱いた感動が損なわれる。
弓と槍、その戦いは激しく美しく続く。
パッと見た感じでは五分五分と言えるかもしれない。
だが、違う。アーチャーの矢はランサーに掠りもせず、対してランサーの槍はアーチャーに何度も掠り、アーチャーの服を、肌を幾度も切り裂いている。致命傷にはならない、だが、それでもいつかはこの均衡も崩れる。流れはランサーの味方だった。
しかし、なぜアーチャーの矢はランサーに当たらない? まるで、矢がどう飛ぶのかわかってるようにランサーは避けてしまっているが……
「は! 確かにすげえが……わりいな嬢ちゃん! 俺には目に見える飛び道具なんざ、よほどのものじゃなければ通じねえよ!!」
私の疑問はランサーの一言で氷解した。
なるほど、あのランサーは相当なレベルの矢除けの加護を持っているのだろう。そうなると弓が主体のアーチャーにも厳しいものがある。
だが、唐突にランサーが距離をとる。なぜこのタイミングで?
「いいねえ嬢ちゃん。正直ここまでできるとは思わなかったぜ。なかなか楽しかった」
そういって心の底からアーチャーを称賛するように涼しげな笑顔を浮かべる。その笑顔はどこまでも透明で、ここを戦場だということを忘れさせるような魅了を持つ笑み。
「だからこそ、惜しいな……」
だが、次の瞬間には苦々しい、そう、無念そうな苦々しい表情を浮かべ、心底アーチャーのことを惜しむような声を吐き出す。
「もう少し、そうだな……五、六年もすれば、もっといい女になっていただろうに」
そういってランサーが槍を振る。それに対しアーチャーは、
「あの、私たちサーヴァントって成長しませんよね?」
などと、ランサーに返した。
アーチャー、あんた何言ってるのよ! どう考えてもそんなこと言う状況じゃないでしょうが!!
ついに私はアーチャーに一言言おうとして、ランサーの笑い声が響いた。見れば、彼から先ほどの苦々しい表情はなくなっていた。それはもう心の底から楽しそうに笑っていた。
「あっはっはっはっは! そうだな、嬢ちゃんの言うとおりだ!! こりゃ一本取られたな!!」
あーもう、本当になんなんだこいつらは……
長年自分が思い描いていた聖杯戦争への幻想はこの二人によって完全に殺された。
「ふ、もう変なことを言うのはやめにするか……嬢ちゃんに敬意を表して俺の最高の一撃を見せるとしよう」
そうして、いまだ笑みを残した表情でランサーが身を低くし、その槍に大気に満ちていた魔力が集まる。
まずい! 宝具!!
それを見た瞬間、アーチャーがライダーに敗北するイメージが浮かぶ。アーチャーもランサーの一撃の意味を理解し、強張った、真剣な顔をする。
緊迫した空気に、私も冷たい汗が流れる。だけど、
ぱきっと小さな音がした。それが、この戦いをあっけなく幕を閉じさせることとなった。私が振り返ると、そこに一つの人影。しまった!!
「誰だ!?」
ランサーの鋭い声に弾かれる等に逃げ出すその人物。
それを見て、ランサーの槍から霧散する魔力。
「ち、つまんねえ幕切れだが……見られたからには仕方ねえ。この勝負預けておくぜ!!」
「待ってください!!」
アーチャーの制止もむなしく、心底残念そうに吐き捨ててランサーは目撃者を追って校舎の暗闇に消えていく。
く、これは私のミスだ。校舎に光がないからとはいえ、誰もいないって思い込んで人払いの結界なんていう初歩的な行動を取らなかった私の。
「アーチャー追って!!」
「はい!!」
アーチャーもランサーを追って校舎へと向かう。
ただの人間がサーヴァントから逃れられるとは思えない。それでも!
一縷の望みを託して私も校舎の闇へと飛び込んだ。
ランサーの後を魔力の残滓を辿りながら追う。
校舎の階段を駆け上がり、廊下に出ると、そこに一人の少年が、夥しい血の海に倒れていた。
そのそばでアーチャーが膝をついて何度も少年にごめんなさい、ごめんなさいと涙を流して謝っていた。
「……アーチャー、あなたのせいじゃないわ」
そう、別にアーチャーのせいなんかじゃない。これは……私の責任だ。私が魔術師の基本であるはずの隠匿を怠ったせいだ。
なんで、こんな時にうっかりなんて……自分自身が腹立たしくてしょうがない。
ごめんなさい――謝ってもしかたなく、許してなんて口が裂けても言えない。だって私のせいなのだから。
せめて顔だけでも……
そう思って近づこうとして気づいた。この髪の色と背格好……
嫌な予感がついて離れない。違ってほしいと思う反面、その相手が誰なのか確信があった。
そして……その通りだった。
「なんで、あんたが……」
それは、この学校でそれなりに有名な人物。
生徒会長柳洞一成の親友であり、この学校一のお人よし…………そして、ある事情で共に暮らすことができなかった妹の思い人、衛宮士郎。
その彼が、死んでいる。殺されてしまった。
あの子はそれを知ったら……どうなってしまうだろうか?
「っ!!」
その想像を、私は許せなかった。
懐から一つの宝石を出す。この聖杯戦争に向けて長年魔力を籠め続けた切り札のルビーを。
それが魔術師として間違ってることは理解している。だけど、もしこのまま彼を見捨てたらきっと……私は一生自分自身を許せない。
そして、宝石に籠められた魔力を解放し、私は衛宮士郎を蘇生した。
~~~~
ランサー戦です。どう見ても弓が主体のまどかでは矢除けの加護を持つランサーには敵いませんが、善戦していただきました。
さて、セイバーはどうするか……