処置を終えた後、私たちは足早に校舎の外に出て、二人で夜の街を歩く。もちろんアーチャーは元の姿にもどってる。
衛宮くんを蘇生したと言った途端に、アーチャーは泣き顔から笑顔に変わった。
反面、私は沈んだ顔をしている。なにせ、私は魔術師失格の行為をし、その上切り札をこんな段階で失ったのだから。
決して後悔はしてない。それでも、私の気は沈んだままだ。
「あの、凛さん……」
「……なに」
アーチャーに呼びかけられて、振り向けば、まっすぐに私を見るアーチャー。
「私、凛さんは正しいことをしたと思ってます」
え……
アーチャーがほほ笑む。
「私、凛さんがマスターでよかったです!」
ああ、なんだろう。本当にこの子は英雄なんだろうか? うじうじしていたのが馬鹿らしくなる。
ふと気づけば、私は笑っていた。
「あったりまえよ! 私も、あなたがサーヴァントで……よかった」
尻すぼみでつい呟いていた。
「え? なんて言ったんですか?」
「な、なんでもないわ! ほらさっさと行くわよ」
ああ、本当に何を言っているんだ私は。
早足で歩いて、アーチャーが着いてきてないのに気付いて振り返る。その顔は青ざめている。
「どうしたのよ?」
「あ、あの、凛さん。ランサーさんは、私たちの目撃者だから衛宮さんをこ、殺したんですよね?」
それが、どうしたのよ?
「も、もし衛宮さんが生きてたことに気づいたら、ランサーさん……」
あ……
目撃者を消す。魔術に関わるものとして当然のこと。だからランサーは一般人であろう衛宮士郎をあの場で殺害した。
なら、もしも衛宮くんが生きていることを知ったら……
「あ、アーチャー、なんで早く言わないの! は、早く衛宮くんのところに行かないと!」
「は、はい! 凛さん摑まってください!」
摑まる?
一瞬でアーチャーが変身する。私が言われたまま、アーチャーに摑まると、
「行きます!」
アーチャーの背中から桜色の光が解き放たれる。すると、それが半透明の桜色の翼になった。
そして、一気に飛翔する。
「うそお!?」
飛行は非常に高度な魔術だ。強固で具体的なイメージがなければ浮くことすら難しい。それをこの子はやすやすとやって見せた。
本当にこのサーヴァントは何者なんだろう?
「凛さんどっちですか?!」
あ、えっと……
学校のある方向を確認し、自分たちの位置を把握、それから大まかな衛宮くんの自宅の位置を思い出す。
「あっちよ!」
アーチャーに指示した瞬間、高速でアーチャーは動く。
あっという間に後ろに流れていく景色、ごうごうと耳元で鳴る風を切る音。
飛行とは随分なアドバンテージだ。もし相手が飛行、または遠距離への攻撃手段がなければ、手の届かない位置から一方的にアーチャーは攻撃することができる。
まあ、そしたらマスターである私を守るのが難しく、先に無力化しにくる恐れがあるというデメリットも存在するが戦術の幅が広がる。
そうして、私たちは衛宮邸へと迫った。
飛行により一直線に移動したおかげか、予想より早く衛宮邸に私たちは到着した。
上空からアーチャーが衛宮邸に降りようとして、
「あ、凛さん、ランサーさんが!」
アーチャーに示され、そちらを向くと、家の屋根に飛び移って衛宮邸から離れるランサーが目に入った。
もう、衛宮くんは……そう思った瞬間、衛宮邸から一つの影が飛び越えてきた瞬間に消し飛んだ。
その影は屋根を蹴って、空中の私たちに迫る。
アーチャーが反射的に動く。相手は何もない手を振る。
「きゃ!!」
「アーチャー!?」
その瞬間、アーチャーの右腕の半ばまでが『切れた』。
アーチャーが腕を押えながら相手サーヴァントから距離を離す。そう、サーヴァント。
ランサーと同等の圧迫感を感じる『彼女』
斬れたってことはセイバーかしら?
にしてもまさか、初日に二人のサーヴァントに出会うなんてね……
しかし、状況はまずい。どうやら相手サーヴァントは地面からこちらを見上げているということから飛行ができないということ。
だけど、アーチャーは私を背負った上、右腕はどう見ても弓を射るのは難しい怪我をしている。お互いに出せる手はなくなっていた。
どうすればいいかしら……
私はこの状況を打開する方法を思案して……屋敷から誰かが飛び出した。
「セイバー! 敵っていきなり……え? 遠坂が飛んでる?!」
「衛宮くん?!」
そう、飛び出してきたのは、言うまでもなく屋敷の主、衛宮士郎。
それを見たとたん、アーチャーがほっと息を吐く。敵かもしれないというのに。
「マスターなにをしているんですか! 状況を理解できているのですか?!」
……まさかこいつがセイバーのマスター? いや、おそらく十中八九間違いない。なにせ、今セイバーにそう呼ばれたのだから。
その上、その表情、言葉は明らかに状況を理解してないのがありありとわかった。
もしも彼が正規のマスターなら私たちの前に現れるという愚行を犯すはずがない。おそらく……なんらかの偶発的な出来事でセイバーを召喚したのだろう。
ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
遠坂である私が彼が魔術師であることも知らず、助けにきたと思ったらセイバーのマスター? 私が狙っていたクラスだというのに?
理不尽な怒りではあるのはわかっているが、この感情だけはどうしようもない。
「あ、あの、凛さん?」
アーチャーが声をかけてくるが気にならない。
ふっざけんじゃないわよ。
「なにって、なんもわかんねえよ! マスターだの、聖杯戦争だの、ちゃんと説明してくれ!!」
ぶちっと、理性の糸が切れる音がした。
「黙れ」
気づけば、私はそう洩らしていた。
「へ?」
「は?」
「えっと、凛さん?」
爆発した感情は一気に噴き出してもう私は止まらなかった。
「なんなのよあんたは! あんたがランサーに殺されるかもしれないと思って大慌てでここまで来て、そしたらあんたが召喚したサーヴァントに襲われた? ふざけないで!!」
もうぐちゃぐちゃだった。ひたすら溜まったものをぶちまける。
「しかも、あんたが召喚したのはセイバー? 私が狙っていたクラスだったのよ! それを、ど素人のマスターに召喚されるなんて……あんた私のこと馬鹿にしてるの?!」
それだけの量を一気呵成に言い切れば、さすがに息切れだった。
なんか一気に言いたいことをぶちまけたからか少しだけすっきりした。人間溜めこむのはだめなのね。
見れば、セイバーはじっとこちらを見つめ、衛宮くんはぽかんとして、そして、アーチャーはどこか悲しそうだった。
「あ、その、遠坂……よくわかんないけど、ごめん。セイバーも剣を収めてくれないか?」
と、申し訳なさそうに衛宮くんが指示を出す。
そして、セイバーと衛宮くんが一言、二言話し合う。
それからセイバーはこちらに視線を上げる。すでにさっきまで放たれていた威圧感を解き、構えていた腕は下げている。
もう戦う意思がないのだろう。
「もし、その話が本当でしたら、その経緯はわかりませんが、その行動に感謝します。そしてそれを知らず襲いかかったことを謝罪させていただきます。今回は剣を納めましょう。そちらのサーヴァントもそれでよろしいか?」
「はい……」
どこか気落ちした風にアーチャーが頷く。どうしたのかしら?
そして、アーチャーが地面に降りると同時にアーチャーの服が元に戻る。それに衛宮くんが少し驚いた。
「あ、あのさ、遠坂、その子もセイバーとかさっきの男と同じなのか?」
まあ、アーチャーの姿に戸惑うのもわからないでもないわね。普段の格好はまるっきり私たち現代人と大差ないのだから。
「ええ、この子が私のサーヴァント、アーチャーよ」
と紹介するとおずおずとアーチャーが前に出る。
「えっと、アーチャーです。よろしくお願いします衛宮さん、セイバーさん」
ぺこっとお辞儀するアーチャー。ほんと礼儀正しい子ね。
「あ、ああ、よろしく」
と、戸惑い気味に衛宮くんが頷いた。
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士郎とセイバーとの邂逅編です。
次回、教会編からできたらバーサーカー戦まで行きたいです。