外から見た時も思ったけど衛宮邸はなかなか立派な屋敷だった。
純粋な和風っていうのも普段洋風の我が家からすると新鮮にすら感じる。
「ちょっと着替えてから茶と茶菓子持ってくるから少し待っててくれ」
「あら、悪いわね」
「ありがとうございます」
と、衛宮くんが破れた服を着替えに席を立つ。
「シロウ、私も手伝いましょう」
衛宮くんの体調が心配なのかセイバーも連れ立って席を立ち、衛宮くんに続く。
確かに衛宮くんの声には張りもなく、濃い疲労の色が出ていた。
まあ、今日一日ここまでいろいろな出来事、それこそ一回死んだり、殺された相手にまた殺されかけたり、セイバーを召喚したりしたんだから疲労するのも無理はないわね。
にしても、ずいぶん仲が良く見えるわね。さっきは口喧嘩してたりしたのに……
と、そこまで考えて、未だにアーチャーの表情が暗いのに気付いた。
「どうしたのアーチャー? もしかして傷が痛むの?」
「あ、いえ……」
そして、またアーチャーが項垂れる。
あーもう、たく。
「アーチャー、そんな顔してなにもないなんて言っても信じられないわよ? なにかあるなら言いなさいよ」
まったく、本当に顔に悩んでいるというのがよく出るわね。
そして、少しアーチャーは思案してから、
「ご、ごめんなさい!」
いきなり謝ってきた。
へ?
「そ、その凛さんはアーチャーの私よりセイバーさんがよかったんですよね? そ、その、私が召喚されちゃってごめんなさい」
……あー、気にしてたのねあれ。
少し悪いことをしたと思う。イライラしてたとはいえ、この子を傷つけるようなことを言ってしまったんだから。
ぽんと私はアーチャーの頭に手を置く。
「別に気にしなくていいわよ。確かに最初は剣を使うセイバーの方がいいかな。なんて思ってたけど、今はそんなこと欠片も思ってないわ」
え? とアーチャーが顔を上げる。
だって、この子は私がマスターでよかったと言ってくれた。そして、私の選択を認めてくれた。それが、なによりも嬉しかった。
そう、たった一日しか経たないけど、今なら胸を張って言える。アーチャーを召喚できてよかったと。
「これでも頼りにしてるんだから、しっかりしなさいよね」
にっと私が笑ってみせると、アーチャーも満面の笑みを浮かべる。
「はい!」
それでよし。
「お待たせ遠坂、アーチャー……どうしたんだ?」
と、気づけば衛宮くんが戻ってきていた。
「な、なんでもないわよ。あ、お茶ありがとう」
アーチャーの頭から手を放してお茶をいただく。
そして、彼らが席に座ってから聖杯戦争の説明を始める。
なんかアーチャーは「マミさんみたいな味……」と衛宮くんのお茶に感動していたわね。
時折、衛宮くんが困惑や反論の言葉はあったものの、聖杯戦争の説明はすぐに終わった。
それに衛宮くんは黙りこくって俯き、対してセイバーはきっちりと背筋を伸ばして私の話を聞いている。対照的ね。
「とりあえず、一度教会に行っておかないとね」
私だけでなく綺礼の話しも聞かせた方がいいだろう。それにマスター登録もしないといけないしね。
正直、あまり会いたくないけどあの似非神父。
「え? 教会って確か隣町だよな?」
「そうね、まあ、今からなら夜明け前までには帰ってこれるんじゃない?」
ここから歩いて一時間、今の時間帯なら話を聞いて帰ってくればそのくらいになるだろう。
「明日じゃだめか?」
「だめよ」
行きたくないオーラを発する衛宮くんをバッサリ切る。ただでさえ自覚が薄いのだから、ちゃんと持ってもらわないと困る。
「セイバーもいいでしょ?」
「はい。シロウ、あなたの知識のなさは致命的です。此度の戦い意図して参加したわけではなくとも、契約をした以上、自覚していただかなければなりません」
セイバーの言葉にうっと衛宮くんが唸る。
「教会で話を聞くことで少しでも理になるならそうすべきでしょう」
そうセイバーに言われて衛宮くんは頷くしかなかった。
そして、教会に行くことになったのはよかったのだけれども、一つ問題があった。
「私は武装を解除する気はありません」
それだった。なにせセイバーが銀色の鎧のまま教会に向かおうとしたのだ。
私たちは困り果て、その様子をセイバーはきょとんとしていた。
唯でさえ人目を引く美貌、その体を覆う銀色の鎧。深夜とはいえ、それを連れ歩くのだ。できれば御免こうむりたい。
さらには、聖杯戦争関係者に見られたらサーヴァントを連れ歩いていることを宣伝するようなもの。ただでさえへっぽこマスターである衛宮くんには負担以外のなにものでもない。
「あ、あのセイバーさん」
「なんですかアーチャー?」
と、そしたらアーチャーがセイバーと交渉をし始めた。
「この国には郷に入っては郷に従えっていう言葉が……」「無暗に正体をさらすべきでは」とセイバーを説得する。
そして、ついにアーチャーの説得にセイバーは折れたのだった。
やっぱりアーチャーもそうしてるし(自前ではあったが)同じサーヴァントの方が説得させやすかったのかしらね?
そして、セイバーに衛宮くんのお古の洋服を着せて、私たちは教会へとやってきた。
「先に言っておくけど、覚悟しといてね」
「か、覚悟っていったいなんのだよ」
「入ればわかるわ。入れば」
腹黒、精神歪みきったあの神父が何を言うか、それを考えるだけで私まで頭痛がしそうになる。
なによりも、すっかり忘れていたが、私もあの似非神父になんの報告もしていないことを思い出した。
いったいどんな嫌味を言われるのだろうか? それに思い当って今度は胃が痛くなり始めた。
と、考えていたらアーチャーがどこか複雑そうに教会を見つめているのに気づく。
「アーチャー、どうしたの?」
「え、いえ、なんか嫌な感じがして……」
嫌な感じね? 私は全然感じないけど、英霊特有の勘かなにかかしら? 少しそれが気になりながらも、私たちは教会の扉を開けた。
あー、憂鬱だわ。
教会での話し合いはつつがなく終了した。もっとも、ねちねちとした嫌味と共にあの似非神父は、衛宮くんにプレッシャーをかけた。そのくらいしないと衛宮くんは平和ボケしたままな気がするからちょうどいいかもしれないけど。
特に、あの冬木の大火事が聖杯戦争が引き起こしたことに憤ってたわね。おそらく彼はあの時の被害者なのだろう。
「事情はわかった。もう二度とあんなことを引き起こすわけにはいかない。俺は、マスターとして戦いを止めてみせる」
「ではシロウ!!」
「ああ、半人前だが、一緒に戦ってくれセイバー」
「あなたがそういってくれるのならば、私は貴方の剣となることを改めて誓いましょう」
「ありがとうセイバー」
二人の話はあっさりとおさまった。サーヴァントはマスターと近しいものが呼ばれるといいし、あの二人割と相性がいいのかもね。
それに、衛宮くんもここに来る前よりは決心がついたのだろうし、ここに来た意義もあったってことね。
まあ、ここまでする必要はなかったけど、だからと言ってほっといても後味が悪いし。
まったく、こんな考えは余計なもの。心の贅肉なのに。油断したら増えやがって畜生。
「あの二人とも戦わないといけないんですね……」
少し残念そうに呟くアーチャー。まったく、この子は。
「彼だって覚悟はできてるのよアーチャー。だからあなたも覚悟しなさい」
「はい……」
こくっとアーチャーは頷く。
優しい子だけど、きっとアーチャーは戦える。なんとなくだけど、そう思える。
そうして私たちは教会に背を向け歩き出す。
なんなんだろうかこの状況は。本来なら、サーヴァント同士が揃ったのだから、血なまぐさい戦いを行うはずなのに……調子が狂う。
いや、もしかしたら私はアーチャーを召喚した時から調子が狂ってるのかもしれない。妙に優しくて、甘いこのサーヴァントのおかげで。
まあ、それが悪くないって思える自分がいるんだけどね。
ただ、そろそろ一度仕切り直したいとも思う。これ以上あの二人に感情移入したら、戦いに支障を来しそうだから。
まあ、そんなことを考えてる時点で十分感情移入してるわね。
まったく、本当になんなんだろう。
そして、目の前に分かれ道。そこがちょうどいいと私は思った。
そう、ここで別れれば次は敵同士になれる。私は足を止める。
「どうした遠坂?」
「ここでお別れよ衛宮くん。もう聖杯戦争は始まってるんだから」
私は切り出す。
「なんでさ、帰り道はどうせ同じだろ?」
「特別サービスでここまでやってあげたけど、私たちは敵同士よ?」
その表情に戸惑いの色が浮かぶ。
「それはわかっている」
と言っているけど、本当はわかってないと思う。だからこそ、ここで別れないとならない。私のためにも衛宮くんのためにも。
まったく、甘いったらありゃしない。
「これ以上いたら、お互い戦いづらいでしょ? だからここで最後。次にあったら容赦しないから、覚悟しなさい」
できる限り冷たく、突き放すように言い放つ。ここまですればさすがのお人よしの彼でも理解できるだろうと信じて。だけど、その答えは私の予想の明後日の方向だった。
「俺はできれば遠坂とは戦いたくない。今日はいろいろ助けてもらったし、敵ってのは嫌だ」
開いた口が塞がらないと言うのはこういうことだろうか。あまりにお人よし。あまりに馬鹿正直。
どこかアーチャーが嬉しそうなのは気のせいだろうか?
「はぁ、本当に自覚を持ちなさい。衛宮くん、貴方のその考えは戦いにおいて余計なもの。心の贅肉よ」
教会で話を聞いて少しはマシになったと思ったのに。まったく……
「まあ、今日のことは感謝してる。絶対に一生忘れない。ありがとう遠坂、アーチャー」
「私もこれまでのことは感謝します。健闘を」
まったく、なんなんだ。これは?
勘弁してほしい。本当に戦いづらくなりそう。
「そ、それじゃあ衛宮くん、さっきの言葉は忘れないでね。いくわよアーチャー」
そういって話を強引に打ち切り、私たちは衛宮くんとセイバーと別れようとして、
「ねえ、お話は終わった?」
突然かけられた声に振り向いた。
振り向いて、坂の上にある二人の影を見て私たちは固まった。
その圧倒的な存在感に、暴力を具現化したような異様に見ただけで心が屈しかける。
「バーサーカーよ、ね?」
鉛色の肌、見上げるほどの巨躯。
正気を失うのを引き換えに、大幅に上げられた能力と狂気を得てしまったサーヴァント。
知識では知ってたけど、比較的弱い英霊を狂化すると聞いてたから、これほど圧倒的なものだなんて思いもしなかった。
軽く見てもセイバー以上のスペックの持ち主。果たしてアーチャーがどこまで戦えるかわからないけど、絶望的な状況。
唯一の救いは、私たちだけじゃなくて、衛宮くんがいること。
こっちは二組、勝つことは難しくても、渡り合うことはできるはず。
我ながら情けない打算だが、今は生き延びることが優先ね。
「こんばんわお兄ちゃん。会うのは二度目だね」
と、マスターと思わしき十歳ほどの少女が衛宮くんに声をかける。
知り合い、と言ってもとてもじゃないが、友好的な関係じゃなさそうね。
無邪気な笑みとバーサーカーの威圧感が相まって異様な雰囲気を作り上げる。
「アーチャー」
「凛さん大丈夫です」
強張った顔でアーチャーが宝石を取り出す。
「私も怖いけど、一人じゃありませんから」
そう言って光を纏いアーチャーが変身する。
まったく、この子は。
私はありったけの魔力を籠めた宝石を取り出す。サーヴァントが頑張るなら、マスターの私もしっかりしなければ。
「ふふ、あなたのサーヴァント、私のバーサーカーに敵うのかしらね凛?」
「へえ、私のことを知ってるの?」
つい、そう減らず口を叩く。
「そういえば、あなたにはまだ挨拶してなかったわね。私はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
なるほど、あのアインツベルンの人間ね。
あんな規格外の化け物を引き連れている理由が少しわかったわ。
「衛宮くん、この場を切り抜く方法を考えなさい。生き残りたければ、ね」
肩を叩いて声をかける。微動だにしなかった衛宮くんが息を吐き出して頷く。
まあ、仕方ない。あんなのに、相対しているのだから。
「セイバーが前衛でアーチャーと私が後方からセイバーを援護。いいかしら?」
「セイバーさん、すいません。私は矢を射ることしかできませんので」
アーチャーが頭を下げて謝る。
「いえ、今はそれが最善でしょう」
そう答えて、セイバーが一瞬で武装する。
「じゃあ、殺すよ。やっちゃえ、バーサーカー!」
イリヤの命令に暴力が解き放たれた。
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覚悟編とバーサーカー戦です。
さて、次回で、本格的にバーサーカーと戦います。どうしよっかなあ。