「ふう」
タンスから引っ張り出した布団に衛宮くんを寝かせる。
あの後、ついに疲労がピークに達してしまったのか、イリヤたちが立ち去った直後に倒れてしまった衛宮くんを衛宮邸に運び込んだ。
まったく、気持ちはわからないでもないけど、女の子に重労働させるのって男としてどうなのよ?
「セイバー、衛宮くんが起きるまでここで休ませてもらっていいかしら?」
そんなことを考えながら私は、セイバーに尋ねる。今から家に帰るほどの体力も残っていない。できれば今すぐにでも眠りたいくらい。
それに、衛宮くんとは話したいこともある。
「構いません。あなた方が闇討ちをするような人物でないのはわかっています」
うーん、敵になるはずなんだけど、信用されるなんて。
小さく苦笑して、アーチャーに袖を引っ張られる。
「あの、凛さん、ちょっと話があるんです」
話?
アーチャーはちらっとセイバーを見る。
セイバーがいる場所では話しづらいのかしら。
私は頷くと休息を求める身体を無視して腰を上げた。
セイバーのいる部屋からだいぶ離れた廊下でアーチャーに向き合う。
「で、話って?」
アーチャーは少し躊躇うと、あの宝具だと言っていた宝石を取り出した。
「これなんです」
これがどうしたのかしら? アーチャーが差し出した宝石を見る。
それで気づいた。最初に見たときはきれいに透き通った桜色だったそれは、黒く濁っていた。
「なにこれ?」
正直、その色は見てて気持ちのいいものじゃなかった。
まるで、光を飲み込もうとする闇だ。
「これは、私の力の源ソウルジェムというものです」
ソウルジェム。直訳すれば魂の宝石かしら。
「私が力を使う度にこのソウルジェムは穢れを溜めていきます。そして……その穢れが溜まりきった時に、私は消滅してしまいます」
……なんですって?
もう一度アーチャーがソウルジェムと呼ぶ宝石を見る。中心に揺らめく闇はその小さな宝石の中を蝕んでいるように見える。
「これ、だいぶ溜まってるように見えるけど?」
「たぶん、三分の一くらい溜まっちゃってます」
困ったようにアーチャーが笑う。
……冗談ではない。アーチャーはバーサーカー戦という多大な消耗を強いられる戦いを潜り抜けたとはいえ、たった二回の戦闘でリミットを三分の一も消耗しているというのだ。
もし、持久戦に持ち込まれたら、いや、その前にバーサーカーと戦えば間違いなくアーチャーの消耗の方が早い。
「あ、あんた、なんでそんな重要なことを早く言わないのよ!」
気づけば私はアーチャーの肩を掴んで食って掛かっていた。
「ご、ごめんなさい! 本当はもっと早く言うつもりだったんですけど、言うタイミングが見つからなくて!」
しかし、となると今後の方針を考えねばならない。
こんな序盤で躓くわけにいかない。まずはこの穢れをどうにかできないかね。
「その穢れは浄化できないの?」
試しに聞いてみる。
アーチャーだってこんなリスクを背負ったままで戦っていたわけじゃないだろう。なにか対策を持って戦ってたはず……と信じたい。
「いえ、自分ではできません。普段ならグリーフシードに穢れを転嫁するんですけど、今、手元にありませんし」
グリーフシード、嘆きの種ね。でも、それがないか……
さっきから知らない単語のオンパレード。この子の正体がなんなのか洗いざらい吐かせたいが、それよりも当面の問題はこっち。どうする?
と、私が考えていたら。アーチャーは少し困ったように首を傾げる。
「でも、今のソウルジェムは自然と穢れが小さくなってるんです」
はっ?
「それって自浄能力があるの?」
ふるふるどアーチャーは首を振る。
「いえ、そういうのはないはずなんです。穢れは溜まっていくだけで、自然には浄化されません。だけど、バーサーカーさんと戦った後と今だと、今の穢れの割合が小さくなってるんです」
どういうことかしら?
正直これがどういうものなのかは、アーチャーの事情を知らない私にはさっぱりわからないから。というか、それ含めてこの子のことも聞かないといけないわね。
ま、今の話も含めだいぶ何者なのかは想像できてきてきたけど。
おそらく、その出で立ちに言動、なにより聞いたことのない英霊の名前に単語。これらから、彼女は近い未来、もしくは平行世界の英霊と私はあたりをつけている。
まったく、もしそうなら遠坂の家で平行世界の英霊を召喚するとは、おかしな縁を感じるわ。
だが、今は詳しい説明を聞くのは置いておこう。こういうのもあれだが、ここは敵の本拠地。
セイバーや衛宮くんがそんなことしないのはわかってるが、一応そこは分別をつけないとならない。
「まあ、あなたが戸惑うのも無理はないと思うけど、メリットにはなってもデメリットにはならないでしょ?」
私の問いにこくっとアーチャーは頷く。
「なら、気にしないで儲けものだと思っときなさい。まあ、あとで詳しい話は聞かせてもらうけど」
「はい」
アーチャーは神妙に頷く。
さてと、ここは一度休ませてもらおうかしら。あ、でも、その前に……
「アーチャー、今の話を踏まえて一つ提案があるんだけど、いいかしら?」
そして、少し前から考えていたことをアーチャーに話す。それを……アーチャーは満面の笑みで肯定した。
はあ……
アーチャーの話を聞いたあと、軽く仮眠を取る。アーチャーに食われた魔力はかなりの量だから、少しでも回復をしたかった。
そして、軽く休んだけどいまだ起きない衛宮くんにため息をつく。
仕方ないし、小腹も空いたから冷蔵庫の食材を借りて簡単な料理を作る。
勝手に人の家のを使うのはどうかとも思ったけど、ま、衛宮くんの分も作ってあげるからいっか。
そして、出来上がったチャーハンをアーチャーたちと食べる。なんか、二人とも匂いに釣られてきたらしい。犬か。
アーチャーはほむほむと、セイバーはもっきゅもっきゅと頬張る。
あれ? 私まだ疲れてるのかな? 二人の頭の上に擬音が見える。
「桜来てるのか、って、遠阪?!」
まあ、そんな風に時間を潰していたら衛宮くんも匂いに釣られて起きてきた。
「落ち着きなさい衛宮くん。あなたの分はとっといたから」
空いた席にチャーハンを盛ったお皿を置く。
最初は大皿に装ってたんだけど、セイバーの速度があまりに早かったため、別に分けといた。
本人はちゃんと衛宮くんの分は残すっていってたけど、ごめん。信じられなかった。
戸惑いながらも衛宮くんは席に着く。
「で、体調はどう?」
「ああ、ちょっとダルいけど、特に問題ないぞ」
よかった。まあ、刺された心臓とか大丈夫か気にはなってたけど、それならいい。
ちらっとセイバーとアーチャーを見る。満足そうに、並んで座っている。
いつの間にか仲良くなってたわねこの二人。一緒に闘った信頼感かしらね。チャーハンに釣られてきたのも一緒にだったし。
昨日の戦いといい相性がいいのかもしれない。それはこれから私が提案することにとってはプラスにはなるけど、これからのことを考えると、少し喜ばしくない。
はあ、昨日はああ言った手前恥ずかしいけどそんなこと言ってられないものね。
「それでね、衛宮くん、突然だけど、私からの提案。同盟を結ばない?」
へっと間抜けな顔を晒す衛宮くん。対してセイバーはすぐに理解してくれたようだ。
「バーサーカー、ですね?」
セイバーの言葉に頷く。そう、それが私の考えだった。
バーサーカーは少なくともあと八回殺さなければならない。
それは、アーチャーの宝具を二回当てなければならないが、あれには溜めがある。一度あれを食らっているバーサーカーはそれを許さないだろう。
他にも宝具があるが、それも発動には少し時間がかかるとアーチャーは言っていた。
なにより、それを抜きにしてもバーサーカーは強大すぎる。
あと、できたらソウルジェムの負担を減らしたいという二人には話せない事情があるわね。
それを話しておいたからか、少しアーチャーが申し訳なさそうに縮こまっている。
「ああ、わかった。一緒に戦おう遠阪。セイバーもいいか?」
「はい。彼女とアーチャーは信用できますし、二人の人柄は私も好ましい」
衛宮くんの言葉に頷くセイバー。
えらくあっさり決まったわね。
「では改めて、これからよろしくお願いします。士郎さん、セイバーさん!」
と、アーチャーが二人に微笑む。さてと、
「ほら、冷めるからさっさと食べちゃいなさい」
と、促すと、衛宮くんはごくっと生唾を飲んでチャーハンを食べ始める。
ま、お腹空いてて当然か。
「うまい。そういえば遠坂は中華がうまいって後藤が言ってたな」
あ、懐かしいわね。
去年の料理対決を思い出す。蒔寺さんが料理に関して私にだって勝てるって言うもんだからついむきになったんだっけ。
それにしても後藤くんのあの解説ぶりは面白かったわ。あと、綾子のせいで自爆したのもなかなか。
そんなことを考えながら、私たちは遅い朝食を食べるのだった。
another side
彼女は考え込んでいた。
「ギリシャの英雄ヘラクレス。とんでもないものが召喚されたわね」
使い魔越しに得た情報を吟味する。
十二回、いや、今はあと八回殺さねばならないのは厳しい。
「できれば、手駒をもう少し強化したいのだけど」
続いて見るのはバーサーカーと対峙する二体のサーヴァント。
その片方。弓矢を武器にする方を見る。
彼女は魅力的だった。なにせその可憐な見た目に反し、一撃でバーサーカーを四回も殺すほどの力を持っていた。
なにより、
「かわいい」
可愛かった。そのフリフリの服は彼女の好みにストライクだった。
はっとして、首を振る。今はそういう問題ではない。
それに、彼女だけでは問題がある。この様子からは彼女のクラスがアーチャーで、接近戦ができない、もしくは不得手と思われる。そこが、ネックだった。
手持ちの駒があるものの、組み合わせるには少々問題もある。
「となれば」
もう一人、剣を使うサーヴァントを見る。彼女も必要。
それに、彼女もあの弓矢のサーヴァントのように……だから違う。
どうやってこちらに引き込むか、その策を考え、彼女はほくそ笑むのだった。
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同盟組むタイミングちょっち早いかなあ。でも、まどかは単体では少し使いづらい感じに設定してますんで。
ソウルジェムのあれはもう少し後に説明します。
次回、主夫衛宮くんの活躍予定&ライダー登場?