――荒廃した街で巨大な魔女に立ち向かう黒い少女。
――それを見守ることしかできないあの子。
――がんばって――
――その言葉が彼女に届いたかはわからない。
――戦いが続く。爆音、銃声……少女が魔女の飛ばす歯車の攻撃に晒される音。
――あまりに圧倒的な魔女の前に少しずつ追いつめられる黒い少女。
――そんな、こんなのってないよ……あんまりだよ!!――
――残酷な運命に悲鳴を上げるあの子。
――仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。けれど彼女も覚悟の上だろう――
――冷静に語る白い獣。なんでそんな冷静でいられるのかとあの子は一瞬思ったが、次の言葉でどうでもよくなった。
――諦めたらそれまでだ。けれど君なら運命を変えられる。避け様のない滅びも、嘆きも、全て君が覆してしまえばいい。その為の力が、君には備わってるんだから――
――甘い誘惑。それにあの子は乗ってしまった。
――それこそが全てを終わらせてしまうことになると知らずに……
いったい、なんだろう今度の夢は。まるで自分のことのように襲った無力感と喜び。そして、その裏にずっと残る悲しみ。
ラインを通じてあの子の夢を見るのは三度目。それに応じてかなかなか把握できなかったあの子のスペックをだいぶはっきりと見れるようになってきた。それでも大部分が見えないけど。
だが、それとは別に今度の夢は私を戸惑わせる。今度の夢は前の夢と比べると矛盾点がいくつもある。
あの子は確かあの魔女が現れる前に契約したはずだった。だけど、今度は現れた直後。それに、確か一回目の夢も形は違えど、あの魔女の前での契約だったはず……
なんだこの矛盾は?
翌日、またも見ることとなった夢のことを考えながら、私は衛宮くんたちと校内にいると思われるマスターの探索を始めたけど、なかなか実りはなかった。
まあ、沙条さんは私に自分が無関係で、今日からしばらく学校を休むと言ってきた。あのアマ、結界を察して逃げたわね。 まあ、いいけど。彼女が違うのは最初っからわかってるし。
そして、放課後、士郎が行方不明になった。
あんのバカ! どこいったのよ!
私は憤りながら士郎を探す羽目になった。
探しても見つからない。まさか、
「敵に捕まった?」
その答えに頭を抱える。どんだけ心配かけるつもりよあいつ!
「まどか、セイバーと合流してあいつを探すわよ!」
「は、はい!」
そして、三人がかりで士郎を探したけど、見つからない。
「シロウ……」
士郎が見つからなくてセイバーも項垂れている。
仕方なく、私達は一度衛宮邸に戻ったんだけど、
「お、遅かったな三人とも」
のんびりと晩御飯の準備をしている士郎に出迎えられた。
うん。安心した。だけど、しばかなければ。
「な、なんでさ遠坂、セイバー」
恨みがましく折檻した私達を睨む士郎。
「なんでさ、じゃなーい! こっちがどんだけ心配して探したと思ってるのよ!」
「そうですシロウ!」
セイバーも私の言葉に同意しながら士郎にお説教を始める。
「そ、それは、すまなかった」
本当に反省してるのよね?
昨日みたいなことがあったと言うのに、今日のこれ。少し疑ってしまう。
「でも、よかったです士郎さんになにもなくて」
まどかは純粋に士郎の無事を喜ぶ。まったく、この子は……
「で、士郎、あんたはいったい今までなにしてたのよ?」
「ああ、実は――」
そして、士郎が今まで何をしていたのか説明し始め、私はまた頭を抱えた。なんとこいつは、あのライダーに拐われていたというのだ。あー、もう、こいつ嫌だ……
しかも、そのマスターが慎二という、胡散臭くて仕方ない。
あいつの家系は古くからの魔術師ではあるのだが、既に廃れた家だ。どういう手を使ったのかしら?
一つありえる方法もないことはないが、それはない。そう信じたい。
そして、学校の結界はあくまでも、ライダーの独断専行であり、自分の指示ではないとのこと。胡散臭さここに極まれる。
「あのね、士郎」
私はこめかみを押さえつつ、説教をしようとして、
「士郎さんはその間桐慎二さんの話を信じたんですか?」
私がなにかを言う前にまどかが口を開いた。
「いや、全部鵜呑みにしたわけじゃないさ。でも、あいつだって本当は悪い奴じゃないからな、そんなことしないさ」
と、能天気な士郎、対し、まどかは暗い顔。そして、
「私はその人のことを信じられません」
まどかがはっきり言い切った。
私もセイバーも目を丸くしてまどかを見た。まさか、この子がこんな風に言い切るなんて。
「あいつに会ったことないのに、なんでそんなこと言うんだ!」
珍しく士郎が食って掛かる。さすがに友達を疑われて嫌なのはわかるけど、正直私もまどかと同意見だ。
「確かに私はその慎二さんという人を知りません。でも、メデューサさんは知っています」
そこから、まどかはライダーの正体であろうメデューサのことを話し始めた。
冷たく見えるけど、本当はただ不器用で姉思いの優しい心の持ち主であること。周りからの悪意で歪められ、最後は世界に呪いを振りまく存在なった存在であること。
「だから、メデューサさんが自分からそんなことをしたなんて思えません」
まどかはぎゅっと、手を握りしめてそう訴える。
にしても、まどかの話は私が知るものと少し違う。世界が違うからか、単に伝承が歪んだのかはわからない。
しかし、なんでそんなに相手の事情に詳しい?
「それに、たとえ私たちが慎二さんと戦わなくても、他にランサーさんにバーサーカーさんたち四体のサーヴァントがいます。そちらが戦いをしかけたら慎二さんは使うかもしれないんですよ?」
その言葉に、士郎はぐっと息を詰める。
確かにね。特にバーサーカーなんて、いくらライダーをそんな方法で強化しても勝てるとは思えない。まあ、こいつの場合助けると言い出しかねないけど。
「士郎さん。私も友達のことを信じるのは大切だと思います。でも、ただ信じるだけじゃダメなんです」
静かにまどかは語る。
「もし、友達が間違えそうになっていたら、間違えていたら、止めてあげないと、救ってあげないといけない。それが、友達の責任なんだって、私は思います」
「友達の責任……」
まどかの一言を呟くと、今まで項垂れていた士郎は顔をあげる。
「わかった、もしあいつが道を間違えていたら……俺が止める。それが友達としての俺の責任だ」
本当にわかったかどうかわからないけど、まあ、こういうんだったら信じてやるか……
「って、そういえば、遠坂さっき俺のこと士郎って」
あ、そういえば、周りがみんな士郎って呼ぶからついそう呼んでたわね。
「ああ、なんとなくよ。特に意識してなかったわ。嫌ならやめるけど?」
「いや、別にいいけどさ」
うん、よろしい。
そのあと、現状把握したサーヴァントの情報を元に今後のことを話し合った。
その過程でランサーがクーフーリンであることを知れたのは儲けものと言えるだろう。
ランサー=クーフーリン、ライダー=メデューサ、バーサーカー=ヘラクレス、今さらながら、そうそうたる顔ぶれよね。
まあ、まどかが「ゲイボルグは対処できる」って言ったのはびっくりした。どうするつもりかはわからないけど、頼りになるわ。
そして、相談を終えて、
「そうだ、セイバーできたらこれから稽古つけてくれないか?」
と、いきなり士郎がセイバーに頼んだ。
「稽古ですか?」
「ああ、その……バーサーカーの時、俺はなにもできなかった。少しでも戦えるようになりたいんだ」
ぐっと手を握る士郎。
はあ、バーサーカーみたいな規格外は私たちにはどうしようもないでしょうに。
「士郎、マスターであるあなたが戦う必要は」
「そりゃあバーサーカーみたいな相手に一朝一夕で対抗できるなんて思ってない。でも、できる限りのことはしておきたいんだ」
セイバーも少し考えてから、
「そうですね。では、今日から始めましょう」
「ああ、頼むセイバー」
ふーん、そういう姿勢は嫌いじゃないわね。
その後、士郎は衛宮邸の道場で稽古を受けたけど、当然ながら英霊であるセイバーに一本も入れられなかったことを記しておく。
another side
その、人間の頃の習慣でついつい私がトイレに行った時でした。
奥の土蔵で人の気配がしているのに気付きました。なんだろうと思って私はそちらに向かいます。
そして、土蔵の中では、
「士郎さん?」
「っと、鹿目か?」
なにか、おそらく魔術の練習をしていた士郎さんが振り向く。
よかった、あんなこと言った後だから少し嫌われてないか心配だったけど、そんなことなかった。
「ここで練習してたんですか?」
「まあな、最近強化がうまくいきやすくなったし、今のうちにコツを掴もうと思ってな」
そういえば、士郎さんは強化の魔術しかできないって話してたことを思い出します。
そして、再び士郎さんはその手に持つ木刀に集中します。
「士郎さんは、なんでそんなに頑張るんですか?」
今だってセイバーさんにあんなにしごかれたばかりなのに、ここで魔術の練習をしている。その背中になにか、言い知れぬ不安を覚えます。
そう、あの時、正義の味方の話を聞いたときに覚えた懐かしさにも似た。
「なんでって……ん~、俺は正義の味方にならなくちゃいけないからだ」
と、士郎さんが答えてくれた。
なりたいじゃなくてならなくちゃいけない……
それから士郎さんは少しだけ事情を話してくれました。
十年前の大火災で衛宮切嗣さんという人に助けられたこと。そして、お父さんになったその人と正義の味方になると約束したことを。
「だから、俺の命は誰かのために使わなくちゃいけないんだ」
と、士郎さんが笑います。
それを聞いてわかりました。なんで私は士郎さんをずっと気にかけていたのかが。
そう、似ていました。私の大切な友達のさやかちゃんに、マミさんに……
そう思ったとき、二人の最期を思い出しました。士郎さんもそうなってしまったら……
「士郎さん、それは、少し違うと思います」
「え?」
気づけば私はそう言っていました。
「誰かのために頑張るのはすっごくすっごく大切なことだって思います。でも、自分を粗末にしちゃダメなんです。自分一人の命じゃないんです。士郎さんが犠牲になったら、桜さんや大河さん、悲しむ人もいるんですよ?」
言葉だけでなんとかなるなんて思ってない。
でも、それでも、ちゃんと言わないといけない。伝えなくちゃいけない。
「私も自分の叶えたい願いのために命を使いました。だから、考えてください。自分の命をどう使うのかを」
私はそう言ってから、土蔵を出ました。
俺はじっと鹿目が出て行った土蔵の扉を見ていた。
いったい、なんなんだろうか、ああ話していたとき、鹿目は俺なんかよりずっと年上に見えた。
英霊って言ってたけど、なにをしたやつなんだろう。それに、
「自分の命をどう使うか、か……」
土蔵の天井を見上げる。
鹿目はああ言っていたけど、俺は人助けのために使う。あの時からそう決めたんだから。
でも、なんとなくじいさんの葬式の時の藤ねぇの泣き顔を思い出す。
そうだな、確かに……桜や藤ねぇの泣き顔なんて嫌だな。そう思った。
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そして、今回はまどか、士郎へ語るの回です。
アーチャーの代わりにまどかには士郎の歪みを指摘する役をしてもらえるよう頑張りたいです。
まあ、まどかは士郎にマミやさやかを重ねてるので自然と気にするかなと思ってます。
なお、僕が氷室の天地大好きなので、沙条さんがところどころ顔を出していますが、これ以上は出る予定はありません。
それでは、次回ライダー戦です。