「……なんだ?」 何かこう、キュゥべえよりもっと理不尽な、意味不明でワケの分かんない夢を見た気がする。「……漫画の見過ぎだな。まったく」 とりあえず昨日、悶絶して動けなくなってた魔法少女の一人を『魔女の窯』に放り込んで処理した後。 緊張疲れから、泥のように眠ってしまったのだ。 ……怖かった。今思い出すだけで怖い。最強クラス相手に丸腰ですよ、俺? 殺されたって、おかしくなかったんだし。 思い出すと、本当に背筋が凍る。こんな小悪党のドコに、あんなクソ度胸があったのやら。「っていうか、暁美ほむらの奴、完全にウチに丸投げしやがって……ん?」 待った? もし、仮に。奴が本当に、時間遡行者だったとして? ……ひょっとして『なんべん繰り返しても、手に負えない』から、俺に丸投げした可能性は無いか!? あいつは、俺の事を『初めての事』とか言ってた。 つまり、俺の存在や行動、動向は、彼女にとって予習出来ない存在だった……んだろう。かなりの不確定要素なハズだ。 あれやこれや突っ込んで聞いてきたのは、多分、二週目の周回で、俺に遭遇した時のためだとして……「あっ、あっ、あっ……あの女っ! まさか!!」 自分がトンでもない死地に居た可能性に、顔面が更に蒼白になる。 魔法少女の真実を知って、耐え抜ける人間なんてそうはいない。つまり、巴マミも狂乱して自決したり魔女になったりする可能性だって、間違いなくあったハズなのだ。むしろ、この推論が正しいならば、その可能性はかなり高い! ぶっちゃけて言うならば『運が良かっただけ』……冗談ではない!!「……沙紀。頼みがあるんだが、今日、学校休んでくれないか?」「ふへ?」 コトの真偽を問い詰める覚悟を決めると、俺は、普段あまり使わない武装――『切り札』をチョイスし、沙紀のソウルジェムを手に家を飛び出した。「……で? わざわざ沙紀さんの学校を休ませて、テレパシー使って、こんな所に呼び出すなんて、何の御用?」 『甘味所』の暖簾がかかった、ごく小じんまりした店舗の奥。 茶室にも使えそうな小さな個室で、俺は暁美ほむらと対峙していた。「お前、巴マミが爆弾だって知ってやがったな?」「ええ。それが?」「知ってて俺の家に送り込んだ」「私の所で暴発されても、迷惑だもの。当然でしょ?」 ……この言葉だけでも、同盟破棄の理由には成り得るのだが、問題はそこではない。「違う。お前は『100%暴発されるよりも、未知数の可能性に賭けた』。俺個人のリスクは省みずに」「……………」 彼女が繰り返しの住人ならば、これから起こり得る厄介事を、影から俺に押しつけ続ける事も、不可能じゃないのだ。 何しろ、俺という不確定要素があるとはいえ、未来に起こった事をある程度知っているわけだから。「……前、お前言ってたよな? 『巴マミは、あの段階と状況だと、シャルロットに喰い殺される末路を辿るハズだったのに、何故か生き延びた』って」「ええ、それがあなたが変えた未来……」「違う! ネックはソコじゃねぇ。『あの段階と状況』って事は……もしかして……いや、当然ながら『他の段階と他の状況で』彼女が暴発したりする事も、あんた知ってたんじゃねぇのか?」 俺の突っ込みに、彼女はさらっと答える。「……答える必要は無いわね」「YES、って答えてるよーなモンだぜ、テメェ……」 睨みつける。もうそれ以外出来ない。「はぁ……あなたは、どうしてこう厄介な事に、いつも気づくのかしら。 御剣颯太、あなた、鋭すぎるわ」「厄介なのはテメェだボケ! 未来知識持ってて時間止められる魔法少女なんて、俺からすりゃ反則もイイトコだ! はぁ……ベラベラ自分の経歴、喋るんじゃなかった」 お互いに、深々と溜息をつく。「……殺すか? 鹿目まどか」「殺しましょうか? 御剣沙紀」『デスヨネー?』 お互いにハモってさらに溜息。 まったくもって、厄介きわまる相手に絡まれたモノである。「……っていうかさ。俺がお前さんの不確定要素だとして。 巴マミが暴発して俺や沙紀が殺された後の事って、考えてたの?」 と、途端に目を潤ませて、俺の右手を両手で掴み、さらに斜め四十五度な上目遣いで。「あなたなら出来ると信じてたの♪ 私の運命の人♪」「……本当は、おめー、死んだら死んだでしょーがないとか考えてたろ?」「……やっぱり鋭いわ、あなた」 この女っ!! マジで鹿目まどか以外、眼中に無ぇ。っつーか無さ過ぎる!!「一個だけ……一個だけ約束しろ、暁美ほむら! 無断で俺を試すな! お前にとっちゃあ、繰り返しの何回かにしか過ぎないかもしれんが、俺にとっちゃ人生一度っきりなんだよ! ……でないと、マジでテメェをどうにかせにゃならん」「どうにか、って? 例えば?」 ほう。そう来ますか? 余程、自分の時を止める能力に、自信があるらしい。……その幻想(おもいあがり)を、ブチ殺させて貰うとしよう。「んー、そうだな。例えば、お前さん、『何秒で』時を止められる?」「意味が分からないわね。『何秒止められるか』ではなく『何秒で止められるか』って?」「いや。こゆ事」 カチッ! 暁美ほむらの目の前に、コルトS・A・Aの拳銃……型ライターが出現する。しかも銃口から『火がついて』。 ……言っておくが、俺は時を止めたりはしていない。「っ!!」「お前さんの能力、かなり凶悪だけど『お前さん自身が認識して起動させるっぽい』からタイムラグがあるね。 何かの動きや害意とか、そーいったのにオート的な反射で反応するワケじゃない。その反応見る限り、0コンマ1秒台ならギリギリ何とかなると見た。あとは、ソウルジェムをスポット・バースト・ショットで狙い撃てばいい。 こーいった反射神経の世界じゃ、あんた『並み』なんじゃね?」 そう。俺がやった事は、単純。 純粋な技量による、早撃ち。 それだけだ。「あとは狙撃かなー? 殺気を消して初弾必中を心掛ければ、まあ何とか……」「……OK、分かった。悪かったわ。今後、あなたに無断で勝手に試したりはしない。 これでいい?」「ん。ギスついてるたぁいえ、これでも一応、同盟関係なんだ。お互い、有意義なモノにしたいね。 それに、ワルプルギスの夜は、俺にとって姉さんの敵でもある。倒せるなら倒しておくに越した事は無いし、今の縄張りを俺は気にいってるんだ」「佐倉杏子と、巴マミに挟まれた、この猫の額のような縄張りが?」「ま、ね。いろいろと動けない理由もあるし。学校とかね」 そう言うと、俺は口をつぐむ。「……例えば、他にどんな?」「答える理由は無い……んだが特別だ。 まあ、簡単に言うなら、『最弱』が生き延びるため、あそこらを対魔法少女用のトラップゾーンにしてる、って事。 お前らがあの時踏みこめたのは、キュゥべえが物量でトラップを踏み潰して、道を拓いたお陰なんだぜ?」「なるほど、ね……ん? 待って。インキュベーターが、何故、私に協力をしたのかしら?」「お前に協力した、っつーより、お前以上にあいつに俺が嫌われてっからだろ。 見かけりゃ念入りにゴキブリ退治とかやってるし、グリーフシードになる前にソウルジェム壊したりしてるわけだし」 本当は、もっと根本的にキュゥべえに嫌われる要因があるのだが、それは今、この場で言いだす義理は無い。 ……と、いうか。『魔法少女最悪の秘密を知った上で』、かつ『コレ』がバレたとするなら同盟関係の破棄に繋がりかねない。「それじゃ、行きましょうか。イレギュラー」「? ドコにヨ?」「運命を変えに、よ」「早速かよ、おい!? ちょっ! あんみつまだ喰い終わってネェんだぞ! 少し待てねぇのか」「待てない」「……チッ!」 ちと行儀が悪いが、仕方ない。 ザッコザッコと一気にあんみつを流し込むと、さくらんぼ咥えながら勘定を済ませ、俺は暁美ほむらの後を追った。「……ここは?」 巴マミの縄張りにある、裏路地。 そこに響く剣撃の音に、俺は気付く。「ここが分岐点よ」「ちょっ!」 説明一切をすっ飛ばして突っ走る彼女に、俺も追いすがる。「説明しろ! 一体、何だってんだ!」「ここで、美樹さやかと佐倉杏子が戦う事になる」「……で?」「その場に、鹿目まどかとキュゥべえが居る」「あー、はいはい、なるほどね!」 魔法少女同士の喧嘩となりゃ、命がけのバトルだ。 そんな修羅場に、一般人とキュゥべえが居合わせりゃあ、起こる結果は一つだけ。 って……『弱い人間を魔女が喰う。その魔女をあたしたちが喰う。これが当たり前のルールでしょ? そういう強さの順番なんだから』『あんたは……』 この声は、佐倉杏子と……あの時のルーキーか! 撃発の音が、近くなる。 ……まずいな。 さらに轟音。剣撃の音。戦闘の音が激しくなる……近い!「えっ? ちょっ!」 俺は、ソウルジェムを握り、軽く身体能力を強化すると、暁美ほむらを『抜き去って』突っ走る!!「言って聞かせて分かんねぇ。殴って聞かせて分かんねぇ。なら……殺しちゃうしかないよね!」「同感だ!」 その台詞に心から同意しつつ、ソウルジェムからパイファーを抜くと、俺は容赦なく紅い影に向けて発砲した。 一発、二発、三発。なかなかの反射神経と敏捷性でいずれも象狩り用の銃弾は当たらず、最後は槍で弾かれる。「っ!! 誰だ!」「弱い人間を魔女が喰う。その魔女を魔法少女が喰う、とか言ってたな? ……じゃあ、その魔法少女は誰に喰われるか。お前、知ってんのかよ?」「あ? テメェ、何者だ?」「さあな。みんな色々勝手な事言ってるから、どー名乗っていいのか自分でも分かんねーが……とりあえず有名どころで、こう言えばいいか? 『フェイスレス』と。 なあ、神父・佐倉の娘さんヨォっ!!」「っ! テメェが……『顔無しの魔法凶女』……いや、女ですら無かったとは驚きだ。 ……で、一体、何の用だ?」「あー、いや。用っつー程のモンでもねぇンだけどよ。なんつーか、成り行きでな。 それに、まあ……あまり顔を合わせたくなかったんだがイイ機会だしな。『いつかは』って思ってた」 俺の腹の中に蠢く、黒い衝動。 ……ああ、分かってる。 八つ当たりなのは知っているのだが、どうも抑えようがない。悪いのは、こいつの親父であって、娘に罪は無いと知ってはいるのだが。「なんつーか、佐倉杏子の噂はイロイロ聞いてたからよ。今のお前さんに、前々から一言いいたかったんだ。 今のお前さんの行状を見て、『正しい教え』を説いてた、お前の親父さんが、どう思うかねぇ?」「っ!! テメェ……何であたしの親父を知ってやがる!」「直接ではないが、よーく知ってるさ。色々と、な。 もっとも、テメェがウチの家族の事を知ってるとも、思っちゃいねぇがな。 だから、悪ぃがコッチの手札は伏せさせてもらうぜ」「……上等だ。人間! 魔女以外を喰う趣味は無いが、アンタは別だ。 その伏せてる手札一切合財、色々知ってそうな事を、洗いざらい吐いてもらうぜっ!」「そーかよ」 殺るか。 俺が、『切り札』を切る覚悟を決めた、その時だった。「何……割り込んでんだよ!」「!?」 ふらつく足で、剣を杖に立ち上がる、ルーキー。「ヒョゥ、気合い見せてんなー」「あんたは、しゃしゃり出るな! これは、魔法少女の問題だっ!」 かなり重度の負傷だったハズだが、気がつくと相当治癒している。 ……なるほど。姉さんや沙紀に近いタイプだな。それでいて能力的に、回復や支援に特化したピーキーな二人に対し、剣での攻撃力もあるバランス型、か。サバイビリティの高さを見るに、そこそこ優秀な魔法少女の素質はあるようだ。 ……無論、精神面や経験不足を除けば、だが。「OK、確かにご指名は、このルーキーのほうが先だからな。 順番は守るぜ」「はっ、行儀がいいじゃねぇか。オーライ、すぐ片づけてやるよ!」「舐めるなぁ!!」 背後で、再び始まる剣撃の交差。 と。「そんな! お願い! さやかちゃんもう戦えないよぉ!」「お嬢ちゃん、黙ってな。戦うって決めたのは、アイツだ」 戦場から隔離された結界に居たのは、この間のツアーの女の子――多分、彼女が、鹿目まどか。 そして、その肩口にいるキュゥべえ。「久しぶりだね、御剣颯太。あのシャルロッテの時以来だね」「あまり口を開くな、キュゥべえ。テメェと話をしてると、虫酸が走る」「おやおや、『魔女の窯』なんてモノを運用してる君こそ、全ての魔法少女たちにとって憎むべき敵じゃないのかい?」「知るかよ。それに、アレを使われて一番困ってるのは、キュゥべえ。テメェだろ? ……どうも最近、魔法少女が量産されちゃあ、俺の家に押しかけてきやがる。大方、テメェの差し金じゃねぇのか?」「その少女たちを、悪辣な手口で、ことごとく殺して回ってるのは君じゃないか? 全く、困ったもんだよ」「知るかボケ。降りかかる火の粉は、こっちで勝手に払うに決まってんだろ」「やれやれ。君の行為は、僕たちインキュベーターの使命である、宇宙のエントロピーを伸ばす行為を阻害していると、何故理解できないんだい? わけがわからないよ」「知らないのか? 人間なんて身勝手なモンなんだぜ? 散々、魔法少女の願い事をかなえてるテメェなら、よーく分かってンだろ?」「お兄さん……さやかちゃんを助けに来てくれたんじゃないの?」 うるんだ目で鹿目まどかは、俺を見上げながら問う。「ん? あー、どーだっていい。アイツにゃ、俺のエロ本漁られた恨みもあるしな」「えっ、エロ……本!?」「それより見てみなよ。佐倉杏子相手に健闘してんじゃねぇか。イイガッツしてんぜ、あの女」 踏み込みはデタラメ、握刀も素人丸出し、構えも姿勢も滅茶苦茶。完全にド素人の剣筋だが、その攻防の中で時折見せるクソ度胸は、見事、としか言いようが無い。 もっとも、実力差は歴然だった。 斬り憶えが前提の魔法少女の戦いは、ソウルジェムのコンディション+実戦経験=実力である。 素人にしてはそこそこヤルが、あの佐倉杏子相手じゃ、分が悪すぎる。「お願い、助けてよぉ! さやかちゃんを助けて!」「じゃあ、あっちの佐倉杏子は殺していいか?」「えっ……そっ、それは……喧嘩でしょ!?」「お前は、あれが喧嘩に見えるのか? それに、悪いがあの女は、俺の敵……の、関係者なんだ。やるなら殺すし、向こうもそのつもりで来るだろ」「そんな! ……やだよぅ、こんなの、嫌ぁ!」 泣き崩れる鹿目まどか。 ……本当に、優しい子なんだな。 ……チッ!!「ねえ、まど……」「黙れキュゥべえ! ……なあ、お嬢ちゃん。他人に願い事する時は、慎重に言葉を選ぶもんだぜ。 お前は『あのルーキーを助けたい?』だけなのか? それとも『この闘いを止めて欲しい』のか? どっちだ!?」「止めて! おねがい! 止めてぇ!!」「OK、期間限定の『正義のヒーロー』との契約成立だ! 後で缶ジュースの一杯も奢れよ!」 そういって、立ちあがった直後。「がはっ!!」「さやかちゃん!!」 とうとう、壁に叩きつけられたルーキーが、その場でズルズルと崩れ落ちる。「さあ、オードブルは終わり。そこそこ楽しめたよ。 もっとも、メインディッシュのほうが、歯ごたえが無さそうだけどねぇ!」 大蛇の如く、槍を多節棍にして振りまわす佐倉杏子を見据えながら、俺はルーキーに声をかけた。「ったく……オイオイ、だらしねぇなぁ正義のヒーロー。『俺の後輩』がこんなザマたぁ情けなくて涙が出てくるぜ」「っ……う……?」「情けねぇ後輩に手本だきゃあ見せてやる。期間限定、出血大サービスだ。 よく見ておけ。魔法少女相手の『剣での闘い』ってのは……こうやるんだ!!」 そう言って、俺は沙紀のソウルジェムを、しっかりと握りしめる。 ただし、引き出す物は、武器だけではない! 魔力。 こつこつと節約して魔女を狩り、その挙句『魔女の窯』まで運用し、沙紀の命のために、貯め込んだモノ。 それを、今。俺は身に纏う! 袖口に、山形のダンダラ模様が白く染め抜かれた、沙紀のシンボルカラーである緑の羽織。鼠色の袴と足袋。 羽織の結び目に輝く、沙紀のソウルジェム。 そして、手にするは『兗州(えんしゅう)虎徹』 かつての『正義の相棒(マスコット)』の衣装を身にまとい、俺は佐倉杏子の前に立つ。『なっ!!』 俺が『変身』してのけた不意を突いて、速攻! 展開していた多節棍の関節に、俺は強化した兗州虎徹を走らせる。 一つ、二つ、三つ、四つ!「くっ!!」 関節を切断されて分解した槍を再構築しながら、大きく飛び退く佐倉杏子。 だが、それを見逃す程、俺も甘く無い!「いぃぃぃぃああああああっ!!」 飛び退く速度よりも早く追いつき、心臓、喉、眉間。必殺の三段突きを叩きこみ、吹き飛ばす。「悪いなぁ、佐倉の娘。 久方ぶりで、今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」 たたみかけるように、速攻、速攻、速攻! 相手の反応と反射の先を行き、斬って、斬って、斬りまくる!「っ……このぉっ!!」 薙ぎ払うような、槍の重い一撃を回避しつつ、俺は大きく飛び退いた。「相手が本気出す前に、全力でトコトン痛い目見せる。 ……喧嘩の基本、よく覚えときな、後輩」「っ……てめぇ!」「止せよ。実力差が分からん程、間抜けでも無いだろ?」 先程の三段突きにしても、その後の速攻にしても。 俺はいつでも急所を貫いて佐倉の命を取る事は出来た。何より、ソウルジェムに一閃。それで事は足りる。 それをしなかったのは……後ろに居る少女との約束だ。「行きな。『今なら』見逃してやる」「……目撃者皆殺しの殺し屋が、どういう風の吹きまわしだよ」「言っただろう? 今の俺は、期間限定の『正義のヒーロー』なんだよ。 それに、テメェごときハナっから敵じゃあネェんだ。こちとら二週間後に大物退治が控えてて、ザコのドンパチに構う余裕はネェんだよ」「っ……! あたしを……ザコだと! ……クソッ! 憶えてやがれっ!!」 そのまま、捨て台詞で跳躍を繰り返して撤退する、佐倉杏子。 ……一瞬、そのまま追撃して、背中から斬ってやるべきか、という衝動に駆られたところを、ぐっとこらえる。 何より、長時間の『変身』は、沙紀への負担が大きい。 俺は彼女が去ったのを確認し、早々に『変身』を解く。そして……「あ、あの……ありがとうございました」「おう」 頭を下げる鹿目まどかを無視し、俺はルーキーに手を差し出す。「……立てるか?」「は……はい」 そういって、手を取った彼女を立たせ……俺は、ルーキーの頬を、思いっきり張り倒した。「さやかちゃん!」「おい、ルーキー。テメェ、今、何で殴られたか、分かるか?」「……えっ……あ?」 困惑する彼女に、俺は怒りを叩きつける。「何で、一般人の彼女がココに居る? お前の言う正義ってのは、無力な素人を殺し合いに巻き込むのが正義か!? あの佐倉杏子ですら、彼女を巻き込まないように隔離したぞ!」「っ!!」「それとも、『自分ひとりで何とかなる』とでも思ったのか? お前自身が自分の事を、無敵だの最強だの思いこむのは勝手だがな! 『どうにもならなかった』時に『どうするか』すら考え付かないオメデタイお脳で、安っぽく正義のヒーローを語るんじゃねぇよ!」 うつむいて、言葉を無くすルーキーに、俺はさらに言葉をつづけた。「別に、お前がどんな理由でどんな正義を掲げようが、正味知ったこっちゃ無いが……自分の実力くらいは、正確に把握しろよ? でないと、『正義』なんて綺麗ゴトの看板どころか、ホントに大切なモンまで無くす事になるぜ?」「ごめん……な、さい」「謝る相手が違うだろーが!!」 さらに、俺はルーキーの頬を張り倒す。「お前が今、一番謝らないといけねぇのは、誰だ!? そんな事も言われないと分かんねぇ程、ユルんだオツムしかしてネェか!?」 愕然とする彼女に、溜息をつきながら、俺は鹿目まどかを指さす。「まず、最初に、彼女に謝ンのが筋だろーが!」「……っ!」「いいか、よーっく聞け! 『正義』なんてモンは、名乗ろうと思えば誰だって名乗れる! 口先だけの正しい事なんてのは、誰だって言える! 『正義の味方』のカンバンってのはそういう『綺麗ゴト』の代名詞だがなぁ、だからっつって、テメェのそんなユルんだオツムと認識で考えられるほど、浅くも軽くもねぇんだよ!! ……そんな事も、巴マミから教わらなかったのか? あ?」「……ごめん、なさい!」「やっちまった事に対して、頭下げて『ゴメン』しか言えねぇんなら『正義』なんて名乗るんじゃねぇよ!! 甘えてんじゃねぇ!!」 さらに、一発。「……なあ、ルーキー。結局、何がしたかったんだ? 本当に『正義の味方』がやりたかったのか? それとも『友達の前でカッコつけたかった』のか? カッコつけるだけなら奇跡や魔法なんぞ無くても、他に幾らでもやりようがあるぜ? その足りないオツムで、よーっく考えな? ……魔法や奇跡で直接起こしたことは、同じモンで元に戻せるかもだがな。それが引き金になって『起こっちまった事』ってのは、魔法や奇跡じゃどーにもなんねーんだぜ?」「っ……っ……!!」 うつむいて、言葉も無く涙を流す彼女に、俺は背を向ける。 ……ああクソッ! 胸糞悪ぃ!!「あばよ。もー二度と合う事もねーと願いてぇ!」 佐倉杏子、キュゥべえ、そして『何も考えてない正義の味方』。 俺的にムカつくモン三拍子のジャックポットを前にして怒り狂いながら、俺はトットと路地裏を後にした。……色々と『ヤッちまった』と、内心、後悔に悶絶しながら。