全員が帰った後。 沙紀にソウルジェムを返し、俺は天井を向いて、溜息をついた。「正義の味方、か……」 数多の魔法少女を手にかけ、それ以上に魔女を殺し、あまつさえ、秘密を知りつつ『魔女の釜』を運用する。 希望を振り撒く魔法少女を、絶望に堕としめ、それをさらに踏みにじる俺には、最早、それを語る資格は無い。 ワルプルギスの夜への協力だって、本音は姉さんを殺した事に対する復讐だ。 実のところ、そのための対ワルプルギス用装備すら用意してあり、『いつかは』とは思ってはいたのだ。無論、そんな装備は普段の魔女や魔法少女退治では、オーバーキルもいいところなので、運用する事は無いのだが……「……調子狂ってんぜ、俺」 あの超絶馬鹿ルーキーの事を思い出す。 ……きっと、俺の『魔法少女殺し』の現場を、見た事が無いから、あんな事が言えたのだろう。 もし、その手管の現場を知れば、誰もが嫌悪の目線を隠さないハズだし、弟子がどーだなんて戯けた事を抜かす余地など、絶対に無かっただろう。「はやいところ、捨てるべきなのかもなぁ」 手の中にある『兗州(えんしゅう)虎徹』……自動車のリーフスプリングを鍛え抜いた刃は、ある意味、俺自身でもあった。 元はただの平凡な、自動車のパーツ。それを刃と成し、鍛え抜き、闘うための牙と成った。 『ただの少年』を『正義の味方』へと変えた、『最初の魔法のステッキ』。 だが、もう普段は二度と振るうまい、と誓った武装でもある。 現実を知り、痛みを知り、秘密を知り……魔女や魔法少女に接近戦を挑む意味を知ってからは、ついぞ握る機会の減った武装。 これを握って出た理由も、ただ、自分の中で一番の『最速』を成し得る武器だから。 そう、本来、暁美ほむらの『時を止める能力』に対して、振るう予定だったのだ。 ガンアクションに反応出来なければ、それでよし。反応出来て、それを超えた時点で『次』に振るう……予定だったのだ。 だが、思う。 扱うべき武器を変更し、どんな非道卑劣な攻撃方法を会得しようと。 自分の中での『最速』の技は、結局、この『兗州(えんしゅう)虎徹』を介してしか、振るう事は出来なかったのだ。 破壊力に関しては、これを上回る武器は幾らでも手に入れた。だが、俺自身が会得した『速さ』を最大限に引き出せる武器は、結局この『大切なものを守るために』最初に握った武器以外に、無かったのだ。 ……もし、仮に。 魔法少年や少女の武器に、『思い』が宿るとしたら。 そう思うと、俺は、元来、ただの自動車パーツで役割を終えるべきだった、この哀れな鋼の刃に対して、俺は何がしかの責任を取るべきなんじゃなかろうか?「……馬鹿馬鹿しい」 妄想を振り払う。道具は道具。それ以外に無い。 そう、そのはずなのに……結局俺は、この刀を手放す事が、出来ないのだ。 と……「!?」 ふと、窓の外に紅い影を見かけたような気がした……と、思った瞬間だった。「っぐああああああああっ!!」 ガラスをカチ割って右肩に刺さった槍に吹き飛ばされ、俺の体はキッチンにまで叩きつけられた。「いよぉ、先程はどーも、『正義の味方』!」 何故? と、思ったが……考えてみれば、向こうにはキュゥべえがいる。 そして、手錬の魔法少女であるならば。戦闘は一度きりのモノではないと自覚しているハズなのだ。 罠にかかった所が無いところを見ると、おそらくは尾行……誰だ? もしかして、俺か?「さっきのアマちゃんたちが、あんたの縄張りに入るのを見て、おっかなびっくり、つけてみたらビンゴだ。 ……あんたのトラップ、噂程のモンじゃなかったねぇ」「っ! 不……覚!」 俺のトラップは、対魔法少女用に特化してある。逆を言えば……普段、人が歩くルートを通れば、トラップに引っかかる事は無い。 つまり……魔法少女が魔法少女を尾行すれば罠にかかるだろうが、人間が人間を尾行すれば、ほぼ罠にかかる事は無いのだ。「お兄ちゃん!」「来るな、沙紀!」「へぇ、あれがアンタの妹ちゃん? ずいぶんと可愛いねぇ」「……っ! 妹に……手を出すな!」「へぇ、そう? 『相手が本気を出す前に、とことん痛い思いをさせる』だっけか? ……キュゥべえから聞いたぜ。あんた、妹のソウルジェムで『変身』してるんだって? そんな『借り物』で正義名乗って、楽しいのか?」「っ!!!」「あたしらを……魔法少女ナメてんじゃねぇ! 殺し屋!」 ガンッ!! ふみしだかれる顔面と、抉られる肩の痛みに気が遠くなりかける。 ……は、はは、ザマぁない……一度でも正義気取って酔った、悪党の最後なんて、こんな……もの……か。「おいおい、オネンネにゃまだ早いよ。あんたが知ってる事、全部洗いざらい、吐いてもらわなきゃいけないんだから。 ……痛かったんだぜぇ、あんたの攻撃。今でも痛むんだ!」「……知ってどーすんだよ? 全部個人的な恨みだぜ?」「あんたはあたしの家族の事まで持ち出した。……人間、触っちゃいけない痛みってモンがあるの、知ってるか?」「知ってるよ。よーっく……な」「だったら話は早えぇ。よいしょ!」 ぶっこ抜かれる槍。右肩に激痛が走り、意識が遠のく。「よっ!」 バキッ、と……今度は左足を折られた。「っ……ぁ………」「へぇ、がんばるじゃん、人間にしては」「……こっ、…っ…殺し屋……なめんなよ、魔法少女」 激痛の連発に、意識が遠のきそうになる。 だが、耐えられる。まだ……まだ……「なあ、喋っちまえよ。あんた、あたしにどんな恨みがあったんだ?」「……くそ、くら、え」 ごきん! 今度は、左肩を砕かれる。「はー、ホンッと頑張るねー……なに、身内の魔法少女でもあたしにやられたとか?」「きき、てぇ……か? テメェの……」 だめだ。 激痛の限界点を超えて、肉体のブレーカーという名前の意識が、トんでしまいつつある。「あたしの何だってんだよ、ほらチャッキリ喋れ!」 ガンガンと殴られて、口の中が血まみれになる。 そして……突発的に訪れた限界。 俺の意識は、闇へと落ちる。「……起きろよ、おら!」 再度の激痛に覚醒。 だが、もうロクに喋る事も出来ない。「……チッ……おい、お前、回復魔法の使い手なんだってな? しゃべれる程度に治せ!」 やめろ。 それだけは……それだけは……「う、うん……」 そう言って、沙紀の手が、俺の口元に触れる。「っ……ぅ……ぐ……!!」 苦悶に歪む沙紀。 沙紀の能力は、癒し。だが……自分以外への癒しに関して、その対価は、タダではないのだ。 沙紀の場合、まずは相手の傷を『自分に移す』のである。故に、痛みも、傷の深さも、被害者と共有する事になる。そして、その後に、魔法少女としての治癒力で自分自身を治すのだ。 そして……沙紀が他の魔法少女と、絶対に相いれない理由が、そこにある。 魔法少女の負った負傷は、本人が自覚するよりも深い。だが、沙紀はその深さを人間並みにダイレクトに感じ取ってしまうのだ。 魔法少女本人にとって『なんて事無い』負傷でも、沙紀にとっては重傷に等しい。 無論、痛みは一時的なモノだ。だが……沙紀と相手の魔法少女との認識は、『痛み』の認識から、ことごとくズレて行く事になる。 他人のために尽くし、他人の『痛み』を誰より理解するが故に、他人に絶対に理解してもらえない。相手を知れば知るほど、誤解を深めていってしまい、最後は孤独にならざるをえない、癒しの使い手。 それが、御剣沙紀の、孤独の最大の理由。 故に……人間である俺が、絶対守らねばならない、魔法少女。「沙紀……」 ようやっと、口が聞ける程度に回復するが、涙が止まらない。 俺の拷問のような激痛を、彼女に与えてしまっているのだ。「へ、平気だよ、お兄ちゃんは……もっと痛いんだから……あうっ!!」「邪魔だよ、ガキ! ドラマの時間は終わりだ」 そうだ、その通りだ。 この紅い悪魔の言うとおり。 戦闘は続行中だ……圧倒的不利な中の舌戦は、何度も経験がある。 気取って折れてる場合じゃないだろ、俺!! 頭を回せ、裏をかけ、心の隙を突け。正義なんて幻想は犬に食わせろ! とことん人間に徹し、魔法少女の裏をかけっ!「ワルプルギスの夜……」「あ?」 絶望的な中。一縷の望みを賭けて、俺は反撃の『口火』を切った。