巴マミが、俺の縄張りを保護下に置いた、という情報は、魔法少女たちの世界にそれなり以上の衝撃を与えたらしい。『あの正義の味方のベテランが、『顔無しの殺し屋』と手を組んだ』『一体どういう事だ?』 と。 中には、俺の身柄引き渡しを要求してくる魔法少女も相当居たそうだが、彼女はそれを突っぱねたらしい。 曰く。『佐倉さんに一度は勝ってくれたのが役に立ったわ』と…… まず、その『顔無しの殺し屋』が人間だという事。 その人間が、一度は佐倉杏子すら退けた事。 そして、その縄張りの中に入ってきた、魔法少女のみを獲物にしている事実。 巴マミ自身も『運よくソフトな接触が出来たに過ぎない』と説明し、『殺す事は出来ても、勝てる気がしない』と。 そして……『魔女という怪物と戦い続ける私たちは、私たち自身が怪物にならないように心がけねばならない。 魔女も魔法少女も、人間にとっては基準を逸脱した、怪物でしか無いのよ』『正義のために、人間のために戦い続けてると、あなたは言えるの? 言えるのならば、彼女の行動も理解できるハズよ。 彼女は身の回りの『怪物』の存在を知って、自分と周囲の安全を守るために戦っているに過ぎない、タダの人間よ』『もし、あなたがグリーフシードのためだけに魔女を狩り続けるのなら、人間にとってはあなたも魔女と同等の存在でしか無いのよ。 恨む気持ちは分かるけど、彼女をそっとしておいてあげて』 ってな具合に説得。 それでも納得しない、人間舐めた魔法少女たちには、『それじゃあ、直接決闘してみる? あの武闘派の最右翼、佐倉杏子を一度は叩きのめした『人間』と、真剣に命の取り合いを。 言っておくけど、彼女は顔を見た相手は、身の安全のために確実に殺している……というか、それ以外の方法が取れないの。佐倉杏子だからこそ、逃げられたようなモノ。 『それでも良い』というのなら、立会人は引き受けるわ。 もっとも、彼女は手ごわいわよ。魔女はともかく、魔法少女という存在を知り尽くしてる。少なくとも、私は闘いたくはないわ』 と、実にいい笑顔で話を振った結果、誰もが沈黙せざるを得なくなったらしい。 武闘派の最右翼佐倉杏子を退け、穏健派の実力者巴マミに『闘いたくない』と言わしめる、顔も得体も知れない『人間』の実力者。『見滝原のサルガッソー』の『顔の無い殺し屋伝説』に、新たな伝説が加わる事によって、俺の……というか、巴マミの保護下にある、俺の縄張りに入って来る魔法少女は、激減したそうな。 ……実際は、最弱の人間に過ぎないんだが、なぁ…… あと、災難だったのは、面子丸潰れな佐倉杏子だが……まあ、その辺は諦めてもらおう、としか言いようが無い。 一部では『人間に負けたの? プッ』な扱いになっちゃったとか。日ごろ、実力派を気取ってただけに、かなり評判的に致命傷っぽく、広げ過ぎた縄張りに、他の魔法少女からチョッカイ出されて大変な目にあってるらしい。 ……俺、知ーらね、っと♪ 魔女に対する狩りも、俺が巴マミのパートナーとして動く事を約束した事によって、ある程度の解決を見る。 何しろ、彼女の狩り場は、ベテラン以外には死地としかいえない魔女多発地帯だ。そもそも、そこをソロで守ってるって事自体が、彼女の実力が半端ではない事を示している。 ……俺としては、正直、魔法少女の闘いについていけるかどうか、不安過ぎるのだが。俺は俺のやり方があるし、噛み合うかどうかは……実戦で試してみないと、分からない。 で……その実戦の前日。「んっ、よーやっと明日、退院、か」 体が治ったところで、調子を確かめるために病院を散策中。 ふと……「バイオリン?」 屋上に通じる階段からバイオリンの音が聞こえ、俺は足を止める。 誰かの独演会だろうか? 正直、芸術方面に疎い俺に、曲のタイトルや演奏の技巧の凄さなどは分からない。……が、何となく『いい曲だな』とは、素人の俺にも分かる演奏だ。 必然的に、俺はオーディエンスの一人として、足を屋上へと向ける事に。 演奏を妨げないように、静かに屋上の扉を開けると……一人の入院服の、俺とそう年齢の変わらない少年が、バイオリンを手に演奏しており、その周囲を大人たちが囲んでいた。 そして……「っ!」 思わず絶句してしまう。あの時の、超絶馬鹿ルーキー!! だが、彼女も曲に聞き惚れており、こちらには気付いていない。 なんとか声を押し殺して、扉を静かに閉じる。 ……ヤヴぇ……どーしたもんか。 とりあえず、逃げる事を考え、階段を下りる。顔を合わせたら、厄介な事になりかねない。 まず、速攻で退院の手続きを取って、この病院から逃げ出しながら、沙紀と合流して……「あ、お兄ちゃん♪ こんな所に居たー!」「ぶっ!! 沙紀、おま、何……しーっ、しーっ!!」 と…… 背後の屋上の扉が静かに開き、例のルーキーがにこにこと笑いながら、こちらを手招きしていた。 ……神様、何なんッスか、この盛大なトラップ? パチパチパチパチパチ…… 演奏者の少年に拍手を送るが、俺はもう正味、曲を楽しむ心理状態じゃなくなっていた。 幸い、ソウルジェムは沙紀自身が近くにいる事によって、確保できているが……いつ戦闘になるか、というと分からない。 と……「……あの、もしかして……上条、恭介先輩、ですか?」 沙紀の奴が、おずおずと演奏者の人に問いかける。「え? あ、うん……君は?」「やっぱり! 私、ファンだったんです!」 ぶっ! ……ちょ、ちょ、ちょっと待て!? そーいえば、沙紀が一時期、みょーにクラシックとか聞いてた気がしたが、彼が原因だったんか!?「おい、沙紀。いきなり迷惑だぞ! あー、その……何だ。 俺ぁ音楽とか芸術とかって、よく分かんないガサツ者だが……『良い演奏』だった、ってのは分かった。すげぇな、あんた」「あ、ありがとうございます。その……さやかの友達、ですか?」「いや、友達っつーか、知った顔っつーか……ちょっと、ね」 とりあえず、どう説明していいのか分からず、目線をそらす。「あー、私とまどかがね、悪い不良に絡まれてる所を、助けてくれた人。すっごいカッコイイ剣術使いなんだよ」 ルーキーの説明に、とりあえず話をあわせておく。……まあ、大体間違ってない。「そうなんですか。ありがとうございます。……剣術、ですか?」「いや、まあ……助けたっつーよりも、彼女たちに絡んでる相手にムカついて、こっちが勝手にキレて暴れただけだよ。大した事じゃねーんだ。お嬢ちゃんたちの事は、正味ついでだった」「いえ、それでも親友を助けて頂いた事に、変わりはありませんから……ええっと……」「あー、御剣。御剣颯太。こいつが妹の、御剣沙紀。俺も知らなかったが、どうやらあんたのファンだったらしい」「はい、御剣さん。ありがとうございました」 折り目正しく、俺に頭を下げるところを見ると、本当にイイトコのお坊ちゃんらしい。 だが……少なくとも俺は、人として、一個の男として、彼を舐めてみる事は出来なかった。 下らない自論だとは思うのだが。 芸術にしても娯楽にしても、イチゲンの素人を虜にしてこそのモノじゃないかと、俺は思ってる。 無論、玄人向けを否定するつもりは無いが、彼の演奏はクラシックというジャンルに、素人を引っ張りこめるだけの魅力がある事は、事実だと思った。 そして、そういうスキルの持ち主は、得てして自分に厳しい努力家でありながらも、他人が自分をどう見てるかをしっかり理解出来るタイプなのでは……と思ってる。 ンで……そういうタイプは、経験上、敵に回すと結構怖かったりするのだ。 他者の視点を理解できるという事は、他人の思考を読めるという事。インキュベーターたちの理詰めの怖さとは、また別の、人間の非合理で衝動的な行動をも読み取って、先手が打てたりするワケである。 これは怖い。かなり怖いスキルである。 まあ……とりあえず、頭の隅っこに、この『ルーキー』への恫喝手段としてのストックに入れておく、として。「……まあ、とりあえず。明日の退院前に、イイモン聞かせてもらったよ。 じゃあな……って、おい、沙紀!」「お兄ちゃん、先に病室行ってて」 目をキラキラさせながら、その場から離れようとしない沙紀。……いや、お前がおらんとソウルジェムが……「あー、とりあえず、病室、戻りましょうか? 続きはそこで」 ルーキーの言葉に、俺も不承不承うなずいた。