「……どうしてこうなった?」 上条恭介の病室は、驚く事に、俺の入院してた部屋の隣だった。 ……神様、神様……何なんですか、この嫌過ぎる状況。 ってか、たった三日とはいえ、このルーキーに寝込みを襲われていた可能性を考えると、背筋に嫌なモノが止まらない。だって、正味、何しでかすか分かんないんだもん。馬鹿過ぎて。 で、沙紀は俺にソウルジェムを預けると、上条氏の部屋に入って、あれやこれやマシンガントークで彼を責め立てていて……「おい沙紀、少しは遠慮しろよ!」「うーっ、だーってぇ!!」 なんというか、アイドルを前にした少女の目線に慣れてないのか、戸惑う上条恭介。「いえ、お構いなく。……元気でいい妹さんですね」「あ? ああ……まあ、見ての通り、最近、ワガママになって、ちょっと手を焼いてるんだ。 初対面の人間だって自覚が無いらしくて……いや、ほんと申し訳ない」「うー、だって、見滝原小学校の頃から、ファンクラブがあったんだよ?」「あははは、恭介、モテモテだねー♪ こんな小さい子供に」 と、「ごめん、恭介。ちょっと彼女の相手してあげてて。私、彼と話があるから」「さやか? ……ん、わかった」 ルーキーの言葉に、あっさりと承諾する上条恭介。「おっ、おい! ちょっ、迷惑じゃありませんか?」「大丈夫ですよ。それに、僕のバイオリンのファンを、無碍に出来るワケないじゃないですか。 じゃあ、大事な妹さん、暫くあずからせていただきますね?」 いや、もう。何というか、出来た御仁だ。「いや、ほんと、申し訳ない! この馬鹿が迷惑かけるようでしたら、頭ひっぱたいてやって結構ですから!」「ぶーっ、馬鹿はお兄ちゃんじゃない!」「うるっせぇ! 上条さんに迷惑かけんじゃねぇぞ!」 軽く沙紀の脳天に拳骨を降らせると、回りがクスクスと笑い始める。「じゃ、あんたの病室で、話。しましょうか?」「……ほいよ」「……で、話って何だ? また弟子入り志願とかヌカすんじゃなかろうな?」 ベッドに腰掛けながら、俺は枕元の2リットルのペットボトルと、紙カップを二つ、取り出す。「ううん、その話はもう無し。 っていうか、弟子志願の資格すら無い、って分かっちゃった。……本当に死ぬかと思った」「……ああ、例の? キュゥべえに確認取ったんだ?」 ジュースを注ぎながら、とりあえず片方のコップを手渡す。「うん、あんな痛い思いしながら、あんたは前に出て戦ってたんだね。息つく暇も無い、あんなすごい速攻にも、ちゃんと理由があったんだ……」「まあな。 反撃受けたら大ダメージ必至だからな……一発でも反撃受けたら、動きが大幅に落ちるだろうし。 ……自分で言うのも何だが、まるでゼロ戦みたいな戦い方だしな。いざとなりゃ自爆特攻覚悟完了、ってか」 軽くおちゃらける俺に、彼女がコップを受け取ると、ジュースを口にして言葉を切りだす。「キュゥべえがね、言ってたよ。『痛みを消す方法は無いわけじゃないけど、動きが鈍くなるからおすすめしない』って。 その言葉を聞いて、ピンと来たんだ。 あれだけ痛い思いをしながら、必死になって前に出て戦ってきたあんただからこそ、あれだけの早さで技を振るう事が出来たんだ、って。 ……私には、無理だよ」 そのまま、うつむいて黙り込んでしまう、ルーキー。「ねぇ……私に、正義の味方って、無理なのかな?」「まあ、馬鹿には向かないんじゃない? 俺やお前みたいな」「そんな事ない!」 叫ぶ彼女が、俺を見据える。「あんたが正義の味方をやめちゃって、殺し屋みたいな事をしてるのは知ってる。 でもさ……あの場所で、佐倉杏子相手に立ちふさがって、あたしに説教したあんたは、間違いなく正義の味方だったんだ!」「……あの場限りの事だろ? 判断早えぇよ」「違う! 私たちが押しかけて、沙紀ちゃんを人質にとった、あの時のあんたの目。 『俺を殺せ』って言った時、あんたは……ほっとしてた!」「……は?」 わけの分からない事を言い出すルーキーに、俺は首をかしげる。「あんたさ、魔法少女を殺したくなんて、なかったんじゃないのか?」「ばっ、馬鹿言え! 俺はこの手で、何十人も」「知ってる。話だけだけどさ。 でもさ……あんた、あの時、泣いてるように見えたんだ。『終わりにしたい。もうやめたい』って」「俺がやめたら……」「だから、あんた自身はどうなのさ? 沙紀ちゃんとか抜きに。 ……あんたは魔法少女を殺して、楽しいのか?」「『楽しい』っつったら、どうすんだよ?」「嘘だよ。あんたは人殺しを楽しめる人間じゃない……何となく、分かるんだよ。そういうの」 っ!! 俺は、心の中で、このルーキーに対する評価を変更した。彼女は馬鹿だ。馬鹿だが、カンだけは妙に鋭いタイプ。 こういうタイプは、色々と厄介なのだ。 理詰めで行動してるこっちの意図を、変な所で見抜いて答えだけ先に出してくるから、怖い。ほとんどの場合は何でもないが、俺みたいなタイプが一発逆転を喰らう可能性が高いのも、このタイプだ。「チッ……勝手に勘違いしてろよ。だがな、人の頭の中を量ろうってんなら、理屈で考えないと痛い目を見るぜ?」「理屈なら、あるよ。 ……あんたの説教。あれ、本気で怒ってた。 人間、嘘じゃ怒れないよ。怒ってる時の言葉って、大体本音じゃないか」「……………………どうだかなぁ?」「きっと、あんたは……物凄く苦いモン飲んで、いっぱい痛い思いをして、『正義』なんて名乗れなくなっちゃったんだ。 私の痛みなんて、比にならないくらい、いっぱいいっぱい、痛い思いや、悲しい思いをして」「テキトーな事ぬかして、知った風な口、利いてんじゃねぇよ」「……ごめん」 ……なんというか。あんな短い間に色々と見透かされたのは、初めてだ。 「おい、ルーキー。お前がもし、まだ正義の味方を志すんなら、一言、忠告しておく。 カンだけを頼りに、悪党を信じるな。俺みたいな連中は、何も考えてない自信満々な正義の裏をかく事には長けてる。 あと、『正義の味方』を辞めた人間の再就職先ってのは、大概が『悪党』だって事も憶えておけ」「そうやって、忠告してくれるだけ、あんたは優しいんじゃないのか?」「そうか? お前、俺が出したジュース。俺が口をつける前にあっさり飲んだろ?」 笑いながら言う俺の言葉に、彼女の顔面が蒼白になる。「……!!」「安心しろよ。毒なんて入っちゃいねぇ。 そもそも、魔法少女に毒はあまり効かない事が多いし、癒しの力が強ければ尚更だ」 そういって、俺は自分の分のジュースに口をつけた。「だがな、そのユルさと甘さは、致命的な隙になるぞ。気をつけな。 所詮、俺の正義なんてのも、借り物だしな」「……借り物?」「俺は、沙紀の力が無ければ、魔法少女相手なら兎も角、魔女相手には何も出来ん、ただの男だ。 だが、お前のその力は、代価を払って得た自前のモンだ。だったらお前自身が、好きなように好きにすりゃいい。 ……ほんとは、俺がアソコで四の五の抜かす余地なんて、無かったんだよ」「違う」「違わねーよ。魔法少年と魔法少女。どっちがヒデェ目に遭ってるかっつったら、魔法少女のほうだ。 何しろ俺は、沙紀を割り切って見捨てさえすりゃあ、普通の生活に戻る事は出来るんだ。 それが出来る程、器用に出来ちゃいねぇだけで、本来は魔法少女の世界に首突っ込む必要性なんて、俺個人には殆ど無ぇんだよ」「……あんたは、そうやって、正義に絶望してきたのか?」「よせよ……俺の動機なんて、今更、家族大事と復讐くらいなモンだ。 大量虐殺が罷り通るよーなご立派な動機じゃねーし、『正義の味方』なんてモンは、とっくに犬に食わせたさ」 と……その時だった。「かっ、上条さん! わたしと付き合ってください!」『ぶーっ!!』 隣室から響いた沙紀の叫び声に、俺とルーキーが二人揃って、ジュースを吹きだした。