「えっ、えっ、えっとぉ……」 流石に、引きつった顔を浮かべて戸惑う上条氏に、きらきらした目のまま迫る沙紀。 そして……「こン大馬鹿モンがーっ!!」 隣の病室からダッシュで駆けよると、手加減抜きの拳骨を、沙紀の脳天に落とした。「いったー!!」「なーに初対面の相手に、いきなし愛の告白しとるかーっ!! 相手の迷惑考えんかーい!!」「うにゅううううう、だってぇ……」「だってもヘチマもあるかい! お前、見て分からんのか! 言っておくが、お兄ちゃんは『他人の彼氏』を略奪するよーな性悪女に、育てた覚えはないぞ!!」『え!?』『は?』 今度は、石化するルーキーと上条氏。……なんか、お互いに気まずい表情で顔を合わせてる。 ……マテマテマテマテ? なんだ、その微妙な反応。「あ……あの、すいません。勘違いだったら申し訳ないのですが……その、お二人は、いわゆる恋人という関係では……」「いっ、いっ、いえ! 私たち、ただの幼馴染なんです。生まれた時から、ずっと一緒で、いるのが当たり前ーみたいな」「そ、そうです。ねぇ、さやか」「う、うん! あは、あははは……」 何というか。 もうイイ雰囲気な感じの仲だったので、てっきりそーいうモノなのかと思っていたのだが。 どうやら、何か俺は盛大な勘違いをしていたらしい。 と、「つまり……私が今、上条さんに告白しても、何の問題も無いって事ですね!」「大アリじゃボケぇぇぇぇぇ!!」 再び目を輝かせ始めた沙紀の脳天に、本気拳骨、第二弾が直撃!「うにゃああああああ!! 痛い、本気で痛いよお兄ちゃん!」「痛いのはお前の行動パターンじゃあああああ! なんで初対面の相手に告白とかするかなー!?」「うう、だって、お兄ちゃんが教えてくれたじゃない! 『物事なんでも先手必勝、肉斬らせる前に相手の骨を斬れ』って……」「そりゃ、ウチの剣術の流儀であって、愛の告白に応用していいモンじゃねーよ! あと『敵を知り、己を知った上で』って前提条件を忘れてんぞ! ……すいません、すいません。こんな『己を知らない』馬鹿な妹で、ほんと申し訳ない!! よーく言って聞かせますので」 もうペッコンペッコンと、米つきバッタの如く、頭を下げざるをえない。「は、は、ははは、中々、豪快な剣の流儀ですね」 上条氏の引きつった顔に、俺は頬をかきながら。「いや、剣術の流儀というよりも、どっちかというとコレは師匠の教えてくれた、喧嘩芸の部分が大きくて」「喧嘩……芸、ですか? えっと、どんなモノなんです?」「あー、いや、その……俺に剣術の基本を教えてくれた師匠はトンでもない人でしてね。超の字がつく実戦派だったモノだから、よくチンピラ相手に喧嘩売ったりとかもしてたんですよ。 で、格闘技なんかと違って、実戦の喧嘩では、最初の一撃を全力でぶちかます事が、一番重要なんだって教わりまして。 実際、複数相手じゃない限り、素手でも一対一なら、一発イイのが入れば終わっちゃうんですよ。仮に一撃で倒せなくても、怯んだ所をボコボコにして行くという……そういったダーティな小技や心得を、師匠が『喧嘩芸』って言って、剣術とは別に俺に叩きこんでくれまして。 ……すいません、ホント、物騒な話ばかりで」「い、いえ……なかなか貴重なお話だと、おもいます」 もー、完全にドン引いた上条氏の表情に、俺も泣きたくなる。 ……あああああ、完全にチンピラだと思われたぁぁぁぁぁ、いや、間違ってないけどさぁ。「は、ははははは、そ、そう言って頂けると助かります。 じゃあ、私らはこれで……こらっ、沙紀! 行くぞ!」「やぁー! お兄ちゃんの馬鹿ー! 今がチャンスなのにー!」「いい加減にしねぇか! 『引き際』ってモンも教えただろうが!」「みにゃああああああああああ!! まだだ! まだ終わらぬよーっ!」「やかましい! お前と付き合う男は、俺より喧嘩が強い男だけじゃーい!!」「そんなのお兄ちゃん言ってなかったじゃなーい!」「今、俺がこの場で決めたわ! このウスラトンチキが! ……どうも、ホント、お騒がせいたしました! 失礼しゃっす!」 そう言って、みゃーみゃーと泣き叫ぶ沙紀の耳を引っ張って、ぐいぐいと連れだす。 あああああああ、忘れてもらいてぇ、この天然兄妹漫才……色んな意味で!!「……………」「………」 夕暮れ時を過ぎて、窓の外が宵闇に落ちかける。 入院見舞の退出時間が迫る中。 俺と沙紀は、自分の病室で顔を背けながら、それでも離れられないでいた。「なあ」「ねえ」 ようやっと、切り出そうと思ったタイミングまで、かぶってしまい、さらに気まずくなる。 結局……「……沙紀からいいよ」「う、うん……あのね、後悔、したくなかったの」 その言葉に、俺は胸を締め付けられる。「自分でも、無茶苦茶だって、分かってるから。 それに、お兄ちゃんだけじゃなくて、もし仮に……上条さんまでが『魔法少年』になったら、多分、もう私、耐えられない……」「そうかい」 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でた。「お前は、スッて後悔しない博打を選んだんだな?」「……うん。一応、迷惑かもだったけど、気持ちは伝えられたし。 それにお兄ちゃんも、いつも言ってるじゃない。『私は私、お兄ちゃんはお兄ちゃん。『自分』と『他人』の境目は、ハッキリさせろ』って。 私は上条さんが好きだけど、上条さんは私の事なんて知らないんだから、無謀だってのは分かってたの。それに……『最悪』を考えちゃうと」「馬鹿。そのために、俺がいるんだろうが……」「うん……分かってる。だから、お兄ちゃん信じてるよ。私が魔女になっても、私を殺してくれるって」「……ん、約束する」 と…… がしゃん! と……花瓶の落ちる音が、廊下に響く。「っ!!」 振り返ると、さっきのルーキーが俺の病室の入り口に居た。「ど……どういう……事?」 しまった! 聞かれたか! 自分の迂闊さを、思いっきり呪うが、時すでに遅しだ。「ねえっ! 魔女になる、って……どういう事なの!」「沙紀……」「……う、うん」 とりあえず、まず聞くべき事は一つ。「……聞いたのか?」「顔、出しづらくて……それより、どういう意味なの!? 殺して、とか……何かおかしいよ、あんたたち!」 さて、どうしたものか「ルーキー、その花瓶片付けたら、屋上行こうか。あまり、他人を巻き込みたくない」