「……さて、と、ルーキー。とりあえず最初に言っておくが」 屋上にあがって、沙紀を庇いながら。 俺はルーキーに向かって口を開くと、それを遮って彼女が返してきた。「その前に、その……ルーキーって言い方、やめてほしいな。私には、美樹さやかって名前が、ちゃんとあるんだ」「……オーライ、美樹さやか。最初に言っておくが、質問の内容によっちゃ、俺はお前の命を貰わなきゃいかん。 コトは慎重に問え」 殺気を消さず、威圧するように。 静かな、しかし優しい言葉で、俺は、ルーキー……美樹さやかに問いかける。「いっ、命!?」「情報、ってのはな、そういうモンなんだ。 知っちまったが最後、恨みは無いが……って事もある。 ……本来、俺の切り札を見てるお前を、生かしておいてるのだって、『出血サービス』の内なんだぜ? まあ、さっきの出来事は、お前にとって、気の毒だったたぁ思う」「……………」「だから、命が惜しいのなら、黙ってこの場から逃げ出すのが一番だ。今ならば、俺はお前を追わねぇ。 美樹さやか。お前が俺を知ったように、俺もお前を知り過ぎた。いくら俺が殺し屋だからってな、仮にも一度は弟子になんて志願してきた相手と、命の取り合いを好きこのんでしたいとは、思わねぇんだよ」「……あっ、あたしは……」 戸惑い、迷うルーキー……もとい、美樹さやかに、俺は続けて、可能な限り、優しく、囁いた。「なあ、逃げちまえよ。耳をふさいで、聞かなかった事にして、全てを忘れるんだ。 そんでな……借り物の力で、正義の味方を気取ってた、馬鹿なチンピラの事も、ついでに忘れちまえ。 巴マミの下で、がんばって行きゃあ、いつかは真っ当な正義のヒーローになれるかもしれねぇぜ?」「嫌だ!!」 絶叫する、美樹さやか。「忘れるもんか! あんたは……私にとって、あの時のアンタは、本当の正義のヒーローだったんだ! 馬鹿な私には想像もつかない、酷い目と、痛い思いと、苦い思いを振り切って、ただ『正義の味方の魔法少女』に酔ってただけの私に、あんたは誰かのために戦う、ホントウの『正義のヒーロー』ってモノを、私に示してくれたんだ!」 こっ、こっ、この……超絶馬鹿女っ!!!「バカヤロウ! ありゃあ、おめーのタメなんかじゃねぇ! 全部俺の勝手でやった事だ! 一度でも正義を気取った悪党の末路が、どうなるかなんて、お前知ってんのか! 何で俺が入院してたと思ってる!」「っ……それでも……私は……」「それが現実なんだよ! 認めろよ! 俺は、妹と手前が大事なだけの、タダの男だ。 そんな小悪党が、『正義』なんてモンに一時の怒りにまかせて酔って、佐倉杏子に逆撃の夜襲喰らって、殺される寸前までイッたのが、今の俺のザマだぞ! 挙句、巴マミに全部の縄張りを預ける羽目になっちまった……俺の縄張りの『最大の秘密』ごとな。クソッタレ!」「……その秘密とやらも、『言えない事』なの?」「ああ。きっとお前が聞いたら、怒り狂うぜ? だから言えないし、そもそも、言う意味もない……まあ、今のままのお前なら、キュゥべえに教えてもらえるんじゃないか? 『お前を俺に、けしかけるために』、な」「なんでキュゥべえが、あたしをアンタに、けしかけるような事をするのさ!」「その秘密が、キュゥべえにとって凄く都合が悪いからさ。 俺の縄張りに送り込まれてくる『正義の味方』ってのは、大概、そんな口車に乗せられた、哀れなルーキー連中だよ。 ベテランクラスだったら、俺がやってる『秘密』の意味を知って、逆に自分で利用しようとするから、あんまり強いのはやってこないのさ」「……嘘だ」「嘘じゃねぇよ。キュゥべえに俺の事聞いてみ? 多分、ボロッカスに俺の事言うぜ。 ンでな『騙されちゃだめだよ、さかや。彼は典型的な詐欺師で、殺し屋なんだ。気を許しちゃダメだ』とか言いだすハズだぜ。……まぁ、間違っちゃイネェが、な♪」 とりあえず。 さっきの内緒話から、話の話題をズラす事には成功したが……ちょいと泥沼っぽいな、こりゃ。「だからよ……忘れちまえ。そして、巴マミの所に行きな。 ほら、政治家の皆さんも言ってんだろ? 『わたくし、記憶にございません。すべてキュゥべえのやった事でございます』って、な……」「ふざけないで!!」「ふざけてねぇよ。それがお前のためだ。 知らなくていい事は知らないほうがいい。そうやってな、人間は夢見て幸せに死んで行くんだ。 苦ぇモン知って、無念抱えながら死んでいくのはな……辛ぇぞ……」 と……「……だったら……」 いきなり、ソウルジェムを取り出し、変身する美樹さやか。 ……ま、まさか!?「だったら、力づくでもアンタから全部、直接、秘密を聞きだしてやる!」「ッ! ……こンの、バカヤロウがあああああ!!」 こうなった以上、手加減は出来ない。 沙紀のソウルジェムを手に、俺も変身。手にするのは『兗州虎徹』……と……「っつぇええああああああああっ!!」「っ!!??」 変身のタイムラグを突かれ、はるか外の間合いから、ゴルフスイングのように振りかぶった美樹さやかの剣が、屋上のコンクリートの床を、抉るように救いあげ…… ガゴォォォォォッ!!「ぐあっ!!」 散弾のように飛散した礫片が、俺と沙紀めがけて降り注ぐ! しまった! ……迂闊、迂闊だ、俺の馬鹿……いや、病室に置き去りにして、直接人質に取られるよりかはマシか!「やっぱりだね、師匠……普通の魔法少女だったら、こんな攻撃、屁でもない。 でも、あんたは脆い。その速さと引き換えに、極端に脆いんだ!」 左肩に刺さった破片が、じくじくと痛みを増していく。 剣道でも剣術でも、両手で刀を振るう場合、軸となるのは左腕である。その左腕が今の一撃で殺されてしまったのだ。 沙紀を庇いながらも、かつてないピンチに俺は絶句していた。「この期に及んで、『師匠』かよ……馬鹿じゃねぇの、お前?」「うるさい! あたしがアンタを認めてるんだ! だから……だから、あんたもわたしを認めて、話してくれたっていいじゃないか!」「……そうかい。 じゃあよ、古今東西、こういう時、師匠ってのはこー言うモンらしいぜ? 『つけあがるな、この馬鹿弟子がっ!!』ってな!」「っ……この……馬鹿あああああっ!!」 振りかぶって、再度の礫片の雨を向ける美樹さやか! 兗州虎徹を捨てて、右手で沙紀を抱え、ダッシュで逃げながら礫片の雨を回避!「っ、逃がすかぁっ!!」「逃げるに決まってんだろタコ!」 全速力で無事な右手で沙紀を抱えながら、ビルからビルの間を跳躍し、壁面を疾走しながら逃走しつつ。 俺はどうやって、自分の縄張りまで逃げるかを、計算に入れていた。そこで罠にかけてしまえば、圧倒的な地の利が……「げっ!!」 見滝原大橋のアーチ上のてっぺんに、仁王立ちで陣取る、美樹さやかの姿に絶句。 ……言っておくが、幅200メートル以上もある川を渡らねば、俺の縄張りまでは行けず。別ルートではもっと先回りされている可能性が高い!「どうだぁっ! 師匠の縄張りになんか、逃がしたりはしないよーだ!」「……甘ぇよ……」 そう呟くと、俺は数百メートル離れたビルの屋上で沙紀を下ろすと、ソウルジェムから対物ライフル――バレットM82A1を取りだした。 奴のソウルジェムを精密狙撃してる時間も余力も無い。破壊力で肉体ごとふっ飛ばす!!「っ!! ちょっ、師匠! 鉄砲なんて反則、反則!」「それがどうしたぁっ!」 ビルの屋上の落下防止柵に、銃身を乗せた依託で安定させ、右手一つで対物ライフルを片手連続射撃!「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」 両手持ちじゃなかった事と、傷の痛みで狙いが僅かに逸れた結果、辛うじて直撃は回避したものの、銃弾自体の衝撃波で吹き飛ばされた美樹さやかが、橋のアーチから足を滑らせて、川に転落。「馬鹿が!」 嘯きながらソウルジェムにバレットM82A1を収納しつつ、俺は沙紀を右手で抱え、ダッシュで橋の上のアーチを駆け抜ける。ここを抜ければ、あと少しで自分の縄張りだ。 と……「舐めるなあああああっ!」「うお、しつこ!」 アーチの真上に居る俺を狙い、一直線に刀の切っ先を向けて跳躍してくる美樹さやかの一撃を、俺は加速する事で回避し……『そこまでよ!!』 俺の足元と、美樹さやかの持つ剣に打ち込まれた銃弾。 遥か彼方からのテレパシー……二キロほど先のビルの屋上で、巴マミが両手に二丁のマスケット銃を構え、それぞれの銃口で俺と美樹さやかを狙っていた。