『……………』 とあるビルの屋上。 俺と美樹さやかは、二人してコンクリートの床に正座で黄色いリボンで捕縛されていた。「で、一体全体、私の縄張りで、私が巡回中に、魔法少女と魔法少年が乱闘事件を起こすなんて、どういう事なの?」 額にカンシャク筋を浮かべた巴マミが、実にイイ笑顔で迫って来る。「……すまねぇ、俺のミスだ。 コイツに沙紀との内緒話を聞かれてな、はぐらかそうとしたら、いきなり襲われた」「内緒話?」 俺の言葉に、目線で美樹さやかに話を振る。「魔女になるとか、沙紀ちゃんを殺すのって……師匠が」「師匠じゃネェっつってんだろ?」「ごっ、ごめん! でも……放っておけなくて。 そんで、問い詰めても、『殺すぞ』って脅されたり、適当にはぐらかして答えられて……カッとなって……」「カッとなって、沙紀ごと俺に向かって土●閃カマしたんだよな……『沙紀ごと巻き込んで』」「あぅぅぅぅぅ……」 ちなみに、現在、沙紀が俺の左肩を治療中である。 ……相当に痛いハズなのだが、隙を見せようとせずに黙って治療してるあたり、沙紀の奴が妙に修羅場慣れし始めてて、怖い。「それで、右手一本で沙紀さんを庇いつつ、美樹さんから逃げ回りながら反撃していた、と?」「……まあ、そんな所だ」 ようやく治療を終えた沙紀が、脂汗を拭うと、ちょこん、と俺の隣で正座を始める。「……まず、美樹さん?」「はい」「あなた、本当に死にたいの?」「え?」「彼は『殺し屋』だって知ってるでしょ? 殺すと言う言葉に、遊びも冗談も無いのよ? あなた、殺される寸前だった事を、自覚なさい」「……でも」 いいよどむ美樹さやかに、巴マミは言い切る。「いい事? 今回、あなたは本当に運が良かった。 奇襲が成功し、更に、彼に沙紀ちゃんというハンデがあったからこそ、あなたは今、こうして生きてられるのよ?」「うっ……そ、それは……」「ワルプルギスの夜が来るまでは、確かに彼との同盟関係は有効よ。だからこそ、私も彼の縄張りを保護下に置く事にメリットを見出してる。 でもね、『魔法少女』としては、決して後ろを見せていい関係じゃないの。私だって、いつ寝首を掻かれるか、知れたもんじゃないわ」「そんな……」「確かに、彼個人は、いわゆる『イイ人』かもしれない。 でも、それと『魔法少年』としての行動規範は別の問題なのよ? 『必要があれば』彼は躊躇なくその刃を『魔法少女』に向ける。彼自身が言うとおり、今の彼は、『正義の味方』とは程遠い存在だって、自覚なさい」「………」「納得できない? ならば、今、この場で、沙紀ちゃんを私が保護したうえで、もう一度、彼と立ち会ってみる? ……今度こそ、確実に殺されるわよ、美樹さん」「……いえ、無理です……」 蒼白な表情で、自分が居た死地を悟ったらしい。 ……まあ、正直、危なかったのはコッチのほうだったのだが。「で、颯太さん」「はい」「あなたらしくない迂闊さですね。一体、何が?」「……すまねぇ、純粋に俺のドジだ。色々動揺しててな」 はぁ……と、溜息をつかれる。「もしかしたら、あなた自身、気付いてらっしゃるのかもしれませんけど。 ……『魔法少年』に向いてないのかもしれません」「……かもな」 ああ、分かってんだよ。 ……カッとなりやすい所とか、変に甘いトコとか、人が良すぎるってのは。 そもそも、首突っ込まなくてもいい殺し合いに、意地張って首突っ込んで、挙句、大量殺人をやってる時点で、俺はどこかがオカしいのだろう。 先程の美樹さやかの質問に明言出来なかったのは、決して誤魔化しや嘘だけではない。「ならば、話は早いわ」 そう言うと、巴マミが紙束を一つ、取りだした。「これは?」「あなたが殺してきた『魔法少女』の関係者からの手紙。当然、差出人は全員『魔法少女』よ」 っ……!!「『直接、顔を合わせられないなら』って事でね……私が預かってきたの。当然、逆探知なんかの魔法は、かかってないわ」「……俺に、どうしろってんだ?」「どうもしないわ。ただ……」 悲しそうな、憐れむような目で、巴マミは俺を見る。「もし、返事が書きたいのならば、私が彼女たちに届けます。ただ、それだけ」「……っ!!」 目の前の紙束が、一瞬で100キロのバーベルに変化したような。 そんな重さを前にして、思わず目がくらんだ。「颯太さん。『今なら間に合う』なんて、気休めを言うつもりはありません。 あなたは私たち並みの魔法少女より、遥かに重い星のめぐりのもとにいるのかもしれません。 でも、だからこそ……これ以上、余計な荷物を背負う事は、もう必要ないのではないですか?」 暗に、引退をほのめかされ、俺は……「……好きこのんで背負いこんだモン、今更下ろせるかよ」「そうですか……」 沈鬱な表情になる巴マミ。 ……チッ!「すまねぇが、ちょっと解いてくれねぇか? その手紙の束、貸してくれ」「はい」 リボンが解かれ、手渡される手紙の束。 それに俺は……握りつぶすと、ポケットから取り出したライターで火をつけた。「っ!」「ちょっ! あんた!」「好きこのんで死にに来た奴の恨み節なんか、コッチの知ったこっちゃねーんだよ…… 巴マミ。伝えてくんな。『手紙は全部、燃やしました』ってよ……」 燃え上がる紙束をグシャグシャに握りしめたまま。「な、分かったろ。俺は本来、『こういう奴なんだよ』……だからさ、変に首突っ込んでも、良い事ぁ無ぇぞ」「……下手な嘘はやめなよ、師匠」「あ?」「手、燃えてるよ」 っ……!!!「……知るかよ、ボケ!! めんどくせぇ!!」 握りしめた燃えカスを、叩きつける。 ……指摘されて気付いてからやってきやがった火傷の痛みに、内心、悶絶していたり。 くそっ、くそっ、クソッ!! こいつらと関わってから、マジで厄日続きだ……クソッ!!「大体、今更、俺に、ナニを書けってんだ!? 『彼女は勇敢だった』とでも書けってか!? こっちは殺したくもネェのに、ホイホイホイホイキュゥべぇの口車に乗って、俺を殺しに来た『正義の味方』に、殺されてろってのか!? ザケんじゃねぇ! こちとら生きるだけで必死なダタの人間だってのに、ご大層な奇跡と魔法で武装して襲いかかって来るテメェら魔法少女相手に、何をどう手加減しろってんだチクショウ!!」 叫ぶ。もう、どうにもならなかった。どうにも止まらなかった。「大体、なんなんだよ! 奇跡だ!? 魔法だ!? そんなモン、俺自身、一度だって頼んじゃいねぇってのに、なんだって俺の目の前に、キュゥべえに夢叶えるだけ叶えた後の『残骸』みたいな連中が、正義ヅラして勝手に沸きやがんだ! テメェらの願いは、ホントに『正義の味方』だったンかよ! 別のテキトーな夢見て、その『ついで』の安っぽい正義ヅラのしたり顔で現れやがった挙句、奇跡と魔法で俺や沙紀を殺しに来やがって! 俺がどんな思いで毎晩毎晩、殺した馬鹿共の悪夢にうなされながら、布団の中で寝てると思ってやがる! そんな……そんな馬鹿な連中の事なんぞ、俺の知った事かってンだよおおおおおおおおおおっ!!」 何もかもが、どうでもいい。 もう、限界だった。「俺は、奇跡も魔法も頼んじゃいない! 俺の願いは、そんなご大層なモンは必要じゃねぇ! 父さんと、母さんと、姉さんと、沙紀と! 家族全員、笑って暮らせる家さえありゃあ、それ以上のモンなんて望んじゃいなかった! 剣術だって、最初はイザって時に誰かを守れれば、って思ってただけだ! だってのに……だってのに『正しい教え』なんぞにハマって、めちゃくちゃになった家族を救うために魔法少女になった姉さんを守るため、必死になって剣術に磨きかけて、銃の扱い憶えて、爆弾の作り方知って……姉さんが魔女になった後、ぼろぼろになった挙句の果てに、沙紀まで魔法少女になっちまって…… 俺に、俺に、他にどうしろってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 家族全部見捨てて、独りで生きてけなんて、そんな滅茶苦茶な話があってたまっかよ!! 俺がやれる事は人殺しだって何だって、やるに決まってんだろ!! 沙紀は家族なんだよ、ちくしょおおおおおおおおおっ!!」「し、師匠……」 絶句する美樹さやかに、俺は言葉を向けた。「……ちょうどいいや。聞きたがってた事、教えてやるよ。 『魔女』ってのはな、基本的に、魔法少女の『なれの果て』なんだよ。魔力使い過ぎて真っ黒になったソウルジェムから魔女が生まれ、魔法少女は死ぬ。 コイツはな、どーにもなんねぇ病気みてーなモンなのさ。おめーら全員、沙紀まで含めて、化け物予備軍なんだよ」「嘘……」「嘘ついてどーすんだよ……言っただろ? 『苦ぇ現実知って死ぬより、幸せに夢見て死んで行け』って……。 俺ぁ、どんな願いをテメーがしたか知らねーけどよ、今ならまだ、夢見て死ねるんだぜ、お前」「そんな……嘘……嘘だって言ってよ! ねえ!」 それに答えず、俺は沙紀のソウルジェムから、パイファーを抜いた。「慈悲だ。苦ぇ現実知る前に殺してやるよ……馬鹿弟子が」「嫌だ……あたし……まだ、告白もしてない……嫌だよ……死にたくない」「諦めな。魔法少女になっちまった時点で、もー、どーにもなんねーのさ。 奇跡も魔法も、タダじゃねーんだよ」「助けて……助けて、恭介ぇぇぇぇぇぇぇ!!」「待ちなさい!!」 マスケットを俺に向ける巴マミに、俺は喰ってかかる。「止めるんじゃねぇ! テメェから殺すぞ!」「構わないわ。でも順番は守って」 そう言うと、巴マミは、美樹さやかを拘束していたリボンを解く。「美樹さん。何も知らなかった、馬鹿な私を許してとは言わない。だから、あなたは私のソウルジェムを砕いて、私を殺す権利がある」「ま、マミさん……?」「でもね、一つだけ。一つだけ、お願いがあるの。 私を殺した後、私の後を継いで、私の縄張りにいる普通の人たちを、魔女から守って闘って欲しいの。 そして、『ワルプルギスの夜』という強大な魔女と、私の代わりに闘ってほしい。 それを約束してくれるのならば、私は今、この場であなたに殺されたって、構わない」「マミさん……嘘……じゃ、ないんだね?」「ごめんなさい! 本当に……ごめんなさい!! これが、今の私が、美樹さんにできる精一杯。……ごめんね……本当に、酷い先輩よね……」 泣きじゃくる巴マミに、呆然としたまま、美樹さやかが問う。「……じゃあ、なんで……なんで魔女と戦えるんですか……? あの化け物と、私たち、一緒なんでしょ!?」「魔女は人を襲うからよ。 そして、魔女を倒せるのは魔法少女しかいない。 だから、私たち魔法少女が一体でも多く、魔女と戦って葬って行くしか無いのよ」「そんな……そんなのって無いよ……酷いよ! こんなのあんまりだよ!! こんな……こんな化け物の体で、恭介に抱きしめてなんて言えないよぉ!! キスしてなんて、言えないよぉっ!!」 泣き叫ぶ美樹さやか。 と……「ふざけないでよ!!」 バシッ!! と……沙紀の平手打ちが、美樹さやかに決まる。「あんたは……あんたはまだマシよ! 私はどうなるの! 戦えない魔法少女で、お兄ちゃんが居なければどうにもならない! 自分でグリーフシードを集める事だって、出来やしない! 『魔法少年』が絶対必要な『魔法少女』が、家族以外の好きな男の人とキスなんて出来ると思うの!? 抱きしめてなんて頼めると思うの!? それとも、上条さんに『魔法少年』になってくれって、頼めって言うの!? お兄ちゃんみたいに、ボロボロになるまで戦って! って頼めっていうの!? そんなの……そんなの耐えられるワケ無いじゃない! お兄ちゃんのボロボロになった体見たでしょう!? あれが『魔法少年』の現実なんだよ! お兄ちゃんにだってそんな事してほしく無いってのに、この上、上条さんまでそうなっちゃったら、私、どうなっちゃうか分かんないわよ!!」「うっ……う……そんな……そんな……」「そうよ! 私だって上条さんが好き! でも、絶対にキスしてなんて頼めない! 抱きしめてなんて頼めない! お兄ちゃんだって……お兄ちゃんだって……本当は……本当は…… だから、本当に化け物になる前に、気持ちだけは伝えたかった! 魔女になったら、気持ちを伝えるどころじゃないのよ!」「っ!!」「あんたは何!? だらだらだらだら幼馴染のままズルズル気持ちも伝えられなくて、ぬるま湯みたいにウジウジウジウジ! 冗談じゃないわよ! 魔法少女に好きな人が出来たら、時間なんて無いのよ! キスでも何でも、人間で居られるうちに、やっておく以外に無いじゃないの! 今のあんたは、キスだって出来るし、抱きしめてだってもらえるし、そのもっと先の事だってシテもらえるんだよ!? 伝染る病気じゃないんだから!!」 キレ倒して涙を流しながら、美樹さやかに絶叫する沙紀。 そして……「……行って来い……」「え?」「いますぐ告白してこい! この馬鹿弟子がーっ!!」 そのまま、文字通り、美樹さやかの尻を沙紀が蹴飛ばしやがった。「ば、馬鹿弟子って」「うるさい! 私はお兄ちゃんとワンセットなんだから、あんたは私の弟子だーっ!!」「ちょい待て! 俺は許可してねぇ!」「うるさーい!! とにかく上条さんに告白してこんかー!!」「はいいいいいいいいっ!!」 ガーッ、と口から火を吐くよーな勢いで、暴れ倒す沙紀に、飛び上がって駆けだす美樹さやか。 ……もー、メッチャクチャである。「……すまん。なんかもー……疲れた。 巴さん、今日のトコは解散で、イイッスか?」「そ、そうね……うん、そうしましょっか」 なんか、お互い、ドンヨリとした目で見合いながら、納得しあう。 と、ふーっ、ふーっ、と……涙目で猫みたいに肩を怒らせていた沙紀が、なんか、遠い目でぽつりとつぶやいた。「なんで恋敵に塩送ってるんだろ……私って、ほんと馬鹿……」 なんか、後悔してるっぽい風につぶやく沙紀の言葉に、俺は暫し頭を巡らし……「あー、沙紀。 その……かっこいい馬鹿なら、いいんじゃないか?」「うるさーい!!」 キレキレ暴走中の妹様に、火傷した手に蹴りを喰らいました。……痛ぇ……