「……マズった」 絶句しながら、お菓子の世界に放り込まれた俺は、自分のミスを歯噛みしていた。 何度も言うようだが、俺の戦闘方法は、至極単純。 『仕掛けて嵌める』か『全火力での先手必勝』。それが全てであり、それ以外は……基本的に、無い。 故に、こういった突発的なトラブルに巻き込まれ、先手を取られた場合、採り得る選択肢は一つしかない。 即ち、撤退。 だが、逃げる間もなく、俺は結界の中に取り込まれてしまった。「洋菓子か……クリームは苦手なんだがな」 昔、バタークリームの極端に甘ったるくて脂っこい代物に、仁丹みたいな紅い粒を乗せたケーキを食べて、気分が悪くなった事を思い出して、思わず胸が焼けた。 アレは本当に最悪だった。 ま、それは兎も角。 問題は、目の前に浮いている、魔女だった。「お菓子の世界……ヘンゼルとグレーテルにあったのは、お菓子の家か。お菓子の魔女……お菓子、ねぇ」 と、思い出す。確か、ソウルジェムの中に『アレ』があったハズ!「……時間稼ぎくらいには、なって欲しいが……」 軽く、お菓子だらけの地面に手をつけて静電気を散らすと、俺はソウルジェムの中から、『お菓子』になるモノを取り出した。「ちょっと待ってろ。お菓子を作ってあげるからねー」 手でそれを念入りに捏ね、練り切り菓子の要領で形を手早く整えると、ヘタに見立てた『スティック』を突き刺してリンゴの完成。 そいつを魔女に放り投げる。……案の定、喰いついた。「ちょっと待っててなー♪ はい、ミカンだぞー、メロンだぞー、スイカだぞー」 どんどん造形は雑になって、一個の量も大きくなって行くが……味が甘ければ、もう何でもいいらしい。早く食わせろ、とばかりに、使い魔や魔女が催促していく。さもなきゃお前ごと取って食うぞ、と言わんばかりだ。 ……しっかし、つくづく作り手として喰わせ甲斐の無い輩だ。食べる前に、視覚的に愛でるセンスってモンに欠いてるらしい。 やがて……手持ちの『塑材』が尽きた時。 事態は、更に、最悪の方向へと傾いた。「そこの人、もう大丈夫よ!」 バンッ!! と……魔女に『銃弾』が直撃する。 だが、俺の使っているようなアサルトライフルやハンドガンなどではない。 レトロで古風な、凝った彫金のマスケット銃。 それを無数に展開するのは……金髪縦ロールの、まごう事無き、『魔法少女』! さっ、最悪だ! 顔を……素顔を見られた!?「はっ、はい!」 お、落ち着け、俺……顔はバレたが、俺は現時点で、魔女の結界に囚われた被害者Aだ。「お兄さん! こっちこっち!」「急いで!」 声をかけられ、振りかえると……お菓子の山の物陰から、例の魔法少女の連れてきたと思しき、少女が二人。 こっちは……一般人か!?「ど、ど、どうなって……っていうか、君らは!?」「えっと、ですね……そのー」「私たち、魔法少女の体験ツアーってものをやってまして……」「たっ、体験……ツアー!?」 思わず絶句してしまう俺だが、彼女たちの肩口に乗った生き物に、納得してしまう。 キュゥべえ。 俺の姉さん。そして沙紀を、修羅地獄へと叩きこんだ、悪魔。 ……そうか、そう言う事か。またテメェは、何かやらかしやがったな? 一瞬、目を合わせるが、彼もまた『営業中』なのか、こちらを知らぬものとして扱っていた。 ……まあ、そりゃそうだ。 そして、彼女たちには悪いが、俺もまた他所の魔法少女に顔を覚えられた状況下で、彼女たちに色々ぶちまける程、迂闊でもない。 彼女のような、見るからに『正義の』魔法少女にとって、俺みたいなのは絶対相容れない存在だからだ。 せいぜい……「やっ、やめといた方がいい! みんな……ロクな事にならんぞ!」「大丈夫ですよぉ~!」「私たちには、マミさんがついてますから♪」 この程度の忠告くらいだ。 と、派手な轟音を轟かせて、マスケット銃が乱舞する。 そう、乱舞。 無数に展開した、一発限りのマスケット銃を、乱射して魔女を追いつめる彼女の姿は、手練と呼ぶにふさわしい手際と流麗さを兼ね備えていた。 圧倒的な火力での攻勢による、制圧。 マミ……巴、マミ! そうだ、思い出した! 魔法少女の中でも、最古参のベテランじゃねぇか! 見滝原でも、有数の魔女多発地帯を縄張りにする、ベテラン魔法少女! それに気付いた俺は、彼女を仕留めるプランを、半ば無意識の内に働かせていた。 結論。 正面からの攻勢による制圧は、絶対無理。 だが、仕留めるなら……あの魔女に『仕掛け』をシコタマ喰わせた今ならば、あるいは一石二鳥を狙い得るか? 無造作な足取りで、マスケット銃を叩きのめした魔女につきつける魔法少女。 至近距離……今っ!! 俺は、伏せると同時に、懐の中の起爆スイッチを押す。 俺が、お菓子の魔女に食べさせたのは、C-4。俗に言うプラスチック爆弾。ニトロセルロースの入ったソレは独特な甘さがあり、ガムのように噛んで食べる事も出来る(少し毒性があるので、喰い過ぎると中毒になるが)。形も和菓子の練り切りのように自由自在。ちなみに、差しこんだスティックは、電波で起爆するタイプの起爆信管だ。 その総重量、実に20キロ! やりようによっては、小さなビル一つ吹っ飛ばしてお釣りがくる量である。 ズゴォォォォォォォン!! 巨大なキノコ雲があがる程、強烈な閃光と爆音が、お菓子の世界の中に轟く。 ……殺った、か!?「ッ!!」「マミさん!」「……っ……大丈夫よ! 危ないところだったけど。自爆とは、やってくれるわね……」 ……しまった。仕留め損ねたか! 思った以上に、魔女の内側が分厚かったらしい。 それに、よくよく考えたら、純粋な爆発物だけでダメージを与える事も難しい。せめて、時間があればベアリングでも混ぜたものを……っ!! OK、落ち着け。クールになろう。 俺は、被害者Aを装い、撤退する。彼女たちの印象に残らず、この場から撤退する。 ふと見ると、ダメージを受けて太巻きみたいに化けた魔女が苦痛にのたうつ一方、マスケット銃を構えた魔法少女は、先ほどの大胆な火力を叩きつける速攻から、慎重な戦闘スタイルへと変更していた。 恐らく、彼女程のベテランが、もう不覚をとる事は無いだろう。俺が、魔女も魔法少女も仕留めるチャンスは、この段階では失われた。「……逃げ道は……」 ふと、あったお菓子の扉。彼女たちが入ってきた方向に目を向ける。 彼女たちは、ツアーと称して『やってきた』。ならば……出口はこっちの可能性が高い。「あっ、ちょっ!」「ひいいいいいいいっ!!」 被害者を装い、哀れっぽい悲鳴をあげて、駆け出しながら逃げる。 いや、実際、敗北という意味では、最悪から三番目である。 魔法少女は仕留められず、魔女も倒し切れず、そして消耗したプラスチック爆弾という装備に……沙紀の魔力。 だが、今は逃げるしかない。沙紀には詫びる以外、方法は無い。「ティロ・フィナーレ!!」 巴マミの決め技と共に、魔女の結界が薄れ、消え失せていく。現実と結界の狭間の世界を、俺は全力で逃げ出していた。 この時……もう少し、慎重に、俺は行動するべきだったかもしれない。 例えば、退路とか。痕跡の消去とか、その他諸々。そして……あの白い悪魔の動向を。「お兄……ちゃん?」「よう、ただいま、沙紀」 何とか。 一応、タクシーを捕まえ、ランダムに道順を辿り、見滝原郊外の自宅に帰ってきたのは、10時過ぎだった。「すまん。お兄ちゃん、負けちゃった」「ううん、いいの。だって、お兄ちゃんが帰ってきてくれたんだもん」「……ごめんな。お兄ちゃん、今日はちっとも無敵じゃないや」「知ってるよ。 でも、お兄ちゃんは、絶対生きて帰ってきてくれるじゃない。 だから、今日は罰ゲームで許してあげる♪」「……そりゃあ、魔女と戦うより怖いな。どんな罰ゲームだい? 沙紀」「いつも、お兄ちゃんが頑張ってる時、私一人で寝てるから……今日は晩御飯食べたら、朝まで、一緒に寝て欲しいの。鉄砲のお手入れ、後回しにして」「っ! ……んっ、分かった! じゃあ、晩御飯、作ろうか。今日はハンバーグだぞ♪」「お兄ちゃん! デザートは!?」「冷蔵庫に作っておいた、竹ようかんがあっただろ。あれだ」「やったー♪」 ああ、救われてるな……と、この時は思ってた。 だが……石鹸で念入りに手を洗い、刻んだハンバーグのタネを捏ねる内に、何か……目の前がかすんできた。 ……何なんだろうな。 将来、和菓子屋さんになりたいって……そう思って、必死になって独学で勉強して、姉さんや妹に食わせるお菓子を作るための材料を捏ねるハズだった手で……俺、プラスチック爆弾を捏ねてたんだぜ? よく、映画や漫画なんかである、レンガみたいなプラスチック爆弾の塊に起爆信管を刺しただけでは、爆弾は上手く起爆しない。あれは本来、ある程度捏ねないと上手く爆発しないモノなのだし、ついでに信管を刺す前に静電気を地面に流さないと、信管に電流が流れて誤爆する可能性がある。 ……そんな事なんて……知りたくも無かった。 ただ、練り切りの水加減とかアンコを作る小豆の種類や砂糖の配分とかのほうが俺には重要で、それが上手く行けば、姉さんも妹も……いや、父さんも母さんも、『美味しい』と笑ってくれたのだ。 でも……俺の作った和菓子を『美味しい』と言って笑ってくれるのは、もう妹の沙紀だけになっちまった。しかも……妹は、ゾンビ同然で化け物を抱えた体だ。 治る望みは……今のところ、無い。 また、もし、俺が死んだら、戦う牙をもたない沙紀は、真っ先に誰かの都合で、魔女という名の化け物にされちまうだろう。 それに、仮に、俺が生きてたとしても……沙紀がもし、うっかり魔女になっちまったら? そうなった時に、俺は……「お兄ちゃん? どっか痛いの?」「……何でも無い。何でも無いよ、沙紀。お皿、出しておいてくれないか?」 無理に作った笑顔を作ると、ちょっぴりしょっぱくなったハンバーグのタネをまとめ上げ、フライパンに油を引き、火にかける。 忘れよう。今を大切にしよう。今を積み上げなければ、未来なんてモノは来ない。 ……たとえ、積み上げる俺の手が、どんな血塗られていようとも。 ……本日の成果:なし ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。 ……グリーフシード:残13+1。 本日の料理:ハンバーグ&付け合わせのニンジンやインゲンのソテー、味噌汁、ご飯 デザート:竹ヨウカン