「さって、と……すまねぇが、早速知りてぇ事がある。美樹さやかについてだ」「彼女の事? まだ、何で?」「彼女も、対ワルプルギスの夜戦の、こちら側の駒になってもらう。今さっき、おもいついた」 俺の言葉に、暁美ほむらは首を振った。「あなたらしからぬ、非合理な判断ね。 彼女は所詮、新人よ。素質はあっても不安定で暴走しやすい以上、ワルプルギスの夜相手の戦力には成り得ないわ」「勘違いすんじゃねぇ。何も、直接、ワルプルギスの夜にぶつけようってんじゃ無ぇヨ。 あいつの役目はな、対ワルプルギスの夜戦における『鹿目まどかと、その身内の護衛』だ」 俺の言葉に、暁美ほむらの目が見開かれる。「どんな計画を練っていたとしても、不測の事態ってモンは起こり得る。 そン時に、魔法少女の真実を知ってて、かつ、鹿目まどかに近く、かつ、彼女を護り得る人材、っつーと……アイツしか思いつかなかったんだ」「なるほど……え、待って!? 真実を……知った?」「ああ、ついさっき、な」 そう言って、俺は先程の出来事をテキトーに端折りながら暁美ほむらに話し……。「あ、あなたって……いえ、あなたたちって、本当に、何者なの?」「知るかボケ。こっちが聞きてぇよ。 ……まぁ、アイツは馬鹿で間抜けで脇が全く見えちゃいないが、カンも筋もいい。やりようによっちゃ化ける可能性も否定は出来ネェ……恐ろしい事にな。 とりあえず、ざっと今、俺が考えてるのは、お前、巴マミ、佐倉杏子をワルプルギスの夜にぶつけ、俺個人は遊撃、もしくは要撃に回り、美樹さやかは鹿目まどかの護衛っつーシフトだ」「FWにベテラン魔法少女三人、MFがあなた、美樹さやかがDFって事、ね? ……待って、あなた自身の仕事は具体的には?」「だから、要撃だよ。快速と銃器の射程を活かしながら、ワルプルギスの夜が展開する使い魔たちを排除して、お前ら攻撃組がワルプルギスの夜相手に専念できるような、サポートだ。 時々こっちからもワルプルギスの夜にカマす事は考えておくが、基本あまりアテにしないでおいてくれ」 俺の提案に、暁美ほむらは意外そうな表情を浮かべる。「あなたの事だから、ワルプルギスの夜に、イの一番につっかかると思ってたんだけど」「本当は、そうしてぇ所なんだが、こっちはこっちで辛くてな。 悪いが、最前線で支え続ける程の防御力が、俺には無い。一発被弾したらアウトだし、ましてワルプルギスの夜の一撃なんて食らったら、即、人生終了なんだ。 つまり……美樹さやかとは別の意味で、俺の戦闘能力ってのは不安定なんだよ。 ……ってわけなんだが。どうだ、ざっとだがプランに異存は?」「なるほど、だから要撃に回る、と……了解したわ、基本方針は、それで行きましょう。細かい作戦のツメは後日って事で。 とりあえず、美樹さやかの情報ね?」「おう。とりあえず、アイツに告白させる事までは何とか決意させたが、相手がいる事だからな。 そのへんの未来情報……いや、何でもいい。とりあえずお前さん、知ってる事を教えてくれないか?」「そう、ね……彼女は正直、私とは相性が悪いわ。半端な正義感で暴走して、魔女化する運命を繰り返してるように見える。 魔法少女になった段階で、魔女になる事を誰よりも宿命づけられてるような、そんな子よ」「だろうなぁ」 何も考えないで、俺に土下座して弟子志願してきたりとか。ハンパに感が鋭くて他人の地雷を踏みに来るところとか。 正味、佐倉杏子よりかは良識を備えている分、好感が持てるが、魔法少女という存在には一番向いてないんじゃないかとも思う。「まあ、アイツがワルプルギスの夜まで持ってくれりゃ、あとは魔女になろうが天使になろうが、俺は知らん。 重要なのは、あいつが『鹿目まどか』を守れる戦力として機能し得る状態で、ワルプルギスの夜の闘いを迎えるって事だ」 と…… 「……ありがとう。まどかに気を使ってくれて」「勘違いすんな。 鹿目まどかってのは、ワルプルギスの夜を超える、最悪の魔女の元ネタなんだろ? そいつを修羅場でQBが見逃すとも思えん。 巴マミみたいに、『選択の余地が無い状況に追い込まれて契約しました。ドッカーン』なんて事態が、一番ヤベェ。 ……本当は、俺的には殺しておきたいくらいではあるんだが……ああ、分かってる分かってる! そんな目で見んな! 俺もタダの一般人は、殺したくなんてネェんだよ! だからこんな無茶な作戦に付き合ってんじゃねーか!」 ものすげぇ殺気だった目線で睨まれて、俺は両手をあげる。「……一応、その言葉は信じておいてあげるわ。 で、美樹さやかの情報だったわね?」「おう。……正味、魔法少女の願いなんて踏み込みたくないんだが、こればっかりは仕方無ぇ。 っつーか、アイツの願いって、色恋沙汰に絡んだモンなんじゃねぇのか? 『恭介ぇ』とか叫んでたから……彼がらみとか?」「ご明察よ。上条恭介の左腕が、交通事故で動かなくなっていたのは知っている?」「あっちゃー、マジかよ!?」 俺はその段階で、頭を抱えた。「目的と手段がゼンゼンズレてやがる……あいつ、ひょっとして願いをかなえる時に、自分の本心に気付いてなかったとかってんじゃねーだろーな?」「と、言うより……見てられなかったんでしょうね。過激な程のリハビリを繰り返して努力しても、治らないと宣言されてたから」 最悪である。これ以上無いくらいに、最悪の未来しか見えない。「……あのバカ、男のプライドとか、分かってんのかな?」「プライド?」「女はドーだか知らんが、男にゃあな、誰しも踏みこまれたくない領分ってモンがある。 例えば、彼にとっちゃバイオリンだったりとか。俺にとっちゃ和菓子作りだったりとか。こう、なんつーのかな……己が己で在るために依ってるモンってのは、ある意味、手前ぇの命よっか大切なモンだったりするんだよ。 もしうっかり、上条恭介が、その事を知っちまったら……最悪の結果に、なりかねんぞ」「最悪の結果?」「バイオリンを捨てるかもな」「まさか……」 笑い飛ばす暁美ほむらだが、俺は真剣にその可能性を考えていた。 はっきり言って、上条恭介のバイオリンのスキルは、素人の俺から見たって『ホンモノ』である。そこに積んできた研鑽や自負は、一見草食系な外面からは見えないだろうが、恐らくは誰よりも激しいモノだったに違いない。 交通事故で動かない腕を、必死に治そうとしていたのは、その表れだろう。 そこに、美樹さやかが『私が魔法少女になってまで、あんたを救ったんだ、だから私と付き合え!』なんて、恩着せがましく迫ったとしたら? 幾ら幼馴染だとはいえ、彼のプライドは一瞬で崩壊してしまうだろう。あとは双方、破局まっしぐらである。 まして、美樹さやかと上条恭介は『近過ぎる』のだ。 近過ぎるが故に、お互いに『見えているつもり』になって、全然見えてない心の死角に気付かずに、互いに互いの地雷を踏んでしまう。 美樹さやかが魔法少女になったのも、恐らく上条恭介自身が踏んだ、彼女の地雷が原因だろう。 そして、近過ぎる関係であればあるほど、『他人』と『自分』の境目というのは、極端に曖昧になっていき、しまいには、他人を『自分に属するモノ』として扱ってしまう。 いわゆる、ボーダー障害という奴である。 この障害の厄介な所は、『他人が指摘するまで、自覚症状が絶無』だという事だ。 いわゆる、パワハラや児童虐待なんぞはこれに当たるケースが多い。部下を好きに使って何が悪い、息子や娘は自分の『モノだ』、という奴である。例をあげるなら、一家無理心中を図った、ウチの両親が正にソレだし、正直……俺も、沙紀に対して、そう思ってるんじゃないかと危惧している部分は、ある。むしろ、その症状があると思って、意識して行動している……つもりだ。 それに、美樹さやかと上条恭介の場合は幼馴染という関係だが、あそこまで接近しておきながら色恋沙汰に発展して無い時点で、おそらくそのへんの境界は、彼女や彼自身、かなり曖昧になってるのでは無かろうか? だとするなら、彼女が自覚も無く上条恭介の(そして自分自身の)爆弾を握っているのは、限りなく危険である。「……改めて思ったぜ。彼女の爆弾度は、巴マミなんぞ比じゃねぇな……」「でも、大丈夫だと思うわ。彼女の恋敵は大人しいし、筋を通す子だったし」 ちょっと待てぇい!? さらに聞き捨てなら無いファクターが出てきて、俺は絶句する。「おいおいおいおい! この上、恋敵までいるのかよ!! アレか、ウチの妹みたいに、ファンだったとか!?」「いいえ、志筑仁美っていう子よ。まどかとさやかのクラスメイトで、仲良し三人組の一人」「うわ、何? 美樹さやか自身の親友で? んで彼女の恋敵? 最悪のパターンじゃねぇか!」 ……うちの妹といい、あんたドンだけモテるんだ、上条さんよぉ!?「すまねぇ、その志筑仁美とやらの情報をくれ。最悪は回避してぇ」「そうは言ってもね……私の知る限りだと、彼女は美樹さやかにしっかりと恋敵だと宣言した上で、彼女に一日の猶予を与えているわ。お嬢様育ちで気は弱いけど、しっかり筋は通す子よ。 そして、聞く限り、あなた……というか、御剣沙紀が、文字通り美樹さやかの尻を蹴飛ばした事で、彼女は彼との関係を前に進める決心が出来ている。 だから、問題は起こり得ないと思うわ」 そう言う暁美ほむらだが、何かが引っかかる。「……なあ、あんたが経験した時間軸での美樹さやかは、その『一日の猶予』を無駄にして、上条恭介を取られた結果、魔女になってんのか?」「ええ、そうよ」「……その、なんだ。俺がこんな事を言うのも何なんだが。 女って生き物は、自分の感情的な打算を、理屈で糊塗すんのが、ひじょーに上手い生き物だと思ってんだ。 で、な……その志筑仁美、だっけか? そいつ、もしかして……『美樹さやかが一日の猶予じゃ告白に持ち込めないであろう脆さを、見切った上で賭けに出てたんじゃないのか?』」 俺の推論に、暁美ほむらが何処か呆れた目で見返してきた。「まさか……あなたの考え過ぎよ」「いや、だといいんだがな。 あの馬鹿は顔に出やすい。まして志筑仁美は、彼女と仲良しトリオで組んできた仲だ。 もし、仮に俺の推論が当たってたとしたら、彼女は美樹さやかの変化に、敏感に気付くだろう。そうなった時の、志筑仁美の行動パターンが、はっきり言って読めねぇ。 黙って下向いてくれてる大人しい子だったらイイんだが……もし『筋を通しても勝ち目が無い』って悟った瞬間に、破れかぶれになって『筋も友情もかなぐり捨てて』前に出るタイプだったりしたら、今の美樹さやかにとって厄介すぎんぞ」 何というか。美樹さやか自身、盛大な爆弾だが、周囲も爆弾だらけである。 ぶっちゃけ、ボンバーマンで爆弾四方に囲まれちゃってる状態だ。 ……どーしろってんだ、こんなん!? 正味、全てを放り出して、鹿目まどかの護衛に、別に相応しい人材を探すべきかと考えたが、自分も含めて彼女のガードの適任は、美樹さやか以外みつからなかった。強いて言うなら巴マミだが、彼女は彼女で最前線での役割がある以上、論外である。 ワルプルギスの夜戦を乗り越えるには、戦闘云々とは別に、キュゥべえの動向を抑えるために彼女の存在が必須である以上、この爆弾解体作業は放棄が出来ないらしい。「……そうね。それとなく監視はしてみるけど、期待はしないでちょうだい。私、学校ではまどかたちと、そんな近しい関係じゃないの。 それに、恐らくはそんな事にはならないとは思うわ」「おいおい、頼むぜ。俺だって明日、登校しないといけねーんだ。一応、奨学生だから病欠が多いのは困るんだ。 それに、幾ら未来知識があるアンタだからって、不確定要素の俺がいる状況下、甘すぎる目算で行動してたら命取りになりかねんぜ?」「……あれだけのお金持ちが、何で奨学生なんて……いえ、そうね、ごめんなさい」 暁美ほむらが、気付いたように言う。 『お金』は、確かに強力な力ではあるが、だからこそ『無制限』では無い。 事に、強力すぎる……つまり、多額の現金程、その動向には意図しない者たちの監視の目が、付きまとうのである。 俺が税務署を『恐怖の存在』と表現したのは、別に冗談でも何でもないのだ。「それは兎も角、流石にそれは、あなたの考え過ぎよ。志筑仁美は、典型的な大人しいくて臆病なお嬢様タイプの子よ」「……そういうタイプって、俺的にはかなり怖いんだがな。 大人しいって事は、周囲に真意を悟られ難いって事だし。臆病ってのは、それだけ慎重にコトを進めるタイプだって事だ。 ンで、お嬢様ってのは世間を知らねぇ分、一度火がついたらトコトンまで暴走する可能性を秘めている。 想像以上に、厄介かもしんねぇぜ?」「……まあ、確かに。 上条恭介に、美樹さやかが告白するに当たって、最後の障害は志筑仁美な事に、変わりは無いわね。 それとなく、気を使っておくわ。でも、あまり期待しないで頂戴」 アテになりそーにない言葉に、俺は嫌な予感が止まらない。 あえていうなら、いつ時計が狂ってタイマーがゼロになるか分からない、不安定な時限爆弾の解体作業をさせられてる気分。 コードを切るべきは、赤か、黒か。それとも『切る事』そのものが間違いで別回答が存在するのか。 答えがマジで出てこない。「……とりあえずこっちは最悪に備えて、『魔女の釜』から何個かグリーフシードを用意しておく。 魔女化の前に、説得の時間くらいは確保しておきてぇ……無理なら見捨てざるを得ないが」「だから、あなたの考え過ぎよ」「考え過ぎて悪い事でも無いだろ? ……よし、マジになれねーなら賭けでもしようぜ。志筑仁美が暴走するに、グリーフシード一個。どうだ?」「はぁ……余程、気になるのね、弟子の事が」「弟子ちゃうわい! ……どーだ、乗るか、時間遡行者?」「OK、では彼女は沈黙を守るに……栗鹿子一つね」 ……は?「……えっと、何か、聞き間違えたと思うんだが」「あなたの和菓子よ。とても美味しかったわ。それに、分の良い賭けだと思ってるし、ね」「っ!! ……おだてても、何も出ねぇゾ。 それに……あー、やっぱ、それじゃ賭けが釣り合わねぇ。分かったよ。和菓子はお前が勝った時、オマケでつけてやる。 それでいいな?」「了解したわ、イレギュラー。……自らベットを跳ね上げたのは、あなたよ?」「それでコトが収まるんなら、安いモンさ。スッて悔いの無い博打ってのは、保険って意味もあるしな」