「……さぁって、と」 退院と同時に、俺は見滝原高校の制服に着替え、学校へと直接足を向ける。 本当は、一日休む事も出来たのだが、授業の遅れは取り戻さねばならないし、喧嘩で休んでる事になってるので、学校の諸先生方にも言い訳をせねばならない。 というか、暴漢に襲われ、妹を守って負傷という筋書きには、なってるが……果たして通じるか否か。 もっとも……一番気になる『美樹さやか爆弾解体計画』については、見滝原中学校に居る内は暁美ほむら任せである。 志筑仁美に関して、彼女が楽観視し過ぎてるのが不安要素だが……まあ、それについては、もう俺が言ってどーこーなる問題では無い以上、何事も起こらない事を祈って開き直るしかない。 授業が終わるのを待って、放課後、とりあえず沙紀と合流してソウルジェムを確保、後、美樹さやかと接触。それとなく色々と忠告しつつ、上条恭介ともどもイイ雰囲気の場所に誘導する……予定ではある。 雑なのは分かってるが、一日で考え付くことなんて、こんなもんでしかない。 ……そういえば、沙紀の奴は、大丈夫だろうか? ぶっちゃけるならば、沙紀の奴は料理が出来ない。 というか、御剣家の女性は、オフクロ以外、家事技能が壊滅的だったりするのだ。 死んだ姉さんや沙紀にキッチンを預けると、謎の爆発や閃光や毒ガスが発生するので(とりあえず、洗剤や洗濯機で米洗おうとするのは止めてほしい。幾ら注意しても直さないのはどうかと思う)、俺が家事不能な事態に陥った時のために、米軍はじめ、各国の野戦食料(レーション)……いわゆる『ミリメシ』を非常食代わりに、幾つか。他にカップラーメンも常時用意してあるくらいである。 ……沙紀が俺の怪我に五月蠅く言うのは『そういう事態に陥った時の、自分の食生活』を見越して心配してるのだと、最近思うようになってきてしまったのだが、どうだろうか?。 まあ、缶詰やレトルトパウチ開けて食べる程度ならば、沙紀の奴も失敗しないで食事にありつく事は出来る……ハズ、で、ある。多分……おそらくは、何とか……なる、と思うんだが……いかん、だんだんマジで不安になってきちまった!!(そのくらい壊滅的なのだ。沙紀に、適温での茶の淹れ方を教え込むのに、どんだけ苦労した事か)。 ……帰ったら、ちゃんと料理作ってやらんとな……幾らなんでもミリメシやカップ麺連打ってのは、成長期の子供によろしくない。 そんな事を考えながら、俺は三日ぶりに、学校の校門をくぐった。「……まあ、妹さんを守るためだったというのは分かるが、君は奨学生だっていう自分の立場は、理解しているかね?」「はい、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」 放課後。 担任教師の目線に、俺はひたすら平身低頭で答える。答えざるを得ない。「それと、御剣君。君、夜の街を、出歩いたりしていないかね?」「っ……あの……妹を寝かしつけた後に……その、分かってるんですけど、外に出たくなって。 家の事とか、全部、私がやってると、どうしても夜遅くなって。 でも、一人で外の空気とか吸いたくなって……つい」「……まあ、君の家の事情は、我々も理解しているよ。 新興宗教にハマった両親に先立たれて、その借金を偶然当てた宝くじで補填して、その遺産で君たち兄妹が生きている事もね。そんな状況でもグレずに真面目に生きて、誰より優秀な成績を残してる君だからこそ、我々は君を奨学生として迎え入れてるわけだ。 だからね、御剣君。問題を起こすような行動だけは、してくれるな。 我々としても、君ほどに文武両道に優れた学生を、暴力沙汰で失うのは勿体ないと思っているのだから。 ……分かってくれるね?」「はい、申し訳ありませんでした! ……ですが、その……」 俺の表情に、担任の先生が柔らかく微笑む。「分かってる。 君の年齢で、そこまで大変な事情を背負っているんだ。多少の夜歩きくらいは、先生個人は大目に見てあげるつもりだ。 だからこそ、トラブルにならんよう慎重に行動したまえ。……君なら出来るだろう? 今回みたいに何かあった場合、先生の一存だけでは庇い切れない事も、たくさんあるんだから」「はい! ありがとうございます! 本当に、ご迷惑をおかけしました! 申し訳ありませんでした!」 人の良い担任教師の言葉に、俺は真剣に感謝の言葉を述べる。「うん、うん……ところで、御剣君。 部活動には、本当に興味が無いのかね?」「あ、その……無い事も、無いのですが……やっぱり家が……」「うん。だから、その辺の事情を考慮してもらえる部活動ならば、入る事も可能なんじゃないかな? 今、君に必要なのは、同年代で汗を流し合うような友人たちだと思うのだが」「はぁ、考えておきますが……その、私が入りたいと思ってるのって、運動系ではないので」「ほう、文科系? あれだけスポーツ万能な君が?」「はい、茶道部です」 俺の言葉に、担任の先生が石化する。……よほど俺を体育会系人間だと思ってたのか?「えっと……いや、すまん。スポーツ万能で闊達な君個人のイメージから、ちょっと外れててな」「あの、将来、和菓子屋さんになりたいって思ってて……本当は中学卒業して、弟子入りしようとしたお店があったんです。 そしたら『弟子になりたいなら、高校出て専門くらいは行かんと絶対許さん』って、店長に怒鳴られちゃいまして」 ちなみに、その店が暁美ほむらとの密会に使ってた甘味処だったりするのは、本当にどーでもいー話。「そういう意味で、自分の趣味で作った和菓子とか食べてくれる人とかに、感想聞きたいなって……あと、茶道の作法とか、学んでみたいな、と」「なるほど。 正直、君の成績がこのまま維持出来るのだったら、ドコの大学でも引っ張りダコだろうが……それは、君自身にとって、全く意味が無い事なのかな?」「いえ、意味が無いわけでは……評価して頂けるのは嬉しいのですが、和菓子職人は私個人の夢でもありますので」「ふむ。じゃあ、夢に向かって頑張りたまえ。 それと……君の希望は私の胸にしまっておいてあげるよ。迂闊にバレたら奨学生の資格を失うかもしれんから、普段は適当にごまかしておきなさい。 あと、茶道部の顧問の先生には、話を通しておいてあげよう。挨拶をして、余裕が出来たら足を運んでみなさい」「っ……ありがとう、ございます!!」 再度、俺は深々と頭を下げる。……いかん、ちょっと涙出てきた。 ……本当に、俺は周囲の人間に恵まれているんだな、と。理解が出来た。 と……「!?」 無粋なケータイの発信音に、俺は憮然となった。 すぐ、ケータイを切って、再度先生に頭を下げる「すいません。失礼しました」「いや、何……時々、思いつめた顔をしてる、君を見てると……ね。 余計なおせっかいかもしれんが、頑張りたまえ。御剣君」「はいっ! ありがとうございます!!」 再度、頭を下げ、俺は先生の前から退出し。「失礼しました!!」 一礼し、職員室から立ち去った。 さてと……さっきの無粋な電話は、沙紀からだろうか? 恐らく、晩飯のリクエストだろう。「……誰だヨ?」 知らないケータイの番号に戸惑いながらも、俺はリダイヤルのボタンを押す。「……もしもし? どちらさんで?」『何故電話を切ったの、御剣颯太』 無機質な中にも、どこか切迫した声で電話口の向こうにいたのは、暁美ほむらだった。「……何だよ、おまえかよ。ショーガネーだろーが、職員室で説教喰らってたんだから」『そんな事はどうだっていいわ。 ……いい、落ち着いて聞いて。 『私は栗鹿子を食べそこなった』わ、イレギュラー』「……っ!!」 その言葉の意味するところは……つまり……「何でお前、抑えとかなかったんだ! 馬鹿野郎っ!!」『ありえないからよ。こんな事になるワケが無いかった……志筑仁美は、本当に大人しい子だったハズなのよ。 本当に、ワケが分からないわ!』「馬鹿かオメーは!! オメーにとって、俺っつーイレギュラーが存在してんだぞ!? それに、志筑仁美本人は、お前の知識そのまんまだったとしても、俺の妹が美樹さやかの尻を蹴飛ばしたように、『志筑仁美の尻を蹴飛ばした存在』が、どっかに居たって不思議じゃねぇだろ!?」『これも、あなたのせいだって言うの!?』「知った事かよっ! 俺だって俺自身がオメーの未来知識に、どんな風にどー干渉しちゃってんのかなんて、ワケ分かんねーよ!!」 時間遡行者とそのイレギュラーが、ケータイ越しにギャーギャーわめく、他人には意味不明なやり取りを交わしつつ。 俺は下駄箱から靴を放り出して履き換えながら、ケータイに向かってどなり散らす。「とりあえず止めろ! 何としてでも止めろ!! ヤバいにも程があり過ぎるぞ!!」『……それが……』 と……電話越しに、女性二人が声をハモらせて『すっこんでろ!!』と叫ぶ声が聞こえた。 『……こんな調子で、二人ともヒートアップし過ぎちゃって……私には無理だわ』「何とかしろよ! 見滝原中学での面倒は、オメーの領分だろ!」『美樹さやかの担当はあなたでしょう。何で彼女がこうなるまで放っておいたの? 昨日の段階で告白させてればよかったじゃないの!』「こっちも疲れ果てて、今日から取り掛かる予定だったんだよ、馬鹿っ!!」 電話越しの醜い責任のなすり合いに加え、電話の向こうからも聞くに耐えないやり取りが、微かに聞こえてくる。 ……ヤバい、完全にヒートアップしてんぞ、あの馬鹿ルーキー! 爆弾解体どころか、導火線に完全に火がついちまってる状態。嫌過ぎるのを通り越して泣けてきた。「とっ、ともかく、俺が沙紀と合流してからそっちに行く! 魔女の釜にとりに行く余裕は無いから、お前は最悪に備えてグリーフシードを用意しておいてくれ!」『そんな時間は無い、いますぐ来て。 最悪、彼女が魔女化した時のバックアップは私がする。賭けの負けも倍払う。だからおねがい!』「ソウルジェムも無しに、俺に死ねってェのかヨ!? バカぬかすな!」『こうなってしまった以上、インキュベーター並みの悪知恵と口先を持つ、あなたが頼りよ。何とか彼女たちを丸めこんで。 ……おねがい、助けてイレギュラー。『まどかを守れる彼女を救えるのが』あなたしか居ないの』「っ! ―――――分かった! いざって時はマジでフォロー頼む!! ……期待はすんな、俺も全くもって自信が無い! ……で、場所はドコだ!」『見滝原中学の裏手。急いで、人が集まりつつある』 最悪である。 ソウルジェム無し、武器なし、防具なし。そんな状況下、火のついた魔法少女という爆弾の解体作業に、口先一つの徒手空拳で挑め、と!? しかも、フォローに回るのは、色々な意味で信用ならない魔法少女と来たモノだ。 だが、やらねば破滅あるのみだ。 正直、鹿目まどかを護衛できる存在を考え続けてきたが、結局、美樹さやか以外に適任が居なかったのが現状である。 何より……志筑仁美と美樹さやかが、上条恭介をめぐって争っているこの状況そのものが、鹿目まどか自身にとって最悪と言っていいシチュエーション。 それこそ、インキュベーターにとって、付け込み放題ボーナスタイムだ。「……死ぬかもな。は、は、ははははは……」 少なくとも、鹿目まどかが暁美ほむらの言うような『最悪の魔女の素』だった場合、この状況ですら、世界の破滅の引き金に指がかかっている状態である。まして、美樹さやかが魔女化したりした日には、鹿目まどかがどういう行動に出るか? ……正直、色々と考えたくない……っていうか、これ、本当に俺を抹殺するための、暁美ほむらの罠じゃあるまいな? が、すぐに『それは無い』と打ち消す。 彼女にとって『鹿目まどかを守る』というのが最重要目標な事に変わりは無いだろう。で、『鹿目まどかを守る護衛の確保』が今回の目的である以上、本当にこの事態は突発的な事故のような状況なのだろう。 でなければ、あんな余裕綽綽で、分の狂ったグリーフシードの賭けに、乗ったりするワケが無い。 つまり……俺は『誰も知らない未来に挑戦せねばならない』という事なのか?「はっ! 上等じゃねぇか!! 未来なんて誰にも分かるもんか!!」 ヤケクソ気味に……俺は、暁美ほむらの持ちこんだ博打にBETする覚悟を決め、校門を抜けて見滝原中学に向けて走り出した。