「ぜっ、ぜっ、ぜっ……くそ、走るとなると、結構距離がありやがるな!」 魔法少年の時ならいざ知らず。 今の俺は、タダの生身の人間である。 ……というか……「最悪、俺が居ることで、ワルプルギスの夜が来る事そのものが、変わったりとかしてねぇだろうな?」 そんな都合のいい事を夢想しかけ……首を横に振り、打ち消す。 個人的に、希望的観測で行動して、良い目を見た例が無い。むしろ、暁美ほむらが言う、二週間後とは逆のパターン……一週間後とかになってる可能性だって、無きにしも非ずなのだ。 それに、幾ら俺がイレギュラー(らしい)だからって、天災と同等の代物の因果を弄れるとも思えない。 とりあえず、遅かれ早かれ、見滝原にワルプルギスの夜が来る事を前提に、行動を始めておくほうが賢明である。 何より……魔女を狩るほうが、場合によっては魔法少女を狩るよりも面倒だったりする場合が、結構あるのだ。 全ての魔法少女は、弱点――ソウルジェムを持っている。 が、魔女にはそれが無い。ただひたすらに、銃火器の火力でゴリ押すしか、魔女相手にはどうにもならなかったりするのだ。……一応、魔女にも弱点は存在するが、個体差が激しく、いちいち調べるよりも爆弾やロケットで吹き飛ばしたほうが、手っ取り早いケースが多いし。「……くそっ、喉が渇いてきた」 落ち着け。落ち着け俺。 ……とりあえず、ジュースでも飲んで、気を静めるんだ。 実際、5キロくらい全力で走った直後に計算問題を解こうとしても、人間、グダグダな答えしか出ないモノである。(疑うのなら試してみるといい。余程身体頑健な人間でも、疲労は思考を鈍らせる) 今、俺が暁美ほむらに求められてるのは、あの馬鹿を丸めこめるクールさと思考、そして口先だ。慌てて駆けつけて自分が事態をグダグダにさせては、全く意味がない。 言い争う声は、かなり近い。もう一歩のところ。 だが、この場合、慌てて駆けつけても不審がられるだけ。 とりあえず……んー、この手しか無いか。「さて、少しは頭冷やしてくれるとイイんだ……が」 そう呟いて、俺は近くにあった自動販売機から、炭酸のジュースを『三本』買った。「遅いじゃない」 案の定、咎めるような暁美ほむらの言葉に、俺はあえて、いつもの笑いを浮かべてやった。 ……ちょっと引きつってるかもしれんが。「悪ぃな、『小道具』の準備に手間取った」「……小道具? そのジュースが?」「上手く行くかは、お慰み、だ。……いざって時ぁ、フォロー頼むぜ」 そう言うと、俺は炭酸ジュースの一つに口をつけて二口で半分ほど飲みほし、ポケットに捻じ込む。「ゲーふっ……っと! さて、行きますか」 残り二本。炭酸のジュースを手に、言い争う二人に迫る。もう、掴みあい寸前っていう感じで、間にいる上条恭介も、おろおろするばかりだ。 ……まあ、無理も無い。いきなり愛の告白が二連発。そして女同士が修羅場じゃ、俺だってどうしていいか分からん。 だから……俺は『念入りに振った炭酸飲料の缶』のプルタブを、二人に向けてこじ開けた。「ぶあっ、ひゃあああああああっ!! な、なっ!?」「きゃあああああああ!!! な、何ですの!?」「おい、お嬢ちゃんたち。 ……コイツでちったぁ頭冷やせ。上条さん、困ってんじゃねぇか」「御剣さん!」 何か、意外な救い主を見るような目線を、上条さんが俺に向けて来る。……まあ、気持ちは分かる。 そして……「おぅ! オメェら、見世物じゃねぇんだ!! 他人(ひと)の色恋沙汰、出歯亀してんじゃねぇ!! 失せやがれってんだ、ガァッ!!」 気合を入れて、一睨み&一喝し、一時的に人を追い払う。「……すまねぇな、上条さん。ちょっと買い物ついでに通りかかったんだが、見るに見かねちまって、よ。 特に、馬鹿弟子まで迷惑かけやがって……余計な事たぁ思ったんだが、流石に、な」「ありがとうございま、え……で、弟子? ……さやかが?」「なっ! 都合よく弟子にしないでよ!」「志願してきたのはおめーだろーが? ……あー、そいつについては、また後で。 とりあえずな、お嬢ちゃん二人とも。 お前ら、自分の気持ちを告白するのは結構だが、告白相手の『上条さん本人ほっぱらかして』言い合いってなぁ、どういう了見なんだ? まして、こんな騒げば人目につきそうな場所で、愛の修羅場か? そんで『最終的に誰が迷惑するか』考えてやってんのか?」『あっ……!』 蒼白な表情になる、志筑仁美と美樹さやか。「分かったみてぇだな? とりあえず、二人とも……グダグダ言うようなら、もっぺんコイツで頭冷やすか?」 プルタブを開けた、缶ジュースを両手に掲げ、二人の頭の上にもってこうとし……「いっ、いえ……結構です」「おっ、落ち着きました、はい、師匠!」「そっか。なら飲め」 そう言って、二人に強引に手渡した。「とりあえず、俺ぁワザワザ、他人の色恋沙汰に首突っ込みたいなんっつー野暮は思わねーが、尊敬するダチに迷惑かけるよーな真似だきゃ見過ごせなくてな。 で、三人とも。 今、選択肢としちゃあ、二つある。 これから続けて、人気の無い場所で、腹割った話しを続けるか。さもなくば、上条さんに返事を待ってもらうか。 ……どっちにする? ああ、上条さんが、この場で答えを出せるってんなら、話は別だけど?」 話を振ると、上条さんがプルプルと首を横に振っている。 ……うん、気持ちは分かる。「っ……とりあえず、場所は変えましょう。話を続けるかどうかは、ともかく」「そうだな、それがいい」 と……そんな具合に話がまとまりかけた、その時だった。 『とりあえず、助かったみたいね』 『……テレパシーはなるべく使うな。不審がられる。長話の場合はケータイを鳴らせ』 暁美ほむらのテレパシーに、とりあえず思考だけで返す。 と…… 『……暁美ほむら? ひょっとして……あんたが師匠を呼んだのか?』 『そうよ、あなたのために、ね。迷惑だったかしら?』 ちょっ! お前らっ!! テレパシーだけでやり取りすんな! これだから魔法少女ってぇのは!!「おい! 行くぞ、馬鹿弟子! 河岸変えて話し合いの続きだ!」 そう言ったのだが……何故か、わなわなと肩を振るわせ始める美樹さやか。「そうか……こうなるの、狙ってたんだね。仁美……師匠も……暁美ほむらも」 いかん! カンの良さが、完全に裏目に出てる。というか、視野狭窄状態だーっ!!「ちょっ、馬鹿かテメェは? こうならないためにコッチは必死になって丸腰で」「嘘だっ!! 人殺しの言う事なんか、信じられるもんかっ!!」「っ!!」 思わず。一瞬、押し黙ってしまう。 それが、致命的だった。「さやかっ!!」 次の瞬間。 ばしっ!! と……上条さんが、左手で美樹さやかの頬を張り倒した。「謝れ!」「なっ……!?」「御剣さんに謝れ! さやか!」 呆然となる美樹さやかに、真剣な表情で迫る、上条さん。「恭……介? なん……で」「彼は……彼は、僕の尊敬する人だ! その彼の傷を抉るような事を言うな! 謝れ!」「っ!! ……そうか……あんたは……あんたは、恭介まで丸めこんだんだな! この悪党!!」「違う! おい! 二人とも落ち着け! 俺が人殺しだろうが、どう言われようが気にしちゃいない! 俺は、お前らが三人、腹割って落ち着いて話し合えって、言いに来ただけだ!」「御剣さん……いえ、話し合う必要は、ありません! 今、答えが出ました!」 そう言うと、上条恭介は、志筑仁美の手を取った。「志筑さん。僕は君を選びます!」『っ!!』 最悪である。最悪のパターンだ!「おい、違う! 上条さん、俺が人殺しなのは本当の事だ! 彼女を責める謂れはコレッポッチも無い! 考え直せ!」「いえ、考えるまでもありません。 ……さやか。今度という今度は、君を見損なったよ! 本当に心配して駆けつけてくれた御剣さんの心を、平気で傷つけるような人と、付き合えるわけがない!」「そんな……違う……あたしは、ただ、恭介が……騙されてるよ、恭介」「いい加減にしないか、さやか! 早く御剣さんに謝るんだ! 今、間違ってるのは君のほうだ!」「っ……なんで……なんでよ! なんで仁美も、師匠も、暁美ほむらも、あたしの邪魔をするんだ! 恭介が……恭介の事が一番好きなのは、あたしなのに!!」「さやかっ!!」 再度の平手打ち。 しかも『左手』……それが、決定打だったんだろう。「どうして……どうしてあたしが、恭介の『左手』でぶたれなきゃならないの? 『この手を直したのは、あたしなのに』っ!!」「っ!!!!!!」 最悪だ。最悪中の最悪のパターンに、陥ろうとしている!!「おいっ、やめっ!!」「うるさい!!」 その場で、いきなり『変身』した美樹さやかの姿に、志筑仁美も上条恭介も、呆然となる。「さっ、さやか……その姿は?」「驚いたでしょう! これがいまのあたし! 恭介の腕を治してもらうために、インキュベーターに奇跡を願った、あたしの姿だよ!」「そっ……そんな……」「だから、仁美なんか見ないで! 人殺しなんかに騙されないで! あたしだけ見てよ! 恭介!」 と……下を向いて、両腕を震わせ始める上条さん。「さやか……この左腕は、君が治したのかい?」「そうだよ! だから……」「誰が……治してなんて、君に頼んだ?」「……え?」「僕の尊敬する人を、人殺し呼ばわりして侮辱するような奴に! 治してもらう理由なんてない!!」「おいっ! やめろ! 俺が人殺しなのは本当の事なんだし、彼女は間違っちゃいない! それに、お前が八つ当たりで彼女を追いこんだ結果なんじゃないのか! だとしたら、彼女の気持ちも考えてやれよ!」「……ええ、彼女は間違ってません。八つ当たりして、さやかを追いこんだのは僕です。 さやか、ありがとう。 そしてごめん。そんなになるまで、君を追いこんだのは、僕だ。その事は素直に、君に謝るし、感謝もする。 でも……だからと言って、さっきの言葉は許せないよ。 だから、取り消して、御剣さんに謝罪してくれ! お願いだから!」「違う! 恭介は騙されてるんだ! みんなみんな、よってたかって、あたしと恭介を騙そうとしてるんだよ!」「……そうか。どうしても取り消さないって言うんだね。 だったら、要らないよ、こんな『間違った左腕』」 ……おい、まさか……!?「御剣さん。『腕が無くてもバイオリンは弾ける』って……教えてくれましたよね?」「ちょっ、待てっ! お前、何考えてやがる! 馬鹿な真似はやめろ!」「だったら、これが答えです……うああああああああああっ!!」「やめろーっ!!」 止める暇もあらばこそ。 上条恭介は、傍らにあった木の幹に、自らの左腕を叩きつけた。 ……ぐしゃっ…… なんて……こった。 俺が考えていた以上の最悪の事態に、どうしていいか分からず。 悶絶する上条恭介を前に、蒼白な表情の志筑仁美と美樹さやかと共に、俺は立ちつくしてしまった。