「おっと、失礼」 ドンッ、と。ぶつかった少女に、頭を下げる。「あ、いえ……こちらこそすいません」「いや、すまなかった。急いでんだ。悪い!」 そう言って、俺は走り出した。 ……気付かれる前に、決着をつけねばならない。 繁華街の路地に駆けこんで、先ほど、ぶつかった時に少女から掏り盗ったモノ――ソウルジェムを、クルミ割り機に挟みこむ。 パキィィィィィン!! 澄んだ音と共に手の中でソウルジェムが砕け散って、俺はようやっと安堵の息をついた。 『おいっ!! おいっ、ひみか!?』『どうしたんだよ、おい!?』『救急車っ! 救急車呼んでーっ!!』 一〇〇メートル程離れた場所で、少女が倒れたまま動かなくなっていたのを確認すると、俺は変装の中年男性の覆面を剥ぎ棄てて、その場を立ち去った。 世の中には、悪魔と呼ぶべき生き物が存在する。 嘘はつかない。ただし、真実全ては絶対に語らない。 そいつは、他人の弱みに付け込みながら、そういった詐術じみた手法で人を陥れる。 その悪魔の『ターゲット』は、小中学生から、高校生くらいまでの少女たち。 愛くるしい容姿で近づき、奇跡を餌に少女に『契約』を迫り……何も知らない少女を自覚の無いままゾンビへと変え、そして最終的に化け物へと変える。 キュゥべえとか名乗るフザケたそいつらが、ドコから来たかは俺も知らん。本人は宇宙がどーとか言ってるが、正味、それは俺の知ったこっちゃない。 ただ、俺が知るそいつらは、殺しても殺しても際限なく現れては、少女たちの周囲を徘徊し、言葉巧みに契約を迫る、厄介極まりない生き物だという事だ。 ……ああ、違和感を感じたかもしれないが、俺は男だ。 私立見滝原高校一年。御剣 颯太(みつるぎ はやた)。 まごう事無き、れっきとした男だが、『彼ら』キュゥべえとは無関係ってワケじゃあない。 何しろ、その『契約』の犠牲者が、身内に二人も居るのだから。 その犠牲者は姉さん。そして、俺の妹。 そのうち、姉さんはこの世には居ない。いや……多分、あの世にも居ない。 そうとしか言いようの無い末路を辿っている。 じゃあ、残った妹は、というと……『ココ』に居る。 俺が首から提げた、緑色に輝くソウルジェム。これが『妹』だ。 ……OK、念のため言っておくが、俺の妹は生きている。体も無事だ。そして、俺の頭も狂ってるワケじゃあない(と、思いたい)。 例の悪魔と『契約』を済ませた少女は、ソウルジェムという形で『魂』をこのちっぽけな石ころの中に封じ込められる。そして、人間としての肉体は、外付けのハードディスク以外の意味を持たないモノとなってしまう。 つまり……ソウルジェムさえ無事ならば、肉体がどんなに痛もうが、あっというまに再生出来てしまうのだ。 俺が、契約した彼女たちを『ゾンビ』と言ったのは、このためだ。 撃っても斬っても殴っても死なない。手足や脳天をショットガンで吹っ飛ばそうが、お構いなしだ。 それでいて、個人差はあるものの、少女の外見からは想像もつかない、超人的な身体能力を獲得する。 多分、生身の人間の俺では、正面から戦っても絶対に太刀打ちできないだろう。 本人たち曰く『魔法少女』だそうだが……まあ、外面的、能力的には間違っちゃいない。中身は果てしなくゾンビだが。 ただ、この状態なら、まだ可愛い方だ。 問題は、その一歩先。 俺の姉さんが陥った……化け物としての姿。 例の『魔法少女』が戦い続ける表向きの理由に、『魔女』と呼ばれる化け物退治がある。 自分の結界というか異世界というか……まあ、そんな場所に人を引きずり込んで弄んだ末に殺す、化け物。 その化け物退治を繰り返している内に、自らも『魔女』という名の化け物に成り果てる。 どうも、これは今のところ、変えようがない運命らしい。まったく、良く出来たシステムだ、としか言いようが無い。 まあ、そのへんは兎も角、とりあえず、俺が『妹』――のソウルジェムを持ち歩いてる理由に話を戻そう。 ぶっちゃけて言うならば、『俺が魔女や魔法少女と戦うため』である。 ……そう、魔女だ。 超人的な体力と、物理法則をひっくり返す魔法を扱う『魔法少女』を以ってして、はじめて倒す事ができる相手。 故に、だだの一般的な人間が、太刀打ちできる訳が無い……と、いうワケでは、実は必ずしも無かったりする。とはいえど、そこには『魔法少女』の力を借りねばならない理由も、少なからず存在する。 例えば……ドコに魔女が居るのか、という探索。 いかに魔女を倒す武器を携えていようとも、見つけられなければ意味が無い。そして、ソウルジェムは魔女の居場所を示すレーダーの役割を果たしてくれる。 これが一番目の理由。 さらに……「……ようやっと、お出ましか」 薄く笑いながら、俺は『ソウルジェムから武器を取り出した』。 そう、これが二番目の理由。 『妹』のソウルジェムが持つ『四次元ポケット』としての機能もまた、魔女と対峙するに当たって、限りなく重宝するモノだ。 しかも、今、取りだしたのは、本来ならば車載して持ち運ぶようなオートマチックグレネードランチャーで、持ち歩くには到底向かない代物。それを、ベルトで肩から提げて両手持ちで構える。 更に、ベルト方式で連なった40mmグレネード弾の弾帯は、そのままソウルジェムの四次元ポケットの中まで連なったまま、『ジェムと一緒の淡い緑の光を放っていた』。 これが三番目の理由、『魔力付与』。 既存の銃器や爆発物の単純攻撃では、魔女や魔法少女相手には効果が薄いが、ある程度の媒介としての魔力を加える事により、近代兵器でもかなり有効な打撃を与える事が出来るようになる。 それでいて、魔力の消費量は、同等の破壊力を魔力のみで再現した場合より、応用性は劣るものの明らかにコストパフォーマンスに優れる。 飛行機の操縦桿のような引き金を引き、反動で暴れ回るオートマチックグレネードランチャーを、両腕……というより体全体で必死に抑え込みながら、使い魔の群れを異形の魔女ごと、爆炎と業火の海に叩きこむ! 『ポンッ』というより『ボンッ』といった感じの発砲音が連続し、その発砲音を風景ごと塗りつぶす程に強烈な、40ミリグレネード弾の爆撃と轟音によって、何もさせずに使い魔ごと魔女が叩きのめされて行く。 そして……『ギャヒイイイイイイ!!!』 と。断末魔の悲鳴をあげて、姿を現そうとしていた『魔女』が、その姿を見せる前に結界ごと消滅。「っ……ふぅ……」 冷や汗と共に、俺はソウルジェムに、オートマチックグレネードランチャーを収納。 一方的な殺戮。 そう。『何されるか分からない相手ならば、何かをする前に何もさせず葬り去る』事が、人間が、魔女や魔法少女に対抗するための唯一の手段である。 実際のところは、本気で紙一重だ。 まあ……本気でヤバくなった時のための最終手段も無いワケではないが、それは後で。 魔女の残骸……グリーフシードを回収し、手元のソウルジェムの汚れを取り去りながら、俺はコレをどう扱うべきか考えていた。 魔力の消耗が極端に少なくて済む、この方法は、もう一つの大きなメリットを抱えている。 即ち……「……デコイにするか」 それは魔法少女をおびき寄せる手段が増える、という事。 この魔女の残骸……グリーフシードは、魔力の使用によって濁っていくソウルジェムを、綺麗に保つ効能を持つ。ソウルジェムが綺麗であればあるほど、個人の戦闘能力は増し、逆に濁れば果てしなく堕ちていく。 故に、連中にとっては、喉から手が出るほど欲しいもの。 時刻は9時。「時間的にもう一戦、イケるな……」 トラップを仕掛けた町ハズレの廃ビル……二束三文で買い取った建物に向かって、俺は歩き出した。 ズッ……ズズズズズ……ズッーン!!!!「……殺った、か?」 建物が内側に沈み込むように、綺麗に『消滅』する。 俗に『内破工法』と呼ばれるビルの解体技術で、崩落のエネルギーそのものを内側に集約させ、周囲に破片を撒き散らさずにビルを破壊する解体工法だ。故に……金銭的な費用対効果を度外視すれば、普通の爆弾を用いたブービートラップより、効果的である。 とはいえど。 確実に、ターゲットにした魔法少女が入ったのを確認して、起爆スイッチを入れたのだが、安心はできない。 一応、消耗していた魔法少女を狙い、公衆電話で誘い出して罠にかけたのだが、弱っていたとしても『ビルごと吹っ飛ばした程度では』アテにはならない。 対物ライフル――バレットM82A1に備え付けた、暗視用の狙撃用スコープを覗き込みながら、崩壊した建物を観察。 ……居た。 案の定、瓦礫をはねのけて現れた魔法少女が、最後のトラップをくぐり抜けたと思いこんだ、安堵した表情でソウルジェムを取り出し、餌にしたグリーフシードに当てる。 その瞬間を……狙い撃つ! ドンッ!! 遥か500メートル彼方からの狙撃。 スコープの中に、一瞬、黒い点……12.7x99mm NATO弾が現れ…… ボン! グリーフシードとソウルジェム、そして魔法少女の上半身。全て、まとめて消し飛んだ。「本日の成果:魔法少女二匹、魔女一匹……と」 本日のハントの成果を、ノートに記録。 ……トータルスコア:魔法少女23匹、魔女(含、使い魔)51匹。 ……グリーフシード:残14+1。「お兄ちゃん、お帰り♪」 見滝原の中心部より、やや外れた郊外。 新興住宅地の一戸建てにある、我が家の扉を開けて出てきたのは、俺の妹、御剣 沙紀(みつるぎ さき)だ。「おう、ただいま。体は平気か?」「うん、大丈夫!」「そうか……良かった」 そう言って、俺は沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。「……お兄ちゃん。怪我してる」「ん? ああ……これか」 腰……というかわき腹のところに作った傷。どうも、何かの拍子に引っかけたらしい。 今まで、痛みらしい痛みは無かったが、触られて自覚する。「どーって事ぁないさ。放っときゃ治る」「ダメだよ、お兄ちゃん!」 そう言って、沙紀は俺の傷に手を当てる。「ダメだ沙紀! 『それは無駄遣いしちゃダメだ!』」 強い口調で沙紀を叱り飛ばし、手をひっこめさせた。「うーっ……」「……大丈夫だよ、沙紀。救急箱取ってきてくれ。消毒してガーゼを当てよう」「……うん」 そう言って、玄関口からリビングに消えた沙紀の姿に、溜息をつく。 俺の妹、御剣沙紀は、魔法少女としてあまりにも優しく、故に、あまりにも『魔法少女』の世界に向かない存在だった。 『弱い』わけではない。魔力の総量は、ハッキリ言ってそこらの魔法少女の比ではないだろう。 だが、沙紀には攻撃手段が無かった。 魔法少女が、魔女と対峙し、狩るために手にする武器。それは、時に銃であり、剣であり、槍であり……まあ、諸々ある。 だが、彼女には何もなかった。 本当に、何も持ってないのである。 『癒しの力』……いわゆる、回復の魔法に関しては、群を抜いている。 骨折や四肢の切断どころか、心臓を始めとした内臓器官をぶち抜かれても、脳を吹っ飛ばされた即死でさえなければ、復活させる事は可能だ。その上、どんな病気もたちどころに治せ、しかもそれは、自分だけではなく、他の人間や動物、魔法少女にまで適応が可能なのである。 ……だが、それだけ。それだけでしかない。 要するに……単独で戦闘を挑むのに、極端なまでに向かない存在なのだ。 かといって、彼女を別の戦闘向けの魔法少女と組ませる、というのも論外だ。 一度、それをやって、沙紀を便利な薬箱扱いした挙句、ソウルジェムが真っ黒になる寸前まで酷使しようとした馬鹿が居た。無論、そいつは俺がこの手で『吹き飛ばして』やったが。 以来、沙紀の相棒は俺一人である。 で、何故、俺が沙紀の相棒として働けるか、というと……俺の姉もまた魔法少女であり、共に闘ってきたからだ。 ……もっとも、その頃とは戦闘スタイルを大きく変えてはいるが、戦闘担当だった事に変わりはない。 魔法少女の力を借り、戦闘を代行する人間。効率よく魔力を消費してグリーフシードを効率よく獲得する魔法少女の相棒(マスコット)。 それが俺。ただの人間である、御剣 颯太(みつるぎ はやた)の正体だ。「お兄ちゃん、薬箱もってきたよ」「おう、ありがとうな。あ、あとテキーラもってきてくれ」「……う、うん」 アドレナリンが効いてたため、あまり意識していなかったが、わき腹の傷は結構深かった。命には差し障らないが、放っておける程のモノでもない。 沙紀が持ってきてくれた、芋虫入りのテキーラを口に含み、ブッ、と吹きかける。 薬箱に入ってるのは、ヨモギの粉末をベースにした、オリジナルの薬膏。そいつをべちゃっ、と張り付けて、ガーゼで保護。傷ごと胴に包帯を巻いて、一丁上がりだ。「お兄ちゃん……やっぱり……」「ダメだ、沙紀」 俺は、首を軽く横に振るう。「いつも言ってるだろ。『お兄ちゃんは無敵だ』、って。 だから、沙紀は、お兄ちゃんが本当にピンチのピンチに陥った時にしか、手を出しちゃダメなんだよ?」「……じゃあ、どうして怪我して帰ってくるの?」「ん? 喧嘩するのに、無傷ってワケには行かないからさ。殴られたら、殴った拳が痛むだろ? つまりは、そう言う事だ」「……鉄砲、いっぱい持ってるのに?」「相手だって、鉄砲より怖い物を一杯振りまわしてくるのは、沙紀も知ってるだろ? でも、お兄ちゃんはちゃんと勝って帰ってきてるじゃないか」「……うー……」 いじけそうになる沙紀の頭を撫でて、抱きしめる。「ありがとう。感謝してるよ。沙紀。 だから、もっと自分を大事にしてくれ……本当に。もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」「うん……ごめんね、お兄ちゃん。私……私」「泣くな。大丈夫。お兄ちゃんは、ずっとずっと、大丈夫だから。 じゃ、ご飯にしようか? デザートは新作だぞ」「えっ、新作♪」 目を輝かせる妹の現金さに救われながらも、俺は安堵していた。「ああ、もうシーズンだから、紫陽花に挑戦してみた。 その代り、ちゃんとお野菜やサラダも残さず食べるんだぞ!?」「うっ……はーい……」 妹の頭を撫でつけ、俺は台所へと足を向けた。 本日の料理:適当にデッチアゲた酢豚、中華風卵スープ、水菜のサラダ、ご飯 デザート:練り切りで作った紫陽花