「上条さん、すまねぇな。ちょっと大事な話があるんだ」 上条恭介の病室に入ったのは、もう退室時間も過ぎてからだったが、それでも志筑仁美は上条恭介に付添ったままだった。……いいのだろうか、彼女もイイトコのお嬢様じゃなかったっけか?「御剣さん……」「美樹さやかの事について、だ」「さやかの……?」「本人が言いにくそうだから、俺が代言を預かってるんだが……どうする? 彼女の命にかかわる話なんだが」「!?」 俺の言葉に、上条恭介と志筑仁美が姿勢を糺した。「さやかの、命、ですか……伺いましょう。御剣さん」 と……「ごめん、師匠!! やっぱり、自分で話す!」『!?』 ガラッ、と……病室の扉を開けて、入ってきた美樹さやかの姿は、魔法少女のソレだった。「さっ、さやか……?」「あのね、恭介。 今からあたしが話すのは、突拍子もない話かもしれないけど、本当の事なんだ」 そう言って、彼女は自ら、上条恭介に自分自身の身の上を話し始めた。 魔女との事。魔法少女の事。その祈りについて。そして……魔法少女の真実まで。「……そんな! じゃあ、さやかは!」「うん。いずれ私も、魔女になっちゃう。もうね、これは変えようのない、運命みたいなモノなんだ」「そんな……そんな事も知らずに……僕は……」 今更ながらに。 愕然とした上条恭介の顔色は、蒼白を通り越していた。「さやか! 僕は……」「ストップ! 恭介。あたしはね、あなたのバイオリン、好きだよ。 だから、あたしのために左手を使ってひっぱたくなんて、本気であたしに怒ってくれたんだね? ……ありがとう。確かに、あの場所で間違ってたのは、あたしだった。師匠にも、ちゃんと謝った。 そんで……ごめんね、恭介。あたし、何も恭介の事、分かって無かった。見てられないからって、恭介の腕は、恭介のモノだもんね。本当に、余計なおせっかい、しちゃったみたい。 ごめんね」「違う! さやか! 違うんだ! 僕は……」「だからね、恭介の腕が無事……ってわけでもないけど。ちゃんと治る事に、ほっとしてるの。 それで、あたしは満足だよ。後悔なんて、あるわけない。 ……だから仁美。恭介の事、よろしくね?」「そんな……私……そんなつもりじゃ」 同じように、愕然とした志筑仁美に、美樹さやかが笑いかける。「いいんだよ! 誰かを守るために、あたしは魔法少女になったんだから! これからは、あたしが魔女から仁美も、恭介も、みんなを守ってあげるんだから! 恭介に振り向いて欲しいなんてワガママ、もう言わない。子供じゃないんだから。……だから、時々、バイオリン聞かせて欲しいな。それだけは、お願いして、いいかな?」「さやか……っ!!」 戸惑い、言葉も無く、うつむく上条恭介。 ……やがて、一つの決心をしたように、顔を上げる。「さやか。もしよかったら、貰って欲しいモノがあるんだ」 そう言って、上条恭介が取りだしたのは……あれは、確か……「僕が生まれて初めて、オーディエンスから貰ったモノだ。 この五百円玉の『半分』を、『さやかがくれた、僕の左腕の証明に』、貰ってくれないか?」『っ!?』 上条恭介の申し出に、その場に居た全員が凍りつく。「上条恭介は、志筑仁美のモノだけど。『上条恭介のバイオリン』は、さやかの……美樹さやかのモノだ。 ……志筑さん。ごめん。今の僕には、こんな答えしか出せないんだ。 ……不誠実だとは分かってる。本当にごめん」「ううん。いいよ、上……恭介さん。さやかさんになら、その権利、あるから」「……恭介……っ!!」 ベッドに腰かける上条恭介に跪くように。 美樹さやかはその場に泣き崩れながら、『半分』の五百円玉を押し戴くように受け取った。 あたかもそれは。 『騎士』が王に対し、永遠の忠誠を誓うように。 上条恭介のバイオリンに、美樹さやかは魔法少女としての『永遠』を誓ったのだろう。「……はぁ……」 溜息が出る。何とか……これで、何とかなった、の、だろうか? 成り行き任せにも程がある、ヒヤヒヤの綱渡りだったが…… さて、と……沙紀と一緒に、暁美ほむらをとっちめに行かねば。 ……っと?「沙紀?」 ひょっこりと顔を覗かせた沙紀の姿に、何か嫌~な予感がしてきた。何かを企んでる時の沙紀の笑顔は、色々とそのヤバい雰囲気で……実際、突拍子もない事を考えてたりするのだ。「か・み・じょ・う・さ・ん♪」「あっ、やっ……やあ、沙紀ちゃん」 どーも、例の一件の告白騒ぎ以降、苦手のタネになりつつあるらしい沙紀の姿に、やや退いて構える上条さん。「おい、沙紀! 何考えてる!?」「え? 『確実に勝てそうな博打』が目の前にあるじゃない♪」 っ……まさかっ!!「沙紀! おまえ、まさか癒しの力で上条さんの左腕を……」「うん。治してあげるから、その五百円玉の半割れ、私にも欲しいなーって……」『なっ!!』 と……沙紀の奴までが、珍しく『変身』してのける。「御剣さん。見ての通り、私も魔法少女です。そして、御剣さんのバイオリンの、大ファンです! だから、もう一度。二度めの奇跡の代わりに、その五百円玉の半分、私にもください!」「こン、おバカーっ!!」 本気拳骨、第三弾。沙紀の脳天に、全力全開で拳骨を叩きこんだ。「うにゃーっ! 痛ーっ!!」「馬鹿かテメェはっ!! いつからお前は自分の能力で、そんなインキュベーター並みに泥棒猫みたいな真似するようになりやがった! お兄ちゃんは悲しいぞ!!」「だってだってだってぇーっ!! 癒しの力なんて、私はお兄ちゃんに散々使ってんのに、美樹さんは一回だけで上条さんからあんなモノ貰って……ずるいずるいずるーい!!」「アホかこのトンチキがーっ!! 欲しけりゃ幾らでも俺が作ってやるから、この場は諦めろーっ!」「えっ、あれお兄ちゃんが作ったの!?」「そーだよ、文句あっか!?」「そんじゃいらな……あ、でも上条さんのモノなら欲しいー……ううううう、あの五百円玉の薄切りスライスが、これほど悩ましいモノとはー。っていうか、お兄ちゃん、日ごろからお金大事にしろって」「やかましい! 黙れーっ!!」 もー、兄妹漫才で色んなモンが、ぶち壊しである。 ……ほんと、沙紀についての教育方針、真剣に考えた方がよさそうだ。 と……「ぷっ……はっはっはっはっは! いいじゃない、恭介! この子にも、残り、あげちゃいなよ?」 美樹さやかが、指さして笑っていた。「さっ、さやか?」「あたしはさ、この半分をくれるって言ってくれた時の、恭介の気持ちだけで十分だよ。 それに、恭介が早く怪我を治して、バイオリンを弾けるようになるほうが、大事でしょ?」「ほっ、本当に……いいのかい? だって……奇跡も魔法も、タダじゃないんだろ?」「いいっていいって、あたしはこれで十分なんだから、あとは恭介自身の怪我を治すほうが、先決だよ! だから恭介、あたしに遠慮なんかしないで、渡しちゃいな!」 もう、気風の良い笑顔で、バシバシと上条恭介の背中をたたく、美樹さやか。 ……『カッコイイ女になれ』ってアドバイスはしたけど、ここまで割り切れって教えた憶えは無いんだがなぁ……「……あー、ごほんっ! はい、沙紀ちゃん」「わーい! ありがとうございます、上条さんっ!」 そう言うと、癒しの力を発動させ、上条恭介の左手を治して行く沙紀。そして……完治まで、ほぼ十秒。 ……苦痛に顔を歪めないようになったあたり、本当に修羅場慣れし始めやがった。 ……この自分の能力を餌に博打に出るクソ度胸といい、インキュベーター並みの悪辣さといい、ほんっと誰に似たんだか。「はい、治りましたよー♪ やったー、上条さんから、貰った貰ったーっ♪ 上条さんの左腕、あたしもゲットー♪」「……沙紀、あのさ、言いにくい事を言わせてもらうが」 ふと、ある事実に気付き……ごほん、と咳払いをして、俺は『沙紀の仕掛けた詐欺の理屈』をひっくり返しにかかった。「コインて裏表あるの、知ってるか?」「………?」「……つまりな、そのコインのスライスは、元は一緒でも『美樹さやかが持ってるモノ』とは別の意味を持つモノだって事だ。 沙紀の持ってるのは、さしずめ……とろけるチーズを剥いた後のセロファンって所だな……OK?」 俺の分かりやすくも曲解じみた解釈に、沙紀の顔が凍りつき、周囲の面子がポカーンとした後、クスクスと笑い始める。「美樹さん、交換してっ!!」「やだ」 流石に、拒否する美樹さやか。 その周囲の表情に、愕然とした沙紀は、そのまま涙目になる。「にゃあああ、ひどいよ、こんなのあんまりだよ!! これはインキュベーターの陰謀じゃよーっ!! ぎゃわーっ!!」「どこのモテモテ国王様だよ! おめーが勝手に自爆したんだろーが!!」 というか、自爆するような解釈を、俺が後付けで付与したんだけどね。 流石に、こんなインキュベーター並みに詐欺まがいで悪辣な行為を、兄として見過ごすわけには行かないし。 ……マジで誰に似たんだろーか、ほんっと……「は、ははは……ごめんね、沙紀ちゃん。 でも、感謝はしてる。本当だよ。だから……三番目に、僕のバイオリンを聞きにきてほしいな」 こーんな悪辣な罠を仕掛けた沙紀に対しても、ちゃんと三番目のポジションを用意してあげる上条さん。 ……いや、ほんと出来た人だよ。マジデ。「うっ、うっ、うっ……うにゃあああああああああああ!! 『日本じゃ三番目』とか、なによそれーっ! 二番目ですらないなんて、嫌ーっ!! ……はっ! ……っていうか、お兄ちゃんが、余計な事を言わなければ!」「やかましい! おめーがインキュベーター並みの悪さをしようとしたから、止めただけじゃーい!!」 本気拳骨、第四弾。「沙紀! いつも言ってるだろ、『博打に負けても後悔しない! 張るなら悔いのない博打を張れ!!』って。 『確実に勝てそうな博打』だからって、ホイホイ乗ったおめーの負けだよ、沙紀! 後悔するより反省しやがれ!! さもないと今度からおめー、上条さんに御剣沙紀じゃなくて『御剣詐欺』って呼ばれるようになっちまうぞ!」「うっ、うっ、うにゅううううううう……」「っ……たく! ほんっとーに誰に似たんだか! お兄ちゃんは、インキュベーターを手本に育てなんて、言った覚え無いぞ」 と……「私がこんな育ち方したのは、お兄ちゃんが原因じゃない」「なっ!? おめー、言うに事欠いて!!」「私知ってるんだよ! 魔法少女に追いつめられた時、土壇場で口先一つで逆に相手を破滅に追い込んだりしてるの! さっきの美樹さんに対しての言葉だって、殆ど計算ずくで、どこまで本気だったか分かったもんじゃないじゃない! お兄ちゃんって、本当にインキュベーター並みの『口先の魔術師』なんだから!」「ばっ、よせっ! 上条さんが見てる! みんな見てるんだから!!」 っていうか、俺か!? 俺のせいなのか!? いっ、いや、俺は少なくとも、一般人に対してココまで悪辣かつ露骨な馬鹿はやってない! やってない……はず、多分。「っ……くっくっくっく」「ぷっ……はははは」「は、はははははは」「う、あ……いや、その……ほんとごめんなさい、はい、すんません!!」 沙紀の頭を拳骨でひっぱたきつつ。俺はひたすらに、頭を下げ続ける。 ……あ、そういえば。ひとつ、重大な事を忘れてた。「……あー、そうだ。美樹さやか」「はい? 何でしょうか、師匠?」「うん。あのな、とりあえず、成り行きとはいえ、正式に『御剣流』に入門を許可した上で、な……美樹さやか。お前は『破門』だ」 俺の言った言葉に、凍りつく美樹さやか。「……は? 破門?」「つまり、もう弟子でも何でもないって事。『だから、俺はお前に剣術を教える事はない』……以上だ!」 はっきりと筋を通した上で。 おれはきっぱりと言い切る。「なっ、なっ……何よそれぇっ!! どうしてあたしが破門なんですか!」「あー? 理由を言えば納得するのかー? ンじゃ『お前さんのソウルジェムの色が気に入らない』とでも言っておくかねー?」「っ……あ、あんた、ハナっから剣術教えるつもりなんて、無かったのねっ!! 最初っから、あたしを説得するためだけに……」「あったりまえだろーが、このトンチキ! 俺が気安くホイホイ教えるわきゃねーだろーがタコ!」「っ……っくーっ!! こっ、この詐欺師! ペテン師! いかさま師! インキュベーター! 御剣詐欺!」「あー? 何とでも言いたまへ、元弟子♪」 へらへら笑いながら、耳をほぢほぢしてると……「お兄ちゃん……だから私が『御剣詐欺』に育っちゃったって、分かってやってる?」「詐欺なもんかよ? かなりな部分、成り行き任せだったとはいえ、美樹さやか救って、上条さんとも何とか丸くおさまって。後は、俺みたいな外道から悪影響受けないように、関係をバッサリ断てば完璧じゃねーか? ……それより沙紀! おめーも俺を騙してたんだろーが?」「うっ!!」 俺の言葉に、沙紀の奴が押し黙る。「沙紀のソウルジェムの収納能力を以ってすれば、『俺みたいに』、既存の武器に魔力を付与する事で、闘う事は可能なんだろ? ……もうこれ以上は、我慢ならん。この兄が、お前に、キッチリと炊事洗濯から戦闘技術まで。我が身のスキルの全てを叩きこんでやるから、覚悟しやがれ!!」 沙紀の脳天にアイアンクローをかまして持ち上げながら、ギラリ、と笑う。 ……が……「あっ、あの……おっ、お兄ちゃん……わ、分かった! 悪かった。だから、放して。放して」「………本当に分かったんだな? あ!?」「うん、分かった、分かったから!!」 ぽいっ、と……沙紀を手放す。「さっ、行くぞ、沙紀! もうココに用は無ぇ!」「待った、お兄ちゃん! まだ『用は終わって無い』!」「……あん?」 気付くと……沙紀の奴が、また例の悪辣な笑顔を浮かべてやがった。 ……なんだ? 俺は……何か見落としてたのか?「ごめんね。お兄ちゃん……確かに私、お兄ちゃんに甘え過ぎてた」「よく分かってんじゃねぇか」「うん。お兄ちゃんの訓練は、ちゃんと受ける」「おう、ミッチリしごいてやるから、覚悟しとけよ?」「うん、だから『美樹さやかさんと一緒に』、あたしをしごいてね!!」『!!!!!!!!?????????』 そ、そ、そ、そう来たかっ!? 予想だにしなかった沙紀の言葉に、俺はパニックになった。「私、まず最初に剣術教えて欲しいなぁー、お兄ちゃん♪」「がっ、ぐっ、がっ……ちょ、ちょっと待て、沙紀!! お前、何を言ってるのか、分かってんのか!? 今までお前が、他の魔法少女たちにどんな目に」「だって、美樹さんだって癒しの祈りの使い手なんでしょ? だったら自分の傷は自分で治せるわけじゃない?」「……あっ!」 そ、そう来たか? さらに、沙紀の追いうちがかかる。「それに、『私がお兄ちゃんの技をマスターしないと』、お兄ちゃんはいつまでも引退出来ないんだよね? あと、いざとなったら、美樹さんにお兄ちゃんから習った事、全部私が教えて行けばいいんだし」「ちょっ、ちょっと待てぇぇぇぇぇい!! お前、本気で何考えてやがる!!」「私は本気だよ、お兄ちゃん! 『私に全てを伝える』条件に、美樹さやかさんにも剣術を教える事! これが絶対条件!」 はっ、嵌められた……沙紀に……沙紀の奴にっ!! ……そんな、馬鹿な……「私、知ってるよ! お兄ちゃんだって、元々は『正義の味方』だったんだから! だから、美樹さんに教えられる事なんて、いっぱいあるハズだよ!」「そっ、それとコレとは別問題だっ! 今の俺は」「だったら反面教師にでもしてもらえばいいじゃない! マミお姉ちゃんだっているんだから、二人で美樹さんを教え込んでかけ持ちさせれば、お兄ちゃんみたいに道を間違う事だって無いよ!」「なんだそりゃあ? 滅茶苦茶だぞ、お前!!」「滅茶苦茶上等だよ! お兄ちゃんだってよくやってるじゃない、こんな事!! だから私は『御剣詐欺』に育っちゃったんじゃないの!」「っ……………」「お兄ちゃん……私、正義の魔法少女として頑張る美樹さんを見てる、上条さんの笑顔が見たいなぁ~♪」 生まれて初めて。 おれは沙紀にチェックメイトを喰らった事を、悟った。「……………あー、その……美樹、さやか……さん」「何でしょうか、元師匠?」 にこやかに『イイ笑顔』で笑う、美樹さやかに対し、俺は頭を下げる。「えっと、その……破門をとくから、戻ってきてください」「頭の角度が足りないなぁ~。っていうか、御剣さんって背が高いから、頭が高い気がするなぁ~♪」「……もっ、もっ……戻って、きてください。おねがい……しま、す」 屈辱の土下座を、俺は美樹さやかにする事になり……結局、俺は、自分の一番の望みを叶えるために、美樹さやかを弟子にする羽目になってしまった。「あ、手を抜いて美樹さんにだけインチキ教え無いようにね? ちゃんと私と美樹さんで、教えてくれた内容、相互チェックするから。あと、最初にお兄ちゃんから習うのは『剣術だけ』だからね♪」「っ!! おっ……おま……」「弟子同士がお互いに高め合うのは、当然でしょ? ね、『師匠』。 あ、当然、病室の外にいる、マミお姉ちゃんが証人ね♪ 変な事したら、マスケットの弾が飛んでくると思ったほうがいいよ?」 さらに、極太の釘までブスリ、と刺されてしまった。 ……チクショウ! どこで……どこで俺は、沙紀の教育方針、間違えちまったんだろうか……とーほーほー。