「いっ、一応、昨日の一件は、何とか解決したと言っておく。 いっ……いや、解決したというよりは、全く俺の理解を超えていたのだが……あっ、ありのまま、昨日、起こった事を話すぜ? 『俺は美樹さやかを説得しようとしてたら、いつの間にか巴マミに愛の告白をして、美樹さやかを剣の弟子に育てる事になった』 ……何を言ってるのか分かんネェと思うが、俺も何がどうなったのか分からなかった。 頭がどうにかなりそうだった……因果律だとかご都合主義だとか、そんなチャチなモンじゃあ断じてねぇ。 もっと恐ろしい『御剣詐欺』の片鱗を、味わい続ける羽目になったぜ」 翌日。 例によって、DIO様……もとい、暁美ほむらと甘味処で密会する事になり、俺はポルナレフ顔で昨日の状況説明をする事になった。「……ごめんなさい。学校で巴マミに聞いても、私が外れてからの昨日の一件がよく分からないから、あなたに聞きたかったんだけど……どういう事?」「いや、その……何からどう具体的に説明するべきなのか、本当に俺自身、いまだに混乱しててな。 とりあえず、美樹さやかの魔女化は無くなったと思っていい以上、当初の目標は達成したんだが、余計なモンまで山ほどついてくる事になっちまったんだ」「あなた程の人を混乱させるって……本当に一体、何があったの?」「OK、とりあえず、俺も自分自身の整理を兼ねて説明するわ。 ……まず、お前は何時、巴マミと俺の護衛を交代したんだ?」「上条恭介が入院して、あなたが入院手続きを取っている最中よ。あなたに負け分のグリーフシードを渡した後、佐倉杏子の説得にどうしても行かなければならなくて。彼女が現れるポイントがあるのよ」 ……これである。 暁美ほむらは、余程、佐倉杏子の事を買っているのだろう。「……まあ、それはお前さんの分担だから、文句は言わねぇが、一言、『護衛を巴マミに引き継いだ』って言ってくれりゃあ、あの事態は避けられたんだ。 まず、美樹さやかを説得するのに、巴マミをダシに使った。それはいいな?」「ええ」「その時にな……その……言葉の取りようによっては、巴マミへの愛の告白に聞こえかねない言葉を、俺が吐いちまったんだ。間違って、言葉の綾で。 それをな、巴マミが聞いてたんだよ……無論、そんなつもりは無かったんだ」 本気で悶絶しながら頭を抱える俺に、暁美ほむらが、何かどんよりとした目で俺を見ていた。「……………災難だったわね」「災難で済むか、馬鹿っ!! おめーのせーで、向こうも変な目で見るようになっちまったんだぞ!!」 涙目で叫ぶ俺に、暁美ほむらは軽くこめかみに手を当てて一言。「がんばりなさい」「ふざけんな! 確かに彼女は沙紀の友達だが、こっちは『殺し屋』で、向こうは『正義の味方』だぞ!? 何時、殺し合う関係になっちまうか分からん、危うい協力関係だってのに、これから、どんなツラで顔合わせて行けばいいんだ!!」「……なったらなったで、悩まずに、いつものように殺すのでは無いの?」「それが出来れば、苦労は無ぇんだよ!! ……人をゴルゴ13みたいに言いやがって……俺は魔女になっちまえば幾らでも人殺しが出来る、化け物予備軍なお前らと違って、生身の人間なんだぞ! そんな風に割り切れりゃ苦労ネェんだよ!」「っ!!」 俺の言葉に、暁美ほむらが一瞬、殺気立つ。「……すまん。言い過ぎた。俺が悪かった」「いえ……そうね。御剣颯太、あなたの悪辣さや精神力と、超人的な技能に、私も目がくらんでたわ」「……どういう事だよ?」「あなたも、本来は一介の高校一年生の男子に過ぎない、って事。 巴マミや、美樹さやかと一緒に、ね」「あー、そいや、アンタはエターナルに時間を繰り返し続けてるんだっけな。そら俺なんかより物腰が落ち着くのは、当たり前か。 ……なあ、一つ興味が出たんだが、元々『繰り返す前』のアンタって、どんな奴だったんだ?」「……知ってどうするというの?」「いや、ただの好奇心。話す気が無いなら忘れてくれ」「それが賢明ね。意味の無い詮索は、死を招くわよ」「オーライ。 で、どこまで話したっけか……そう、で、だ。上条恭介と美樹さやかが、和解するに当たって、上条恭介と美樹さやかの間でバイオリンに関する約束を交わしたんだが、そこに沙紀の奴が割り込んでな。 そっからがもう、色々とグダグダで……どう説明していいのやら」 本気で頭を抱える俺。 ……あああ、沙紀、沙紀……お前はいつから……いや、インキュベーター相手にしようってのに、あの手管は頼もしいんだけど、ちょっと頼もしすぎるっつーか、やり過ぎだろうというか」「独り言を言われても、意味が分からないわよ。イレギュラー」「……ああ、すまん。その……まず、沙紀の奴が上条恭介が今回負った怪我を治す代わりに、美樹さやかのポジションに割り込もうとしたんだな。それは俺が、言葉尻を捕えた詐欺でひっくり返して何とか防いだんだが、後が悪かった。 ……お前も知ってるだろ。お前さんに気付かせて貰った、今の俺の『本当の願い』」 何しろ、こいつの前で大泣きしてしまったのだ。……今思うと、あれ含めて恥ずかしすぎる。「ええ。沙紀さんを闘えるように育てたら、死にたい、って」「ああ。そしたらな……沙紀の奴が『美樹さやかと一緒に修行させてくれないとヤダ』とか抜かしてな」「……は?」「『頑張る美樹さやかを見てる、上条恭介の笑顔が見たい』ンだと……滅茶苦茶だよ、ホント…… 確かに、美樹さやか自身が癒しの使い手だから、沙紀と組んでも問題は無い。 だが、今度は美樹さやか自身に沙紀と組むメリットが無いだろ? 彼女が沙紀自身と組む理由が、無い以上、何時どうなるかなんて知れたもんじゃない。 ……俺が『殺し屋』なのは、お前も知ってんだろうし、あいつは筋もカンもイイが、正味、今の段階じゃソイツに振りまわされてるだけのタダの馬鹿だ。 俺自身が沙紀と組むメリットだとしても『俺の本当の手管』を知って、何時、敵に回るかなんて知れたもんじゃねーんだよ。 そんな奴に、一部とはいえ自分のキリング・スキルを教え込むなんて……敵に武器渡すような真似、出来るわけねーじゃねーか」 悶絶する俺に、暁美ほむらが溜息をつく。「御剣颯太。 とりあえず、状況の報告をありがとう。あとはそちらで何とかしなさい」「……助けてくれない?」 答えは分かり切ってるのに、思わず縋ってしまう。それほどに、今、俺は追いつめられていた。「その義理も義務も無いわ」「だよなぁ……あ、そういえば。佐倉杏子のほうは、どうなったんだ?」 俺の問いかけに、今度は暁美ほむらが溜息をつく。「手ごたえ無し。完全に殻に籠っちゃってるわ……余程、あなたと組むのが、嫌みたい」「なんだそりゃあ? ……っていうか、今、気付いちまったんだが……その……なんだ。 お前は、この喧嘩……降りる事は、無いんだよな?」 何しろ、美樹さやかの確保に成功した以上、鹿目まどかを守る事に関しては、ほぼ達成されたと言っていい。 つまり、暁美ほむら本人が、ワルプルギスの夜に挑む理由は、これっぽっちも無くなってしまったのだ。 が……「いいえ。むしろ、確信してるわ。 ここでワルプルギスの夜を倒さない限り、まどかは常に最悪の魔女に変わる可能性が高い、と。 ……イレギュラー。今思ったんだけど、あなたの言葉は『他人を変える』可能性を秘めているんじゃないかしら?」「……は?」「洗脳、とまでは行かないけど。何がしかの感銘なり感動なりを、他人に与える力を、あなたは知らずに使ってないかしら?」「……なんだよ、それ?」「いえ、その……上条恭介と、あなた、病院で親しくなったんでしょう?」「まあ、な。 ……ん、ちょっと待て!? 俺が彼と話をした事で『彼自身が変わった事』によって運命が変わって、それが美樹さやかの運命も変える事に繋がったとか、ってんじゃねぇだろうな?」「可能性としては、十分にあるわ。 ……あなた、自分がどんなに想定外の存在か、自覚してないの?」 真剣な目で問いかけて来る、暁美ほむらに、俺は鼻で笑い飛ばした。「馬鹿馬鹿しい。俺はタダの男だぞ?」「その『タダの男』が、上条恭介に認められると思う? 『あなたの尊敬する』上条恭介に」 痛い所を突かれ、俺は押し黙る。「……要するに『朱に交われば』……って事か?」「朱というより猛毒ね。扱いの難しい、劇薬に近い存在よ、あなたは。 それだけに、効果も劇的に現れる。良きにつけ、悪しきにつけ。 はっきり言いましょう。あなたの『生き方』そのものが滅茶苦茶だからこそ、引きつけられる人は引きつけられ、そして自分自身と運命を変えて行く。 巴マミもそう。美樹さやかもそう。上条恭介もそう。私だって、もしかしたら何かが変わってしまったかもしれない。『魔法少女の運命すらをも変えかねない』。 そんな可能性を、あなたはもしかしたら、秘めているんじゃないかしら?」「人を化け物みたいに言いやがって……」「無論、それを拒否する人もいる。佐倉杏子のような。 それで、もしあなたが、そういった『運命の破壊者』としての素質を持つとしたら、あるいは……あなたは、インキュベーターの仕掛けた、この魔女と魔法少女の法則に、終止符を打てる存在なのかもしれない」「……おいおい、勘弁してくれよ。 おだてたって、俺は必至に生きてるだけの人間なんだぜ? 正直、インキュベーターが魔法少女を量産していく事に関しては、お手上げなんだ。 それに、ダチがダチに影響与えるなんて、ごく普通の人間の営みじゃねーか? 何で俺だけがそんな、時間遡行者様に特別視されるよーな、ご大層なモンになんなきゃなんねーんだよ?」「その影響が、あなたの場合激しすぎるのよ。 魔法少女と接触した場合、あなたは相手に、死をもたらす。 でも『そこを乗り越えた存在』は? 巴マミも、美樹さやかも。私の知る限り、とっくに死ぬか、魔女化している存在だった。だというのに、彼女たちは生きている。 ……感情丸出しでペテンを使ってでも、なりふり構わず生きる事に突き進む。そんなあなただからこそ、死や魔女化に怯える魔法少女たちにとって、あなたが眩しく思えるんじゃないかしら?」「……俺は、そんな人間じゃあ無い。俺の本当の願いは」「それも含めて、よ、イレギュラー。 魔法少女という規格外の超人の世界に『人間のまま』首を突っ込み続けてる、あなただからこそ『魔法少女たちが人間として失ってしまった『何か』』を伝える事が、出来るんじゃないかしら?」「っ……!」 自分自身、思っても居なかった自分の可能性を指摘され、俺は戸惑う。「……何を言ってるのか……わけがわかんねぇよ」「そうね。私も、可能性を口にしたに過ぎないわ。 だからこそ、御剣颯太、あなたには期待しているの。 あなた自身がどう思おうが、どんな人物であろうが、どんな動機でワルプルギスの夜に挑もうが。もうかなり、私が知る歴史とは良きにつけ、悪しきにつけ狂ってきてしまっている。 それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からないけど、私はそれを一つの可能性と捕えている。 だからこそ、楽観視はできない。まどかを守る存在として、美樹さやかを確保出来たのは僥倖だけど、それだけでまどかが最悪の魔女になる可能性を排除し切れたワケじゃないと、私は考えているわ」「……なるほど、ね。それが、お前さんが佐倉杏子に拘る理由か」 深々と、溜息をつく。 なるほど、ワルプルギスの夜相手に、保険はかけてかけ過ぎるって事は無い、って意味か。「もう一つ。 あなたは、佐倉杏子という人物像を、誤解しているわ」「……あ?」「ひとつ、聞くわ。御剣颯太。 あなたの姉が、もし、お金以外の願いで魔法少女になっていたとしたら?」「ん? そりゃ、働いてたんじゃないか? バイトでも何でもして」「そうね。 そして、行きつく先は、佐倉杏子のような存在だったと思うわ。恐らく、今とは違う形で、あなたは何らかの悪事に手を染めてたんじゃないかしら?」「……っ!! 俺はアイツとは違う!!」「本当に、そう断言できるの? 妹を守るために、あらゆる技能に精通して、あまつさえ魔法少女の大量虐殺までしてのけた、あなたよ? 手っ取り早く、魔法少女の妹を守るためにヤクザになったりした所で、おかしくないわ」「っ!!!」 有り得たかもしれない、己の別の未来の可能性を示唆され、俺は絶句した。「巴マミもそう。 彼女も、あなたも『遺産』というお金のバックボーンがあったからこそ、学生として日常の生活に適応できている。 でも、佐倉杏子は? ……彼女には、魔法少女の力しか無いのよ。 生きるために犯罪に走るのは、あなたが魔法少女を殺すよりも、やむを得ない理由だと言えるわ」「……だとしても、俺は、アイツの虫が好かねぇ。 『殺し屋』の俺が言うのも何だが……弱肉強食の理屈『だけ』で、世の中押し通ろうとするなんて、間違ってる! しかも、一方的に、弱いモンを喰いモノにして生きるほど、俺は堕ちちゃいねぇ! それじゃ魔女と一緒じゃねぇか!」 そう。俺の相手は、常に、俺より強い存在。魔女も、魔法少女も。 『誰かのために』それを倒す事で、生き抜いてきたのは……罪の意識とは別に、確かに自負として、あった。「分かってる。あなたがどれだけ『人間としての日常』を、大切にしているか。 でもね、佐倉杏子と組む上で、これだけは分かって頂戴。 彼女には、状況的にそれ以外の生き方が、許されなかった……あなたが魔法少女を殺し続けたように、彼女も、犯罪に走るしか、手が無かったのよ。 そして、私は……本来の彼女が、どれだけ優しくて、面倒見の良い子か、知っているわ。 ……偏見かもしれないけど、あなたと佐倉杏子は、どこか似ているのよ」「ふざけんな!」 『アレ』と一緒にされて、思わず絶叫してしまい……俺は、返す言葉を失った。 己自身の気性と性格を、冷静に判断して……暁美ほむらの指摘は『的外れ』とは言い切れないモノだったからだ。「……じゃあよ。 佐倉杏子や、俺みたいな奇跡と魔法を使った『犯罪者』は……誰に裁いてもらえばいいんだよ……」「誰も裁けやしないわ。だから私たちは魔法少女で、あなたは魔法少年なのよ」 その言葉の重さに、俺は改めて、己の罪業の重さを自覚する羽目になる。 誰も裁けない存在というのは、つまり……誰にも許してもらえない、という事なのだ、と。 なら俺は……本気で『死ぬために、生きるしかない』。「……奇跡も、魔法も、クソッタレだぜ」「そうね。でもそれが無ければ、魔女を狩る事は出来ない」 必要悪。暗に、そういってのけた暁美ほむらに、俺は天を仰いだ。「未来に祈るか……全てのインキュベーターが、この世から消えますように、っと」「そうね。あなたなら……いえ、あなたと沙紀ちゃんなら、それが出来るかもしれないわ」 とりあえず、冷めきってしまった栗ぜんざいを口に運ぶ。 ……程良い餡の甘味と栗の風味が広がるが、それでも罪の苦さは打ち消せはしなかった。