「……いま、思ったんだけどさ」 肉じゃがとみそ汁と、適当にきゅうりとトマトを切ったサラダを並べて、飯をパクつきながら。 ふと、沙紀がこんな事を漏らした。「お兄ちゃんって、魔法少女の相棒(マスコット)というより、魔法少女の『メシ使い』だよね」「何だよ、唐突に?」 沙紀の奴が、何かむくれた表情で、食卓をみつめていた。「……別に。どうせ私の料理は、デス料理ですよーだ」「むしろ、俺としては、何をどうやったら、生でも人間に食用可能な食材が、魔法少女すら絶死に至らしめる毒物に変化するのか、毎回毎回、問い詰めたい所なんだが?」「しょうがないじゃない、レシピ通りに作ってるのに、化けちゃうんだもん」「OK、とりあえずお前はまず、米を洗剤で洗う所からやめろ。……というか、料理のレシピを『毒自介錯(どくじかいしゃく)』すんな」「……だって、書いてある意味から推測すると、あーなっちゃうんだもん」「余計な推測とかアレンジとかせずに、素直に作れよ」「作ってるもん! 作ってるつもりだもん!」 と、本人が言っても、出来るのが『アレ』なのである。 ……魔女にでも喰わせれば、それなりに効果的な兵器に転用出来るんじゃないかと、マジで考えた事があるくらいだし。以前、巴マミが闘って俺がC-4喰わせて吹っ飛ばしたシャルロットあたり、沙紀の料理喰わせれば一発でコロッっと逝きそうだよなぁ……「そんで、いつか上条さんに、手作りのお弁当とか食べてもらうつもりだもん!!」「……とりあえず、誰が作ったかは正体バレないようにしておけ? 狂ったファンの毒殺宣言にしか聞こえないから。 あ、巴さん。お代わり、どーする?」「あ、では頂戴します」 とりあえず、実に美味そうに食べてくれる巴マミの姿に、作った者としては嬉しいのだが……「……………やっぱり、魔法少女の『メシ使い』だ……………」「何か言ったか?」「別に!!」 終始、何か拗ねた表情の沙紀の機嫌が、食事中に戻る事は無かった。「……………」 とはいえど。 飯喰った後の洗い物をしてる時は、やっぱり野郎立ち入り禁止のガールズトークになるわけで。 ……まあ、好都合だ。向こうは向こうで遊んでてもらう間、こっちはやる事やってしまおう。 洗い物を終えると、俺は、買い求めていた見滝原の地図を取り出して、ラインを引き始める。 ……ん、とりあえず、俺の縄張りは、こんなものか。「巴さん。話しこんでる所、すまん。ちょっといいかい?」「はい、何でしょうか?」「あんたの縄張りってのは、大体、どこからどの辺なんだ? すまないが、ちょっと書きこんで欲しいんだ」 テーブルに地図を広げ、巴マミに問いかけると、俺はペンを渡した。「えっと……ここから、このあたりですね」「この射線部分は?」「このへんは、佐倉杏子との境目で、緩衝帯です。 ……縄張りの境目を、ハッキリさせたくない部分ですね」「いいのか、それで?」「ええ、こちら側に食い込んで来なければ、それでいいかと。彼女も結構、苦労してるみたいですし。 それに、颯太さんの縄張りが私の保護下に入った事で、彼女を追い詰め過ぎても、危険ですから」「なるほど。その辺の判断は、尊重しますよ、っと」 その地図をもとに、ルートを書きこんで行く。「……大体、こんな所か、な?」「あの、何を?」「単純な勢力図の把握。ここから、効率的な巡回ルートを割り出してみた。 ……しかし、巴さん、本当に腕利きなんだな。俺の縄張りと併せても、結構広範囲になっちまった。 普段、あんたどーやって魔女狩るための探索に回ってるんだ?」「え、普通に……足で地道に」 俺は、その言葉に頭を抱え……改めて、巴マミがエース・オブ・エースの称号にふさわしい実力の持ち主だと知った。「すげぇな……俺、普段、自分の縄張り、効率重視でバイクで回ってるんですけど?」「え!?」 はい。 奨学生が二輪乗りまわしてるなんて、学校にバレると色々マズいので、表向き結構隠してるのですが。 実は普通自動二輪の免許は、ちゃーんと持ってるのである(御剣颯太『十六歳』です)。「沙紀のソウルジェムを、落ちないように専用に作ったスロットに嵌めこんで。んで、魔女が近そうならバイク止めて降りて。あとは足で……あーそいえば、一度だけ、バイク乗ったまま魔女の結界にとりこまれて、買ったばかりの愛車を魔女に特攻させる羽目になった事、あったなぁ」 アレは大変だった。完全に全損しちゃったので、保険使うかどうか本気で迷ったっけ。 しかも、バス路線からも外れた人気の無い山奥に近い場所な以上、美味しく無さ過ぎて誰も縄張りとしてない場所だったし(たまたま偶然、巡回ついでの慣らし運転で遠出をした時に、巻き込まれたのだ。この時に沙紀のソウルジェム持ってなかったら、どうなってた事か)。 ……結局、事情説明出来るわけもないので保険は使わず、新車に買い替える羽目になるわ、帰りはバスの起点まで15キロくらい歩く事になった後、始発に乗って家に帰る羽目になるわ、家に帰った途端、沙紀と一緒に、即、学校直行する羽目になるわ、散々だった。 ……おまけに、バイクって登録だの何だのあるから、書類面倒なんだよなぁ……密輸した武器と違って、金銭的に誤魔化すのも一苦労なのである。「まあ……そうだよな。巴さんだって中学三年だから、バイクでの巡回は考えてみりゃあ、無理があるか。 それに、魔法少女の姿で飛びまわったりするほうが、効率良さそうだしなぁ」「いっ、いえ、考えてもいませんでした。……そっか、バイクって手があったんだ」「いや、運転免許は原付でも高校一年からだし。 それに、見滝原高校って、原則バイク禁止で……ちょっとお目こぼし状態で使わせてもらってるから、あまり派手に乗りまわせないんですよ」 仮にも、イイトコの私立高校である見滝原高校で、どこぞの珍走団よろしく、夜の校舎の窓ガラス撃砕しながら突っ走ろうモンなら、即、退学である。……一応、学校じゃ、家庭の事情を抱えた成績優秀の苦学生って事で、通ってるわけだし。 と、「颯太さん。 もしよかったら、颯太さんのバイクに一緒に乗せてもらえませんか? 私の縄張りの巡回に使わせてください」「ぶっ! ちょっ! あ、あの……巴さん?」 い、いや、その……バイクで二人乗り(タンデム)って事は……その、ねぇ? 中学三年生らしからぬ戦闘力を誇る、巴マミの胸から目をそらし、俺は取り繕う。「や、やめといたほうがいい。バイクで二人乗りは……あー、その、後部に座ってる人間のほうが、疲れるんだ。 魔女と闘う前に疲れてちゃあ、話にならんだろ? それに、後ろの人も乗りなれないと、転倒しちゃうから」「大丈夫です。それに、慣れておいて損は無さそうですので、是非お願いします。 ……そうだ、この間言っていた、お互いに共同戦線を張るための魔女狩り。美樹さんの一件で流れてましたが、今晩、出かけませんか?」「は!? い、いや、巡回ルートの策定が、まだ検討終わって無いんだ。ざっとデッチアゲただけだし、これからちょっと絞り込んで考えないと。 それに、暁美ほむらが居ないと、対ワルプルギスの夜戦の、確認の意味が無いだろ?」「見た所、このルートで問題は無さそうです。あとは実際に回って確認しましょう。ビルの高い所とか、地図から分からない死角も多そうですし。 それに、ワルプルギスの夜の闘いが終わっても、私と颯太さんが生き残れば、保護下の関係は有効ですから、全くの無意味ってわけではありませんよ」「あー……じゃあ、その場合、美樹さやかを加えないと、意味が無いんじゃないか? というか、それ考えると、バイクに三人乗りは無茶だぞ? 警察に捕まっちまう」「どちらにしても、とりあえず、美樹さんの師匠として、颯太さんがどれほど闘えるのか、どういう戦い方をするのかも、予め確認はしておきたいのですが?」 何でしょうか? このチェックメイトっぷり全開な状況は?「まあ……殺し屋の闘い方なんて、あんま気持ちのいいモンじゃないですよ? それに、基本は魔力付与で強化した武器を、振りまわしてるだけですし。 それに、125ccのバイクですから二人乗りするには、パワーが……」 と……「あれ、お兄ちゃん? 400ccじゃなかったっけ? 『カタナ』って名前とデザインが気に入った、とか、ニコニコ笑いながらバイク洗ってたよね?」「そうなの、沙紀ちゃん?」「うん。バイク壊して帰って来た時のお兄ちゃん、血の涙流して『俺の400cc水冷のカタナがーっ!』とか叫んでたから、憶えてる」 沙紀……どうしてお兄ちゃんの退路を、ぶった切るような真似するかなぁ?「あー……でもでも、確か、新しいのは250ccだったよーな。あれでもパワー不足……」「直前に中古の出モノが出た、って言って、喜んで400ccのに飛びついてたじゃない。イイ買い物したーって」「……あー、だっけか? あ、そいや、ヘルメットが無かったんじゃ無いか? バイクにノーヘルはマズい……」「あたしが使ってたのがあったじゃない♪ マミお姉ちゃんに貸してあげる」 必死に空っとぼける俺だが、ふと見てみると……沙紀の目に、例の邪悪な光がっ!! ……こっ、こやつ……全部分かってやっておるというのか!? あっ、侮り難し、『御剣詐欺』!! この兄を……兄を、ここまで追い詰めようとは!!「決まりですね。颯太さん、よろしくお願いします」「いっ、いや、沙紀を寝かしつけないと」「うん、いつも通り『先に寝て』待ってるね♪」「が、学校の勉強はやってるのか、沙紀? 宿題は?」「こないだ、満点とってきたじゃない。それに、いつも宿題は休み時間の内に、終わらせてるもん」「……明日の朝ごはんの仕込みが……」「パンと牛乳でいいよ? 帰りにコンビニでよろしく♪」 はい、昨日に続いて、二度めのチェックメイト。 かくて……俺は、魔法少女と『普段とは別の意味で』の闘いをしながら、魔女を狩りに行く事になった。