ッバン!!! 対物ライフルとマスケット銃の一閃が、使い魔を蹴散らす。それで、異形の空間は消え去り、元に戻る。「これほど、使い魔を見逃してたなんて……思いもしませんでした」 元に戻った、裏路地の中。 当初、その……なんだ。ライダースーツ越しの背中に当たる胸の感触に、色々戸惑いを憶えていたのだが。 いざ、使い魔と遭遇し続けると、そんなモノは二の次になって意識から締め出されていった。(プロテクト仕込んでるってのも大きかった) 必要な事を、必要に応じ、対応する。自分の中の『何か』が、御剣颯太を一個の戦闘機械に変えていくのが、認識できた。「……まあ、良い事か悪い事かは、微妙な所ですけどね」「使い魔を成長させて、魔女にする趣味は、私にはありませんよ?」 ちなみに、巴マミはともかく、俺はフルフェイスのヘルメットで、バイザーを下ろしたまま。『顔無しの殺し屋』を演じるのに、必要な格好だったりもするので、この姿は気に入ってたりするのだ。 無論、ライダースーツの中は薄手の防弾・防刃装備で固めてあり、見た目が少しゴツくなって体格を誤魔化すのに一役買ってる。正味、この姿のほうが魔法少年スタイルよりも防御力『だけ』なら、高かったりするのだ(逆を言えば、普段それだけ貧弱な紙装甲だとも言える) 無論、いざという時には変装用の服を用意しておき、バイクをソウルジェムに収納して、電車やバスで逃走したりもできるわけで(沙紀のソウルジェムを利用した、バイク→電車(バス)→バイクという、尾行撒きの逃走パターンは俺の十八番だ。人ごみを利用すれば、探索系の魔法を使わない限り、魔法少女でもまず追いつけず、見失う)「当然。そんな外道な事する奴と、俺が組むわけが無い」「ですわね」 少なくとも。俺は俺の縄張りで、魔女の釜の中以外に、使い魔や魔女の存在を許した憶えは無い。「……しかし、本当、おかしな成り行きですね。 『見滝原のサルガッソー』の中は、魔女が跳梁する私の縄張りよりも恐ろしい魔女多発地帯だ、なんて噂もあったくらいなのに。実際ふたを開けてみれば、私の縄張りよりも、よほどその……『清潔』だったなんて」「人間……に限らず、魔法少女もそーですけど。 『敵』と認識したら、大体全部、一緒くたですからねー。 だから、敵を分析するってのは重要なんですよ。誰を敵に回し、誰を優先的に狩り、誰を生かすか。それによって効率が全然違ってくる。 ……まあ、噂に関しては、インキュベーターが、俺と魔女を同列視するような誤誘導情報でも流したんでしょ。それに、巴さんもそうですが、何度か俺の縄張りに踏み込んだでしょ?」「え、ええ……おっかなびっくりでしたが……正直、得体が知れなさすぎるので、引き返しました。魔女多発地帯どころか、使い魔の影も形も無かった事が、逆に不気味でしたし、一般の方々に被害は無さそうでしたから」「ベテランは、『魔女の釜』を知らない限り『ここは狩り場として美味しく無い』って判断しますからね。 不気味な殺し屋の噂が立つ、狩り場として成立しない縄張り……正義感だけで動くルーキーなら、狩ればよし。ベテランは得体の知れない凶刃に怯えながら、維持する価値の無い縄張りって事なワケで。 だからこそ、使い魔含めて綺麗に『掃除する』必要があったわけです。そして、この方法の問題は……『正義感で動くベテラン』が、近くに居た事が、一番の恐怖だったんです」 フルフェイスのマイク越しでは分かるまいが。俺は皮肉気に頬をゆがめてみせていた。「それって、ひょっとして……」「あなたの事ですよ。巴さん……佐倉杏子は、利己的で現実主義で、ある意味分かりやすい。……度が過ぎてると思いますが。 ですが、『正義の味方』が俺のやっている事を知ったら? あなた自身がベテランだからこそ、インキュベーターに都合の悪い『魔女の釜』の情報は止まっていたんでしょうけど、一番、俺を積極的に殺しに来る可能性が高いのは、あなただった」「なる、ほど……」「だからね、俺は今回の成り行きに、ある程度感謝してますよ。 ……もっとも、今度は、佐倉杏子が恐怖ですけど」「何故? ……あっ!」「そう。奴に俺の正体がバレた事が、最悪なんですよ……正味、あれは俺の暴走です。 ……ジャックポットが『四つ』も重なっちまったのが、俺の不運でした」「四つ? 以前、確か三つ、って」「四つ目は……『魔法少女や魔女の闘いに巻き込まれた、一般被害者の涙』ですかね」 そう。 本来なら、俺はあの段階で、佐倉杏子を殺して無ければならなかったのだ。無論、かっとなって暴走はしたが、そこでフォローするための暗殺や殺害の手段だって、視野に入れていたし、その勝算だって(かなり博打だったが『スッって悔い無し』だし)あったのだ。 ……だというのに、博打で拾った勝ちを捨てさせたのは……何も知らない、優しい彼女の涙と叫び。それだけだ(ついでに、美樹さやかへの説教は100%八つ当たりである)。「『正義の味方』のあなただから明かしますよ。他の魔法少女には絶対言わないでください。 特に、暁美ほむらあたりには舐められる。この世界、舐められたら終わりだってのは、巴さん。あなたなら知ってるはずだし」「はい、分かりました。 それに、私も颯太さんの名前を利用させて頂いてるのですから、おあいこです」「俺の、名前を?」 その言葉に、俺は首をかしげる。 正義の魔法少女と、問答無用の暗殺者、どう考えても利用する意味を見いだせないのだが……「やっぱりね……『正義の味方』って、どうしても、綺麗ごとにしか聞こえないじゃないですか? ですので、あなたの事情を伏せた上で『我が身と家族を守るために、魔女も魔法少女も狩る一般女性』という事で、少しずつ情報を流してるんです」 それは知っている。というか、今気づいたのだが……「俺、いつの間に『女』になってたんですか?」「魔法少女たちの固定観念を利用させて貰いました。魔法少女=魔女を狩る存在=女性。 キュゥべえの情報操作に対する、ささやかな反抗です」「九割本当で、一割の欺瞞情報混ぜ込んだのか。うわー……案外あんたもエグい事すんな」 キュゥべえの情報を信じるなら、俺が男だと分かるだろう。だが、巴マミを信じるならば、俺は女性という事になる。 キュゥべえと同じくらい、正義の味方の看板を通してきた、巴マミだからこそ、通じる手管とも言える。「それでか。俺を恨む魔法少女たちにしてみれば、ターゲットの選別に混乱するワケだ」「ええ。そんな風に颯太さんの正体を隠した上で……私は、目に余る魔法少女に、こう言ってるんですよ。 『私はあなたを責める事はしないし、その資格も無いけど、我が身と家族を守るために魔法少女を狩る事に長けた彼女に、『この事』を話したらどうなるかしら?』って。文句言われても『『人間』の立場で判断するのは彼女であって、私では無いわ』ってね♪」「ぶっ!!」 そ、それはアレか? ロシア式に言うなら『お医者さんを送ってあげましょう』って事か!? 俺が、放射性物質持った注射器持って、魔法少女にプスッと? アリエネー!!「効果てきめん。真っ青になって、震えあがった魔法少女も居ましたね」「……ほ、ホント、エグい事すんな、あんた……」「ええ、ですから、私と組んで動く時は、なるべくその姿でお願いしますね。 プロテクトその他で体型が分かりにくいので……『男性並みの体格の、大柄な女性』って事に、なってますので」「……………よーやるわ、ほんと。あんたも。 あ、でも佐倉杏子!」「問題ありませんわ。彼女があなたに負けた事で、評判と信用落としてますから。 それに、彼女は基本的に、誰かと組んで行動するタイプではありませんし」 さらっと笑顔を浮かべる、巴マミ。 ……いや、ほんと。昔の彼女もヤバいと思ったが、今の彼女は別の意味で敵に回したくない存在だわ。「……っていうか、いいのかよ? 巴さん、あんたまで恨みを買う事になるぜ?」「あら? 私、こう見えて、この世界ではそれなりに実力派でとおってるんですよ? それに、『正義の味方』なんて、煙たがられる存在だっていうのは、分かってますから♪」「今更、って事かい?」「ええ、そういう事です♪」 ニッコリと笑ってのける巴マミに、俺は呆れ返るやら感心するやら。「……でも、本当に不思議ですね。正直、あなたと噛み合うワケが無いと思っていたのに」「想像もつかない利害の一致、って事ですか」 ふと……俺は、ある事を思いついて、沙紀のソウルジェムから、録音リコーダーを取りだした。「それは?」「……なに、更なる情報のかく乱、って奴ですよ。あなたが協力してくれるなら、こっちも、ってね」 そう言うと、俺はヘルメットの中のボイスチェンジャーを弄り、女性の声に切り替える。『あ、あ……こんにちは。 私の名前は、御剣冴子。『元』魔法少女だった女……そう、あなたたちが噂している、『顔無しの魔法凶女』本人です。 20××年、××市。 たまたま弟と共に居合わせた私は、そこでワルプルギスの夜と遭遇し、闘い、破れました。 そして、私は、魔法少女としての力を全て失うと同時に、魔法少女という存在の恐るべき真実を知りました。申し訳ありませんが、その内容については、ここで迂闊に触れる事はできません。 見滝原に戻った私は、キュゥべえも、弟も、妹すらも欺き、『御剣冴子』という人間を死んだ事にして、その『真実』と闘い続けました。キュゥべえ……インキュベーターにとって、魔法少女に知られると都合の悪い『真実』を相手に。 その過程で、『真相』を知らない、数多の魔法少女を、やむを得ず手にかける事になってしまいました。弟の名前を利用し、彼を囮に迷惑もかけてしまいました。その事は、悔やんでも悔やみきれませんし、詫びても詫び切れるものではないと、知っています。 ……正直、あの手紙は、堪えました。恐ろしくて、今でも目を通せておらず……いえ、誤魔化すのはやめましょう。罪の恐ろしさに耐え切れず、捨ててしまいました。本当に、申し訳ありません、怖かったんです。 ですが、これだけは伝えたい。 キュゥべえ……インキュベーターを疑ってみてください。彼は嘘は言いません。ですが、真実全てを自ら語る事は、決して無いのです。 人が人を騙すのに、必ずしも嘘を言う必要はありません。 都合の悪い真実を伏せて、契約を迫る。それも立派な詐欺のテクニックです。そして、数多の魔法少女は、無条件にインキュベーターを信じ、その本性を見抜けないでいます。 私は、この真実を伝えたいのですが、同時に、その真実を知った者がどうなるか……キュゥべえの話や、魔法少女たちの噂で私の行動を知るのならば、それが理解できると思います。 それほどに恐ろしい『真実』が、魔法少女には隠されているのです。 きっと、キュゥべえは、あなたが真実を知った時、こう言うでしょう。『隠してなんかいないよ。聞かれなかったから答えなかっただけ』と。 たまたま偶然、私は巴マミさんと遭遇し、彼女と行動を共にする事になりました。彼女は、その『真実』を知りながらも、それに耐え抜き、正義の魔法少女を貫く事を、私に誓ってくれました。 だからこそ、私は彼女と行動を共にする事ができるのです。それが、理由の全て……とはいいませんが、大部分です。 ……最後に、私は、奇跡も魔法も失った、『元』魔法少女の人間として、全ての経験と実力を駆使して、この『真実』に抗い続けるつもりです。その過程で、何も知らずに私の前に立ちふさがるのでしたら、容赦なく全ての『経験』を駆使して『排除』します。 奇跡も、魔法も……言い方が悪いですが、『クソクラエ』なんですよ。今の私は。ですので、私の前に立とうとしないでください。私を疑い、探る前に、まずキュゥべえを疑ってみてください。以上です』 ぶつっ……と、録音スイッチを切ると、ボイスチェンジャーを元に戻し、それを巴マミに放って手渡す。「と、まあ、こんな感じで……他所の魔法少女がつっかかってきたら、コイツ聞かせてやりな♪」「……颯太さんも、よくやりますね……」 そう、魔法少女の大部分は、インキュベーターに騙されて、俺に突っかかって来るに過ぎない。 だが、もし。魔法少女自身に、インキュベーターに疑いの目を向ける事が出来たならば? 俺が『女である』という情報に説得力を持たせる『嘘』を混ぜ、かつインキュベーターの真実をも混ぜ込んだこの情報を前にしては、流石のインキュベーターも、黙らざるを得ないだろう。 何しろ、この情報の『嘘』の部分を暴いていけば暴いていくほど、インキュベーターにとって都合の悪い真実が露見していくのだから。御剣冴子が『実際に死んでる』とインキュベーターが主張しても、『どういう死に方をしたか』という事はインキュベーターが絶対口にできる情報ではないし『魔法少女を辞められるのかどうか』なんて話も、迂闊に口に出来るわけがない。 必要ならば幾らでも嘘がつける人間と、嘘がつけないインキュベーター。その違いを逆手にとれば、こんなもんである。「なに、冴子姉さんダマして魔法少女にした挙句、俺や沙紀まで、こんな無間地獄に落としてくれたんだ。 こんくらいの反撃したってバチは当たるめぇし、あんたに迷惑かけてばっかじゃあな……」「……なるほど。颯太さんって、沙紀ちゃんが教えてくれた通りですね」「あ?」 笑いながら、彼女は言う。「『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』 あなたは、『御剣沙紀』という魔法少女にとってのナイト……いえ、剣術を使うとの事でしたので『サムライ』って所ですわね?」「……チッ!! 沙紀の奴……人の誓いまでベラベラと。 あと、騎士や武士とは違います。彼らには主君に仕えると同時に、騎士や武士としての矜持があるけど、今の俺には、そんなものは無いですから。一緒にしたら、彼らに失礼ですよ」「あら? ならば何でしょうか?」「……忍、が、一番近い、かな? あるいは、幕末の『新撰組』のような」 言ってて恥ずかしくなるが。……あの衣装にした時、何も知らなかったんだって。「新撰組、ですか?」「一般的なイメージだと、池田屋事件で名を上げたヒーローですが。 俺が見た所、情報戦と剣術……隘路や屋内なんかのCQC(クロース・クォーターズ・コンバット)に長けた、暗殺や抹殺の汚れ仕事を請け負う傭兵集団ですからね。特殊技術をもって非正規戦闘をする忍者や特殊部隊と、符号する所が多いんですよ。意外と。 ……そんな彼らの矜持って、ドコにあったのかな、って。時々考えちゃいますね」 沙紀を守るために、魔法少女殺しという非道に手を染めてしまった自分自身の所業。 ……最初は、相手をゾンビと思う事で対処しようとしてきた。最早、人間ではない『残骸』だと。だから、必要以上に深く関わろうとは思わなかった。何を言おうが、何を述べようが、沙紀以外のそれはゾンビの戯言、と。 だが…… 『沙紀を救う』。そして『インキュベーターを倒す』。……今思うと、俺は相当に無茶な二面作戦を行ってきていたのだろう。 しかも、そこに加えて『ワルプルギスの夜を倒す』事まで加わってしまった上に、暁美ほむらとの協力関係上、状況によっては、この間の美樹さやかのように『鹿目まどかを救う』ためのミッションが、加わる可能性が出る。 こうなった以上、他の魔法少女と関わらざるを得ない。否応なく。 ……ああ、分かってる。それが俺自身に、良しにつけ悪しきにつけ、なんかしらの影響を与えているんだろう、という事も。 暁美ほむらに『あなたの言葉は人を変えて行く』といわれたが、俺自身がむしろ、魔法少女たちとの接触や出会いで変わって行ってる部分は、この短い期間で、多分……結構、あると思う。 何より決定的だったのは……あの『手紙』だ。あれは、本当に効いた。否応なく、自分が人殺しなのだと自覚せざるを得なくなった。そして、暁美ほむらが教えてくれた、最後の希望。守るべき者が、俺の遺志を継ぐ可能性を教えられ、俺は本気で涙を流した。 ……まあ、その過程で、ヘンなモン(美樹さやか)までくっついてきてしまったんだけど。「しかしほんと、沙紀の奴、あんな事を言う子じゃなかったのに……本気でインキュベーターに誑かされてるんじゃないだろうな?」「それは、颯太さんの思い込みではありませんか?」 巴マミの指摘に、俺は首をかしげる。「俺の?」「短い間ですが。 私が知る限り、御剣沙紀という魔法少女は、能力的にはともかく、決して大人しいだけじゃ無い、魔法少女でしたよ」「……あー」 沙紀の奴が、はしゃいでいた表情を思い出す。更に、上条恭介に手段を選ばず迫る強引さ。 思えば、片鱗は以前からあったような気がする。「きっと、あなたが変わったからこそ、沙紀ちゃんも安心してあなたに甘えるようになったんじゃないですか?」「俺が? 変わった?」「以前のギラギラと張りつめながら、沙紀ちゃんにだけ笑顔を見せるあなたを見ていては、沙紀ちゃんは安心して甘えるなんて、出来なかったのではないかと。だから、ずっと『御剣颯太が理想とする、大人しい妹』を演じてきた。 美樹さんの事にしても、彼女なりのワガママなんじゃないかと思います」「……………買い被り過ぎですよ。俺は、殆ど何にも、変わっちゃ居ない。ただの、人殺しです」「自分を『人殺し』と言うようになったのも、最近ですね?」「……………」 痛い所をつかれまくり、俺は黙る。「だからこそ、颯太さん。自分の命を粗末には扱わないでください。 あなたは時々……自分の命を賭ける事と、命を投げ捨てる事を混同してる節があります。あなたも言うような『スッて悔いのない博打』ならば、それも仕方ないのかもしれません。 ですが……沙紀ちゃんは、颯太さん。あなたの背中を見て、育っているんですよ?」「……俺、あんな悪辣じゃないんだけどなー。 もっとこう、優しくてまじめでイイ子に育ってほしかったのに、どこで育て方間違えたんだろ」「それは颯太さんの幻想ですね♪ 今の沙紀さんを、ありのまま見てあげる事です。……でないと、美樹さんのような事になってしまいますよ?」「! ……肝に銘じときます」 そうだ。 俺と沙紀の関係は、美樹さやかと上条さんなんかとは、比べ物にならないくらい『近過ぎる』のだ。 ……知らず、俺は沙紀との『境界』を曖昧にしてしまっていたのだな。……くそ!「ありがとうございます、巴さん。 理屈じゃ分かっちゃいても、実際にはやっぱり、そう割り切れるもんじゃないですね……他人との『境界』なんて、誰かから言われないと分からないものだな」「そういう事です」「……帰ったら、少し沙紀に優しくしてやるか。それじゃ次に……あっ!!」 肝心な事を思い出し、俺は絶句した。 ……参ったな、チクショウ。何で忘れてたんだ、俺は?「と、巴さん……この二人乗りでの巡回方法、ダメだわ」「え、何故?」「……道交法でね。自動二輪は免許取ってから一年経たないと、後ろに人は乗せちゃいけないんですよ」「え!?」「肝心過ぎる事、忘れてたわ! あああああ、俺の馬鹿っ!! バイク乗りなら当たり前に知って無きゃいけない事なのに」 きっと、追いつめられ過ぎてパニックになってしまった事が敗因だろう。バカバカバカバカ、俺の馬鹿っ!!「ど、どうしましょう?」「あー、こういう道交法違反ってのは、原則、現行犯が前提だから、今夜の事は黙ってる事にして。この方法での魔女狩りは、暫く諦めて、別な手を考えましょう。 とりあえず、夜も遅いし、警察に捕まる前に、今夜は撤収しません?」「そ、そうですね……じゃあ、えっと……一年後、また後ろに乗せてもらえます?」「一年? そしたら、巴さん、自前でバイク買ったほうがいいですよ?」 何しろ、十六歳になっちまえば、原付でも何でも運転免許は取れるのである。彼女程の技量があるのならば、一人で狩りに回ったほうが早い。「いっ、いえ、そっ、その……免許とか、バイクとか、買うお金が……」「あっ、そっか!!」 考えてもみれば。彼女だって、独り暮らしなのだ。 むしろ、経済的に狂ったほど余裕のある、我が御剣家のほうがオカしいのである。 「分かりました。一年後、このシートの後ろに、って事で」「はい。約束してくださいね、颯太さん」 何故かにっこりと笑う巴マミの笑顔に、眩しさを感じながら。 とりあえず、その日の『狩り』は、ここでお開きになった。