『佐倉杏子の説得に成功したわ』 翌朝。 早めの時間に朝食を採ってる時にケータイにかかってきた、無遠慮なコールの第一声に、俺は溜息をついて、気を取り直しこたえる。「ご苦労さん。上首尾じゃねぇか?」『ええ。でも、極力彼女は、あなたと接触したくないみたい。重要な作戦会議と決戦の時以外は、顔を出す事は無いわ』「ン、そのほーが賢明だね。俺としても精神衛生上、そのほーがありがてぇワ」『そうね。私も、あなたたちの暴発に、無駄に気を揉まなくて済むわ』 皮肉るような口調に、流石にカチンと来る。「……なんだヨ。そこまで酷いか、俺?」『ええ。少なくとも私は、あの一件まで、残酷ではあっても陽気で度胸もあり、理知的な行動が出来る冷静な人物と、あなたを評価していたわ。 なのに、あなたは佐倉杏子絡みだと、途端に理性を無くして感情任せの突拍子もない行動に出る。あなたが入院したと知った時は、本当に焦ったわ』「悪かったな。誤解させて。っつーか、最初に言ってただろうが? ただの復讐心で動いてるチンピラの小悪党だって」『そのチンピラの小悪党に振りまわされる、私の立場は?』「ご愁傷様。鹿目まどかちゃんのために、がーんばーってねー♪ ヒャッハー♪」 買い込んだパンを、牛乳で飲み下しながら、完全に他人事の口調で空っとぼける。『……………本当に、あなたは喰えないわ』 ブツッ!! つーっ、つーっ、つーっ……「へっ、ざまー見さらせ、ケッケッケッケッケ♪」「……お兄ちゃん? 暁美ほむらさんから?」「おうよ。ま、アイツはアイツで苦労してやがっかンな……決戦前に栗鹿子でも作って、持ってってやるか。 ……それより沙紀。唐突で悪いが、今晩から海外に、武器と弾薬の調達の『買い物』に行く。帰りは明後日だ。飯食ったら用意だけはしておけ」「うん、わかった!」 明日は土曜日と日曜日である。授業も半ドンで休みを取る分には問題ない。 ……一応、保護観察者への書類の提出とか、理由はくっつけておく必要があるが。「……ああ、一応、連絡だけはしておかにゃいかんな」 そう呟くと、俺は再度、暁美ほむらにコールを押す。『……何の用?』「武器と弾薬の買いだしの件だ。 放課後、速攻で沙紀と合流後、電車に乗って都内まで出て、成田からの深夜便で東南アジアのブラックマーケットに向けて出立すっからヨ。明後日の日曜日、夕方には見滝原に帰る予定だ。 一応、この間あった時に買いだしリストは受け取って、注文も出してあるが……追加のアイテムは無ぇか? 緊急で確保できる保障は無いが、買えそうなら買ってきてやる」『……特には無いわ。 けど、もしあなたが気になったモノがあったのなら、見繕ってお願い』「お任せかよ、おい」 意外な言葉に、俺は戸惑う。『少なくとも、対魔女、対ワルプルギスの夜に関しての兵器の知識は、あなたのほうが上だと思っているわ』「闘ってる回数はお前のほうが上だろうが? その買い被りの根拠は?」『あなたの武器庫。自衛隊や米軍の装備では、見た事も無い武装が幾つも並んでいた。中には、どう扱えばいいのか分からないモノも。あれらを駆使して魔女や魔法少女と戦い抜いてきた、あなたの『戦闘知識』を信じるわ』「……なる、ほど。オーライ。とりあえず、お前、RPG-7は……持ってるワケ無ぇか。 あれ米軍も自衛隊も装備して無いし」『何本か持ってるわ、それが?』「おいおい、どこから仕入れたんだよ? ヤクザとか過激派のアジトからパクったのか? ……まあいい、そのへんはどうでもいいよ。ヤクザの武器なんて、どーせロクな使い方されないしな。それは返せとは言わねーって。 だから、とりあえず追加の発射筒を幾つか。それと、PG-7VR弾頭と、対使い魔のためにTBG-7V弾頭を買いこんでく予定だ。俺の分も含めてな」『?』「あー……それぞれ、爆発反応装甲(ERA)をぶち抜くために開発されたタンデム弾頭と、熱圧式で着弾してから広範囲に被害をもたらすサーモバリック弾頭だ。 タンデム弾頭のほうは対ワルプルギスの夜用だ。 俺が以前戦った時、通常のHEAT弾頭単発じゃ屁でも無かったから、単発の貫通力と破壊力を上げる。装甲貫通力は、通常弾頭の倍以上。……それでも気休めにしかならんかもだがな。 サーモバリック弾頭のほうは、着弾したら広範囲に爆風と爆圧を撒き散らすモノだと思ってくれ。主に使い道は使い魔の排除だ。……接近戦型の佐倉杏子を巻き込むなよ? それぞれ、普通のRPGの弾頭と形状が全然違うから、現物見れば憶えやすいと思う。使い方は一緒だしな」『……了解したわ。そのへんも含めて、今回の買いだしの武装のチョイスは、あなたに一任するわ』「あい、よ。可能な限り善処するぜぇー、ほーむたん♪ ケッケッケッケッケ♪」 ぶつっ、と一方的にからかい、電話を切る。……ざまぁ♪ さて、と。「……ごほん!!」 沙紀から聞いた、ケータイの番号をプッシュ。『もしもし?』「あ、もしもし。朝早く失礼します。巴さん、ですよね?」『え、颯太さん?』「昨日はどうも。俺の迂闊でした、申し訳ない」『いっ、いえ、こちらこそ素人考えで。……それで、どんな御用でしょうか?』「えっとですね、今日の夕方から明後日の夕方まで、俺と沙紀は見滝原を出て都心から成田経由で、海外にワルプルギスの夜を倒すための武器弾薬の調達に行く予定なんです。 それのご報告をと思いまして……申し訳ない。この所のドタバタで、報告を忘れてまして」『あ、いえ……お気になさらず。 そうですもんね、颯太さん、どこであんな武器を手に入れてるのかと思いました』「あははは、安心してください。どっかの誰かさんみたいに、自衛隊や米軍基地からパクってるワケじゃありませんから♪ 外国とはいえ、ちゃんとお金出して買ってますから、安心してください。 ……やってる事は、密輸なんですけどね。泥棒して、誰かが盗まれた責任取らされてクビが飛ぶよりは、と思いまして」 ははははは、と虚ろな笑いを浮かべてみる。 と、『あ、あの……颯太さんて、実は大金持ちだとか?』「姉さんの『祈り』が『大金』だったんですよ。昨日話した通り、家の事情を解決するために……ね」『っ……すいません』「いえいえ、お気になさらず。 そういうワケで、申し訳ありませんが、俺の縄張りとか、迂闊に踏み込んだ馬鹿共の面倒、引き続きお願いしたく。あと、できれば馬鹿弟子にもお伝えください」『あ、はい、承りました』「はい、では失礼します」 ぶつっ、と電話を切る。「……ふぅ」 知らずに何故か、緊張して汗が出てた。……何なんだろうな。 と、「……………」「なんだよ、沙紀?」「別に。それより、昨日、『巴さん』と、どうだったの?」「……何だよ。妙に絡むじゃねぇか、沙紀? 『マミお姉ちゃん』とは、何も無かったよ」「ほんとに?」「ああ、ホントだよ。っていうか……お前にヘルメット買って、ほこり被ってる理由、忘れてたよ」 いや、ホントに。……何でだろうなぁ?「あー……そっかー。バイク買ってから、結構浮かれてたもんね、お兄ちゃん」「……何が言いたい?」「べっつにー♪」「忘れてたダケだっつの! その証拠に、途中で警察に捕まる前に、狩りを切り上げて来たわっ! お前のマミお姉ちゃんに聞いてみろ!」「はーいはーい♪」「っ……とっとと飯食って、買いだしの支度しやがれっ!!」 ガンッ!! とテーブルを叩いて、俺は沙紀を怒鳴り付けた。 見滝原から、新幹線を使い上野まで。そこから、成田エクスプレスで空港に向かう途中。 俺と沙紀は上野駅を降りて、少々寄り道をした。 上野近辺は鴬谷にかけて、寛永寺を筆頭に、無数の小さな寺や墓所が存在している。 その駅からほど近い、小さな寺が管理する墓所の一角に、御剣家代々の墓があった。 ……そう、元々ウチの家は、東京都内でも下町出身の江戸っ子の家系で、父さんの仕事の都合で、俺が小学校3年の頃に見滝原に引っ越したのだ。(だから、ウチのお盆は『早盆で七月』だったり。世間じゃ『八月にお盆』と言われても、ぴんと来なかったんだよなぁ)。「父さん、母さん……沙紀も、こんなに大きくなりました。 姉さんや俺は、そっちに行けないかもしれないけど、何とか頑張ってます」 夕暮れを通り越して、夜になりかける時間。 かつて、『姉さんだった』グリーフシードを、墓石の前に線香と共に置きながら、俺と沙紀は手を合わせる。 今でも、思い出す。あの時の狂った父さんと母さんの顔……それでもなお、俺を育ててくれた恩は、忘れては居ない。 忘れられる、わけがない。だって……家族なんだから。「だから、地獄に落ちる馬鹿な俺の行動を……せめて、天国で笑ってください。それで、あの時の事とは、おあいこです。 ごめんなさい……それじゃ、行ってきます! 父さん、母さん! ……行くぞ、沙紀!」「うん!」 力強くうなずく沙紀に、眩しさを感じながら……俺は、その逞しさに『己の全てを精算できる』時が近い事を感じつつ、上野駅へと引き返し、成田エクスプレスへと二人で飛び乗った。