深夜。 二階で寝てる、お兄ちゃんの寝息と、悪夢にうなされるいつもの寝言を聞きながら、私……御剣沙紀は、布団から起き上がった。(……ごめんね、お兄ちゃん) 私は、忍び足で玄関の靴を取ってくると、ベランダの扉の鍵を静かに開け、魔法少女の姿に変身し、外に飛び出した。 一歩間違えれば。 私は冗談では無く、裏切りとしてお兄ちゃんに殺されるだろう。 もしくは、マミお姉ちゃん、美樹さんに裏切られれば。あるいは、目標地点のマミお姉ちゃんの家に辿り着く途中で、魔女なり、他の魔法少女に不意を打たれれば、それまでだ。 だが、行かねばならない。 行って、全てを説明して、協力してもらわねば『お兄ちゃんを、死の希望から救う』なんて、出来はしない。 そう、これは博打。『魔法少女』たる御剣沙紀が、例え命をスッてしまったとしても張らねばならない博打。 『魔法少年(つかわれる者)を使う魔法少女(つかう者)は、魔法少年(つかわれる者)より先に、死ぬ覚悟を持たねばならない』 かつて、お姉ちゃん……御剣冴子に、そう教わった、魔法少年を使う上での、魔法少女の心得。 それが魔法少年……お兄ちゃんを使いながら、共に生き永らえ続けた上での、私の覚悟。 だからこそ、私は絶対に、お兄ちゃんを救わねばならない……例え、お兄ちゃんに裏切りと謗られて殺される事になったとしても、私は、お兄ちゃんの『死』という間違った希望から、お兄ちゃんを救わねばならないのだ。 でなければ、魔法少女として私が生きる意味も、生きてきた意味も、無くなってしまう! だって……たった一人、この世に残された『人間』の家族なんだから。『表情を変えないで。特にお兄ちゃんに悟られないで』 上条さんの病室で。 私は『美樹さんを弟子にして』宣言でショックを受けてパニックになり、呆然としてるお兄ちゃんに気付かれないよう、マミお姉ちゃんと美樹さんにテレパシーを送る。 この状態なら、魔法少女の内緒話を、お兄ちゃんに聞かれる心配は、無い。『『魔法少女だけ』の、大事な話があります……今夜、どこか、三人で落ちあえる場所、ありませんか?』『……沙紀ちゃん?』『顔色を変えないで、マミお姉ちゃん! 特に、お兄ちゃんに感づかれたら終わりよ! 今のお兄ちゃんは放心状態だけど、それでも、こういう所は凄く鋭いんだから!』『分かりました。では、夜、私の家に。 でも……大丈夫ですか? 私が迎えに』『ダメ! お兄ちゃんには、絶対気付かれちゃいけない話だから! 何とか私が、夜、家から抜け出して、マミお姉ちゃんの家に行きます!』『危険です! あなたは戦えないんですよ!』『百も承知! それでもやらなきゃいけない事なの! ……お兄ちゃんが寝た隙を見計らって、家を出る。睡眠剤とか精神安定剤とか飲んで寝てるから、多分、大丈夫……だと、思う』『思う?』『薬を飲んで寝てても、他の魔法少女の『殺気』とか『気配』に気付いて、起きちゃうみたいなの。 魔法少女の夜襲受けた時に、私が寝てる間に私のソウルジェム使って『戦闘』したりとかもあったみたい。だから『迎えに』とかは、本当に危ないから来ないで』『うわ……本当に達人なんだ、師匠。ねぇねぇ』『以上、通信終わり!』 余計な話に発展する前に、私はテレパシーを打ち切る。 美樹さんとのおしゃべりは、私が今夜打つ『最初の賭け』に勝つまで、封印だ。 もっとも……その『最初の賭け』すらが、五分五分なのだが。「じゃあ、ね」「おう、また、な……」 見滝原総合病院からお兄ちゃんと二人で出た時は、もう夜中に近かった。 私の苦し紛れの言葉にショックを受けたのか、本当に『どうしてこうなった』という表情で、ふらふらと歩くお兄ちゃん。 ……無理も無い。 というか、私のほうが、今度の事はショックだった。 最初は、お兄ちゃんの言うとおり、美樹さんを説得するための方便なのかと思っていたが、お兄ちゃんはあの時、本気で涙を流していた。 思えば、お兄ちゃんは必要な嘘はつくけど、無意味な嘘はつかない人だ。さらに、苦し紛れに吐いた私の無茶苦茶な提案を、目を白黒させながらも、無理矢理泥を飲むように飲みこんだ事で、それは確信に変わる。 ……お兄ちゃんは『お兄ちゃんが気付いた方法で』私が闘えるようになったら、本当に死ぬつもりなのだ。 そして、それを吹き込んだのは、お兄ちゃんの言葉にもあった、あの時間遡行者。 ……暁美ほむら……あなた、本当に余計な事をしてくれた!! 無論、私も、このままではいけないとは、分かってはいた。けど、だからと言って、精神的に追いつめられてるお兄ちゃんに用意した『希望』としては最悪だ! あんた、私のお兄ちゃんに、なんて事をしてくれたの!! ……OK、この場に居ない魔法少女に愚痴っても仕方ない。 むしろ、このピンチは、積極的にチャンスに換えるべきだ。幸い、状況が以前とは違う! 何より、『死』という絶望と、『復讐』という妄執に向かってとはいえ、お兄ちゃん自身が『自分のために』積極的な活動に出てる事そのものが、私にとっては凄く稀有な状況なのだ。 ……だが、私はそのために、今晩、幾つの鋼の命を用意して、BETし続けねばならないのだろうか? 気が遠くなる。 闘う事が出来ない、我が身が恨めしい。 だが、泣き言を言ってなど、いられない。 私が成し得る技能と知識と魂、全てを動員して、私はこの『賭け』に挑まねばならないのだ。 何故なら私は……『魔法少年』御剣颯太の妹であり、『魔法少女』でもある御剣沙紀だからだ!!「っ……はっ、はっ……」 身体強化の能力をもってしても、私はか弱い。 限界まで鍛え抜いた人間で、生身のお兄ちゃんに、殴り合いのケンカで負けてしまうくらいだ。「あと、少し……」 時刻は、もうすぐ深夜0時。魔女や魔法少女が跳梁する時間。 さて、ここまで来て。 目の前に、二本の道。片方は遠回りだが、マミお姉ちゃんの縄張りの中を通る、安全な道。 もうひとつは、佐倉杏子とマミお姉ちゃんの『緩衝帯』になっている場所。最速最短で、マミお姉ちゃんの所に行ける。 どちらを選ぶかって? 当然、今の私には『是非も無し』!! そう決心して、最短ルートの選ぶ。 だが、閉店間際のゲームセンターの前を通り過ぎようとし……私はそこで、ゲームセンターから出てきた『最悪』と遭遇してしまった。『っ!!!!!』 顔をあわせ、お互いに絶句する。 佐倉杏子。なんて……こと。「きっ、奇遇ね……」 OK、落ち着け私。まだ慌てるような時間じゃ無い。 人気の多い通りで、ドンパチやるほど彼女も非常識ではあるまい。「……何やってんだ、お前。こんな人通りの多い場所で『そんな格好』で?」「へ? ……っ!!」 今更ながらに……私は『魔法少女の格好のまま人気のある路上を突っ走り続けてた』事に気付き、真っ赤になった。 だっ……だが、引かぬ、媚びぬ、省みぬ!! 私は御剣沙紀だ、バカヤロー!! お兄ちゃんの温もりのためなら、この身朽ち果てても構わぬわっ!!「いっ、行かなきゃいけない所が、あるのよ!」「こんな時間に、その格好で、か?」「そうよ、悪い!?」 真剣な目で、睨みつける。もうそれしか出来ない。 足が震える。手が震える。それでも、目線だけは外すわけにはいかない。 『喧嘩の基本にして極意』として、お兄ちゃんからガンのつけかたは教わってるのだ! ……やると、みんな可愛いって笑うけど。「どこだよ?」「あんたには関係ない!」「……そうかよ」 そう言うと、彼女は口にしていたクレープを、私に差しだした。「喰うかい?」「……ここらへんで、いいな?」 結局。マミお姉ちゃんの家の近くまで、佐倉杏子は送ってくれた。「とりあえず。ありがとう、って言っておく。 でも、どういう風の吹きまわし?」「……別に……あたしの敵は、御剣颯太で、あんたじゃない」「お兄ちゃんの敵ならば、私はあなたの敵だよ?」「……なんだ、今、ここでやるつもりか?」「っ!! ……………」 お互いに睨みつける。そんな中、目をそらしたのは……意外にも、佐倉杏子のほうだった。「何にピリピリしてんのか知らないけど、無駄に命を捨てるのと、必要があって命を張るのとは違うよ。 ……そんな事も、あんたのお兄ちゃんは教えてくんなかったのかい? 無茶もほどほどにしな、ガキ」「……忠告、感謝するわ」 そうだ、冷静に。冷静にならないと。交渉の鉄則は『くーる・あず・きゅーく』ってお兄ちゃん言ってた。 ……どんな単語の綴りかは知らないけど。「別に、あたしは……あんたら兄妹に、感謝なんてされる筋は、無いんだよ……」 それだけ言うと、佐倉杏子は何もせず、黙って立ち去って行った。「ごめんなさい、遅くなっちゃった!!」「いえ、お待ちしていましたわ」 マミお姉ちゃんが、紅茶とケーキで迎えてくれる。 と、「沙紀ちゃん。いえ、御剣沙紀師匠。さっきは、ありがとうございました!」 深々と頭を下げる美樹さんに、私は手を横に振った。「ううん、感謝なんてするいわれは無いの。むしろ、私の方が美樹さんを利用しちゃったんだから」「……ほへ?」「お兄ちゃんが、本気かどうかの確認。 ……美樹さんも、聞いたでしょ? お兄ちゃんが『死ねるかもしれない』って言葉」「え? あれって、私を説得するための、方便じゃ無かったの?」 ……はぁ……「あのさ、美樹さん。 もしあの言葉が、全部が全部、方便だとしたら、私の説得程度で、『あのお兄ちゃんが』美樹さんの入門を許可……というか、破門を解いたりすると思う?」『……………!!!!!』「お兄ちゃんはね、必要な嘘ならいくらでもつくけど。だからこそ『必要のない嘘はつかない人』だよ?」「じゃあ、あの説得は……」「ほとんど、本気で本音だと思う。少なくとも私はそう感じた。 それにお兄ちゃん、美樹さんの事を『感だけは鋭くて論理通り越して嘘を見抜いてくる、やりにくい馬鹿』って言ってたから、極力嘘は混ぜてないと思う。 ……だから、美樹さんの一件で最終確認したの。お兄ちゃんは……『私に戦い方を教えたら死ぬつもりだ』って」「そんな!!」 いきり立つ、美樹さんを、私は片手で制する。「本当に……追いつめられてるのか、師匠は」「お兄ちゃん、人前では、どんな辛くてもあの馬鹿笑いしかしない人だし。泣きだすなんて、よっぽどの事だよ 私だって……お兄ちゃんが泣いてるのなんて、殆ど見た事が無いし」「っ……何とか、ならないのかよ!」 拳を叩きつける美樹さんに、私は冷静に告げる。「……昔、私が魔女の真実を知って、自棄になってた時、お兄ちゃん、言ってた。 『俺はお前の魔法少年だ。 タラワだろうがアラモだろうが、守ってやる自信はある! でもな、くたばりたくてたまらねぇ奴は、どんなにしたって守りようがネェんだよ、このアンポンタン!!』って……襟首掴まれて大激怒されたの。 ……悲しいけど。今のお兄ちゃんは、その時の私とは、全く逆の立場に陥っちゃってる。 そして……私じゃお兄ちゃんを救えない。せいぜい、お兄ちゃんの修行を不真面目に聞いて、ダラダラと時間を稼ぐくらい」 と。「沙紀さん。その……言い方は悪いのですけど。 『あの』颯太さんが、生きる事すら辛いって言っている以上、私たちには、もう、どうしようも無いのではありませんか?」 マミお姉ちゃんの言葉に、私は溜息をついた。「……分かって無い。マミお姉ちゃんも、全くもってお兄ちゃんを分かって無い! お兄ちゃんは、超人でもスーパーマンでも魔法少女でもない! 本質的には『ただの高校一年生の男の子』なんだよ!? だからこそ、背負いこんだ殺人の罪に苦しむのは当たり前だし、それに潰されようとしているのも普通の事! そこで重要なのは……それでも『誰かと共に生きたい』って、お兄ちゃん自身に望ませる事!」「『誰か?』ですか……しかし、彼程の人を支え得る人なんて、それこそ沙紀さんくらいしか」 はぁ……「いい、お兄ちゃんが周囲の大人を馬鹿にして、私と二人で暮らしているのは、なまじ『何でも出来ちゃう』からなの。究極の実力主義者と言ってもいいくらい、お兄ちゃんは『実績と実力と行動だけ』でしか、他人を判断しない。 大人が年齢『ダケ』を傘に着た、上から目線の忠告なんてのは最悪だし、まして、口先で『何かを成した』なら兎も角、口先だけの人間は、どんな老人や政治家だろうが絶っっっっっ対に信用しない。 ……時々、お兄ちゃんに『社会ではどーだ』なんて言う大人がいても、そもそも『社会』なんて人間が集団で生活してる『世界』は、世の中無数に存在するんだから、忠告してる人間と受ける側の『社会』がズレてたら全く意味が無いのに、それを棚に上げて自分目線で『世間を知りなさい』なんて偉そうに言ったって、子供で、まして魔法少女の世界に首突っ込んでるお兄ちゃんに、通じるワケが無い。 だからこそ、お兄ちゃんは『バイオリンの実力を示した』上条さんを『男』と認めて、敬意をもって友人として付き合いたい、って接してきたの。……少なくとも、お兄ちゃんがバイオリンを弾いたとしても、上条さん以上のバイオリン奏者には成り得ないからよ」「うへぇ……つまり、恭介並みで、かつ、あの万能人間とジャンルが被らない達人じゃないと、忠告を聞き入れて救う事は、無理って事か?」「基本、そう。 しかも、庇護対象になっちゃったら最後、それは『下』の意見としか受け取らない。ある程度はワガママの形で聞いてはくれても、最終的な意思決定に影響は及ぼす事は無い。 だから、私は無理だし、美樹さんも弟子志願で論外。暁美ほむらは、そもそもこの状況を作った元凶。生活のためでも魔法の力で悪さを繰り返すような佐倉杏子は、お兄ちゃんの目線からすれば超論外。 お兄ちゃんに信用される、実績と実力、そして行動力の持ち主。……マミお姉ちゃん。私の知る限り、お兄ちゃんを救えるのは、あなたしかいないの!」「わっ、私が!? 颯太さんを?」「お兄ちゃん本人が言ってたでしょ? 病院で! 誰かを守る『正義の味方』に挫折して、魔法少女殺しに手を染め続けたお兄ちゃんだからこそ、『正義の味方』を貫き続けてる、マミお姉ちゃんが眩しいんだ、って! ……おねがい! 滅茶苦茶なのは百も承知! 筋が通らないのは分かってる! だけど、マミお姉ちゃん、お兄ちゃんを救って欲しいの! お願い!!」 そう言って、私はマミお姉ちゃんに、土下座した。「っ……分かりました。出来るかどうかは分からないけど、頑張ってみるわ、沙紀ちゃん」「本当!? ありがとう!!」 言うと思った。言ってくれると思った。 だが……『私の二番目の賭け』は、ここからが本番なのだ。「それと……ごめんね。 私、今、マミお姉ちゃんを、『御剣詐欺』にかけた」「え?」「まず、お兄ちゃんを救う上で重要なのは。『颯太お兄ちゃんに、絶対に恋しちゃだめ』って事」『……は?』 首をかしげる二人に、私は『お兄ちゃんの知らない、お兄ちゃんの罪』を話す。「昔、ね……私が、別の魔法少女たちのグループに、何度か所属していたのは、知ってる?」「え、ええ。そこで、酷い目に遭ったって」「そう。その原因はね……実は、お兄ちゃんにも、あったの」『へ?』「お兄ちゃん、背が高いし、顔もそこそこイイし。真面目で優しいし、陽気じゃない? 料理も上手で、和菓子作りが得意で、それでいてナンパじゃなくて一途だし」「……ま、まあ」「殺し屋、って実態知らなければ、確かに……ガラは悪いけど」「ガラが悪いのは、あれは、魔法少女に対しての威嚇のポーズだよ。特に警戒してる相手にはね。普段はとっても大人しいし優しいんだよ? お兄ちゃんは、私の能力『だけ』が原因って思ってるみたいだけど……実際は、お兄ちゃん自身をめぐってのトラブルも、結構あったの。中には、本気で惚れこんじゃった子も居てね……その子が一番、私に辛く当たってた」『!?』「そして、そんな風に、私が苛められてる事を知ったお兄ちゃんが、何度忠告しても、そのたびに問題は抉れていって……結局、そのグループの魔法少女全員を、お兄ちゃんは手にかけざるを、得なくなっちゃったの。 中には、殺される直前に愛の告白をした子も居たんだけど、お兄ちゃんは『ただのその場しのぎの命乞い』としか、受け取らなかった。それくらい、私自身が酷い事になっちゃって。 ……思えば、あの時から、お兄ちゃんは、本格的に壊れ始めていたんだと思う。 『魔女の釜』を開発したのも、その頃だったから……あとはもう、刺客として送られてくる『正義の味方』も加わってグチャクチャ。『暗殺魔法少女伝説』の完成だよ」「そんな……」「この話。絶対お兄ちゃんにしないで! そんな事を知ったら、ますます自分で自分を追いつめちゃうから!」 こくこく、と二人とも頷く。 特に、美樹さんは真剣だ。「あたし、今なら分かるわ……物凄く。その師匠に殺された魔法少女たちの気持ちが」「恋は盲目……ですか」 溜息を突く、マミお姉ちゃん。「一応、マミお姉ちゃんは、私と友人だからって事で、御剣家の敷居を跨がせているけど。 それが無くなったら、お兄ちゃんの行動は容赦が無くなると思って」「分かりました。でも、それだけじゃないですわよね?」「勿論。 次に、お兄ちゃんを救うために関わり合うって事は、『お兄ちゃんが認める対等、もしくは上の関係』って事。 これが、マミお姉ちゃんを選んだ、もうひとつの理由」 私の言葉に、マミお姉ちゃんが首をかしげる。「つまり……縄張りを保護下に置いてる、今の状況が、最適って事ですか?」「うん、でも、もうひと押し。 颯太お兄ちゃんとマミお姉ちゃんの協力関係……理想を言うなら、利害を一致させて、お互いを認め合って、背中を預け合う仲になって欲しいの。 慣れ合いじゃない、信頼と信用、って意味で『助け合う』関係じゃないとダメ。美樹さんは痛感してるかもだけど、決して『救ってあげる』とか『救いたい』って一方的な関係じゃ、お兄ちゃんはその手を絶対に払っちゃう」 と……「なんか、物凄く思い当たるというかさ……ひょっとして、あたしが恭介に振られたのって、師匠のせい?」「どうかな? 上条さんはお兄ちゃんが認めた人だもん。 お兄ちゃんとどっか似た性質があったとしたって、おかしくないよ?」「うーん……釈然としないけど、まあ、分かる気がする。確かに、一方的に助けられるって、癪だもんね」 そう言って、美樹さんは納得してくれた。「それでね、お兄ちゃんが『魔法少年』をやるにあたって、私に誓った言葉を教えてあげる。 『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』 そして、現時点で、私以外で颯太お兄ちゃんの『信頼』を、今、一番得ているのは……マミお姉ちゃんが、今のところトップよ」 ちなみに、最下位は、勿論、ブッチギリで佐倉杏子。 ……まあ、それは仕方ないだろう。彼女の日ごろの行動が行動だ。「……なる、ほど。 つまり、颯太さんが魔法少年で在る限り、魔法少女との約束は破る事はない、という意味ですわね?」「お兄ちゃんに信頼されていれば、って条件がつくけどね。 ……言っておくけど『裏切られた』とお兄ちゃんが認識した時の行動は……妹の私でも、背筋が凍ってソウルジェムが濁るような、凄まじいモノだよ。 勿論、一度、本格的な信用を得たら、そう簡単には見限らない甘さもあるけど」「なる、ほど……」 と、美樹さんが、おずおずと手を上げた。「あの、さ。一つ、疑問に思ったんだけど、いいかな?」「何?」「師匠を救えるのが、マミさんだとして。 逆にさ? マミさんに師匠が惚れちゃったら、どうなるのかな?」「……………へ?」 想像だにして無かった質問に、私は目が点になった。「……美樹さん、もう一度。りぴーと・わんすもあ」「だからさ、マミさんに師匠が惚れちゃったら? あの時は言葉の綾だ、って言ってたけど。 可能性としては、低いもんじゃないんじゃない?」「その場合は……その場合は……どうなるんだろう? っていうか、どうなっちゃうんだろう?」 少なくとも。 恋愛沙汰にウツツを抜かすお兄ちゃんの姿なんぞ、銀河の彼方の出来事としか思えない。 あの朴念仁のお兄ちゃんが、家族以外の誰かに恋愛するなんて、考えてもいなかった。「本気で分かんない……考えてもいなかったし、想像の銀河の外だった。 っていうか……『男の人』って、どうやったら女の人を好きになるんだろう?」「いや『どうやって好きになるか』じゃなくて。『好きになったらどうなるか』って意味なんだけど」「……えっと、えっと……もしかしたら、なんだけど。 うっかりすると、魔法少年、やめてくれるかもしれない」 私の言葉に、二人が『は?』って顔になる。「お兄ちゃんが、魔法少年やるに当たって、『正心』ってのを掲げてるんだけど。 その中の禁止事項に、酒と、欲、色……つまり、色恋沙汰は禁止っていう部分かあるのね。 それを自分から破っちゃうわけだから……」「そっか、自分の中のルールを破る、って事は」「うん。でも、可能性の問題だし、本気でどうなるかなんて分かんない。 ……もしかしたら、マミお姉ちゃんの魔法少年になっちゃうかもしれない。本当にごめん、分かんないとしか、答えようがない。 というか、そんなお兄ちゃん、想像の外だった」 と、私の言葉に、美樹さんとマミお姉ちゃんが、笑いだす。「……何?」「なんかさ、沙紀ちゃん。今、『お兄ちゃん取られちゃうー!!』って顔してたよ?」「そうですわね」「!!!!!」 指摘されて。ようやっと分かってしまった。「……わ、私、ブラコンだったのかな?」『何をいまさら』「うっ、嘘だーっ!! だってお兄ちゃん、最近足臭いし、ごろごろしてる時だらしないし、ピーマン山盛りとかやるし、拳骨いっぱい降らせるし、最近はオシオキにプロレス技とか使って来るんだよ!?」「その全部含めて『お兄ちゃん大好き』って言ってるように聞こえますけど?」「そっ、そんな……」 否定したい。だが、否定できない自分が居る。「わ、私がブラコンだったなんて……そんな、馬鹿な……」「そもそもさー、ブラコンじゃなければ、『お兄ちゃん助けて』なんて、マミさんに頼むわけないと思うんだけど?」 愕然とする私に、美樹さんまでが追い打ちをかけてくる。 もう私は、その場にがっくりと膝を突いて、カーペットを見るしか無かった。「つまり、ブラコン妹を適度にあしらいつつ? 師匠……お兄ちゃんと良好な協力関係を保ち? かつ、師匠を死の願望から救える人物? マミさんしかいないじゃない、やっぱり」「……大任ね。私に務まるかしら?」 と、アッサリと美樹さんが答える。「案外、普通に勤まりそうだと思うんだけど、マミさん。以前、師匠の武器庫漁った時の、エッチな本とか見たでしょ?」「えっ!? あれ?」「うん。外見は、負けてないし。あとは、蒼いカラーコンタクトでもつけて、そのおっぱい強調して迫ってみたら?」『美樹さん!!!』 思わず、私はマミお姉ちゃんと一緒に、叫んでしまった。「っ……ははははは、ほらね? 『お兄ちゃんキャラ』をターゲットにする上での、最大の障害である『ブラコン妹』が、既にこっち側の味方なんだよ? というか、カモが葱背負ってやってきたみたいなモンじゃない。 あとは、いかに師匠を攻略するか、って所じゃないの?」『っ!!』 美樹さんの指摘は、なんというか……岡目八目と言うべきか。 流石、恋愛がらみで魔法少女になった末に、魔女化の真実を知ってなお、魔法少女な人の言う事は、違う!「そうか……それしか、お兄ちゃんを救う手が無いのなら。 マミお姉ちゃん、改めて、よろしくお願いします! 私も、サポートしますから! お兄ちゃんに好きなだけ、色仕掛けしてアタックしてあげてください!」「はっ、はい……」 こうして……私は『二つ目の賭け』に勝った事を、悟った。「さて、と……問題は、ここから、私が『どんな理由をつけて』どうやって帰るか、ね」「え? 私が送りましょうか?」「言ったでしょ? これは極秘会談。そして、私が外に出た事に『お兄ちゃんはとっくに気がついてる』」 その言葉に、マミお姉ちゃんが一笑に伏そうとする。「まさか……寝てたんでしょ? まだ二時ですわよ?」「甘い! お兄ちゃんが私が居ない事に、気付かないわけがない! きっと、玄関口で『鬼いちゃん』と化して、仁王立ちしてるに決まってるんだから!」「買い被りすぎじゃない? 幾ら師匠でも……」 美樹さんの言葉に、私は深刻に沈痛な表情で。「私のイタズラや秘密ってね……最終的に、お兄ちゃんにバレなかった事、無いの」『……………』「つまり、『戦えない魔法少女が、夜中、家を脱走して何をしていたか』って理由が必要なの。この極秘会談を、徹底的に誤魔化すための。 だから何か……何か、無いかな!」 と……「あのさ、沙紀ちゃん? 『魔法少女』っていうんじゃなくて『御剣沙紀のワガママ』って事なら、幾らでも理由つけられない?」「ほへ?」「例えば……夜中、どうしてもアイスが食べたくなった、とか」「アイスかぁ……でも、分かんないなぁ。 お家の冷蔵庫、基本的に中が分からないから、迂闊には……」 と……マミさんの家の外。 焼き芋屋さんの車が、営業を終えて、突っ走って行くのが見えた。『あれだーっ!!』「……で? 窓の外から見えた焼き芋屋さんの車を追って? 巴マミの縄張りまで行っちゃった、と?」 玄関先で腕を組んで、仁王立ちしている『鬼いちゃん』が、私の抱える焼き芋の袋を見ながら。 私は舌を出して、謝ってみた。「てへ♪ ごめんなさい」「こっ……のっ……大馬鹿モンがああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」 怒髪天をついた『鬼いちゃん』の拳骨が、私の脳天を直撃し……私は『三つ目の賭け』に勝った事を、悟った。「ごっ、ごめんなさい。二度としませーん!!」「あったりまえじゃあああああああっ!!」 ……でも痛いです、手加減してください……などという泣き事は『鬼いちゃん』は、聞いてくれませんでした。 あううううう……『魔法少年を使う』って、楽じゃない。