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No.27923の一覧
[0] 続・殺戮のハヤたん-地獄の魔法少年-(オリキャラチート主人公視点・まどか☆マギカ二次創作SS)[闇憑](2011/07/22 09:26)
[1] 第一話:「もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」[闇憑](2011/05/22 06:22)
[2] 第二話:「マズった」[闇憑](2011/05/22 06:27)
[3] 第一話:「もう、キュゥべえなんかの言葉に、耳を貸しちゃダメだぞ」[闇憑](2011/05/22 06:27)
[4] 第三話:「…………………………いっそ、殺せ…………………………」[闇憑](2011/09/03 11:27)
[5] 第四話:「待って! 報酬ならある」[闇憑](2011/05/22 14:38)
[6] 第五話:「お前は、信じるかい?」(修正版)[闇憑](2011/06/12 13:42)
[7] 第六話:「一人ぼっちは、寂しいんだもん」(微修正版)[闇憑](2011/09/03 11:16)
[8] 第七話:「頼む! 沙紀のダチになってやってくれ! この通りだ!!」[闇憑](2011/09/03 11:19)
[9] 幕間『元ネタパロディ集』(注:キャラ崩壊[闇憑](2011/05/22 16:31)
[10] 第八話:「今宵の虎徹は『正義』に餓えているらしい」[闇憑](2011/05/29 09:50)
[11] 第九話:「私を、弟子にしてください! 師匠!!」[闇憑](2011/05/24 03:00)
[12] 第十話:「魔法少女は、何で強いと思う?」[闇憑](2011/05/29 09:51)
[13] 第十一話:「……くそ、くら、え」(微修正版)[闇憑](2011/07/03 00:29)
[14] 第十二話:「ゆっくり休んで……お兄ちゃん」(修正版)[闇憑](2011/07/03 00:31)
[15] 第十三話:「……俺、知ーらね、っと♪」[闇憑](2011/05/29 02:56)
[16] 第十四話:「……どうしてこうなった?」[闇憑](2011/05/29 12:51)
[17] 第十五話:「後悔、したくなかったの」[闇憑](2011/05/30 09:02)
[18] 第十六話:「そうやってな、人間は夢見て幸せに死んで行くんだ」[闇憑](2011/05/31 05:06)
[19] 第十七話:「……私って、ほんと馬鹿……」[闇憑](2011/06/04 00:21)
[20] 第十八話:「……ひょっとして、褒めてんのか?」[闇憑](2012/03/03 01:24)
[21] 第十九話:「なに、魔法少年から、魔法少女へのタダの苦情だよ」[闇憑](2011/06/06 19:26)
[22] 第二十話:「まさか……あなたの考え過ぎよ」[闇憑](2011/09/07 17:50)
[23] 第二十一話:「『もう手遅れな』俺が、全部やってやる!」[闇憑](2012/03/03 01:28)
[24] 第二十二話:「……あなたは最悪よ、御剣颯太!!」[闇憑](2011/07/07 07:27)
[25] 幕間「魔術師(バカ)とニンジャと魔法少年」[闇憑](2011/06/15 03:50)
[26] 第二十三話:「これで……昨日の演奏分、って所かな?」[闇憑](2011/06/17 04:56)
[27] 第二十四話:「未来なんて誰にも分かるもんかい!!」[闇憑](2011/06/17 17:05)
[28] 第二十五話:「……ぐしゃっ……」(微修正版)[闇憑](2011/06/18 20:28)
[29] 第二十六話:「忘れてください!!」[闇憑](2011/06/18 23:20)
[30] 第二十七話:「だから私は『御剣詐欺』に育っちゃったんじゃないの!」[闇憑](2011/06/19 10:46)
[31] 第二十八話:「……奇跡も、魔法も、クソッタレだぜ」[闇憑](2011/06/19 22:52)
[32] 第二十九話:「……『借り』ねぇ」[闇憑](2011/06/21 19:13)
[33] 第三十話:「決まりですね。颯太さん、よろしくお願いします」[闇憑](2011/06/23 05:46)
[34] 第三十一話:「……しかし、本当、おかしな成り行きですね」[闇憑](2011/07/29 02:55)
[35] 第三十二話:「だから、地獄に落ちる馬鹿な俺の行動を……せめて、天国で笑ってください」[闇憑](2011/06/26 08:41)
[36] 幕間:「~ミッドナイト・ティー・パーティ~ 御剣沙紀の三度の博打」[闇憑](2011/06/26 23:06)
[37] 幕間:「魔法少年の作り方 その1」[闇憑](2011/07/20 17:03)
[38] 幕間:「ボーイ・ミーツ・ボーイ……上条恭介の場合 その1」[闇憑](2011/07/04 08:52)
[39] 第三十三話:「そうか……読めてきたぞ」[闇憑](2011/07/05 00:13)
[40] 第三十四話:「誰かが、赦してくれるンならね……それも良かったんでしょーや」[闇憑](2011/07/05 20:11)
[41] 第三十五話:「さあ、小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いキメる覚悟完了、OK!?」[闇憑](2011/12/30 17:53)
[42] 第三十六話:「ねぇ、お兄ちゃん? ……私ね、お兄ちゃんに、感謝してるんだよ?」[闇憑](2011/07/08 18:43)
[43] 第三十七話:「泣いたり笑ったり出来なくしてやるぞ♪」[闇憑](2011/07/12 21:14)
[44] 第三十八話:「……なんか、最近、余裕が出てきてから、自分の根性がネジ曲がって悪くなっていった気がするなぁ」[闇憑](2011/07/13 08:26)
[45] 第三十九話:「『死ぬよりマシ』か『死んだ方がマシ』かは、あいつら次第ですがね♪」[闇憑](2011/07/18 14:42)
[46] 第四十話:『……し、師匠は優しいです、ハイ……』[闇憑](2011/07/23 11:00)
[47] 第四十一話:「まだ共に歩める可能性があるのなら! 『感傷なんて無駄な残骸では無い』というのなら! 是非、それを証明したい!」[闇憑](2011/07/22 00:51)
[48] 第四十二話:「……ありがとう、巴さん。今日の御恩は忘れません。本当に、感謝しています」[闇憑](2011/07/26 10:15)
[49] 第四十三話:「お兄ちゃんひとりだけで闘うなんて、そんなの不可能に決まってるじゃないの」[闇憑](2011/07/25 23:58)
[50] 幕間:「特異点の視野」[闇憑](2011/07/31 06:22)
[51] 幕間:「教会での遭遇」[闇憑](2011/07/27 12:16)
[52] 第四十四話:「……少し……二人で考えさせてくれ」[闇憑](2011/07/29 05:28)
[53] 第四十五話:「営業遅ぇんだよ、キュゥべえ……とっくの昔に、俺はもう『魔法少年』なんだよ……」[闇憑](2011/07/31 11:24)
[54] 幕間:「御剣沙紀、最大の博打」[闇憑](2011/07/31 18:28)
[55] 四十六話:「来いよ、佐倉杏子(ワガママ娘)……お前の全てを、否定してやる」[闇憑](2011/08/01 00:14)
[56] 第四十七話:「いや、付き合ってもらうぜ……あたしと一緒になぁっ!!」[闇憑](2011/08/01 12:45)
[57] 第四十八話:「問おう。あなたが私の、魔法少女か?」[闇憑](2011/08/04 00:58)
[58] 第四十九話:「俺の妹は最強だ!」[闇憑](2011/08/06 07:59)
[59] 第五十話:「さあって、反撃開始だ! 魔法少年の……魔法少女の相棒(マスコット)の『喧嘩』は、魔法少女よりもエグいぜぇ……」[闇憑](2011/08/07 08:51)
[60] 幕間:「特異点の視野、その2」[闇憑](2011/08/09 18:08)
[61] 終幕?:「無意味な概念」[闇憑](2011/08/14 21:37)
[62] 幕間:「神々の会話」[闇憑](2011/08/09 04:55)
[63] 幕間:「師弟の会話、その1」[闇憑](2011/08/10 08:12)
[64] 幕間:「師弟の会話、その2」[闇憑](2011/08/11 14:22)
[65] 終幕:「阿修羅の如く その1」[闇憑](2011/08/13 21:46)
[66] 終幕:「阿修羅の如く、その2」[闇憑](2011/08/14 17:37)
[67] 終幕:「阿修羅の如く その3」[闇憑](2011/08/16 06:33)
[68] 終幕:「阿修羅の如く その4」[闇憑](2011/09/04 08:25)
[69] 幕間:「特異点の視野 その3」[闇憑](2011/08/21 10:17)
[70] 終幕:「阿修羅の如く その5」(修正版)[闇憑](2011/09/03 20:17)
[71] 幕間:「御剣家の人々」[闇憑](2011/09/16 10:25)
[72] 嘘CM[闇憑](2011/09/08 09:26)
[73] 終幕:「御剣家の乱 その1」[闇憑](2011/09/30 20:58)
[74] 幕間:「御剣沙紀のちょっとした博打」[闇憑](2011/09/11 01:58)
[75] 幕間:「御剣沙紀、最大の試練」[闇憑](2011/09/11 23:14)
[76] 幕間:「御剣冴子の憂鬱」[闇憑](2011/09/16 20:12)
[77] 幕間:「御剣家の人々 その2」[闇憑](2011/09/17 06:53)
[78] 終幕:「御剣家の乱 その2」[闇憑](2011/09/30 20:58)
[79] 終幕:「御剣家の乱 その3」[闇憑](2011/09/30 20:59)
[80] 幕間:「御剣沙紀、最大の試練 その2」[闇憑](2011/09/22 20:36)
[81] お笑い[闇憑](2011/09/25 09:22)
[82] 終幕:「御剣家の乱 その4」[闇憑](2011/09/30 20:59)
[83] 幕間:「作戦会議――御剣家の乱・決戦前夜」[闇憑](2011/09/30 20:59)
[84] 終幕:「御剣家の乱 その5」[闇憑](2011/10/01 09:05)
[85] 終幕:「御剣家の乱 その6」[闇憑](2011/10/21 09:25)
[86] 終幕:「水曜どーしよぉ…… その1」[闇憑](2011/10/04 08:23)
[87] 終幕:「水曜どーしよぉ…… その2」[闇憑](2012/01/12 14:53)
[88] 幕間:「斜太チカの初恋 その1」[闇憑](2011/10/14 11:55)
[89] 幕間:「斜太チカの初恋 その2」[闇憑](2011/10/19 20:20)
[90] 幕間:「斜太チカの初恋 その3」[闇憑](2011/10/30 03:00)
[91] 幕間:「斜太チカの初恋 その4」[闇憑](2011/11/07 04:25)
[92] 幕間:「斜太チカの初恋 その5」[闇憑](2011/11/13 18:04)
[93] 終幕:「水曜どーしよぉ…… 3」[闇憑](2011/11/21 04:06)
[94] 終幕:「最後に残った、道しるべ」[闇憑](2012/01/10 07:40)
[95] 終幕:「奥様は魔女」[闇憑](2012/01/10 07:39)
[96] 幕間:「神々の会話 その2」[闇憑](2012/03/11 00:41)
[97] 最終話:「パパはゴッド・ファーザー」[闇憑](2012/01/16 17:17)
[98] あとがき[闇憑](2012/01/16 17:51)
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[27923] 幕間:「魔法少年の作り方 その1」
Name: 闇憑◆27c607b4 ID:cb2385d9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/20 17:03
「はっ、颯太……」
「お兄ちゃん?」
「……はっ、はっ、はっ……」

 家の外で大雨の降る中。
 家の中では、階段の下で動かなくなった、父さんと母さん。
 その僕の後ろで、沙紀と姉さんが、怯えながら抱き合って立ちすくんでいた。

「うっ……うええええええええっ!!」

 木刀を放り出し、僕はその場で胃の中のモノを、全て吐きだした。

 この日。
 僕は、家族を守るために学んでいたハズの剣で、父さんと母さんを殺した。



「怖かったんです……死ぬのが……怖くて……」

 警察で涙を流しながら、僕は全ての事情を説明した。
 父さんと母さんが、新興宗教にハマって、家が傾くほどの多額の寄付をしていた事。
 その新興宗教の教祖様が、発狂し、首を吊った事によって、後追い自殺の一家無理心中をしようとしたのを、習っていた剣術で、父さんと母さんを殺して、沙紀と姉さんを守った事。 
 警察の人は、僕に同情してくれて、カウンセラーの人を寄こしてくれた。
 家庭裁判所でも、姉さんや沙紀の証言から正当防衛は立証され、僕は無罪になった。
 でも、僕の手には……父さんと母さんを、殺してしまった剣の感触は、しっかりと残ってしまった。



 父さんと母さんに連れられ、最初、その教会に連れて行かれた姉さんと僕と沙紀だったが……正直、僕は、その言葉を聞いても納得が出来なかった。
 確かに、そこの神父様が言ってた事は、立派だった。筋道も通り、間違った事は何一つ無い。
 でも……だからこそ『何かが間違ってる』。そこまで考えた時に、一つの結論に思い至った。

 ……ああ、要するに。
 『正しすぎて、胡散臭い』のだ。
 数学の数式のように、論理立てて説明されるからこそ、納得が行く人は納得してしまうのだろう。
 だがそれは、あたかも新聞やニュースやその他、情報媒体から切り抜かれた情報を、繋ぎ合せて綺麗に纏め上げたような。そんな『血が通わない言葉だけの理屈』なのだという印象を、僕は、その神父様の言葉から受け取った。

 だからこそ『変だよ』という違和感を口にした時、沙紀と姉さんは納得してくれたけど……結局、僕は父さんと母さんに、とても怒られたので、あえて僕は黙ってた。



 『正しい事ほど、疑ってかかれ。自分の頭で考えろ。まして、胡散臭い大人は、よく疑え』というのは、僕に剣を教えてくれた師匠の言葉だった。
 姉さんや妹と一緒に不良に絡まれてた所を助けてもらい(後で知ったのだが、酔ってムカついたので暴れただけだとか)、その場で弟子入りを志願したのだが……はっきり言って、あの人の行動は滅茶苦茶だった。
 『頭にヤのつく自由業』の人に喧嘩を売り、チンピラを叩きのめし、大酒をカッ喰らい、飲む、打つ、買うの三拍子。
 はっきり言って『悪い大人の典型例』と言うべき存在だった。
 ご立派な神父様とは対極の存在。
 始終、煙管を咥え、妖しい丸眼鏡をかけた、はっきり言って胡散臭いオッサンとしか言いようが無い、常時酔っ払いスメル全開の怪人物。

 だけど、その『剣』は本物だった。

 剣道の真似事をしていた僕だけど、そんなルール化されたスポーツではない。
 本物の実戦がどういうものか。それを生き延びるにはどう闘うべきか。
 師匠の教えは『剣』という一点にのみ、全くの嘘が無かった。否、最早、『剣術』という枠からも外れたモノだったと言っていい。
 何しろ、『鉄砲があれば鉄砲を使え』という、宮本武蔵の『五輪の書』を、地で行くような剣術だったのだ。
 柔術、喧嘩術、投擲術。その他諸々エトセトラ……今思えば、小学四年生から中学一年までの間、本当に、よく辞めなかったもんだと思っている。というか、僕が剣術を辞めない事に、師匠のほうが気を良くして、だんだんエスカレートしていったんじゃなかろうか?

『お前に剣を教えるだけで、美味い酒が飲めるからな。優秀な馬鹿弟子が貢いでくれる酒ほど、美味いモンは無いわい、かっかっか』

 などと笑いながら、師匠に剣を習いに行くたびに束収(月謝)として持っていった、一升瓶の日本酒を傾けながら、師匠は笑っていた。



 で。
 そんな風に、四年間、剣を習っていた師匠も、一ヶ月前に、ポックリと死んでしまった。
 ボロアパートの畳の上で、最初はいつも通り寝ているのかと思ったが、苦しんだ様子も無く、ストン、と……死んでいた。
 師匠は、全く身寄りのない人だったハズなのだが、姉さんや父さん母さんと相談をして『僕が喪主として葬式をする』と言った途端に、日本の各地から、色んな人が葬儀に参列してくれた。
 ……まあ、集まってくれた人の顔ぶれは、色々と推して知るべしなのだが。ボコボコにされた『頭にヤのつく自由業』の方々から、飲み屋のおっちゃん、ママさん、その他諸々が大部分だったが、中には、警察の偉い人だとか、剣術家だとか、政治家とその秘書だとか。刀鍛冶の刀匠という人まで居たし、現役の自衛官……しかも習志野のレンジャー部隊で隊長をやってるって人まで居たのだから、驚きだ。

『人間とタバコの価値は、煙になってみるまで分からない』

 師匠の言葉だったが、まさにそれを体現してるとしか言いようのない、参列者の顔ぶれだった。
 中には、剣術家の人に『御剣颯太、良い名前だね。西方さん最後の弟子、早熟の天才児の噂は聞いてるよ。どうだい、ウチの道場に来ないか』などと誘われたが……流石に、丁重にお断りした。

『……本当に、何者だったんですか、師匠って?』

 などと参列者の方々に問いかけても、周囲の人たちの評価もまた、メチャクチャだった。
 ある老剣士の人は『ワシが殺すべき終生のライバルだったんじゃ』などと泣きだし、ある人は『借金の貸主じゃい!』といきり立ち、ある人は『私と将来を誓った人だったの』だとか……もう評価がバラバラで『何者』という括りでは捕えようが無かった。
 ただ、一つ。
 はっきり分かったのは『デタラメに喧嘩と剣術が強くて、滅茶苦茶な行動を取り続けてた酔っ払いの人』という結論。
 ……結局、今まで通りで、何も分からずじまいで、とりあえず『ああはなるまい』という決意だけは、変わらなかった。



 さて。
 そんな僕たち兄妹だったが、最初にまず、変な借金取りがやってきた。
 法外な金額で、見滝原に住み続けるなんて、まず不可能で、家と土地を売るしかない。
 そもそも、こっちに来たのだって、父さんの仕事の都合だし、僕たち三人兄妹に見滝原に住み続ける理由なんて、ドコにも無かった。
 だが……父さんの親戚の荒川の伯父さんも、柴又のおばさんも。母さんのほうの、江戸川のオバチャンや、御徒町の親戚も、僕たち兄妹の受け入れには、渋い顔をしていた。

 ……無理も無い。

 父さんや母さんの説得のために、伯父さんや叔母さんたちが、わざわざ東京から見滝原まで来て、どれだけ万言を費やしても、父さんと母さんは意見を変えなかった。
 その挙句の果てに無理心中をして、姉さんと、僕と、沙紀の面倒を見せられるなんて……虫がよすぎるにも程がある話しだ。

 さらに、悪い事が重なる。

 沙紀の奴が、心臓病で倒れたのだ。
 手術には漠大な費用がかかり、どんなに治療しても後遺症は残るだろう、という事だ。
 そして……

『お金が……お金がありさえすれば、いいんですね!?』

 お医者さんの説明に、冴子姉さんが、真剣な顔をしてうなずいていた。



『アオい羽根の共同募金にお願いします~』

 道端で募金箱を抱える、裕福そうな子供たちの姿に、僕は殺意を抱いていた。
 ……その呑気な顔で抱えてる箱の中を奪って、借金の返済に充てるべきではないか? ボランティアだの何だのの下らない自己満足なんかより、本気で苦しんでる僕たち兄妹こそが、その施しを受けるべきなんじゃないのか?
 師匠から習ったのは、剣術だけではなく、体術も含まれる。素手でも、今、この場でこいつら全員を血の海に沈め、募金箱を奪って逃走する事は、ワケの無い話しだった。
 だが……

『おめーなぁ? 自分がどんな金持ちだろうが、不幸な身の上だろうが、それを理由に『他人を不幸にしていい権利』があると思うなよ? そーいう事すっとな、まず最初に自分自身がドンドン不幸になって行くんだぜ? 俺みてーに』

 酔っ払いながらの師匠の言葉が、耳の中を駆け巡り、僕はそれを思い止まる。
 ……思えば、方便とはいえ、師匠が言ってる事そのものは、間違っちゃいない事が、多かった……気がする……たぶん。行動はデタラメだったけど。

「っ……うあああああああああああああああっ!!」

 ヤケクソになり、僕は壁に拳を叩きつける。
 誰かを不幸になんてしたくない! でも、誰かを不幸にしないと生きて行けない!
 世界はとことん不条理だ。都合のよい奇跡も、魔法も、この世にありはしない。
 そして、僕たちのような一家は、世間にはどこにでもある話なのだ。そんな事をしたって、僕は犯罪者になるだけで、誰も同情なんかはしてくれない。

 きっと、僕も、沙紀も、姉さんも。バラバラになって暮らす事になるだろう。
 『兄妹三人一緒に』なんて経済的余裕のある家なんて、そもそもウチの親戚には誰ひとりとしていない(そもそも、ウチの一族は、みんなそんな裕福ではない)。
 まして、沙紀のような重度の病気を抱えた子供の面倒を見れる家など……あるわけがない!

「……どうすりゃ、いいんだよ!」

 膝を突いて、涙を流していると……気付くと、女の人が立っていた。

「どうした、少年。そんな所でピーピー泣いて」

 スーツをばりっと着こなした、キャリアウーマン風の女の人が、僕より年下の女の子を連れて立っていた。

「……襲おうと、思っちゃったんです。あいつらを。でも、出来なくって」

 募金箱を抱えて、呑気に募金を呼び掛ける彼らを見ながら、僕は彼女に説明した。

「穏やかじゃ無いな。何があった?」

 思わず。僕は、その女の人に、事情を話した。……師匠の言葉で思い止まった事まで。

「そうか……立派だぞ、少年。あんたの師匠は、立派な人だったんだな」
「立派な人じゃないですよ。本当に……酔っ払いです。ただの」
「何を言う、少年! 例え酔っ払いのタワゴトでも、今、君を止めたのは、間違いなくその師匠の言葉だ!
 その自殺した偉そうなナントカっていう神父様よりも、君にふさわしいのは、その師匠だったんじゃないのか?」
「っ!!」
「いいか、少年。『誰かを導く』っていうのは、物凄く責任が伴うんだ。
 そんでね、そのお師匠様は、少なくとも、どんな窮地に追い込まれても、無意味に他人を傷つけない『君』という立派な弟子を育てたんだ。
 だったら、師匠に恥じない生き方を、してみろ! 師匠の言葉を『酔っ払いのタワゴト』にするか、それとも『道を示す教え』にするかは、君の行動次第だ!」

 力強い女の人の言葉に、僕は涙を流しながら、恥じ入る。
 ……そうか。僕は……ただ、師匠に剣を教えてもらってたんじゃないんだな。
 と、その女の人は懐の財布から、一万円札を取り出して、僕に押し付けた。

「っ……あっ、あの……」
「それで、美味しいモンでも兄妹三人で食べて、落ち着いてよーっく考え直しな。君なら出来るハズだ!
 ……いくよ、まどか」
「うん、ママ。ばいばい、おにいちゃん」
「あっ……あっ……バイ、バイ……」

 膝を突いて涙を流しながら。
 僕はその人のくれた一万円札を両手で握りしめて、祈るように膝を突き、涙を流し続けた。



「よし!!」

 僕は、その足で家に帰った。
 そうだ。ピーピー泣いていても、現実は変わらない。だったら、現実を変えるように行動するまでだ。
 差し当たって、親戚を訪ね歩き、沙紀の面倒を見てくれる家を探そう。僕は、住み込みでアルバイト出来る場所を探すべきだろう。それならば、見滝原でも東京でも、どこでも構わない。そして、最後に姉さんの事を、別の親戚に頼むべきだ。
 そう考えていたが……

「!?」

 なんだろうか? 家が……何かおかしい。
 見滝原が開発される前からあった、二階建ての古くて狭いオンボロ中古の一軒家(というか、元は倉庫)である我が家の一階部分が、おもいっきり膨らんでいるよう……な?

「ただい……うわあああああああああああああああああっ!!」

 玄関を開けた瞬間、何かが雪崩てきて、僕はそれに巻き込まれた。
 それが……一万円札の束だと知った時は、本気で呆然となったし、それが家の奥まで続いてる状態なのを知って、本気で何かこう……狂った冗談を見ている気分になった。

 ……まさか? まさか? もしかして、『僕の家がお金に占領されちゃっている』のか!?

 今にもテレビ局が『どっきりカメラ』なんてカンバンを出して、やってきそうだが……今日び、テレビ局だって、こんな我が家みたいな不幸のどん底を、物笑いの種にしようとは思わないだろう。
 何しろ、ありふれ過ぎて、視聴者からクレームがつく事、間違いなしなのだから。……新聞もテレビも、彼らはいつだって風見鶏のイイカゲンな事しか言わないのは、よーく分かってるし(そもそも、ニュース番組に『スポンサー(出資者)』とかって言ってる時点で、スポンサーに不利な情報を、流すわけがない)。

 と……

「たーすーけーてー、はーやーたー」
「ちょっ……姉さん! 何!? 何なんだよ、これーっ!?」

 『お金は大切に』などと教わってきたが、最早、細かい事を言ってる状態ではない。
 福沢諭吉の海を泳ぎながら、何とかかんとか居間だった場所に辿り着くと、札束に埋もれた姉さんが、逆さまになってジダジダとあがいていた。……スカートが開きっぱなしのパンツ丸出しで。

「って……何なんだよ、その格好!!」

 どうにかこうにか。
 家の外まで引っ張り出した姉さんの姿は……その、スカイブルーを基調とした、ヒラヒラのついたチアリーダーのような『魔法少女』としか言いようのない姿だった。

「えへへ、ビックリした?」
「ビックリした、じゃないよ!? 本当に何なんだよ、これ!?」
「いや、その……一千億は、流石に多すぎたかなー、って。一兆円って頼んだんだけど、大体一千億くらいしか、私個人の『因果の量』が足りなかったみたい」
「『因果』? 何言ってるのさ、姉さん!? ワケが分からないよ!!」

 とりあえず、夜中だった事が幸いして、我が家の玄関の前の札束雪崩を目撃される事は無かったが、それでも放置していい問題ではない。

「とっ、とりあえず、二階は大丈夫なの?」
「うっ、うん! そこまではいってない! ソウルジェムに収納し切れなくて、溢れた分だから」
「そうる? まあいいよ、とりあえず、この玄関閉じて、溢れた札束を袋にでも入れて、二階に担ぎこもう!!」

 そう言って、僕は倉庫から、清掃に使うビニール袋を持ってきて、札束をソコに放り込みはじめる。パンパンになった袋は、結局雪崩た分だけでも、十個くらい出来た。
 ……本当に、何かが狂ってる気がしてきたが、細かい事を気にしてはいられない。

「梯子、取って来るね」
「ううん、大丈夫……お姉ちゃんに任せて! とう!!」
「!!?」

 一万円札の札束の入ったビニール袋を担いで、サンタクロースよろしくジャンプで二階のベランダまで飛ぶ姉さん。
 ……な、なにがあったんだ!? 姉さん、本当に!?

 が……

「あ、あれ、ちょっ、袋、袋が破ける!! たーすーけーてー、はーやーたー!」
「わああああ、抑えて! 下を抑えて姉さん! 今あがる!」

 結局。
 どうにかこうにか、お札を撒き散らさずに、玄関の雪崩た札束を、朝までに二階に回収できたのは、本当に幸運だったと思った。



「……つまり? キュゥべえと契約して、魔法少女になった、と?」
「うん、そう! そんでね、悪い魔女を懲らしめるの!」

 家の二階。僕の部屋で、姉さんの話を聞いていると、どうも胡散臭い。
 宇宙がどうだとか、エントロピーがどうだとか。だが、つまるところ……

「姉さん、それってさ、傭兵契約じゃないのか?」

 どうも、僕にはアフガンだの何だのの物騒な紛争地帯で活躍する、傭兵……今では企業化してPMC(民間軍事会社)だとかって呼称になってるが、そういったモノにしか思えなかった。

「ま、まあ……そうとも言えるような言えないような」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 何で姉さんがそんな事をしなきゃ行けないのさ!
 っていうか、僕に指摘されて、今、気付いただろ!?」
「だっ、大丈夫よ、多分! だって、私、『魔法少女』なんだから! さっきも見たでしょ?」
「やめてよ、姉さん! だからって、こんな大金、必要無いよ!」

 少なくとも。玄関で雪崩を起こして二階に回収した分だけで、借金返して、沙紀の治療費賄えてしまうだろう。
 それほどの大金である。

「あのね、願い事は一回だけ、って決まってるみたいなの? だから、思いっきりふっかけちゃったんだけど……一兆円は無理だったみたいなのね。ぎりぎり一千億だ、って……キュゥべえが言ってた」
「そんな、命に値段つけるような事をしなくたって、いいじゃないか!」
「だって、勿体ないじゃない? 一回しか頼めないんだったら、借金返しただけなんて物凄くもったいなくて。
 それに、他に方法なんて、私思いつかなくって……」
「……だからって、アレは無いと思うよ……」

 階段の下。完全に福沢諭吉で埋まった一階部分を前に、僕は頭を抱えていた。
 もう、何というか……はっきり言って、一億や二億どころではない狂った桁の福沢諭吉の札束の量に、見てて気持ちが悪くなっていた。
 ……さっきの女の人がくれた一万円札で涙した事が、馬鹿みたいに思えてくる。ホント、何なんだろうか?
 奇跡も魔法も存在するのは理解したが、目の前に展開する光景が、気持ち悪過ぎて不気味ですらある。

 と……

「ううん、実はね……ソウルジェムに『入り切らなかった』分が、アレなの……」
「……は?」
「これのあと数倍くらいかな? ソウルジェムの中に『お金』あったりするんだよね。一千億の札束って具体的にどんなだか、考えてもいなかったわ」

 その言葉に、僕は本気で目をまわして、その場に倒れ込んだ。



「んっ……うん、分かったよ。とりあえず姉さん。その……下のお札は、『四次元ポケット』に入り切らないんだね?」
「うん、そうなの。もういっぱいいっぱいになっちゃって。だから、どうしよう、颯太?」
「どうしよう、っつってもなぁ……」

 真剣に考え込む。
 とりあえず……

「借金取りの人たちには、こっちから出向いてお金返そう? んで、沙紀の病院の費用を、持ってこうよ」
「そ、そうね。そうしましょう。でも……お金に占領されちゃったのって、どうすればいいのかな?」
「……とりあえず、父さんや母さんの遺産、って事にすれば、いいんじゃ……いや、ダメだ!!」
「え?」
「親戚だよ。
 遺産って、確か継ぐときにオープンにしなきゃいけないから、親戚中が群がって来ちゃうよ!」
「……こんだけあるんだし、ちょっとくらい、あげちゃえば」
「ダメだよ! あいつら、毟るだけ毟っても、満足しないよ!」

 何だかんだと。
 貧乏な一家に暮らしてきたので、親戚づきあいの大切さはよく分かるのだが。
 それだけに、彼らが金銭にからんだ時の薄情さと獰猛さも、とてもよく身にしみて分かってるのだ。
 父さんがサラリーマンをやってた我が家は、これでも『比較的』裕福なほうだったので、盆暮れ正月のたびに、親戚の無心をかわすのに苦労してたのである。

「坂本のおじさん、確かパチンコ狂いだし。三角のおじさんは、何か工場が借金だとかって話、聞いてる。
 ハゲタカみたいに探られて『もっとないかもっとないか』ってされるのがオチだよ!」
「どっ、どっ、どっ……どうしよう、颯太」
「こんな大金……銀行に預けても、不審がられるだけだよなぁ。それに、確か、銀行預金って一千万までしか、預金って保障してくれなかったハズ」
「えっ、そうなの!?」
「うん。昔はともかく、今はそうなっているらしい。
 それに、銀行って確か、税務署の目が光ってるから確実にバレちゃうよ、こんなの」
「……落としものって事で、届け出るとか……」
「竹藪に三億円とかって桁じゃないよ、これ……ソウルジェムから溢れた分だけでも、どう見ても百億以上はあるんじゃないのか!?
 そんな事したら大騒ぎだし、そもそもそれじゃ遺産相続の時と一緒で、親戚がタカりに来る事間違いなしだ」

 頭を抱えて悩む。

「……いっそ、燃やしちゃうのも手かなぁ?」
「颯太、流石にそれは勿体なさ過ぎるよ」
「うん、そうだよねぇ……でも、本当にどうしよう?」

 だんだんと、名案に思えてきてしまったが……流石に、姉さんが命と引き換えに得た金を、燃やすなんて事は、出来なかった。

「……とりあえず、庭に穴掘ってタンス預金でもするとか。
 んで、どうしても余っちゃった分は、児童養護施設にでも匿名で寄付するくらいかなぁ?」
「庭ねぇ……でも」

 目の前にある、猫の額みたいな小さな庭。
 どう考えても、百億以上の現金が収まり切るようには見えない。
 ふと……

「……いっそ、買っちゃおうか?」
「買っちゃう、って?」
「新しい家。
 現金が隠せそうな……そうだ、地下に金庫みたいなデカい倉庫を作っちゃおう。隠し金庫みたいな感じで!
 魔法少女の秘密基地っぽいの!」
「おお、ハヤたん名案っ! それで行きましょう!」



 で……
 沙紀の入院費用と、借金を全て返済し終えた僕と姉さんは、建築メーカーと不動産屋めぐりをする事になった。
 で、『こんな風な家を建てたいんです』と、色んな建築メーカーの人たちに聞いて回った結果、特殊な建築に携わる準ゼネコンの業者様を紹介された。
 彼らに、僕らが概略を説明すると、彼ら技術者が目を白黒させて問いかけてきた。

「君たち、予算が……」
「ここにあります!」

 どん、と。スーツケース一杯の札束を前に、ゼネコンのおっちゃんたちの目が変わった。

「要するに……本当に『秘密基地』が作りたいだけなんだね?」
「はい! これは手付金です。予算は幾らくらいになりますか?」
「……どういう風に作るかにも、よるなぁ」
「と、いうと?」
「つまり、一切を極秘のまま進めたいのなら、おおよそ機密保持含めて五十億はかかるけど、建物そのものを作るだけなら」
『極秘でお願いします!』

 問答無用の選択に、ゼネコンのおっちゃんが、再度、目を白黒させていた。

「……つまり、君たちはその、我々に『秘密基地ごっこ』に付き合えっていうのかい?」
「ごっこじゃありません、真剣(マジ)です!!」

 僕は真剣に、彼らの目を見る。
 そして……

「っ……ぷっ……くっくっくっくっく、はっはっはっはっは! 秘密基地か。そうかそうか!
 いよぉし、オジサンたちが手伝ってやる! 久しぶりにガキの頃、ダンボールで作った秘密基地を思い出させてもらったよ!
 ただし、前金だ。オジサンたちも生活がかかってる。文句は無いな?」
『ありません!』
「いい覚悟だ、坊主共! ここまで大人を本気にさせるガキなんて、バブルの頃以来、久方ぶりだっ!!
 おい、設計屋どもを集めろ! この気前のいいクライアント様の素案を、現実的に練り直すぞ!!」
「……あと、すいません、このお金の出所は」
「分かってる! そのへんもオジサンたちに任せな……ゼネコンの建築屋を舐めんなよ?」

 獰猛に笑うオジサンたちの、師匠に通じる『悪い大人の笑顔』に頼もしさを感じながら。
 僕と姉さんは、新たな新居が手に入った事を、素直に喜んでいた。



「ここが……僕たちの家、かぁ」

 上辺だけは、一見、何でも無い、普通の広めの一軒家。
 だが、地下には巨大な隠し金庫。しかも二重になっており、上の金庫が発見されたとしても、下の金庫のカムフラージュになるという、徹底っぷりである。
 さらに、家に敵がやってきた時の戦闘を想定して、家の中の構造その他も、巧みに居住者有利になるようになっている。
 ガラスも防弾だったり、防災設備も整ってたり……至れり尽くせりだ。

「本当に出来ちゃうんだなぁ、『魔法少女の秘密基地』って……」
「お金って偉大だよねぇ……」

 結局、あと十億ほど追加で取られちゃったけど、ここで安全が買えるなら、安いもんだった。
 ……何か金銭感覚が、完全に僕と姉さんの中で、修正不可能な程に狂ってしまった気がするが、とりあえず気のせいという事にしておいて。

「とりあえず、家具とか入れようよ。元の家にあったのとかさ。リヤカーでも借りて」
「そうね。颯太と二人で頑張れば、何とかなるでしょ」

 と……

 ピンポーン。

『すいません。国税局の者ですが……』
『!!!!!!!』

 顔面蒼白で、僕と姉さんは顔を見合わせた。
 ……全然大丈夫じゃないじゃないか、ゼネコンのおっちゃーん!!



 結局。
 たまたま落ちて拾った大金を使って、借金を返済して云々の話しを、何とか口裏をあわせて話したものの(ついでに、『名目上』の保護者の親戚には話さないでください、確実に巻き上げられて、使いこまれると懇願し)。
 やっぱり不審の目はガッツリと向けられてしまい……

「……君たち。とりあえず、未成年で事情が事情だし、任意同行にも応じてくれたから今回は見逃すけどね。本来、国税はそんなに甘く無いよ。
 こんな大金の出所は、警察もきっちり調べるから、結果が出たら、また任意で同行してもらう事になる。いいね? あと君たちの前の家にあったお金は、警察で拾得物として扱わせて貰うよ」
『……はい』

 ガッツリと税務署で絞りあげられた後、僕と姉さんは解放される事になった。(……後に、これも本気で温情判決だったと知る事になるが、それは別の話。本当に国税は甘くありませんでした)。

「……ど、どうしよう、颯太」
「お、落ち着こう。税金の申告とか、システム回りをちゃんと憶えるんだ。必ず不備や穴があるハズだから。
 それと、資金洗浄の手段も憶えないと!」
「し、資金洗浄って?」
「聞いた事があるんだ。
 ヤクザとかそういった、アンダーグラウンドの人たちが、麻薬とか武器とかで得た表沙汰に出来ないお金を、『表』に出すための方法があるって」
「はっ、颯太!?」

 ヤバげな表情の姉さんに、僕も引きつった顔で答える。

「とりあえず、姉さんのお金は、まず表沙汰に出来ないんだから、そういう手段を憶えないと! あと、税金対策!」
「……でっ、出来るの!?」
「やるしかないだろう!? 借金返して治療費払うくらいならともかく、これじゃお金使うだけで犯罪者だよ!
 『魔法少女の最初の敵は、魔女でも何でもなくて税務署でした』なんて……前代未聞だよ、こんなの」

 本気の涙目になりながら。
 僕は、必死になって、家族のためにどうするべきか、どうやればいいのか、頭を巡らせていた。



「…………………颯太、大丈夫?」
「うん、頭ぷしゅーって感じ」

 必至になって、ネットで情報を集めながら検索し、師匠の葬式に出てた『頭にヤのつく自由業』の方々にも連絡を取り、何とかかんとか、資金洗浄の手法をマスターしたものの。
 より一層、税務署からの監視の目はキッツくなってしまった。
 そのため、大金をかけた家に住みながらも、僕ら姉弟の生活は、以前と変わらない質素なモノに戻っていた。
 ……もともと、周囲の家から浮く事を嫌い、外側は一般向けの家になっているので問題は無い。お金は金庫の中の隠し金庫をメインに、姉さんのソウルジェムの中にも分散保管して、万が一、調査とかされた場合にも備えてある。

 ……『魔法少女の秘密基地』というより、『海賊の財宝隠し』状態になってきてしまったのは、気のせいだろうか? やましい部分は一切ないが、説明不可能なお金(しかも桁が狂った大金)って時点で、もう不信感バリバリである。

「……昔、○サの女、って映画、あったよね……」
「いっそ、魔法少女の私を本尊に、宗教でもやってみましょうか? ……いろいろ嫌だけど」
「あー、それねー、やめといたほうがいい。
 宗教団体は運営に税金はかからないけど、そこで働く人に払う給料には、しっかり税金かかるから」

 いの一番に調べたのだが。
 どうも、日本の寺社仏閣の神主なり、お坊さんなりも、ちゃーんと個人で税金を払っているようなのである。
 お寺(神社)=会社。お坊さん(神主)=社員と考えると、わかりやすい。お寺(会社)に税金はかからないが、そのお坊さん(社員)には、税金がかかるのだ。
 さらに調べてみると、大概のお寺は個人の持ち物ではなく『宗派』の持ち物であり、決して個人の所有物ではない。先祖代々、その寺で暮らしてる一族と言えど、子供なり家族なりが寺を継ぐ気が無いのなら、出て行かねばならないそうな。
 よく、『ベンツ乗りまわしてるお坊さん』なんて話があるが、殆どは貧乏で宗教だけでは食べて行けず副業を持ち、そーいう人はほんのごく一握りだとか。(なんとなく、漫画家や小説家や声優とかみたいだなー、とか思ってしまったのは、僕だけだろうか?)
 これを調べれば調べるほど……佐倉神父の手際と手管の良さが、よーっくわかってきてしまう。破門を喰らってなお、説法だけで人を集めたその技量は、宗教家としては確かに成功した部類なのだろう。

「確かに、説得力『は』あったもんなー。なのに、何で狂って自殺しちゃったんだろ?」
「さあ、知らないわよ……」

 そう。説得力はあっても、僕ら姉弟が納得できなかっただけで。実際、佐倉神父のペテンの『実力』は、大したもんだった。
 ……そりゃ、父さんや母さんは丸めこまれるか。
 通販番組のダイエットサプリだとか。何やかんやに手を出し、インチキ臭い政治家の寝言に耳を傾けちゃう。一度、乗馬マシンが欲しいと言いだしたので、僕は即座に『あれって、沙紀が公園で跨って喜んでるバネのお馬さんと何が違うの?』とツッコミをかけて、ようやっと正気を取り戻したくらいだ。
 こう、何というか。偉そうな空気だとか正しそうな雰囲気に、物凄く弱かったのだ。ウチの両親は。

 だからこそ、僕がしっかりしなくては行けない思っていたのだが……まあ、結果はあの体たらくである。
 そして、姉さんが魔法少女なんて傭兵契約を結んで、狂った大金を手にしたために。今度は、僕が姉さんのフォローをしなくてはいけなくなってしまった。
 ……どうしてこうなった!?

「颯太……どうしたの?」
「ううん、何でも無い。資金管理は任せて、姉さん!」

 そうだ。僕が今生きて、姉さんと共に暮らせているのは、姉さんのお陰なんだ。
 だからこそ、こんな苦労なんて苦労のうちに入るもんか。だから……

「じゃ、今晩わたしが料理を……」
「僕が作るからっ!!」

 決死の形相で『死にいたる料理』を回避するべく、僕は知恵熱が浮いた頭で、キッチンに突進して行った。



「……姉さん?」

 夜遅く。
 帰ってこない姉さんを心配して、外に出る。
 本当は護身用に木刀でも持ってくるべきだったが、あれ以来、トラウマになって剣が握れなくなってしまったのだ。
 ……まあ、徒手空拳でも、何とかなるだろう。多分。

「姉さーん、姉さーん、どこー!?」

 大声をあげながら、家の周囲を探し回る。
 ……たった三人、残った家族。絶対に失いたくない。
 しかも、魔法少女なんて傭兵と一緒の、危険な仕事じゃないか!
 どんだけお金があって、あったかい布団で寝れるようになったって、姉さんが帰ってこない生活なんて、何の意味も無い!

「姉さー……ん?」

 ふと……自分の周囲の『世界』が、変わって行くのが理解できた。

「なっ、なんだよこれ……」

 世界、というより、空間。全てが異形へと変わって行く。
 ……そんな中……

「やぁっ、とぉっ、よいしょーっ!!」
「……………姉さん?」

 そこに居た姉さんは、過剰装飾された金属バットを手に、檻のようなモノをひっぱたいていた。
 ……正確には、檻を透過してバットが振るわれてるので、『檻の中の生き物』と言うべきか?

「なっ、何やってんの!?」
「えっ、颯太!? どうしてこんな所に!?」
「姉さんがいつまでも帰ってこないから心配したんだよ! それに、これは『何』!?」
「何って……魔女退治」
「魔女……これが、魔女?」

 どう見ても、檻の中の生き物は『怪物』です。本当にありがとうございました。
 ……じゃなくって!

「って、いつまで叩き続けてるのさ!?」
「えっと、夕方から……ずっと」
「……つまり、何? 延々と半日叩き続けてた、の!?」
「う、うん。実は、お姉ちゃん、そんな攻撃能力は高く無いんだ。
 『檻』の中に一度捕まえちゃえば、どんな魔女も使い魔まで反撃できなくなっちゃうんだけど、倒すのに手間取っちゃって」

 姉さんの話を聞くと。
 どうも、姉さんの能力は『癒しの力』と『魔女の捕獲』に特化し過ぎていて、攻撃能力が絶無に等しいようなのだ。
 だから、捕まえた『魔女』は、魔力を付与した金属バットをぶんぶんと振りまわして、叩きつけるしかないらしい。

「つまり、このバットを使えば、僕でも倒せるわけだね? ……貸して」
「えっ、ちょっ、颯太!」
「いいから、貸して!」

 そう言って、僕は金属バットを正眼に構え……反射的に、その場で膝を突いて、ゲロを吐いた。

「颯太!」
「っ……うえええっ!! 大丈夫! 大丈夫だ、姉さん!!」

 そうだ。ゲロなんて吐いてる場合じゃない! 何のために僕は、あの酔っ払いの師匠から剣を学んだんだ!

「僕は……僕は、沙紀と姉さんを守るんだあああああっ!!」

 気合いと共に振り下ろした金属バットが、魔女を一撃で四散させた。

「……すごい。颯太、今、なにやったの!?」
「何、って……師匠に教わった通り、正しく『剣』を振り下ろしただけだよ」

 剣術の基本動作。
 振り上げ、振り下ろす、面打ち。
 正しく力を込め、正しく振り下ろす。ただそれだけの事。

「あれだけ叩きつけても堪えなかったのに、颯太の一発で何で……」
「……さあ? 僕が剣士だからじゃないの?
 それより、姉さん。姉さん、『魔法少女』なんだよね!?」
「え、うん、そうよ」
「だったら、僕も闘う! 魔法少女……いや、魔法少年! そう、僕を姉さんの魔法少年にしてよ!」
「えっ、えっ……えええええ!?」

 目を白黒させる姉さんの手をしっかりと握ったまま。
 僕は姉さんに真剣な目で迫っていた。



「っ! くそっ、また折れた!!」

 『魔力付与』で、僕が姉さんの魔法少年となって、一か月が経っていた。
 とりあえず、武器として日本刀が欲しいと思って、美術商やら何やらをめぐったのだが、どうも買う日本刀が、あっさりと折れてしまうのだ。正宗だとか、菊一文字だとか……鑑定書つきの日本刀は、実戦ではモノの役に立たなかった。
 ……こんな調子で使い捨てで刀を買い続けたんじゃ、また税務署が来ちゃう。

「使い方が悪いのかなぁ……いや、でも師匠言ってたっけ。日本刀で『斬れる』人間の数は、限りがある、って。
 あとは撲殺にしかならないとか……」

 新撰組をイメージした『魔法少年』の衣装で、僕は溜息をつきながら、刀をおさめる。
 ……よく斬れる刀って、何なんだろう……
 そういえば、TVで某仮面ライダーの人が『リアル斬鉄剣』なるモノを振りまわしていた。……流石にアレは、特注の品物だって言ってたけど、他に手は無いのだろうか?

「あっ、そういえば!」

 師匠の葬式に、刀鍛冶の人が居たっけ。
 あの人に、聞いてみよう!



「ん? そりゃあ折れるよ。日本刀ってのは、TVやアニメなんかじゃカッコよく描かれるけど、本当は繊細な武器なんだ」

 とりあえず、魔女の事を伏せて『怪獣退治に日本刀を使ったら?』という質問を、刀鍛冶の人に聞いてみた返事が、それだった。

「あとねぇ、日本刀ってのは、今じゃ『美術品』なんだ。どちらかというと造形美が優先されるから、実戦刀なんて殆ど残って無い。
 今、残っているのは……虎徹くらいじゃないかなぁ?」
「えっ、虎徹ですか? こう、今宵の虎徹は、血に飢えているとか何とかの」
「あっはっは、司馬遼太郎だね。
 近藤勇が振りまわしてた刀は偽物だったらしいけど、『虎徹』を作った人は実戦用の刀を多く作った事で有名なんだよ。ただし、偽物も多く出回ってるから、真贋の鑑定は困難を極めるんだけどね。『虎徹を見たら、偽物と思え』ってくらいで」
「……そうですか」

 溜息をつき、頭を下げる。
 ……だめだ、僕には日本刀の真贋なんて、使ってみなきゃ分かるもんじゃない。
 ……と、

「怪獣退治用の、実戦刀、か。君は、宇宙人と喧嘩でもするつもりなのかい?」
「怪獣かどうかはともかく、その……『実戦向けの一振り』が欲しい、って思う事があったのは、事実です」
「そうか……西方さんの弟子だもんな、君は。だったら、ちょっと待っていてくれ」

 そう言うと、刀鍛冶の人は、奥に引っ込むと……何やら、白鞘を手に、戻ってきた。

「抜いてみたまえ」
「……はい」

 そう言って、作法通り布を咥えて、抜いた刀は……その、何というか。限りなく無骨な『刃物』であった。
 間違っても日本刀とは呼べない、繊細さも何も無い工業機械のような刃。

「なっ、何なんですか、これ?」
「それは君の師匠が、ウチに内緒で注文した刀なんだよ。
 颯太君、普通、日本刀はどう作るかって知ってるかい?」
「えっ!? それは……こう、刀用の玉鋼の鉄片を組んで、固い鉄と柔らかい鉄を混ぜて繰り返し叩いて……」

 一般的な日本刀の製造イメージを語る。
 詳しく知っているわけじゃないが、仮にも刀剣を扱う剣士ならば、一般的な知識の範疇である。

「そう、それが一般的な、日本刀の概念だ。
 無論、ボクも刀鍛冶としては、その技術を否定するモンじゃないんだけどね……それは本来『素材として劣る鉄を、組み合わせる事によって』良い刀にするための方法なんだ」
「っ!?」

 一般的な日本刀の製造概念を、根底からひっくり返す言葉に、僕は仰天した。

「つまり、最初から『日本刀として最高の素材の鉄』を使えば、そんな細かい技術は必要ない。むしろ邪魔ですらあるんだ。
 『和鋼、折返し鍛錬、心鉄構造』……君の師匠は『技に拘らない』刀鍛冶が居ないって、嘆いていてね。それで、ボクの所に来て、こう言ったんだ。
 『本物の虎徹』を作ってくれ、って……」
「師匠が……」
「そもそも、君たちが一般的に認識してる『日本刀の作り方』というのは、ボクから言わせれば、実は長い日本刀の歴史の中で、ほんの一手法に過ぎないんだよ。現実に良鉄だけを使った一枚鍛えの名刀も存在してるしね。
 ……まあ、やむを得ない事情もあるんだけどね。日本は法治国家だから『武器を作る』事には、大幅に制限がかかる。だから、先人たちは日本刀を『美術品』として後世に残そうとしたわけで、だから、君が思うような一般的に広まった繊細な技術だけが、もてはやされるようになっちゃったんだ。
 だから、その過程で『本当の実戦刀』を作る人たちは、途絶えていってしまった……帝国陸軍ならともかく、今の自衛隊だって儀仗用の刀は刃の無い模造品だし、実戦を闘う部隊で日本刀を扱う理由は絶無と言っていいからね」
「そんな歴史があったんですか」

 納得である。
 そりゃあ、人殺ししか使い道のない刀なんて、今の日本じゃ作る意味が無い。
 むしろ危険ですらある。

「君は、西方さんの弟子だったね。だったら、こういう刀を欲しがるようになるのも、無理は無いよ」
「っ……僕は、その……」
「分かってる。家族を守るために、両親を、殺した君だしね」

 っ!!

「君は、憶えてないかい? 君の葬儀にも顔を出したじゃないか」
「……すいません。あの時はもう……頭が真っ白で」
「分かってるよ。君が、それをどれほど後悔しているのか。
 それを理由に、剣を捨てた君が、再び剣を……しかも実戦刀を握ろうというんだ。ハンパな覚悟じゃないんだろう?
 そして、そんな君だからこそ、西方さんが頼んだ、この刀を受け取る権利は、あると思う。
 西方さんの言葉、憶えているかい? 『我が剣の道は?』」
「……我が剣の道は、天道の恐るべきを知らざれば、凡そ、『鬼の道』に近し。
 故に無道が為に振るわず。己が心・技・体、ことごとく道具であること、戒心あるべし」
「よく、言えました。
 その言葉の意味を、よく理解できる君だからこそ、この刀を受け取る権利は、あると思う」

 にっこりと笑う、刀鍛冶の人に、僕は本気で頭を下げた。

「……ありがたく、頂戴します」
「ああ、それと。
 それは、日本刀といっても、実は法令違反の代物だ。なるたけ見つからないようにな。
 ……そうだな、戦争中の祖父の遺品だ、とでも言っておけば、警察も取りあげられるだけで、深くは追求するまいよ。
 あと、折れたり取り上げられたりした時は、言ってくれ。代わりを作ってあげよう」
「っ……肝に、銘じておきます。おいくらですか?」
「安心したまえ。素材は幾らでもあるんだし、ボクも技術的興味で作ってるモノだから共犯だし、タダでいいよ」
「……へ、いいんですか?」

 話を聞くと、何かこう……オリハルコンのような貴重な鉄を使ってるんじゃないか、と思ったのだが。

「その刀の名前は、『兗州(えんしゅう)虎徹』。素材は廃材自動車の、リーフスプリングだ」
「じ、自動車部品!?」
「トン単位の車体を、何千キロ何万キロも走りながら支える『鉄』だよ? しかも、折れず、曲がらず! 日本刀の性能が要求する『鉄』としては、実は最高級クラスなんだ。
 僕はそれを、素延べの一枚鍛えで叩きあげたに過ぎないしね。もっとも……そのぶん『焼き』の入れ方は、なまじな日本刀よりも難しいんだ。本当、『素材を活かす』ってのは、難しいよ」
「……はぁ」

 もう一度、抜いてみる。
 気品とは無縁の、刃紋すら無く、インチキ臭く、安っぽくギラギラ光る刃物は、何と無く師匠を思い起こさせた。



 ……結論から言うと。
 外面は安っぽくても、この刀は『ホンモノ』だった。
 魔力を付与して、魔女を斬って、斬って、斬りまくっても、折れないし、曲がらないし、それでいて斬り続けられる。
 歯こぼれ一つ、しやしない。

「まさに、師匠だよなぁ……これ」
「どうしたの、颯太?」

 とりあえず、普段は姉さんのソウルジェムにしまっておいてもらいながら。
 僕は、この『兗州(えんしゅう)虎徹』を、魔女相手に、振るい続けていた。

 僕ら姉弟の闘い方も、ちゃんと確立されてきた。
 僕が囮になって最前線で闘い、その隙に姉さんが魔女を『檻』で捕獲。然る後に、僕がトドメを刺す。
 定石的だが、それだけにかなり効果的だった。
 最悪、姉さんの出番が無くても、並みの魔女なら、僕一人で何とか出来るようになっていったし。

「ん? なんでもない。『今宵の虎徹は、正義に餓えておるわ』なんちゃって♪」
「『兗州(えんしゅう)虎徹』だっけ? 凄い刀ね。それ」
「……刀のほうより、僕の腕前を褒めてほしいなー」

 むくれる僕を、姉さんが頭を撫でてくれる。

「はいはい、颯太には感謝してるわよ。ホント」
「ほんとにー?」
「そうじゃない。だって、小さいとはいえ縄張りを持てたのだって、颯太のお陰だもん」

 さて、魔法少女というのは、魔女を狩る事によって生じる義務のようなモノがある。
 魔女を倒して手に入るグリーフシードというモノを手に入れないと、魔法少女は魔法を使う事が出来なくなってしまうのだ。
 そのため、魔法少女たちは魔女を狩るための『狩り場』という縄張りを主張する。
 だが、姉さんの能力は『魔女を捕える』事に特化し過ぎていて、魔法少女を捕える事が出来ないのだ。

 そのため、魔法少女相手の戦闘のオハチは、全部僕に回って来る事になった。もっとも、ただの魔法少年である僕が、どれほど闘えるかなんて知れている。
 そのため、縄張りは、我が家を中心に、ごくささやかなモノに留まっており、正に『ご町内の魔法少女』状態である。
 だが……

「そういえば、佐倉……杏子だっけ? 僕たちより魔法少女やってる子」
「ああ、あの神父の娘さん?
 ……怖いよねぇ……万引きとか無断宿泊とか、使い魔見逃して、縄張りの人間殺させたりとか」
「うん、流石にね。
 僕としても、ああいう子には負けたくないけど……でも、今は無理だなぁ」

 そう、神父佐倉の娘さんの話しは、縄張りが近いので聞いてはいたのだが……はっきり言おう。今の僕や姉さんでは、勝ち目なんて無かった。
 第一、向こうの獲物は槍で、僕の武器は剣だ。
 剣道三倍段の法則は有名だが、実は槍に対抗するのには剣の三倍の実力が必要だという話も、聞いた事がある。
 もっと、もっと、僕が剣で修行を積んで……いや、剣に拘る必要はないのか。生き延びれば勝ちだと師匠も言ってたし。

「……罠とか、仕掛けておく必要があるね」
「え?」
「魔法少女だけが専門に引っかかるトラップ! 何とか、考えてみようよ!?
 そうだ、魔法少女がカッコつける電信柱の上とかの電線利用したりとかさ。地形と地理を利用して、なんとか工夫するんだ!」

 こうして、僕は必至になって、縄張りに罠を仕掛ける事になった。
 ……今思えば、これが『見滝原のサルガッソー伝説』の、始まりだった。



 やって来る魔法少女を片っ端から正体見せずに罠にかけて撃退し続けながら、魔女を狩りつつ、資金管理をして税務署の目を誤魔化し、日々の食事を用意しつつ、勉強をがんばる。……その過程で、罠に使う電気工学だの何だの『ちょっと奇妙な知識』を色々会得してしまったが、そのお陰で、学校の成績そのものがウナギ登りになり、このままならば私立の高校の推薦も貰えそうだ、という話まで出た。

 ……人間、追いつめられて必至になれば、何とかなっちゃうモンである。運が良かったとか、周りに助けられたってのはあるけど……やっぱり、努力と根性って大切だ。
 諦めたらそこで試合終了ですよね、安○先生!!

 そんな、奇妙に充実した日々を送りながら、僕は沙紀の病室に見舞いに来ていた。

「沙紀。大丈夫?」
「……あ、お兄ちゃん?」

 病室に入ると、僕は自分で作った和菓子の箱を手渡した。

「ほら、沙紀の好きな奴、作ってきたぞ……見つからないうちに、こっそり食べちまえ」
「ありがとう、お兄ちゃん♪」

 笑顔を浮かべて、僕の作る和菓子を食べてくれる沙紀に……本当は僕自身が救われていた。

 ……和菓子職人になりたい。みんなが食べれば笑ってくれるような和菓子を作りたい。

 笑顔を『守る』剣と。笑顔を『作る』和菓子作りと。
 必死になって両立させながら、両輪を回そうとする僕を、師匠は鼻で笑いながら『どっちかにしろ』と言っていたが。
 僕は『出来る限りやりたい! どっちも半端なんて嫌だ!』と叫び……結局、師匠も根負けして、唐辛子入りのみたらし団子を、酒のツマミに食べてくれたくらいである。

 『ほんと、お前はよく出来た馬鹿弟子だよ』

 などと、呆れ果てていたっけ……。

 と……

「……っ!?」

 不意に。
 病室が、否、世界が歪みはじめる。
 しまった、魔女が……ここに!?

「沙紀っ!!」

 姉さんも、ソウルジェムも、何の武器も無い状況……否っ!!
 僕はペットボトルのジュースをタオルにかけ、即席の鞭を作る。さらに、見舞い用の果物バケットからナイフを抜く。
 『あらゆるモノを武器として扱い、生き抜け』という師匠の教えは、僕の中で生き続けてる。
 それが……師匠の『剣術』。

「なっ、何……お兄ちゃん……何なの?」
「大丈夫だ……お兄ちゃんが守ってやるから」

 生き抜く。
 とことん、諦めない。
 絶望しない、嘆かない、立ちすくまない。
 泣いたって、誰も助けてくれはしない。
 だったら、僕が、泣いてる誰かを、助ける側に回ってやるんだ! あの時の、女の人みたいに!

「僕は……僕は、正義の魔法少年だっ!!」

 そして……僕は、無力の現実を知る。
 魔女どころか、使い魔にすら追いつめられ、僕と沙紀はピンチに陥った。
 果物ナイフはへし折れ、タオルの鞭はボロボロになり、拳や足は、傷まみれだ。
 それでも……なお!

「諦めるもんかぁっ!! チクショーッ!!」

 家族を……沙紀を、姉さんを、これ以上、不条理な事で無くすなら、僕が死んだ方がマシだっ!!
 せめて、沙紀を、沙紀だけは、生かして……

 と……

「はっ、颯太を……颯太をいじめるなあああああああああああっ!!」
「なっ!?」
「お姉ちゃん!?」

 唐突に現れたお姉ちゃんが、僕の『兗州(えんしゅう)虎徹』を出鱈目に振りまわし、使い魔を蹴散らしながら魔女に迫る!!
 助けに来てくれた……のはいいが、はっきり言って、滅茶苦茶だ。
 魔法少女の膂力に頼った剣筋に、むしろ『兗州(えんしゅう)虎徹』のほうがよく折れないモノだと、感心する程のデタラメ剣法。
 当然……

「姉さん!」

 無数の攻撃が、姉さんに突き刺さる。だが……

「痛くない! 痛くない! 痛いの痛いのとんでけーっ!! うああああああああああああっ!!」
「っっっっっっ!!!???」

 それは、あたかも。
 はたから見て居れば、暴走するゾンビが、刀を振りまわして突進するような姿だった。
 痛いとか、痛くないとか、そんな問題ではない。肉体そのものが損壊しているのに、それを無理矢理修復しながら、突進して行っているのだ。
 確かに、姉さんは癒しの力を持っていた。だが……これは異常だ!

「ああああああああああっ!!」
「姉さん、姉さんやめて! もう魔女は死んでる、死んでるよ!!」
「ああああ……あ……あ……颯……太、沙紀。大丈夫、だった?」

 血ダルマになりながら、姉さんが僕たちに微笑む。
 その傷が、みるみる治って行く姿に……はじめて、僕は、この『魔法少女』という存在そのものに、違和感を抱いた。
 ……おかしい。何かが根本的に、おかしい!

「姉さんこそ、大丈夫なの!? おかしいよ、変だよ!」
「あ、ん……颯太。大丈夫よ。魔法少女はね、痛みなんて簡単に消せるんだから」
「間違ってるよ! 体が痛いってのは、そこが壊れてるってシグナルなんだよ!? それを無視して、あそこまで暴走できちゃうなんて……こんなの絶対おかしいよ!?」
「だって、ずっと颯太のダメージも、私が肩代わりしてきたんだもん。今更……」
「……待って、姉さん? 今、なんて言った?」

 僕の問いかけに、姉さんはしまった、という顔で目をそらす。

「だって……颯太が頑張る必要なんて、本当は無いんだから。せめてこのくらいは」
「ふざけないでよ! 僕は姉さんを助けるためにやってるんだ!」
「それほど痛いモノじゃないの。安心して、颯太。
 それに、颯太の動きって綺麗だから、ほとんど攻撃喰らってないし。保険みたいなものよ」
「それでも、何回かに一回は、不規則な魔女の攻撃を読めなくて、不意を打たれちゃってる……そうか、そういう事だったのか」
「……颯太。
 お姉ちゃん、正義の剣を振るう颯太の姿、好きよ?」
「好きとか嫌いとかの問題じゃない! これは、姉さんの命にかかわる話だっ!」

 今更ながらに……僕は、姉さんに守られていた事を悟る。
 馬鹿だ……僕は、努力して守る側に回っていた気になっていただけの、馬鹿だっ!

「……姉さん。もうすぐ、学校、夏休みだよね?」
「颯太?」

 決心と共に、僕は……姉さんに、ある事を告げた。



「GoGoGo!!」

 アメリカ、某所。
 とある民間軍事会社の訓練施設の中に、僕は、居た。
 大金を積み、訓練を受ける。
 インストラクターのおじさんたちは、流暢に英語を話して、日本円で大金を積む僕を前に、目を白黒させながらも一ヶ月間で教え込める、全てをレクチャーしてくれた。
 ライフル、ショットガン、ハンドガン、グレネードランチャー。更に、爆薬の取り扱いまで。
 一か月で学べる限りの、ありとあらゆる武器のレクチャーを、僕は受けた。

「ヘイ、ハヤタ。グッドだ」
「サンキュー、ミスターロバート」

 握手をかわそうとした白人の彼が、小手返しを仕掛けて来るのを……僕は、師匠から教わった柔術で、返し、答える。

「ははは、全く、これで13歳とはなぁ……末恐ろしいぜ」
「ありがとうございます。ミスターロバート」

 投げ落とした彼を立ち上がらせながら、僕は彼から引き続き、銃器のレクチャーを受ける。
 インストラクターの人たちは、最初、東洋人で子供の僕を馬鹿にしていたが……すぐに真剣に教えてくれるようになった。

「ハヤタ、またワンホールかい?」
「はい。でも、その……僕、オートよりもリボルバーのほうが好きですね」
「ガンマン気取りか? 多弾倉のオートのほうが、実戦じゃ有利だぞ」
「いえ、その……見ててください」

 そう言って、リボルバーを抜き、発砲。
 次に、オートを抜き、発砲。

「……ほら、リボルバーのほうが、何でか一発目が早いんです」
「大した差には思えんがなぁ……恐らく、グリップの問題だろう?」
「グリップ?」
「ハヤタ、君の手のサイズはまだ、発展途上なんだ。だから、並列弾倉(ダブルカラアム)の銃の握り込みが甘いんだろう。
 もう少し大きくなったら、オートの銃も扱いやすくなるようになるよ」
「はぁ、そうですか。もっとすぐ大きくならないかなぁ」

 溜息をつく。こればかりは仕方ない。努力と根性で、どうにかなる問題じゃないからだ。
 と……

「なあ、ハヤタ。こんな事を聞くのもなんだが……君は、何を生き急ごうとしているんだい?」
「家族を守りたいんです」
「平和なニホンでか?」
「はい。どうしても、必要な技術なんです」
「……いまいち分からんが……ハヤタ、うちはテロリストを養成するキャンプじゃないんだぞ?」
「とんでもない! 僕はテロリストなんかじゃありません」

 そう言い切る僕だが、ロバートさんは真剣な目で、僕を見ていた。

「……なあ、ハヤタ。
 最初、俺たちは、馬鹿な日本人のガキが、適当に興味本位で技術を習いに来たと思っていた。
 だから、普通に接してきた。つまり……訓練を厳しくすれば、金を置いて逃げ出すだろう、って。
 だが、お前の執念と才能は異常だ。もう一週間たつが、一か月で教えられる内容は、とっくに教え尽くしてお前はモノにしちまった。
 新記録どころじゃない。お前が天才なのは、この訓練施設の全員が知っている。
 だからこそな……ハヤタ。お前は一体、何者なんだ? どこかの国の、テロリストじゃないのか?
 みんな、疑い始めてるんだ」

 その言葉に、僕は下を向きながら……

「……すいません。
 僕はむしろ、テロリストじゃなくて……どちらかというと、テロリストを狩る側の人間なんです」
「カウンター・テロの人間だったのかい? 日本政府が? 君みたいなボーイを使って!?」
「政府は関係ありません。たまたま……たまたま、知ってしまったんです。
 そして、知ってしまったからには、見て見ぬふりが出来なかった。それだけなんです!」
「それだけで……お前は、大金を積んで、ここに来たってのかい?」
「はい! だから、もし、一週間で終わってしまったのだとしたら……もっと教えてください! 一か月まで、あと三週間あります!
 信じて頂けるのでしたら、もっと僕をしごいて、姉さんや沙紀を守るために、力を貸してください!」
「……とんだワガママ坊やだな」

 ロバートさんは、溜息をついた。

「なあ、ハヤタ。俺はお前を教えるに当たって標的をカボチャだと思え、と教えてきた。
 だがな……それは、テロリストに銃を向ける上での心得なんだ」
「はい、剣術を教えてくれた師匠も、そんな事いってました」
「そうだな。だがな、お前はまだ若い。幼いと言ってもいい。
 だからこそ、もうひとつ。
 『お前が銃口を向けようと決意するまでは』そいつは人間なんだ、って事も……どっかの片隅に憶えておいてくれ。
 そして、『それが分からない内は』、お前は人に銃を向けるべきじゃない。
 さもないと……苦しんで死ぬ事になるぞ、お前自身が」
「……はい、分かりました」

 父さんと母さんを殺したあの時。
 僕の体は、殆ど無意識に動いていた。
 だからこそ、ロバートさんの言葉の意味は、僕の心に、よくしみ込んだ。



「ただいま、沙紀!!」

 訓練でがっつり日焼けした僕を、沙紀は姉さんと一緒に喜んで迎えてくれた。
 さらに、姉さんとアメリカで仕入れた武器弾薬は、金庫のほうに収納出来た。

 とりあえず、税金関係でマルサの人が来ても、見つからないようになっているのは、ゼネコンのおっちゃんたちに感謝である。……何しろ、沙紀や姉さんにも言うに言えない、アメリカで仕入れた日本だと十八歳未満閲覧禁止の書物まで、収納できたのだから。

 つくづく、僕の周囲には、根性の悪い、でも暖かい大人たちに恵まれてるな、と思った。少なくとも、お金だけ奪って行こうとする大人とは違って、こう……何というか、全員が『自分を救いながら誰かのために』生きているのである。
 努力して、頑張って、金銭という対価を払えば、少なくとも彼らは、僕みたいな子供を真剣に見てくれる。師匠も、ゼネコンのおっちゃんも、訓練所のロバートさんも。
 『大人』って、こういう人たちの事を言うのだろうな、と……何となく思った。
 だからこそ……

『で、ですねぇ、政府の対応がですねぇ……』

 病室においてあるTVのコメンテーターの言葉に、不愉快を催して、僕はチャンネルを変えた。
 上から目線で偉そうな事グダグダ言うなら、まず自分から何かやってみろってんだ!

 あの佐倉神父にムカついてた理由も、今なら何と無く理解できた。
 彼は、口先だけで何もしちゃいなかった。
 彼の言葉は正しいかもしれない。じゃあ、その正しい言葉のために、あの神父様は、何を汗を流して血を流して実行したというのだ?
 挙句、佐倉杏子のような、世間に迷惑かけまくる魔法少女を生んで、何が『世界を救う正しい教え』だ……もし姉さんや沙紀が同じような事したら、僕はぶん殴ってでも止めるだろう。
 そんな、家族すら救えない奴に『世界を救う正しい事』なんて、口にする資格は無い!

 などと思っても、既に彼は佐倉杏子以外、一家心中で石の下だし。
 ついでに、僕だって父さんと母さんを殺してしまっているのだし……他に方法は、無かったのかと、今でも苦悩したりするが……結局、やっぱりどうにもならないものは、どうにもならないのだろう。

 と。

「お兄ちゃん? 大きくなった?」
「おう、アメリカ人のメシって、すげぇんだよ……量が半端ないからなー」

 というか、夜中に日本食が恋しくなって、厨房に忍び込んで料理作ってたら、いつの間にか訓練所のコックにスカウトされてしまったし。
 ……僕はケイシー・ライバックじゃないってのに、まったく……

「もう大丈夫だからな。沙紀も、姉さんも、僕がちゃんと守ってやる!!
 今日から、沙紀のお兄ちゃんは無敵だぞ」

 力瘤を叩いて、僕は沙紀の頭を撫でた。



 僕が戦い方を変えた事。さらに、魔女を狩る効率も、姉さんが一年前にとったペーパーのバイクの免許を使う決心をした事で、格段に効率があがっていた。
 ……何でも、頑張る僕を見てて、何か無いかと思ったらしい。
 ドンくさい姉さんにしては、きびきびと動かすバイクの後部座席に座りながら、最初、僕は面食らった。

「姉さん、最初、合宿で免許取った時、『私にはやっぱ乗り続けるの無理だ』とか、言ってなかったっけ?」
「あら、颯太が教えてくれたんじゃない? 『頑張れば何とかなる』って。颯太が訓練してる間、私だって遊んでたわけじゃないのよ?」
「むう、姉さんが大人だ」
「あら、私は御剣颯太のお姉さんなんだから、当然でしょ」

 さらっと微笑む姉さん。
 と……

「颯太、近いよ!」
「うん!」

 魔女の結界の中を、姉さんのバイクが使い魔を蹴散らして疾走しながら、僕は姉さんのソウルジェムから渡されたショットガンを、手にする。
 10番ゲージ……自動車のエンジンをぶち抜き、大型の猛獣すらも仕留めるスラッグ弾が、魔女を直撃。更に発砲、発砲、発砲。

「次っ!」

 続いて、アサルトライフル! SR-25……7.62mmNATO弾をバラまく。
 僕が発砲するその間も、姉さんは魔法少女の姿で、バイクを動かす手を緩めない。

 姉弟がバイクと共に一体となって、姉さんが魔力を付与したバイクで機動力を駆使しながら、僕が銃火器を連発。探索もバイクがある事によって、より効率的に巡回が可能。
 これが、今の僕たち姉弟の戦闘スタイルだった。

 そして響く、魔女の断末魔。落とされるグリーフシード。

「……ほんと、効率は良くなったわね。魔女も多いし、グリーフシード集め放題だわ。
 こんなご近所の、小さな縄張りなのに」
「感心してる場合じゃないよ、姉さん。魔女が多いって事は……」
「それだけ、犠牲者も増える、か……うん、『ご町内の魔法少女』として、頑張らないとね!」
「まあ、そうだけど……それ以上に、敵の魔法少女を、引きよせかねないって意味なんだけど」
「そん時は、私がこう言えばいいんじゃないの? 『たーすーけーてー、はーやーたー!』って」
「姉さん! ……全くもぉ」

 何というか。
 魔女を狩る事に関しては執念を見せても、魔法少女同士の諍いにはとんと興味を示さない姉さんに、僕は呆れ果てた。

「だってさ。私と颯太がいなくなっても、この縄張りの魔女たちを綺麗にしてくれるんだよ? それなら歓迎すべきじゃない」
「姉さんさぁ? 自分が生き延びるためのグリーフシード集めくらい、考えようよ?
 それに、僕らより戦闘に長けてるわけじゃないかもしれないし、佐倉杏子みたいな魔法少女に渡ったら最悪だろ?」
「だって、そんな魔法少女、颯太君が許さないでしょ?」
「感情的なモノと、実力は全く別だ、って言ってるの。今の僕でも、佐倉杏子を倒せるかどうかは……2:8だね」
「8が颯太?」
「2が僕だよ! 8が佐倉杏子! しかも、トラップまみれの『僕らの縄張りの中で』っていう前提条件付き!
 ……正直、強くなればなるほど、魔法少女の強さって、底が知れないなって思えてくるよ」
「あら、お姉ちゃんも魔法少女だよ?」
「お姉ちゃんは対魔女支援特化型だからでしょ? ……単純に戦闘型の魔法少女は、ほんと怖いよ」

 偽らざる事実である。
 過去、何度か縄張りを狙って遭遇した魔法少女の動きが、本当にありえない動きをしてくるから恐ろしい。
 ……まあ、素人技丸出しで突っ込んでくるのは、色々とありがたいんだけど、僕自身の体の動きが、現実の武道武術やマーシャルアーツの枠にとらわれちゃっているからこそ、その枠を超えた動きに、対処が困難だったりする場面も多々あったりするのだ。
 要するに……

「実戦不足、か……」

 溜息をつきながら、僕は天を仰いだ。



「旅行に行きましょう♪」

 そんな風に闘いを続けてた、ある日。
 姉さんが僕に、突拍子もない事を言った。

「え、どこにさ? ……都内?」
「違うわよ、温泉。当たったのよ! ほら」

 そういって、チケットをひらひらさせる姉さん。
 ……いいのかなぁ?

「沙紀の面倒とか、気にしようよ? 最近、良くなってきたんだろ?
 旅行より、そろそろ退院の手続きとか、取るべきじゃないのか?」

 と……

「んふふふ、そうね。旅行から帰ったら、そうしましょ」
「……何か企んでるでしょ、姉さん?」
「あら、私は何も考えてないわよ? ほほほほほ」

 あからさまに何か企んでる風だったが……まあいい、引っかかってあげるのも、僕の務めだ。

「で、どこに行くの?」
「●●県某市。温泉街で有名なアソコ」
「はいはい、あそこねー」

 何の気なしに返事をした僕だったが……そこが、姉さんの死地になるとは。そして、あの悲劇の引き金になるとは、この時、思ってもいなかったのである。



「……何事?」

 宿について、暫くのんびりしていた僕は、異様な気配を感じて絶句した。

「颯太!」
「姉さん、どうした!?」

 いつもの服に着替えた姉さんは、その姿のまま僕に迫ってきた。

「キュゥべえに聞いたの! ワルプルギスの夜っていう、超巨大な魔女が出るんですって!」
「なんだって!?」
「私が聞いた限り、最悪の魔女、よ。今すぐ戦闘準備!」
「了解……あ、でも武装が!」
「今ある武器で、何とかして! お願い、颯太!」
「……くっ! 敵は待っちゃくれねぇ、ってか、上等だ!」

 と……

「お客さん、逃げてください!!」
「!?」

 この旅館の娘さんで、仲居さんをしている女の子が、部屋の扉を開けて現れる。
 というか……

「ソウルジェム……あんた、魔法少女なのか!?」
「えっ!? あなたたちは、一体何者なんです!?」
「いや、ただの客なんだけど……姉さん」
「うん!」

 そう言って、変身する姉さん。

「すごい偶然なんだけど。
 私も、魔法少女なの。このへん一体の魔法少女を集めて、ワルプルギスの夜を食いとめましょう! 私も颯太も協力します!」
「無理です……縄張りとして美味しく無いこのへんには、魔法少女は私くらいしかいないんです!
 だから、可能な限り、街の人たちを避難をさせて、この街から、撤退する事にしました」
「ちょっと待てよ! お前、まだ諦めるのは早いだろ!」
「人間の、まして、他所者のあなたには関係ありません! 逃げてください!」
「魔法少女や魔法少年が、そう簡単に魔女相手に背中見せて逃げられるかよ! 姉さん!」
「うん、颯太!」

 そう言って、姉さんに変身させてもらう。

「……あなたは!? いえ、あなたたちは、何者なんですか!?」
「通りすがりの、魔法少女と魔法少年だ! アバヨ!」

 そう言って、僕と姉さんは、外に駆け出した。



「っ!! こっ……こいつぁ……」
「は、颯太……」

 まず、その存在感に、威圧され、圧倒される。
 ……甘かった。誤算だった。僕も、姉さんも、逃げるべきだった。
 これは、十分な下準備も無しに挑んでいい相手ではない。今すぐ逃げるべきだ。

 だが……

「颯太、喰いとめましょう」
「姉さん、無茶だ!」
「魔女の捕獲は、私の十八番よ。私が捕まえる、そして逃げ遅れた人たちを、颯太が逃がして!
 ……お願い、私の魔法少年! 逃げ遅れた街の人たちを救って!」
「……いつもの通り、ってワケか! しょうがない、やるだけやるさ!!」

 そして……絶望的な撤退戦が始まった。
 姉さんの『檻』をぶち壊しては、暴れ回るワルプルギスの夜。はっきり言って、そこらの魔女とは桁が違ってた。

「っ……くそおおおっ!!」 

 目の前でワルプルギスの夜に潰されて行く人たちに、歯噛みと涙を流しながら、それでも俺はRPG-7のHEAT弾頭をぶっ放し続ける。
 モンロー効果によって、300ミリの鋼板を穿ち抜くロケット弾の直撃を喰らいながらも、全く効果が無い。
 救えない。
 誰ひとりとして、僕は救えない。
 何が正義の味方だ、何が魔法少年だ。

「っ……」

 何度目かの姉さんの『檻』に囚われて、ぶち破るまでの僅かな時間。
 泣いていた一人の男の子を掻っ攫い、僕は、比較的安全な所まで運んだ。

「後ろを向くな! 走れっ!! 坊主っ!!」

 尻を蹴飛ばし、追い立てる。
 結局、何十人、何百人と見捨てて、助けられたのは一人。
 それが、御剣颯太と、御剣冴子のコンビの限界だった。

 ガキィィィィィッ!! と……轟音と共に、何度目か……姉さんの『檻』が壊れる。

「颯太!」
「行かせねぇ……これ以上、行かせてたまるかぁぁぁぁぁ!!」

 姉さんから渡されたアーウェン37……暴徒鎮圧用の連発式グレネードランチャーの引き金を引き、炸裂弾を連発しながら、僕は絶叫と共に、ワルプルギスの夜相手に、絶望的な撤退戦闘を姉さんと戦い抜いた。



「姉さん……大丈夫?」
「颯太……生きてる?」

 ありとあらゆるモノが破壊し尽くされた中で。
 僕と姉さんは、大の字に横たわりながら、それでも互いの無事を笑いあっていた。

「結局、滅茶苦茶になっちゃったね……」
「逃げとけばよかったな……ホント。骨折り損だよ……」

 耳の奥には、助けられなかった人達の絶叫と悲鳴、そして人体が物理的に潰れる断末魔の音。
 ……正直、心が折れそうだった。だが。

「姉さん、生きてて、良かった」
「うん、颯太も生きてて、よかった……あぐぅっ!!!」

 唐突に。
 苦しみ出した姉さんが、ソウルジェムに収めてあった武器やお金を撒き散らし、その場でごろごろと転がり始める。

「なっ、どっ、どうしたの、姉さん!!」
「わっ、わかんない……颯太……逃げて……わかんないけど……何か……あっ、ぐ……ああああああああああああああああああっ!!!」
「姉さん、姉さん、しっかりしてよ! 姉さんっ!!」
「っああっ、ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 そして……黒い閃光が、姉さんのソウルジェムからほとばしり、黒い煙のような『何か』を生み出し始める。
 ……いや、それは、よく、見覚えのある……

「……魔女……まさか!!」

 考えるより先に。
 僕は、姉さんが撒き散らしたRPG-7の発射筒を手に、転がってたHEAT弾頭をセットしていた。
 意思より先に。
 訓練を受けた体は、反射的に動いて、RPG-7を構える。
 照準の先には、何か、燃え立つ業火のような車輪の中心に、人間の顔をのぞかせた魔女の姿。

「ちくしょう!! 姉さんを苦しめたのはお前かっ!!」

 戦闘続行。
 僕は散らばった武器弾薬を全て、その魔女に叩きこむが……その魔女の攻撃は狡猾で、僕を攻撃しながらも『落ちてる武器を狙うかのように』車輪で引き潰されていった。
 なんというか……『僕の闘い方を、知ってるような』強敵だった。
 だが……最後に拾ったのは、奇しくも……

「トドメだあっ!!」

 最初の魔法少年だった頃の武器。
 『兗州(えんしゅう)虎徹』の一撃を最後に、魔女はグリーフシードを残して、消滅した。

「もう大丈夫だよ。姉さん……姉さん?」

 既に……姉さんは、動かなくなっていた。
 服も、普段着に変化しており……魔法少女の姿では、なくなっていた。
 いや、それは人間ですら無い。人間であったという物体。
 ワルプルギスの夜が暴れた後に残っていた『モノ』と同じ存在……つまり……死体。

「……冗談はやめてくれよ。
 魔女は倒しただろう? ワルプルギスの夜からだって、逃げられただろう!?
 なのに……なのに、何で死んじゃうんだよ!!」

 と……

『何を言ってるんだい、御剣颯太。君のお姉さんは、今、君が殺しちゃったじゃないか?』
「……キュゥ、べえ? なんで見えるんだよ? 僕は今、ソウルジェムを持ってないんだぞ?」

 この騒動の元凶。
 妖怪じみた物言いに胡散臭さを感じ、俺は姉さんと一緒にいるときも、極力こいつを近づけなかった。

『今回は、特別に君にも見えるように調整したのさ。大事な話があるからね』
「大事な話、だと?」
『うん。不思議なんだけどね。
 君の抱え込む『因果の総量』は、君が『魔法少年』を始めてから今日まで、ずっと原因不明の増大の一途をたどっているんだ』
「因果、だと? ……そういや、姉さんが言ってた『エントロピー』って、何だよ?」
『君たち人類が持つ感情エネルギーの熱量、と言ってもいいかな。
 僕たちインキュベーターは、その熱量を回収することで、宇宙の死を延ばそうとしているのさ』
「宇宙の死? ……ああ、熱量保存の法則かよ。 『宇宙が死ぬ』ってのは、冷えて動かなくなるって意味か?
 そいつを回避するために、『人間の感情』ってモンが必要だって事か?
 ……だったら、何だってんだよ?」
『うん。君の背負った因果の総量を省みるに、僕らとしては、特例として君と契約したいと思ってるんだ』
「……契約、だと?」
『うん。僕と契約して、魔法少年になってよ?』

 脳天気な笑顔……否、こいつは表情を変えることはない。
 ただ、角度の問題でそう見えるだけ。だからこそ。

「……一つ聞かせろよ。『姉さんを俺が殺した』って……何なんだよ?」
「正確には、『魔女になった君のお姉さんを、君が殺した』って事かな?
 そんな事より、僕と契約を」
「……説明しろ。キュゥべえ。どういう理屈だ!?」

 はらわたが煮える。ヘドが出そうになる。だが……ここは、あえて血は腹に留め、頭には上らせてはいけない。
 少なくとも『コイツを相手にしている時は』そうしてはいけない。直感的に、そう思っていた。

「今の君には、無意味な事だよ。共に宇宙の未来を見据えて、僕と契約すべきだ。
 君が望めば、死んでしまった君の姉さんだって帰って来ると思うよ?」

 その言葉に、一瞬、揺れる。だが……

「契約には説明の義務があるぞ、キュゥべえ」

 漠然と、思っていた。
 魔法少女には……コイツには、何か人間とは別の、おぞましい理屈が存在している、と。
 それは……あたかも佐倉神父の胡散臭さであり、TVで肩書だけで偉そうな事を言うコメント屋以外仕事の無い大学教授や、インチキ臭いダイエット商品の通販番組と同列の匂い。
 『ペテン屋』……俺がそう呼ぶ、自分にだけ都合よく、無知な者を騙して嘲笑い、己の利益のためだけに奔走する者。
 某漫画的に言うなら……『吐き気のする悪の匂い』。

『……ふぅ。
 君としても、これはチャンスなのになぁ。僕らインキュベーターが……』
「『説明をしろ』と……俺は言ったんだが? 聞こえてないのか?」
『了解、分かったよ。魔法少女が、ソウルジェムの穢れを限界までため込んだ時、それは魔女を生み出すんだ』
「つまり、あれは……俺が殺した魔女は、姉さんだったってのか!?」
『正確には、『御剣冴子が生み出した魔女』って所だけど……まあ、その解釈で大きな間違いはないよ』
「っ!!!!!!!」

 煮えくりかえる腸が沸点を超え、俺は……『キレ』た。
 消す。
 こいつは……インキュベーターは『消す』。ありとあらゆる手段を用いても。障害となる存在全てを排除し、『コイツを消す』。
 そのためには、俺自身も何も、世界がどうなろうが、構うものか。
 自分でも『壊れた』と自覚する程の、うすら笑いを浮かべ、俺はインキュベーターに向き直る。

『……どうやら、冷静になってくれたようだね。御剣颯太』
「ああ。確かにな……『冷静にはなったよ』。
 そんでな……願いも、今、決まった」
『そうかい? さあ、御剣颯太。有史以来、初の魔法少年の誕生だ!
 君の願いは、僕らインキュベーターとしても実に興味深いモノだよ』
「ああ、そうかい? じゃあ、聞いて驚くな?
 俺の願いはな……『全てのインキュベーターを消し去りたい。過去、未来、宇宙。ありとあらゆる並行世界の時間軸や異次元その他全て含めて! それら世界に、お前らインキュベーターが存在していたという、歴史的事実の後欠片も無く、全てだっ!!』」
『!!!???』

 流石に、一瞬、パニックになるインキュベーター。

「どうした? 宇宙がどーだとか偉そうな寝言をのたまう割には、自分自身に災難が降りかかってみりゃ、尻ごみか?
 叶えてみせろよ? やってみせろよ? 宇宙のためだどーだなんて、他人嵌めながら笑って寝言ヌカすんだったら、まず手前ぇから先に死んで見せるくらいの覚悟見せろやぁっ!」
『御剣颯太、君の願いは、途方も無さ過ぎる。それは僕らインキュベーターに対する反逆どころじゃない、因果律そのものに対する反逆だ!』
「知った事かよボケ。第一テメーら何様だよ?
 ああ、確かに姉さんはおめーと傭兵契約みてーな事を結んだよ! そんで大金手にして、俺も沙紀も救われたよ!
 傭兵の仕事ってのは『死ぬ事まで含まれる』以上、どんな死に様さらそうが、そりゃ自業自得ってモンだ! 『二束三文の端金で、好きこのんで鉄火場に首突っ込む』連中に、ジュネーブ条約は適用されねぇからな。そういう意味じゃ、姉さんの死に方は『死に方としちゃあ間違っちゃいねぇ』よ!
 ……でもな、それをお前は一言でも口にしたか?
 契約に当たる前に、まず必要事項の説明ってモンがあるべきなんじゃねぇのか?
 それをしないってのはな、人間の間じゃ詐欺って言うんだよ!」
『酷い言い方だね、御剣颯太。僕はちゃんと『魔女を倒す魔法少女』をしてほしい、って説明したよ?
 第一、僕らインキュベーターが、人類の商習慣にまで付き合う義理は無いよ?』
「そんじゃなおさら、テメーらのそれは、人間の視点じゃ『契約』たぁ言わねぇよ。詐欺っつーんだ詐欺!」
『……少なくとも、僕らは君ら人類に対して、家畜よりは誠意を持って接しているつもりなんだけどね』
「家畜……だと?」

 腸が煮える。それが頭を余計にクールに回す。

「本音はソコじゃねぇか。テメーは要するに、俺や姉さん含めた人間様全部舐めてんだよ。ふざけんじゃねぇ!」
「何を言うんだい。人類がこれだけ発展してきたのは、僕らインキュベーターが居たからこそなんだ。
 僕らと人類は、共存と共栄の関係なんだ。
 見せてあげるよ。僕らインキュベーターが、魔法少女と作り上げてきた、『人類の歴史』を……」

 そう言って……俺は、インキュベーターと魔法少女の歴史を見せられる。
 驚いた事に、ありとあらゆる場所で……インキュベーターと魔法少女が、歴史に関わっていた。
 だが……

『……どうだい、御剣颯太。
 あの状況で、僕らを驚かせる程の提案をする、君ほどの知性の持ち主なら、僕らインキュベーターが人類と共に発展してきた意味を、理解できるだろう?
 君なら分かるはずだ。必要な犠牲というのは、どこにだって産まれてしまうという事を』
「ああ、理解はしたぜ? だからこそ、『俺の願いは変わらない!』」
『!?』
「お前の語った歴史は、確かに一面の真実なのかもしれん! お前の言ってる事が嘘かどうかはともかく、人間は身勝手でワガママで滅茶苦茶な生き物だ。
 だが、お前が語って見せたのは『魔法少女の視点』の歴史であって、人類全ての歴史じゃねぇ!
 ……いいか、よーっく聞けインキュベーター!
 魔法少女が……『女』が魔法と祈りで『奇跡』を起こすってんならなぁ!
 魔法少年は……『男』はなぁ、努力と根性で『奇跡』を起こして見せンだよ!!」

 それは、俺の叫び。
 ……俺が今まで、姉さんと共に闘い抜いた、俺の魂の叫びだった。

『僕と契約しなければ、君はただの人間のままだよ? それは現実的な判断じゃない』
「その人間様に『寄生してる寄生虫』が、偉そうな寝言吐いてんじゃねぇよ!
 ……それに、ちゃーんと俺は、願いを言ったはずだぜ?
 『全てのインキュベーターを消し去りたい。過去、未来、宇宙。ありとあらゆる並行世界の時間軸や異次元その他全て含めて! お前らインキュベーターが存在していたという、歴史的事実の後欠片も無く、全てだっ!!』」
『……仮に、君がそんな願いをかなえたとしたら、人類は穴倉で生活する事に……』
「なるわけねぇだろ?
 ……男ナメてんじゃねぇよ!
 誰かを守るために生きて、必死んなって闘ってる男を、舐めてんじゃねぇよ!
 ……たしかに、世界は今と変わっちまうかもしんねぇ……だが『それだけ』だ!
 男が女子供を守って汗水流して働いて血ぃ流すのは、人間様が北京原人やってた頃からゼッテェ変わんネェ理屈なんだよ!
 そいつを忘れない限り……誰かを守るって思いがある限り、男ならいくらだって奇跡なんざぁ引っ張り込んで来れるんだ!
 ……知ってっか? 人間の遺伝子はヨ、男の方が生まれる確率高いんだぜ? つまり、生物学的に男の仕事ってのは『誰かを守って死ぬ事』までハナッから含まれてるんだ! 『必要な犠牲』なんて、とっくに自前で用意されてんだよ!
 人間様はな……人類はなぁ『女だけでも男だけでも出来ちゃイネェ』んだよ!! 一方的にモノ見て寝言クレてんじゃねぇ!!」
『……御剣颯太……君は……本当に、何者なんだい?』
「ダタの男だよ、馬鹿野郎。家族ひとつ満足に守り切れない……タダの男だ!
 ……消えな、インキュベーター。
 そいつを叶えるつもりが無い限り、テメーに用は無ぇ……沙紀にも、誰にも……少なくとも、俺の身の回りに、二度と近づくな!! ……ああ、お前が『宇宙のために、全インキュベーターと引き換えに、俺と道連れで構わない』ってんなら、上等だ。俺が……『魔法少年たる御剣颯太』が、地獄の底まで、お前らインキュベーター共と、いっっっくらでも付き合ってやンぜ?」
『……わかったよ。人も来たし今は消える。
 でも、二度と近づかないって保障は無理だけどね。君が察した通り、魔法少女が居る以上、僕らはどこにでもいる。
 ……本当に、人間は……ワケが分からないよ』

 そして……インキュベーターは俺の前から、立ち去っていった。
 ……後には……

「姉さん……姉さん……うわああああああああああああああああああああああああっ!!」

 姉さんの亡骸……そして、グリーフシードを握りしめ。俺は絶叫した。

「おい、生存者がいたぞ!」
「奇跡だ……」

 そして……警察や消防、自衛隊の人たちが、僕たちを取り囲む。

「こっちは……」
「無理だ、既に」
「触るなぁ!!
 ……闘ったんだ! 姉さんは俺と必至に闘ったんだ!
 後からノコノコやってきたお前らに、姉さんに触る権利なんてねぇ! 触るなぁ! 姉さんに触るなあああああああああああああ!!」
「落ち着け! 坊や!」
「こんな大けがで……凄い力だ……鎮静剤っ!」
「はいっ!!」

 大勢の大人に取り押さえられ。
 首筋に走った痛みと共に、俺は意識を手放した。



「……………」

 被災地の病院で。
 俺はベッドの中で目を覚ました。
 ……手の中には、『姉さんだったモノ』のグリーフシード。
 それと……

「気付いたようね……それ、幾らはがそうとしても、握り込み過ぎて、はなしてくれなかったのよ」
「なんで僕の刀が、ここにあるんですか?」

 立てかけてある『兗州(えんしゅう)虎徹』……間違い無く、俺の愛刀だった。

「警察の人が、持ってきてくれたの。……御剣颯太君。君って、一部の人には有名人みたいね?
 『西方慶二郎、最後の弟子』……彼の晩年を救った天才少年剣士だって、絶賛してたわよ?」
「……師匠の事、知ってるんですか?」
「私は知らないわ? 警察の人に聞いて」

 そう言って、看護婦さんは、立ち去っていった。



「あなたたちは……」

 翌日、やってきたのは……警察の人、それと、自衛隊の人に、消防の人。
 いずれも、師匠の葬式で、見た事のある人たちだった。

「御剣君。
 君は……君とお姉さんは、たまたま居合わせた災害現場で、必死になって救助をしていたそうだね?」
「……どうして、それを?」
「彼がね、どうしても、君に会いたいって……彼の証言の特徴や、被害状況からピンと来たんだ」

 そう言って、俺の前に現れたのは……あの時、尻を蹴飛ばした、小学生以下の男の子。

「……あの……ありがとう、ございました」
「っ!!!!!!」

 違う。彼に感謝される筋合いはない。

「違うんだ、ぼうや。
 俺が……俺が、本当に守りたかったのは……姉さんだったハズなんだ。
 ……だから、間違ってるんだよ……こんなの、絶対おかしいんだよ!」
「御剣君……」

 歯を食いしばる。警察の人に、色々、師匠の事とか、聞きたい事はあった。
 だが……

「皆さん……行ってください」
「御剣君?」
「まだ、被災地で生きてるかもしれない人は、いるはずだ!
 俺はこのとおりのザマです。でも、皆さんは動けます! だから……一人でも多く『生きれるかもしれない』人を助けてくれよ!
 ……それが、姉さんの望みでしたから……お願いします!」
「っ……君は……!!」
「動いてくれよ! 今、動けない俺なんかに構うより、もっと苦しんでる人を助けてくれよ!
 皆さん、自衛官で、警察官で、消防の人だろーが!? 後からでも何でもいい! 助けてくれよ、助けてやってくれよ! 頼むよ……取り返しがつかないなら『取り返しがつくモノくらい』救ってくれよ……頼むよ……お願いだよ……見捨てて行ってくれ……救いたかったモノを救えなかった俺なんて……」

 俺の言葉に、全員が敬礼をし、そして部屋を去っていく。

 それが……俺が、『正義の味方』として吐きだした、最後の言葉だった。



「……申請書、か……」

 何でも。
 俺が、姉さんのボディーガードみたいな事をしてた事は、バレてたらしく。
 さらに、師匠のネットワークから、例の刀鍛冶の人のところまで、警察にバレ。……でも、『西方さんなら仕方ない』みたいなノリで、特別な使用許可をもらえる推薦書とかを出したそーな。
 ……無論、警察にある程度協力する(刃物を使った実験等)事が、前提になってしまったが、まあ、ささいな問題だ。

 ……本当に、何者だったんだろうか、師匠?
 後で知った警察の人曰く、『恩も恨みも買いまくってる人』だったそうだが。……まあ、『悪い大人』だった事は、間違いは無いしなぁ。

「さて、と……」

 見滝原に帰る、電車の中。
 姉さんの骨壷とグリーフシード、それに諸々の荷物を抱えながら、俺は電車から流れる光景を、呆然とながめていた。

「『正義の味方』なんて、廃業だな……」

 少なくとも。
 魔女と魔法少女の理屈を知って以降。俺はこんな世界に、積極的に関わる気は、失せていた。
 理由も無い。その動機も無い。
 きっと、インキュベーターは、哀れな魔法少女を量産するつもりなんだろうが……正味、俺には『どうでもよかった』。
 ただ、残された沙紀と、俺と……二人で静かに暮らせれば、それでいい。
 奇跡も魔法も、クソクラエだった。
 幸い、姉さんが残してくれた遺産の殆どは、金庫の中だ。
 ただの御剣颯太として……今度こそ、剣の世界から身を引き、和菓子を作って、沙紀の笑顔だけのために生きよう。
 穏やかに、二人で暮らす。沙紀のために、どうしても必要な時だけ、俺が剣を握ればいい。

『見滝原~見滝原~』

 駅を降りる。
 荷物を抱えながら、痛む体を何とか動かして……限界を悟り、俺はタクシーを駅前で拾う。

「……!?」

 家に、だれかいる。
 不審に思い、玄関を開けると……

「お帰り、お兄ちゃん♪」
「さっ、沙紀?」

 そこに、予想だにしない、沙紀の姿があった。
 そして……

「あのね……えいっ♪」

 恐ろしい事に……沙紀は、その場で『変身』してのけた。

「えへへー、お兄ちゃん! 私も、お姉ちゃんと一緒の、『魔法少女になったの♪』
 お姉ちゃんの事は、残念だったけど……今度から、私がお姉ちゃんの代わりに……お兄ちゃん?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



 どうやら、正義の味方を辞める事は出来たとしても。……魔法少年は……終われそうに、無かった。


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