「おっ……てっ……めぇ!」 今日も一人、魔法少女を仕留める。 ……今回は馬鹿で助かった。「……人間、ナめ過ぎだぜ。魔法少女」 腹に大穴を空け、顔面を吹き飛ばされた魔法少女が、地面に倒れ伏して痙攣する中、ソウルジェムを踏み砕く。「……もしもし。そう、俺……ああ、ボディ一つ。10代の少女だ。場所は見滝原のハズレにある●×ビル。そう、屋上だ。 鍵は空けておく。早めにカタをつけてくれ。振り込みはいつもの口座、な」 いつもの『処理業者』に連絡。ケータイで入金。後始末をつける。「っ……チッ! 何なんだチクショウ!」 『魔法少女』が増えるペースが早すぎる。一体何なんだ、これは。 グリーフシードを手にするために、魔法少女は狩り場としての縄張りを主張する。 それは、俺……というか、沙紀も、一緒だ。が……俺の主張方法は、無論、普通とは若干異なる。 警告は無し。 ただ、ちょっかいを出した魔法少女が『地上から消えて無くなる』。 『フェイスレス』『シリアルキラー』『アサシン』『ジャック・ザ・リッパー』……様々な過激な異名が、魔法少女たちの中で、噂になっているらしい。御蔭で、ウチの縄張りは『見滝原のサルガッソー』扱いだとか。 ……無理も無い。 彼女たちの大半は、自分がゾンビにされた事も。そして最終的に魔女という化け物になる事も知らない。 だが、俺からすれば、彼女たちは魔女予備軍である。可能な限り化け物になる前に狩り取るに限る。 俺が戦い続ける限り、魔女も魔法少女も少なくて済む。 そう…… 全てのキュゥべえを滅する事が出来なければ。沙紀以外の全ての魔法少女と魔女を、狩るしかない。 魔法少女というのは、素質や素養の問題らしい。 誰もが契約すれば成れるわけではない。 ただ、無限にいる、あの悪魔、キュゥべえが片っ端から契約を望んでも、魔法少女の数は一定以上は増えない事を考えると、実はそれほど人口比の割合で考えれば、問題はないんじゃなかろうか? しかも、魔法少女になれるのは、10代~20代まで。 そうなれば、自ずと狩るべき人数も相手も絞る事が出来る。「……にしても、異常だぜ」 ビルの階段を下りながら、俺は一人、ごちる。 今月に入って、これで5人目。いずれも、ルーキーと言っていい新人だ。 無論、タダの新人に後れをとる俺では無い……と、言いたいが、戦闘能力そのものは新人以下な俺にとって、一瞬の油断が死という最悪の結果に繋がる事に、変わりはない。 ……今日はもう、店じまいだな。 『妹』のソウルジェムの濁りをグリーフシードで消しながら、俺は天を仰ぐ。 魔力は兎も角、武器弾薬を使いこみ過ぎた。特に、例のお菓子の魔女相手に、C-4を使い過ぎたのは痛い。 ……また『仕入れ』に行かないとなぁ。はぁ…… そして、その日の夜。運命が流転を始めた。 ピーンポーン♪「……?」 それは、妹と取っていた、夕食の団欒の時だった。 ……ちなみに本日のメニューは、カレーライス。元、海上自衛隊のコックだった知り合いに、レシピを教えてもらった秘伝の代物だ。「……宅急便かな?」 玄関からのチャイムに、俺は玄関に繋がった監視カメラとマイクの映像を覗き……絶句した。「っ!!」 そこに居たのは、この間、お菓子の魔女と戦っていた金髪縦ロールの魔法少女、巴マミ。 しかも、『変身済みの姿』だった。つまり、やる気だと言う事。 さらに……「沙紀!」「動かないで」「おーっと、動くなぁ!」 気がつくと。 黒い髪の少女に、蒼い髪の少女が、それぞれ俺と沙紀に銃と剣を突き付けていた。 黒い髪のほうは知らないが、蒼い髪の少女には見覚えがある。……この間の一般人の片割れ……魔法少女の体験ツアーとか言ってた。 ……ああ、なっちまったのかよ……魔法少女に。ってことは、彼女はルーキーだな。「……キュゥべえの言う事が大当たり、とはね」「ここが、あの、『顔無しの魔法凶女』の家、か」 魔法少女が二人。 さらに、黄色い紐のようなモノが、鍵穴やドアの隙間から伸びて、我が家の玄関の鍵を開け、巴マミが入って来る。「夜分遅く、食事中に失礼します」 優雅に靴を脱いで揃え、礼儀正しく上がって来る。ただし……その両手に、マスケット銃を携えたまま。「……お兄ちゃん?」「大丈夫。大丈夫だ、沙紀」 引きつった笑顔を向ける。 ……とはいえど。 状況的に、かなり『詰み』な事は事実だ。 何より問題なのは……この黒髪の少女が『いつの間に、俺に銃をつきつけたのか』。全く認識出来なかった。 立ち姿や雰囲気で分かる。 巴マミも相当の手錬だが、一番ヤバいのは、この黒髪の少女だ、と。 問題なのは……彼女の『何』がヤバいのか。俺が理解できないという事。「……頼む。妹から剣を引いてくれ」「それは無理。 魔女も魔法少女も見境なしに、爆殺、狙撃、当たり前の、正体不明の暗殺魔法少女を前に、油断出来るワケがないよ」「……俺はどうなってもいい。妹から剣を引いてくれ!」「あー、もしかして、お兄さんは知らないのか? あんたの妹が、魔法少女をやってるのって……」「違う! ……やってるのは俺だ。俺に恨みがあるのなら、俺を殺せ!」『へ?』 その言葉に、全員の目が点になった。「何か、複雑な事情が、おありのようですね?」 そう言うと、巴マミが細長いリボンで、俺と沙紀を拘束。「……とりあえず、お話をお聞かせ願えませんか?」「魔法少女じゃないのに……魔女と戦ってた、ってぇ!?」「何て、無謀な……」「確かに、不可能ではない。けど……限りなく綱渡りな事をしてるのね、御剣颯太」 三者三様の反応を示しながらも、俺はとりあえず、自分が今までしてきた事『だけ』は話した。「……しっかし分っかんないなー。どうして、あたしら、魔法少女を戦う前に倒せたんだ?」「コツがあるのさ」「コツ?」「……お前らが今、俺たちにやってる事だよ。奇襲、暗殺、恐喝、利益誘導。その道のエキスパートたるキュゥべえの存在を失念していた、俺のミスだ」 キュゥべえ。インキュベーター。 その、全にして一、一にして全という概念を、具現化したような悪魔。 情報が漏れたとするならば、恐らく奴らからとしか考えられない。 俺は、彼らを見かけるたびに、駆除してきた。その結果、少なくとも俺の家の周囲には、キュゥべえは現れない程度には、なっている。無限に存在する彼らだが、体を吹っ飛ばされ続けるのは、あまり気分のいい話じゃないらしい。 後はまあ……根競べの世界の話である。 それが、マズかった。キュゥべえの動向を、把握し損ねた。「それは、魔法少女の戦い方ではありません。ただのテロリスト……いえ、殺し屋です!」 巴マミが、非難めいた目線を向けてくる。「……そうだな。で、何か問題があるのか?」「大アリです! あなたは確かに、魔法少女を狩る事には長けているかもしれない! でも、話を聞く限り、あなたは魔女を狩る事に、決して長けているワケじゃない! あなたの活動は、魔女を跳梁させて、世界に絶望を撒き散らし続けてるのと等価だわ! いいえ、なまじな魔女よりもタチが悪い! あなたは……最低だわ!」「……じゃあ、聞くがな、ベテラン。その『魔女』ってのは、どっから来るか、知ってんのかい?」「魔女が……どこから? それは、未熟な使い魔が人を襲って、成長して……」「まあ、確かにそーいうケースも無いわけじゃない。だが、俺が懸念して、恐れているのは、もうひとつのケースだ」 真実を口にし、相手の動揺を誘おうとした、その時だった。「待ちなさい、御剣颯太!」 黒髪の少女が、俺に向かって叫んだ。「……何だ。アンタは知ってんだな?」「御剣颯太……あなたは、魔法少女の真実を知って、なお妹を庇うの?」「庇うさ。俺に残された、たった一人の身内だからな。そんで、沙紀もそれを知って、俺に全部を預けてくれてる」「……いずれ、『その時』が来るのを、あなたは知っていて、なお?」「もしかしたら、将来。妹は魔法少女を辞められる……かもしれない。そんな都合のいい奇跡が、見つかる……かもしれない。 タダの人間だって、未来に無い物ねだりをするくらい、許されるだろうよ」「……そう」 絶望的ではある。だが……俺は足掻くのを、やめるつもりはない。 どんな血まみれになろうが。どんな罪を背負おうが。「あなたは……未来を信じてるのね」「……それ以外に、信じられるモンがあるんなら、お目にかかりテェよ」 皮肉に笑いながら、俺は天を仰ぐ。「……なんだよ、おい? 魔法少女の真実って、何なんだよ、転校生」 困惑しながら、問いかけてくる蒼い髪の少女に、俺が答えてやる。「知らねーほーがいいぞ、ルーキー。少なくとも、それを知って、自殺した魔法少女を、俺は三人知ってる」「じっ、自殺!?」「死ぬしか無かったんだろ? まっ、賢明な判断だ」「何。一体……何なんだよ? おい! 転校生! あんたも黙ってないで何とか言えよ! 気味が悪いぞ!」「しょーがねぇな、じゃあ、教えてやるよ……」 ふと。 ルーキーに問われて、黙り込む黒髪の少女の睨みつけるような目線に気付き……次の瞬間、俺は何とかオブラートに包もうと、必死に頭を巡らせ始めた。ここで彼女たちに暴発されたら、沙紀の命が危険だという事に、今更ながら気付いたからだ。 ……馬鹿だ、俺は。『いつもの手口』と状況が違うんだった!! 特に、蒼色の髪の毛のルーキーはヤバい。 キュゥべえに騙されてるとも知らず、希望に満ちた目を輝かせて、この修羅の世界に入って来る新人が、絶望という奈落に堕ちる瞬間が最も危険なのだ。 そんな自分の迂闊さに気付いて、考えに考え、出てきた言葉は……「あー、『汝が久しく虚淵を見入るとき、虚淵もまた汝を見入るのである』……だったっけか?」「何だよそれ!? ワケが分かんないよ!」「えっと……何か聞いたような……?」「……知りたきゃ、どっかのパソコンでググってみな。ヒントは与えた」 ギリギリの冷や汗を、内心ダクダクたらしながら、俺はやり取りを交わす。 こちらは捕虜の状態だ。暴れ回られちゃ、困る。「……で、どうするつもりなんだ。俺らを……殺すのか?」 その問いに、巴マミが、何か閃いたようにつぶやいた。「そう、ですわね。魔法少女としての魔力の源を砕かせてもらうのが、一番手早いと思うのですけど」 げっ!!「ダメだっ! それは……それだけはダメだっ!!」「殺すわけではありません。ただ、魔法が使えなくなるだけ……相応の罰でしょ?」「おっ、おまっ、お前、自分が何を言ってるか、分かって無いのか!? 」「安心なさい。これは魔法少女の世界の話。殺し屋には関係の無い話ですから」 にこやかに冷たく微笑む、巴マミ。だがその目は、明らかに『分かって無い』。「やめろっ! やめてくれっ……殺すなら、俺を殺せっ!!」「何も、あなたの妹さんを、殺すワケではありませんよ?」「バカヤロウ! お前は何も分かってねぇ! 死んじまうんだよ!!」「……どういう、事ですか?」 ようやっと、彼女の手にした、マスケット銃が下がる。「……OK、落ち着いて聞いてくれ」 ……さあ、どうする!? 真実全てをぶちまけるには、ルーキーが居る上に、俺も妹も拘束されている以上、この場では危険極まりない。 とりあえず、嘘はつかない事を前提に、話せる範囲で何とか誤魔化すしかない。「……妹は、重い心臓病だった。それを、キュゥべえが救った。そこまではイイな!?」 「……つまり、彼女は魔法少女となる事で、生かされてる。そう言いたいんですの?」「解釈は好きにしろ。兎も角、そいつを砕かれるのは、妹の命にかかわるんだ。 だから頼む……やめてくれ。殺すなら、俺を殺してくれ!」 金髪の少女と、俺の目線が交わり……降参したように、彼女が溜息をついた。「……ふう。しょうがないですね。でも、魔法少女として彼女が戦えば、それで済む話では?」「さっきも話しただろう? 出来ないんだよ、沙紀は。 戦闘能力……というより、攻撃能力が著しく欠如していてな。 誰かのサポートに回れば確かに有能なんだろうが、そのサポートしてる相手に、奴隷扱いで裏切られるのを繰り返してる。だから俺が戦うしかないんだ」「なる、ほど。『見滝原のバミューダ・トライアングル』を縄張りにする、正体不明のアサシン魔法少女の正体は、そういう事だったのですか……業が深い。本当、どうしたものやら」 深々と溜息をつく、金髪の少女。「なんだか、あたしたちが悪役みたいな立場になっちゃったなー……ああ、そうだ! この子にさ、あたしたちの仲間になってもらってさ! このお兄ちゃんは殺し屋休業って事で!」 脳天気な意見を放つ蒼髪のルーキーに、俺は全力でガンを飛ばす。「夕飯時に鉄砲と刀振りまわして人の家に踏み込んできたテメェらの、ドコのナニを信用して俺の大事な妹を預けろってんだヨ?」「そりゃアンタの自業自得じゃないの?」「だとしても、俺の妹にゃ戦闘能力が無いんだ! 性格的にも、能力的にもな。そんで……テメーらに裏切られたら? ……言っておくが、勝手に拉致るよーな真似したら、俺はテメーらを『狩る』ぜ……」「うっ……たっ、立場分かってんのか、こんにゃろう! マミさんに芋虫にされてる今のアンタに、何が出来るんだよ!」「じゃあ、今の内に殺しておけよ。でないと、後悔すんぜ?」「んぐぅ……こ、この頑固なシスコン兄貴めぇぇぇぇぇ! 私たちは『正義の味方』だっつってんのに!」「そりゃ御苦労さん。で、この頑固な悪党を前に、正義の味方さんはどうするつもりだい?」 拳を握りしめて苛立つルーキー。 と……「ふ……ふふふふふふ、ふふふふふふふふふふのふー。お、に、い、さ、ん♪ そんなクチ利いて、いいのかなぁ?」 唐突に。何か、邪悪な笑顔を浮かべる、ルーキー。 その魔法少女らしからぬイビルスマイルに……最初、俺は呆れ果ててた。「なんだ、拷問か? 拷問なのか? 好きにしろよ。ただし、妹に指一本でも触れたら……」「まっさかー♪ 私たちは『正義』の魔法少女なんだから、拷問なんてするわけないじゃなーい♪」 ニッコニッコと楽しそうな表情を浮かべる蒼髪のルーキーに……初めて俺は、果てしない程の嫌な予感を覚えた。 ……何だ? 何を考えてる、このアマ!?「マミさん! 彼をしっかり押さえててくださいね! あと、五月蠅かったら口も塞いじゃってください!」「え!? え、ええ……さやかさん、一体、何を?」 戸惑う巴マミ。見ると、黒髪のほうも、何やら戸惑っている。 そして……「これより、正義の名のもとに、シスコンお兄ちゃんの秘蔵本と武器を全部押収しまーす!!」 高らかなる声で、死刑宣告が、ルーキーの口から飛び出しやがった!「ぶーっ!!!!!!!! ちょっ、ちょっ……ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!」「あの物騒な鉄砲とかと一緒にー、あーんな本とかー、こーんな本とかー♪ こう、お兄ちゃんお気に入りのー、青少年にふどーとくな書物を、妹さんの目の前で朗読しちゃおうかなー、と♪ あるんだろー? ンー?」「ちょっ、そっ……ソンナモノはっ……無いっ!!」「ほっほーん? そう言い切りますか?」 と……「ねえ、沙紀ちゃん、って言ったっけ?」「……ぅん……」「このお家にさ、お兄ちゃんしか入っちゃイケナイ場所とかー? 開けちゃダメって言われてる場所とか、教えてくれない?」「ふぇ……だめだよぉ! お兄ちゃん、危ない鉄砲とか爆弾、いっぱい持ってるんだから! うっかり触ったら、爆発しちゃうよ!」「大丈夫大丈夫! このほむらお姉ちゃんが、危ない鉄砲とか爆弾とかの扱いには慣れてるから、爆発させたりはしないよ」「……ぅぅぅー? ほんと?」「だっ、やめろ馬鹿! マジでトラップとか仕掛けてあるんだから! 家ごと吹っ飛んじまう!」 などと、最後のハッタリをカマしてみるのだが……「はっはーん♪ そこに秘蔵のアイテムがあるワケですなー? OKOK、ほむら先生、危険物対策は、よろしくお願いしまーす♪」「問題無いわ、行きましょう。魔女と戦って生き延びた、彼の所有する武器に興味がある。巴マミ、引き続き、彼の拘束をよろしくね」「はいはーい♪ じゃ、沙紀ちゃん、お兄ちゃんの秘密のお部屋に、お姉ちゃんたちと一緒に行こうか?」「うん♪ お兄ちゃん、ごめんね。ホントは、ちょっとお兄ちゃんの秘密のお部屋に、入りたかったの♪」「待てぇぇぇぇぇ! やめろーっ!! やめてぇぇぇぇぇお願いぃぃぃぃぃマイシスタァァァァァプリィイィイィイイズッッッッッ!!!!!」 俺がもし魔法少女だったら、イッパツで魔女化しかねない程の、絶望的な魂の絶叫も虚しく。 「うわっ……うわぁ……何これぇ?」「へぇ……男の人って、こんなモノが……」「……お兄ちゃんって、こーいう女の人が好きだったんだー?」「…………(ちらっと一瞥した後に、武器庫の物色に戻る)」「…………………………いっそ、殺せ…………………………」 ……その日。俺の人生は、色々と終わった…… ……本日の成果:魔法少女1匹。魔女2匹。 ……トータルスコア:魔法少女24匹、魔女(含、使い魔)53匹。 ……グリーフシード:残14+1。 本日の料理:日本式海軍カレー、マンゴージュース。 デザート:……俺の血の涙。