「もしもし、御剣です。朝早く、失礼します」『おお、どうしたね? ……君が、学校じゃなくて、直接かけて来るとは、珍しい』 朝六時。 電話口に出た、寝ぼけ声の担任に、俺は、ケータイ越しにでも頭を下げる。「その、沙紀の奴が法事で都内に出たついでに風邪もらってきちゃいまして。まあ、今のところ、そんな酷くは無いんですが……すいません!! 一日……今日、一日だけ、おねがいします! ある程度は沙紀自身も、自分で出来るように躾けてますので、今日を超せれば何とかなると思うので」『ん、分かった。忌引きの日数を、一日増やしておくよ。課題とレポート、ちゃんと提出したまえ』「すいません。ありがとうございます!!」 嘘をついてる罪悪感というか……まあ、そんな感じで。 とりあえず、沙紀の通ってる小学校にも、こんな感じで連絡を後で取る事にして、と。「さぁってと……大丈夫か? 手伝おうか?」「……結構よ」 思いっきりトラップに引っかかったガムテープだの粘着剤だのを、巴マミと沙紀にひっぺがしてもらいながら(流石に、トラバサミは逃げる途中で外したらしい)。 暁美ほむらは、鉄面皮のまま、憮然とした表情で俺に答えた。「無様な所を見せたわね。イレギュラー。『次』は上手くやるわ……」「タコ! 『次』なんてあってたまるか!」「っ!! ……ごめんなさい」「まあ、しょうがねぇよ……お前にとっても、想定外だったんだろ、この騒動?」「それどころか、『斜太チカ』って魔法少女そのものが、私の知らない存在だったわ」「だろうな。お前さんは普通、罠に引っかかりようが無いもんなぁ……」 繰り返しやってりゃあ、罠の位置なんて引っかかる道理もない。 時間遡行者にとって、確立的に引っかかるようなトラップなんて、無意味に等しい。 ……例外は、俺みたいな『最初の一回目』以外は。「……!」「何か、気付いたのか?」「いえ……何でも無いわ」 と……「暁美さん。顔のテープ、はがすわよ」「マミお姉ちゃん、そっち持って。 ……あ、お兄ちゃんゴメン。ちょっとこれベッタリ張り付いてガンコだから、暁美さんの頭、押さえててくれない?」「ショウガネェな……いいな? 押さえるぞ」「わかったわ」 彼女の承諾を得て、俺は暁美ほむらの頭を押さえこむ。『せーのっ!!!』 そう言って、息を合わせて、暁美ほむらに絡んだテープを剥がして行くのだが…… さて、考えてみましょう。 クールな鉄面女気取った魔法少女の顔面が、テープ芸でびろーんと伸びた『福笑い』状態で、崩れて行くその構図を。「……ブッ!! ……くっくっくっくっく!!」「っ……お兄ちゃん……笑っちゃ……彼女も女の子……ックックック!」「ごめん、暁美さん……ちょっとごめん……力が抜ける」「………………『次』は無いわ」 鉄面皮で憮然とした表情はそのままに。でもどこか腐った表情で。暁美ほむらはつぶやいた。「っ……はっ!!」「よぉ……気付いたか?」 暁美ほむらの『テープ芸』を堪能して……危うく、射殺されそうになりながら、何とか見られる程度に綺麗にすると、再びケータイでタクシーを呼び、巴マミと暁美ほむらと沙紀を連れて、俺の家に帰った後。 いつもは、沙紀を寝かせてる、エアコンガンガン&氷枕全開の専用布団の中で、美樹さやかは、目を覚ました。 ……流石に、沙紀ほどソウルジェムと肉体が分離されている状態に慣れてはおらず、元の肉体との同調に手間どったが。「……勝ったんですね、師匠」「ああ、助かった。 御剣沙紀の兄貴として、礼を言う。この通りだ……ありがとう」 そう言って、俺は美樹さやかに頭を下げた。「そんな……弟子として当たり前の事です」 その言葉に、俺は……「……うむ。そうか。 ならば、『師として』言わせてもらおう…………くぉの馬鹿弟子があああああああああああああっ!!!!!」 そう言って……思いっきり拳骨を振りかぶり、美樹さやかの脳天に落とした!!「うにゃああああああああああああっ!! しっ、しっ、師匠!?」「悪党を簡単に信用するな! 無駄に格好つけて命を危険にさらすな! 命を張ることと、命を投げ捨てる事とは違う! ……いいか、お前が今夜、カマした博打は、正直『命を投げ捨ててるも同然』の所業だ! 勝算なんて、ゼロから1%に上がった程度のレベルに過ぎん! そして、そんな確立に命を賭けるのは『博打』とは言わん! ただの自殺行為で愚かな蛮勇で、無謀に過ぎん! お前はあの段階で、勝算が無いと思って逃げるべきだったんだ! ……今回は本当に、本当に、本当に!! 『たまたま運が良かったダケ』だと思え!! いいか、『俺の弟子』を名乗りたいのなら、絶対に二度と、こんな『命を投げ捨てるような真似』はすんじゃねぇ!!」「はっ、はっ、はいいいいいいいいいいい!?」 襟首掴んで、ガックンガックンガックンとしながら……ふと、馬鹿らしくなった。 ……クソ! 殺すかもしれない相手に、何言ってんだ俺は……「わっ、わかってます……でも……」「でも? 何だ!? 申し開きがあンなら、言ってみろぃ!?」「マミさんと師匠の、ハッタリ全開のやり取り、かっこよかったです。あんな大勢の敵相手に、大ウソ信じ込ませる啖呵を切って。 ……やっぱ、ベテランの魔法少女や魔法少年って、凄いなぁ……って」『……え!?』 その場に居た、全員……沙紀以外、絶句した表情で(沙紀は『しまった』といった顔で)、美樹さやかを見る。 ……ちょっと待て? 美樹さやかは、ここで死体になっていたハズじゃないのか?「ま、待て? お前……何を言ってるんだ?」「え、えっとですね、その……夢、みたいな状態だったんですけど。見えちゃったんです。師匠が『魔法少年』になった直後から、かな? 特に、師匠が、斜太チカの銃弾とピストル、真っ二つに斬ってソウルジェム砕く所とか……凄く、シビレました!! あと、ああいった、こう……『土壇場で光るベテランの凄み』っていうのかな? 師匠とかマミさんとか二人とも、状況の判断が凄く的確で、ただ『殴り合いに強い』ってワケじゃなくて。 あたしも、あんな風に強くなりたいな、って、本当、思いました!」「……おそらく……『魔力の同調』の結果だと思うわ。 『魔法少年』の肉体……この場合、御剣颯太の体を、美樹さやかのソウルジェムが、擬似的な肉体として誤認識してしまった結果ね。 勿論、肉体の主導権は御剣颯太にあっても、美樹さやかの魂まで死んでいるわけでは無いから、そういう現象だって起こり得るハズよ」 暁美ほむらの解説に、俺は愕然となる。 ……待て? するってぇと? 沙紀の奴は? 俺が『魔法少年になって、ドンパチやってきた』全てを、見てきているというのか?「道理で…… 小学生にしては、恐ろしい程の精神的なタフさを、沙紀ちゃんが持っているハズだわ。 颯太さんの闘いを『一番間近で』見続けてきたのなら、嫌でも鍛え上げられるハズだもの……」 巴マミの言葉に、俺が顔面蒼白になる。「……沙ぁ紀ぃいいいいい、何で言わなかったぁっ!!」 襟首ひっつかんで、沙紀を問い詰める。「だって……お兄ちゃんがそれ知ったら『今まで魔法少女にやってきた、あんな事やこんな事』出来た?」「うぐっ!!」 今でも思い出す。 魔法少女たち相手に、口先一つで破滅に追いやったり、他人には迂闊に言うに言えない、キリング・スキルの手管含めた諸々を……「だからね、お兄ちゃん。私は……魔法少女『御剣沙紀』は、魔法少年『御剣颯太』の『妹』なんだよ♪」 ニッコリと、邪悪に輝く瞳で俺に微笑む沙紀。 ……つまり、俺は……沙紀の奴に、今の今までずっと『御剣詐欺』にかけられていた、って事なの……か!? ……猫を被って、大人しい顔して……そんな、馬鹿な! 俺の妹がそんなに邪悪なワケが無い!! 「っ!!!!! いっ、陰謀だっ! こ、これはインキュベーターの陰謀じゃよ、ぎゃわーっ!!」「ドコのモテモテ国王様よ! 諦めなさい! お兄ちゃんの『御剣沙紀 大和撫子計画』なんて、最初っから破綻してるのよ!」「嘘だーっ!! 俺は信じネェーっ!! 絶対インキュベーターの仕業だーっ!!」「諦めなさい、お兄ちゃん! 真実は常に一つって、名探偵も言ってるでしょ! 今更、こんな性格、矯正のしようなんて無いわよ!! 安心して、ちゃんとお兄ちゃんに習って『猫の被り方』だって憶えたんだから。ちゃんと魔法少女辞められたら、上条さん騙してでも捕まえて、お兄ちゃんの前に連れて来るわよ! ……あ、言っておくけど、美樹さん。 今回は、話を聞く限り、マミお姉ちゃんが居たからこそ『カッコイイ』闘い方してたんだと思うけど。 『お兄ちゃんだけで本気になった』時の喧嘩は、もっとエグくてド汚いわよ!? 多分、弟子になりたいとか絶対言えないと思う、本当に!! あたしだって最初、あの『優しいお兄ちゃんが』って信じられなかったし、本気でトイレで吐いちゃったもの!」「沙紀ぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!! ……くっ、くそぉっ! これは絶対に、絶対に、インキュベーターの陰謀だっ! あいつが、沙紀の性格をココまでひん曲げちまったんだ!!」 と……「いい加減、現実認めようよ、お兄ちゃん。 あ、それじゃ魔法少女三人に聞きました。 私こと、御剣沙紀が、『御剣詐欺』をマスターしたのは、お兄ちゃんのせいだと思う人、手を上げて!」 などと、その場に居た三人に、話を振りやがる沙紀。「はい! 間違いなく沙紀ちゃんは師匠の妹だと思われます!」、と手を上げる美樹さやか。「議論の余地すら無いわね」と、手を上げる暁美ほむら。「流石のキュゥべえも、陰謀を差しはさむ余地すらありませんわね」と、巴マミまで……「っ……そんな……そんな……」 愕然となり、その場に膝をつく。「沙紀は……沙紀にだけは『人の道』を真っ当に歩んで、真っ当な幸せを掴んでもらう……俺はそのために、そのためだけに、今日の今日まで、生きてきたってのに……」 頭を抱え、悶絶。 流石に、こんな事を知ってしまっては、沙紀のソウルジェムを使って闘い続けるなんて、出来るわけがない。 ……と。「ねぇ、お兄ちゃん? ……私ね、お兄ちゃんに、感謝してるんだよ? 美味しいご飯作ってくれて、必死になって魔女や魔法少女と戦って、あんな酷い悪夢にうなされながら、自分の事だっておろそかにしない。お姉ちゃんの遺産を必死になって管理して、誰よりも頑張って……やりたくもないのに、あんな酷い事して。本当は泣いてるんだ、って。 だからね……何も言えなかった。今みたいなワガママなんて、言うに言えなかったの」「……沙紀……お前……」 『以前のギラギラと張りつめながら、沙紀ちゃんにだけ笑顔を見せるあなたを見ていては、沙紀ちゃんは安心して甘えるなんて、出来なかったのではないかと』 あの時の、巴マミの言葉が頭をよぎる。「お兄ちゃん、ありがとう……だからね、私、いつ死んでもいいの。 魔法少年、やめたければ、やめていいよ?」「ダメだっ! 沙紀! お前は! お前だけは!」「じゃあさ、今日みたいに、さ。他のみんなを……魔法少女を、信じてあげて。 美樹さんや、暁美さんや、マミお姉ちゃんや……特にさ。マミお姉ちゃん来てから、お兄ちゃん変わったよ。 もちろん、インキュベーターが後ろに居るわけだから、全部が全部、無条件で信じるわけじゃないけどさ……それでも、魔法少女全部を敵視するのは、もうイイと思うんだ」「っ!!」「……大丈夫だよ。お兄ちゃんが一緒に居てくれるなら。私、もう何も、怖くないから。 だって、約束してくれたじゃない。最後の最後、魔女になる前に、ソウルジェムを壊してくれる、って」「沙紀……お前は……」「だってさ。『あのくらいで折れてたら』御剣颯太の妹が、勤まるワケ無いじゃない! それに、今はマミお姉ちゃんの庇護下なんだし、斜太チカの一件で、真相がバレまくっちゃった状態じゃない。 ……たぶん、安易に騙されて、お兄ちゃん襲ってくる魔法少女は、減っていくと思うよ?」 と……「御剣颯太。ひとつ、聞きたいんだけど」「……何?」「斜太チカから私が逃げ回ってた時でも、結構な数の魔法少女が居たと思うわ。 正直、巴マミと二人でも、苦戦は免れなかったと思うのに、死体は二つだけ。そして、他の面々は、闘いもせずに逃げ出した。 一体、どういう事なの?」 暁美ほむらの質問に、俺は、あの状況を答えてやる。「ん? 単純だよ。『兵は脆道なり』『兵を攻めるは下策、心を攻めるは上策』……孫子の兵法って、知ってる?」「……どういう事?」「えっとな、『魔法少女』っつっても、あの場に居たのは、斜太チカや佐倉杏子やアンタ並みに割り切った奴らばかりじゃねぇ。 基本的に『正義の味方』で『自分自身が絶対正しい』って思いこんだ連中が、シャブ嗅がされて軽くイッちってる程度の……そんな連中だったんだよ。 しかも『圧倒的優位な状況だった』って事が、逆に災いした。『考える余裕』ってモンが出来ちまうからな。 それが、まず最初に、巴さんと俺とがカマしたハッタリで、連中の『自分自身の立場が正義だ』って、大前提が崩壊しちまった。 さらに、斜太チカは、グリーフシードとシャブをちらつかせて士気を鼓舞しようとしたけど、それを、俺と巴さんがキレ倒してのける事で、全員の中に『自分は死にたくない』って心理を働かせて、全体の動きを封じたんだ。『誰かが行くだろう。自分はその後ろについていけばいい』ってな。 誰だって、好きこのんで『優位な状況で、死にたくなんてない』『自分だけは安全圏に居たい』。烏合の衆の心理ってそんなもんなのさ。 だから、暴走族なんかは、そういう状況で突っ込んで行く切り込み専門の『特攻隊』ってのが居たりするし、インターネットの掲示板を、目的を持って組織的に荒らす場合、最低一人は『先頭切って場を荒らす粘着屋』がいるわけで……もし、最悪の予測として、斜太チカが佐倉杏子と組んで、どっちかが特攻役でつっかけてきたとしたら、俺たちの命は無かったな。 まあ、仮定の話はともかく。 ンで、トドメになったのは……まあ、相手の自滅なんだが……魔女化しちまった魔法少女が出ちまった事だな。これが決定打だった。シャブつまんで暴走状態だったのに、立て続けに起こった状況の変化に、パニックになっちまったのがマズかったんだろーなー……。 そこで、俺が魔女の釜の種明かしをして、斜太チカは完全に孤立。……沙紀を拉致られちまった時は、マジで焦ったけど、お前さんが本当にベストタイミングで現れたのが、運がよかった。そして、お前さんに頼んだ仕事通り、斜太チカは自滅していったって寸法だ。 あとは、指揮官と、正義を失って、さらに魔女化の事実でパニックになった烏合の衆の魔法少女たちに、俺が追い込みをかけた。 『殺してやる』って……な。 ……正直な話、『魔女化の事実』なんぞよりも、目の前に『日本刀引っ提げた、殺意バリバリの殺人鬼』に迫られるほうが、よっぽど恐ろしいだろ? 少なくとも、『魔女化』なんてのは『いつか』の話しだけど、『目の前の殺人鬼』は、今、即、目の前に迫った死だからな。 そんで、もう戦闘能力……というより『戦闘意欲』って言うべきか? そんなもんなんて、欠片も無くなっちまった連中は、腰を抜かしてあとずさる羽目になって……殺すつもりで振り下ろした刃物を、巴マミが受け止めて『逃げなさい!!』って言った。 ……正味、彼女がココまで合わせてくれるとは、俺も思ってなかったんだが……この『逃げなさい!!』って言葉が、最後のキーワードだな。 そんな風に追い詰められた人間は、普通、窮鼠猫を噛むで暴れまわるんだが、そこに具体的な逃げ道を与えると、そっちに走っちまうんだ……本音言えば、その逃げ道にトラップ仕掛けておきたかったんだが、まあ、時間も無かったし、仕方ない。 後は、消耗し尽くした、斜太チカを、俺がバッサリと処分。 死体は適当に近場に並べて……あとは巴さんが、逃げた魔法少女たちに連絡を取っておけばいい。……『多分、死人出てるから、警察来るよ』って。 ンで、巴さんに話したとおり『全部を斜太チカにおっ被せちまえばイインジャネ?』『魔力で体を治して、一回目だったって事にして嘘泣きでも何でもすりゃあいい』って、彼女たちに囁けば……もー彼女たちは、心理的に巴さんに逆らえんな。 何しろ、うっかりすりゃ彼女たち、自分たちが『正義の味方』どころか『間違って殺人未遂&誘拐&覚せい剤使っていた上に、正当防衛を盾にとった殺人鬼に殺されかけた』ところを、『巴さんが救ってくれた&後始末までつけてくれた』って事になるわけで。 ……まあ、恩を忘れて、生意気な事を言い始めたら、『あの時の殺し屋さんが来るわよ?』『警察に行きましょうか?』って囁けば、大体黙るだろ?」 とりあえず、斜太チカが主犯なのは間違いないので、きっちりと全ての罪を背負って冥土に逝ってもらいましょう。……それに、この件に関しては、俺の復讐はまだ終わっていないし。「ああ、そうそう。ついでに、俺からの伝言で、こう付け加えといてくれると、助かる。 『誘拐の事実は黙っててやるけど、今度、俺の縄張りにチョッカイかけてきたら、それ含めて警察に垂れこんじゃうぞ』って。……いくら魔法少女だから、っつったって家族も居るだろうし、学校もあるだろうしな。 佐倉杏子や巴さんや俺みたいなみたいな『天涯孤独』ってばかりでもあるめーし、中には祈った奇跡の才能だけで『飯食ってます』って奴とかには、警察絡みは致命傷だろうし……」 ふと、そこで、重大な事に気付く。「……お前ら……家は、どうやって誤魔化して出てきた?」「私は、元々独り暮らしよ」「あ、私も」 ふと……顔面蒼白な、美樹さやかを見る。「お前……『何て言って、家を出た?』」「あっ、えっ……えっとぉ……慌ててたから、黙って……」「くぉの馬鹿弟子がああああああっ!! っていうか、お前ら学校はどうしたーっ! 連絡取ったんかい!?」 『あっ』、って顔になる、沙紀以外の魔法少女全員。特に、美樹さやかは蒼白である。「……とりあえず、沙紀。お前、いいわけになれ。 あー、筋書きとしては、巴さん経由で沙紀が大熱出して寝込んでたのを知ったお前が、あの裏路地での恩を返すために、必死になって夜中コンビニとか走り回った、って事でOK!? 関係を疑われたら、鹿目まどかに連絡してもらえ!」「あっ、ありがとうございます、師匠!」「もし、ご両親に文句言われたら、俺が矢面に立ってやる! すんませんでした、ごめんなさい。っつって頭下げまくるから! ただし、俺は基本は追い返そうとしてた、って事で。泥はお前自身が被る覚悟はしておけ!」「はい! ……流石、師匠です。よくそんな筋書き、とっさにおもいつきますね」「タコ弟子が!! こんな事、何度も通じる手じゃネェんだぞ! だから、日ごろの信用って、大事なんだ! とりあえず……『二度と俺のところに来させない』くらいは、両親に怒られると思っておけ!」「っ! そんな……」「アタリマエじゃあああああ! 俺がお前の親だったら、俺の家に怒鳴りこみに行くわぁっ!!」 最悪の事態に、頭を抱える俺。 ……いや、非情呼集かけたのは、確かに俺だけどさぁ。もっとこう、何というか、イイワケの一つ二つ、用意してから来ようよ。「なるほど。 巴マミと御剣颯太……理想的な『飴』と『鞭』ね。勉強になったわ」「『飴』と『鞭』というより、どっちかと言うと『菩薩』と『修羅』だよね……」「……聞こえてンぞ、テメェら」 ジト目で睨む俺の言葉を、馬耳東風で聞き流す、沙紀と暁美ほむら。 と……「……あ、もしもし、お母さん? ごめん! うん、実はね……」 などと、俺の筋に沿った言い分けをしていく美樹さやか。 そして……「代わってくれって……」「おう」 ごきゅり、と唾を飲み込み、ひとつ深呼吸。「もしもし、お電話代わりました。御剣と申します。 ……その、今度の事は、こちらの不徳の致すところで、本当に申し訳ありませんでした!」『いいえ。ウチの子が、勝手にやって、そちらこそご迷惑じゃございませんでしたか?』「いえ! ご迷惑だなんて。ただ、その……『親御さんが心配するから帰れ』って言ったんですけど……」『大丈夫、分かってますわ。それに御剣さん、さやかの剣術の先生なんでしょ?』 ……は?「えっ、いえ! 剣術っつっても、師匠からロクすっぽ切り紙すら貰えなかった腕前なんですよ! 彼女たちが絡まれて助けたのも、たまたまなんです!」『夫から聞きましたわ。西方慶二郎先生の、最後のお弟子さんと聞きましたけど?』 ぶーっ!! なんでそこで師匠が出て来るーっ!?「しっ、『師匠を御存じの御方』なんですか?」『ええ……まあ。夫が聞くには『凄い人』だったとか。『自分は直接会った事は無いけど、噂は聞いている』とか……』「はっ、はぁ……その、私の腕前は、とんと師匠に及ばないモノでして……」『ええ、分かっております。 ですが、今回の事もそうですが、うちのさやかは無鉄砲な所がありまして。 どうか、そういう部分まで、御剣さんに鍛え直して頂けませんでしょうか?』 はっ、はいいいいいい!? なんでそうなる!?『この間も、その……さやかの幼馴染の恭介君と、仁美さんと、トラブルになったでしょう? その時に、割り込んで止めようとしてくださって、その上、恭介君をタクシーで病院にまで連れて行ってくださった上に、入院手続きまでして、費用の立て替えまでしてくださったとか?』「あっ、いえ、あれはただ本当に成り行きで! しかも、止めるべき所を止め切れなかった自分の不徳の致すところでして!」『御謙遜なさらずとも。 お若くて正義感が強くても、さやかと違って、ちゃんと脇が見えていらっしゃるお方だと、上条さん……恭介君の御父上と感心してましたのよ? それに、見滝原高校の奨学生でいらっしゃるとか?』「……は、はぁ、まあ……その、でもですね、我が家は両親不在なので、少々問題が……」『大丈夫ですわよ。さやかは、良い人と悪い人を見抜く目は、持ってますから。 その程度には、娘を信用していますのよ? それに、家に連絡するように、って言ったの、多分、御剣さんでしょ?』「はぁ、まあ……寝込んだ妹を前に、色々と慌ててたんですけど。 朝になって、冷静になって問いただしてみたら、連絡せずに出てきたって言ったので、思わず怒鳴りつけちゃいまして」 ついでに、おっかさん……アンタ、自分の娘を、殺人鬼の弟子にしようとしてますぜー……などとは、思っても言えず。『やっぱり、しっかりした人じゃないですか。 あ、さやかに代わってもらえますか?』「……はい」 ……何だろうか? 何か、とんでもない追いつめられ方をしてしまった、気がする。 あえて言うなら、『御剣詐欺』に引っ掛かったような……そんな前兆。「うん……うん、分かった! うん、今日一日だけね……大丈夫、OKは貰ってるから。了解!」 そう言って、電話をぶつっ、と着る美樹さやか。「師匠。両親から入門の許可、もらっちゃいました!」「……いや、疑おうよ。疑問に思おうよ。しかも自分の娘を、野郎に弟子入りとか……ドーなってんのよ、お前さん家」「大丈夫! 師匠はマミさんしか見てないからって、父さんと母さんに言ってあるから♪」「ぶーっ!! なっ、なっ、なんじゃそりゃあああああああああああっ!!」 思わず噴き出す俺に、さらに美樹さやかが追い打ちをかける。「ついでに『失恋した責任、とってもらう』って事になってますから、問題ありません!」「ちょっと待てえええええええええええええええええええっ!! っていうか、お前の両親、噂程度でも『師匠を知ってる』って、何者なんだ!」「え? ウチ? ふつーの家だよ?」「フツーの家ぇ? ……今、思ったんだけど、フツーの家って……どこと比べて?」「え? 恭介や仁美の家と比べて。大体まどかと一緒くらいかな?」 頭痛がした。 そもそも、師匠の存在を知ってるって時点で、ある程度の社会的地位があるか『そういう業界』の御人である。 ……っていうか、幼少の頃からバイオリンの英才教育が出来るような家や、習いごと全開な御家柄のおぜうさまの家と比べちゃあ、ドコの家だろうが『普通の家』だよ! 見滝原に引っ越してきた直後の我が家なんて、その基準じゃ『貧乏』の部類に入っちまうし、都内に暮らしてる親戚たちは『赤貧』になっちまうよ! どーやら、上条恭介や、志筑仁美ほどではないにしろ。 彼女も、世間一般の範疇からは、十分に『おぜうさま』の御家柄らしい(そもそも、見滝原中って段階で私立だし)。……そーでなけりゃ、彼女が彼らと関わる事も無かったんじゃなかろーか?「……どっ、どうしてこうなった!?」 なんか、洒落にならない追いつめられ方をされてしまった気がして、俺は絶句する。 ……今になって、ようやっと。この『爆弾娘』の本領を垣間見てしまった気がした。 あえて言うならそう……『天然御剣詐欺機能搭載型』? 無自覚に、他人を追いつめて行くタイプ? ……ヤヴェエ………本気でヤヴァ過ぎるんじゃねぇか、これ!? 脳天気にニコニコと笑う美樹さやかの笑顔を見て、俺は戦慄していた。