「………」 特にする事も無くなった後。 二階の自室で、俺は愛刀の手入れをしていた。 何しろ、料理に関しては、巴さんが全部作ってくれてしまったのである。 一人、追加の人間が現れたが、それは俺が辞退すればいい。 『昨日から殴られて気絶した以外、一睡もせず、暴れ通しで眠い』 そう言いわけを残して、俺は自室へと引きこもっていた。 無論、眠いのは真実である。だが、今の状況では『俺は眠れない』のだ。 と……階段を上がって来る足音に、俺は戸惑った。 沙紀ではない。あんな遠慮した足音は立てない。 ……じゃあ、誰だ? と……「やっぱり、起きてらっしゃいましたね」「……あんたか」 部屋に入ってきたのは、巴さんだった。手にしたお盆の上に、卵粥が乗っている。 刀の手入れを終えて、白鞘におさめると、俺は彼女に向き直った。「沙紀ちゃんから聞きました。自分以外の魔法少女が近付くと、気配を察して起きてしまう、とか……本当ですか?」「……さあ?」 とぼける俺に、巴さんは真剣な目で、俺に問いかける。「颯太さん。では……『私の前で、寝てみせてもらえませんか』?」「っ! ……ちょ、ちょっと待ってくんないかなぁ?」「あら、少なくとも……私は『あの時、寝てみせましたよ』?」 その言葉に、俺は完全に絶句。 と、同時に……沙紀がテレパシーでやり取りした内容も、大体想像がついた。「沙紀の奴!! っていうか……あの、俺、男で、しかも殺し屋なんですけど?」「あら、私だって、『信じてる人の前』でしたら、寝るくらいはしますよ?」「……タチが悪い誘い文句だ。悪趣味にも程があります」「ええ。ですから、颯太さんも『私の前で、寝てみせてください』。 魔法少女の名誉にかけて、『颯太さんが寝て居る間、一切の手出しはしませんし、他の誰からも守ってみせます』」「っ!!」 その言葉に……俺は絶句した。 何故ならば、俺はその言葉に対して『答える事が出来ない』のだから。「やはり『眠れない』のですね……魔法少女が近くにいると」「……………別に、飲まず食わずの徹夜は慣れてますよ」「違います! 問題はそこじゃありません。 ……颯太さん。あなたは……魔女や魔法少女相手に『どんな目に遭ってきた』のですか? 『魔法少女が近付いただけで、気配を察して起きてしまう』なんて、『普通じゃない』にも程があります!」 真剣に詰め寄る巴さんに、俺は言葉を濁す。「……別に? ごく普通ですよ。 武術武道の世界じゃ、『常在戦場』って言葉がありましてね。『常に戦場に在るように心構えをして過ごせ』って。 そんで、達人は敵の気配を察し、寝てても目覚めて起きるってのは、よくある話です」「そうかもしれません。颯太さんの剣は、はっきり言って並みの魔法少女の敵うモノではない以上、達人と言ってもいいのでしょう。 ですが……沙紀ちゃんの言葉から推察するに、颯太さんは『魔法少女にだけ、反応するように起きる』のではありませんか?」「……………別に、今まで敵だったんだし」「それだけじゃないでしょう。率直にお尋ねします……『魔法少女がそんなに恐ろしい』のですか?」「っ!!」 ものの見事に言い当てられて、俺は絶句する。「あなたが怯えているのは、殺人の罪だけではない。 『殺しに来る魔法少女そのものに』あなたが恐怖を感じていないわけがない。だとするならば……一体、あなたは『魔法少女にどんな目に遭ってきた』というのですか!?」「……怖いに決まってるでしょう」 思わず。俺は漏らした。「想像してみてください。 街を歩いてる女の子が、いきなり魔法少女に変身して、奇跡と魔法で『俺と沙紀を殺しに来る』って構図を。 しかも、魔法少女に成り得る素質がありさえすれば、『全ての女の子が』俺と沙紀を襲いに来るんですよ? ……昨日まで、ふつーに挨拶してた、ご近所ですれ違ってた女の子が、ある日突然、魔法のステッキを振りまわして、『殺し屋を成敗する』と称して、俺を殺しに来る図が想像できますか?」「っ!!」 そう。 インキュベーターを敵に回すという事は、そういう事。 言わば、都市ゲリラに命を狙われ続けているようなモノなのだ。 しかも『誰が、どんな風に襲って来るかも分からない』。「……我が家のお隣、空き地になってるでしょ?」「え、ええ……それが?」「巴さんみたいな、遠距離攻撃型の魔法少女がね……まあ、新人なんですが。 そいつがブン投げた『槍』が直撃して、あそこにあった家、住人ごとふっ飛ばしてるんですよ」「っ!!」 とりあえず、俺は紙を持ってきて、ペンを走らせる。「投槍器(アトラトル)なんてマニアックな武器を使う魔法少女でね。……こんな感じの形状で、槍を引っかけてブン投げるんですよ。 そんで、破壊力も射程もかなりあったんですが……命中精度がよろしくなかった。 轟音と共に燃えるお隣に目が覚めて、窓を開けたら……俺の縄張りの彼方のビルで、我が家を狙ってた彼女は『どうしてたと思います?』」「……後悔とか、呆然とか、ですか?」「違います。『気を取り直して、第二射の用意』をしていたんですよ。そしてそれは『戦場では正しい判断』なんです」「そっ、そんな!」「無論、こっちも即座に対物ライフルで狙撃しましてね……運がよかったのか、一射で投げようとしていた相手の片腕吹っ飛ばして。んで二射目で何とか、仕留める事ができました」「まっ、待ってください! そんな事をする魔法少女が、そう頻繁に居るハズがありません!」「そうでしょうね。一般人相手なら、あなたたち『魔法少女』は何もしなかったでしょうね。 でもね……俺は『殺し屋』として認知されていた。そして『殺し屋を殺すためなら、多少の犠牲はやむを得ない』。いや、もっと言うならば『自分が正しければ、他人にどんな迷惑をかけても、何をしても構わない特別な存在だ』。 おそらくは、そう考えたのでしょう」「っ!!」 絶句する巴さん。「『悪魔に人権は無い』。昔のアニメの名台詞ですがね……だからこそ『俺を悪魔だ』と認識した瞬間に、魔法少女の行動は、容赦が無くなった。いや、倫理や視野がガキ丸出しな分、手加減とか程度とかそういったモノも何も無い。ぶっちゃけ、街中だろうがドコだろうが、襲って来るんです。 しかもね……彼女たちは『他人の命を奪おうとしている』という自覚すらも無いんです。 『ちょっと悪をこらしめる』つもりで、こっちが死にそうになってる事にすら、気付かないで襲ってくるんですよ。その『例のアニメ』の主人公気取りでね。その主人公『盗賊殺し』なんて、悪党から金巻き上げてるシーンが印象的ですが、そのアニメの主人公が、しょっちゅう『盗賊に逆に命を狙われてる』って事を、完全に失念してるんです」 最早、俺の言葉に、うつむいたまま声も無い巴さんに、淡々と説明していく。「俺が『何でヤクザを放置してたか』っていうとね。全部を敵に回すと『面倒』なんです。最悪、殺されるかもしれない。 だから、『俺が本当に許せない』モノだけを、なるたけ筋を通して波風立てないように消して行く事にしてるんです。何しろ、こっちには沙紀というウィークポイントがありますからね。今回みたいにヤクザと連携されたら、怖い事になる。 わかりますかね? 『俺は最強でも無敵でも何でもない。ただ他生の縁で誰かに生かされてるだけの小悪党』でしかないんですよ。そんで、吹っ飛ばされたお隣の倉本さんの家はね。『奇跡も魔法も魔法少女も魔女も、何も関係が無かった』んです」「……その、倉本さんは……」「生きてはいます。家族全員。俺が鉄火場に飛び込んで助けました。でも『家を無くした家族がどうなるか』俺は、それを身にしみて、よく分かってます。 だからこそ、俺は心底、恐怖しましたよ。 魔法少女って『何考えてんだ』って……正しい事なら、悪魔を成敗するためなら『正義の味方は何をやったっていい、何をしたって構わないのか?』 だったら上等じゃないか、俺がそこまでの悪魔だというのなら、悪魔らしいやりかたで答えてやるまでだ、ってね。 中でも傑作だったのはね……いざ自分が殺されかけた時に、命乞いの代わりのつもりなのか、俺に愛の告白してきた馬鹿まで居やがって。人の妹ボコボコにしておいてナニ寝言を吐いてるんだか。頭オカシイにも程があるってんですよ」「っ……………!」「そんなのを相手にし続けてる内にね……『匂い』っていうのかな? 魔法少女の気配みたいなのが、何と無く分かるようになってきちゃったんですよ。ベテランの本屋が、万引きしようとする客を見抜くような感じで。 あとは簡単でした。警戒すべき対象さえ分かってしまえば、その気配さえ見抜ければ『寝る事も出来る』。……正直、緊張疲れでヘトヘトになる寸前でしたからね。勿論100%じゃないから、あまりアテには出来ないんですけど」「颯太さん、その……昔、ベトナム戦争から帰ったアメリカ兵の話を、思い出しました。 その『常在戦場』って言葉は、本当に、現実の武術や武道にある言葉なのですか?」「ええ。でも、慣用句になっちゃってるから、逆にそれを『完全に実行したらどうなるか』なんて考えてる人は、少ないんじゃないかな? それを『本当の意味で』理解できるのは、軍隊の、それも特殊作戦群みたいな人たちくらい。あとは、日々、神経をすり減らしてるヤクザとか、それを相手にしなきゃならないマルボウの警察官とか、色々恨みを買っちゃった傭兵とか……かなぁ? そういった、『血の気の多い業界の人たち』はね、無駄に揉めたり喧嘩したりする事を極端に嫌うんです。『敵が増える事の恐ろしさ』を、誰よりも骨身に染みているから礼儀正しいんですよ。その分『必要とあらば』幾らでも獰猛で狡猾になりますが。 だから、正直、斜太興業のような『ハネッ返りのチンピラ連中』は、俺が手を下さずとも『いつか誰かに』シメられていたでしょうね……もっとも、その別でシメた人が『俺より優しい』なんて保障はドコにもありませんけどね。むしろ、もっと酷い目に遭ってたんじゃないかなぁ? 家族と一緒に山の中に埋められるとか、ありそうだし。 そんなわけで、ね……前にも話した通り、俺は『何も考えてない正義の味方』が大っ嫌いなんですよ。いや、『自分の頭で考えてない』とでも言うべきかな? キュゥべえにおだてられて『君たちは正義だ、Go!』なんて言われたとこで、そもそもその『正義』ってのは『誰にとっての、何の利益と目的があっての正義か?』なんて、完全に失念してんですよ。 自分で選んだわけでも、掴んだわけでもない。とりあえず『お手軽な正義』に乗って、ほいほい馬鹿をやらかすには魔法少女の力ってのは強力過ぎる。そのくせ、自分たちは奇跡と魔法で絶対安全な場所に居る、と思いこんでいやがる。 ……救いようがありませんよ、本当に」 そこまで喋っておいて……俺は、巴さんの表情を見て、後悔した。 だから……「なんて、ね……嘘ですよ。嘘」「え?」「お隣さんは、元々空き地です。 まあ、命狙われ続けた、ってのは事実ですけどね、脚色ですよ、脚色。 俺みたいな悪党を頭から信じ込むと、馬鹿を見ますよ、本当に」「……そう、ですか」「そうです。『被害者ぶる奴ほど実は加害者だった』なんて、世間じゃよくある構図ですよ? しかも、そういう連中は『被害者じゃないと立場が無くなる』から、より強硬に被害者ぶるんです。 そういう連中って、何歳年齢を重ねようが世間じゃ『ガキ』って言うんですけどね。俺みたいに。 ……巴さんは、もーちょいそーいうとこ、疑った方がいい。あ、メシ、ありがたく頂戴します」 そう言って、卵粥をレンゲですすりこむ。正味、美味かった。「……あの、私たち、もうお暇しましょうか?」「いや、それには及びません。むしろ、居てほしいくらいだ」「え?」「下でね、沙紀の奴が笑ってるでしょ? ……正直ね、今度の事は色々堪えたけど、あいつが本当に、心の底から笑ってくれるのならば、それでいいんです。 だから、寝不足くらい、なんともないんですよ。本当に」「っ! ……あなたは……」「だってそうでしょう? 家族が居なければ、俺の幸せなんて成り立たないんですから。 俺の望みはね……家族が全員、穏やかに、笑って過ごせればそれでいい。俺が殺した父さんも母さんも、魔女になって死んだ姉さんも、本当は一緒に暮らしたかった。 でも、それを全部守らなきゃいけないなら兎も角、今の俺にとって家族は沙紀一人しかいない以上、大それた奇跡も魔法も必要無い。『努力と根性で賄える』範囲の話なんです。世のサラリーマンや日雇い労働や、アルバイト、パートで頑張ってるお父さんお母さんと一緒ですよ」 そう言って、器をお盆に置く。「ごちそうさまでした。美味しかったです」「……あの、颯太さん」「え?」「眠れないのでしたら……せめて、そう。お話、しませんか?」 !? 意外な申し出に、俺は戸惑った。「……と、言っても、なあ。 俺は女でもないし、そんな女の子を喜ばせる、気の利いたトークの出来る人間じゃあ無いんですよ。申し訳ない」「あれだけ饒舌に、啖呵を切ってのけたのに?」「必要なら、幾らでも舌が回るように出来てるんですよ。男ってのは。 逆を言えば……それ以外の事が、どうも疎くてね……考えてみりゃ、俺は巴さんの『生き方』は知っても、趣味も何も知らないわけですし。共通の話題なんて、魔法少女関連の話になっちまう。だから、俺と話をしても、愉快なトークになるかなんて……ちょっと保障が出来かねますね」「……んー、では。あ、そうだ。 颯太さんの、お師匠様の話、して頂けませんか?」 と、意外な角度から、巴さんは俺に斬り込んできた。「俺の、お師匠様の?」「ええ、どんな人物だったのか、って……少し、興味が湧いてきました」 その言葉に、俺は別の意味で渋い顔になってしまった。「う、ううーん……」「無理、ですか?」「いや、話すのは構わないんですが……すいません。正直、あの人が『何者だったのか?』という分類なんて、未だに俺自身の中でも不可能なので……何しろ、年がら年中ベベレケに酔っぱらって、妖しい嘘八百を撒き散らしながら生きてきたお人ですから。 しかも、あの人に嘘が無かったのって『剣術』くらいじゃないかとは思ってたんですが、葬式の時に本当に政治家だのヤクザだの自衛官だの警官だの、ほんとーに得体のしれない人脈持ってましたからね。 キュゥべえじゃありませんが、マジで『わけがわからないよ』状態なんです」「はぁ……」「今思えば、そんな怪人物が、何で俺を弟子にしてくれたのかなんて事すらも、不明としか言いようが無いんですよ。 第一、あの人がナニ考えてたのかなんて……あ、そういえば……」 ふと、思い出した事。 そこから類推できる事を想像してみる。「本当かどうかは分かりませんが……師匠、元々はお坊さんだったんじゃないかなぁ?」「お坊さん、ですか?」「ええ、何でか知らないですけど、仏教用語とかチラチラ使ってましたし。……あ、だとするならば、あの屁理屈スキルも分かる……けど……うううううん」 腕を組んで、頭を悩ませる。「えっと、どうしました?」「いや、今も言った通り、本当に嘘つきのインチキオヤジだったんで、本当か嘘かの見分けが難しいんですよ、あの人。 嘘つきの達人と言ってもいいくらい、とんでもない目に遭いましたしエラい目も見ました。魔法少女でもない中学一年の男子に腹にダイナマイト巻かせてヤクザの事務所に日本刀一丁で放り込むなんて……はっきり言って頭オカシイとしか言いようが無いでしょう?」「は、はぁ?」「だから、本当に……本当に、これは俺の推測です。真実かどうかなんて、はっきり言ってわからない。それを踏まえた上で、聞いてくださいね? えっと、まず師匠を『お坊さんじゃないか?』って疑ったのは、数珠持って綺麗に般若心経唱えてるところを見たのと、死人が出た時に物凄くテキパキと葬儀の手配をしていた事が一つ。 次に、鬼のようにディベート……というか、屁理屈が上手かった。しかも、小手先のごまかしってんじゃなくて、真理と心理にずばっと切り込んでくるような、そんな人です。剣以外に、言葉の達人でもありましたね。 そして、師匠がお坊さんだったと仮定するならば、あの無駄に広い人脈にも納得が行く……のですが……うううん」「どうなさいました?」「いやね、あんな幅広い人脈があるなら、お坊さん辞める理由が無いんですよ。それこそ、葬式だの何だので、将来安泰でメシ喰って行けるんです。しかも……恐らく、禅僧だと思うんです。ほら、『一休さん』っているでしょ? とんちの。あんな感じで……でも、禅僧の生活って、洒落にならないくらい厳しいですから」「そう、なんですか?」「ええ、以前、師匠に連れられて夏休み中、禅寺に放り込まれた事がありまして……凄いですよ。朝三時起床で、寝るのは十一時。それ以外はひたすら座禅と修行と……剣の修行だと思えば苦になりませんでしたが、今思えば小学生にはトンデモナイ生活だったな。 そんな厳しい精神修行に耐え抜いたお坊さんが、ドコをどーやったら髪の毛も髭もぼうぼう、酒もたばこも飲み放題でアル中で、50過ぎて女は抱きまくるわ、博打はするわ、借金こさえてトンズラこくわ、ヤクザやチンピラに喧嘩売りまくるわ……やめましょう、ありえない。 あれは完全な『悪の大人』の見本です。師匠=お坊さん説は、あの破戒っぷりからしてデタラメにありえないと分かりました。もし、坊主ならば堕地獄直行です。その前に、全国の禅僧が大迷惑です。クリスマス・イブにサンタクロースの格好で、ヤクザの事務所にダイナマイト放り込むとか、狂ってますよホント。 ……確かに、一応、禅僧らしい問題も出してくれたんですけど、それだけじゃ信用が置けない。あの人の事だから『問題だけ』どっかから仕入れてきた可能性が否定できないし。何でかお坊さんにもコネがあるみたいでしたから、きっとお坊さん騙して、問題だけ掠め取ったんじゃないかな?」「えっと……どんな、問題ですか?」「『隻手の音声』っつってね……意味は『片手の音を聞け』って意味なんですが。 んで、その時に散々悩んだんですが……結局、答えは教えてくれないままポックリですよ。問題出すだけ出して死んじゃうなんて、酷いと思いません?」 と……「……っ……ふふふふふ。ごめんなさい。ちょっと……」「何がおかしいんですか?」「だって……間違ってたらごめんなさい? 美樹さんに接してる時の颯太さんと、そっくりなんですもの。その……お師匠様と颯太さんの関係が」「……は?」 思いっきり、首をかしげる。 ……俺は少なくとも、あんな筋の通らないデタラメな生き方は、した記憶は無いのだが…… ごく普通に、『家族を守るために生きる』。究極的には、その決心の下に、生き続けてきただけである。「きっと、何だかんだと颯太さんの事を、そのお師匠様は放っておけなかったんじゃないですか?」「いや、だからって腹マイトでヤクザの事務所にポン刀一丁で特攻とか、ありえないでしょ? 俺、魔法少女じゃないんですよ?」「それは、颯太さんの師匠なりの『鞭』だったんじゃないですか?」「いやいや、無いから無いから無いから! あの人に限って、それは無い!!」 と……「颯太さんの『嘘』って……結局、『誰かのためにつく』嘘が、大半ですよね」「そう、かな?」「ええ。だから時々、本当に下手な嘘が出るんですよ。……お隣のお宅が吹き飛んだの、事実でしょ?」「っ……参ったなぁ」「ええ。だからさっきも美樹さんに言ってたでしょ? 『悪党を簡単に信用するな』って。 ……きっと、颯太さんのお師匠様は、『正義の味方』に憧れてた颯太さんを、放っておけなかったんじゃないですか? 今の美樹さんみたいに『危うい』と思って。しかも、天性のモノまで備えて居たとしたら尚更です。 だから、颯太さんの師匠は、あえて自ら悪を演じていた。 『御剣詐欺』なんて、あの時言って沙紀ちゃんも気にいったのか、使ってますけど。颯太さんのような、誰かのために覚悟の上でつく嘘を『御剣詐欺』って言うのなら……私はそれは、人間として凄い事だと思うんです。 『自分たちの利益のために、真実を利用して少女たちを騙す』インキュベーターと『誰かのために悪を演じ、嘘をつく事で泥を被り続ける』御剣颯太と。 同じ『魔法少女の相棒(マスコット)』でも、私は颯太さんのほうが、まだ信じられると思ってます」「っ……俺はそんな」「無理ですよ。もう……嘘がバレてしまったんですから。『御剣詐欺』はバレたら意味が無いんですよ? そういう意味で、多分、あなたの師匠は『御剣詐欺』の達人だったんじゃないですか?」「巴さん。分かりました。俺が嘘が下手な生き物だってのは分かりました。 でもね、師匠に関しては、ほんっとに気を許しちゃいけない。死人だからって、その死後のコネで、良い目を見てきただけじゃないんですよ? 師匠の借金肩代わりさせられそうになったり、師匠の買った恨みの矛先を俺にむけられたり。 確かに助けられましたが、苦労も百倍以上です。もー無茶苦茶ですよ、あの人は。 っていうか、死人にまで騙されちゃダメですよ。そーやって『良い人』を演じて騙して行くのが、あの人の手口なんですから!」 そう言いながらも、巴さんは笑ったままだった。 ……あーあーあーあーあー、師匠、死んでまで魔法少女を騙すって、ホント何者だったンですか!? っていうか、中には、ホントに師匠をイイ人だ、と勘違いしたまま思いこんで『結婚したかった』とか葬式で言い出してた人もいたし。 ……ほんと、中身はペテンと詐欺と暴力と剣術の化身だったんだってのに。マジで。 と……「ん? そろそろ下が、お開きになったのかな?」「そう、みたいですね」 ガサゴソと階下で動く気配に、巴さんが立ち上がった。「それと、颯太さん。明日……ちょっと学校が終わったら、美樹さんたちと一緒に、付き合ってもらいたいのですが」「俺と、馬鹿弟子と? どこに?」「見滝原森林公園です。奥に行けば魔法少女の姿になっても人目につかない森の中になりますから。 そこで、ちょっと確認したい事がありまして」「森林公園、ねぇ……丁度いい。あの馬鹿弟子を鍛え上げるのにも、好都合だ。沙紀の奴と併せて二人とも、みっちりシゴいてやろう……ゲッゲッゲッゲッゲ♪」 イビルスマイルを浮かべる俺の顔に、巴さんがドン引いた。「そ、その……お手柔らかに。一応、美樹さんも女の子なんですから」「安心してください。『死にはしません』から。『死ぬよりマシ』か『死んだ方がマシ』かは、あいつら次第ですがね♪ それに、辞めたきゃ辞めていいんですし。馬鹿弟子のほーは」「は、颯太さん。ハートマ○軍曹じゃないんですから!」「あっはっは、安心してください。微笑みデヴに便所で射殺されてやるほど、俺はヌルかぁ無いですヨ♪」「……と、とりあえず、お願いしますね。くれぐれも、やり過ぎないように」 そう言って……どこか沈痛な表情を浮かべながら、巴さんは、俺の部屋を退出していった。