「さあ、走れ走れ! でないと、『この場で』死んじゃうぞ!」 翌日……森林公園のマラソン・ロードを走る、白鞘に収めたままの兗州虎徹を指揮棒代わりに振りまわす俺と、その背後をついて行く沙紀と美樹さやかの姿があった。「っ……ちょっ……ちょっと、待って……師匠……」「お、鬼いちゃんだ……お兄ちゃんじゃない……鬼いちゃんだ……」 俺の手には、沙紀と馬鹿弟子のソウルジェム。 そして……初日の最初の訓練の内容は『マラソン』である。 無論、普通のマラソンではない。俺が『いい』というまで一緒に走り続ける事。それが条件のエンドレスマラソンだ。 当然、俺より100メートル以上離されると、その時点でソウルジェムから二人とも肉体のコントロールが出来なくなってしまう。 そして、彼女たちには『飲んでもいい水を入れた、大きめの水筒を持たせていた』。 ……さて、思いなおしてみよう。 人間は死んだ瞬間、全身の筋肉を弛緩させて脱糞や利尿をしてしまう。そして、そうなった瞬間に『体内の膀胱に、水分をたっぷり蓄えていたとしたら?』。 まず、その事実に気付いた沙紀が真っ青になり……次いで、美樹さやかに事情を説明。 二人とも、決死の形相で、俺についてくる事になった。 生身の体で運動している以上、マラソンをして汗をかかないわけがない。でも、水分を摂取し過ぎて走るペースが切れた瞬間……まあ、女の子には想像もしたくない状況になってしまう事は、想像に難くない(もちろん『下着の着替え』なんてセーフカードを用意するほど、俺は甘くは無い!)。 そして、生身の体である以上、向こうは小学六年生と中学二年生の女子。こっちは根性据えればカール・グスタフでハイポート走50キロ出来るくらいは鍛え上げまくった、高校一年の男子である。 「はい、スカしたジャニー○もー要らない♪」『すっ、スカしたジャニー○……もー要らない……』「声が小さぁい! 腹の底から腹式呼吸で吠えんかぁ!」『スカしたジャニー○もー要らない!』 某国の海兵隊式洗脳ソングを適当に弄った歌詞を、俺と一緒にヤケクソ気味に吠える沙紀と馬鹿弟子。 んで、それを引きつった顔で見てる巴さんと、鹿目まどか。ついでに、何故か暁美ほむらまで、この場についてきていた。「私の命はソウルジェム!」『私の命はソウルジェム!』「もし戦場で倒れたら 」『もし戦場で倒れたら!』「胸に希望を 抱きつつ!」『胸に希望を 抱きつつ!』「誰にも告げれぬ 見事な散り様!」『誰にも告げれぬ 見事な散り様!』「……さっ、最悪だわ……御剣颯太」 暁美ほむらが、頭痛を催したようにつぶやいて頭をかかえているが、正味それは知ったこっちゃ無い。 それに、本当の『最悪』はここからだ。「しっ、しっ……師匠! おねがいがあります!」「何だぁ!」「とっ、トイレ……トイレに……行かせて」「あっ、あたしも……」 案の定、発汗のペースも考えず、水をがぶ飲みしてた二人の様子が『限界』に近くなっていた。 なので、俺は予め『調べておいた』事を告げる。「分かった、行ってもいい。ただし!」『……ただし?』「使うのはあそこの小さなトイレだ。そして『あそこには男女共用のトイレが一つしか無い』……意味は分かるな?」『っ!!!!!』 引きつった表情で、お互いに顔を見合わせる、沙紀と馬鹿弟子。「さあ、急げっ! 『早い者勝ち』だっ!! ……ああ、俺も『もよおしてきた』なぁ♪」『っ……うわあああああああ!!』「はっはっは、走れ走れ若人よ!」 決死の形相で内また気味に爆走する沙紀と馬鹿弟子に悠々と追いつきながら、俺は笑ってやる。「う、うおおお、間に合ええええええ!!」「待って美樹さん! まずお兄ちゃんを止めないと、『私たちが漏れるまで』トイレに居座り続けるつもりよ!」「えっ、ちょっ……冗談ですよね! いくら師匠でも、そこまでは」「俺が『魔法少女相手に』しないとでも思ったか?」「うわああああああああああああっ!! 私、下着の着替えなんて持ってきてないーっ!!」「安心しろ、沙紀も条件は一緒だっ!!」「美樹さん、甘い事考えちゃだめ! 今のお兄ちゃんは『鬼いちゃん』モードよ!」「なに、今までで手加減してくれてた、って事!?」「違う! 今までが『手加減なし』で、この場では『容赦なし』に変わったの!」「何その地獄の二択問題ーっ!! 最悪だーっ!」「あっはっは、なんなら辞めるか馬鹿弟子が? 俺なんぞ、本気で膀胱炎寸前まで、禅寺で座禅組まされたもんだ。 それに比べりゃ『漏らせばいい』だけ、軽い軽い♪ ノーパンで帰ればいいだけだし、死ぬよかマシだろ?」「何が『漏らせばいい』よ! 馬鹿ーっ!」 そう言いながら、何とかかんとか二人で連携して、必死に俺に対して稚拙な走路妨害をしつつ……そろって二人同時にトイレの狭い個室に飛び込む沙紀と馬鹿弟子。 ……ふむ。息の合いっぷりは中々とみた。普通に『個室の取り合い』で二人とも自爆すると思ったのだが『見どころはアリ』だな。 やがて……仲良くトイレから出て来るなり、物凄くうらみがましい目で見てくる二人。「よし! じゃあ、続きを走るが……予め聞いておく。『お前たち、そこの水道で給水して行くか?』。 ああ、塩分が足りなくなるだろうから、スポーツドリンクの錠剤は渡してやろう。水と一緒に水筒に入れておけ」『っ!?』 既に空になった二人の水筒。 そして、これから『まだまだ走る事』を考慮に入れれば、『水分と塩分の補給』は必須条件である。 だが、それは……『入れたら出さねばならない』という人体の真理と、否応なく向き合わねばならないワケで……「さあ、どうする?」『あっ……悪魔だ』「そうだよ。悪魔らしいやり方で、お前ら鍛え上げてやるから、覚悟しておけ。 ……特に馬鹿弟子。お前、『逃げたければ逃げてもいいんだぜ』?」 俺のその言葉に、馬鹿弟子は暫くうつむき……「私を……強く、してくれるんですよね?」「そりゃお前次第だ。 が、少なくとも俺は、無意味な事はしない主義だし、無駄な事は嫌いだ。そんで、俺は俺のやる事の意味を、イチイチ他人に細かく説明してやるほど、お優しく出来ちゃいねぇし、そんな生き方をしてきた憶えも無ぇ。 だから俺は、お前に試練を与えるかも知れんが、その試練の『答え』はテメェで考えて掴め。ハナッから『正しい回答』の用意されてるよーなヌルい問題だったら『正義の味方』の巴マミに答えを聞きな。 ……俺についてくんなら、その覚悟だけはキメてからついてこい、『美樹さやか』」「っ……!」「不条理だろ? 滅茶苦茶だろ? だが、世の中出りゃ、そんなもんは十把一絡げのテンコ盛りのひと山幾らで、転がってんだ。 俺が知ってるだけでも、上は総理大臣や経済団体の会長様から、中は被害者ぶって若者食い物に年金むさぼる事しか頭に無い俺様仕様のジジババに、テレビで『寝言屋』をやるしかない本業カラッキシの大学教授。下はチンピラヤクザや、ネットに張り付いてる荒らし屋……宇宙の果てじゃインキュベーターまで、よりどりみどりのゴロゴロだ。 誰もかれもが俺含めて『俺様目線』で一方的な寝言しかホザいちゃいねぇのが世の中だ。そりゃあ、無茶苦茶の不条理だらけにもなるってモンで、しかも人間は一生、その不条理の中で生きてかなきゃイケネェ。 そんでまあ……お前にとってラッキーという意味では。不条理と理不尽相手に己を鍛え上げるにゃあ『魔法少女の世界は持ってこいな場所だ』って事だな。だから『世界に絶望せず、腐らず生き続けられれば』おめーらは、上条恭介が口説きたくなるような『それなりの女』にゃなれると思うぜ? そーなったら俺もテメーを口説いてやろーかとも思うが……ま、こんな程度で挫折してたんじゃ望み薄だな、こりゃ。とっとと魔女にでも何にでもなっちまいな」「……っ……くそぉっ!」 そう言うと、美樹さやか……いや、馬鹿弟子は、水筒にジャバジャバと水を入れ始める。更に、それを見た沙紀の奴も。「いーい覚悟だ! おら続き走るぞーっ!!」『うわあああああああっ!!』 ヤケクソ気味に吠える魔法少女二人を先導しながら、俺は再びマラソンコースを走り始めた。「ぜはぁ……ぜはぁ……はひぃ……」「ぶはぁ……はぁ……あふぃ……」 とりあえず、限界に達した二人を見下ろしながら。「よーし、それまで! あとは剣の握り方と、振り方と、足運び! その前に『剣を握る正義の味方』の基本の心構えを教え込む!」「し、師匠……休ませ……」「お、おにいちゃ……げんか……い」「安心しろ。基本は座学だ。俺の師匠みたいに『空気椅子で授業を受けろ』とは言わねぇよ」「……ほ、ホントです、か……」「ああ。お前らが座るのは、これだ」 そう言って、沙紀のソウルジェムから取り出したのは、『中心部に足が一本しかない』円い椅子だった。「……こ、これって」「安心しろ。『コツさえ覚えれば』座ったまま寝れるようになる。……二度と同じ講義なんてしねぇがな」「っ!! ……あの、本気で手加減してもらえませんか?」「『これ以上、どう手加減しろ』ってんだ? 俺がお師匠様から習った本気のフルコース、ソウルジェム無しでやってみるか?」 その言葉に、何か言いたげな馬鹿弟子と沙紀が、俺の目が『本気でそう考えている』事に気づいたらしく。『……し、師匠は優しいです、ハイ……』 目の幅涙を流しながら、一本足の椅子に座る、沙紀と馬鹿弟子。「よーし、まずは、剣を握る……いや、『正義の味方』として闘う上で、絶対必須で憶えていなきゃいけない『基本概念』を教えてやる! ずばり、『残心』だ」「……ザンシン?」 取り出したホワイトボードに、『残心』とカキカキする。「こう書く。 心を残す、と書いて『残心』だ。……ぶっちゃけるなら、『決着がついたと思って油断してはいけない』という意味だ。 例えば典型的なのは『魔女に必殺の一撃を叩きこんで倒した!』と思ってしまう事。その瞬間『正義の味方』は負けてると思え!」「油断大敵、って事ですか?」「そう。『闘いの決着がついた』って線引きをドコに引くかは個人個人のモンだが、少なくとも、魔女相手に『必殺技を叩きこんだからって、決着がついた』なんて油断すんのは、正義の味方でも三流以下のやる事だ。 まあ、魔女相手なら分かりやすい。『魔女の結界が解かれる』までは絶対油断するべきじゃない、って事だな。 基本、魔女は結界を持って引き籠っている。俺の知る限り、例外はワルプルギスの夜くらいなもんだ」 と……何故か、巴さんが下を向いていて、暁美ほむらが目をそらして苦笑していた。 ……なんだおい? 基本だろ、こんなの?「まっ、現実の武道武術じゃ『決着つけたよー』『俺が勝ったよー』っていう審判へのアピールになっちまってるが、本来の意味はそーいうモンだ。所詮、タイマンガチンコ勝負のケリを、第三者が判断するって事のほーが、どっか間違ってるしな。 まー『一個でもルールが存在するスポーツ』するならショーガネーんだけど、俺らがやるのは『ガチでルールの無い実戦』だ。ロープにつかまれば引き分けてくれるレフェリーも、有利不利のポイント判定を下すジャッジも存在しねぇ。 だからいいか? 魔法少女相手でも『確実にトドメを刺せる』状況になるまで、そして『相手が絶対反抗してこない』と確信するまで、絶対に油断をしちゃだめだ。増して、言葉の通じない心も無い魔女相手の場合は、結界が解除されるまでは絶対に油断しちゃいけない! そういう意味じゃ、魔法少女相手の喧嘩のほうが、正義の味方にとっては辛い勝負になる。 魔女相手なら結界が解かれるっていう『明確な決着の合図』があるが、魔法少女相手ならそうはいかない。最悪、斜太チカの一件や、俺が佐倉杏子に襲われたように『闘う』ってなった瞬間、『いつどこから、どんな形で襲って来るか分からない相手』に対しても、警戒を続け無きゃいけない。 何度も言うが、『魔法少女相手の闘い』は、『闘いがドコで終わったか』なんて明確なゴングや合図があるワケじゃないんだ。 そんで、更に例を出すが、『俺がやっちまった最悪に近い悪い例』として佐倉杏子との闘いが挙げられる。あの時、俺は本当に佐倉杏子にトドメを刺すべきだったし、刺せる状況だった。 それを、手を抜いたばかりに、佐倉杏子の再襲撃を許してしまった。結果、俺は殺されかけて入院する羽目になっちまったわけだ。 いいか? このケースの場合、こないだの斜太チカの場合とは全然違う。巴さんて庇護も無い状況で『俺はそういう事をするべきじゃなかった』し、その結果、沙紀の命まで危険にさらす事になっちまったんだ。 これも『残心』を怠った、悪い見本の好例とも言えよう。 ……何か、質問は?」 と……「あ、あの……それは『正義の味方』としての戦い方ですよね?」「そうだ」「じゃあ、その……『悪党』って言ってる師匠自身の場合は、どうなんですか?」「あ? 獲物を前に舌舐めずりなんぞ、正義の味方なんて三流のカンバン掲げてなきゃ、やるわきゃ無ぇだろ? 馬鹿じゃねぇの?」「っ……つまり……その……」「魔女は結界解除、魔法少女相手はソウルジェム砕いて殺すまでが、俺の喧嘩なんだヨ。だからおめーにゃ、どーだっていー話……でもねぇか? 丁度いい、教えてやる。 いいか、俺みたいな悪党はな、剣の切っ先向け合ったが最後、『イクとこ』まで行かなきゃ勝負にケリなんざつかねぇんだヨ。 そこンとこ覚悟キメて、『どんな悪を正義の味方として敵に回す』か。そいつはテメェが掲げる正義のカンバンの中でキッチリ考えときな。 でなけりゃ、最終的に世界全部を敵に回して喧嘩しなきゃいけなくなるぜ? 『悪』なんて要素は、そこらじゅうに転がってんだし、視点や視野を切り替えりゃ、善悪なんて簡単にひっくり返っちまう。 だから『正義の味方』がどんな信念で『正しい』カンバン掲げていようが、そいつに世の中全員が付き合ってくれる義理なんざ、誰ひとり、これっぽっちもねぇ。むしろ『正義』ってルールに縛られちまったら、何一つ出来なくなっちまう事だって有り得るんだ。 ……だから俺ら悪党はな、そう簡単には、死なねぇんだヨ」 バーン、と指でっぽうで馬鹿弟子を撃つ。「よーし、次は剣の握り方、それと振り方、あと足運びだ! 『休憩』終わり!」「ちょっ、これが休憩!?」「座って話聞いてるダケなら休憩だバカが! 御剣流は体動かしてナンボじゃい! あ、当然、座学ん内容は、キッチリ頭に入れておく事が前提条件だぞ!」「鬼だ……ホントの鬼師匠だ」「それがどーしたぁ! 沙紀を生かすためなら、俺は鬼でも悪魔でも人殺しでもなってやる! よし、気が変わった。ソウルジェムは返してやるからマラソンコース、魔法少女の力を抜きに自力であと三周してこい! オラダーッシュ!!」『はいいいいいっ!!』 受け取ったソウルジェムを持って、こけつまろびつ走り始める二人を見送りながら、巴さんと鹿目まどかが遠慮しながら声をかけてくる。「あっ、あの……さやかちゃんも沙紀ちゃんも女の子なんだし、もう少し優しく……」「優しくして、あいつらが魔女に殺されるのを、指くわえて待ってた方がいいのか?」「あ、あううう……」 鹿目まどかの質問を、バッサリと切って捨てる。「そ、そもそも、運動する事に、効果なんてあるんですか?」「少なくとも、気迫と自信と根性はつく。沙紀はともかく、あの馬鹿弟子の心構えは『素質以前』の問題だ。 何より『心を鍛えるために体を鍛える』って事は、間違っちゃいねぇ。誰にでもその効果は現れる……無論、万能じゃないが『一番手っ取り早い手段だ』って事は確かだしな。 何しろ、あいつらが魔女になっちまう前に鍛え上げなきゃなんねぇし、その前にワルプルギスの夜の闘いで、俺が戦死しちまったらどーしょーもねーし。だから本当に海兵隊式に叩きあげる以外に方法なんざ無ぇんだよ」「そ、そもそも、あんなハードな訓練して、ソウルジェムが濁っちゃったら……」「安心しろ。魔女の釜からグリーフシードは持ってきた。穢れを吸いきってグリーフシードが孵ったら『そいつを退治させるのもイイ訓練』だろ?」『っ!!』 絶句する、暁美ほむらと、巴さんに、俺は笑う。「魔法少女ってのはさあ? 『ソウルジェムさえ無事ならば』幾らでも体と心を鍛え上げる事が、可能なんだよなぁ……便利だと思わねぇ?」「はっ、颯太……さん?」「大丈夫大丈夫。絶望しない限り『死にはしない』よ。それに、ちゃんと逃げ道も用意してあるしな。『死ぬよりかマシ』か『死んだ方がまし』かの判断くらい、馬鹿弟子だってできるだろ? まっ、沙紀とバディみたいに訓練してるから、そうそう簡単に脱落できるとも思えんがな」「え?」「俺の弟子がもう一人。しかも同じ女の子で年下が、必死に頑張ってるわけだ? おまけに上条恭介をめぐった恋敵。あいつとしちゃあ『舐められてたまるか』って意地が働くだろうし、そういう意味で連帯感だって産まれるだろ。 まっ、そいつについちゃあ、沙紀自身もそうだろうしな。アイツはああ見えて意地っ張りだから、とことん美樹さやかと張り合うだろうし。 ……まったく、上条さん様様だぜ、ゲッゲッゲッゲッゲ♪」『っっっっっ!!』 今度こそ。 その場に居た三人全員が、悪魔でも見るような目つきで俺の事を見ていたが、知った事か。 沙紀を助けるためならば、俺は鬼でも悪魔でも人殺しでも何でもなってやる。それで例え『沙紀(と、ついでに馬鹿弟子)に恨まれようが』知った事ではない! と……『終わりました! 三周、してきました!』 やけに早いタイムで、ぬけぬけと言い放つ二人。 ……使ったな、こいつら。俺らが見てない所で。「……そうか、御苦労。で、三周したって証拠は?」「えっ、あ、その……」 と、沙紀が進み出る。「あそこの周回札、三回めくりました!」「……まあいいだろう。じゃあ二人とも、『ソウルジェムを渡してもらおうか』」『はい!』 そう言って、自信満々に手渡して来る二人。だが……「ほほう? ……で、お前たち『やけに息があがってない』な?」『っ!!』「ソウルジェムにも、微かに……ほんとーに、分からないレベルだが、濁りが見受けられる」『っっっっっ!!!』「こんな雑な手管で師匠の目を誤魔化せると思ったか、この馬鹿弟子共がーっ!! お前ら『水を飲んで』俺と一緒に追加五周!! 『バレても構わない』嘘ならいくらつこうが構わんが、バレなきゃいいとしか考えてねー『ハンパな嘘』を吐く奴には、俺は容赦しねえぞこの馬鹿共がーっ!!」「ぎゃあああああっ! 沙紀ちゃんの馬鹿ーっ!!」「美樹さんだってノリノリだったじゃないのよーっ!! って、早い! お兄ちゃんペース早いーっ!!」「早よついてこんか、この馬鹿弟子共が! 俺の目を節穴だと思ったかーっ!! ペース上げて行くから覚悟しろーっ!!」 そう言って、二人のソウルジェムを持って走り出す俺を、必死になって二人は走ってついてくる羽目になった。「それじゃ、『剣の握り方』から始める! ……どうした! 二人とも四つん這いで剣を握る気か!? 魔法少女らしい、随分斬新な剣法を考案したみたいだな?」「おっ、おっ……鬼……」「悪魔……」「だからどうしたぁっ! 立てぇい! 貴様らが立って根性見せなきゃ、『俺の流儀で誰かを守る』なんて、夢また夢だぞ!」 と……やはり、根性みせたのは沙紀。それに釣られるように馬鹿弟子も起き上がる。「よろしい! ではまず、お前ら、左手で指でっぽうを作って、どこでもいい。適当に目標を見つけて向けてみろ」「っ……こう、ですか?」「うむ! で、だ。その状態のまま『中指、薬指、小指』に力を入れてみろ! 標的より『人差し指』が下がっただろう? 今、お前らの腕の中の筋肉は『腕を延ばす』筋肉が働いている状態だ。 ちなみに、これを拳銃でやると『ガク引き』って現象になっちまうが、剣の世界では、この『腕を延ばす』力を、主に用いる! さて、木刀を用意しておいた。これを『指でっぽうのまま左手の指三本で、『水平になるまで』しっかり握ってみろ』」『はい!』 そして、二人の握る木刀の切っ先が、ゆっくりと『下がって行く』。「そうだ。水平になったな? さて、その握り方を憶えた上で、だ。『左手一本で、剣を振ってみろ』。釣り竿を振る感覚で、手首のスナップを利かせて『なるべく』水平に止め……!?」 と……愕然となる。 ふらふらと切っ先を泳がせた沙紀はいい。元々、『手の内で剣を絞って止める』事によって剣を制御するよりも、『単発でも全力で斬りつける』やり方から、まずは教えて行くつもりだったからだ。 だというのに……『何で美樹さやかは、左手だけで絞って切っ先を完全に止めてのけた?』。正味、剣道剣術の『全くの初心者』が、出来る事ではない。「え、師匠……何か間違ってますか? こう、『ひゅぱっ』って感じで……『師匠が闘ってた時の感覚』を真似たらいいのかな、って」「ちょっ、ちょっと待て!? まさか……ソウルジェムを介した『肉体感覚の看取り稽古』だとぉ!? 沙紀、お前は出来ないのか!?」「えっ……ちょっと、無理」「いや、俺と一緒に闘ってきた時間は、お前の方が遥かに長いハズだぞ!?」 二人の肩を掴んで真偽を問いただすが……「出来ないモノは、出来ないよぉ。だって、なんていうのかな? こう、『テレビ越しに映像を見ているような』感覚? それしか無いんだもん」「え、嘘? 私、なんていうか……皮膚感覚まで同調してたような……こう、『自分が師匠になった』ような感じ? 夢の中で『リアルに自分が戦ってるような』錯覚が、あったんだけど?」 えっ、えっ、えええええええ? ちょっ、ちょっ……ちょっと待て? それってつまり?「どうやら、颯太さんにとって、沙紀さんよりもさやかさんのほうが、その……『魔力の同調率』とも言うべきでしょうか? その部分が強いみたいですわね」「嘘だぁ!? 俺と沙紀は血縁の兄妹だぞ!? それ以上の相性ってなぁ、どーいう事だよ!?」「どうも何も、そういう事なんじゃないの師匠? あえて言うなら『剣を使う者』同士の相性とか? ほら、骨髄バンクだったっけ? 『血縁だからって相性がいいとは限らない』みたいな事、書いてあったじゃない?」「っ!!」「つまり、御剣颯太。 あなたと美樹さやかは、人格的な部分はともかく『魔力的な素養の相性』が良かった……という意味ではないかしら?」 明かされて行く真実に、本当に頭が痛くなる。 ……嫌だーっ! こんな何も考えてネェ『天然御剣詐欺搭載型暴走馬鹿』と、相性がイイなんて最悪だーっ!! しかも、こいつと組んだ場合、闘い方が『兗州虎徹一択』になっちまう! 魔力の相性はともかく、闘い方の幅が狭すぎるしリスクも高すぎるっつーの!「つまりさ、師匠! 師匠が私の魔法少年になってくれれば、私の修行は万事解決……」「絶対ダメっ!!」 そう戯言を抜かした馬鹿弟子を、火がつくような目つきで沙紀が吠えて睨んでいた。「美樹さん、上条さんの左腕持っていった揚句に、お兄ちゃんまで持っていくつもり? ……本当に怒るよ、私……」「うっ……あ、悪かった、悪かった。ごめん、ごめんね、沙紀ちゃん」「うーっ……私が一番お兄ちゃんを上手く扱えるんだから!」 ピキピキピキッ!!「っつーか、ナニ好き勝手に人身売買な寝言を吐いていやがる、そこの魔法少女共? 魔法少年(コッチ)の意思とか意見とかは完全無視(シカト)か? あ゛!?」『あう……ごめんなさい』 アイアンクローでギリギリと二人の頭を締め上げる。 さて、本当にどうしたものか。「参ったぜ、チクショウ……」 正味、俺は無駄な事は嫌いだ。だから、ここで美樹さやかを強くする方法は単純。 奴のソウルジェムを利用して、俺が魔法少年になって剣を振るえば、それでいい。だが……「何を迷っているのかしら。あなたらしくも無いわね。 これで美樹さやかがあなたの技を覚えれば、対ワルプルギスの夜のために投入できるじゃない」「……分かんネェのか? 『単純に強くなれる』ってのが、問題なんだヨ」「どういう事?」「正直言おう。 俺は、沙紀が一人前になると同時に、相棒(バディ)として馬鹿弟子と組んで行けるようになれば、いいと思ってた。 だから『同時に鍛え上げる』事にも同意したし、そのメリットも見出してる。だが、この方法じゃ、沙紀よりも美樹さやかが突出し過ぎて、沙紀を守るパターンになっちまう。 ……それじゃダメなんだよ。いつかこの馬鹿は、足手まといの沙紀を見捨てて殺す事になっちまう」「そんな! あたしはそんな事……」「勘違いすんな! 俺がお前に訓練を施そうとしたのはな、元々、ワルプルギスの夜を『倒した後』の事を見据えてなんだ。特訓の一回二回で強くなれりゃ、世の中、世話ぁ無ぇ! そんで『この闘い』はな……今の段階では『どう転んでも』、お前と鹿目まどかが生き残る確率が極力高くなるように計算してある。その『次に』生き残る率が高いのが中衛でサポートに回る沙紀と俺。巴さんと、佐倉杏子と、暁美ほむらが最前線だ。 ……本当は、俺も前に出るべきなのかもだが、沙紀っつー非戦闘員の力を借りなきゃ俺は戦えネェ上に、能力的にも、攻撃防御共に速さ頼みな分『脆い』しな。 つまり、最悪のケースでも『鹿目まどか、美樹さやか生存』。そして最悪から二番目のケースとしては『鹿目まどか、美樹さやか、御剣颯太、御剣沙紀』生存。 無論、全員生還がベストだが、死者が出る事だって想定しなきゃいけない。しかも『ワルプルギスの夜を確実に倒せる』という保障も無い! そんな闘いが控えてるんだ。 ……そんでな、そういう所に挑む、俺らみたいなベテランが『後に残す』ってモンは、そんなお手軽に得られるパワーのように、決して軽いモンじゃねぇ……第一、相互利益が無い一方的な救済なんか、何の意味も無ぇんだよ。 俺が巴さんと、何とかギリギリ背中を預け合える仲になってるよーに、沙紀とオメーとで組んで行動できるようになりゃあ、いつかインキュベーターにひと泡吹かせてやれる事になるかもしれねぇ。 そー思ったから、俺はお前らをシゴく覚悟キメる事が出来たんだ」「でも、現実問題、美樹さやかを強く出来るのならば、前線に投入する事も可能ではないの? まどがが魔法少女の真実を知った以上、そのほうが確実だと思うわ」「そうです、あたしもワルプルギスの夜相手に闘えるのなら、闘いたい!」 何も見えてない、暁美ほむらにノせられた馬鹿弟子に、俺は溜息をついた。「そんで、鹿目まどかの護衛を放棄する気か? だったら話はこれまでだ。俺は別のプランを考える。お前らともお別れだ」「そんな!」「少なくとも『前に出てぶん殴るだけが正義』だなんて思ってる、脳筋馬鹿共につける薬なんて俺は持ってネェんだよ! いいか? 今回の修羅場は正味洒落にならねぇ! どんな不測の事態が起こったって不思議じゃねぇんだ! そんで、仮におめーが俺の技を写してパワーアップ出来たとしよう!? で、そのパワーが通じなかったらどうする? プランはあるのか? それ以外に何か出来るのか!? 気合と根性や熱意だけで『全て』を解決できると思うな!? 甘ったれんじゃネェぞ? 気合と根性なんてのは『前提条件』でみんな頑張ってんだ。 それでどーにもならんものは、どーにもならん! 勝負は常に力学で、勘違いで勝てりゃ苦労は無ぇんダヨ!」「っ……それでも……私は……可能性があるならば、それに賭けたい!」「こんの馬鹿弟子がぁっ! お前の正義は『悪い奴をぶん殴りたい』のか!? 『大切な物を守りたい』のか!? どっちなんだぁ!?」「っ!!」 俺の指摘に、とうとう黙り込む馬鹿弟子……いや、美樹さやか。「『美樹さやか』、気持ちは分かる。俺も、沙紀を守るために闘ってた人間だ。……そんでな、俺だって『ワルプルギスの夜』は姉さんの敵だ。むしろ、この中の誰よりも、直接ぶん殴ってやりてぇんだよ。 でも、俺じゃダメだ。俺の能力じゃあ危なっかしくて、他のメンバーに迷惑をかけちまう。だからこそ、俺は一歩退いてサポートに回る心算なんだよ。 そんで俺たちは! 仮にワルプルギスの夜に『負けたとしても次に繋げる』必要があるんだ! お前らは! 『美樹さやかは』『御剣沙紀は』! 俺たちベテランがダメだった時のための『次に繋がる希望』なんだヨ!」「……そうね、私も反対だわ」 そう言って、割り込んだのは巴さんだった。「美樹さん。あなたは『新人だ』という事を自覚すべきよ? 確かにあなたは、颯太さんに褒められるような素質があるのかもしれない。でもね、素質に振りまわされている段階では、自滅あるのみなのよ? あなたが、どれだけ安易な理由で魔法少女の奇跡に手を出した事を、忘れたの? その結果、どうなっているか……ここに居る全員が、それを味わっているハズよ?」「もうひとつ言っておく。俺の剣の技は、単純に『スキル』でしかない。それを振るう上での精神修養だとか心構えだとかは、また別の問題なんだ。 よく、『武術の達人になれば人間丸くなる』なんてのは、はっきり言えば嘘っパチだ。 『力に振りまわされないために』他人より自分を律する必要があるだけで『力そのものが人間を成長させてくれるわけじゃない』。つまるとこそいつは、いつでも人をブッ殺す用意がある『安全装置がかかった人間凶器』でしかネェんだよ。 ……何のために昨日、お前を『安全装置が外れっぱなし』のヤクザの事務所に放り込んだか。よーく思いだしてみな?」 と……「っ……じゃ、じゃあ、師匠! 私のソウルジェムに『型』を、見せてください!」「『型』ぁ?」「恭介に見せてくれたっていう、アレです! ……彼が『凄い』って褒めてたアレだけでも、せめて写せるようになりたい!」「お前、馬鹿か!? 『型』ってのは流儀流派の全てが凝縮されてるっつっても過言じゃねぇんだぞ!?」「師匠は実戦派だろう!? それとも『型通り』の事をマスターしただけで、あたしが即座に闘えるようになるとでも、思ってんの!?」「っ……!!」 痛い所を突かれ、俺は黙る。「師匠の剣の、基本のキの字だけでいい、あとはあたしが自分なりに何とかする! そんで、その技で沙紀ちゃんも恭介もまどかも、みんなみんな『師匠が死んでも』あたしが守る! そうすれば、師匠が死んでも『師匠の剣』は、みんなや沙紀ちゃんを守って、残って行くじゃないか!」「お前、なぁ? その基本ってのが大切なワケで……」「分かってるよ。滅茶苦茶だって。 でも、いまのあたしは『リングに立つ』どころか、『リングへの上がり方』すらも分からない。 だからせめて! 『リングに立って剣を構えて向かい合う』くらいは出来るようになりたい! 闘い方や闘う意味まで教えてなんて甘えた事は言わない! せめて『リングへの立ち方』だけでいい! あたしの闘いそのものが間違ってたら、斬り捨ててもらって構わない! だから教えてください、師匠!!」「っ……チッ……トンだワガママお嬢ちゃんだぜ……」 深々と溜息をつき……ふと、PMCの訓練所の教官を思い出してしまった。 ……今思えば、彼もこんな気分だったんだろうか?「……便所行って来い。とりあえず、腹の中のモノを出せるだけ出してから仮死状態になっておけ。 でないとパンツはいてない状態で、家に帰る羽目になンぞ? あと……一度しかやらねぇ。それで憶えろ」「っ……はい!」「あと沙紀。お前に剣術の授業はナシだ。後は銃器の扱いを徹底して教え込んで行く。 ……適正が違いすぎたんだなぁ、元々。くそっ!」「わかった、お兄ちゃん!」「……ああ、それとな。 訓練の場では師匠と呼べぃ! 口からクソ垂れるより重要な、最優先事項だっ!」 そう言って、俺は沙紀の脳天に、拳骨を振り下ろした。