「おう、御苦労……あの馬鹿弟子は?」 美樹さやかのソウルジェムを持った、沙紀の奴に問いかける。「ん? ……いや、思ったんだけどね。『トイレの個室で便座に腰かける形にしたら?』って言ったら『ナイスアイディア』だって♪」「なるほど、長期に死んでる状態が続くワケじゃ無ぇからな。……で、面倒見てるのは巴さんか?」「うん」 そう言って、沙紀にソウルジェムを手渡され……ふと、思いだす。「『南拳北腿』か……」「え?」 そう呟いて、俺は美樹さやかのソウルジェムから、魔力を引き出す。「聞こえてるな、美樹さやか。俺の剣を伝える前に、与太話を一つ、聞いて欲しい。 全部が全部ってワケじゃ無いんだろうが、中国拳法ってのは、主に北側で発達した拳法は、広範囲を動き回り、多彩な蹴り技や、アクロバティックな全身運動になりやすい。対して、南側で発達した拳法は、短い間合いでの多彩な手技が発達し、足さばきは兎も角、蹴り技のバリエーションは薄い。 何故かというと、北派……北側は大地を踏ん張って動き回り、土地も広くて広大だからこそ、監視の目も薄く、おおらかな傾向がある。対して、南派……南側のほうは、船の上や隘路なんかで振るう事を前提とした技法で、しかも権力者の弾圧に反抗するために創始された武術も多い。沖縄に伝えられた『空手』なんかのルーツだしな。 そういう歴史的経緯があるから、南派の拳法は、練習に時間をかけず、狭い場所で訓練が可能で、効率よく人体を破壊する。そんな技法が育っていった。中には『習得は簡単でも、マスターしたら十日で人を殺したくなる』って噂される凶拳もあるそうだ。 そして、その権力者に反抗する凶拳の秘伝を伝える場所も、監視の目が厳しくてな。考えに考えた末、流派によっては師匠がトイレの中で弟子と向き合って、奥義の技を伝授したそうだ。 この状況で、ふと、そんな話を思い出しちまってな。 ……分かるか? 俺の剣は人殺しの剣だ。褒められた剣じゃない。そして、そんなクソダメの中で伝えられた剣法を会得したら、それこそお前は『十日で人が殺したく』なっちまうかもしれん。 無論のこと、所詮、剣は剣で、道具でしか無い。だから、俺が伝授した剣を、お前がどう扱うかお前の勝手だ。 だが俺は……師から学んだ剣で『殺したくて殺してきたんじゃない』って事だけは、憶えておいてほしい。 ……願わくば。 我が師より伝えられし剣を、『殺人の剣』へと堕としてしまった俺を経て、再び『活人の剣』へと生まれ変わらん事を祈っている。 さあ、始めるぞ。意識を集中しておけ。……こんなリスキーな事、一回しかやらねぇからな」 とりあえず、俺の言葉は、美樹さやかに伝わっているだろう。 そう思い、俺は兗州虎徹を抜き放つ。 まずは、基本の唐竹割り、袈裟斬り、逆袈裟etc……とりあえず、上下左右斜め、更に刺突も加えた、三×三=九つの太刀筋。基本的な剣の振り方を見せる。 それから、師匠の……否、師匠より伝えられたモノの『残骸』でしか無い『型』を披露する。 その間、正味、十五分。それで、どれだけのモノが伝えられたかは分からない。 だが、出来なければそれまでだ。彼女には諦めて、再び沙紀と、特訓を受けてもらうしかない。「……終わりだ。沙紀、返して来い」 白鞘に兗州虎徹を収め……俺は溜息をついた。 『誰かを導くという事は、物凄く責任を伴う』。 あの日の女の人の言葉が、耳に蘇る。 ……俺は、あいつを、間違った方向に導いちまったのかもしれん。 少なくとも……俺は、『家族を守る』という一心で、剣を振るっていたハズだった。 それがあの日、両親の命を断つ重みを知って一度は剣を捨て……奇跡や魔法に手を染めた姉さんを守るために、再び剣を握り……そして、救いようの無いドブ泥の中の闇へと堕ちてしまった。 俺は、どこで間違ってしまったのだろうか? いや、結局、何が間違っていたのだろうか? 考えに考えた末に出た結論は……「俺も、沙紀も……救われるべきじゃ無かったのかもしれないな」 あの時、家族がバラバラになっていれば。奇跡や魔法に、姉さんが手を染めなければ、俺はこんな世界で、人殺しの罪を重ねずに済んでいたのかもしれない。「……家族、か」 俺が殺してきた魔法少女たちにも、家族は居たのだろう。 そして、俺は迂闊に死体を残すようなヘマはしていないし、殺人の証拠も残していない。心臓発作や事故、行方不明として、彼女たちは処理されていく。 誰も俺の罪は裁けない。だが、裁かれる事の無い罪は、無視していいものなのか? 『どんな金持ちでも、どんな貧乏でも、どんな理由があっても、人が人を不幸にする権利は無い。それを無視すれば、自分が不幸になって行くぞ』 『お前が銃口を向けようと決意するまでは、そいつは人間なんだ。そして、それが分からない内は、お前は人に銃を向けるべきじゃない。 さもないと……お前自身が苦しんで死ぬ事になるぞ』 俺に警告してくれた、俺に闘い方を教えてくれた人たちの心得を思い出す。「ごめん……なっちまったよ、師匠、ロバートさん。俺も『不幸』に」 きっと多分。 師匠も、ロバートさんも、誰かを救いたくて、結局『不幸』になっちまったんだ……だから、俺を救いたくて、馬鹿な餓鬼だった俺に、ああいう警告をしてくれたんだろう。 ……結局、無駄にしちまった……師匠の教えを。ロバートさんの心遣いを。 ……俺は、無駄にしてしまった……「お兄ちゃん、終わったよ……お兄ちゃん……何で、泣いてるの?」「ん? なに、結局、剣(こいつ)に嘘はつけねぇな、って……っつーかヨ、やっぱこいつ握ってると色々考えちまうんだ。 馬鹿弟子に基本を伝え終えた以上、いい加減、俺のほうは、兗州虎徹(こいつ)は捨てたほうが良いのかもな、って……」 何しろ、俺の持つ武器の中で、最強ではあってもハイリスク極まりない武器なのだし。 実際、使う機会も、減って行ってるのだ。 あとは、美樹さやかが、あいつなりに生きて、剣を磨いていってくれればいい。 と、「とんでもない! 颯太さん!」「巴、さん?」 えらい剣幕で、巴さんが詰め寄って来る。「颯太さん。私が昨日の段階で確認したかった事。それは、その刀についてです!」「これ? 兗州虎徹(こいつ)が何か?」「率直にお尋ねします。その刀は……何かこう、曰くのある妖刀とか、魔剣とか、そんな刀ではありませんか?」「は?」 呆れ返る。 ……何を言っているのだ、巴さんは?「巴さん、そいつぁ勘違いだ。こいつは兗州虎徹っつって、タダのスプリング刀だよ」「スプリング刀?」「そう。元々は自動車部品の板バネなんだよ。そいつを刀の形に鍛え上げた代物で、純粋な工業製品なのさ。 実際、村正だの正宗だのぶん回したけど、すぐ折れちまってな……そんで、刀鍛冶の人に聞いたら、実戦派だった師匠が作ってくれって頼んでた刀なんだ」「……待ってください? 颯太さんは、『この刀で』ずっと、魔女や魔法少女を斬り続けて来た、のですか!?」「ああ、そうだが?」「魔力を付与し続けて!?」「おお、そうだが? ……そーいや、折れた時のためのスペアは何本かあるけど、使った事ネェなぁ?」 巴さんの表情が、どんどん変わって行く。「……すいません、ますます謎なんです。 颯太さん、この刀に『魔力を付与して』斬り続けてきた、っておっしゃいましたよね?」「はあ?」「だというのに、颯太さん。いいですか? 斜太チカを相手にしている時、『魔力を付与している』ハズの、この刀そのものに、私は何の変化も見いだせなかったんです」「は?」「『既存の武器に、魔力を付与して闘う』。魔法少女なら、ごく普通に誰もが持ち合わせてる技能です。身体強化の延長上ですから。 ですが、例外が一つ。『元々、強い魔力を備えた武器は、魔力を相殺してしまう』事があるそうです。……私自身、そういう噂を聞いた程度のモノなので、おそらく颯太さんの刀も、そういった類のモノだと思っていたのですが……」「おいおいおいおい、買い被りもイイトコだぜ。 こいつは結局、トコトンまでリアルに『実戦を戦い抜く』ために鍛え上げられた刀なんだ。安易な奇跡や魔法なんぞが介入できる余地なんぞ、あるわけがねぇ。暁美ほむらが銃器使ってるのと一緒だよ。 第一、こいつが『魔力を持った刀だ』っつーなら、魔力を感知できる魔法少女が気付かないワケが無ぇ。完全な巴さんのカンチガイだよ」「いいえ、勘違いなんかじゃ無いハズです! ……斜太チカの一件で、気付いた事があるんです!」「?」「彼女の『痛がり方』です。 かなりの部分、ドラッグと怒りで我を忘れて居ましたが……それでも、尋常じゃ無い痛がり方でした。 傷口そのものはふさがっていましたが、その……まるで『斬られた痛みそのものは、継続し続けてる』ような感じで。暁美さんに撃たれた銃創なんかよりも、よほど堪えた様子でした」「……そら、確かに妙だな。 綺麗に斬れる日本刀の傷口と違って、銃の傷口ってのは大きく破れて開くし、ましてデザートイーグルの50AEを何発も、しかも眉間にまでぶちこんでるってのに。 普通、痛いなら銃創のほうだろ?」「さらに、颯太さんに聞きます。おそらく、この刀を抜いて斬った相手は『誰ひとりとして生きてない』のではありませんか?」「まあ、なぁ。元々ハイリスクな切り札だ。弱点がバレる前にブッ叩斬るのが基本だしな。 コイツに斬られて生きてるのは……今のところ、佐倉杏子だけか? ……ああ、そりゃ確かに分からんわなぁ、そんな性能。 あと、何でか知らんが、コイツ使うと早く動けるっつーか……多分、正確には『体の動きのキレが増す』んだと思うんだ。 俺は元々剣士だし、後付けの付け焼刃で憶えた銃器なんぞよっか、余程『相性がいい』んだろうな。っていうか本当に感覚的なモンなんだけど、それが結構重要な要素だからこそ、ここ一番の時に、この刀を持ちだすんだけどね」「率直に言わせてもらえば『体のキレが感覚的に増す』どころじゃありません。 『実際に颯太さんは、この刀を振るう時、銃器を使うより圧倒的、かつ物理的に速くなってました』。元々スピードタイプの颯太さんが、それこそ『手のつけられない』速度になる程に」「……は?」「佐倉杏子も、ベテラン特有の多彩な魔法の技能に目が行きがちですが、どちらかといえばスピードタイプで防御の脆い魔法少女です。 ですが、颯太さんの話を聞く限り、この刀を用いていた時は、圧倒的に彼女に対して『速さ』で上を行ったとか?」「……まあなぁ、元々、速さ『だけ』なら、どんな魔法少女にも負けない自信あったし」「恐らく、彼女が敗北したのも、それが原因でしょう。 彼女は、自分の最大の武器である『速さ』で上を行く相手を見た事が無かったのでしょうし、その刀で斬られた傷のダメージが想像以上だった。 彼女は相当パニックになったでしょうね。……ああ見えて慎重な彼女は、颯太さんが見逃してくれたのをコレ幸いに逃げたのでしょうが……そういう意味も含めて、かなりプライドを傷つけられたんでしょう」「そういえば……復讐戦の時、『痛む』とか言ってたしなぁ」 今、よくよく考えなおせば、といった感じの疑問の答え。 更に……「だから、彼女は……佐倉杏子は引き籠ってしまったのね。 恐らく、御剣颯太に……その、兗州虎徹で負わされた傷が、想像以上に深かったんだわ。 『痛い』だとか『苦しい』だとか言い出す彼女じゃないし、見た目が誤魔化せれば意地を張り通すに決まってる。 イラついていたのは、負傷による痛みが理由……かしら? 即座の逆撃を企んだのも、あなたが危険すぎると判断したからでしょう」 などと、分析する暁美ほむら。 と、唐突に馬鹿弟子が、頓狂な声をあげる。「あっ! ……っていうか、マミさんの説明で、今、なんとなく思っちゃったんだけど。 師匠の能力ってもしかして、『魔法』を『現実の技能』って部分に置き換えたら、あとは佐倉杏子の能力バランスを、より極端に防御や回復を軽視して、速度よりにピーキーに特化したタイプ、って感じ? ゲームで言うならDEF(防御力)とかVIT(生命力)を一桁にしてAGI(速さ)を極端に上げた、超高速型ファイタータイプって事かな? 槍と剣って違いはあっても、やさぐれチンピラ臭がするあたりも含めて、なーんか似てるような……あだだだだだだだだだだ!!」 わしっ! と馬鹿弟子の脳天をひっつかみ、アイアンクローで締め上げる。「誰が? 何と? 似てるだってぇ!?」「いっ、いだだだ、痛い痛い痛い痛い!!」「俺を、あんな、クソ外道と、一緒に、すんじゃ、ねぇヨ! でないと、兗州虎徹(こいつ)で叩っ斬ンぞ! ……それに、今の説明だと多分、おめーみてーな『癒しの祈り』とかそーいった回復技能の天敵なんじゃねぇのか、この刀は? 多分、手足ちょん切るとメチャクチャ痛ぇぞぉ? 魔法少女特有の『痛みを消す』って芸当が出来ないワケだから!」「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、二度といいません、二度といいません、二度といいません!! ……でも師匠って、なんか『裸で最強』ってあたり某ゲームの忍者みたい。『悪』のみで暗殺アリってあたりも合ってる気が。そのうち素手で戦ったりとか……あだだだだだ!!」「や・か・ま・し・い! っつーか『善』の侍から、『悪』の忍者へ転職なんて、どんなキャラだよ!?」「うわ、師匠も知ってるのか、あのゲーム! 意外あだだだだだだ!!」「元々お兄ちゃん、ずっと暇が無いだけで、TVゲームはフツーに好きだよ?」 ゲーマー以外には意味不明なやり取りを、沙紀や馬鹿弟子と交わしながら、アイアンクローを脳天にカマしつつ。「と、ともかく。その刀はもう一度、よく調べてみる必要があると思うのです」「OK、分かった。だが、本当にコレは、元々は自動車の板バネなんだぞ? ドラゴンスレイヤーでも無ければ、岩からぶっこ抜いた聖剣でもネェ。増してや、妖刀伝説なんか欠片も持ち合せちゃいねぇよ」 気を取り直した巴さんの意見で、場を仕切り直す。ホンットーに分かんないのである。いや、マジで。 と、その時だった。「御剣颯太。それはもしかして……あなた自信の闘い方そのものに、原因があったんじゃないのかしら?」「闘い方?」「例えば……『魔女を斬り続けた結果、普通の刀が魔力を帯びるようになった』とかは?」『あっ!?』 暁美ほむらの言葉に、全員が瞠目する。……なるほど、その視点と発想は、無かった。「魔女を誰よりも知る、時間遡行者として言わせてもらうけど。 いくら魔法少女の力を借りているとしても、『ただの人間が、魔女を刀で斬り捨てている』という事のほうが、そもそも眩暈のするような異常現象よ。 それを繰り返し続けたのなら、使ってる刀に何が起こってもおかしくない。銃と違って、刀は使い捨てでは無いのだから」「なるほど……当たり前過ぎてて自覚が無かったわ。確かに、フツーの人なら魔女の口づけで操られて、終わりだしなぁ」「それ、私も疑問だったの。何であなたは魔女の口づけに耐えられるの?」「ん? 決まってんじゃん。根性」 ……なんだよ、おい? 全員、目を点にして。「要は『心の一方』だろ、あんなん? そんじょそこらの常人なら兎も角、いちおー師匠相手に剣理習った人間だぞ、俺?」「あー……その……精神力が、常人より強い、という意味、なの、かしら?」「さあ? とりあえず、今現在まで、魔女や魔法少女の使う、幻覚だとか精神操作系の魔法に、引っかかった事ぁ無ぇよ? 俺自身は」「……なるほど。でも、ならば何故、あの時、精神操作の可能性を、否定しなかったの?」「いや、『絶対に自分は操られない』って思う事そのものが、傲慢の一歩だし。そこんトコも見据えて己を疑っておかないと馬鹿見るから。 というか、暁美ほむらに言われて、何となく『村正伝説』を思い出しちゃったな」「村正、ですか? あの、妖刀と言われる?」 首をかしげる巴さんに、俺は説明していく。「うん。村正って元々、妖刀でも何でも無くって、ただ『優れた刀』ってダケで、作った人たちも複数居て……言い方は悪いけど『普通の名匠』だったんだ。 でも、徳川家の身内の切腹だの処刑だのに、たまたま偶然多く使われた事から、縁起が悪いって事で妖刀扱いになっちゃって。だから、幕末じゃ倒幕派の人間に、村正は好んで使われたんだよ。 実際は、徳川家康だって村正持ってたんだけどね。確か徳川家の博物館にあったハズだよ?」 俺の説明に、納得してくれたのか、巴さんが頷いた。「なるほど。『神話や伝説の中の剣』ではなく、『使い手が伝説や神話を作った』結果が、この刀だという事ですか。 数多の魔女や魔法少女……いえ、全ての『魔に関わる存在』そのものを斬り捨ててきた斬魔の刃。さしずめ、颯太さんの刀は『斬魔刀』というべきでしょうか? そして、颯太さん。あなたはこの刀を振るう時、『何を』思って振るっていましたか?」「『何を』思って、って……?」「重要な事です。 この刀に込められた魔力の方向性は、颯太さんの心に大きく影響されているハズです。 魔法少女の『祈り』や『魔法』から生まれた奇跡に対して、魔法少年の『努力』と『根性』が生み出した奇跡。 いかにも、魔法少年たる颯太さんらしい奇跡だからこそ、この刀に込められた颯太さん自身の『思い』や『願い』は、この刀の謎を解く上で物凄く重要なモノなハズです」 などと、真剣な表情で、巴さんに言われてしまった。 だが……「ただ可能な限り速く、敵の命を断つ事だけです。剣を振るっている時に、それ以外余計な事なんて考える余地はありません。 剣を振るってる時は、無念無想ですよ殆ど。考えるとか迷うとかした瞬間に、死にますから。リアルに」「なるほど、それが『速さ』の秘密……だとしても、本当に、それだけですか?」「そりゃ、剣を振るっている時に、そんな余裕は……あぁ、そうだ! 心を落ち着かせるために剣を握っている時とかは、色々考えちゃうか。 こう、刀を前に精神統一とかする時なんかは、やっぱり己自身の中の『迷い』と向き合うから。 そんな時は、決まって色々と『間違ってる自分』が剣に映って……正直、それが辛くて。それで『捨てようか』って思っては『やっぱ出来ない』の繰り返し。 多分……師匠と一緒で、結局、剣に嘘がつけないんだな、俺は……」「なるほど。だからこそ颯太さん。この刀は、魔法少女の力を用いてなお、颯太さんに答えてくれたんじゃないかしら?」「え?」 その言葉と共に、巴さんはリボンを使って、簡素なポールのようなモノを立てて行く。「実験してみましょう。 魔法少年、御剣颯太の強さの秘密。調べる価値はあると思います。ただし、颯太さんが、私たちを信じてくださるのならば、ですが。 ……どうなさいますか?」「まあ、俺自身も気付かなかったくらいの、秘特情報だもんなぁ? ……バレちまうリスクってのは、確かにデカいが……性能を知りもしない道具を使っているなんてのは、魔法少年、いや、戦士としての沽券に関わる。 第一、巴さんが指摘してくれなければ、俺はこの剣をいつか放り捨てていただろうし」「そう、ですか?」「ええ、使い物にならん道具は要らないし、無駄な事は嫌いなんです。『迷い』なんてのは、その最たるモノです。 『迷う暇があれば、動け、行動しろ。無駄なモノや幻想は捨てろ。人は多くの物を持てるようには出来ていない。だから『何か』を手にする時は、その『何か』をいつでも捨てられる覚悟を持て』 師匠に、そう教わったんです。実際、迷うくらいなら捨てちまった方がイイんですよ。 家を掃除して整理する時と一緒です……というか、元々狭い家で暮らしてきた貧乏都民だったモンで、その教えの意味は、身をもってよく分かってるんですよ」 俺の説明に納得してくれたのか、馬鹿弟子までがうなずいてた。「ああ、師匠、元々東京の人だもんね……あっちは見滝原と違って、凄く家が狭いって話だし」「都心の下町なら尚更だよ。 一軒家でも、猫の額みたいなスペースの土地に三階建ての鉛筆みたいな家とかザラだし、あの頃の友達の中には、高架になってる電車路線の下が、店を兼ねた家だって所もあった。頭の上を電車が通るたびにゴーゴー言うんだぜ、家の中全部が? 増して、ウチはそんな裕福じゃなかったから、1DKのクソ狭いアパートに、親子五人で生活してたんだぞ?」「うわぁ……考えらんない」「ほ、本当なんですか、それ?」 などと、おぜう様発言をカマす、馬鹿弟子と鹿目まどか。暁美ほむらや巴さんまで、興味しんしんみたいだ。 ……チッ、これだから地方民のお金持ち様は……一丁、貧乏都民の現実を教えてやるか。「本当だよ。 ちなみに、畳のサイズも見滝原と違うコンパクトな『都内サイズ』だから、六畳っつってもこっちの六畳より一回り小さいんだな、これが。 『自分の部屋』どころか、『自分の机』を持つ事すら至難の業だったよ。コッチ引っ越すまで俺は、食事が終わった後のチャブ台で勉強してたんだぜ? 正味、家族の間じゃプライベートもクソも無かったし、風呂上がりに、当時中学生だった姉さんや母さんの裸とかもよく見たよ。 増して、車……自動車なんてのは超贅沢品つーか『スペースの無駄で無意味』意外の何物でも無かったな。 買い物行きたきゃ自転車か歩き。あとは電車で全て賄えるし、こっちみたいに『街そのもの』に余裕があるワケじゃねぇから、年中渋滞まみれの大通り以外、極端に道が狭いんだよ。 そんで結局、使い道なんて無いから、個人で車持ってる人なんて、仕事で使う人か、車が必須な要介護者を抱えた家か、実用無視の馬鹿な見栄っ張りか、純粋な車好きか、あとは……命狙われてるヤクザの親分とか、大企業のVIPくらいか?」「そ、そんなギュウギュウの中で生活して……おかしくなりません?」「なんねーために、お互い紳士協定みたいな暗黙の了解が、家族の中でも色々あったんだよ。 それでも揉める時は揉めるし、下町っ子だから親父もオフクロも、基本、身内には短気で荒っぽいし、よく怒鳴られたり怒られたりしたよ。 ……あー、ともかくです。その実験、受けましょう。よろしくお願いします」 巴さんの申し出に、俺は頭を下げて答える。「よろしいのですか?」「ええ。正直、兗州虎徹(この刀)を振るうのは、タダでさえハイリスク極まります。そして、だからこそ、これの現時点での性能を正確に理解し、把握する事は重要だと思います。 ……正直、今まで、愛刀の事を何一つ知らず振るっていた事に、ゾッとすらなりますね。まして『使える道具を捨てよう』なんて。 だから、お願いします、巴さん。その実験、引き受けさせてください……この刀のためにも、俺のためにも」「颯太、さん?」「率直に言わせてもらうとですね……その、ダブるんですよ。この刀の在り方そのものが。俺自身と。 さっきも言った通り、この刀は、元々は自動車の板バネっていうパーツです。普通に自動車を動かす部品として、ドコにでもある平凡な部品でした。 それを、刀としての素質を見出して鍛え上げて刃と成して、奇跡や魔法なんて世界で振りまわされて、ついには魔女や魔法少女を斬り伏せる斬魔の刃にまで成った。 ……でもね、それはこの板バネにとって、本当に幸せな事だったのかな? って。 これは本来、自動車を動かすためのパーツであって、人を殺したり魔女を退治したり悪い魔法少女を成敗するモノじゃない。道具としての在り方として、本来の役割とは思いっきりハズレてるんじゃないか? この刀を握って、己と向かい合うたびに、そう思ってしまうんです。『可哀想な事をしてしまった』と。 ……無論、道具は道具です。使い道があれば、そう使うべきで、そこに躊躇する必要なんてない。俺はそうやって生きてきたし、そう生き延びてきました。 ただ、あの時も叫んじゃいましたが……俺の希望は、本当は奇跡も魔法も必要とするほど、ご大層なモンじゃないんです。 『家族を守りたい』。その一心をもとに、タダの平凡なクソガキだった俺は、無我夢中でこの刀を振りまわしてきて……気がつけば、こんなドブ泥の殺人鬼に成り果てていた。 それと一緒で、もうこの刀は自動車の板バネになんて戻れません。だからせめて、俺は、この刀を『理解してやる』義務があると思うんです。 まだ共に歩める可能性があるのなら! 『感傷なんて無駄な残骸では無い』というのなら! 是非、それを証明したい! 巴さん、よろしくお願いします!」 そう言って、俺はもう一度。深々と巴さんに、頭を下げた。