「まずは、基本的な能力を量りましょう。 暁美さん、申し訳ないですけど沙紀さんを、その……トイレで見てもらってていいですか?」 そう言って、巴さんは暁美ほむらに話を振る。が……「いいえ、私も彼の能力に興味があるわ。美樹さやか、よろしく」 あっさりと馬鹿弟子に丸投げする、暁美ほむら。 で……「じょ、冗談言うな、転校生! あたしも弟子として見学希望っ! ……そうだ! 師匠にあたしのソウルジェムをもう一度使ってもらって……」「美樹さん! それじゃ性能試験の意味が無い! お兄ちゃんは私の魔法少年なんだから!」 えらい剣幕で、沙紀に怒られる。「あ、あうう……で、でも師匠のテストとか、見逃す手は無いから、やっぱりあたしも見たい!」「……困りましたわね。誰かが沙紀さんを見ていないと、テストになりませんわ」 まあ、その場合、妥当なのは……「そんじゃ、暁美ほむら。頼むわ」「何故、私が?」「この中で一番信用が無いから。能力見られたくない被験者の希望」「……………」 俺の言葉に、憮然となる暁美ほむら「間違ってるかい? あ、沙紀の体壊したら、流石の俺も『何しでかすか』分かんないからね? この場に鹿目まどかが居る事を、忘れないように。 ……日ごろの信用って、大切だよね?」「っ……本当に、あなたは喰えないわ!」「そらどーも。あんたとはお互いに『信用できない』事が『信頼関係』なんだ。 ……安い隙なんて、そう見せたか無ぇんだよ」 俺が、沙紀を傷つけたら、何をしでかすか自分でも分からないように。暁美ほむらも大体一緒だろう。 確かに、最初に同盟関係を結んだ魔法少女ではあるが、その関係の危うさが全く変化していないのも彼女である。「ほ、ほむらちゃん、あの……」「大丈夫よ、まどか。あなたは私が守るから」「……そう言って、守り切れた試しがあったんかねぇ?」「っ!!」 ぼそっ、とつぶやいた言葉に、過剰反応する暁美ほむら。「何が言いたいの、御剣颯太」「別にぃ? そのまんまだけど? ……お前さんが、『数え切れないほど繰り返した数だけ、その子を見捨ててる』んだろ? 第一、一度でも『守り切れたんだったら』今更ココに居るワケが無いわなぁ、ってだけの話だ」「……家族を守るために、家族を殺した人に言われては、立つ瀬が無いわね」 お互いに、冷笑を浮かべ、睨み合う。 ……そう、それでこそ、だぜ。暁美ほむら。「あいにく、俺の家族は俺含めて五人しか居なくて、しかも『やり直し』なんて利かない身なもんでね。 ……まっ、あんたが見捨てた『鹿目まどか』の数よっか、マシだと思うけど?」「そうね。家族を守るためにあなたが斬り捨てた『家族も含めた魔法少女の数』と同じくらいかしら? それに、やり直しが利かないその割には、あなたは緊張感が薄いように見えるわ」「俺ぁアンタが張りつめ過ぎて、脇が見えてないように見えるぜ?」「あなたに言われたくは無いわ」「そうかい、確かに『そうだった』し、な」 で、そんな険悪でバリバリな空気の中。「はいはい、じゃ、行きましょうか暁美さん。はい、お兄ちゃん……頑張ってね」「おう、沙紀、ナイスタイミング。ようやく兄貴が分かってきたな? ……じゃ、沙紀はあんたに預けるぜ」「っ!?」 あまりにもアッサリと沙紀を預けた事に、そして、屈託なく了解する沙紀に、戸惑う暁美ほむら。「お前さんは、さっき俺をにらんだ面構えのほうが、『人格的には』ともかく『能力的には』余程信じられるってモンなのさ……俺からすりゃあ、な。 だから、『今のアンタならば』俺は安心して沙紀を預けられる、ってワケだ。 ……どんなハラワタ煮えても、あんだけ舌で返せたんだ。俺程じゃないにしても、キレてもある程度オツムはクールで居られるタイプだろ、あんたは? だから、一人じゃ出来もしない事は、お互い、安易に口にしないこった。まして『出来なかった』事を『出来る』と証明したい場合はな……結局『それに臨む態度で示す』以外に、信用を取り戻す手なんて無いのさ」「っ……得意の御説教?」「うんにゃ、緩んだタガの締め直し。俺自身含めてね。 お互いに、『たった一つ守りたいモンを守り通せれば、それでいい』。 そーいう関係だろ? 俺も……お前も……ヨ。だから、頼むぜ……同盟者。あとはアンタの判断だ」「っ!! ……本当に、喰えない人!! 信じられない!」「あっはっは! 褒めてどーすんだ馬鹿が!? あんたとは、お互いに『信じられない』ところが『信じられる』関係だ、って最初っから言ってるだろぉがヨ!?」 と……「あ、あの、御剣さん、ほむらちゃん? 本当に、二人とも仲がいいの? 悪いの?」『最悪ですが、何か?』 鹿目まどかの問いかけに、ハモって答える俺たち。 それでも、引きつった顔でオロオロする鹿目まどか。 ……あー、しょうがねぇ。「お嬢ちゃん、よっく覚えときな? 世の中、お互いに『こいつとは最悪の関係だ』って認識してる事そのものが、『信用に値する要素になる』って事も、ままあるのさ」「……はあ?」 首をかしげる、鹿目まどか。……無理も無い、か。「分かんねぇか……まあ、そのうち分かるようになるさ。 アンタは結局、俺やコイツが死のうが生きようが、どっちにしろ最後まで生き延びるられるようなプラン、立ててるんだし」「そんな!」「安心しろ! 死ぬにしても『タダ無為に殺されてやる』タマなんざぁ、この場に一人も居やしねぇヨ! あんたのダチ含めて、この場にいるのは全員、『自分が自分として生き抜くために、死ぬ覚悟で誰かを生かすつもりで』魔法少女や魔法少年やってる、そんなバカヤロウばっかだ! そのために『死ぬ順番すら決めてある』からこそ全員死ぬつもりは無いし、仮に死ぬと分かっても、無駄な特攻なんざ一個もネェしアリエネェ! ……俺がさせねぇヨ、そんな事ぁ」「っ……!」「だからな、あんたの仕事は、こいつらのために『イイ女』になるこった。 『どこかの誰かのために、必死になってる人たちが居る』。 そいつを憶えておいて、いつか、自分を大切にしながら、誰かを救う。奇跡や魔法に縋らず、テメェの足で世間に立つ。 そんな『人間の女』になってくんな、鹿目まどか。 少なくとも多分……アンタの親は、そういう育て方をしてきたんじゃねぇのか? アンタ見てると、何と無くそんな気がするんだ」「っ……はい! 私の……自慢の家族です!」「そうか! ……うらやましいな。 今じゃ無くてもいい。いつか、しっかり『自分と家族を』守れるようになれよ、鹿目まどか。人間は両手で持てるもんなんて、そう多かネェぞ?」 そう言って、彼女の頭を撫でて笑いながら。 ふと……「……何となく、どっかで合った気がするな、お前さん」「え?」「どこ、だったかな……思いだせねぇけど。夢の中とか、か? ま、いいや。そんなわけで、沙紀を頼むぜ、暁美ほむら。 俺は、いざ修羅場の土壇場で『秘められた力』なんてモンに博打を張るなんて、無謀で無様な真似はしたくない」 そう言って、沙紀を押しつける。「……分かったわ、御剣颯太。 少なくとも、『鹿目まどかが信じる御剣颯太』は、信じてみるわ」「了解。 少なくとも、『御剣沙紀が信じる暁美ほむら』は、信じましょう」 そう言って、沙紀を連れて行く暁美ほむら。 結局……極端に相性の悪い同士だ。こんな風にでもしなきゃ、どーしょーもねーしな。 と、「……でも師匠、あたしのソウルジェムを借りて、沙紀ちゃんを助けに行った時は……」 要らんツッコミ入れる馬鹿弟子の襟首を、俺はひっつかむ。「あんな事は二度と御免だっ! ……土壇場の悪運はあるほうだとは思うが、そいつを過信する程、馬鹿じゃねぇんだヨ、俺は!! いいか! 『自分は特別だから大丈夫』なんて発想は、死の一本道だ! そーいうお前みたいな大馬鹿モンが、インキュベーターみたいなのに騙されるんだよ! テメーの性能も機能も把握しねぇで、『努力』だ『根性』だ『奇跡』だ『魔法』だって、ウサンクセェ精神論『だけ』で安易にコトに挑んだら、ロクな事になりゃしねぇんだよ! そんなのは、俺様目線で、節約だ努力だ根性だって精神論だけ他人に押し付けながら、具体的なプランも予算も出さねーで、目先の数字ばっか追っかけてる馬鹿社長共と一緒だ!」「……師匠、何かあったの?」「いや、ちょっと資金洗浄(マネーロンダリング)っつーか、資産運用の時にね……その……うん。お金って人狂わせるよねっつーか……って、お前は知らんでいい!」 ……いや、ホント。『金持ってるガキ』だと思って舐めてかかってくる『ガキみたいな大人』って最悪だよね……ま、そんなファンタジー描いてる連中は、大体後で痛い目見せるんだけど、痛い目見ても理解できない奴が大半なんだよなぁ……『若造が』『若造が』『若造が』って。しまいにゃ『騙されたー』だの……人を騙そうとしておいて『騙された』も無いもんだ。 ……人間、年齢(トシ)喰えば『大人のフリの擬態』は上手くなるにしても、本当の意味で『大人になって円くなる』なんてのは、ホント嘘っぱちだよ……いや、ホントに。 以前、十メートルちょっとの距離を歩きたがらないで『俺を誰だと思っていやがる』とか抜かして、無理矢理一方通行で自分の車を逆走させて迎えに越させた国会議員様とかいて、ネットで話題になったけど、あんなのザラなんだよなぁ……今のオッサンとかオバハンとか。 無論、全部が全部、そんな人ばっかってワケじゃないが……昔、『オバタリアン』とか『オジタリアン』なんて単語が流行ったらしいけど、正にそのまんま。昔の人は上手い事言ったもんだ。 むしろ、俺の知る限り、若いけどシッカリした小さな会社や店舗の若社長様や若旦那様か。あるいはもっと年齢がイッた戦争経験したくらいの高齢の社長のほうが、具体的なプランとか態度とか提示してくれる分、尊敬に値する人のほうが多い。少なくとも『敵対しても敬意に値する』人物だったり。態度『だけ』だったら、今のヤクザのほうがマシなんじゃないかな? ま、それは兎も角。「あー、そんじゃ、巴さん、お待たせしました! テストを始めましょうか!」「はい!」「それじゃ、まず基本の能力から測っていきましょう。比較をしやすくするために、木刀に魔力を付与する形でお願いします」「了解!」 巻き藁よろしく、リボンで作られたポールが幾つか並ぶ、直線コース。 そこのスタートラインに、俺は腰ダメに木刀を携え、居合いの構えで立つ。「よーい、どん!」「ふっ!」 疾走しながら、まずは片手一刀で目標を『切断』。更に斬り返しての二つ目以降は両手持ちに換えて標的を斬りながら、全力で駆け抜ける。「……っと、こんなもんか?」「見たところ、凡そ、高速型の魔法少女と同レベルですね。 ……というか、木刀ですら私のリボンを……では、次に、兗州虎徹でお願いします」「了解!」 スタートラインに戻り、兗州虎徹を腰に差し、居合い抜きに構える。「よーい、どn」「ふっ!」 疾走、抜刀。そして……「ゴール! っと……こんなんで、どうでしょうか? うん、やっぱ兗州虎徹(こいつ)握ってると、体感的なキレが全然違うな」「……颯太さん、率直に言わせてください。『体感的なキレ』云々どころではありません! 改めて確信しました。……こんなのどんな魔法少女だって追いつけるワケが無い。しかも、単純な身体速度というよりも、反射速度そのものまで上がってるように思えます。 ……銃弾だって斬ってのけるワケだわ……」「……そんなモンですかね?」 と……言われても、本人、自覚が無いのですが。 まあ、差し当たって……「『また、世界を縮めてしまった……』なんちゃって」「?」「分かんなきゃイイです。ネタですから」 ……いや、好きなんだけどね、あの人。暑苦しいから身近にいて欲しくは無いが、カッコイイのは事実だし。 と、「師匠ー、すいませーん、もう一回お願いします! 全然、太刀筋が見えませんでしたー!」「却下。見世物じゃねぇんだぞ! ……ああ、そうだ、巴さん。もう一回、コース作っちゃくれませんか?」 馬鹿弟子の寝言を聞いて、ふと思い出す。「ええ、元よりそのつもりですが……何を?」「あの馬鹿が、どれだけ俺の太刀筋をマスター出来たのか、知りたい。 いっくら『体感』を直接会得しているからって、一度じゃマスター出来るモンとも思えないんです。もしかしたら、間違って憶えちまうかも知れん。 ……リスキーですが、最悪、何度か同じ事をやる事になるかもしれない」 そう言うと、巴さんが微笑んだ。「一度しかやらないんじゃないですか?」「そう言わんと真剣にならんでしょ? あの手合いは。 ……まあ、二回目以降、罰ゲームとして『沙紀の手料理』喰ってもらうくらいは覚悟してもらうかな?」「殺す気ですか!?」「死ぬ目に遭わなきゃ、真剣にならんでしょ? なーに、『癒しの祈り』持ってるし大丈夫大丈夫。 最終的に『死ななきゃイイ』んだしね……『Welcome to the Hell.cherry ass !!』ってなモンです」「……………………」 心なしか、巴さんの笑顔が引きつっていたが、正味それは知ったこっちゃ無い。 何しろ、こちとら、いつ戦死するかもしれん明日を控えて、他人をシゴくなどという無謀な事を頼まれたのだ。そして教える以上、手加減なんて出来るわけがない。「あー、とりあえず馬鹿弟子よ。さっきのアレで、どんだけマスター出来たかが知りたい。 お前なりに、やってみろ!」「はいっ!」 そう言って、馬鹿弟子は腰ダメに居合いの構えをとる。 ……アホが。片手一刀で巻きワラ斬るのは、パワーじゃなくて斬り込む角度とタイミング、ぶっちゃけスキルの問題だ。恐らく、俺の真似であんな構えを取ったんだろうが、刃が喰い込んで刀身が折れるか吹っ飛ぶか……ま、いっか。失敗して泣きを見るのも、訓練の内だ。「よーい、どん!」「っ?」 素人丸出しの今までより、ずっと安定した『走り方』。そして抜刀……って、ちょっと待てぇい! 見事に『切断された』巴マミのリボンのポール。そこから両手に持ちかえての斬り返し、そして……「ゴール! ……って、ダメだなぁ……やっぱ、師匠より全然遅いや」「おい、馬鹿弟子、一個だけ聞く。 ……俺は『居合い』なんて、あの時見せちゃいないが、どうやって憶えた?」「え!? やってたじゃないですか、師匠。斜太チカの時に……アレでしょ? 最初にやってたの?」「っ……!? お前、アレを『憶えた』ってぇのか!? 基本も、何もかもスッ飛ばして!?」「基本、って……基本は『さっき見せてくれた』じゃないですか、師匠が」「っ!!」 絶句。 もうそれ以外ない。 ……冗談じゃネェ……こいつは、『とびっきりの無色の原石』だ。 魔法少女としての素質は兎も角、『剣士として』の素質は、空恐ろしいレベルで持ち合せていやがる。 こいつは……どこまで伸びる素材なんだか、底が知れねぇ!「巴さん、悪ぃ。 ……コイツは、俺の手に負いかねるかもしれねぇ……」「颯太、さん?」「魔力的な部分はともかく、『剣士としての素質』は底が知れねぇ……っつうか、おい、歩法はどうやってマスターした!?」「歩法?」「走り方! あと足さばき!」「え? えっと……師匠が剣を振ってくれた時の足の動きをもとに、考えながらこう……何となく?」 頭痛がした。幾ら魔法少女だからって、デタラメにも程がある。 ……こんなの絶対おかしいよ。「……おい、美樹さやか。冗談抜きの真剣に、俺はお前を破門にすべきかと思ってる」「え? ちょっ……あっ、あたし、何か悪い所ありましたか!?」「違う、逆だ! ……俺ん手にゃ負えんかもしれん……」「は?」「ちゃんとした師匠のもとにつけ! ……何も好きこのんで、殺人剣の師を仰ぐ必要は無ぇヨ、おめーは。紹介状なら書いてやる、だから……あれ?」 おい、待てヨ? なんか、昔、俺も師匠と似たようなやり取り、したよー……な? ……あの時、確か、俺は……「絶対やだ! あたしにとって、師匠はあんただ!」「っ!!」 頭痛がした。眩暈もする。 ……何から、何まで……お前は俺か? 俺なのか!? っつーか、嫌だーっ! 俺はココまで馬鹿じゃなかったぞーっ!!「どんな運命トレースしてんだよ……っていうか、フラグか? 死亡フラグなのか、これ?」「……何がですか?」「何でもネェ! ……いいか? 憎くて言ってんじゃねぇ、お前は、俺の殺人剣に染まるべきじゃねぇから、言ってんだ! ああ、認めてやるよ! お前はな、飛びっきりの『原石』だ。どんなカットも出来て輝けるからこそ、俺の流儀でぶち壊しにする事ぁ無ぇって言ってンだ!」「っ……ほん、とう?」「ああ、そうだよ! だから、今すぐ『御剣流』の切り紙でも目録でも免許皆伝でもくれてやる! とっとと俺の手から離れて出て、真っ当な師匠の下につけ! それがお前のためだ!」 嬉しそうに目を輝かせ……言葉に詰まったまま、下を向く美樹さやか。 だが……「じゃあ……じゃあ、一つ聞くけど! 魔女や魔法少女相手にしてきた剣術なんて、そこらの道場でおしえてくれるの!? あたしが憶えたいのは、佐倉杏子みたいな奴相手に、実戦で闘える剣なんだよ!」 ……そこらの道場で、師匠以上に実戦を闘える剣術なんて、教えてくれるのかよ…… あの頃の、馬鹿な俺の言葉が、今の自分に突き刺さる。 何なんだヨ、こいつは……本当に、何なんだ!?「どうして……どうしてコイツは……この馬鹿は……イチイチ、俺の運命トレースするような事を言いやがるっ!! ……分かんネェのか、テメェはぁっ! 俺の剣筋トレースしたら、俺の運命までトレースしちまうぞ!」「あたしの運命は魔女化だよ! 師匠の辿ってきた運命とは違う! あたしは……あたしは師匠とは違う!」「っ!!」 さらに……「もし、無理矢理他所の道場に預けるなんてしてみろ! 三日で全部マスターして、魔法少女の力使ってカンバンブチ折って、師匠に責任押し付けてやる!」「なっ!?」「天才なんだろ、あたしは!? だったら、そうしてやる! 師匠があたしを弟子と認めてくれるまで、ずっとそうしてやる!」 眩暈がした。 ……流石に、俺はココまで言った憶えは、無い! ここまでのウルトラ馬鹿だとは、思わなかった!「えっ、エラいモン預かっちまった……昔の俺より、よっぽど……」「よっぽど、才能がある?」「頭のネジが外れた馬鹿だっつってんだ! この⑨女!」「バカだバカだって、師匠のほうこそ大馬鹿じゃないか!」「俺の上を逝く、ウルトラ馬鹿だっつってんだ、この馬鹿女! ……第一、俺は、魔法少女相手ならともかく、魔女相手にゃ借り物の力でしか戦いようが無ねぇ、小悪党だ! 分かるか!? 俺の力なんて、そんなモンなんだよ!」 と……「違う! 師匠は間違ってる! 師匠の『力』は借り物かもしれないけど、あの時教えてくれた師匠の『正義』は、絶対借り物なんかじゃない!! だからあたしは、あんたについていくんだ!」「バカヤロウ! そんなのとっくに犬に食わせちまったよ!」「嘘だっ! あたしは信じない! あんたは、今でも本当は『正義の味方』なんだ! ただ、『正義』の重さを誰よりも知り尽くして、名乗れなくなってるだけなんだ!」「っ……何、知った風な口、聞いてやがる、この馬鹿が!」「ああ、馬鹿だから分からないよ!! だから教えてよ、示してよ! 『正義』なんて言葉に出来ないなら、行動と態度で示してくれれば、それでいいよ!」「だから、知った風な口利いてんじゃネェ、こん馬鹿がっ! ……仮に、俺が今でも『正義』だっつーなら、テメェに俺の何が分かるんだよ! あ!? 馬鹿なテメェ自身の事も理解出来てねぇクセに、偉そうに吐いてんじゃねぇ!」「分かるよ! 自分自身の事くらい、分かんないほど馬鹿じゃないよ!」 ……お?「ほう、そうか? じゃあ、言ってみろ? お前が自分自身を『馬鹿じゃない』って言うなら……お前自身に『何が足りてないか』くらい、全部理解できてるんだろうな?」「っ!?」「そいつすら理解出来ねぇで、俺を理解しようってか? ちゃんちゃらオカシイぜ、美樹さやか。 ……破門だ、テメェは。巴さん、コイツを頼むわ……俺には負えん」 と……「待った、師匠!」「あ゛?」「……それに答えられたら、あたしをちゃんと、弟子として認めてくれる?」「あーあ、構わねぇヨ? お前は隙だらけだ。むしろ、穴無いトコ探すほうが難しいぜ?」 引きつった表情。 それでも、『何か』を確信したかのように、美樹さやかは高らかに宣言。 そして……「じゃあ、答えるよ……あたしに足りないモノ。 それは……それは! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりも! 速さが足りない!!」 ぶっ!! ラディカル・グッド・スピー○で、一気にまくしたてる馬鹿弟子様。 ……っつーか、ドコで憶えた、そん台詞!?「おっ、おま、それ……」「えへへ、やっぱり師匠の事だから、知ってると思った。 それに、言葉は借り物でも、あってるでしょう!? 師匠の力だって借り物なんだし、これでおあいこだよ!」 馬鹿だ……もう、馬鹿過ぎて……コイツ、どうしていいのか分からん。 巴さんなんて、ついていけなくてポカーンってしてるし。「……なんというか、こう……もう、馬鹿すぎてツッコミどころが」「ちっちっち、師匠。 こういう時は、師匠的に、こー言うべきじゃないの? 『俺より速く動くつもりかい、お嬢ちゃん?』って」「人を『文化的な兄貴』にしてんじゃねぇヨ!!」 なんというか、もう……肩の力が抜けちまった。「好きにしろよ……まったく、本気で負えネェヨ、おめぇは。この馬鹿弟子は……」 と……「颯太さん。今……ご自分の力を、『全てが借り物』とおっしゃいましたわね?」 巴さんが、真剣な目で俺を見る。「ああ、そうだよ? 何か、間違ってるか?」「間違ってるかもしれません」「あ!?」 そう言うと、巴さんが、もう一回、コースを作る。「最後のテストです、颯太さん。 沙紀ちゃんのソウルジェムを外して、『兗州虎徹のみ』で、お願いします。 この刀を、『ご自身のソウルジェムだと思って』使ってみてください」「!?」 絶句する。 確かに……そんな無茶苦茶な事、今まで試した事も無い。だが……「何の、意味が?」「颯太さんの、強さの秘密を証明するためです。 『おそらくは……』という仮説はあります。ですので、証明のために、お願いします」「……ん、分かった」 おおよそ、実戦では試す事の無い話。だが、これは『テスト』なのだ。 ならば、挑む意味は、ある。 スタートラインに立ち、俺は目をつぶり、兗州虎徹そのものに意識を集中する。(……なあ、今まで、俺は、兗州虎徹(おまえ)を、全く分かってやれなかった。何も知らないまま、捨てようとしていた。 そんな馬鹿な俺でも……兗州虎徹(おまえ)にもし『魂が在る』というのなら、俺に……答えてくれるか?) ふと……曰く言い難い感覚。 確かにある。なのに視野も視界も感覚も認識も、何一つ変わらない。だというのに『変わっている』のが理解できる。 言うならば……あるのが当たり前すぎるモノを、改めて認識したというような……そんな些細な感触。「よーい、どん!」「ふっ!」 疾走、抜刀! あまりにも、ごく自然に、いつもどおりに、体が動く。 そして……「やっぱり……強いワケよ。速いワケよ。 颯太さん。今の颯太さんは、『高速型の魔法少女』並みの速さが出ていました!」「っ!?」 予想だにしない結果に、俺は絶句する。「颯太さん。あなたが兗州虎徹を振るう時は、ソウルジェム二個分の魔力全てを『速さ』につぎ込んで、闘っていた状態だったんです! 知らずのうちに! 例えるなら……普通の魔法少女にとってソウルジェムというエンジンが一個なのに対し、颯太さんは『兗州虎徹』という予備エンジンを搭載しているようなモノです!」「ハイブリッド・カーみたいなモノか!?」「ええ。 勿論、颯太さん自身がそれを自覚していない以上、颯太さんの兗州虎徹とソウルジェムとの相性によっては、魔力が相殺し合ってしまうのかもしれない。むしろ、その可能性が高いと私は見ています」「つまり……100%+100%=200%、ってワケじゃない、って事か!?」「ええ、相性によって、借りうけるソウルジェムの側か兗州虎徹の側か、どちらかの魔力が相殺されて……150%とか、そんな感じになってしまうのではないでしょうか? それでも、全てを『速さ』に振り込めば、相当な速度が出るハズです!」 そう言う巴さんだが、腑に落ちない事がある。「じゃあ、攻撃力のほうはどうなるんだ? こいつで斬られた魔法少女が、極端に苦しむ理由は?」「それについても、私のリボンが斬られた感触から『ある程度の推論』はあります。 というか『もしそうだとしたら』、100%+100%に成り得なかった理由も分かるし、他の魔法少女や颯太さん自身も自覚が無かった理由も分かる。……むしろ『兗州虎徹と併用出来た』、沙紀ちゃんや、美樹さんのほうが『奇跡』なんです。 恐らくは、その刀の性質上……というより、『颯太さんの『祈り』の内容』が、密接に関わって来るのでしょうが……颯太さん自身に、もう『最初の祈り』の自覚が無い以上、『証明』と『仮説』のモノになっていくと思います。それでもよろしいですか?」「っ……ああ、構わない。 そもそも俺は、武器の機能と祈りが直結するなんざぁ、ハナッから考えちゃいなかったし、他人に指摘されなきゃ俺はコイツの本当の価値を、理解なんざ出来なかったからな」 改めて、自分が自覚せずに振るっていた能力の恐ろしさに、戦慄する。 だが、驚くのは、そこから先だった。「では、颯太さん……颯太さんの、剣の腕を信じます。『私が撃ったマスケットの弾を、斬って』ください!」『っ!?』 絶句する俺と馬鹿弟子。「なっ、なんの証明になるっていうんですか! それが!?」「重要な事です。そして、それが恐らく、斬魔刀たる兗州虎徹最大の秘密を証明する、唯一の手段です!」 真剣な目で迫る巴さんに、俺はうなずいた。「OK、分かりました。ですが、その……斜太チカの時は、相手を消耗させてから、という条件でした。 ですが、今の巴さんはベストに近い状態だ。出来るかどうかは正直……」「ええ、ですので、狙う場所の指定を、おねがいします。 ……何度も言いますが、颯太さんの『脆さ』は、承知しているつもりです。 おそらく、すぐに防御力に割り振った闘い方をしろと言われても不可能でしょうし、ソウルジェムを二個扱うなんて芸当、誰もやった事はありませんから、それが可能かどうかすらも分かりません。 それでも、おそらくは、颯太さんの……兗州虎徹の本当の能力を証明する手段は、私には『これしか思いつきませんでした』」「っ……分かりました。 俺は、この刀の事を知る、義務がある。だから……引き受けましょう!」 広場で、巴さんと向かい合う。 実際に殺し合うワケではない。 それでも……エース・オブ・エースが向こうに回っている、という恐怖感は、如何ともしがたい。 俺は、魔法少女相手の闘いを、知りぬいている。そして、巴マミがどれだけの手錬か、それも知っている。 だからこそ……「巴さん。狙う場所は……眉間でおねがいします!」「颯太さん!?」「唐竹割りの一閃。 俺が一番、修練を積んできた、一撃でなければ……多分、無理だ」「っ……分かりました」 沙紀のソウルジェムから、魔力を引き出し、変身。更に、兗州虎徹からも……難しいが、何とか引き出してみる。 極限までの集中を。速く、早く、迅く! 普段はやらないような、剣を上段に構え、俺は深く息を吸い、吐きだす。「いきます!」「おう!」 遥か離れた、巴さんのマスケットのライフルリングが見える。火ぶたに落ちるフリントロックの撃鉄……瞬間、全てがスローに変わる。 巴さんのマスケットの弾……リボンを丸めて凝縮したような、その『リボンの筋までもが』ハッキリと見える。 ……遅い…… こんなもんなのか? 巴さんのマスケットの一撃というのは? そんなハズはあるまい。 当初の予想に比して、あっさりと一閃。俺は巴さんの銃弾を『斬って捨てた』。「っ……颯太……さん?」「巴さん、手加減してくれたのか……ありがたい。 で、これが何の証明に繋がるんです?」 首をかしげる俺に、巴さんが完全に絶句していた。「っ!! ……え、ええ……証明が先ですね。今撃った弾の正体……もういちど、撃ってみせますね」 そう言って、巴さんが撃ってみせると……木の根元に着弾した弾から、するするとリボンが生えて木に巻きついていった。「っ!?」「『着弾と同時に相手を拘束する』……今、撃った弾は『そういう弾』だったんです。 でも、颯太さんの『魔力の無い剣に当たった』というのに、まるで『無効化』されてしまったかのように、弾は斬り捨てられてしまった」「ちょ、ちょっと待ってください! 単に不発だった、って事は!?」「それは考えにくいです。 そして、颯太さんの刀の能力。そして込められた祈りの意味。 それは……物凄い矛盾しているのですが、『奇跡や魔法の存在そのものを否定する』祈りだったのではないですか!? 『こんな事はあるわけがない』『こんなモノは存在しない』『奇跡も、魔法もありはしない』……そして『奇跡や魔法から誰かを守る』ために、『最速で敵を斬り伏せる』……おそらくは、そのあたりではないかと。 だから、『これは魔法だ』と証明する魔力そのものが、検知出来なかった……その上、最速で敵を斬り伏せてしまう上に使う回数も少ないモノだから、誰も気付けなかったんです」「っ!!」 指摘されて、俺は初めて自覚した。 ……そうだ。最初、姉さんが、あんな狂った大金を手にした時から。俺も、沙紀も、非現実的な世界の中で生きてきた。 でも、心の中で、ずっと叫び続けていた。 『これは違う』『これは本当の世界じゃない』『祈りだの魔法だので、世界がここまで歪むなんて、間違ってる』と…… だから、それを証明するように。 俺は、そういう戦い方をしてきたし、そういう生き方をしてきた。 極端に言うなら……奇跡も魔法も信じちゃいなかった。 それが存在するとするのならば、それは単純な『力』であり『現象』としか見てこなかった。 だから……「斬魔刀・兗州虎徹……またの名を『奇跡殺し(イマジン・スレイヤー)』か…… でも、すんません、巴さん。 多分……ですが、防御に割り振った闘い方、俺、絶対出来ない気がするんです」「え?」「傷、ですよ。 俺の体は、無数の傷で成り立ってます。その傷を無視した闘い方に、兗州虎徹(こいつ)が答えてくれるとは、どうしても思えないんです。それは、俺の中のリアルを否定する事になっちまう。 もし、この刀が『俺が俺のまま生きろ』って肯定してくれるのならば、今までの生き方を、俺は無視する事が出来るわけがない。 殺してきてしまった魔法少女たちの、罪も咎も背負って、前に進む覚悟をキメなければ……俺は、この刀を振るう資格は、無いと思うんです」「分かりました。元々、謎の多い力です。颯太さんの直感に賭けたほうがいいでしょう」「ええ。それに……良かった。 俺が、俺の力で魔女や魔法少女と闘えるのなら、わざわざ、沙紀のソウルジェムを借り無くて済む。 ……ありがとう、巴さん。今日の御恩は忘れません。本当に、感謝しています」 そう言って、俺は巴さんの手をとり、頭を下げた。