「おっ、お兄ちゃん……その……怒ってる?」 全てが『終わった』翌日の朝。「……沙紀? それは、誰の、何に対してって意味で、言ってるんだい?」「え、えっと、その……お兄ちゃん、笑顔が何か、怖いよ……」「ふふふふふ、やだなぁ、沙紀。お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ……ふふふふふふふ」 自分でも自覚するくらい、虚ろに壊れた笑顔を浮かべてる俺。 正直な話、色々な意味で昨日は、洒落にならなかった。 精神的な意味では、沙紀も含めた、巴マミとルーキーの三人の魔法少女だったが、物質的、金銭的、戦力的な意味で最悪だったのが、あの黒髪の魔法少女だ。 持ち主の俺の目の前で、『コマンドー』の映画に出てきたシュワルツェネッガーよろしく、オートマチックグレネードランチャーやら、対物ライフルやら、四連装ロケットランチャーその他諸々を、銃弾や砲弾含め、自分のソウルジェムの中に『お値段100%offセール』して行きやがったのである。 『ブルドーザーで強行突入しなかっただけ、マシだと思いなさい』って……あンのクソアマぁぁぁぁぁ!! おかげで、ちょっとピンチだった俺の家の武器庫は、『最後の切り札』を除いて本格的にスッテンテンになってしまった。 ……本当は、今すぐ沙紀と一緒に一週間くらいかけて海外に買い物に行きたいのだが、俺や沙紀自身の学校の授業等があり、そうも行かない。……とりあえず、ノートの中の『殺ス魔法少女』リストの二番目に登録しておく事にして、溜飲を下げておく。(一番目は勿論、あのルーキーに決まってる!!)。「はい、出来たよ。目玉焼きとトースト。あとミルクね……ふふふふふふ」 爽やかに虚ろな笑顔のまま、朝食を作る。 と……「うっ……うぇぇぇぇぇ、お兄ちゃん、ごめんなさい!!」「何を謝る事があるんだい? 沙紀? あの時、ああしなかったらお兄ちゃんも沙紀も、殺されてたんだぞ?」 そう。 あの時、ギリギリの駆け引きで、俺も沙紀も生き延びる事が出来た。 というか、むしろ、あの黒髪の少女。 何を考えていたのかは知らないが、目線で俺に、惨劇を回避するためのシグナルを送って寄こした。 ……ほんとに、マジでナニ考えてやがる? 答えが分からない、読めない。だが、一応、少なくとも、三人とも俺を殺したくは無かったらしい。 ……その点だけは、感謝しないといかんなぁ。 とはいえ、無論、コマンドー買いという名の窃盗とは別だ! 絶対に弁償させてやる!!「ごめんなさい! もう二度とお部屋のぞきません! だから元のお兄ちゃんに戻ってー!」「はぁー……はいはいはいはい。分かった分かった。二度としちゃダメだぞ?」 流石に、悪ふざけが過ぎたらしい。 軽く頭を撫でて、椅子に座ると、まず牛乳を口に含み……。「ごめんね。お兄ちゃん。 私、お兄ちゃんの好きな、金髪で目が青くて、おっぱいの大きな女の子になるから……」「ブーッ!!」 つうこんの いちげき! みつるぎ はやたは 9999の せいしんてき ダメージを うけた。「うわ、きちゃないよ、お兄ちゃん……って、お兄ちゃんがまた壊れたーっ!!」「ウケケケケケケケケケケケケケケ……」 結局、その日、どうにか自立駆動が可能な程に精神的再建を果たせたのは、妹を小学校に送って、高校の門をくぐってからだった。 少年再建中……少年再建中…… 休み時間に、教室で突っ伏しながら、俺は精神的再建を続行していた。「どーした、ハヤたん?」「いや、そのね……俺の部屋に、知り合いの女の子が無理矢理乗り込んできてね。 ンで、イキナリ奇襲でふんじばられて、『エロ本を探せーっ!!』って……妹も一緒になって……後はお察し。 ……女って、オッカネェよ……」 とりあえず、肝心のキモはボカして、昨日の出来事を、学校の友人に話した。「あー、ご愁傷様。 ……ところでさー、ハヤたん♪」「ごめん。部活の助っ人も、また今度……」「うー……じゃあさ、助っ人じゃなくて、名前だけでいいから、正式にウチの部に入部してくれよー。勿体ないよ、その体力」 高校の体力測定で、結構良い成績を取ってしまったためか、俺は各方面の部活動に、引っ張りだこだった。 とはいえ……「勘弁してくれよぉ。妹の面倒見ないといけねーんだし、俺、奨学生だからテストの成績も絡んでくるんだ。悪いけど、部活とか無理」「……ったく。これだからシスコンは」「シスコンで何が悪い? ……いや、ちょっと悪いかもだけど、沙紀にはまだ俺が必要なんだ」「汚名の自覚があるならさ、ほら、ウチの陸上部の入部届けにサインしてよ。幽霊でもいいからさ」「くどいっての……どこのキュゥべえだよ、テメェ」「え?」「いや、何でも無い。ちょっと便所」 とりあえず、トイレに向かい、用を足す。 ……因みに、ソウルジェムを持ってない今の状態では、俺にキュゥべえは見えない。 俺が魔女や魔法少女を狩れるのは、あくまで、沙紀の力を借りているからこそなのだ。「……部活、か」 叶うならば、茶道部に入りたかったなぁ……お茶の作法とか、ちょっと知りたかった。 そんな事を考えていた時の事だった。『御剣 颯太』「!?」 あの黒髪の魔法少女からのテレパシー。『放課後、話があるわ』『話の前に、武器返ぇせよ?』 ……返事は無かった。「……さて、と」 放課後、俺は近所のスーパーへと足を向ける。目指すは、タイムセールの野菜コーナー。 そこへと向かう途中に、豚バラのロースをゲットしつつ、タイムセールのキャベツも確保。「ああ、お醤油が切れてたんだった」 醤油を買い物かごに放り込み、レジに。 ネギのはみ出した買い物袋を抱え、家路を急ぐ。 ……呼び出し? 当然無視だ!(キッパリ) だが……「あ、お……お帰りなさい、お兄ちゃん」 玄関を開けた沙紀が、何やら戸惑った表情で出迎えて来る。「あの……昨日のお姉ちゃんが……」 ふと、玄関を見ると、見知らぬ靴が一足。「待たせて貰ったわ、御剣颯太」「てめぇ! 他人の家で勝手に何してやがった!」 リビングのソファーに居たのは、昨日の黒髪の魔法少女だった。「心配しないで。彼女に危害を加えるつもりはないわ。ただ、あなたに話があったから」「話の前に、武器返せよ」「妹より、武器が大事?」「………………」 沈黙。 で、結局、折れざるを得ないのは……「何だよ。用件ってのは?」 もう、どう逆さにふるっても、圧倒的に不利な状況に、溜息をついた。「二週間後、ワルプルギスの夜が、この町に来る」「!!?」 冗談、にしても趣味の悪い話だ。 ワルプルギスの夜。その正体は知らない。 知っているのは、災厄としか言いようのない、ド級の化け物魔女だという事。それを俺は『身を以って』体験していた。「どうやら、知っているようね?」「……まあな。知ってるよ。よーっく、な」「どこまで?」「さてね」 と、「はい、どーぞ」 沙紀の奴が、俺と黒髪の少女の分の、お茶を淹れて持ってきた。「沙紀……こーいう勝手に上がり込むよーな奴には、茶を出さなくていいぞ」「いちおう、お客さんなんでしょ? お客さんには、お茶を出すもんだ、って言ってたじゃない」 そう言うと、冷蔵庫の中から、栗鹿子を二つ取り出してくる。「おいおい、沙紀、もうソレで最後だぞ?」「うん、美味しかったから、お客さんにも食べてもらいたいの。だから、また作って。お願い♪」 その『お願い』の裏に込められた意味を知らない程、俺も沙紀も、自分の置かれた立場を知らないわけではない。「……しょうがねぇな」「うん。約束だよ! 絶対に!」「あい、よ」 交わされる日常の約束。それは、俺と沙紀を修羅から引き戻すための、心の命綱だ。「で、何でお前が、ワルプルギスの夜が出るなんて知ってんだ?」「その前に、何であなたが、ワルプルギスの夜を知っているの?」「……チッ、さっきから尋問じみてんな、オイ?」「そうね。『あなたと出会うのは初めて』だから。 魔法少女でも魔女でもなく、魔法少女の力を借りてるとはいえ『ただの人間が魔女を狩る』なんて、想像の外だった。 しかも、魔法少女の秘密を知って、なお、それに抗おうとする。 そんなイレギュラーに興味を持つのは、当然じゃない?」「別に、大した話じゃねーよ。 一生モンのビョーキやケガ抱えて頑張ってる人間や、それを支えてる身内なんて、世の中にゃゴマンと居る。 それがまあ、ちょっぴり特殊でやる事がアレなだけで、心構えは似たようなモンだよ」「……強いわね」「よせよ、魔法少女。幾らおだてたって、出せるのは、今出てる茶と茶菓子までだ。 で、用件はワルプルギスの話だけか? その情報が確定なら、妹を連れて見滝原から逃げるだけなんだが?」 予め、予防線を張っておいたというのに、彼女は真っ直ぐに俺の目をみて、堂々と言い切った。「御剣颯太……ワルプルギスの夜を倒すのに、協力してほしい」 こいつは……馬鹿か?「馬鹿だろ、お前? なーんも知らねーで無茶ぬかしゃあがって……」「知ってるわ。ワルプルギスの夜が、どれほど手ごわい存在かくらい」「お前はアレと戦った事がネェから、そんな事ぬかせるんだ!」 だんっ! と…… テーブルを叩いて、叫ぶ。「あるわ。何度も」「ドコでだよ!? っつか何度も!?」 ワルプルギスの夜。 通常とは違う、身を隠す結界すら必要としない魔女は、人間には災害による自然現象として観測される。 つまり、『どこに現れたか』という事が、明確に記録として残るのだ。「っ! ……それは……」「話になんねぇな。 まあ……忠告はありがとうよ。どっか沖縄あたりにでも、旅行チケットを取って行くわ」「待って! 奪った武器は帰す! だから」「ワルプルギスの夜相手に、そんなモンが屁の突っ張りにもなるか。まあ……逃げたほうが賢明だぜ。あんなの」 と……「待って! 報酬ならある!」「ほぉ? 俺の命と妹の命。纏めて天秤の片方に乗せて、なお吊り合いそうな報酬かよ? どんなんだ? ん? 試しに言ってみろや?」「これよ」 そう言って、彼女が、自分のソウルジェムの中から取り出したのは……金髪でボインボインの18歳未満閲覧禁止の、写真集!! しかも何十冊も!!「この程度なら、まだ幾らでもある。……お願い、協力を」「出てけーっ!!!!! 一人で、ワルプルギスの夜の歯車に轢き潰されて、死ねーっ!!」 反射的に茶をぶっかけて、怒鳴りつける。 テーブルひっくり返して叩きつけなかったのは、自分の作った茶菓子に対する、俺のギリギリ残った理性だ。「……男ってこういうのが好きなのではないの?」「色々クリティカルで斬新な条件なのは認めるが、少なくとも、命のかかった話の席でカマしていいジョークじゃねぇよ!! オラ、とっとと出てけっ! 二度と来んじゃねーっ!」「ごめんなさい! 悪かったわ! 癇に障ったのなら謝る! でも、あなたの協力がどうしても必要なの! ……お願い……私の知らない要素のあなたが、チャンスの一つに成りうるかもしれないの」 いきなり、泣き始めた黒髪の少女に、俺は途方に暮れてしまった。「……何言ってんだか、分かんねぇけどよ。 『協力しろ』っつわれて『ハイソーデスカ』なんて言える案件じゃねーだろ? まして、一方的に尋問じみた脅しカマして協力しろとか……どーかしてるぜ、お前? ちったぁ頭冷やしてから出直したほうが、いいんじゃね?」「……っ………っぅ………」 が……何やら、泣きながらチラチラと妹のほう、見てやがりますよ、このアマっ! 案の定、「あー、お兄ちゃん、女の子を泣かしたー! ダメだよー! 女の子泣かしちゃー!」 ……ですよねー? でも甘い!!「うん。お兄ちゃん、今、ものすごーく怒ってるから泣かせたんだ。 沙紀、あっち行ってなさい。昨日から、お兄ちゃん、とってもとっても怒ってるから、怖いぞー」「は、はーい!!」 獰猛な笑顔で、沙紀に笑いかけると……びくっとなって沙紀は逃げて行った。「で、嘘泣きまでして、気は済んだか?」「……手ごわいわね、御剣颯太」「当たり前だ。 名前も名乗んないで、涙一つで超ド級の厄ネタに巻き込もうなんて性悪根性の持ち主に、見せる隙があると思うのか? 一応、一家の主だぞ、俺!」 この色々と人を舐めくさった魔法少女。本当に油断がならない。「……暁美ほむら」「あ?」「ごめんなさい。名乗って無かったわね、私の名前。 暁美ほむら、よ。 ……じゃあ、最後に聞かせてほしいんだけど。あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦ったの?」「あまり、言いたく無いし、思い出したくも無いな」「なら、ドコで戦ったかは、私も語る必要はないわね」「……………」「………」 とりあえず、思考を巡らせる。 目の前の魔法少女が、相当な手錬なのは間違いが無い。その彼女が俺に協力してほしい、というのも、事実なのだろう。 でなければ、とっくに妹も俺も殺されてる。 昨日の『正義の味方』を自称したルーキーや巴マミとは違い、彼女はそんな甘いもんじゃない。 その手錬の魔法少女が、俺みたいな外道働きのイレギュラーにすら協力を要請する。つまり、ワルプルギスの夜が見滝原に来るというのは、情報源がドコかは兎も角、彼女の中で確定的な事実なのだろう。「……やっぱり逃げたほうがいい気がしてきたぜ」 考えれば考えるほど、ヤヴァ過ぎる。 そう思っていたのだが、とーとー業を煮やしたのか、彼女は最後の切り札を切ってきた。「そう、どうしても逃げると言うのなら……あなたの詳しい情報を、逐一キュゥべえに流してみようかしら?」「っ! ……テメェ!」 俺の家の周りにキュゥべえが居ないのは、根気よく徹底的にゴキブリ退治を繰り返し続けてたからに過ぎない。 何より、奴は魔法少女にした人間の後の事に関しては、グリーフシードさえ回収出来れば、最初の死にやすいルーキーの内は兎も角、成長した後は基本ほったらかしだ。 ……無論、俺の『魔女も魔法少女も狩り尽くす』営業妨害や、俺が抱える『魔女の窯』に腹を立てたのか、何度か俺らを退治に『正義』の魔法少女を送り込んできたのだが、それもキッチリ罠に嵌めて撃退し続け、最近はメッキリと減っている。 彼らにとって、ソウルジェムがグリーフシードに変わる前に殺されては、元も子も無いからだ。 『殺す割に合わない相手』。 そうキュゥべえが判断したからこそ、俺も沙紀も、普通の生活を送れるのである。 今回、あえてそれを送り込んできたのは……俺が油断し、彼女たちが相当以上の手錬で、しかもパーティを組み、不覚が有り得ないと思ったからこそだろう。「あなたが安寧を得られるのは、必死でココの縄張りを、暗殺という得体のしれない恐怖で守ってきたからに過ぎない。 だけど、キュゥべえはドコにでも居る。そして、逃げ続けるのならば、四六時中、彼らにそそのかされた『正義』の魔法少女に、逃亡先で命を狙われる事になる。 そんな生活……送ってみたい?」「こんの、クソアマ……っ!!」「私は、あなた以上に手段を選ぶつもりは無いわ。だからワルプルギスの夜を倒すのに、協力してちょうだい」 チェック・メイトである。 ……クソッ!!「……一つ聞かせろ。暁美ほむら。 ドコでワルプルギスの夜が、二週間後に来るなんて、情報を手に入れた?」「その前に、あなたはドコで、ワルプルギスの夜と戦って、生き延びられたの?」「OK、平行線を繰り返しても意味が無ぇ、交換条件だ。互いの情報交換で、どーよ?」「………………あと一つ、付け加えていい?」「何だ?」「タオル、貸してくれないかしら?」「……武器、返してくれるか?」 その言葉に、はぁ、と彼女は溜息をつき。「分かったわよ、もう」「OK、交渉成立だ」 俺は、台所にあったタオルを、投げてよこした。