トッちらかったグリーフシードを、家を出て『魔女の釜』に放り込んだ後。 『処理』もそこそこに家に戻り、俺は沙紀の手を握りしめた。「沙紀……あのさ。お願いがあるんだ」「ん?」「一緒に、遠くに行かないか? 見滝原を離れて……誰にも迷惑のかからない、田舎にでも引っ込んで。 ワルプルギスの夜なんか、どうでもいい。佐倉杏子の事も、どうでもいい。 俺にはもう、家族は……お前しか居ないんだ。『お前と共に挑めれば、あるいは』なんて……俺が間違ってた」「……………」「魔女の釜の再構築は、ちょっと手間だけどさ。 他所の縄張りとカチあわないように、上手くやりくりして……二人だけで、静かに暮らさないか? お金なら、あるんだから」 俺の言葉に、沙紀が首を横に振った。「そうやって、逃げて……また『何も知らない魔法少女の襲撃』に怯える生活を、続けるの?」「お兄ちゃんは大丈夫だよ。今まで、そういう風に生きてきたんだから。これからも、ずっと……」 と……「だめだよ。もうマミお姉ちゃんも、美樹さんも……暁美さんだって、まどかさんだって、友達なんだから」「……そっか。沙紀の、重要な『友達』だもんな」 沈黙。 そして……「だからお兄ちゃん……私のワガママ、聞いてくれるかな?」「何だい?」「……私、佐倉杏子が許せない……」「っ!!」 じわり、と滲むように濁り始める、沙紀のソウルジェム。「だめだ……誰かを憎むとか、そういったのは『魔法少女には許されない』事なんだから……」 希望をつかさどる魔法少女には、常に前向きな心構えが求められる。 逆を言えば……『人間らしい憎悪だの復讐心だの怒りだの』とは、相容れないモノなのだ。 それらは、呪いとなってしまい……結局、己の身を滅ぼす事になってしまう。「うん。だからね……『私に出来ない事』、お兄ちゃんにお願いしても、いいかな?」「っ……!!」 それは……つまり。「魔法少女って……『卑怯者』だよね。 『自分自身の力』じゃ何一つ出来ないくせに、奇跡だとか魔法だとか『どっかの誰か』から授かった力で、好き放題……私なんか、その最たるものじゃない? お兄ちゃんが居ないと、生きる事すらも許されない。 だから私は、生きてるだけで……」「生きてるだけで、俺には嬉しいんだよ! 沙紀! こんなの何でもないんだ! だから、一人になんて、しないでくれ。頼むよ、沙紀……たった一人の、家族なんだから。お前は俺の希望なんだよ!」「うん。私とお兄ちゃんは、一蓮托生だよ。 だから、『私は友達のために、ワルプルギスの夜』に、挑むよ」 !?「本当はね……私は『闘えない』ワケじゃないの。 ……実は『トッテオキ』があるんだ。私には。でも……」「待て。それは……」 嫌な予感がする。 この期に及んで、沙紀が口にする意味、それはつまり……「うん。実はね……自爆技なんだ、殆ど。 多分、どんな魔女でも倒せる……ってわけでもないけど、『お兄ちゃんが守り続けてくれた、今の私なら』『魔女の釜と組み合わせれば』かなりイイ勝負が出来ると思う。 でも、それを使うと、私は多分……」「ダメだっ! 絶対だめだ……それは使っちゃいけない! 特に、暁美ほむらには……絶対言うな」 あいつの基本は、魔法少女で非道で非情だ。鹿目まどかを守るために、沙紀を特攻隊に仕立て上げかねない。「だったら。絶対に生きて帰ってきて。そんで、ワルプルギスの夜に、みんなと一緒に挑もう? 復讐は……『御剣家の復讐』は、佐倉杏子で『終わり』じゃないよ?」「沙紀……っ……分かった。 お前の力を借りないで。『俺が出来る、全てを駆使して』……俺は『佐倉杏子に挑む』。 だけど勝負は一瞬だ。失敗したら俺は死ぬ事になる。 それでも、お前は……『絶望しないで、友達と共に生きる覚悟は、あるか?』『友達を最後まで信じてやる博打を、最後まで張り続けられるか?』 それが出来ないなら、お前のそのワガママは……お兄ちゃん、聞いてやることが出来ないな」「っ……わかった」「あとな、沙紀……付け加えるなら、一つ。 『俺が一番、佐倉杏子を許せない』……意味は、分かるな? だから、お前は……『魔法少女のお前は』彼女を恨む必要は無い。お前の分の恨みまで『もう手遅れな』俺が背負う! そして、俺が『奴に敗れて死んだとしても』ワルプルギスの夜はやってくる。その時は『みんなのために、佐倉杏子とでも手を組んで、ワルプルギスの夜と闘うんだ』!」「そんなっ! ……できる訳が」「やるんだ! ……この復讐劇は『御剣家を代表した俺個人』が、全て背負う! 『どんな理由があっても、どんな金持ちでも、どんな貧乏人でも、それを理由に、他人を不幸にしていいワケが無い』んだよ。 ……魔法少女の力ってのは、本来、『そういうの』を救うためにあるモンなんじゃないのか?」「っ……でも」 戸惑う沙紀の言葉に、俺は続ける。「俺はな……お兄ちゃんは人殺しだ。だけどな、『殺したくて殺してきた相手なんて、一人も居ない』。 だが、アイツは別だ。 あいつは、『自分と身内が生きるために、他人の人生を食い物にする事』に、何の躊躇も疑問も持たない奴だ。挙句、デタラメな願いをカマして、俺の家族をメチャクチャにしやがった……特攻一つでチャラに出来るほど、あいつの罪は軽かぁ無ぇヨ。 今、俺はな……生まれて初めて、生きてる人間様を、『自分の意思で』『殺してやりたい』『消してやりたい』って思ってんだ……その殺意を、俺は否定出来ねぇし、押さえきる自信が無ぇ。だから、一緒に、逃げるつもりだったんだ。 だからな……沙紀、お前は『傍観』していろ。何があっても、絶対に当事者になるな! 殺したのは俺、殺し続けてるのも俺。俺は、俺の意思で『人』を殺す。……それが、殺人剣の俺の流儀だ。 お前は魔女になんて、絶望に堕ちちゃいけない。 お前は、俺が死んだとしても、誰に理解されなくても。死ぬまで『どこかの誰か』の希望になるんだ。いいな?」「っ……分かった!」「よし! ……じゃあ、行って来る。 ……久しぶりに『悪魔の自分』を取り戻す事が出来たぜ。ありがとうな、沙紀」 そう言って、俺は……久しぶりに『修羅』へと変わった。「……待たせたな」 『準備』を整え、俺は階下へと降りる。「っ……その……」「沙紀は寝てる。 ソウルジェムが濁るのを落ち着かせるために、俺が睡眠薬と精神安定剤を飲ませて、寝かせた」「……そうか。あたしが迂闊だった。すまなかった」 ……すまなかった……だと? ……上から目線で何様だよ、テメェは、佐倉杏子っ!! ……好き勝手しながら他人を喰い物に、のうのうと生きてきたテメェに、俺ら兄妹の絶望の、ひとっ欠片でも理解出来てンのかヨ…… ……悲劇のヒロイン気取りか? ざけんじゃねぇよ……「いや、いいさ……まあ、何だ。 とりあえず、全員、茶でも飲んで一服つけて、落ち着こうや。ギスついた空気じゃ何も出来やしねぇし、今後の方針ってモンを考えなきゃなんねぇ」「颯太さん……」「巴さん……あと、馬鹿弟子。すまんな、みっともない所を見せた。 ……っつーか巴さん、あんたにゃみっともない所を見せっぱなしだ。すまん。『本当にすまん』な……」「いえ……その……颯太、さん?」「ん?」「いえ。何でもありません」 何か、戸惑ったような表情の巴さん。 ……感づかれてないと、いいんだが……まあいい。 これは、俺が編み出した『初見必殺』の手口だ。正味、マトモじゃない手段だからこそ、何をされたか理解できる奴は、この場に居ないだろう。「冷蔵庫の和菓子がある。そいつを食いながらでいいだろ? あ、先に茶を淹れてやるよ」「え、でもそのくらいは……」「『あの料理下手な』沙紀に、茶の淹れ方教えたの、誰だと思ってますか? ほんっと、苦労したんだから」 そう言って、俺は茶を淹れる。「『このくらいは出来るようになれ』ってね……友達が来た時に、茶の一杯も出せないようじゃ、御剣家の恥だぞ、って」「そうですか」 そう言って、全員に茶を振る舞う。 ……ここまではいい。本命は……「そんじゃ、お菓子だ。練り切りで、紫陽花にしてみた」 そういって、全員に置いていく。『佐倉杏子の分まで』。「わぁ……やっぱ師匠、お菓子作りは天才だなぁ。いただきます」「ん、喰ってくれ。『しっかりと』……」 そして……「ああ……美味そうだな。いただきま」 初見必殺!! そう心の中で叫びながら、佐倉杏子が和菓子を手に持って、口に運ぶ、その瞬間。「っっっ!! だめっ、佐倉杏子っ!」「チッ!」 暁美ほむらの叫びと共に、俺は……『練り切りの和菓子に偽装したC-4』に仕込んだ、マイクロチップ型の遠隔起爆信管のスイッチを押した! ぼむっ!! 何時の間にか開け放たれた窓、そして、空中で爆発する『和菓子爆弾』。 ……時間停止か、くそっ!「っ!!」 次善の策……俺は、右腕をまっすぐにのばし、袖口のスライドレールからバックアップの銃を手にし、佐倉杏子のソウルジェムに向かって、全弾発砲!「やめなさい、御剣颯太!」 暁美ほむらの盾で、全てが弾かれる。くっ……22口径じゃ無理か!「くっ!」 キッチンのナイフを手に、最後の突撃に挑もうとして……俺の全身に、巴さんのリボンが絡みつく。「やめて、颯太さん!」「放せっ! 巴さん! 放してくれぇえぇぇぇぇぇっ!! こいつは、こいつだけは!! 刺し違えてでもブッ殺してやるんだああああああああ!!」 ギリギリと肉に喰い込むリボンを無視して突っ込もうとして、ぶつぶつと肉に食い込み、血が吹き出る。 ……構うものか! 首が千切れても、こいつに齧りついてやる!!「師匠、やめて! こいつを殺す価値なんて、師匠には無いよ!」「うるせぇ! 父さんと母さんの……こいつは『御剣家全部』の敵なんだ!! 殺してやる! 殺してやるぞ、佐倉杏子おおおおおおおおおおおおっ!!」 さらに、馬鹿弟子に取り押さえられる。 ……チェックメイトだ。 もう何もできない。吠えるしか出来ない。 だったら吠えてやる。叫んでやる。今、出来る限りの全てを以って、俺は佐倉杏子を殺してやる! 最後の最後まで、こいつは俺の敵だっ!!「あっ……あっ……あっ……」 愕然とした表情で、ずるずると後退する佐倉杏子……逃げるなよ……逃げるんじゃねぇよ! 刺し違えてでも、俺はお前を殺さないといけねぇんだよ……生まれて初めて、俺は俺の殺意で『人を殺してやりテェ』んダヨ!!「逃げなさい、佐倉杏子! 逃げなさい!」「うっ、うっ……うわあああああああああっ!!」 開け放たれた窓から、全力で逃げ出す佐倉杏子。 「テメェ、逃げるんじゃねぇ! 逃げてんじゃネェぞ、コラァ!! 殺してやる、殺してやるぞ、佐倉杏子ぉぉぉぉぉ!!!!!」 俺の魂からの絶叫が、虚しく周囲に響き渡った。「……迂闊だったぜ。 そういえば、爆薬とかの知識を持ってんのは、『俺だけじゃ無かった』んだな」 巴さんのリボンにふんじばられたまま。俺は魔法少女三人と、鹿目まどかに囲まれていた。「……そういう事よ、御剣颯太」 魔法少女の盲点……『現代火器、近代装備という視点、視野の持ち主』は、俺だけでは無かった、って事か。「は、ははは……あと一手、食紅とかで手を凝らすべきだったな…… 俺を殺すか、時間遡行者?」「っ……!」「御剣沙紀は、リタイヤ。御剣颯太は、見ての通り。佐倉杏子を味方に、ワルプルギスの夜に挑んだ方が、ナンボか効率的だぜ?」「……そうね。それが一番ね……あなたも、覚悟の上だったんでしょうし」「ああ。お互い、『一番大事なモンが守れれば、それでいい』だしな」 と……その時だった。「ごめん。あたし、師匠殺すなら、あんたと組めない」「美樹さやか?」 意外なところからの助け船に、俺は戸惑った。「……あのさ、転校生。師匠が怒り狂うの、当たり前だと思わない? 佐倉杏子がいくら謝ったって『知らなかった』とか『ごめんなさい』とか、そういった話で済むレベルの問題じゃないと思うよ、これ」「っ……」「あたしは勝手にまどかを守る。でも、あんたとは組まない……組める訳が無いよ。 ……ごめん、師匠。あたし、知ってて黙ってた。 流石に言えなくて……だから、あいつと一緒に、殺してくれていいよ」 と。 さらに、巴さんまでもが。「そうね。流石に……私も、佐倉杏子に同情はするけど。それでも、颯太さんの怒りは当たり前だと思うわ。 それに……今、颯太さんは、何で『ワルプルギスの夜に挑む、効率的な手段』を口にしたの?」「……あいつも姉さんの敵だからさ。それだけだ」「違う。それはあなたの『御剣詐欺』よ。 『どんな理由があろうとも、他人を不幸にしていい理由は無い』。 ……あなたは、ワルプルギスの夜がもたらす絶望を、誰よりも知ってるから、それに挑む『希望』には手を出さなかった。違う?」「さーな? 知らねーよ、そんな事は」 と…… バシッ!「っ……!!」 巴さんに頬を叩かれて、俺は絶句した。「いい加減にして。颯太さん!! ……そんなに、『魔法少女が信じられない』の?」 その言葉に……俺は、キレた。「……………何を、信じろってんだよ…………… アカの他人の人生、ワガママ勝手な祈りや恋で、滅茶苦茶にしてひん曲げて……挙句、誰かに人殺し、親殺しまでさせておきながら、悲劇のヒロイン気取ってヤサぐれて。他人様の食い物や、寝床にまで好き勝手に手ぇ出して。 その上、テメェの縄張りで使い魔見逃して人殺しさせたグリーフシード集めて好き勝手した揚句に、『私が食物連鎖の頂点だ、文句ある?』ってか? アイツ一人が生きてくために! アイツ一人の祈りのために! 俺含めて、今まで何人、いや、何十人? 何百人? どんだけ他人の人生、不幸にさせて狂わせてんだよ? アイツ何様だよ! 『天下の魔法少女様です』ってか!? ザッケンジャネェ!! 裏で絶望と不幸撒き散らしといて、何が希望だクソッタレ!! キュゥべえのやってる事と何が違う!? 『テメェで手を汚して無いから、あたしは綺麗です』ってか? ふざけんなバカヤロウ!! 人間様が、どれだけ必至になって、オマンマ喰っていると思っていやがる! どんな奴隷にだって家畜にだって、最後の最後、死ぬ間際まで『主人に反抗する権利』ってのは、不可侵のモノとしてあるんだぞ! いっぺん屠殺場行ってみろ! モーモー鳴いてる牛だって、ドナドナこいて『ただ大人しく処理されてる奴ら』ばっかじゃねぇんだぞ!? 眉間の急所にぶち込む鉄砲が少しズレりゃ、死に物狂いで死ぬまで大暴れすんだ! 『そんな連中と』食肉処理業者の人は、日々、命がけで格闘する覚悟キメながら、オマンマ喰ってんだよ! 生き物を……まして『人間様』を相手にするってのは、そーいう事なんだよ! 上から目線で舐めて甘く見てんじゃねぇ!! ああ、俺は魔法少年だよ! 魔法少女がいなければ何もできない、ただの相棒(マスコット)だよ! だが、そんな俺にだってなぁ……『絶対組めネェ魔法少女のご主人様』ってのは、居るんだよ!! 挙句に、人を『殺し屋』呼ばわりだぁ? 俺を殺し屋に仕立て上げたのは、テメェの無茶な祈りのせいじゃねぇかっ!! ああ、殺したのは俺だし、殺し続けたのは俺だよ。だけどなぁ……『アイツにだけは『殺し屋』なんて言われたくネェよ!!』 そんな奴を……『そんな連中の、ドコの何を信じろってんだよ!!』」「私は、佐倉杏子ではありませんよ?」「っ!!」 そうだ……彼女は……彼女の祈りは……ただ助かりたい。 それだけだったのだから。「っ……すまねぇ……ちょっと、魔法少女全部……アイツと混同してた」「いえ。気にしないでください。 颯太さんの怒りは……魔法少女相手に、酷い目に遭い続けてきたあなたなら、当たり前です」 そう言うと、巴さんは……俺が出した和菓子を、あっさりと口にした。「っ……巴さん!!」「うん。美味しいです。颯太さんの味です」 その笑顔に……言葉が出ない。「あんた……馬鹿だろ!? 俺が何をやったか、見ただろう? 『殺す』と決めた相手に対しての、俺の手口はマトモじゃねぇんだぞ!?」「『魔法少年が信頼する魔法少女に信頼されている限り、その魔法少年は決して魔法少女を裏切らない。 魔法少女を傷つけてでも魔法少女の命を救い、魔法少女を欺いてでも魔法少女の心を救う。あらゆる手を尽くし、己の命を度外視して』 ……颯太さん。 私は、颯太さんを信じてますよ?」「っ…………!! 巴……さん!!」 と。 さらに。「あの、さ。御剣さん……あの……私、聞きたいんだけど……杏子ちゃん、どうしても許せない?」「あ?」 鹿目まどかが、問いかけて来る。「知り合いなの……ちょっとした事で、話、するようになって。 すごくいい子だったの……本当は……でも……御剣さんも、厳しいけど、優しい人だって、私、知ってる。 だから、どうしてこうなっちゃったのか、私には分からないの。 なんでなの!? ねぇ、教えて! 御剣さん、すごく頭いいんでしょ!?」 その質問に、俺は、あいつの親父の説法を思い出し、真剣に考え直してみる。 その答えは……「多分な……それは『間違ってない』事が『正しいとは限らない』……って事じゃないのかな?」「どういう、事?」「簡単だよ。 Aが間違いだったから、修正してBにしてみようとした。でもBは結果的にもっと間違っていた。さらに修正したCはもっともっと間違っていて、結局Aが一番ベストだった。直そうと思って壊してしまう。……世の中にゃ、よくある話さ。 あいつの親父の説法を、いっぺん俺も聞いたんだけどな……何一つ間違ってなかった。でもな、『間違ってないだけ』だったんだ。 それが『間違ってない』ってだけで『正しい』なんて保障が、ドコにもありゃしないってのを知らないで、あの親父さんは信者引きつれて、突っ走っちまったんだろうな……俺の両親や、自分の娘まで含めて。 俺は、切支丹の事は正味、門外漢だが……多分、あの人の『正しい教え』ってのは、結局、『元の教え』との対比でしか成り立たない代物で、結局『元の教え』から抜け切れて無かったんじゃないのか? 『元の教え』と比べてみりゃ『正しい教え』のほうが、単純な比較実験じゃあ優れてるのかもしれないけど、それが『無限に近い比較対象』を持つ世間様に通じるかどうかってのは、別問題だと思うんだ。 宗教とか、そういったのってのは、膨大な年月の積み重ねで、先人たちが練磨してその土地に合うように収斂されてきたモノだ。 一個人がどーこー弄って変えられるのは、どんな天才でもほんのちっぽけなモンだと思うんだよ。 仏教にも、小乗と大乗ってあってな……解釈は色々あるんだが、一個人が悟りを開いて誰かを救って行くのを『小乗』っつーんだ。 無論、その場合、個人が救えるのは、ほんの一握り……だってのに、アイツの祈りは『みんなに話を聞いてもらいたい』なんて『大乗』に属するモンで、個人で救えもしないモン全部……あいつの親父まで救おうとしちまった。 結果、船に例えれば、定員オーバーで沈没しちまった……そして、『みんなが不幸になった』って事さ」「っ……そんな……知らなかったのなら」「『知らなかった』で済まねぇよ。 何にしろ『アイツの願い』が俺の家族やアカの他人の人生を踏みじった揚句に、それで反省するならまだしも、『他の関係無い誰か』まで大勢踏みにじり続けながら、のうのうと『弱肉強食』なんて餓鬼畜生の理屈嘯きながら、生き続けていやがる。 ……どこに情状酌量の余地があるんだよ? あいつは魔法少女としての天道どころか、人道も、修羅道すらも踏み外してる……正味、餓鬼道に堕ちてるとしか思えネェぜ」「餓鬼道?」「喰っても喰っても餓えと渇きに悩まされながら、地獄をさまよう餓鬼っつー亡者みてーなモンがウロつく世界さ。 『他人を慮らなかったために』餓鬼になった例も、あるそーだ。 ……まあ、俺の仏教知識なんてのは、師匠の受け売りをネットで軽く調べ直した程度だから、気になるなら自分でよく調べ直しておきな」 と……「まどか。彼と理屈で渡り合おうとしてはダメよ。ペテンの天才なんだから」 暁美ほむらに制止され……俺は笑った。「……ま、否定はしねぇよ。 で、どーしてくれんだ、時間遡行者様よぉ? この結末があり得る可能性、あんた知ってたんだろ? ……それを知ってて『人の名前を借りる』たぁイイ根性してると思うぜ? 流石、『愚か者相手には手段を選ぶつもりは無い』って宣言してくれただけ、あるわ。チート知識持ちは違うね」「っ! それは……」「別に、責めてるんじゃねぇ。むしろ褒めてるんだ。 ああ、俺も『人生やり直せたら』、お前さんと同じ事をやってただろうさ? 意地でもぶん殴って両親引きずり出して説教してやったさ。そうすりゃ、冴子姉さんは魔女にならず済んで、俺も誰も殺さずフツーに暮らして、沙紀だって……まあ、何とかなっただろうさ」「だめよ、御剣颯太! あなたは、今、インキュベーターに、踊らされようとしているのが分からないの!? 分かるでしょう!? あいつが何を考えているかくらい! ここで戦力をガタガタにしてしまえば、まどかは契約して、皆が死ぬ運命が待ってんのよ!」 ……はぁ……「……あのさ、それ、今の俺に、何か関係あんのか?」「なっ!」「俺個人が、ワルプルギスの夜に挑む動機は『復讐』だよ。 じゃあ、さ? 『何で俺がワルプルギスの夜を、敵と狙うようになったか』……お前さん、一度でも考えた事でもあるのかい?」「っ!!」「アイツがさ。佐倉杏子が、結局、俺ら御剣家にとっちゃあ『諸悪の根源』なんだよ……分かるか? それと手を組めってのはヨ、『俺にはとてもできない相談』なんだよ。俺含めて、世間様舐めるのも、いい加減にしろってんだ……いいか? 『世界がどうなろうが宇宙がどうなろうが知った事か』ってくらい、今の俺は完全にキレている。 ……教えてやるよ。人間、キレるとワケが分からなくなる奴ばかりじゃないんだぜ? むしろ冷めちまって、嗤えるよーになる馬鹿も、中にはいるんだよ。俺みてぇな。 だから、さっさと殺しておきな? でないと……本当に何しでかすか、分からないぜ?」「あなたはっ!」「笑わせるぜ、魔法少女! 人としての仁義に唾吐いたテメェのナニを、今更信じろっつーんだ!? 『信じられない事』くらいしか『信じる要素が無い』テメェが、今更世界がどーとかヌカしてんじゃねぇ!! ……『俺は』降りたぜ。テメェがカマした最悪のペテンの結果だ。責任とんな。 そんくらい受け止める覚悟じゃなきゃ、『他人に嘘ついて踊らそう』なんて考えてんじゃねぇよ……馬鹿弟子のほーが、まだマシだぜ」「っ……分かったわ!」 そう言うと、彼女は……彼女も、俺の和菓子を手にとって、飲み下した。「さあ、起爆させてみなさいよ! やってみなさいよ! そのかわり、まどかは絶対救いなさい、イレギュラー!」「……馬鹿が……テメーのそれも、ただの練り切りだよ」「っ!! あなたは……」「元から、アイツの以外爆薬じゃねーよ……そこまで無差別に狂っちゃいねぇさ。いや、狂ってんのは事実だけど……言ったろ? 『キレたら冷める』タイプだ、って」 絶句する暁美ほむら。……いい薬だ。「じゃあ、こーしよーぜ? 俺か、佐倉杏子か『どっちか』が生きて帰る。沙紀は俺が帰って来た場合のみ、一緒にワルプルギスの夜へと挑む! ……正直、沙紀にそれは言い含めてある。こんな結果になるなんて、考えても居なかったがな。 あいつとの勝負は……第四ラウンドへ持ち越しだ!」「そんな!」「無理なモンは無理なんだよ!! 俺は……いや、『俺と沙紀』は、佐倉杏子とは絶対に組めない。天地が逆さまになろうが、世界が滅びようが『佐倉家のペテンに踊らされた御剣家全ての無念にかけて』だ!! 沙紀には出来ない……アイツは魔法少女だ。魔法少女は『復讐』なんて、ネガティブな動機を持つべきじゃない。さっきも見ただろ? ソウルジェムが真っ黒になる寸前だったのを! 魔女になりかけたのを! だから俺が……『魔法少年』だけが! 御剣家に最後に残った『人間』の俺が! 佐倉杏子に対して、復讐ってモンを成し遂げる義務と権利があるのさ! そいつをシカトして生きられるほどな……俺は安い生き方も、器用な生き方も、してきちゃいねぇんだよ……」 そう言って、俺は巴さんを見る。「行かせてくれ、巴さん。……あいつの行き先は分かってる。 こいつは、『どんな理由があろうとも』俺が絶対成し遂げ無きゃならない、復讐なんだよ。 俺の命がどうだとか、そういった問題じゃネェ……あいつが生きてる限り、沙紀の奴はあいつに復讐心を抱いたまま、生きる事になる。 魔法少女として、そいつは致命的でもあるんだ。だから……行かせてくれよ」「あなたは! あなたが死んだら沙紀ちゃんはどうなるんですか!」「心配無ぇさ、巴さん……あんたがいる。馬鹿弟子がいる。 ついでに、暁美ほむら……あんたがいる。俺はお前を信じちゃいないが、沙紀はお前の事、なんか少し気にいってるみたいだぜ? 『今度こそダチを信じて生きて行けるか?』って『ダチと共に生きるっつー博打が張れるか?』って……最終確認は、取ってあるんだ」「っ……それは、沙紀ちゃんの『御剣詐欺』よ! あなたが居なくなったら、あの子は」「心配してねぇよ。アイツはあの場で、一丁前宣言、しやがったんだ。 ……だったらやってもらうまでだ。吐いた言葉を安く飲み込むのが許れるほど、御剣家の教育は、甘かぁ無ぇよ。 それにアイツは、『佐倉杏子ごときに』俺が殺されるなんて欠片も思っちゃいねぇ……だったら『最強のお兄ちゃん』を演じきってやるまでさ! それが、御剣沙紀の兄貴の……御剣沙紀の『魔法少年』の、お仕事だ。 それに……ヨ。俺みたいな悪党はな、そう簡単には死なねぇんだヨ……バーン♪」 哂いながら、俺は体をゆする。「っ……分かりました。じゃあ、私との約束、守ってくださいね」「?」「バイク。一年後、後部座席に乗せてくれるんでしょ?」 っ……あの時の……「私は、信じてます。颯太さんを。颯太さんの、魔法少年の誓いを……」「っ……承った!」「……結局、テメェに頼る事になっちまったな……」 兗州虎徹。奇跡を否定し、奇跡を殺し、いつしか……自分が奇跡に『成り果てちまった』、俺の愛刀。「ま、いいさ。何だかんだと、お前が一番、付き合い長いしな……一緒に行こうぜ、相棒」 そして、引っ張り出したのは、この間の武器仕入れの時に『完成した』拳銃。 パイファー・ツェリスカ。だが、違うのは、シングルアクションのみだったのを、ダブルアクションに改造。 さらに、銃身の下に巨大なブレード、それと銃把に殴打用のピックをつけた、完全な『ハヤタ・カスタム』の代物だ。それを専用のホルスターに二丁、両肩から提げる。 さらに、胸に緩衝材と一緒にクレイモア地雷を装備。肋骨へし折れてもかまうものか…… 武器弾薬は、そう多くは持ち歩けない。人間がいくら重装備しても、佐倉杏子には敵わないだろう。魔女や魔法少女を圧倒する火力を携行できるのは、沙紀が居てこそだ。 故に、最強の武装。自分が信じられる『最強』を、極力絞っていくしかない。すると……驚くほど、接近戦に偏った装備になった。「そっか……いっぱい、血を見てきちまったもんな、俺は……」 まあいい、場所が頭だ。おそらく戦闘は『屋内か、森の中』になるだろうし。 さらに、俺は……それら武装を誤魔化すための、『変装道具』を漁る。で……何が良いかと考えてる内に『おあつらえ向き』のモノが見つかった。「は、ははは……師匠……あんた、ホントに坊主だったんじゃねぇのか?」 師匠の雲水衣……ダブついた袖口だの何だのは、武器を隠すのにぴったりだった。「……ま、いいさ。地獄に落ちるにしても、『どんな神様の地獄』に落ちるかくらいは決めこんでおきてぇもんな」 そう言って、俺は、変装用の数珠を握りしめた。『そんな装備で大丈夫かい? 御剣颯太』 俺の愛車。 スズキ・GSX400Sカタナのシートの上に居たのは、キュゥべえ……インキュベーターだった。「『大丈夫だ、問題無い』とでも返せばいいのか? ……何の用だ、キュゥべえ?」『うん、君にとってもイイ話があるんだよ。佐倉杏子を殺したいんだろ? だったら、僕と契約して、魔法少年になってよ♪』「失せろ」 そう言って、俺はシートの上からキュゥべえを追い払い、バイクにまたがる。『君はいつも、人の話を聞かないんだよなぁ……君が佐倉杏子に勝てる見込みなんて、万に一つも無い。 そんな装備で挑むのは、無謀以外の何物でもないよ?』「……テメェは『人』じゃねぇだろーが」『人間のまま、魔法少女に勝ち続けられるほど、甘くは無いよ? 君は、なんで自分が今まで生き残ってこれたか、疑問に思った事は無いのかい?』「馬鹿が多かったんだろ。テメェも含めて」『僕らインキュベーターを、『感情』なんて精神疾患の持ち主の集まりと、一緒にしないでほしいなぁ』「人間は感情が無いほーが『病気』なんだよ……やっと分かったぜ。テメェは哀れだ。救いようが無ぇ」『何を言ってるんだい。僕らは人類を救い続けてきたんじゃないか? そして人類は宇宙を救っている。それは間違いのない事実だ』「だから?」『君も、人類の一員として、宇宙のために僕たちに協力して欲しいんだ。だから、僕と契約して、魔法少年に……』 斬! 戯言を吐き続けたインキュベーターを、俺は兗州虎徹で斬り捨てた。「営業遅ぇんだよ、キュゥべえ……とっくの昔に、俺はもう『魔法少年』なんだよ……」