沈黙の落ちるリビング。 そこに、私は二階から降りていった。「沙紀、ちゃん……その……」「皆さんの戸惑いも、ごもっともです。 ワルプルギスの夜への私的な復讐の念を大義正義とすり替え、皆さんを扇動しておきながら、『怨敵』佐倉杏子への復讐へと走った、我が兄の所業。 世間には筋の通らぬ事と、心得ております」 私は、その場で皆さんに手を突いて、土下座する。「ですが、我が家が……御剣家にも、通さねばならぬ、一分の筋というモノがございます。 『怨敵』佐倉杏子。『宿敵』佐倉杏子。 我が父母を非道のペテンにかけ一家心中に走らせ、長女、御剣冴子を魔女へと堕としめ、兄、御剣颯太を『非情非道の魔法少年』へと堕としめた。 挙句、世間の人々を嘲笑うかのように、使い魔を見逃し、他者のモノを盗み、『魔女も魔法少女も関係ない、無関係な一般の方々を、一方的に食い物にし続けた』。 そんな非道な存在を……例え、『私たちと同じ魔法少女と言えど』、どうして笑って許せましょうか?」『っ……!』「魔法少女の罪は、魔法少年の罪は、誰も裁けない。警察も、裁判所も無い。 だったら『何をしてもよい』とおっしゃるのでしたら……私も『手段を選ばない事に』いたします」「沙紀ちゃん!?」「……なんて、ね。本当は、私が一番、お兄ちゃんを苦しめてたんです。 最早、私に『佐倉杏子へ復讐する権利は無い』んです。本当は、お兄ちゃんが苦しむ理由なんて『どこにも無かった』んですよ」『……?』 戸惑うみんなに、私は、私が黙っていた『魔法少年の真のカラクリ』を語り始める。 「余命、三か月。それが私の『本来の寿命』でした」「それは違う! 沙紀ちゃん、あなたが居たから!」「いいえ、違うんです、マミお姉ちゃん! 何故なら、私は……『私の本当の祈りは、癒しの祈りなんかじゃ無い』んだから!」『っ!?』 戸惑う全員に、私は淡々と説明して行く。「私ね……最初から知ってたんだよ。 魔法少女の力を。魔法少女の世界を。裏のからくりまでは知らなかったけど、そういう世界があるって。 冴子姉さんが、私の前で見せてくれた『超人の世界』を……『どんなボロボロにされても即座に傷を治せる』世界を。 ……暁美さん。あなたは、眼鏡をかけていましたよね? でも、今はそれを必要としていない。何故ですか?」「それは魔法で……あっ!!」「そう。『魔法少女になってしまえば、自分の傷はどんな傷でも簡単に治せる』。それを知っていれば、わざわざ癒しの祈りにする必要なんて無いんです。 そう知ってしまった私は、『それ以外の願い』を、真剣に考えました。 『家族のために』どんな願いをするべきか? 魔法少年として、真剣に闘いながら苦しんでるお兄ちゃん、お姉ちゃんのために、どんな願いが出来るか? その結論は……『あの日、お父さん、お母さんが、何を考えていたかを知りたい』。あの荒っぽかったけど優しかった二人が、お兄ちゃんやお姉ちゃんを殺してまで、無理心中しようとした理由が知りたい。 そう、インキュベーターに願ってしまったんです。 ……それが、大きな間違いの元でした」 そう、私の願いは……魔法少女としての私の願いは『誰かの願いを知りたいと言う願い』。 そこから派生する能力。それは……「冴子姉ちゃんと私の能力が『似ているのはアタリマエ』なんです。 だって……『お姉ちゃんの劣化コピー』なんだもん♪」『っ!!!!!!!』 そう言って……私は、その場に『能力』を……『本当の私の能力』を展開した。 美樹さんの剣があった。マミお姉ちゃんのリボンとマスケットがあった。暁美さんの盾があった。斜太チカのピストルとカトラスがあった。冴子お姉ちゃんのワンドがあった。更に……お兄ちゃんの斬魔刀・兗州虎徹まであった。 他にも無数の……『お兄ちゃんが闘いづつけてきた』魔法少女の武器や能力全ての『劣化コピー』が、そこに存在していた。「ぐっ!!」 展開は一瞬。それでも……私は、その場に立っていられなくなった。「沙紀ちゃん!」「分かっていただけましたか? 『誰かの願い』って、結局、他の誰かには『呪い』でしか無いんですよ。 だから……この能力は、恐ろしくソウルジェムの消耗が激しくて、物凄く使い方の難しい力なんです。能力のコピーだって完全じゃ無い。 おまけに、『一番最初は、ただのブランク』でしか無い。つまり最初から私は、『何でも出来て、何もできなかった』んです」「そんな……そんな事って! じゃあ、颯太さんは!」「ええ。私がちゃんと、セコい事を考えず、美樹さんみたいに『魔女と闘う事が可能な祈り』を、最初から願っていれば……お兄ちゃんは、魔法少年をやる必要なんて無かった。お兄ちゃんが私の代わりに闘う理由なんて、ドコにも無かった。 結局、私が……魔女化に怯えた、臆病で馬鹿な私の祈りが。私の甘えた考えが、一番、お兄ちゃんを苦しめてしまったんです。 だから、せめて……せめて『佐倉杏子を一番恨んでいる』お兄ちゃん自身のワガママを、許してあげてください! 魔法少年は、魔法少女とって、都合のいい玩具じゃない! ロボットでもない! サーヴァントでもない! 人間なんです! 生身の……人間なんです! 侮られれば怒るし、騙されれば吠える! 殺意も抱く! 笑いもする! 人殺しをすれば罪の意識に怯えもする! 過ちだって犯す! 多分……恋だってする!! ……人間なんです、お兄ちゃんは。完璧超人でも何でもない、ただの『人間の男の人』なんです。 だから代わりに……魔法少女として、私がワルプルギスの夜と闘います! もう『怖い』なんて、私には許されない! 誰かに甘えるなんて、許されない! 誰かのために闘っても、誰にも理解されず、人殺しの罪を背負い続けてきたお兄ちゃんに報いるためにも、私が、ワルプルギスの夜に立ち向かいます! そのためには……『御剣詐欺』も『魔女化』してもかまわない! 魔女の釜を総ざらいしてでも……私がワルプルギスの夜と刺し違えます!」 と……「違う!! それでも……それでも颯太さんは、絶対に、魔法少年になってた! 颯太さんが……あの颯太さんが、家族にだけ闘わせておいて、笑って過ごせるワケが無い!!」「マミ……お姉ちゃん?」 叫ぶマミお姉ちゃんに、私は呆然となった。「冴子さんのために魔法少年になった颯太さんが、沙紀ちゃんにだけ背を向けて生きて行けると思いますか!? あの人は、そんなに器用な人ですか!? あれだけ頭の回転の速い人が、無関係な誰かを食い物にして騙そうともせず、必死になって家族を守ろうと生きてきた。しかも、『魔法少女以外の』誰に迷惑かける事もなく……凄い事です! 私には到底、出来る事じゃない! あの人には敵わないと、私は痛感してます!」「っ!!」 そんな事を……私は知りもしなかった。考えもつかなかった。「颯太さんの祈りと、私の祈りって、全く正反対なんです。 『自分の命が助かるために、都合のいい奇跡を願った』私と、『誰かの命を助けるために、都合のいい奇跡を否定した』彼……それを知って、私は恥ずかしくなりました。 あの時、『彼を好きになってはいけない』って言われたけど……そもそも私は、『彼を好きになる資格そのものを』最初から持ってないんです!」 さらに、意外な告白に、私は叫んでしまった。「そんな事無い! マミお姉ちゃんは、いつも誰かのために闘い続けてきた! だからお兄ちゃんはマミお姉ちゃんを信じてたんだよ!? 『自分を救った上で、誰かを救い続ける』。それが一番出来るのは、マミお姉ちゃんだったから! お兄ちゃんをこの中で一番救ったのは、マミお姉ちゃんなんだよ!?」「っ……それでも……私は……」「自信持ってよ! お兄ちゃんが一番『信頼してる』魔法少女は、私じゃなくてマミお姉ちゃんなんだよ! でなけりゃ他の誰が居るっていうの!? お兄ちゃんに一番認められてるのは、この中でマミお姉ちゃんなんだよ!? あのお兄ちゃんが、安易に他の誰かに背中を預けたりすると思う? 自分の聖域のキッチンに入れたりすると思う? マミお姉ちゃんじゃなければ、無理だったんだよ!? 『どんな理由があろうが、どんな金持ちだろうが、どんな貧乏人だろうが、他人を不幸にしていい理由は無い』……それを貫き続けたマミお姉ちゃんだからこそ、お兄ちゃんは認めてるし、佐倉杏子や斜太チカみたいな魔法少女に激怒してるんだよ!?」「っ……その……私……少し、自信……持って、いいのかな?」 と。「十分、その資格、あると思うけどなぁ……マミさん」「美樹……さん?」「しっかりしてよ。師匠がもし抜けたら、マミさんがリーダーだと思うよ?」「わ、たし……が?」「そりゃそうでしょ? だって、この中で一番経験豊富……ってわけでもないか。 暁美ほむらがいるけど、あんた信用ないし」「っ……言ってくれるわね、美樹さやか」「だってそーじゃん? 誰も信用しようとしないで、誰かに信じてもらえるわけないでしょ? 師匠がお膳立てしてくれなければ、あんたまどかに自分の事、説明できた?」「っ!!」「それに、あの師匠が負けるにしても、『タダで佐倉杏子に負ける』とも思えないし。 きっと兗州虎徹でボッコボコにの状態で、私たちの前に現れると思うよ? でなけりゃ佐倉杏子が魔女になるまで……」『あっ!!』 全員で絶句する。 そうだ……魔法少女の状態だったら『ソウルジェム』という弱点がある。 だが、もし仮に、『佐倉杏子が絶望するまで、恨みを晴らすべくお兄ちゃんが、彼女をボコボコに傷めつけ続けた』としたら? そして『魔女になった佐倉杏子に敗北したら?』 両者相打ち……その可能性に、全く考えが及んでいなかった事に、その場に居た全員が蒼白になる。「と、とりあえず、全員、彼らが行きそうな場所を捜索しましょう! ただし、どんな結果になろうとも、颯太さんと彼女の決闘には、手を出さないこと! 佐倉杏子が魔女化した時にのみ、救援に入りましょう!」「了解! ……って、いうか……思ったんだけどさ」 美樹さんが、唐突に言う。「あの人って、不思議だよね。『最弱』なのに、師匠が『本当に負ける』所なんて、想像がつかない。勝った方も、思いっきり大やけどしてそうっていうか……むしろ、対戦相手に同情したくなるっていうか」「なに、美樹さん。佐倉杏子の肩を持つの?」「うーん、なんていうか『絶対敵に回したくない人を、相手にしちゃってるなー』っていう感じ? ……そう言う意味では、佐倉杏子に同情するかな。カワイソー、って」「そうね……彼女は、例えるなら、『壬生の狼の尾』を、踏んじゃったんでしょ。 人は金で買える。犬は餌で飼える。でも、魔法少年は……御剣颯太は、誰にも『飼い慣らす』なんて事は、出来っこ無いのよ。 ……インキュベーターは勿論のこと。妹の『この私ですら』ね。 じゃあ、そうだ……美樹さんに、お願いします。『私を運んでもらえますか?』」「え?」 その言葉に、首をかしげる美樹さん。「その……私も、お兄ちゃんも馬鹿だったなーって…… ついさっき、気付いちゃったんです。『こんな簡単な方法があったのに』今まで何で、やらなかったんだろう、って……」「え、何、どういう事?」「こういう事です」 そう言うと、私は……『私の肉体を、自分の能力でソウルジェムに取りこんだ』。『あ……』 全員が、絶句する中、元に戻る。「……ね? 簡単な事だったんです。 私の収納能力って、冴子お姉ちゃんの『檻』じゃなくて、『願いを記録して収める書架』なんですけど、まあ大体一緒です。 ……以前、体のほうが誘拐されて、何とかできないかなって考えてたら、こんな簡単な答えがあったんです。 気付いてしまったら、ホント、馬鹿みたいでした。小学六年生になって、オムツとか……恥ずかしい思い、しなくて済むし」「そ、そっか……そういう手が、あったんだ?」「ええ、ほんと、お兄ちゃんも私も、馬鹿ばっかです……」 そう言って、私は盛大に溜息をついた。 ……人間、余裕が無くなると思考が硬直化する、というが。 私もお兄ちゃんも、既存の方法に縛られ過ぎていた事に気付き、本当に頭痛がするほど馬鹿らしくなった。「じゃあ、行きましょう。ただし、『沙紀さんは私が持ちます』」「マミお姉ちゃん?」「私も、ティーセット一つ分くらいなら『収納能力』はあるのよ? もっとも、後付けだから、そう大きなものは入れられないんだけどね」「っ……おねがいします!」 そう言って、私は再び『自分のソウルジェムの中へと引きこもった』。