深夜。 暗闇の中に轟く遠雷が、寂れた教会の中に、陰影を描く。 ……今夜は雨になりそうだ。「……ふん……ワガママ娘が……」 どこをほっつき歩いていやがる、佐倉杏子。 『テメェの家』は、ココしか無ぇんだよ…… あいつは悪党だ。あの程度の不意打ちで『魔法少女を辞めて魔女になる』ほど殊勝ではない。 奴は、『そんな舐めた生き方はしていない』。自分が生きるためなら、何だってやる。他人の事なんぞ、お構いなしだ。 だからこそ、奴はこの場所に帰って来る。 ……ここ以外に『奴が帰れる所』なんぞ、もう無いのだから。 やがて……「ヨォ。『曽我の助六』が遊びにやってきてるってのに、随分つれねぇじゃねぇか……『髭の意休』さんヨォ。 神の家ってのは、茶の一杯も出さねぇで、客人をもてなそうってのかい?」 教会の扉を開けて、入ってきた佐倉杏子の濡れた体からは、異臭がしていた。「なんだ、ゲロでも吐いたか? 『喰いもん全てが、爆弾にでも見えた』か?」「なっ……!! なんで……それを……」 どうやら、図星のようだ。「……あんた、あたしを……殺すのか?」「さあなぁ? どっちにしろ、伝えなきゃいけねぇ事もあるし、どっちかっつと『お前に殺される』可能性のほうが、確率論から言えば高いんだぜ?」「っ!!」 その言葉に、絶句する佐倉杏子。「まずは、俺ら魔法少女、魔法少年全ての『義理』から伝える。 『俺かお前、どっちが生き残ろうと『生き残った者は』ワルプルギスの夜への討伐に参加する事』……それは、魔法少女、魔法少年問わず、全ての奇跡や魔法の担い手が、負うべき義務だ。 そいつからは、逃げるべきじゃねぇし、俺も逃げたくは無ぇんだよ……意味は分かるな?」「っ……あんた……あたしと……『魔法少女のあたし』と、『決闘をしよう』ってのか!? 『人間のあんたが!?』」 目を見開く佐倉杏子に、俺は哂う。「さあなぁ? 少なくとも最低限、『俺はその覚悟は決めてきた』。 その上で、だ……お互い、今夜の内に『どっちかが』浄土に旅立つ事になっちまう可能性が高いんだ。 ひとつ、『人間様の言葉が通じる内に』、話の一つでもしようとか、思わねぇか?」「っ……なんだよ! 話って!」「なに、お前さん、『家族』をどう思ってるのかな、って。 ……考えてみりゃ、俺はお前さんの家族に関しては、神父の親父さん以外、知らねぇし。 お前さんの家が、俺の家から巻き上げた金で、どんな暮らしをしてきたのかな、って……色々、疑問に思ってな」 その言葉に、佐倉杏子は絶句し……「っ……あたしの家は、そんな裕福じゃないよ! あんたがどんな風に思っていようが! あたしの家は、そんな金持ちなんかじゃなかった! 悪徳宗教家じゃあない! ……そうだよ、考えても見りゃあ、あんたの家が、何でそんな首吊るような大金、ウチの教会に寄付したんだよ! おかしいじゃねぇか!」 その叫び。 それと……『この教会の荒れよう』に、全ての得心が行った。「……ふーん……なるほど、じゃあ、『謎が解けた』わ。本当にお前の親父さん、馬鹿だったんだな」「なんだとテメェ!」「教えてやろうか? 『お前の親父さんが、俺の家だけじゃない、色んな人から集めた大金で買ったものが何か』って? 大体、予想がついたぜ」「っ……何だってンダヨ!!」 血のめぐりが悪い奴だ。……本当にこいつ、宗教法人の娘だったのか!? まあ、逆算してみると、結構小さい頃から、孤児気取って魔法少女やってたみたいだしなぁ。そりゃ知らなくても当たり前か。「……『ココ』だよ。『この教会』を、多分、親父さんは『買った』んだよ」「なっ! 嘘だっ! ここであたしは生まれ育ったんだぞ! この教会が誰かの借家だったってのかよ!」「そーだよ。……宗教法人の事に関しちゃ、俺は一通り調べてんだ。何で宗教法人が税制面で優遇されているか、お前、知らないのか?」 俺の説明を聞く気になったのか、彼女が首をかしげる。「……どういう意味だよ?」「あのなぁ、宗教法人てのは、基本的に『公共のモノ』と位置付けられてるからこそ、日本じゃ税制面で優遇されてるんだ。 ……そんで、お前さんの教会ってのは、元々、親父さんが『正しい教え』を解く前から、この教会を使ってたんだろ?」「だったら、どうだってんだよ! 何が言いてぇんだよ、テメェ!!」「個人でやってる宗教なら兎も角、デカい宗派だの宗教だのの場合、土地建物ってのは、基本的に『その宗派の持ち物』なんだヨ。 だから、産まれてから代々ずっと同じ寺で暮らしてきた一族なんかでも、後継ぎが『寺を継がない』ってなった場合、基本的に一族全員、出て行かなきゃなんねぇんだ」「っ!!!!!」 愕然となる、佐倉杏子。 ……ま、そりゃそうか。今まで自分が暮らしてきた家が、実は元々自分の持ち物じゃなかった、なんて知れば、愕然ともなろう。「お前さんの親父、本部から『破門』されてたんだよな? だったら何で『後任の神父が』この教会に来なかったんだ? 人手不足って程でも、あるめぇし、お前の親父さんが、それまでは普通に結構、信者集めてたんだろ?」「っ!! ……そっ、それは」「本来『元の教え』から逸脱して破門されたんだったら、『元の教え』を広めるために立てられた、この建物で暮らす義理も無いわなぁ? ……まあ、結構、人徳はあったんじゃないのか? お前の親父さん? フツーだったら問答無用で叩き出されてるぜ? それに、俺からすれば『元の教え』があったとはいえ、『説法だけで飯が食えてた』ってほーが、驚きだよ」 さらに、もう一発。「なっ! ……どういう意味だよ!」「あのなぁ、日本は基本的に仏教や神道の国だ。そんな中、切支丹の教えを広めるってのは、大変な努力があったろうよ? そんで、そん中でもさらに『説法だけで飯が食えた』って時点で、仰天モノなんだよ。 そこらの規模の小さい寺のお坊さんに聞いてみ? 大体は、葬儀だの葬式だのだけじゃ飯喰えなくて、副業やってたりするから? 中には、副業から持ち出しで、寺だの神社だのの本業の経営は赤字だってトコもある。 漫画家とか、小説家と一緒だよ。 文化的事業として、国から保護はされていても『それだけで喰って行く』ってのは、そーっとー難しいんだ。 よく、金満坊主がベンツ乗りまわしてるなんてのは、漫画家で言えばウン千万部売り上げた超人気作家みてーなもんで、居るには居るにしても、現実には殆どアリエネェ話なんだよ」「っ!!」「ついでに教えといてやる。 『宗教法人そのものに』税金はかからなくても、『そこで働く個人』に税金はかかって来る。坊主や神父ってのは、基本的に『お寺や教会に出勤する』サラリーマンの側面もあるんだよ。……帳簿とか、見せてほしいモンだな、この教会の……どんな風に税金の申告や会計処理してたんだか、興味が出て来たぜ」「なんだよ……なんであんた、そんな変な事に、詳しいんだよ!」 さもありなん。佐倉杏子の疑問はもっともだ。「俺の姉さんの願いが『大金』だったからさ。一千億以上だったか……全部数えた事もネェな。 もう万券の札束、シャベルで掬ってる状態だし」「なっ! そんな……テメェの姉貴ってのは、ずいぶん薄汚ねぇ願いをしたんだな! この人殺し野郎!」 なん……だと!?「金を馬鹿にすんじゃねぇ!! コロスぞっ!! ……って、殺し合う関係だったな、元々。 よし、教えてやるよ。『大金を手にする』って事が、どういう事か。 俺の家っつーか一族は、そう裕福じゃなくてな。 それでも、平凡なサラリーマンやってた父さんに、盆暮れ正月の親戚の顔合わせのたんびに、親戚が金の無心に来るような……そんな家だったんだよ。 どいつもこいつも『世間が悪い』『景気が悪い』っつって、博打にのめりこむよーなクズが多くてさ……そんで、そんなある日、お前さんの親父の教えにのめり込んでいった父さんと母さんは、どんどん家の金を寄付するようになっていっちまって、親戚に回す金がなくなっちまった。『博打狂い共に金渡すなら、『正しい教え』に回した方がマシだ』ってな…… とーぜん、金づるじゃなくなっちゃ困る親戚が、父さん母さんを必死に説得するが、聞きやしない。あんたの親父の教えに、完全にドップリはまっちまった挙句、二人とも一家無理心中に巻き込もうとして、俺に返り討ちにされちまった。 さて、残された三人兄妹、誰が面倒見たでしょう? ……誰も見ようとしないさ。 金の切れ目がナントヤラで、そんな義理、ゼーンゼン無くなっちまったんだもん」「っ!! それは……」「そんで、そんな時に沙紀は心臓病でぶっ倒れ、さらにどっかから父さん母さんがしてた借金に、俺ら兄妹は追い回される事になった。 そんときに、姉さんは魔法少女になって『大金』を手にした。『どうせなら借金返すだけじゃなくて、私が契約で手にできる限界まで、お金頂戴』って。 借金返して、沙紀を病院に入れて、そんで、俺も沙紀も救われて……そこからだよ、俺の『魔法少年伝説』が始まっちまったのは。 なあ、『無茶苦茶な大金』を手にした魔法少女が、最初に遭遇した『敵』って、何だったと思う?」「っ……魔女じゃ……ねぇのか?」 完全にトンチンカンな答えに、俺は薄く笑った。「税務署と警察署だよ。『どっから手に入れたんだ、この大金はっ!!』って……説明不可能なお金に、大騒ぎさ。 金の使い方も、金の意味も知らなかった馬鹿なガキだった俺たち兄妹は、思いっきり翻弄され続けた。……ハイエナみたいな親戚に、嗅ぎつけられなかったのが、奇跡だぜ。 必死になって、家族や姉さんのために、金の事を勉強したよ。 資金洗浄だの税金の申告だの何だの……それが『魔法少年、御剣颯太』の、最初のお仕事だったのさ。 で、当然『税金払わないでベンツ乗りまわすお坊さん』なんて噂話は聞いてたから、その絡みで色々調べたんだよ。……最初は、『魔法少女だった姉さんを本尊にして、新興宗教でも起こしましょうか?』なんて冗談飛ばしてたんだけどな。すぐに無茶だと分かった。 世の中、神様だけで食べて行けるほど、甘くは無いな、って……だから、本部から破門されても、説法だけで喰ってたあんたの親父さんの腕前は『大したもんだなー』とか思ってたよ。 ……まさか、魔法少女の『願い』が絡んでるなんて、夢にも思わなかったさ」「っ!!」「怖かったぜぇ? 今でも怖いんだよ、税務署って……お金使うだけで、スッ飛んで来るんだから? 『このお金、何に使ったんですか? 税金払ってくださいね? 収入は?』って……桁が桁なだけに、マジんなって来るからなぁ。 ガキだった俺は……今でもガキだけど、本当に必至になって大人たちにやり方を乞いながら、頭働かせて会計処理に励んださ。 ……そのうちな、『金』ってモンの本質が、うっすらと見えて来るようになっちまったんだ。 なぁ。およそ、日本……に、限らず、資本主事国家において、『金』って何だと思う?」「……なんだよ?」「『信用』だよ。『信用の単位』なんだ。 ……例えば、一万円札。これでお前は買い物するとするよなぁ? でも、この一万円札の『価値』ってのは、誰が保障してると思う? これは本来『ただの紙っぺら』なんだぜ?」「っ……それは……何だよ!」「考えた事もネェか!? 『国』だよ。日本って国そのものさ。まさか、魔法で価値が出て来るだとか考えてたんじゃないだろうな? 一万円っていうお札の価値は、日本っていう国が保障している。 言い換えれば、日本で暮らす俺ら全員。日本で暮らしてる人間全員が、一万円って書かれた『紙っぺら』の価値を、保障しているのさ。お互いに、共通の価値観を以ってして、な。 おめー、トレカとかのゲーム知ってるか? あれだってレアカードをみんな欲しがるから、レアカードの値段が上がるんだ。『皆が信じるから価値が上がる』。 基本的に、姉さんの願いも、おめーの願いも、『本質的な部分』じゃあ、大差が無いのさ。よく、ニュースにある為替相場の意味は、『国同士の信用単位そのものの価値比べ』ってトコだな」「っ!!!」「『親父の話を聞いて欲しい』お前の願い、姉さんの『助けるために大金が欲しい』って願い。 どっちも『誰かに家族を助けてもらいたい』って部分から派生している。だから、姉さんの能力は『癒しの祈り』であり、家という『檻』に囚われる力だったんだ。 『身内を助けるために、アカの他人に信用してもらいたい』。 そのためには『話を聞いて欲しい』か『お金がほしい』か。それだけの違いさ」「違う!! 父さんは真剣に、新聞を読んで、涙流すような純粋な人だったんだ! あんたたちみたいな、個人的なモンとは違う! 真剣に、世界がどうすればよくなるかって、考えてたんだ!」 その言葉に……俺は、今度こそ、得心が行った。「ああ、そうか、そうか、そうか! お前の親父さんは『テレビや新聞のニュース』なんてモンを、頭っから馬鹿正直に信じ込んじまうような、『純粋な人』だったのか!! そりゃ、あの説法にもなるわけだ、納得が行ったぜ!!」「なっ……何が言いたいんだよ、てめぇ!」「おめー、椿事件って知ってるか? テレビやニュースや新聞や、そういったモンの報道に、疑問を持った事は無いのか? 『何で新聞やニュースに『スポンサー』なんてモノが存在しているのか』お前、考えた事無いのか?」「どういう……意味だよ!」「どうも何も、そういう意味さ。 いいか、何で『報道の自由=ジャスティス』なんて立て前コイて、裏で色々やりたい放題してる連中に、企業が何で金渡してるかつーとな、『自分の所の悪口は、放送しないでくれよ』って意味が、結構あるんだよ。 秋葉原のホコ天にトラックで突っ込んで刃物振りまわしたキチガイが勤めてた会社が、トヨタの関連会社だったってのは有名な話だしな。 勿論、力関係ってのは金だけじゃねぇ、裏で俺も想像できねー程、色々複雑怪奇に動いてるんだけどな。 例えばそうだなぁ……カップ麺の値段知らなかったとか、漢字間違えたとか、そんなつまんねーミスをあげつらわれて、総理大臣辞める事になった人も居れば、北朝鮮がらみで資金洗浄だの何だのやってる疑惑が出て、大地震のあと原発事故もマトモに対応できねーくせに、総理大臣やめねーで、のうのうと居座ってる奴もいる。 他人から与えられた情報を、鵜呑みにして疑いもしないでいると、そんな『嘘は言わないけど、真実全ては語りません』なんて連中の、 いいカモにしかならねぇんだよ。キュゥべえなんかが、良い例だろ? おまえ……魔法少女のホントウのとこ、知ってるか?」 絶句しながら、佐倉杏子は俺の説明を聞いて行く。「……聞いたよ。あんたの弟子から…… それじゃあ……それじゃあ、あたしは……あたしの親父は、騙されてたってのか!?」 ……あ、知ってるんだ? それで耐え抜く根性あるとは、中々。「さあなぁ? 騙されてたんだか、騙したんだか……今となっちゃ、どーだっていいんじゃねーか? 世の中、そんなもんなんだし。 その記事書いた新聞やTV局だのの連中は、自分の書いた記事が、社会にどんな影響及ぼそうが、責任なんて取るわけねぇんだし。せーぜー『しょうがなかったんだ』『しかたなかったんだ』『あのときはこーだったんだー』くらいしか言わねぇよ……だから、新聞取る奴も、TV見る奴も減ってるんだよ」「っ!!!!!」「『本当に価値がある情報』だったら、みんな金出してでも買うさ。 でもな、知ってるか? 今、どこの新聞も、大体似たような記事の内容しか、掲載してない理由。 『共同通信社』っつってな、大体、どこの新聞にも『ニュース記事を新聞各社に卸す』会社があるんだよ。自前で新聞記者を取材に行かせるなんて非効率的な事よりも、よほど経済的なのさ。だから、ほとんどの新聞がやってる事は、その『卸して貰った情報』の、コピー&ペースト。せいぜい端書きを付け加える程度。 あと『記者クラブ』っつってな、官公庁のニュースの内容を『各新聞社で』独占して、横並びにするシステムってモンがある。 ……ま、ネットの普及で色々ぶち壊しになってんだが、それでも『新聞しか読まない』馬鹿は、未だに引っかかってるんだろーなー。 よし、ついでに教えてやる。 恐ろしい事に、新聞と、新聞を配る『販売店』の間には、発注書が存在しない。 『新聞が幾ら売れなくても』、ウン百万部っていう新聞が、全国の販売店に『無理やり押し付けられる』んだよ……その『売れない新聞』、押し紙とかお願い部数とかってんだが、そいつは、もー、どっかに捨てるしかない。『新聞の情報』なんて生鮮食品だからな。 それでもな、『ウン百万部、発行しました』っていう情報を餌に、新聞ってのは、スポンサーから金をむしってんのさ」「……………嘘だ……」「嘘ついてどーなんだよ? っつか、嘘だと思うなら、てめーで調べてみろよ? 自分の頭で考えろよ? まあ、その『自分の頭で考えてる』って思いこみが、他人に操られる、第一歩でもあるんだけどよ。 お前の親父さんや、ウチの両親、俺を殺し屋呼ばわりして襲ってきた、魔法少女たちみたいに……な。 第一なぁ? お前、『間違ってない』からっつって、それが『正しい事』だと思ってんのか? 『間違ってないダケ』で、突っ走ろうとして、落とし穴にはまるなんて、世の中よくある話だぜ? そーいう意味で、俺の父さんや母さんは……まあ『馬鹿だったなー』としか言えねぇよ。元々、偉そうな雰囲気とかに、弱い人たちだったしな。 ……それでもな……それでも、俺の父さんで、母さんで……俺の家族だったんだよ」「っ!!」 言葉が無いのか……佐倉杏子は沈黙したままだ。「ウチの親父は馬鹿だし、ウチオフクロも馬鹿だった。 ……でもな、お前の親父がやった事ってのは、俺の視点からすりゃあな? 安定した生活捨てて、脱サラして、ラーメン屋なり漫画家なりやって失敗して、一家全員路頭に迷わせた馬鹿と、大して変わんねーよ」「違う……父さんは、そんな人じゃない!」「何が違う? お前、魔法少女やる前は。親父さんが『正しい教え』を言いだすまでは。 『お前は誰に育ててもらって来たんだ?』『誰に食わせて貰って、大きくなったんだ?』『どんな収入を得て、どういう風に食べて来たんだ?』 テメェ、一度でも『育ててもらった親の仕事』に、疑問を持った事、ネェのかよ? 子供として、そりゃ最低だぜ?」「っ!!!!!」「大体よ……そんな『家族路頭に迷わせる馬鹿の寝言を』真に受ける奴が、世間様にどんだけ居るんだよ? ああ、父さんは馬鹿だったし、母さんも馬鹿だったさ。 それでもな……俺ら都内の下町暮らしには、そんな『負け犬』たちがゴロゴロしていて『そーいう連中に耳を貸すよーな馬鹿』は、誰ひとりとしていなかったさ」「父さんは! 父さんは負け犬なんかじゃない! 馬鹿なんかじゃない!」「……OK、悪かった。お前にとっては親だもんな? だが、よーっく考えてみな? お前、『盗みが出来るなら、頭は悪い方じゃない』だろ? 俺に剣術を教えてくれた師匠は、トンデモネー人でよ。 中学一年の頃にゃ、弟子の腹にダイナマイト巻かせて、ヤクザの事務所に突っ込ませるようなトンチキオヤジだった。 その人に『嘘が無い』のは、剣術くらいなもんで、あとはインチキとイカサマとペテンの塊だよ。だから、騙されないために必死になったさ。嘘は言ってないし、悪い事は言ってない。でもやってる事はメチャクチャ、なんてのは茶飯事だった。 ……正直、今でもあの人の正体なんて、分かったモンじゃねぇ。 坊主なんじゃねぇか、とは思ったが、それにしちゃあ破戒が過ぎる。髭も髪の毛も伸び放題、酒は飲む、タバコは吸う、ヤクザやチンピラ相手に暴れる、女は抱きまくる、借金こさえてはトンズラこく。……他にも色々、ヤバ過ぎて面白くなるような目に遭わせてもらったさ。 ただ、そんな人でもな、これだけは守ってた。 『どんな理由があろうが、どんな金持ちだろうが、どんな貧乏人だろうが、それを理由に、他人を不幸にしていい理由にはならない』って……実際、不幸な人だったよ、師匠個人は。身寄りも無くて、安アパートでクダ巻いてるしかない。 あんなスゲェ剣術使いが『どうして?』と思ったさ。……道場開くなり、用心棒になるなり、自衛官や警官に教えるなりすれば、もう少しはまともな暮らしが出来たハズなんだ。 それでも、あの人は他人に施した剣の技や格闘術で、金を受け取ろうとはしなかった。……俺の場合は、特別に、酒を受け取ってくれたけどよ。あの人は『自分が幸せになろうとは思ってなかった』 そして、ドブ泥の中に堕ちちまった、今なら分かる。 多分な……あの人は、絶対大切にしたかったモンを『不幸』にしちまったんだ……きっと、あの人なりの正義に、挫折したんだよ。馬鹿弟子を持って、初めて俺も、少しあの人が理解出来た気がしたさ」「っ……それが……何だってンダヨ」「そんでもな……そんな人のために、葬式になったら『大勢の人が来てくれた』。 その時の縁で、親しくさせてもらってる人も、いる。たくさんの『普通の人』に助けられて、俺は魔法少年なんてやってられるんだよ。 なあ、佐倉杏子……『お前の家族の葬式には、何人来てくれた?』 俺の両親の葬式には……親戚、ほとんど来ちゃくれなかったよ」「っ……!!!!!」 絶句する、彼女。「結局よ……人間の本当の価値ってのは、煙になっちまうその瞬間にしか、分かんネェんじゃねえの? それでも、人間は、人間を信用しながら生きて行かなきゃなんねぇ……その目に見えない『信用』ってモンを繋ぐために、『金』って形で無理矢理、可視化させてんじゃねぇの?」「っ!」「よく、『お金しか信じない』って馬鹿がいるけどよ……『お金』って価値感そのものが、人間しか作り出せないんだよ。 犬ねこなんぞにゃ、餌と寝床と発情期の交尾しか興味ネェからな。 逆を言えば……金を信じるって事は、人間を信じるって事と≒(ニアリーイコール)だって事なのさ。 もちろん、『信じる』っつったって、便利な道具にするだけじゃねぇ。その金なら金、魔法なら魔法、奇跡なら奇跡、そーいったモンの本質を、よーっく考えて、行使するのが『信じる』って意味なんじゃねぇのか?」「あんた……あたしに説教するつもりかよ? 何が言いたいんだよ」「いや、何……お前さんがやってきた事とかな、お前さんの親父さんがやった事とかな。 色々、周囲を踏みにじりまくってんなー、って思ってるだけさ。 OK、じゃあ、分かりやすく、魔法少女の話にしよう。今、うちには馬鹿弟子が一人、俺と巴さんで育ててる。 で、だ。ある日、馬鹿弟子が『あたし一人前になったから、二人の縄張り、すこし寄こせ』っつったら……お前、どうする?」「決まってんだろ!? そんなナメた事ぬかしたら、破門して縄張りから叩きだ……あっ!」 顔面が蒼白になる、佐倉杏子。……ようやっと、理解しやがったか?「……分かるか? お前さんの親父さんがやった事は『そう言う事』なんだよ……もし、元の教えが間違ってるっつーなら、その元の教えに対して、堂々と意見を言うべきだったんだ。 『これこれこうではないか?』『こうなんじゃないか?』って……まあ、もっとも。そう簡単に変わるとも思えないし、変わっちまったら変わっちまったで悲劇だがな。 宗教だとか伝統だとか、金も含めたそーいった『社会の概念』は、長年の蓄積を経て成り立つもんだ。一人の天才がイッパツでどーこー出来るもんじゃない。 それをやろうとして、独裁になっちまって大失敗なんてのは、世界じゃよくある話なのさ。ソビエトだとか、スターリンだとか、ポル・ポトだとか、毛沢東だとか、日本赤軍だとか北朝鮮だとか。調べてみな? 面白すぎて笑っちまうぜ? しかも、そいつにハマった連中はな? 『ウン十年前の新しい世界』なんてもんを、未だに信じてやがったりするんだ。二十一世紀になったってのに、未だに世紀末ワールドの中で生きていやがる、中二病の不思議ちゃんなのさ」「っ……父さんは、違う! 間違ってたのは、あたしの祈りだ!」「だったらそれを、何でお前は『体を張って、証明して生きよう』としなかった? いちおー、言ってる事そのものは、『間違ってはいなかった』んだ。少なくとも、お前自身は親父さんを信じてたんだろう? その『正しい教え』とやらに殉じて、『ロビンフッドが居なければ、お前がロビンフッドになるべきだった』。例え家族に否定されても、どう思われても、お前は家族を……佐倉神父の教えを信じてやるべきだった。 でもお前は、それを放棄しちまったんだ。 ……分かるか? 佐倉杏子。お前はな……『最初の祈りを捨てて逃げた』臆病者だ。 マジで『ロビンフッドとして活動してる』巴さんの、足元にも及びゃしねぇよ……まあ、あの人を超えた魔法少女なんて、俺も知りゃしないがな。あの後、俺を信じるっつって、和菓子くってくれたし。トンデモネェ人だよ、あの人は。 俺もすっかり感化されちまった……マジで丸くなったもんだぜ、ホントに」「っ……っ……………!!!」「お前は、今でも親父さんが好きで、家族が好きで、そいつから逃げられないんだろ? だから、周囲を踏みにじり続けて、自分の罪だと思いこんで逃避しようとしていた。 笑わせるぜ……そんな餓鬼は世間にゃゴマンといるがな、お前みたいに『救いようがない奴』は、俺は初めて見たよ……まあ、ガキが魔法少女なんて力を持っちまったら、そいつに振りまわされるのも当然か。 案外ヨ、お前……周りに本気で『叱ってもらえる』大人って、殆ど居なかったんじゃねぇか? 愛されて、可愛がられて……それが当然になって、そいつに拒否されちまった瞬間、お前は折れたんだろ?」「なんだよ……何、見てきた風に、したり顔でヌカしてんだよテメェ!!」「お前よ、万引きとか、人間の頃もやってたって噂聞いたんだけど……そんとき、親父さん、どんな顔してた? 怒った? それとも頭下げて恥じるだけだった? 俺だったら、沙紀がそんな事したら、おもいっきり拳骨でぶん殴るね。それが『家族』ってモンじゃねぇの? 『愛する誰かに恨まれても、その誰かの道を糺す』覚悟が無けりゃ、誰かを守りながら育てるなんて、出来っこネェし、増して『世界なんて救いようもネェ』のさ」「うるせぇええええええええええええええっ!!!!!! 父さんは間違ってない! 『間違ってなかった』んだ!」「だから! それがどうやったら、『正しい』って事の保障に繋がるんだよ!!」「っ!!」 絶句する、佐倉杏子に俺はたたみかける。「俺のお師匠様はなぁ! 絶対に『正義』なんて言葉は口にしなかった! 酔っぱらってチンピラぶん殴った時に、たまたま居合わせた俺が! どんなキラキラした目で『正義の味方だ』って弟子入りしても! 『正義じゃない』って言いながら! それでも『我慢出来ないモン』に鉄槌下して生きてたんだ! いいか!? 正義とか、正しい事だとか! 一個人が、そんな小難しい理屈で『全てを救おうとすっから』破滅すんだよ! 俺みてぇに! お師匠様みてぇに! おめーの親父さんみてぇに! 人間も魔法少女も魔法少年も!! 『正義』なんつー抽象的な言葉ってのは、個人個人が『生きて行動で証明するしか』無ぇんだよ! ……それが出来なきゃな……最悪、何も出来ないまま、死ぬしか無くなっちまうんだ」「っ……」「分かるか、佐倉杏子? 今、お前が言った、『間違ってない正しい教え』とやらに唾を吐き続けたのはな……お前自身の、今日に至るまでの行動だよ。 家族大事で、正しい事が重いっつーなら! そいつに命賭けねぇで何が魔法少女様だ! 笑わせるぜ!」「あんたに……あんたにあたしの何が分かる!」「そうやってキレりゃ、悲劇のヒロインか!? じゃあ、お前に俺の……何が分かるんだよ? お前の親父の『正しい教え』とやらを広めるために! 御剣家含めてどんだけ金絞り上げて『元の教え』から『この教会の土地建物』買い取ったんだ!? 宗教法人の土地建物、無理矢理買い取ろうってんだ! そーっとー関係各所に金かかったハズだぞ!? ちょっと想像するだけで、馬鹿みたいな勢いで横車押したとしか、思えネェよ!? 魔法少女に例えりゃ、グリーフシード何個分? 何十個分!? そんなんで『他の誰かの』縄張り、買い取ったよーなもんだ! そんで、調子に乗って信者の前で、『自分の実力だー』なんて思いあがってたのが、娘の『願い』だったって知ったら? 生活背負った、野郎のプライドとか考えたのかよ! そりゃ酒びたりにもなるさ! アッタリマエだ!」「っ……!!」「結局さ、お前さんの親父は、『元の教え』で集まった信者を『自分の力だ』と過信しちまったんだよ。 だから、『正しい教え』なんてモンに突っ走っちまった。そして、『それを見抜けなかった』、お前の身勝手な祈りが、御剣家含めて、大勢の人を……破滅させたんだ。 いや、それだけなら、まだ情状酌量の余地はあるさ! 俺らガキだし? ガキにこんな力与えるほうが間違ってんだ! だがな、その『間違ったモン』から目をそらして! ウジウジグダグダと拗ねて、世間様に影から喧嘩売り続けたテメェなんぞを! 俺はどう救ってやっていいのかも、分かったもんじゃねぇよ!」「なん、だと、この……野郎!!」「ああ、正直な。お前が反省すんなら、どーしょーかなー、とか考えてたんだけどさ。無理だわ、やっぱ。 俺も、お前も、人殺しだしな……人の道から外れちまってんだよ、とっくに」「あたしは人間を殺してなんかいない!!」「使い魔見逃して、魔女育ててグリーフシード喰ってたテメェが、何ぬかしてんだよ? 馬鹿じゃねーの? そーいう人たちにだって家族ってモンはいて、家庭ってモンがあるんだよ……いいか? 『殺し屋と言われてる俺にだって、妹がいる』んだよ! お前にだって家族が居たように、な。 ああ~お前は強い! そりゃもう、最強っつってもいいんじゃねぇか? 俺だって正直、小便ちびりそーなほど、おっかねーよ。 けどな、腹が減ったらどうしてた? 飯は? 服は? 寝床は? 全て力で奪ってきたんだろ? そうやって、お前が手に入れたもんの影で泣いてる連中踏みつけて、天下の魔法少女気取るのか!? 『消えてなくなる』のはアタリマエだろうが!」「っ……」「申し開く事、あんのかよ? 無けりゃ……とっとと始めようぜ? 俺も、お前も『道を外れちまったモン同士』だ。世間様に一分の筋を通そうっつーなら、もう『こいつ』に訴える以外、結局ネェだろ?」 そう言って、俺は……兗州虎徹を抜き放ち、弓を引くような刺突の構えを取る。「来いよ、佐倉杏子(ワガママ娘)……お前の全てを、否定してやる」