「……あのよ、一個、いいか?」「あ? 何だよ?」 佐倉杏子の質問に、俺は答えてやる。「あんたの縄張りは、そう広くねぇ。だってのに、なんで、あんたの妹のソウルジェムは綺麗なままだった? 何であれだけのグリーフシードを持っていた?」「……『魔女の釜』さ。それだけは教えてやる。詳細は生き残ったら、キュゥべえに聞きな」「っ……なんだよ、インチキがあったのかよ、あんたの縄張りには」 哂う、佐倉杏子。「ああ。そいつがあればな……完成しちまえば『魔法少女は永遠に闘い続ける』事も可能なんだ。 もっとも、今現時点じゃ不完全で不安定極まる代物だがな。 だが、テメェみてぇなのには絶っ対ぇ渡せねぇ! ……現実に妥協して『世間なんてこんなもんだ』なんて、舐めた事ヌカしてやさぐれたテメェにゃあな。 こいつは、キュゥべえに……『インキュベーターに逆らうための、反逆のシステム』であって、妥協の産物じゃねぇんだよ」「どういうことだよ?」「永遠に生きて、不条理なモノに逆らい続ける。その覚悟を持たない奴に、こいつは渡せない。 キュゥべえの犠牲になっていく、魔法少女の犠牲になっていく、『奇跡も魔法も関係ない』アカの他人を巻き込まないために! そしていつか生き延び続けて、キュゥべえに……インキュベーターにブチくらわすために! ……『永遠に生きて苦しむ覚悟』が無い魔法少女に、こいつは渡せねぇんだよ。『最初の祈り』から逃げて、やさぐれたテメェなんぞに、こいつは意地でも渡せねぇんだ。 沙紀にだって、その覚悟はある。『一人じゃ何も戦えない魔法少女ですら!』その覚悟持って、『俺ら』は闘ってきたんだ!!」「っ!!」「こいつはな、悪用すりゃあ、もっともっともっと『赤の他人を餌に出来る』システムなんだよ。 お前がやってきた事の比じゃねぇくらいに、おぞましい程に……な。 ……金や魔法や鉄砲と一緒だよ。『力』ってのは、悪用しようと思えば、幾らだって出来るんだ。 でもな、俺はそれをしない……赤の他人の奇跡や魔法に巻き込まれて、ヒデェ目に遭ってきた俺は。それでも、赤の他人に助けられて生きてきた俺は、そんな事はしたかぁ無ぇんだよ。 ……ああ、殺したさ。いっぱいいっぱい殺して、いっぱいいっぱい手を汚したさ。 だがな、本当は、魔法少女だって殺したく無かった。父さんも母さんも、殺したくなんて無かった! でもな、『降りかかる火の粉』は払わなきゃなんねぇ……俺だけならまだしも、家族を守るためなら、俺は鬼でも阿修羅にでもなってやる! ……まさか、火の粉の『火元』が、こんな所にありやがるとは、思わなかったけどな」「あたしは……あんたに降りかかる、火の粉の火元か?」「……いや? 悪い、俺の間違いだ。 どっちかっつと……正直、俺個人の怨恨。ワガママだよ。 何しろ、ワルプルギスの夜が来るってのに、仲間割れしようってんだ。正気じゃねぇさ。 だからこそ、生まれて初めて。俺は、俺個人の意思で『お前を殺してやりたい』って思った。 ……その気持ちに、嘘なんざ無ぇんだヨ」 それを吐き終えて、彼女は溜息をついた。「そう、か……なあ、あと一つ、いいか?」「あ?」「あたしもさ……本当は、使い魔なんて、見逃したく無かったんだ」「……………」 彼女の独白に、俺は沈黙で答えた。 信じられない。でも、話は聞いてやる。その姿勢に、彼女は言葉を吐き続ける。「死にたく無かった。 あんたもあたしも、結局は『それ』だったんだろうな……違いがあるとすれば『命がけで守りたい人が居たか、居なかったか』。 それだけだと、思うんだ」「そうだろうな」「だから、約束する……もし、『あたしが生き残ったら』、その『魔女の釜』を横取りするにしても、絶対悪用したりしない。 寝床はココにして、盗みもなるだけやめる。キュゥべえにぶちくらわすまで……あたしが生きる」「……そうかい。何の保障にもならねーテメーの言葉だが……ま、無いよっかマシか」「そうだな……」 そう言って、彼女も魔法少女の姿になる。「……なあ、たびたびすまねぇ。いいか?」「いいさ。どうせ『どっちかが死ぬ』んだ……話くらい、とことん聞いてやる」「あんた、あたしの事が『小便ちびるくらい怖い』っつったよな? あたしも……あんたの事が、死ぬほど怖えぇよ……」 意外な告白に、俺は少し戸惑った。 怖い? 俺が? 生身の人間でしか無い、ただの俺が?「……そうかい。そりゃ光栄だ。巴さんに続いて、武闘派のエース・オブ・エースのお前さんにまで、そう言われるたぁな」「ああ。タダの人間のくせに、魔法少女のあたしに啖呵切ってまで、世間に筋を通そうとするアンタが……そんな生き方を続けてきたアンタが、物凄く怖えぇ。 『殺し屋』なんて言って悪かった……すまねぇ」「そうかい。まあ、今更手遅れではあるがな」「……そうだな。 あたしと、あんたの関係ってのは……『もう既に手遅れ』なんだな」 そうだ。この闘いは避けられない。逃げられない。 御剣颯太が御剣颯太として生きるならば。佐倉杏子が佐倉杏子として生きるならば。 最早、この激突は不可避のモノだったのだ。 世間の大義正義など、関係無い。『ただそれが、こちら側にあったというダケの話』。 ……これは私怨であり、復讐なのだ。 だからこそ、俺は……あの時、『全ての信用を捨ててでも、確実に魔法少女を殺せる』と、確信した手段を選んだのである。「なあ、アンタとさ……もし……別な出会い方とかしてたらさ、ダチとかになれたと思うんだ。 あんたはスゲェ男だ……尊敬すんぜ」「かもな。おめーや暁美ほむらみてぇな、『割り切れた人間』は、俺は嫌いじゃねぇ。 ……ま、あいつは随分俺の事を嫌ってるみてぇだが、正味そんなのは知ったこっちゃ無いさ。赤の他人だしな」「そうかい、ずいぶん気が多いんだな」「馬鹿ぬかせ。『魔法少女に襲われ続けた俺に』、今更、妹以外の女が好きになれっかよ」 と……「勿体ないぜ、アンタ。 ……アンタの周りにゃ、アンタの妹以外にも、あたし以上に『イイ女』ってのはいると思うぜ?」「知るかよ。俺が大事なのは、沙紀だけだ」「そっか。勿体ねぇな……まあ、『アンタが生きてたら』考えな。 ……そうだ、あんた。妹のソウルジェムは?」「無ぇよ。俺が死んだら、誰がアイツの体に帰すんだ? 他人踏みにじり続けたおめーなら、笑いながら踏み砕くだろ?」「……っ! そうかい。 確かに『あんたになら、そう思われても仕方ない』かもしんねぇな。 ……勿体ねぇよ、本当に……勿体ねぇ。『こんな男を、粗末にしなきゃなんねぇ』なんて、なっ!!」 次の瞬間、大きく跳躍した佐倉杏子が、手持ちの槍をブン投げて来る! それを……「おおおおおおおっ!!」 先端を見切り、思いっきり突き出す。 牙突一閃。魔力の火花を散らして、真っ二つに投擲された、佐倉杏子の『槍』が引き裂かれる!「なっ!」 俺も、跳躍! 接近戦! 兗州虎徹でソウルジェム狙いの一撃を振りかぶる! 天井を足場に、回避する佐倉杏子。槍を再構築!「くっ! テメェ! ……そうか、その『刀』かっ! 『テメェのソウルジェムは』それかぁ!?」「ああ、どうやら、そういうモンらしいぜ! 俺も、つい最近まで知らなかったがなぁ!」 槍と剣。 純粋な技術の技量は俺が上、だがリーチは向こう。『速度だけ見れば』五分なようだ。 被弾=死な、生身の俺の肉体。 だが、斬魔刀たる兗州虎徹の一撃は、大概の魔力を無効化し、魔法少女の肉体にすら、致命傷を与え得る。 奇しくも、双方必殺の一撃を持ちながら、決め手を欠く。 勝負は五分の様相を呈してきた。「そうか! あんたはソウルジェムっつーエンジン二個積んで、突っ走って『生き急いできた』のかよ! 妹の分まで! あたしよっか速えぇハズだよ! 尊敬すんぜ! この馬鹿野郎は!」「テメェに褒められても、嬉しかぁ無ぇよ!」 火花が散る。 奴の槍術は、百戦錬磨ではあっても、我流の域は出無い。 一方、こっちはひたすら修練を積み重ね、剣理を重ね続けた剣だ。 さらに、奴よりも『実戦を重ね続けてきた』。その集中力の違いが、だんだんと、攻防に差となって出始める。「くっ! これで……どうだあっ!!」 大きく退いた佐倉杏子が振りまわすのは多節棍……否! それは……完全に分解され、一個一個が独立した『小さな手槍』となって、俺に降り注ぐ! っ……チッ! 全速力で、大きく回避。 ……だが、距離が空いたのを幸いに、投擲系で遠距離戦に徹しようとして来る佐倉杏子。 それに対し……俺は兗州虎徹を口で咥えると、両そでからパイファー・ツェリスカの『ハヤタ・カスタム』を二丁、引き抜いた。「フっ!」 無数の降り注ぐ小さな槍を、二丁の『ハヤタ・カスタム』のエッジやピックで、『自分に当たる分』だけ薙ぎ払って回避しながら、俺は佐倉杏子に接近しつつ、まず一発発砲! この弾雨を前に。否、高速型の奴相手に、『再装填の隙』なんてない。 弾は5×2=10発。残り9発!「っ……てめぇ! 面白い芸持ってんじゃねぇか」 踊るように、しかし一切の無駄なく、俺はランダムな動きで、佐倉杏子の遠距離攻撃を『斬り払い』ながら、少しずつ近づいていく。 発砲! 佐倉杏子回避、残り8発!「だが……終わりだよっ!!」 突発的に、降り注いだ手槍そのもが、結界となって俺の周囲を囲む。 ……馬鹿がっ! その場でスピンするように、囲んだ結界を『咥えた兗州虎徹で』斬り払う。「なっ!?」 驚愕の隙を狙い、発砲! 象狩り用の、600ニトロ・エクスプレス弾が、奴の肩口をかすめる……ちっ、浅いかっ! 残り、七発! 双方、高速型だ。 一発の直撃が、致命傷になる事を承知しながらの、攻防である。 危うい所で均衡は取れていても、『死』という結末が唐突に訪れうる事は、お互いに理解しているようだ。 だからこそ……「くそっ!」 驚愕にユルんだ隙に詰めた、完全な、必中の銃の間合い……ここは絶対外せねぇ! 発砲、発砲、発砲、発砲! 残り四発! 左手のカスタムは弾切れ!「ぐあああああっ!」 三発までは、振りまわす槍で弾いたものの、四発目が佐倉杏子の右腕を、肩口から吹っ飛ばす!「終われっ、佐倉杏子っ!!」 空になった左手の『ハヤタ・カスタムを投げつけ』て隙を作りながら、俺は兗州虎徹を握り直しつつ、右手で発砲! 残り三発!「くそぉっ!!」「っ!」 分銅鎖のようなモノを、残った左手で投擲され、再度回避。 その隙に逃げ出す、佐倉杏子。 ……チッ……だが……「……どうした、『お前の右腕は』ここだぜ?」 兗州虎徹で寸刻みに『奴の右腕を斬り突きながら』、ハヤタ・カスタムの銃口を向ける。「っ……!!」「おめぇ……馬鹿弟子と違って、『肉体の再生能力』ってのは、そう高くねぇだろ? 増して、コイツで斬られたら『そう簡単に再生できねぇ』……ご愁傷様だったな」「テメェ……」「終わりだよ、諦めな。 『片腕一本じゃ勝てねぇ相手だ』ってくらい、分かるだろ? せめて、最後は楽にしてやるよ……」 蒼白な表情で、絶句する佐倉杏子。 ……と……「片腕だけで……腕が無けりゃ、『祈れネェ』とでも思ったのか?」「あ?」「見せてやるよ……あたしの本当の祈りを……あたしの本当の力をっ!!」 次の瞬間、世界が変貌していく。 ……魔女化? 否……「幻覚魔法かよ……笑止」 笑わせる……とことん笑わせてくれる。「うわあああああああああああああああっ!!!」 『無数に分身した』、片腕の佐倉杏子が、一斉に槍を振りかぶり、俺に襲いかかって来る。「タカが『心の一方』如きが……天地理念の現実法則を、無理に捻じ曲げた『幻想如き』小細工が! 剣理究めた達人に、通じるかぁっ!!」 一喝し、兗州虎徹一閃、さらに、ハヤタ・カスタムを発砲!「ぐっあああああああぁっ! っ……そんな……そんなっ!! てっ、てっ……てめぇ……何で!?」 今度は、左足を半ばまで斬り落とされ、さらに銃撃で完全に吹き飛ばされた佐倉杏子が、悶絶する。 彼女には分かるまい。今まで『自分より圧倒的に強い相手』と戦った事なんて、数えるほどしか無かったのだろうし。 一方的に嬲りつづけてきた者と、常に格上に挑み続けてきた者。こいつとの闘いで、勝敗に差があったとしたら……多分、そんなトコじゃなかろうか? 俺の闘いには……俺の生き方には『幻想なんて許されなかった』のだから。「どうした? 祈ってみろヨ。祈りのままに……歪めてみろよ」 相手が悪かったな、佐倉杏子……「くっ……くそ……テメェは、何なんだ……一体、『何者』なんだよ!」「男だよ。誰かの助けが無ければ、何もできやしない……どこにでも居る『タダの男』さ」「クソッタレ! ……そうかい……じゃあよ、『タダの男のアンタ』に、頼みがあるんだ」「あ?」 この期に及んで、何なんだか?「魔法少女の魂は、ソウルジェムの中だ。 でもよ、人間のアンタは……死んだら天国にでも地獄にでも、行けるんだろ?」「馬鹿ぬかせ、人間、死んだら肉の塊だよ。魂の行き先なんて知るもんか」「そうかい。 じゃあよ、地獄に落ちるあんたに……多分、行った先で、親父たちが待ってると思うから、そこで『アンタ得意の説教でも』してやってくんねぇか? 酒びたりで狂っちまった、バカなウチの親父に、よ……」「ざけんなタコ。一応、ウチは仏門だ。地獄に落ちるにしても、行く地獄はもー決まってんだよ」「いや、付き合ってもらうぜ……あたしと一緒になぁっ!!」 !? まさか……まさかっ!!「チッ!!」 そう言って、佐倉杏子は、残った腕で自分のソウルジェムを握りしめ……瞬間、全てが真っ白に染まり、俺の意識はブッツリと途絶えた。