「で……」 魔法少年の姿で、全速力で魔力付与した愛車……スズキ・GSX400Sカタナを駆りながら、現場へ急行中。「何で『こんな奴』の残留思念なんて飼ってんのよ、お兄ちゃん!!」 ソウルジェムの中から、沙紀が絶叫する。 『願いを知りたいと言う願い』から派生した、共感能力の高さからか。 ……どうも、二人でリンクした際に、俺の中の佐倉杏子が『見えてしまって』いるらしい。『かてー事言うなよ、こっちだって命がけだったんだし。 それに、おめーの兄ちゃんに『生き残った奴全員、ワルプルギスの夜の討伐に参加する事』って言われてんだし。 あたしだって、一応、『元』魔法少女なんだから、アドバイスの一つ二つは出来るかもなー、って』「そーいうこった。まあ、この勝負には『全部を投入する』価値があるしな。 まして、個人的な遺恨でドンパチやらかして出遅れた身だ。『使えるのならば、死んだ佐倉杏子ですら』使わせてもらう!」 そう、『この闘いに限っては』特別である。 何しろ……俺が生きて、生きて、生き続けてきた事の、ある意味、総決算でもあるのだから。 増して、あの『誓い』を果たすまでは、男として、死んでも死にきれん!!「くっ……キュゥべえね! これもインキュベーターの陰謀ねっ!!」「……現実認めないで、何でもキュゥべえのせいにするのは、どうかと思うぞー」「……お兄ちゃんに言われたくないなぁ……」 風雨が強くなる。 既に、ワルプルギスの夜の影響圏に入ったか……「しかし沙紀、こんな簡単な方法があったなんてなぁ……」「そうね。私もお兄ちゃんも、馬鹿みたい」 沙紀の肉体を収納した、沙紀のソウルジェム。 肉体と魂を分離して使用するのではなく、『一緒に纏めてしまえばいいという発想に』どうして至らなかったのやら。 しかも、何か、魔力の出力とか、同調率というか……とにかく『肉体と魂を分離して使う』よりも、圧倒的な効率が叩き出せてるし。「まあ、『魔女の釜』の時もそうだけど、『発想のブレイクスルーの瞬間』なんて、こんなもんだろ? 勘違いで勝てれば苦労は無いのは事実だけど、実際、『発想が出なかった』って事は『勘違いで負けてた』って事なワケだし。 それが出来れば、そりゃあ苦労なんて無いわ」「なんかそれって、『嘘は言わないけど真実全てを語らない』って、どっかの誰かさんみたいね」「それを誘発させて他人を騙すのを、詐欺っつーんだよなー……だから、多角的な視点、ってのは結構重要なのさ。 もっとも……そいつに『振りまわされる』つもりは俺には無いがなっ!!」 何しろ、『自分勝手』『己は己』の我が道を行くタイプの人間である。 今の俺は、『全てを承知したうえで』世間の正義も何も、基本的にクソクラエ。ただ『己の中の掟』に生きているだけなのだから……「『飛ばす』ぞっ!!」「うんっ!」 ワルプルギスの夜の戦闘は、既に始まっているようだ。「……くそったれが、既にヴィンテージもんの鉄火場じゃねぇか!」 巴さんの、ティロ・フィナーレの閃光、暁美ほむらの銃撃音、それに……あいつにつきまといながら、剣林の弾雨を降らせてるのは、馬鹿弟子か!? 俺は、愛車のスロットルを一気に全開にすると同時に、魔力を注ぎ込む。「行けぇっ!」 一直線に、ワルプルギスの夜に向かって空中を疾走する愛車から、適当な距離を取って飛び降りると、俺は沙紀のソウルジェムから『最初の決戦兵器』を取りだした。 ゼネラル・エレクトリック社製・30ミリガトリング砲『GAU-8アヴェンジャー』。 A-10サンダーボルト爆撃機に搭載する事を前提としたソレは、無論、『人間が手で持って運用する事なんぞ、前提とされていない』。 だが、条理を覆す魔法少女ならば、魔法少年ならば、それも可能!「全員、距離を取れっ! 『豚の鳴き声』に巻き込まれるぞ!!」 瞬時にスピンアップした『復讐者』の砲身が左にブレそうになるのを。45kN……航空機のエンジン1基分にも及ぶ猛烈な反動すらをも。 文字通り『魔力ずく』でねじ伏せながら、焼夷徹甲弾と焼夷榴弾の混声合唱が、俺の腕の中で毎秒70発のひとつながりの轟音となって、吠え猛る。 その砲声は、遠間から聞けば、あたかも『豚の鳴き声』に聞こえる事から、これを搭載したA-10サンダーボルトをイボイノシシなどと揶揄しているが……『それ』と敵対したムジャヒディンの聖戦士からは、こう呼ばれていたそうな。 『悪魔の咆哮』と。「ひゃああああっ!!」 ワルプルギスの夜に一番近かった馬鹿弟子が、声をあげて撤退。 周囲に群がっていた使い魔ごと、ド派手に薙ぎ散らして行く。 さらに……「沙紀っ! 誘導弾!」「うんっ!」 ソウルジェムの中で、スイッチを入れる沙紀。 ……ご近所の自衛隊基地のミサイル連隊が解散するのに合わせて、コッソリと裏から手をまわして『金とコネ(と、ちょっと恫喝)で買い取った(書類上、公的には致命的な故障により、廃棄処分って事になってる)』88式地対艦誘導弾が、見滝原の山奥でターゲットをロックする。(……世の中、金とコネだよな)。「発射っ!」 弾頭のコントロールを『引き継ぎ』ながら、飛翔するミサイルが、ワルプルギスの夜を直撃。 とりあえず、仕切り直しだ。あえて起爆させず、ワルプルギスの夜を突き刺したまま、遠くへ吹き飛ばす。 ……本当は、仕掛けとか色々する予定だったのだが、この状況で出し惜しんでも仕方ない。「そのまま、宇宙の彼方まで行ってくれるとありがたいんだがな…… すまない、出遅れた!! 虫のいい話だが、一度、仕切り直させてくれ!」「師匠!」「御剣颯太!」「颯太さん!」 集まって来る面子に、俺は叫ぶ。「ぐずぐずしてる暇は無い! 奴が体勢を立て直す前に、馬鹿弟子は避難所に撤退! 鹿目まどかの護衛に回れ! 暁美ほむら、巴さん! 俺ら三人で前に……」 と……「いえ、彼女も前線に。一人、脱落です……」「えっ……?」 ふと、差し出された、巴さんのソウルジェムは……『っ!!!』「巴さん!」「マミさん!」「巴マミっ!」「マミお姉ちゃん!」 最早、『手遅れな程に』真っ黒に染まっていた。崩壊して魔女化していないのが奇跡である。「間にあって、よかった……颯太、さん」 そのまま、がっくりと膝をつく、巴さん。「約束……守って……」「お、おいっ、冗談だろ……あんたは最強の魔法少女だろ!? こんな所でクタバるタマじゃねぇだろぉが!? あんたとの約束は『一年後に、俺のバイクの後ろに乗せる』事だろぉが!」「その前に……最初の、約束。私が、魔女になる前に……殺してくれるって……」 っっっっっ!!!「バカヤロウ! あんなのは『もっと先の話』だっ! 今じゃねぇよ! 『こんな所でクタバってんじゃねぇよ!』」「ごめんなさい……颯太さん。本当は、私は……本当は弱い子なんです。だから、颯太さんみたいな、ロビンフッドには……なれなかった」「違う! この見滝原っつーシャーウッドの森で! あんたは……『あんたこそが』最強のロビンフッドじゃねぇか!! 正義と最強のカンバン張り倒して、ずっとずっと一人で戦い抜いてきたんだろうが! 『沙紀が居たから闘えた』俺なんぞより、よっぽど強えぇよ! 尊敬すらしてんだぞ!」「それは……私が……颯太さんに、嫌われたくなかったから……」 相当に苦しいだろうに。それでも彼女は、笑顔のままだった。「っ!? そんな、そんな必要、どこにも……」「ちょっと……意地を、張り過ぎちゃいました♪」「バカヤローっ!!」 ソウルジェムの崩壊が始まる。もう、誰にも彼女を助けられない。「だからっ……約束……おね……がい」 苦痛に歪めながら、それでも笑顔を崩さずに……「っ……っ……うっ……うっ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」 兗州虎徹を沙紀のソウルジェムから抜き……俺は、その柄頭で……本気で惚れた『人間の女』のソウルジェムを砕いた。「っ……師匠?」 無言で立ちあがる。「『人間』だったよ……彼女は……『魔法少女』なんて好き勝手しながら、世間に迷惑かけたおすゾンビなんぞじゃねぇ。 ……人間だったよ……誰にも理解されず、それでも一人で『どこかの誰か』の日常を守って、正義を張り通した…… 父さんや母さんに続いて……冴子姉さんに続いて……俺は『人間』を、また殺しちまったんだ……」「御剣颯太……その……」 言い淀む暁美ほむらに、俺は言い切る。「ああそうだよ! 俺のせいだよ! 俺が! 俺が復讐なんて馬鹿な事をしなければ、彼女は死なずに済んだ! 俺が殺さずに済んだ! だから……だから沙紀っ! 頼む! 『せめて証明がしたい』! この『見滝原で最強だった』ロビンフッドが誰だったかを! 『劣化コピーですら』、あんなチンケな『舞台装置の魔女』なんぞ、目じゃ無いって事を! お前の友達は……俺が本気で惚れた女は、『最強だった』って証明がしたい!」「お、お兄ちゃん?」「……手伝ってくれるか? 沙紀? 俺は……俺一人では、何も出来やしないんだから。 だから、俺が間違ってたら……止めてくれ」 沙紀のソウルジェムを握りしめ、問いかける。 既に、ワルプルギスの夜の馬鹿笑いが聞こえて来る距離になっていた。 ……ざけんなヨ……なめんなヨ……人間殺しておいて。 『俺に何度も人間殺させておいて』そんなに面白ぇか……こんクソが! 『消して』やる……コイツハ消ス…… 『舞台装置の魔女?』 上等だ! 俺みたいな悪役(ヒール)ってのは、『場外乱闘』のプロなんだよ! 台本(ブック)なんぞ、クソクラエだっ! 真剣勝負(セメント)のプロなめんなよ……真剣(ガチ)で生きてる人間、なめんなよ!! 自分の心が怒りのあまり、『機械』になって行くのが分かる。 真剣にキレた時、特有の感覚。 『感情を持ったまま』『目的のために最適化された行動を取る』自分……「分かった。『証明して』……お兄ちゃん」 沙紀の言葉と共に、俺の手に銃把が現れる。 ……馴染んだ銃火器ではない、奇跡と魔法のマスケット銃。 扱えるのか? ……否、『扱ってみせる』。「うおおおおおあああああああああああああああっ!!」 俺は。俺たち兄妹は、何一つ、あんたを救えなかった……あんたに何の恩も返せて無かった。助けられてばかりだった。 だから……せめて『あんたが最強だ』という証明だけは。あんたの技で『最凶最悪の魔女にぶちくらわす事で』、俺が……『俺たち』が証明してやる! 俺に出来ることは……あんたを無為に死なせちまった『俺に出来る事は』せめてそれくらいだっ!! 緑のダンダラ羽織に、無数の黄色いリボン……否、金糸が縁取られる。マスケットを次々と使い捨てにしながら、使い魔たちを薙ぎ散らして、俺は……『俺たち』は、ワルプルギスの夜に突っ込んで行く。 『死にたくない』『命を繋ぎたい』。それが彼女の願い。 だからこそ、こんなにも応用が利き、そしてこんなにも強く、そして……『万人に理解しやすい願い』。 ……分かるさ、巴さん……俺だって、沙紀だって、死にたくない。 誰だって、死にたくなんて無いんだよ。 それを、嘲笑って、一方的に踏みにじっていいワケが無い。 そりゃあ、殺し合わなきゃ行けない時は、ある。人間は常に、同族含め『何か』と争い合うモノだ。 それが出来なきゃ人間じゃない。生きて行く資格は無い。そうやって俺は生きてきた。 それでも、ワガママとしか思えない自分勝手な願いで……増してや『殺す相手を嘲笑いながら』踏みにじっていいワケが無い!! インキュベーター……お前、あの時、俺と『契約しなかった』よな? 宇宙のためだ何だとかヌカしながら。結局、自分たち一族が助かりたいがために『俺と契約しなかった』。 ……それがお前の本音なんだよ。『お前ら全員、宇宙の果てまで。キレた俺に、インキュベーター全部がビビッた』のさ。 お前が持ってないハズの、『恐怖』って『感情』なんだよ、それが。 そいつが認められないから。自分たちの家畜に予想もしない牙を剥かれたから。 お前は『絶対に自分の手を、直接汚さないで』俺を追い込み続けたのさ。ワケが分からないからな。 『共通した一個の知識と知性と魂』しか持ち合せて無いから、感情なんて生まれようがないんだよ。 誰かを思ったり、誰かの事を考えたり、誰かを憎んだり……誰かに惚れたり。それを『考える必要が無い』から、お前は感情が理解出来ねぇのさ。 もしかしたら、お前にも元々感情ってモンがあったのかもしれん。だが、全体の効率のためにそれを殺し続け『過ぎた』お前に、感情が理解できるワケが無い! 他人を理解しようとしない人間が、他人を理解出来るわけが無い。増して『理解してもらえるわけが無い』。 どんな大義名分を掲げても! 『それが正義か悪かとは別の問題で』、『そんな奴の行動は、誰にも理解してもらえるワケが無い』んだよ! 俺が、無数の魔法少女を、家族を守るため殺し続けた結果、魔法少女に悪魔と謗られるようになったように! お前が、無数の魔法少女を、宇宙を維持するために利用し続けて、魔女に堕としめ続けたように! 世のため人のためとか、大義名分を掲げながら、大量虐殺をした独裁者のように! だがな。少なくともな。 俺は『わけのわからないモノ』は怖い。恐ろしい。 だから、そういうモノに対しては、慎重に事に当たる、接する、礼を払う。観察する。研究する。 格闘技や武術武道を学ぶ上で『礼儀を重視するのは』そういう意味があるのさ。 『誰が何を考えているか分からないし、誰が何をして来るか分からない』。 だからこそ『生き残るため、可能な限り敵を作らないよう、勤めて礼儀正しく相手に接する』『相手を理解しようと努める』。 それが、武術武道が、精神修養とイコールと『誤解される』原因なんだ。『常在戦場』ってのは、そーいう意味で……それを理由に『礼儀(ルール)を無視していい』なんて代物じゃない。 だって、人間は本来、『ナンデモアリ』の世界で生きてる代物なんだぜ? 礼儀(ルール)を無視しちまったら、信用もクソも無くなっちまう。 そして人間は、お互いに、無理矢理でも信用し合わなきゃ、生きて行く事すら出来ない生き物なんだ。 それを、お前は何だ? 人間様を家畜扱いしやがって。 安全圏でのうのうと、バレなきゃいい。知らなければいい。どうせ自分たちは安全だ。 宇宙の彼方にまで反撃の狼煙が届くわけが無い、とでも思っているのか? 笑わせるぜ。 因果応報ってのは、絶対法則なんだよ。 その場で舌出して上手くやり過ごしたとしても、もし仮に『人間に近い感情を持つ、別の有力な宇宙の種族』がこの状況を知ったら? 世界なんて、ドコで何が繋がってるか、どんなビックリ箱が秘められてるか、分かったもんじゃない。 曲がりなりにも、いちおー程度の仏門の人間の俺が、切支丹の娘だった佐倉杏子に運命を翻弄されたように。 キリスト教と縁の無い禅寺でさえ、修行中の坊さんが、クリスマスの喧騒に一人で過ごす事に耐えられなくなった、俗世の彼女にフられるなんて、よくある話なんだ。 そういう意味で『世間』ってのはな。『一個一個が独立した魂を持つ人間の集合体』ってのは、『恐ろしい』し『わけがわからない』モンなんだぜ? もしお前が『感情を理解出来たとしたら?』……うん千年、うん万年生きてるらしいし? 俺なんぞ、及びもつかない化け物だったろうさ。 だが、お前が蓄え続けたのは、『人間に対する知識』だけで、皮膚感覚含めた『経験』や『体験』てモンを、完全に喪失している。 そんな奴がカモに出来る人間なんてな……『本当に何も知らない、怖いもの知らずのガキくらいしか』出来ないんだよ。 分かるか、インキュベーター? お前が重ね続けた歴史ってのは、『弱い者いじめ』の歴史でしか無いんだ。誰にだって誇れるモンじゃない。 人間の一番弱い部分に付け込んで、それで人間様分かった気になられちゃ、困るんだよ。『知らない物を知ろうともしない』、勘違いの大間抜け野郎でしか無いのさ、お前は。 そいつを……証明してやるよっ!!「うおおおおおあああああああああああっ!!」 ワルプルギスの夜に肉薄し、俺は兗州虎徹を抜くと、空中に放り……巴さんのリボンと共に『巨大化』させて、巨大な砲口の下に接続、着剣……一個の『銃剣』に仕立て上げる!! ティロ・フィナーレ……巴さん最大の技……こいつで、仕留める! 『あんたの最強』を、俺が証明してやるっ!!「御剣流!」 巨大化した兗州虎徹が、ワルプルギスの夜の結界を引き裂いて行く。『魔』を否定し、『魔』を降す、斬魔の刃が……奇跡や魔法などありはしないと、俺の生き方、魂そのものを映した刃が、巨大化し、ずぶりと、ワルプルギスの夜に突き刺さる。 そして……「零距離……ティロ・フィナーレっ!!」 ガッゴォォォォォォォォン!!!!! ティロ・フィナーレ……生きたい、死にたくないと、願い続けた巴さんの祈り……『魔』を肯定してでも生きたいと、生き抜きたいと願った、『最強』の祈り。 そんな祈りを……俺みたいな殺人鬼に嫌われたくないという、『たったそんだけ』の理由で、彼女は放棄してのけたんだ。 正直、恐ろしい。ワケが分からない。俺に……俺個人のために『最強が命捨てる』そんな価値なんて無い。 でも……だからこそ、俺は『俺の全てを賭けて、証明しなくちゃならない』。 『彼女が生きていたと』『人間として死んだんだ』と。『俺が信じる最強は、彼女だった』と…… それを他人がどー思おうが、知った事かっ!! 『証明だけは』してやる! 後は他人がどう後付けでグダグダ述べようが知るかぁっ!「っ……」 油断せず、追撃! 俺の知る巴さんなら、必殺技一つで魔女を仕留められるなんて、『甘い考え』は持ってない!「二発目だ、オラァ!!」 銃剣にした兗州虎徹を突きさして、ワルプルギスの夜の結界を斬り裂き、その隙間にティロ・フィナーレを叩きこむ! 彼女程じゃないが、銃剣術の心得くらいは、俺にだってある。 だが……「お兄ちゃん、ストップ! マミお姉ちゃんの力は相性いいけど、ちょっと消耗キツい!」「っ……チッ!」 兗州虎徹を回収し、一度退く。 気がつくと、馬鹿弟子や暁美ほむらが周囲の使い魔の排除を受け持っていてくれた。 ……ありがたい。「御剣颯太……いえ、あなたたち二人は……本当に何者なの!? ワルプルギスの夜に、あれだけの痛手を与えるなんて!」「ただの男と、その妹だ、タコ! それより、この手は何度も使えそうにない! ……正直、色々仕掛けしてからワルプルギスの夜に挑むつもりだったんだが、プランが完全に狂っちまった。 本当にすまんな、俺のせいだ!!」 と……その時だった。 ゆっくりと……ワルプルギスの夜が『天地逆さまから、正位置に変わろうと』していた。「まずい……蹂躙体形だ」「え!?」「逆さまだったアイツが縦になったら、そいつは『本気出すぞ』って合図なんだ! チクショウ、半端に追い詰め過ぎた!」 あの時……逃げ回りながら、必死に抵抗を続け……最後の最後。奴が縦になったほんの30秒にも満たない間、猛烈な攻撃が繰り返された。 あの瞬間の攻防は、本気で想像したくないし、今でも思い出したくない代物だ。 ……だからこそ『相手が本気を出す前に、とことん痛めつける』つもりだったのだが、完全にアテが外れてしまった。 ……チクショウ、こりゃあ死ぬな……見滝原の街ごと、俺たち。 と……「あのね、お兄ちゃん……その、信じてもらえないかもしれないけど。 この土壇場で……気付いちゃった。『私の本当の力』」 あ?「寝言は手短にな、沙紀……下らん事だったら、ハッ倒すぞ?」 対物ライフル――バレットM82A1と、兗州虎徹で使い魔を排除しながら、俺は叫ぶ。「うん、あのね、お兄ちゃんとマミお姉ちゃんが……『気付かせてくれた』の。 『もしかしたら』っていう程度なんだけど……多分、『成功すれば確実にワルプルギスの夜を倒せる』と思う! でも、そのためには、暁美さんの協力が必須なの! しかも、失敗したら、どうなるか分からない……完全な博打なんだけど」 完全に、自信を喪失してる沙紀。 だが、この状況下でグダグダ言ってられない。博打だろうが何だろうが、失敗したら全てオジャンだ。「なあ、沙紀……お前は俺が……こんな殺人鬼のお兄ちゃんが最強だと思うか?」「え、う、うん!」「そうか? なら、『俺と一緒に戦ってきた俺の最強』即ち、お前の最強だ! 俺の妹は最強だ! だからカマしてやれっ! 御剣沙紀!」「っ!」 そう言って、暁美ほむらを見る。「暁美ほむら、フォロー頼めるか!?」「是非も無いわ! ここまで来ておいて……やるだけよ!」 うなずく暁美ほむら。「師匠、私は!?」「邪魔にならないよう、状況にあわせてテメェで考えろ! 行くぞ!」 そう言って、沙紀が叫ぶ。「行くよ……『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)!!』 暁美さん、『私たち以外の時間を止めて!』」「っ!」 ギャリリリリッ、と暁美ほむらの盾が、周囲の時間を停止する。 沙紀がやろうとしているのは……姉さんの……『檻』!?「おい、沙紀! あれはダメだ! 魔女の釜は……姉さんの『檻』は、ワルプルギスの夜を完全封印できるほど、強力じゃなかった! 増してや劣化コピーじゃ」「黙って! 気が散る! ……お願い……私を信じて、お兄ちゃん」「っ……わかった、チクショウ!」 どうせ、この賭けに負ければ、見滝原の街ごと全員死ぬのだ。ならば賭けるしかない。 ……ちくしょう、こんなハズじゃなかったのになぁ、やっちまったぜ、クソッタレ!! と……「御剣沙紀……言いにくいんだけど、私の時間停止の能力は、時間制限があるわ」「知ってる……多分、三分くらいかかっちゃう。 しかも、さっきのお兄ちゃんの突撃の時みたいに『他の能力と併用する余裕が無い』の。 だから、時間停止も、暁美さんに頼むしか無かったの」 ……あ、キレて逆上して突っ込んでる時に、沙紀が『劣化コピー』の能力で、色々フォローしてくれてたのか。納得。「っ……その、言いにくいんだけど」「何?」「残り、二分三十秒くらいしか、もう止められないの。あと30秒、どっかから何とかするしか」 絶句。「っ……こんな時に……ごめんなさい」 よし、ならば……「分かった。残り30秒。俺が何とかする」「御剣颯太?」「場所の移動を頼む。時間停止が解けた瞬間、『俺がワルプルギスの夜相手にぶちかませる』場所に移動してくれ」 正味、俺が『アレ』を出来たのは、沙紀のソウルジェムがあったからこそだ。だが、その時は、兗州虎徹が自分のソウルジェムだとは気付きもしなかった。 だからこそ……『やった事は無いが、この場でぶっつけで試すしかない』のである。「っ……ったく、俺も、お前も、暁美ほむらも、全員、博打ちにも程があんぞ、コンチクショウ!」「そうね、この時間軸であなたと関わってからは、不確定要素のオンパレードだったわ」「ああ、そーだろーなーそーだろーなー、俺だって他人様がどーだとか、知らねぇし知ったこっちゃネェよ! 自分で自分の事だって、なーんも分かっちゃいねぇんだから! 俺の刀に魔力があるなんて、言われなきゃ気付きもしなかったよ! だから人生は面白ぇんじゃねぇの!? 面白すぎて『死にそうになほど』涙が出てくるけどな!!」 やけっぱちになって叫ぶ俺。 と……「っ……!」 何故か……本当に何故か、暁美ほむらが。 あの鉄面フェイスの暁美ほむらが……何故か、そこで笑った。 完全な、不敵な笑顔。「そうね……『人生は何が起こるか分からないから、面白い』、か……ようやっと分かった気がするわ。 私は、多分……この時間軸を……このループを……」「あン!? なんだよ!」「いいえ……御剣颯太。ありがとう」 その言葉に、俺は思わず……「……キモッ!! ゲロ出そ」「……やっぱあなたは最悪だわっ!!」 いつも通りの反応を返してしまった。……何なんだか。「ここでいい。沙紀、俺と分離できるか?」「……………」 返事が無い。って事は、余程深い瞑想状態にはいってるって事なのか!? ……なら、無理か。しょうがない、一蓮托生だしな。 まあ、いい。ここでブチっ喰らわすのは、俺が対ワルプルギスの夜のために練り上げた一閃。 『全てを捨ててでも』『こいつと刺し違えてでも』そう願って修練を積み続けた一撃。 既に、沙紀の『檻』は完成に近づきつつある。 東西南北上下、六方向の平面のうち、南側だけが、完成していない。 ソウルジェムから放り出されたグリーフシードの数は、十個や二十個では足りないだろう。 そこに……俺は、兗州虎徹を担ぐように、振りかぶって構える。 実戦派が見たら、鼻で笑うだろう。こんな隙の大きな、見栄を切ったような構え、何の意味も無い。 だが、これが……『最大威力』をぶちかます、最強の一撃…… 出来るか? ……なに、出来なきゃ死ぬだけ、出来ても死ぬだけ。 なら『何かを守るために』命を賭ける事なんて『当たり前』だ!「力を貸してくれ……兗州虎徹。 魔法少女の相棒(マスコット)として……敗北という『苦い現実』から守るための、盾の仕事がしたい。 正直……俺はお前を、今でも信じて無い。 お前が奇跡や魔法の産物になっちまったなんて『そんな馬鹿な事があるもんか』って思ってる。 だがな……お前にもし魂があって、俺を信じてくれると言うのなら……お前が信じる、俺を信じて、力を貸してくれっ!! 兗州虎徹!」 その、叫びに……兗州虎徹が答えた。答えて、くれた。 異形化、巨大化する兗州虎徹。……いける!「カウントダウンよ。5、4、3……」 全身に力を蓄え、バネを溜めこむ。「2、1、ゼロッ!!」「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」 獣の咆哮をあげて、『ビルごと切断できそうな、巨大な斬艦刀』と化した、兗州虎徹をぶちかます。 御剣流、奥義……体捨一閃! 奴を守る結界を切り裂き、『上下反転しようとしている』ワルプルギスの夜に食い込んだまま……無理矢理、『檻』の中に、ねじ込み続ける。……ここで奴を逃がしたら、全てがオジャンだ!「十秒!」 持て……持ってくれ、兗州虎徹! 俺の体……俺の全て! 巨大な圧力を、気合いで相殺し、足場を根性据えて踏ん張りながら、俺は全力を振り絞る「十五秒!」 ……じりじりと、押し出される……だめか、だめか……俺は、こんなもんなのか? チクショウ、チクショウ! みしりっ、と……体の中から嫌な音が響き始める。……くそっ!「二十秒……持たないわ、もう!」 と……その時だった。「っつぇぇぇぇぇぇぇぇりゃああああああああああああああああああああっ!!」『っ!?』 絶句する、暁美ほむらと俺。 なんと……恐ろしい事に、『もう一本の巨大な刃』が、ワルプルギスの夜を押しとどめにかかったのだ。「師匠っ! もう一歩だよ!」「こっ……この野郎ぉぉぉぉぉぉっ!!」「二十五秒! いけるわ! 御剣颯太! カウントダウン! 五、四、三」 暁美ほむらのカウントダウン。「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」「ああああああああああああああああああああああああああっ!!」「二、一……ゼロッ!!」 そして……沙紀の『檻』が完成する。「出来たぁっ!!」 見ると、沙紀のソウルジェムの色は、かなり危険領域だ。今すぐ命にどうこうという程ではないが、放っておけば確実に魔女化する。 ……あれだけ魔力を消耗して、一体コイツは、何をやらかそうとしたんだ!? 見ると、暁美ほむらや馬鹿弟子も、似たかよったかだ。 ……そりゃ、そうだ。俺が途中参戦するまでは、全開で闘ってきたんだろうし。「沙紀、説明しろ。 お前は奴に……ワルプルギスの夜相手に、『何をやった?』」「うん。以前、お兄ちゃんが紹介してくれた魔法少女のグループの中にさ……『どんな魔女の攻撃をも反射する』って『盾』を持った子が居たの」「……で?」「それとね、冴子姉さんの『檻』を『組み合わせちゃった』の♪」 ぶっ!! そっ、そっ、それは……つまり!?「『願望混成(ウィッシュ・オブ・マッシュアップ)』……なーんて、適当につけちゃったけどね。 要するに、『魔法少女の能力を混ぜて、新しく能力を作る』事が、私の能力だったみたい……魔力の消耗度も加速度的だけどさ」 全員、その場で絶句。 つまり、あの『檻の中』のワルプルギスの夜は……?「ああいう、『積極的に他人を襲って攻撃してくるタイプの魔女』は、あの檻に囚われたが最後、もー自滅するしかないって事。 多分それは……『ワルプルギスの夜だって、例外じゃない』」 既に、檻の中で蹂躙体形に変わったワルプルギスの夜だが、その凄まじい破壊力ゆえに……それが『全て自らに跳ね返る檻の中に居る』という状況は、致命的なモノなのだろう。 高笑いを続けながらも、使い魔たちと一緒に『自爆を繰り返す』ワルプルギスの夜を、俺たちは呆然と眺めていた。「お兄ちゃんが教えてくれたんじゃない? マミお姉ちゃんのティロ・フィナーレと、お兄ちゃんの体捨一閃。 お兄ちゃんがやってた、御剣流の『零距離ティロ・フィナーレ』って、結局『組み合わせ』でしょ?」「……待て。 それ見て土壇場で思いついて、いきなりあんだけのモン、でっちあげたって事か? 正味、俺、なーんも考えちゃいなかったんぞ、キレまくってて逆上してて」 俺は、ただ、『巴さんが見滝原最強だった』と示したかった。 『あの結界が邪魔だ』と思って、『それを切り裂けるモノは兗州虎徹しか無かった』わけで。「だから、お兄ちゃんのお師匠様も言ってたんじゃない? 『勘違いで勝てりゃ苦労は無い。己の力量を正確に把握しろ』って……私もお兄ちゃんも馬鹿だから、全然気付かなかったんだよ。 『勘違いしてて』。だから勝てなかったんだよ」 全員、呆然。 な、な、な、なんだそりゃ、このオチは……いや、勝ったのは嬉しいけどさ…… ……あ、そうだ。「……あ、そういや、その……馬鹿弟子よ。何で俺の奥義をコピー出来たんだ?」「え?」「いや、アレ……俺が、必死になって、対ワルプルギスの夜戦用に、用意してた必殺技だったんだぞ?」「えっ……いや、その……ごめんなさい、その……」 恐縮する馬鹿弟子……いやさ、美樹さやか。「なんだ? また『見て覚えた』とか、言いだすんじゃないだろうな?」「はい、その……技を見た見た瞬間に、『これだ』って思って。 あたしのなかで、こう、『カチッって嵌った』みたいな感じで、『イケル』って思って……」「で、『イッちゃった』ワケだ?『イケちゃった』わけだ? この土壇場で!?」「はっ、はい……あ、あの……やっぱり、怒ってます? 師匠?」 おずおずと、上目遣いで俺を見て来る、美樹さやか。「……は、ははは……あのな、今の俺が言うのも何だが。そして、何度も言うようだが。 『そういう博打は、絶対にしちゃダメだぞ』? 『勘違いで勝てれば苦労は無い』。 たまたま沙紀が『感違いに気付いて』何とか結果を残せたが、これは本当に本当に本当に、偶然と幸運の結果なんだ。 その上で、だ……よくやった『美樹さやか』。もう、俺がお前に教えられる事なんて、殆ど無い」 彼女の頭を撫でながら、俺は笑う。「えっ?」「免許皆伝……なんつーと、『殺人剣』の部分まで教え込む事になっちまうから……あー、そだなぁ……目録。目録あたりか? お前さんに、御剣流の『目録』を与える。後で、巻物代わりに、兗州虎徹のスペアでもくれてやるよ。 あとは、『美樹さやか流』でも何でも名乗って、好きにしろ」「ちょっ……それって」「勘違いすんな! お前はお前、俺は俺だ! お前は……お前らは、もう、一丁前にやっていける、立派な魔法少女だ。いや、お前だけじゃネェ、沙紀も……よ。 『ワルプルギスの夜を倒しました』って金カンバン掲げりゃ、どんな魔法少女だって『恐れ入りました』ってなもんさ、どーどーと胸張って過ごせばいい。 あー、そうだな……とりあえず沙紀、お前は佐倉杏子とウチの縄張り。あと、馬……美樹さやか。お前は巴さんの縄張りの、後を継げ。んで、暁美ほむらがベテランとして二人をサポートに回る。こんなんでどうよ? そんで、皆を……見滝原の街を、守りながら、いつかインキュベーターにブチ喰らわせろ! ……頼んだぞ? 魔法少女たち」 笑う。思いっきり陽気に笑う。 ……そう、これから……俺は、彼女たちを『御剣詐欺』にかけねばならないのだ。「ちょっ、そんな……師匠は! まさか……」「安心しろ! 俺は魔女の釜の管理だ。お前ら二人なら……俺は信じてやるよ。 もうしばらく、生きないとなぁ」 安堵の表情を浮かべる三人。 嘘だ。 本当は……管理の仕方、全てを書き連ね、データにしたら…… 今度こそ、俺は…… と……「っ……っ……そんなっ、そんなっ!!」「どうした、暁美ほむら? ワルプルギスの夜は、もう……」 既に、殆ど崩壊し尽くし、笑うしか無くなっているワルプルギスの夜。 だが……「まどかがっ!! 『避難所がっ!!』」『っ!!!!!!!』 絶句しながら、俺は避難所の方向を見る。 ……そこには……『鹿目まどかが避難している』見滝原の住民たちが避難する避難所が…… おそらくは、『ワルプルギスの夜の流れ弾であろう』、炎に包まれ、燃え上がりつつある光景が、広がっていた。